ビースト達は記憶喪失   作:若杉優太(テト/teto)

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 今回、シリアス展開にしてしまった……


元ビースト達は記憶を取り戻す……?(前編)

 殺生院キアラ、そしてカーマ……二人の元ビーストが記憶を失ってから、数日が経過した。

 未だに二人の記憶は戻らず、カルデアでは別人のような振舞いを続けている。

 マスターである私も「自分なりに出来ることがあるはず」そう思い、ダヴィンチちゃんの所や医療に詳しい英霊の元で話を聞くなどしたが、成果は全く出なかった。

 

「はぁ……やっぱり、原因は分からないか……」

 

 マイルームのベッドに寝転びながら、憂鬱げに私は言葉を漏らす。

 今日もカルデアを走り回って原因究明に努めたが、やはり二人の記憶を戻す方法は見つからなかった。

 唯一分かった事も、記憶を戻す方法ではない。

 

「(エミヤとパールヴァティーに一応二人のことを見張ってもらってるけど、流石にずっと見張ってもらう訳にはいかないしな……)」

 

 レイシフトでエミヤとパールヴァティーの力が必要になることが多い中で、いくらキアラとカーマの為とはいえ、そこにいつまでも人員を割くことはできない……だが、かと言って二人を見捨てる訳にもいかない。

 明確な打開策が無い現在。果たして、どうするべきなのだろうか?

 更に私が思考を深めようとしていると、突然マイルームのドアが数回ノックされた。

 

「失礼、入っていいかな?」

「あ、うん……入っていいよ」

 

 ノックしてきた人物がエミヤだと分かると迷わずベッドから跳ね起き、ドアの開閉ボタンを押して、エミヤを部屋に招き入れる。

 

「すまないな、君も疲れているだろうに部屋へ押しかけて……」

「いや、大丈夫。それより用件は?」

「それが……少々、面倒なことが起こってな。実は――」

 

 周りに誰も居ない事を確認し、エミヤは私にだけ聞こえるよう耳元で囁く。

 神妙な顔で話を始めるエミヤに、最初は身構えてその言葉を聞いていた私だったが、エミヤが話す内容を聞いていく内に、むしろぐっと肩の力を抜いた。

 

「エミヤが面倒事って言うから何事かと思ったけど、まさか『カーマに見つめられて困っている』ことが面倒事とはね……」

 

 訳知り顔でにやにやと笑う私に、エミヤは慌てて弁明をする。

 

「ち、違うぞ!別に私は彼女のことを嫌っている訳ではなくて、単純に食事を摂る時や寝る時まで見つめられるのは流石に気まずいというか……何と言うか……」

「照れ隠ししなくていいんだよ!エミヤは彼女と一緒に居られるのが嬉しいんでしょ?」

「っ……!ま、まぁ……それは否定しないが……」

 

 いつも涼しい顔を浮かべているエミヤとは思えない程の狼狽ぶりに、私は少し苦笑してしまう。

 彼の表情を見るに、かなりカーマに振り回されているようだ。

 

「と、とにかく……!マスターである君からも彼女に一言――」

『エミヤ先輩!そこに居るのは分かってるんですよ!!』

「……ッ!?」

 

 突然、扉の外から聞こえた声。その声にエミヤは、びくりと身体を震わせる。

 

『私が着替える所を見せただけで、逃げなくてもいいじゃないですか!せっかく、先輩に似合っているかどうか聞こうとしてたのに!』

「何も聞こえない……そうだ、私は何も聞こえてない……」

 

 現実逃避をするように耳を塞ぐエミヤと、扉の外で子供のように喚くカーマ。

 そんな状況に立たされている私の心境としては複雑だが、少なくともカーマの話を聞く限りは、エミヤがカーマの元から逃げ出したのも分かる気がした。

 

『早く出てきてくれないんだったら、この場で泣いちゃいますからね!それでもいいんですか!?』

「……っ!何も聞こえないな……」

『本当ですよ……!本当に、泣いちゃいますから……ぐすん』

 

 徐々に声を小さくし、器用に泣き真似をするカーマ。

 どうやらエミヤにも罪悪感はあるらしく、カーマが何かを喚く度にエミヤの表情が段々と引き攣っていくのが分かる。

 

「エミヤ……行ってあげたら?」

「……」

 

 諭す様にして私が声を掛けるが、それでもエミヤは難しい表情を崩さない。

 ――どうしたものか……

 私さえも難しい表情をしてしまっていると、遂にカーマは扉の外で泣き始めた。

 

「うっ、うっ……私はエミヤせんぱいと……一緒に居たかった……だけなの、に……」

 

 先程までは噓泣きと分かったが、今度は嘘泣きかどうか判別が付かない程のトーンで、カーマは扉の外から弱々しく声を出す。

 ただでさえ引き攣っていったエミヤの顔が、更に引き攣った顔へと変わっていくのが見て取れた。

 元々、今回の記憶喪失事件がある前から、カーマとは距離を置いていたように見えるエミヤ……多分、彼なりにカーマと接しにくい事情があるのだろう。

 

「(カーマには申し訳ないけど、ここは潔く帰ってもらおう……)」

 

 普段見れないエミヤの慌てる表情を見れたことで、少しばかり調子を良くしてしまった自分を反省し、私は意を決して部屋の扉へと足を進め――

 

「ふっ……やはり私は、彼女から逃げれん運命のようだ……」

「え?」

 

 突然、悟ったように言葉を呟くエミヤに、思わず私は目を丸めてしまう。

 

「いや、カーマの依代である少女とは縁があってね……君も薄々気付いていたようだが、私は彼女を意図的に避けていた」

「……!やっぱり、そうなんだ……」

「詳しくは話せないが、色々とあってな……」

 

 そう語るエミヤは、どこか切なそうな表情を浮かべる。

 ”色々”と言ったエミヤと依代の少女の話……その中身がどんな内容かは知らない。だが、少なくとも、その話は一言二言で片付く問題では無い事は分かった。

 

「だが――こうしてカルデアで会えたんだ。せっかくなら満喫せんとな?」

 

 切なそうな表情を一変させ、力強く私に微笑むエミヤを見ると、どうやらモヤモヤとしていた気持ちは刹那の瞬間だけ持った物だったらしい。

 

「そっか……なら、大丈夫だね?」

「ああ、大丈夫だ。それより、すまなかったなマスター、突然君の部屋に押し掛けてしまって」

「全然気にしてないから安心してよエミヤ。むしろ、エミヤの悩みが少しでも無くなったなら私も嬉しいから!」

 

 そう言って私はエミヤへ笑みを返すと、彼も満足気に笑みを浮かべながら、部屋の扉の前へ立った。

 

「また面倒事があれば、君を頼らせてもらうとするよ。ではな……」

 

 扉の開閉ボタンを押し、部屋から去っていくエミヤ。

 さっきから声が聞こえなくなっていたカーマも、どうやら外の廊下でめげずに待っていたようで、エミヤが部屋を出て数秒後にはカーマの声が聞こえ始めた。

 

『もう……!居るなら……早く出てきてほしかったんですよ……!』

『悪かった、悪かった。許してくれ……』

『駄目です!許さないもん……!』

 

 相変わらず駄々っ子のような言動を繰り返すカーマ。

 部屋の壁越しから聞いている私からは表情を伺えないが、きっと拗ねた顔をしているのだろう。

 それに対してエミヤは、意外な行動を取った。

 

『……デート』

『え?』

『君は、前から言っていただろう……?この私とデートがしたいと……だから、その……シミュレーションルームで君が行きたい所なら、今日は何処へでも付き合おう……ただし、さっきの事は――』

 

『許します!』

 

 エミヤが言葉を締める前に、カーマは壁越しからでも聞こえる大きな声で返事を返す。

 どうやら一瞬でカーマの機嫌は良くなったらしい。

 

『さぁ、何やってるんですか!?早く行きますよ!時間は限られてるんですから……!』

『ま、待て……!引っ張るな!引っ張るな!』

『駄目です♪もう、先輩を逃がしませんからね!』

 

 仲睦まじい様子の二人の声は、段々と私の部屋から遠ざかっていき……遂には聞こえなくなってしまった。

 

「まぁ、これで良かったのかな……?」

 

 部屋の壁から耳を離し、私は苦笑しながら言葉を溢す。

 二人の会話の最後を聞く限りでは、エミヤの悲痛な声が所々聞こえてきたが、結果的にはカーマとエミヤが和解してくれたようで良かったと思う。

 記憶がいつ戻るか分からない今。なるべく、戻るまでの時間を安らかに過ごさせてあげたい……それが私の考えだ。

 

「(そういえば、キアラさんの所に行ってあげてないな……)」

 

 殺生院キアラ――彼女も記憶を失った一人だ。彼女はカーマと比べると、記憶を失ってからは別人のように大人しく、穏やかな性格へと変貌している為、特に監視を付けるようなことはしていない。

 だが、アンデルセンや私に対する依存が激しく、少しばかりアプローチを激しくしてしまうことがあるのも事実。 

 彼女が元ビーストということを考えると、それが暴走する可能性も有り得ない話ではない。

 

「(とりあえず、様子を見に行きますか……)」

 

 少しばかりキアラの動向に不安を覚えながらも、私はゆっくりと部屋の扉の前へ立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「キアラさん、入っていい?」

「あ、はい!今、開けますね!」

 

 私が部屋の扉の前で数回ノックすると、すぐにキアラは部屋のロックを解除し、自ら部屋の外へ出てきた。

 

「すいませんマスター……本当は、貴女の元に居たかったのですが――……きゃ!?」

 

 申し訳なさそうに弁解をしていたキアラに、突然……後ろから飛びつく人影。

 最初は私も誰が飛びついたのか分からなかったが、飛びついていた人影は背中に隠していた顔をひょっこりと見せた。

 

「……!ジャックちゃん!」

「えへへ、びっくりした?」

 

 私の顔を見るや否や、人懐っこい笑みを見せる銀髪の少女――ジャック。

 どうやら、キアラの部屋に居たらしい。

 

「ああ、もう!いきなり飛びついちゃ駄目って、言ったでしょう?」

「だって、キアラの身体がやわらかくて、抱きしめたくなっちゃうんだもん!仕方ないよね!」

「……っ!そう言われると、悪い気はしませんが……」

 

 どこまでも素直に感想を口にするジャックに、キアラも怒るに怒れないようで、思わず口ごもってしまっている。

 その様子を見る限りでは、二人は数日前の出来事以降、かなり仲を深めたことがよく分かった。

 

「(やっぱり、キアラさんは変わったな……)」

 

 記憶喪失の直前は、かなり弱々しい姿を見せていたキアラ……何をするにしても不安そうな顔を浮かべ、何処へ行くにしても私に付いて回っていた数日前の姿と、今の姿を比べると、良い意味で別人のように変わった。

 いや、彼女が元々セラピストであり、それなりの人望があったことを踏まえると、元に戻ったというのが正しいのかもしれない。

 

「(普段から、あんなキアラさんだったらな……)」

 

 ジャックと親子のような触れ合いをしているキアラに目を向けて、ふと私は思ってしまう。

 

「あっ!ちょ、ちょっと……!そこは触っちゃ駄目……って、そこも駄目!」

「いいじゃん、いいじゃん!ちょっとぐらい、くすぐっても大丈夫でしょ?」

 

 カルデアの職員用にあった緑色の制服を着こなし、心から幸せそうに笑顔を振りまく、キアラの姿。

 清純で温厚な今の彼女が、また妖しげな顔を覗かせる元の殺生院キアラへと戻ってしまうことを考えると、少しばかり惜しい気もする。

 

「はぁ、どうしたものかな……」

 

 私の心にある邪念と葛藤しつつ、二人に聞こえないような小さい声を呟き、私は天井を仰いだ。

 

 

 

「先程はお見苦しい所を見せてしまいました……なんとお詫びすればいいのやら……」

「ううん、大丈夫。私はキアラさんが、元気かなって見に来ただけだから」

 

 部屋に入り、ベッドに腰掛けた途端にキアラから頭を下げられたが、私は動じずに応じた。

 

「それより、ここ数日はどう?上手くやれてる?」

「はい。カルデアの皆さんに優しく接してもらえましたので、特に問題はありません……でも、何故か男性の方からプロポーズされたりしちゃいましたけどね」

「ふふ……人気なんだね、キアラさんは」

 

 小さく舌を出して、いたずらっぽく話すキアラ。

 そんなキアラに私はにっこりと微笑んでいると、部屋の隅で何やら作っていた様子のジャックが、キアラの元へ駆け寄ってきた。

 

「ねえ、キアラ!見て見て!けっこう、上手く作れたでしょ?」

 

 目を輝かせながら手に持っていた物をキアラに見せるジャック。

 それは、緑や赤の刺繡糸で編まれた綺麗なミサンガだった。

 

「まぁ!私が少し教えただけで、ここまで上手に作るなんて……本当にすごいですね!」

「ふふん!ほめて、ほめて!って、わっ!?」

 

 そのミサンガを見た途端に、大喜びでキアラはジャックの頭を撫で始める。

 

「くすぐったいよ、あはは!ちょっと、なですぎだよ……!」

「さっきの仕返しです!しばらくは、逃がしませんからね?」

 

 頭を洗うようにしてキアラは、ジャックの頭を両手でもみくちゃにしていく。

 一見、雑に見える撫で方ではあったが、それでもジャックの反応を見る限りは、かなり気持ちがいいようだ。

 何度見ても仲睦まじい二人の姿。そんな姿を見て、不意に私の脳裏に疑問が浮かんできた。

 

「(キアラさんって、記憶を取り戻したいと思ってるのかな……?)」

 

 キアラやカーマが記憶を失ってから今になるまで、二人の意思を確認してこなかったが、記憶を戻したいという考えはあるのだろうか?

 もし、戻したくないとなったら……記憶を戻す時になって、二人がパニックを起こしてしまうという可能性も否定できない。

 

「ふふ……あはは!……ふぅ。きもちよかったよ!キアラ」

「それは良かったです!次に、ミサンガを作った時はもっと撫でてあげますからね!」

 

 いずれ来るであろう結末だが、早いうちに相談をしておいた方がいいだろう。

 そう判断し、私は勇気を持って口を開く。

 

「キアラさん、後で話したいことがあるんだけど――」

 

 

――。

 

 

 一旦、ジャックに部屋の外へ出てもらった後、早速キアラに先程思っていた疑問をぶつけた。

 すると――

 

「いえ、私は今のままがいいです」

「キアラさん……」

 

 断固とした決意を持った瞳を見せ、キアラはきっぱりと私に向かって言い切った。

 

「マスターは私の事を気遣い、記憶を失う前の事を話さなかったようですが、カルデアの皆さんの反応を見れば、私がどれだけ邪悪であったかなど分かります……」

「……」

「自己愛と快楽に溺れる醜い獣……そんな獣になんか戻りたくありません!私は、ただ……あの子を、ジャックさんを愛してあげたいんです……」

 

 葛藤しつつも、自分の胸の内を吐露していくキアラに、私は何も言えなかった。

 何故ならば、キアラの言葉の一つ一つにジャックに対する思いや、記憶を失くす前の自分への嫌悪感を滲ませていたから……それに、彼女の瞳に少し映った涙を見てしまっては、言葉など紡ぎだせるはずもない。

 

「マスター……お願いします。私の記憶を戻さないでください……記憶が戻ってしまえば、また私は獣に戻ってしまいます……」

「っ……!」

 

 私の手を包み込むように握り、キアラは涙ながらに訴えかける。

 

「(私だってキアラさんが望むなら、そうしてあげたい……でも――!)」

 

 駄目なのだ。それは絶対に……駄目。

 私は数日前にダヴィンチから告げられた言葉を思い出し、必死に自分の心を押し殺していた。

 

『まだ、詳細には彼女達が何故、記憶を失ったのかは分からない……けれども、霊基に異常が生じていることは明らかだよ』

 

 ――つまり?

 

『私が二人の身体を調べた限りでは、日に日に彼女達の体内から魔力が抜けていっている。恐らくは霊基異常により、マスターからの魔力供給が上手くいってないようだ……つまり、あまり言いたくはないんだけど――』

『このままだと、彼女達は消滅することになるね』

 

 消滅……数日前にそれを聞いた時は、冗談かと思った。

 あんなにも幸せそうにしていた彼女達が、カルデアから居なくなってしまうなんて想像もできない。

 だが、日が経つごとに、彼女達との繋がりが薄れる感覚を感じると、それが現実に迫ってきていることを実感せざる得なかった。

 

『でも、大丈夫……それまでには記憶を戻すための方法を考えるから』

 

 最後にダヴィンチは精一杯の笑顔で、そう言ってくれたが、本当に記憶を戻す方法など見つかるというのだろうか?

 もし、見つからなかったら、その時は……

 

「キアラさん」

「は、はい……何でしょう」

 

 黙り込んでいた私の言葉に耳を傾けるキアラ。

 そんなキアラに、私は一言――

 

「……ごめん」

 

 それだけを呟くと、刹那――私は逃げ出す様にして扉の開閉ボタンを押し、キアラの部屋を飛び出した。

 

「……ッ!?待ってください!マスター!」

 

 走り去る背中にキアラの必死な声が掛かるが、私は耳を塞いで、ひたすらにカルデアの廊下を走り抜ける。

 身体から湧き上がってくる恐怖心を振り去るように。そして、事実という名の重責から逃げるようにして逃げ続けた。

 途中で不思議そうに私を見る英霊達には目もくれず、足の限界が来るまで走り……そして、私はいつの間にかカルデアの端にある物置まで来てしまっていた。

 整理されていないダンボールがひしめき、人の気配が感じられない薄暗い空間。

 そんな空間で私は思う存分吠えた。

 

「はぁ……はぁ……!言えるわけない……ッ!キアラさんに、ダヴィンチちゃんの話の内容なんて言えるわけないよ……ッ!!」

 

 いつの間にか流していた涙を乱暴に拭い、私は溜まっていた思いを吐き出す。

 そこには後悔の思いしかなかった。

 

「キアラさんには、絶対伝えておこうって決めてたのに……ッ!なのに……!」

 

 言えなかった。そう、言えなかったのだ。

 あの話をしたらキアラだけでなく、ジャックも悲しませてしまう事になる……それが怖かった。

 だが、それでも絶対にキアラには言っておくべきことだった。それを言った上で、私がキアラの傍に寄り添ってやるのも選択肢としてはあったはずである。

 

「うっ……っ……!でも、キアラさんとジャックちゃんの悲しむ顔なんて見たくないよ……ッ!」

 

 未だに頭を渦巻く失意の念……それに耐えきれなかった私はがくりと膝を折って、その場に座り込んでしまう。

 

「どうすれば良かったの?私は、どうすれば……」

 

 失意の念と自責の念が頭をぐちゃぐちゃにしていく中、頬をから涙を伝わせつつ、呆然と呟く私。

 その質問に、誰も答える者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……!はっ……!マスターは一体、何処へ行ってしまったのでしょうか?」

 

 突然、自分の部屋から飛び出したマスターに驚きつつ、全力でその後を追ったのだが、その前に自分の息が切れてしまった。

 今は何とか、部屋の外に居たジャックの力を借りて、マスターを探している所だ。

 

「ねぇ、キアラ……おかあさんとケンカでもしたの?」

「いいえ、喧嘩などとんでもない。ですが……どこかマスターの様子がおかしかったように思えます」

 

 不思議そうに首を傾げるジャックの言葉をあっさりと否定しつつも、キアラは先程感じていた違和感を拭えずにいた。

 

「(マスターは、私が記憶の話をした途端に顔が強張っていたような気がしますね……もしかして、聞いてはいけない事だったのでしょうか?)」

 

 部屋での会話を思い出し、キアラは何となく思う。

 今の所、記憶喪失の事に関して詳細を知っているのは、マスターとエミヤの二人だけ。

 そして、その情報を二人に伝えているのはダヴィンチである……カーマはその事に気付いていないが、勘の鋭いキアラは、他の英霊と話す内容の齟齬から、すぐにその事を察した。

 肝心の詳細については分かっていない……だが――

 

『ごめん』

 

 マスターが最後に言い残した言葉からするに、重要な事だったには違いない。

 

「(ともかく、マスターの真意を正さないといけませんね)」

 

 これ以上自分の事について、教えてもらわないわけにはいかない。意地でも、マスターから記憶喪失の事について聞きだす。

 そう決意を固めたキアラが、一歩を踏み出そうとした……次の瞬間。

 

「あ、れ……?身体に力が入らない……」

 

 不意に身体のバランスを崩し、壁へもたれかかるキアラ。

 もちろんだが、周囲に足を引っ掛ける物は何もない。

 

「キアラ、だいじょうぶ?」

「え、ええ……大丈夫で、す……」

 

 取り繕うようにジャックへ笑みを返すキアラだが、その顔は青ざめていた。

 

「(おかしい……身体が言う事を聞いてくれない……!身体から力が……抜けて……いく)」

 

 一気に全身を襲う寒気、それと同時にくる脱力感……抑えようとしても足の震えと手の震えが止まらない。

 

「っ……!あっ……ぐぅ……ぅ……」

 

 自身の両肩を握り締め、津波のように押し寄せる震えや寒気をやり過ごそうとするが、今度は視界すらもぐらつき始める。

 遂には立つのも困難になり、キアラはぐったりと壁を背に付けて座り込んでしまった。

 

「キアラ……?ほんとうに、だいじょうぶ……?」

「ええ、大丈夫。大丈夫だから……私は大丈夫……」

 

 額に汗を浮かべながらキアラは必死に作り笑いをするが、流石のジャックも心配し、傍へと駆け寄る。

 

「(ああ、これは……ちょっとまずいかも)」

 

 今にも泣きそうな顔をしているジャックを見つめ、直感的にキアラは思う。

 身体が消えていくような感覚、そして霞んでゆく視界……これは間違いない、死ぬ前兆だ。

 いや、正確に言うと、消滅という方が正しいのかもしれない。

 

「(ふふ、やはり因果応報という物でしょうか……?悪い事をすれば、罰は下りますね……)」

 

 そう。マスターや他の英霊が自分を気遣い、記憶を失う前の事を話さなくても、自身がやってきたことなど、彼女らの微かに怯える目を見れば分かってしまった。

 実際、カルデアのデータベースを密かに盗み見たが、やはり自分の経歴はろくでもない物だ。

 そんな自分が、こうして苦しむのも定めだったのだろう。

 だが、それでも――

 

「ずっと、貴方の傍に居てあげたかったな……」

「……!きあ、ら……?」

 

 傍で寄り添うジャックの頬を手で包み込み、キアラは心の声を思わず発してしまう。

 

「(貴方だけは、ただ純粋な瞳で私を見てくれた……一度も、怯える目なんてしなかった……)」

 

 数日間という短い間ではあったが、ずっとジャックは自分を母のように慕ってくれた。

 そんな彼女と別れるなんて、考えたくも無かったことだ。

 でも、現実に別れは迫ってきている。なら、想いを伝えておこう……

 

「ありがとう……ジャック。この数日間、楽しかったですよ」

「わたしも、たのしかったよ……!だから、目をつぶっちゃだめ」

「そうですね、私も瞑りたくない。でも……私、眠くなっちゃって……」

 

 ジャックの言葉に笑顔を見せると、キアラは段々と瞼を閉じていく。

 

「だめ……ッ!キアラ……ッ!!」

 

 堪え切れなくなった涙を流し、ジャックは必死にキアラの手を握り締める。

 その手首には、キアラと一緒に作ったミサンガが付けてあった。

 

「(ああ、そうでした……この子と約束しましたね)」

 

 目に付いたミサンガを見た途端に、溢れ出してくる記憶。

 まともに言葉を発することはできない程に意識は混濁しているが、それでもジャックに最後ぐらい、言葉を掛けてあげたい。

 キアラは、最後の力を振り絞り、自身の腕を動かし――……

 

 

「キアラ……ッ!いやだ、いかないで……!いかな――……っ!?」

 

 泣きじゃくっていたジャックに、キアラは突然、頭へ手を置いた。

 そして、閉じかけていた瞳を精一杯開けると、穏やかな笑みで口を開いたのだ。

 

「大好きよ……!ジャック……!!」

 

 恥じらいなど感じさせない、本心からの言葉。

 感謝や名残惜しさに一筋の涙を流しながらも、その顔は笑みを作っていた。

 本当に死に掛けているとは思えない程に、力強い言葉であった……だが――直後に、キアラの瞼は急速に閉じていく。

 

「――ッ!……ッ!……っ!……!……」

 

 次第にジャックの声も聞こえなくなっていくキアラ。

 身体の感覚も徐々に薄れゆく中、最後に感じた感触……それは、涙が落ちる感触だった。




 閲覧ありがとうございました。
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