ビースト達は記憶喪失   作:若杉優太(テト/teto)

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めっちゃ待たせてしまって、ごめんなさい!!


元ビースト達は記憶を取り戻す……?(後編)

「わぁ!綺麗な桜……!」

 

 花吹雪のように上から降り注ぐ桜の花びらを浴び、私は目の前の桜の木を熱心に見つめる。

 夏の向日葵や秋の紅葉なども見ていて、とても綺麗に感じるが、それでも春の桜に勝るものはないと思う。

 

「(ふふっ……!良かった、桜が見れて……)」

 

 あくまでシミュレーションルーム内で構築された、幻影の桜ではあるものの、見事に咲き誇る桜を見れただけで満足だった。

 そして、こんな美しい桜を見れたのは紛れもなく白髪の彼のおかげだ。

 先にシミュレーションルームを使っていた英霊に頭を下げて譲ってもらい、私の為だけにわざわざ桜の綺麗な公園をシミュレートしてくれた彼。

 そんな彼は、私から少し離れた桜の木の下で、感慨深げにひらひらと舞い落ちる桜の花びらを見つめていた。

 

「(何回見ても、かっこいいなぁ……エミヤ先輩は)」

 

 髪をオールバックにして、赤と黒の外套を羽織っているという姿もスタイリッシュでかっこいいと思えたが、髪を下ろし薄いジャケット一枚やジーンズを着こなす彼の姿は、いつもと違った爽やかな印象を受ける。

 記憶を失ってから数日が経つが、その間に見たどの男性よりも、彼は私の目に輝いて見えた。

 

「ああ、幸せだな……」

 

 思わず声に出してしまう程に今の私は、言葉に表しきれない程の幸福に包まれている。

 こんな綺麗な桜を、素敵な彼と一緒に眺めることができ、カルデアに帰れば優しいマスターや英霊達が居るという事実。

 どこの世界を探しても、これ以上の幸福は無いだろう。

 清々しく朗らかな気持ちに包まれる私の想いに応えるように、桜の木は花吹雪を散らしてくれる。

 

「(でも、もう少しぐらいエミヤ先輩も褒めてくれたっていいと思うんだけどな……せっかく私もオシャレな服にしたのに……)」

 

 桃色のブラウスに黄色のスカート、首から下げたネックレスや純白のブーツなどの現代風の服に身を包む私。

 それらは全て、ここに来る前にカルデアの女性英霊からアドバイスをもらってコーディネートした物だったのだが、エミヤはそれを見て少し目を逸らした後、”いいんじゃないか”と一言しか褒めてくれなかった。

 クールな彼も魅力的ではあるが、今日ぐらいは素直に褒めてほしかったと思う。

 

「まぁ、いっか……幸せだし……」

 

 再度、木から舞う桜の花びらを眺めると、そんな不満な気持ちも流れていく。

 やはり、この桜は私の気持ちをすっきりとさせてくれる。

 できることなら、一生ここに――

 

「こほ……ッ!?こほ……ッ!!」

 

 突然喉から来た咳に耐えられず、思わず咳き込んでしまう。

 咄嗟に手で押さえたため、咳を外に散らさずに済んだが、それでもサーヴァントである私が咳をするなど思ってもいなかった。

 それに、咳を押さえた手も真っ赤に染まって……

 

「(嘘……っ!?これ、血……ッ!?)」

 

 我に返って手のひらを冷静に見つめると、手には鮮やかな血がべっとりと付着していた。

 それを証拠に、手のひらに抱えきれなかった血がぽたぽたと地面へと落ちていっている。

 ――これは、まずい……っ!

 本能的にそう察知し、私は遠くに居る彼を呼びかけようとした……が。

 

「こほ……ッ!こほ……ッ!く、苦しい……っ!」

 

 一瞬で声も出す事すらままならない程の咳に見舞われ、私はその場に膝を付いてしまう。

 喀血で吐き出す血の量も段々と多くなっていき、意識すらも少し遠くなってきたように感じる。

 

「(エミヤ……先輩……っ!エミヤ……先輩……ッ!)」

 

 激しい咳に見舞われる中、なんとか彼の方を向いて目で訴えかけようとするが、間が悪い事に彼は丁度私から目を離していた。

 それでも気付いてもらおうと、咳の音を大きくし、咳をする中でも必死に出せるだけの声を出し続ける。

 

「先輩……っ!せんぱ――こほ……ッ!こほ……ッ!!」

 

 血で口元を赤く染めながら声を出すにつれ、咳の症状も悪化していった。

 最初はそこまで苦しくなかった胸も徐々に圧迫されるように苦しくなり、手や顔も冷たくなってきている。

 その症状は明らかに体調不良と片づけられる域ではなく、鏡を見れば私の顔は真っ青に染まっていると確信できた。

 

「せん……ぱ……い……」

 

 一生懸命に声を出すが、駄目だ。

 声が全然出ない。身体も……ふらふらとして、きて……

 意識が……途切れ――

 

 

 

 

 突然……バタンッ!と、誰かが倒れる音が俺の耳に入ってきた。

 

「……ッ!?」

 

 倒れた音のする方へと振り返れば、そこにはカーマが血を流して倒れている。

 ――誰かにやられたのか……!? 

 一瞬だけ周囲を見渡し、敵が居ないことを確認すると、すぐにカーマの元へと俺は駆け寄った。

 

「おい……ッ!大丈夫か……ッ!?」

「あ――先輩……遅いじゃないですか……さっき私が呼んだのに……」

 

 口元から血を溢しながらも俺に笑って見せるカーマだったが、顔が明らかに青白くなっている様子からして、かなりまずい状態というのは医者じゃない俺でも分かる。

 

「こほ……ッ!!はぁ……はぁ……苦しいです先輩……」

「大丈夫だ、待っていろ……!すぐにカルデアの医務室に運んでやる……ッ!」

「そう、ですか……ありがとうございます」

 

 喀血までし始めたカーマに危機感を感じ、瞬時に俺は彼女を抱き抱えてシミュレーションルームの出口へと駆け出した。

 誰かに刺されたわけでもない、撃たれたわけでもないカーマがこうなった理由は全く分からないが、それでも今は医務室へ連れて行くことが最優先だ。

 

「(一応、マスターにも連絡を取っておかなければな……あちらでも何かしら起きているかもしれない……)」

 

 嫌な予感がした俺は、緊急時の時の為にマスターから渡されていた小型の通信端末を懐から取り出し、カーマの身体を支えながら”カーマが血を吐いた、至急そちらに戻る”と片手で通信端末に打ち込んだ。

 すぐには通信が返ってこないだろうが、それでもしないよりはマシなのは間違いない。

 

「はぁ……ぁ……はぁ……」

 

 綺麗で可愛らしく思える顔が、苦しそうな顔に歪んでいるだけで俺の胸は苦しくなる。

 だからこそ、俺は急がねばならない。

 さく……いや――カーマの為にも……ッ!

 

 

 

 

 

 

 ノウムカルデア、医務室にて――

 

「こんな、結果になるとは……」

 

 ベッドで目を閉じたまま動かない黒髪の女性……殺生院キアラを見て、ダヴィンチは幼い顔を引き攣らせる。

 傍には目に大粒の涙を溜めたジャックや、無言のまま顔を下に向ける立香もおり、余計に場の雰囲気は重たくなっていく一方だ。

 

「失礼、お時間よろしいでしょうか?」

「ああ。大丈夫だよ、ナイチンゲール」

 

 医務室の奥から出てきたナイチンゲールにダヴィンチが頷くと、ナイチンゲールは場の雰囲気を考慮することなく淡々と説明を開始していく。

 

「一応、彼女の身体を調べましたが、目立った外傷は特に無し……おそらく、ミス・ダヴィンチの言う通りマスターからの魔力供給が上手くいってないことが原因かと思われます」

「そうか……ありがとう、ナイチンゲール」

「いえ、これも私の責務ですから」

 

 相変わらず無表情で説明をこなすナイチンゲールの姿に少しだけ苦笑するダヴィンチだったが、相も変わらず場の空気は重く、これからの話すら切り出せそうになかった。

 だが、それも無理はないだろうとダヴィンチは思う。

 

「(立香君はキアラに本当の事を伝え損ねて逃げてしまった挙句、その事が原因でキアラが倒れるとは……きっと、自分の事を責めているんだろうな……)」

 

 もちろん、倒れてしまった事に関しては立香が悪い訳ではないが、それでも伝えるべき事を伝えれずキアラが倒れた際にジャックを不安な気持ちにさせた罪悪感は簡単に拭えるものでないのは間違いない。

 それに、依然キアラとカーマの記憶を戻す手段というものが見つかってない今、更に立香へと暗い影を落としている。

 

「(魔力供給か……最悪、立香君には身体を張ってもらうことになるね……)」

 

 カーマとキアラという大事なカルデアの戦力を失う事態を避けようと、ダヴィンチが色々と策を練っていた時。

 医務室の入口から声が上がった。

 

「急患だ……!至急、診察を頼みたい……ッ!」

 

 切羽詰まった様子で医務室へ駆け込んできたのはエミヤ。

 その場に居た全員が何事かとエミヤの方へ注目すると、その腕には口元に血を吐いた後のあるカーマが抱かれていた。

 

「ミスター・エミヤ!こちらのベッドへ寝かせてください……!」

「分かった……っ!彼女を頼む!」

 

 瞬時にカーマが深刻な状態であることを見抜いたナイチンゲールは、すぐさまエミヤに指示を出し、キアラの隣のベッドへとカーマを寝かせる。

 外傷の有無や、脈があるかどうかなど……機械的にカーマの状態を確認していくナイチンゲールだったが、確認を進めていくにつれて表情が深刻なものへと変わっていった。

 

「これは……ひどい……ミス・キアラと同じ――いや、それよりも危険な状態です」

「つまり、魔力がキアラ以上に不足している……そう言いたいわけだね?」

「ええ、そういうことになります」

 

 ダヴィンチの質問にナイチンゲールがこくりと頷くと、続けて場に居る全員に向けて言葉を発した。

 

「恐らくですが、この二人がカルデアに居られるのは長くて一時間でしょう……それまでに魔力供給が行われなければ、残念ながら……その……」

「ああ、分かってる。言わなくていいよ、ナイチンゲール……君はよくやってくれた」

 

 悲壮感を漂わせるナイチンゲールの言葉を遮り、ダヴィンチは改めて医務室に居る全員の顔を見回す。

 

「(みんな、消沈しちゃってるな……)」

 

 予想はしていたが、それでも場の雰囲気はさっきよりも最悪な状態だ。

 ジャックは溜めていた大粒の涙を流し始め、立香は表情が見えない程下へと俯き、エミヤはカーマの方をじっと見て自身の拳を握り締めていた。

 それは紛れもなくナイチンゲールの言葉にあった”長くて一時間”という余命宣告にも似たようなことを聞いてしまったからだろう。

 数日間程の時間があるならば、原因究明に時間を割くこともできたのだろうが、最大でも一時間という短い間では、それも叶わぬ夢である。

 

「(しょうがない、この方法は使いたくなかったけど……他に手段はないだろうしな……)」

 

 今までダヴィンチの中でアイデアだけはあったものの、最終手段として取っておいた手段。

 それは――

 

「……ごめんなさい」

 

 話を切り出そうとダヴィンチが口を開こうとした瞬間、立香は瞳から涙を落とし、謝罪を口にしつつ頭を下げていた。

 

「私が……私が、ちゃんとキアラにダヴィンチちゃんに言われた事を言っておけば、こんなことにならずに済んだかもしれないのに……ッ!全部、私の……せいで……!」

「マスター……何も君だけの責任じゃない。何なら元は私が発端なのだから、私だけに責任があるはずだ」

「でもっ!私が、あの時キアラさんにちゃんと話をしておけば……!もうちょっと皆が冷静に対応できてた!だから……私の、せい……っ!」

 

 喪失感と後悔に打ちのめされ、立香は嗚咽と涙を部屋中に漏らす。

 最初はめげずに励まそうとしていたエミヤも、すすり泣き始めた立香を見て表情を硬くして押し黙ってしまった。

 一方のダヴィンチも、また話を切り出す機会を失ってしまう。

 

「(さて……どうしたものか――……ん?)」

 

 微妙に服が引っ張られる感覚に違和感を感じ、ダヴィンチが咄嗟に下を向く。

 すると、そこには目元に涙の跡のあるジャックが、ダヴィンチの方をじっと見つめていた。

 

「どうしたんだいジャック……?何か私に相談があるのかい?」

 

 ダヴィンチが温和な笑顔を作って応じると、ジャックはこくりと頷き、絞り出すようにして言葉を発する。

 

「ねぇ、ダヴィンチ……キアラは、しんじゃうの?」

「……分からない。だけど、このまま何もしないままだったら確実にカルデアからは居なくなってしまうだろうね」

「……!?キアラが、いなくなるの……?いや、いや……いやだよ……っ!」

「大丈夫、落ち着いて。このままキアラ達を黙って消滅させるなんてしないさ、絶対にね……」

 

 今にも大声で泣きだしてしまいそうなジャックを宥めると、ダヴィンチはこれが好機と思い、場に居る全員に向けて自身の考えを発した。

 

「キアラとカーマを救う方法は一つ、直接的な魔力供給しかない!立香君、エミヤ、ジャック……君達から魔力供給するんだ!」

「ほんとう……!?じゃあ、キアラは――」

「いや、確実に成功する保証があるとはいえない。残念ながらね……」

 

 場が一瞬だけ希望に満ちたが、ダヴィンチの一言で再び暗い雰囲気へと変わってしまう。

 だが、それでも唯一ジャックだけは、表情に希望という火を灯していた。

 

「わたしたちはやるよ!それでキアラがいきてくれるんだったら、ぜったいにあきらめない!」

「……!そうだね、そうだ!まだできることはあるんだ……!立香君もエミヤも、諦めるには早いよ!」

「うん!あきらめないよ!」

 

 ジャックのめげない気持ちに発起され、心を奮い立たせていくダヴィンチ。

 だが、それとは対照的にエミヤと立香の表情は浮かないままであった。

 

「なぁ、ダヴィンチ……聞くが、魔力供給をして本当に彼女達は助かるのか?ただでさえ、直接的な魔力供給では送れる魔力は少ないというのに、サーヴァントの身体を維持する程の魔力を送るのは現実的に不可能なことだ」

 

 どこか悲観的に語るエミヤであったが、それは的を射ていた。

 記憶を失ってからのカーマとキアラの霊基は、不思議な事にカルデアからの魔力供給が一切できなくなり、立香から直接パスを繋いで魔力供給を受けている状態であった。

 しかし、それもできなくなった今では、直接的な魔力供給で魔力を送るしか方法がない。 

 たとえ魔力を送ったとしても、カルデアに居れる時間が少し延びるだけであり、根本的には何も解決しないのが現実だ。

 だが、それでもダヴィンチの瞳から諦観の念など少しも見えなかった。

 

「エミヤ。君が立香君と同じように、自分を責めてしまうのは分かる……でもね、こんな事態になってしまった以上は後悔しても、状況は好転することはないんだ」

「……っ、分かってる!分かってるさ……!そんなこと……」

 

「――だったら、君がやることは一つじゃないか?」

 

 珍しく苛立ちを露わにするエミヤにダヴィンチがにやりと笑うと、それを見たエミヤはため息をつきつつ、ベッドへ寝かされているカーマへと視線を向ける。

 

「(俺は……このまま、彼女を見殺しにはしたくない……見殺しになんてできるわけが……っ!)」

 

 数日間の間ではあったが、エミヤにとってカーマと過ごした時間は悪くないものだった。

 少々ボディタッチが多い事や、どこへ行っても後を付いて来るなどのやりづらい点も無い事は無かったものの、それでも純粋に自分を頼ってくれる彼女は、エミヤの目には可愛らしく見えていた。

 そんな彼女が消滅する危機だというのに、何もしようとしていない自分はどれだけ愚かだろうか。

 

「カーマ……」

 

 とある記憶に残る彼女とは違う存在であると認識しつつも、カーマの顔を見てしまうと、どうしても彼女の面影が瞳に映る。

 カーマの苦しそうな顔を瞳に入れるだけで、胸が苦しくなるのだ。

 

「エミヤ、一応言っておくと今回の件は君のせいじゃない」

「……?」

「私も色々調べたけど、二人が記憶喪失になったのは、カルデアの電力を通じての魔力供給が霊基異常で二人にできてなかっただけであって、君が二人を気絶させたことは一切関係なかったよ」

「……っ!そう、だったのか……」

 

 ダヴィンチから告げられた真実を聞き、エミヤは少しだけ目を見開かせると、次の瞬間にその顔を引き締まったものへと変えた。

 

「分かった……私、いや――俺も覚悟を決めるとするよ」

「……!ありがとう、エミヤ!」

 

 先程まで諦めの表情しか見えなかったエミヤの力強い笑み。

 それは、ダヴィンチのみならず、ジャックや沈んだままになっていたナイチンゲールの表情さえも明るいものへと変え、顔を俯かせたままだった立香にも光を灯した。

 

「(……そうだ。まだ、二人は助かるかもしれない……なのに諦めるなんて、絶対に後悔するに決まってる……っ!)」

 

 さっきまでやってしまったことばかりに囚われ、目の前の二人のことなど考えていなかった自分の考えの浅さに気付き、立香は冷めていた心を急速に暖めていく。

 虚ろになっていた瞳にも再び光が宿り、身体にも活力が戻り始めた立香の表情はみるみるうちに良くなっていていき、気付けば俯いていたはずの顔も、しっかりと前に向けていた。

 

「よし!それじゃ、改めて二人を助ける為にやることを説明するよ!一応、立香君も……って、もう大丈夫か」

 

 ダヴィンチは立ち直っていた立香を見て安堵したように笑いかけると、早速場に居る全員に向けて説明を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……どうして、こんなことになったんだろうな?」

 

 医務室で一人椅子に腰掛ける俺は、ベッドで安らかな顔をして眠るカーマへと言葉を投げる。

 当然のことながら返事は返ってこないわけだが、それでも今からやることを思うと、ぶつぶつと文句の一つや二つ言いたくなってしまう。

 

「(直接的な魔力供給をすると聞いていた時から嫌な予感はしていたが、まさか接吻での魔力供給とはな……)」

 

 英霊となる前から方法自体は知っていたが、まさかカルデアでやらざる得ない状況になってしまうなど想像すらしなかった。

 しかも、それが生前に浅からぬ縁がある女性の肉体だ……運命というものがこの状況を作り出したというならば、地獄に落ちろと吐き捨ててやりたい。

 

「だが……やるしかないか……」

 

 どのみち目の前の彼女が助かる道は直接的な魔力供給を行い、乱れている霊基のパスが元に戻る可能性に賭けるしかないのも事実。

 幸いなことに、マスター達は医務室から退室している。ならば、恥じらいを覚える必要はない。

 

「(一瞬で、終わらせる……)」

 

 覚悟の決まっている内にやってしまえ。若干、背徳感に震える俺の心を必死に押さえつけ、早速彼女の口元へと顔を近付ける。

 それと共に心臓の鼓動がうるさくなるが、構わず彼女の彫像のように整った顔へと迫っていった。

 すぐだ……そう、すぐに終わる……すぐに終わ――

 

「せ……んぱ、い……」

「……ッ!?」

 

 今まで死んでしまったように動かなかった彼女が言葉を紡いだ瞬間、俺の身体は動かなくなった。

 理由は俺でも分からない。だが、カーマの声を聞いた途端に瞳が熱くなって、何故か目の前がぼやけて……

 

「カーマ――ッ!!」

 

 倒れてしまってから、ずっと昏睡状態にあったカーマが少しでも言葉を発した。

 それだけで俺は彼女の手を握り締め、らしくもない涙を床に落としてしまう。

 

「やっぱり、俺は……お前と居れて嬉しかった……っ!」

 

 マスターの前や他の英霊の前、はたまた彼女と一緒に居る時ですら顔に出さないように努めていたが、本当はカーマと一緒に行動をしている時は、心で晴れやかな笑みを浮かべていた。

 カーマにずっと付き纏われていた際に無垢な瞳で好意を向けられていたことや、純粋に俺を慕ってくれている様子の彼女が愛おしかった。

 その想いを目の前の彼女に伝えれないことが、心の底から悔しい。

 

「もっと、素直になっておけばよかった……ッ!お前にもっと、俺の気持ちを伝えておけば……ッ!こんな後悔なんて……っ!後悔なんてしなかったんだ……ッ!!」

 

 あの頃を思い出すのが怖くて、恐ろしくて、怯えていたからこそカーマとの時間を純粋な想いで過ごせなかった。

 そんな臆病な自分を恨んで、憎んでも時間は戻りはしないことは分かっている……分かっているが、それでも過去の自分を一発でも殴ってやりたい。

 目を覚まさせてやりたいと思うのだ。

 

「すまない……カーマ……っ!俺は、おれは……おれ、は……ぁ……ッ!」

 

 膝を床に落とし、女の前で大粒の涙を目尻へと溜める今の俺は、誰の目から見てもきっと情けなく映るだろう。

 一人の女の好意に応えず、更には応えなかったことに後悔して結び泣く男。

 こんな姿を彼女に見せれるだろうか?彼女が無事に元に戻った時、本当に胸を張れるだろうか?

 

「(見せれるわけない……見せれるわけが、ないだろ……ッ!)」

 

 危うく泣き崩れてしまいそうになった自身を鼓舞し、俺は乱暴に涙を拭って立ち上がる。

 

「カーマ……大丈夫だ。大丈夫だからな……?」

 

 彼女の前では”先輩”でありたいという虚栄心を張りながらでも、俺は眠る彼女へ必死に笑いかけた。

 もしかしたら二度と会えなくなるかもしれない……そんな恐怖をも押し殺し、俺は再び彼女の唇へ顔を近付ける。

 

「(もし、これまでの記憶を覚えたままだったら、その時はきっと……)」

 

 胸の中で燃える覚悟を胸に、俺はゆっくりと目を閉じ、安らかに眠るカーマの唇へと口を持っていき……そして――

[newpage]

 エミヤがカーマとの魔力供給を終えたと聞き、立香とジャックは医務室の中で早速キアラへ魔力供給を行った。

 ”一秒でも早く助けたい”そんな思いを抱いていた二人は、接吻をすることに恥じらいを持つことなく行い、一瞬で魔力供給を終わらせた。

 

「ん……ふぅ、キアラさん……これで助かるのかな?」

 

 キアラと重ねていた唇を離し、立香は不安げにベッドで眠るキアラを見つめる。

 一見すれば、ただぐっすりと眠っているだけのように見えてしまう彼女の美しくも可愛らしい寝顔であるが、その外面の状態と反する形で、身体の中の状態は依然として最悪な状態だ。

 サーヴァントの身体を維持する為の魔力は雀の涙程度しか残っておらず、その雀の涙程度の魔力も少しずつ抜けていっている。

 やはり、キアラ……それにカーマが助かる道は、魔力供給を通じて魔力の通るパスが正常に戻ってくれることを祈るしかないのだろう。

 

「キアラ……わたしたち、しんじてるからね?」

 

 病気を患ってしまった母親を心配するようにして、眠るキアラの手を握り締めるジャックの健気な姿。

 それを見ると、立香も少しばかり沈んだ気持ちが上向いてくる気がした。

 

「(私も、もっと前を向かなきゃな……)」

 

 ジャックの姿に笑みを溢しつつ、彼女と同じように立香もキアラの手を握る。

 きっと、助かってくれることを信じて――

 

…………

……

 

 瞼が重い。身体が、重い……ここはどこだろうか?

 私は、どうなったんだろう……?

 わた、し……は――

 

『シャアァアアアアア――ッ!!』

「……ッ!?」

 

 ぼんやりとする私の意識を一気に呼び覚ますかのように、突然蛇……いや魔獣の咆哮が聞こえた。

 そこで私は、ようやく身を預けていた床から身体を起こし、周囲を見渡す。

 一見すると何もない白い空間が広がるだけの場所であったが、私から少し離れた場所に一人倒れている女性を見つけた。

 ――助けてあげなきゃ!

 考えるより先に身体が動き、私はすぐさま女性の元へと駆け寄った。

 

「……ぁ……ジャック……」

「大丈夫ですか!どこか怪我でも――……ッ!?」

 

 誰かの名前を呼びながら、苦しそうに呻き声をあげる女性の顔……その顔はカルデアで見覚えのある顔であった。

 この人は……確か……

 

「キアラ、さん……?どうしてこんなところに……?」

 

 カルデアでは記憶を失ったもの同士ということで、一応面識はあったものの、それでも親密な関係でもない彼女と、何故こんな場所に二人で寝かされていたのだろうか?

 私の中で疑問は膨らむが、今はそれより彼女の身の心配が先だ。

 

「ぅ……ぅ……ジャック……ジャック……っ!」

 

 胸の辺りを押さえて、うなされるようにして身体を左右に揺らすキアラだが、押さえている胸の辺りは特段外傷などは見当たらない。

 

「キアラさん……っ!しっかりしてください……!」

「……ぅ……ッ!苦し、い……ッ!」

 

 顔を青ざめさせ苦悶の声を漏らすキアラへ必死に呼びかけるものの、私が声を掛けると余計に彼女は苦しそうに声を漏らし、身体をのたうち回らせる。

 ――どうすれば……いいの……?

 外傷であれば素人の私でもできることはあるが、身体の内部となると医者でもない私にはどうしようない。

 そうなれば、一刻も早く医者の元へ連れて行きたいところなのだが……

 

「何もない……」

 

 扉があるわけでもなく、どこまでも続いている真っ白な空間に私とキアラの二人しか居ない状況では、それすら望めなそうである。

 

「マスター……カルデアの皆さん、先輩……私、どうすれば……」

 

 記憶を失ってから一緒に居て、励ましてくれた人が一人も居らず、記憶喪失を経験した仲間であるキアラも頼れない今、一体どうすればいいのだろうか?どうやれば、この空間から脱出ができるのだろう……?

 孤独と恐怖から、私はキアラの前にも関わらず目の端に涙を滲ませてしまう。

 もちろん自分でも情けないことは分かっているが、それでも私の瞳の奥からこみ上げる熱い感触は止まらなかった。

 

「怖い……怖いよ……助けて、先輩……」

 

 いつも私に笑顔を見せ、不安なことや悩んでいることも親身に聞いてくれた白髪の彼。

 その彼は、ここに居ない……その事実を認識していた時。

 不意に背後で嫌な気配を感じた。

 

「(な、なに……?……ッ!?足音がする……)」

 

 一瞬だけぱっと表情を明るくしたものの、すぐにその足音が人間のものではないことを悟り、私はゆっくりと後ろを振り返る。

 そこで見えたのは――やはり、嫌な気配の予感通りろくでもないものだった。

 

『グルルルル……ッ!』

『ゥウウウウウ……ッ!』

『シャアァアアアアアア……ッ!』

 

 この空間に響き渡るような咆哮を上げ、獲物を見定めるようにして一歩ずつこちらへと進んできている数十匹の魔獣の群れ。

 数十メートル先にまで迫ってきている魔獣の群れは、私達が少しでも声を出してしまえば一斉に襲い掛かって来てしまうだろう。

 

「(逃げないと……っ!私は、まだ先輩に伝えたいことがいっぱいあるのに、こんなところで死ねない……ッ!)」

 

 叫びたくなる程の恐怖を押し殺し、魔獣達から目線を外さないままキアラの身体を背中に背負うと、私は一歩ずつ後ろへと下がっていく。

 なるべく足音を立てぬよう、そして出来る限り魔獣を威嚇するように睨み付けて距離を取る。

 そんな私の姿に警戒感を覚えたのか、完全にこちらを獲物と認識していたであろう魔獣の歩みが少しばかり鈍り始めた。

 

「(よし……このままの状態で、ずっと後ろに進もう……)」

 

 どうせ後ろに行っても前に行っても何もない真っ白な空間なのだから、ここはひたすら魔獣と距離を取り、それまでにカルデアの救援を待つしか方法はない……そう確信し、私は折れそうであった心に活を入れ、更に後ろへと下がっていく。

 当然のことながら魔獣達もそれに追従するが、やはりこちらへ襲い掛かって来る様子はない。

 ――とりあえずは安心……大丈夫……

 爆発でもしてしまいそうな程に鼓動を早める心臓を落ち着かせ、自分へと言葉を言い聞かせる。

 

「(大丈夫……きっと先輩が、先輩が――)」

 

 想い人の顔を浮かべつつ、どんどん魔獣達と距離を取っていく私。

 順調だ……そう思っていると、一瞬だけ足がぐらついた。

 

「(……っ!?危ない……ッ!)」

 

 今にも倒れてしまいそうだった足を咄嗟に踏ん張らせ、何とか体勢を整える。

 もしここで倒れでもしたら、確実に魔獣達は私へ襲い掛かって来ることは間違いない。

 ――しっかりしないと……っ!

 再度自分を鼓舞し、私はそのまま後ろへ足を進めようとするが――

 

「(……?あ、あれ?なんか視界、が……)」

 

 魔獣が一瞬だけぐにゃりと曲がったかと思うと、今度は突然膝が意識もしてないというのにカクリと床へ付いた。

 まずい……そんなことを口に出す間もなく、喉からこみ上げてきた何かを吐き出す。

 

「……っ!?こほ……ッ!!」

 

 咄嗟に手で口元を押さえ、手の中へどろりとした液体を吐き出す私。

 その液体の正体は自分で見なくても、口内に広がる鉄の味からして明らかに吐いてはまずいものだ。

 

「こほ……っ!ごほ……ッ!!」

 

 あれだけ身体だけは立たせると誓っていたはずだというのに、いつの間にか私の身体は咳き込むあまり両手を付いて地を這いつくばっていた。

 明らかに異常、異常なことが起きている。事実を認識できてはいるが、今の私ではこの状況をどうすることもできない。

 ただ、命の雫とも呼べるものを吐き出すしか……

 

『グルルルル――ッ!!』

『シャアァアアアアアアアア――ッ!!』

 

 私が弱ったことを好機と見たか、魔獣達は一斉にこちらへと迫って来る。

 もはや睨み付ける気力すら失われてしまった私は、魔獣にとって格好の獲物。

 それに加え全く動けないキアラも居るのだから、更に都合が良いに違いないだろう。

 

「ぁ……ぅ、せんぱ……い……」

 

 視界がぼやけ、自分が白い床を這っていることしか分からない私は、咄嗟に記憶に残る”あの人”の名前を口にし、必死に後ろへと足を動かす。

 ――まだ、諦めれない……諦めたくない……

 あの人が助けてくれる可能性など無いに等しいと分かっていても、私は必死に腕と足を動かし、必死に魔獣から距離を取る。

 

『グルルル……ァアアアア……ッ!!』

 

 犬型の魔獣一匹が待ちきれないとばかりに迫って来た。

 当然、立ち上がることすらできない私はただその姿を見つめることしかできない。

 涎を垂らし、鋭い爪を備えた手で走る魔獣の姿を見つめ、涙を流すしか……できなかった……

 

「(せん、ぱい……せん、ぱ、い……)」

 

 もっと、もっと甘えたい。もっと、もっと一緒に居て”好き”って伝えたい。

 みんな優しいカルデアに帰って、あの人の傍にもう一度……一度だけでもいいから居たかった。

 ――ああ、視界がぼやけ……て……魔獣の爪が……ぁ……

 私の頬から一粒の涙が伝い、床へと落ち、同時に魔獣の顔が目の前まで――

 

『キャゥンッ!!』

 

「え……?」

 

 目をつぶり、来るであろう痛みを覚悟していたが、代わりに耳へ届けられたのは魔獣の断末魔。

 いきなりの出来事に私は咄嗟に目を見開かせつつ前を向く。

 すると、そこにはいつの間にやら赤い外套を纏った男性が立っていた。

 

「あ、あなた……は……」

 

 目の前で射抜かれ絶命したと思われる魔獣の身体を横へ蹴り飛ばし、まだまだ数十匹は居るであろう魔獣の集団と対峙する男性。

 黒い弓に白髪、それに使っている弓の形を見た瞬間、私の前に立つ彼が誰かすぐに分かってしまった。

 

「ああ……やっぱり、来てくれたんですね……?」

 

 どれだけ絶望的な状況になっても絶対に助けに来てくれる。絶対に彼なら助けに来てくれると信じていた。

 彼とそこまで長く居たわけではないが、それでも心の中で不思議と確信できた。

 

「(もう、安心だ……あとは大丈夫……)」

 

 安堵感に全身が包まれると共に、元々薄れかけていた意識は一気に混濁していく。

 だが、大丈夫だ。後は彼が、どうにかしてくれる。

 このまま眠り、再び起きればカルデアへ帰っているに違いない。

 だって、彼は私だけの英雄……正義の味方なのだから。

 

「あとは、お願いしますね?エミヤ……せんぱ……ぃ……」

 

 沈む意識の中、彼が振り返り見せてくれた笑顔。

 それは、宝石のように輝き、少年の如く無邪気で純粋なものだった。




 閲覧ありがとうございます。一応、これでメインの話は終わりで、後はエピローグを投稿してシリーズを終了します。
 少し気が早いですが、ここまで見ていただきありがとうございました!
 (pixivの方はエピローグ込みで投稿しますので、少しばかりお待ちください)
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