超光速の軌跡 ~タキオンとモルモットの3年間~ 作:Valid Bear
「あとはこれにハンコを押して……、これでよし」
ホープフルステークスまで残り2週間を切ったある日の事。
「お待たせしました」
「すみません、こんな忙しいタイミングに……」
「いや、全然忙しくは無いから平気よ」
トレーナー室でレース関連の書類を書いていたところ、突然桐生院トレーナーが部屋を訪ねて来た。
何故か大量のノートを抱えて。
「それで……、何かあったの?」
「ミークの事でどうしたら良いか分からない事がありまして……」
「分からない事?」
桐生院家はトレーナーの名門であり、その桐生院トレーナーが分からないとなれば相当である。
役に立てれば良いが……。
「ミークをどの路線に進ませるか、です!」
「……」
何で私に聞きに来るのよ。
絶対桐生院さんの方が詳しいでしょうに。
「私に聞かれてもなぁ……。ミークちゃんの適性とか分からないし……」
「全部です」
「……今、なんと?」
「全部なんですよ。短距離から長距離まで、芝ダート全部行けるんです」
そら悩むわ。
選択肢が多すぎる。
「この間うちの洋芝コースも走ってもらったんですけど、そこも問題なく走ってました」
洋芝もか。
「そこで、怜トレーナーの警戒しているウマ娘を教えていただけたらな、と……。非常識なお願いだとは理解しているのですが……」
……なるほど。
全部走れるなら勝てるところに出してあげたいという事だろう。
その気持ちは分からないでもない。
そもそも今年のジュニア級には逸材が多すぎるのだ。
朝日杯はかなりの激戦だったし、阪神JFも3人が半バ身以内に……、あれ?
「ミークちゃん阪神出てたけど、ティアラ路線って決めてた訳じゃ無かったんだ」
その3着がハッピーミークであった。
私達の同期が担当するウマ娘がG1で掲示板に乗ったのは初であり、ちょっとした騒ぎになっていた。
「それで、警戒してるウマ娘だったよね」
「……はいっ!」
「ちょっと待ってて。一旦軽くまとめちゃうから」
あまりに多すぎて誰を言ったか分からなくなりそうだったので、一度紙にまとめる事にした。
それに先ほど桐生院さんは非常識なお願いと言っていたが、少なくとも私の周りではトレーナー間での情報共有は盛んである。
東条先輩に到ってはファイルごとくれたし、沖野先輩もちょくちょくテイオー経由でアドバイスをしてくれる。
私だけ情報を出さないという訳にも行くまい。
「まぁ……、私の警戒対象となるとこんなもんかな?」
「結構多いんですね」
「これでもタキオンと芝の中~長距離で当たって怖い子だけだからね。マイル、スプリント、ダート、障害まで入れたら裏まで行くよ」
「ひぇ……」
今のところタキオンを芝の中~長距離以外に出すつもりはない。
出たところでぼろ負け……、案外地力の差で良い勝負になるかもしれないが、それではトレーナー失格だろう。
「そうね……、今いちばん警戒してるのはこの子かな。ジャングルポケット」
「今年の札幌ジュニアステークスの子ですね」
あのチームリギルのメンバーであり、今年の札幌ジュニアステークスの勝ちウマ娘だ。
彼女の走ったレースはいずれもマイル区分のレースであったが、どことなく余力を残しているように見えたのだ。
体格的に見ても、もっと長い距離を走れると考えるのが自然だろう。
そもそもこの間クラシック三冠に挑むって宣言してたらしいし。
しばらくレースには出ていなかったが、東条先輩がただ遊ばせておくとは考えにくい。
その分成長して来ていると考えるべきだろう。
タキオンがその走りに反応する数少ないウマ娘の一人である。
「次がクロフネ。メイクデビューでは負けちゃったけど、2戦目3戦目と連勝してホープフルステークスに出てきたね。レコードのおまけ付きで」
クロフネは京都まで見に行った未勝利戦の後、先週末のエリカ賞でも勝利を納めていた。
スピード良し、スタミナ良し、パワー良しと、流石はスピカと言った感じに強くなって来ている。
本当に底が知れない子だ。
「あと今回は出てきてないけど、この辺のメンツが頭1つ抜けてるかな。ダンツフレーム、テイエムオーシャン、マンハッタンカフェ、ハッピーミーク、ボーンキング、フルミネ--」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに一気に言われても追い付かないです……」
「あ、ごめん」
「すみませーん。怜トレーナーはいらっしゃいますかー?」
桐生院トレーナーの警戒しているウマ娘を聞き出していると、扉の外からノックと共にたづなさんの声が聞こえた。
こんな時間に珍しいな……。
特に何もやらかしてはいない筈なのだが。
「あ、今開けますね。……たづなさん、どうかしましたか?」
「怜トレーナーにお届けものです。早く届けるべきかと思いまして。こちらをどうぞ」
……これは。
もう完成したのか。
仕事が早すぎやしませんか?
まだ頼んでから1週間しか経っていないのだが……。
「その箱はもしかしてタキオンさんの……?」
「ですよね?たづなさん」
「はい!」
それにしても本当に軽いんだな……。
その分結構良いお値段もしたが--
「費用の申請は早めにお願いしますね?毎年1人は申請を忘れてトレーナーの自腹になる方がいらっしゃるので」
「分かりました」
--申告さえ忘れなければそれも問題ない。
なんだったらたとえ自腹だったとしても、それだけの価値はあるだろう。
実際にやったら生活苦は必至だろうが。
「あとはタキオンが気に入ってくれると良いんですけどね」
競馬ではポイントフラッグ号(黄金船の母)もこの世代だったり。
ちなみにテイエムオーシャンはティアラ後はマイルを、オリウマ娘はダートを主戦場と定め。
ミークは
・この世代では比較的層が薄いと踏んでNHKマイルに挑み。
・高松宮記念の覇者が太め残りで、これなら行けるとスプリンターズステークスに挑み。
・クラシック最終戦は魔境だからと、競馬と異なり外国産馬の制限が無い秋天に挑み。
・芝は正に世紀末だからとジャパンカップダートに挑む事になります。
逃げ場なんて無かった。