超光速の軌跡 ~タキオンとモルモットの3年間~   作:Valid Bear

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前回・・・白衣、結局邪魔だった。


30話 魔境への入口 ~ホープフルステークス・後編~

『出遅れはありません。揃った綺麗なスタート。各ウマ娘、第1コーナーへと向かっていきます。ブレイクチェインが様子を窺う形』

 

 ……確かに出遅れてはいない。

 だが、完璧と呼ぶには少し反応が遅かった。

 タキオンはこれまでのレースは基本的に先行で走ってきたのだが、今は間違いなく後ろから数えた方が早いだろう。

 

『若干見合うような形になりましたが、どうやらハナを切るのはウカルディになりそうです。続いてアートルムグリモア。人気の一角ジャングルポケットが3番手でエブリワンライクスが4番手。1番人気、クロフネはここにいる。サンドコマンドはその外。それからブレイクチェインが中団。その後にアグネスタキオン。内から--』

 

「うわぁ……」

 

 実況を聞いた私は思わず頭を抱えていた。

 タキオンの脚なら差しの位置からでも十分取り返せるとは思うが、全員が勝負服を着た状態ではどうか分からない。

 勝負服を着るといつも以上の力が出せるというのは有名な話であるが、それは当然タキオン以外にも当てはまる。

 

(……あれ?これってもしかして結構ピンチなんじゃ?)

 

 

 

 

 

 トレーナーのそんな心配をよそに。

 

(……うん。予想通りだな)

 

 タキオンはスタートの結果に満足していた。

 それもそのはず。

 

(ここからなら思う存分観察出来そうだ)

 

 クロフネの動きも、ジャングルポケットの動きも分かる絶好のポジションを確保出来たのだから。

 たまには姉の話も聞いてみるものである。

 

 だが、それを知らない面々からしてみれば、要警戒のウマ娘がいつもの位置にいないわけであり。

 結果として、多少の混乱が起きていた。

 タキオンをマークする予定だったウマ娘達は、タキオンの姿が見えない事で若干判断が遅れ、スタートの脚が鈍った。

 それにより、全体の位置を見ながら走るウマ娘達もペースを抑えてしまう。

 そして今回逃げたウマ娘は……、後ろを引き付けて逃げるタイプのウマ娘であった。

 

『各ウマ娘2コーナーを抜け、向こう正面を駆けていきます。先頭は変わらずウカルディ。間が空いてアートルムグリモアが単独2番手。3番手は2人が横並び。外にサンドコマンド、内にエブリワンライクス。そして上位人気3名はここにいる。5番手にジャングルポケットとクロフネ。3バ身ほど開いた後ろにアグネスタキオン。各ウマ娘1000メートルの標識を通過し、3コーナーに入っていきます。アグネスタキオンの後ろに--』

 

 結果としてややスローペースとなったレースで、その事実に気付いたウマ娘は3人だけであった。

 まずこの事態を引き起こしたアグネスタキオン。

 一般的にスローペースでは前方のウマ娘が有利になるため、この展開は予想外ではあったが、他のウマ娘の動きを見て把握していた。

 何より『思ったよりもペースが遅い』というレースは既に経験済みであり、経験の差が出たとも言えるだろう。

 

(気付いていそうなのは……、やはりあの2人か。他は気付いていない、と言うよりペースに気を配る余裕が無いと言った感じか)

 

(さて、この状況。2人はどう動くのかねぇ?)

 

 

 

 

 

 2人目は、そのタキオンをこのレースに呼び込んだ、ジャングルポケットであった。

 

(若干スロー気味……、だな。逃げウマ娘が1人しか居ないからか?自分のペースで逃げられるから楽だって言ってたしな)

 

 彼女は、逃げから追込まで揃っているリギルのメンバーから話を聞き、一通りの走り方を試したことがある。

 マイペースで走ると勝手に一番前に居るとかのたまうスーパーカーはさておき、同期のチームメイトの話は非常に分かりやすかった。

 そして、今回はまさにその話の通りの展開になっている。

 

(……まぁ、少し前出とくか)

 

 

 

 

 

 そして3人目は、やはりと言うべきか。

 クロフネである。

 彼女は単走であれば0.1秒単位でタイムを調節出来るほどの体内時計を持っている。

 それはG1の舞台においても健在であり……。

 当然、ペースの変化にも気付いていた。

 逃げにくいったらありゃしないんだけど!?とは彼女のチームメイトの談である。

 今までの経験から、脚を余らせないタイミングを探り--

 

(ここ、ですッ!!)

 

 いつもより早目に仕掛ける。

 

 

 

 

 

『……おっとここで早くもクロフネが動いた。残り800メートル手前からじわりじわりと押し上げていく。ジャングルポケットが前から6番手。その外にアグネスタキオン、クロフネを見る形。各ウマ娘3、4コーナー中間。600メートルを切りました!』

 

 クロフネが仕掛けたのは3コーナー中間、残り800メートル。

 力を余らせる事無くゴールまで走り切れる、完璧なタイミングだった。

 だが、隣を走っていたジャングルポケットも、真後ろにいるであろうアグネスタキオンも。

 ここで油断して勝てるほど甘い相手ではないと確信していた。

 その証拠に、2人の息づかいが少しずつ迫ってきている。

 そして外にアグネスタキオンが並び--

 

 クロフネは、何かが切り替わるような音を聞いた。

 

 隣を行く彼女の意識が切り替わったのだ。

 観察から、勝利へと。

 

「……ッ!!」

 

 なにも実際に聞こえた訳ではない。

 だがクロフネは半ば反射的にスパートをかける。

 決して油断があった訳ではない。

 しかし。

 

「なっ……」

 

 ほんの一瞬。

 僅かな時間さえも並ぶ事は許されなかった。

 

 数多くのトレーナー達を魅了したその走りは、本格的にトレーニングを積むようになって更に研ぎ澄まされており。

 

「Beautiful...」

 

 スピカで先輩達の走りを見ているクロフネをも唸らせるほどだった。

 

 

 ……とは言え、今はレース中であり、走っているのはアグネスタキオンだけではない。

 

 アグネスタキオンが見せた豪脚に驚きつつも、ジャングルポケットは諦めていなかった。

 スパートのタイミングこそ先を越されたが、トップスピードでは負けていないという自負が、身体を前に進ませる。

 自分とゴールの間に居るのはたったの2人。

 まずはアグネスタキオンに気を取られているクロフネを標的に定める。

 

「俺を無視とは……、良い度胸だな?」

「……ポケットさん!?」

 

 クロフネがようやく気付くが、1度鈍った脚を再び加速させるには遅すぎる。

 難無く交わし、アグネスタキオンを射程に収めた。

 

 --筈だったのだが。

 

(差が、縮まらない……!?)

 

 アグネスタキオンは残り1000メートルの辺りから差を詰めて来たのに対して、自分が加速したのは最終直線に入る直前である。

 それなのにアグネスタキオンは、自分と変わらない、或いは自分以上のスパートを見せていた。

 

『ジャングルポケットがクロフネを交わし単独2番手!だが先頭までは少し厳しいか!?先頭はアグネスタキオン!!ジャングルポケット2番手!!なんというウマ娘だアグネスタキオン!!今1着でゴールイン!!2着は3バ身ほど離れてジャングルポケット!!』

 

 更にはゴール直前にこちらを振り返り、余計な力を抜く余裕ぶりである。

 普段ならば怒りが沸くところではあったが、あの走りを見せられてからでは怒る事も出来ない。

 それだけの実力差が、そこにはあった。

 そして、掲示板に目をやり--

 

 再び、驚かされる。

 

『タイムは2分0秒8!!なんとそれまでのレースレコードを2秒近く上回ってのG1制覇です!!』

 

「バケモノかあいつは……?」

「ご挨拶だねぇ、ポケットくん?」

「う……、すまん」

 

 いつの間にかそばまで戻ってきていたらしい。

 気付けば真横にアグネスタキオンが立っていた。

 

「……随分と上機嫌だな」

「あぁ。極めて有意義なレースになったからね」

 

 それほど機嫌を損ねていないのは救いであった。

 と言うかむしろ、端から見ても分かる程に上機嫌だった。

 

「それにバケモノと言うならポケット君、君もだろうに?」

「なに?」

 

 ジャングルポケットは、よもや自分がバケモノ呼ばわりされるとは思っていなかった。

 だが。

 

「前の方に居たにも関わらずあれだけの末脚を見せ、更にはこの距離を走ってもそれほど息が切れていない。それに、タイムと着差から考えるにポケット君……、いや、クロフネ君までもが今までのレコードを塗り替える走りをしているのは間違いないだろう?」

「それはそうだが……」

 

 確かにこのタイムでこの着差なら今までのレコードを上回っているのは確かだろう。

 ジャングルポケットはレース後、タキオンの走りしか意識していなかったが、周りからすればジャングルポケットとクロフネも十分にバケモノであった。

 

 アグネスタキオンはジャングルポケットの反応を見て満足すると、言葉を続ける。

 

「クロフネくんの方にも面白い発見があったし、走って正解だったよ。ありがとう」

「お前が礼を言うなんて珍しいな……。それはそうと、俺からも礼を言わせてもらう。お前に勝つという目標が出来たんでな」

「そうか!それは楽しみにしているよ、ポケット君!」

「何故喜ぶ」

「それはそうだろう?ライバルの存在は限界を超えるのに大きな影響を--」

「あー、そう言うことか……」

 

 アグネスタキオンというウマ娘はこういうヤツだということを、すっかり忘れていたジャングルポケットであった。

 

「……さて、と。中々良い物が見られたし、早いところ学園に帰って」

「ライブが終わってから、な。担当ウマ娘の問題行動はトレーナーが処分されるらしいし、あまり迷惑をかけてやるな」

「ふぅン……、仕方ないか。トレーナーくんが担当から外されるような事があっては餓死してしまうし」

「……いや、いくらなんでも頼り過ぎだろう!?」

「……冗談だとも」

 

(今の間は本気だったな)

 

 まぁ引退した後は嫌でも自分でやらなくてはならないし、とこの話は置いておく事にして、先にコースを空ける事にした。

 

「ほら、そろそろ戻るぞ。クロフネもいつまで寝てるつもりだ?」

「疲れて立てない……。引っ張って……」

「疲れてるだけなら引き上げてやるから自分で歩け。故障でもしたのかと思われるぞ」

「わかった……」

 

 レースよりも、その後のやり取りで疲れたジャングルポケットであった。




新馬戦の頃から追い掛けてた馬が大きなレースで勝つ所は、何度見ても良いものですね。
(まぁ数えるほどしか無いですけど)

願わくはその手に菊の冠を。
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