超光速の軌跡 ~タキオンとモルモットの3年間~ 作:Valid Bear
比較的短い冬休みが終わり、学園は3学期へと突入した。
そしていよいよクラシックシーズンの到来である。
33話 モルモットと謎のウマ娘
タキオンの初戦は皐月賞……、ではなく、そのトライアルの弥生賞を予定している。
優先出走権が無くとも出られるとは思うが、ホープフルステークス、並びに皐月賞と同じコース、同じ距離で開催される弥生賞は、その成長とコースの感覚を確かめるには最適だろう。
もし何か不足があれば皐月賞までに補う余裕もあるだろうし、そうでなくても皐月賞出走を確実な物に出来るし。
不安があるとすれば初詣の時にテイオーからもたらされた不審者情報だろうが……。
どうやら特に心配はいらなかったらしい。
この練習用トラックの周囲には低木がちらほらと生えているのだが、一番近い低木から耳と尻尾が生えていた。
特に耳は畳まれていないし、尻尾はわっさわっさ揺れている。
不機嫌なウマ娘にありがちな特徴は見られないし、これなら警戒する必要は無いだろう。
どちらかと言えば警戒すべきは少しずつにじり寄って来ている段ボールの方だ。
誰もいないのに動く段ボールを怪しむなと言う方が無理な話である。
「小玉スイカ」と書かれているが、何故それを選んでしまったのか。
この季節だし不自然にも程がある。
ただまぁ……、たまに下の隙間から見覚えのある尻尾が顔を覗かせるのだが。
そんな事を考えるうちにタキオンが目標の距離を走り終えた。
「2分15秒5、誤差0.7秒か。……テイオーはどう思う?」
「どう思う?って言われてもなー。軽く流しただけじゃ……、あっ」
やはり梱包されていたのはテイオーだったらしい。
段ボールからテイオーの声が返ってきた。
「小玉スイカは返事しないのよ」
「なんでバレたのさー!!」
「だってうちにもメタギアあるし」
と言うかあのゲームでも自然な段ボールを選ばないとバレたと思うのだが。
「ほら、そんな窮屈なとこに入ってないで座ったら?そこの木に隠れてる子もこっち来て近くで見て良いから」
箱入り娘(物理)を引っ張り出しつつ、隠れているウマ娘にも声をかける。
出てきたのはテイオーと……、タキオンと歳はそう変わらないであろうウマ娘。
レース用のシューズにジャージと走る気満々の格好をしているが、そのジャージのデザインは中央、地方いずれの物とも異なるデザインだ。
裾には「Keeneland Uma Musume Training Schools and Colleges」とあった。
キーンランドトレセン学園?
正確な場所は覚えてないけど、確かアメリカだったような……。
なぜにこんな所に?
まぁその辺は後で聞くとして、まずは……。
「トレーナーくん、タイムはどんな感じだい?」
「途中少し遅かったね。こんな感じ」
戻ってきたタキオンにタイムを伝える。
「なるほど、コーナーで少し減速したのか。……もう1本走って来ても良いかい?」
「今回はこれでおしまい」
「次は行ける気がするんだがねぇ……」
「ダメだってば。まだメニューあるんだし、そろそろお昼だし」
「あの、1つ良いだろうか?」
「うん?」
タキオンを引き止めていると、横から声がかけられた。
「あ、ごめんね?ほったらかしにしちゃって」
よく考えたら見学者を呼ぶだけ呼んでほったらかしとか、それはどうなんだ私。
「なんでもてなすのがデフォなのさ」
「だってわざわざ見に来てくれてるわけだし……、テイオーはごはんあげないと拗ねるし……」
「拗ねないよ!?……まぁ落ち込むけど」
「同じようなもんよ。それで、どうかした?」
「今のはペースランニングだろう?アグネスタキオンは逃げでも走れるのか?」
「え?そうなの!?」
「いや、逃げるつもりはないのだが」
「……あー、なるほど」
確か海外では逃げウマ娘ってそれほど多くないらしい。
聞いたところによると、普通に走っても勝てないウマ娘の賭けという考えすらあるのだとか。
当然、幻惑逃げなど見る機会すら殆ど無いだろう。
「まぁ4月頃には逃げも出来るようになってるとは思うけど、それはあくまでオマケかな。逃げ対策がメインだよ」
ましてやその対策なんて考えが浮かぶ筈もない。
今タキオンがやっていたのはペース走と呼ばれる物だ。
1F辺りのタイムを決めて、そのタイムからずれないように走る事で自分が今どれくらいの速度で走っているかをより正確に把握できるようになるらしい。
それから、どのペースでどれくらい走れるかといったペース配分も。
その性質から逃げウマ娘の練習で使われる事が多いが、幻惑逃げや掛かりの対策にも使えるのではないかと考え、試してみたのだが……。
意外と難しいらしい。
今回タキオンは1F13秒5を目標に2000メートルを走ったのだが、ジャストで走れたのは4回にとどまっていた。
これでも最初に比べればかなり向上している。
予想以上に難しそうだったので、パーフェクトが出たらご褒美を出す事になっていた。
「……なるほど、幻惑逃げ対策かー。使えると良いけどねぇ?」
「ルージュちゃんが何でも出来るのは知ってるのよ」
阪神JFでは先行の位置だったし。
それでもリギルのテイエムオーシャン相手にハナ差の2着まで食らい付いていた。
そもそも選抜レースで全部やってたし。
「ただ他の子がやってこないとも限らないし、あくまでも保険よ保険。……それはそうと、そろそろお昼だけど2人はどうする?一緒に食べてく?」
「食べる!!」
「私もか?迷惑なのでは……」
「大丈夫。まぁおせちの余りだけどね。山ほど持ってきたから」
「なるほどそれではお言葉に甘えさせていただきます」
一瞬で食い付いたなぁ。
テイオーはいつもの事だが、やはり海外組に和食は魅惑の食べ物だったらしい。
おせちと言った途端に遠慮が吹き飛んだ。
その恵まれた体躯に見合ったペースで、次から次へとおせちを平らげていく。
母が食べ切れないほど買ってきた時は驚いたが、結果オーライである。
「……トレーナーくん。私の分は分けてあるんだろうね?」
「もちろん。はいこれ」
あらかじめ分けておいた自分の分をタキオンに渡す。
自分で食べるには少し多いぐらいだが、タキオンにはちょうど良いだろう。
重箱の中身が残ったらそれを食べれば良いし、残らなかったら……、いや多分残らないなこれ。
後で売店行ってこよ。