超光速の軌跡 ~タキオンとモルモットの3年間~ 作:Valid Bear
「良いかキング。次の弥生賞だが……。優先出走権を獲る事だけを考えろ」
「……はい?」
1月半ば。
ボーンキングはトレーナーからよく分からない指示を受けた。
39話 モルモットと前哨戦~弥生賞・後編~
「え?それは勝つのを目指すのとどう、……いや、違いますね。1着を目指すのか3着以内を目指すのかって事ですか」
弥生賞で皐月賞の優先出走権が与えられるのは上位3着まで。
言うなればトレーナーは「負けても仕方無い」と言った訳だ。
「良いですけど……。理由は知りたいです」
「まぁそう思うのは当然だよな。これを見てくれ。URA賞の授賞式のインタビューだ」
「はぁ」
そこに映っていたのは、最優秀ジュニア級ウマ娘に選ばれたアグネスタキオンのインタビューである。
「えっ」
そして彼女の次走予定が弥生賞である事がそのトレーナーから明かされていた。
「と、言う訳だ。本番ならともかく、トライアルで無理に付き合う必要はない。かと言って別のトライアルじゃ短すぎるしな」
「なるほど。でも……、私のトレーナーさんはそう簡単に引くような人じゃ無かったと思いますが?」
「……弥生賞はあくまでトライアルだ。優先出走権さえ獲れればそれで良い──」
「──もし相手もそう考えていたら勝機はある」
「トレーナーさんならそう言うと思ってました。作戦は?」
「アグネスタキオンの走りは毎回変えてくるレース運びやマークの巧さに目が行きがちだが、その本質はやはり最後の末脚だ。現時点で同程度のスピードを持っているのはそれこそホープフルの2人ぐらいだろう。となると予め離しておく事になるが……、それも生半可な差では詰められるだろうな」
「どうするんです?」
「簡単な話だ。生半可が駄目なら──」
『GⅡ弥生賞……、今スタートしました!真っ先に飛び出したのはデルマポラリス。ボーンキングが続きます。……っとアグネスタキオンはボーンキングをマークする位置。今日はどんな走りを見せるのか』
(私?……いや、たまたまか。そこまで近くはないみたいだし。それなら予定通り……)
「4コーナーまでに出来るだけ引き離す……ッ!」
『前二人が後続を大きく離して早くも逃げの体勢に入ります。重くスピードの出ないバ場で後ろのウマ娘達は先頭を捉えることが出来るのか。3番手のアグネスタキオンはペースを上げる様子がないぞ!?』
最後の脚色に差があるならば、それでも届かない程に予め離しておけば良い。
文面だけを見れば簡単な話であるが、それが無条件で出来るなら2000Mに2分もかからないだろう。
普通に走ればもっと長く保つスタミナや疲労を、2000Mピッタリで使い果たすようなペースを刻む。
スピカのメジロマックイーンはこれを余裕をもって行い、宝塚記念の制覇や秋の天皇賞の1着入線を果たしている(もっとも、天皇賞は降着だったが)
無尽蔵とも言えるスタミナを有しているメジロマックイーンとは異なり、今回はそこまでスタミナに差は無い為、かなりの綱渡りとなっている。
ペースが速ければ自分が沈み、逆に遅ければ追い付かれる。
出来たとしても、相手が本気で来たら辛うじて勝てるかどうか。
正に『人事を尽くして天命を待つ』という作戦であった。
だが。
人事を尽くしたとて、勝利の女神が微笑むとは限らない。
(さて、タキオンはどこまで迫ってきてるかな?)
4コーナー手前。
後ろを確認したボーンキングは思わず凍り付く。
(なっ……、追い付かれた……ッ!?)
決して油断していたわけではない。
見て確認こそしなかったが、音には気を配っていた。
それでも気付かなかったのは、ちょっとした不幸によるものである。
ちょうど前との距離が詰まったタイミングと、タキオンが詰めてきたタイミングが一致し、足音が混ざってしまったのだ。
よく聴けば、前から垂れてきた足音とは別に後ろから迫る足音があるのが分かるが、普通は走りながらそこまで分析する事は出来ない。
もし接近に気付いていれば、垂れるのを覚悟で更にペースを上げていただろう。
だが、既に追い付かれて……、いや、追い抜かれてしまってからではどうしようもない。
(チクショウ……、やっぱ悔しいな……)
ただでさえ末脚勝負では分が悪い上に、ギリギリまでペースを上げていた事で体力もカッツカツであるボーンキングには、ただ見送る事しかできなかった。
(でもここで無理についてって垂れるのは論外よね)
だが、まだタキオン1人に抜かれただけで、レースは終わっていない。
この舞台で勝てないと言うのなら次に繋がるように走るだけである。
『ボーンキング伸びない!アグネスタキオン早くも独走体勢!強い強い!重いバ場も何のその、後続との差を拡げていく!!3バ身、4バ身……!アグネスタキオン、今1着でゴール!!5バ身差の圧勝!!無敗のまま皐月賞へ!!2着にはボーンキングが粘りました!!』
そのままなんとか2着をキープする。
たったの2000Mだと言うのに未だかつて無い程に疲れたボーンキングは、ゴール後申し訳程度に流すと、そのままへたり込んだ。
「あーもう1歩も動けないわこれ」
「助けが必要かい?」
「ありがと……、ん?」
差し出された手を反射的に掴んだが、この声は確か──
「タキオンじゃん」
「……ふぅン?誰とも気付かずに手を取るのはオススメ出来ないねぇ?」
「……うん、もう大丈夫だから。だからその空いてる手に持った試験管仕舞ってもらえる?ってかどこから出したそれ!?」