超光速の軌跡 ~タキオンとモルモットの3年間~ 作:Valid Bear
「なぁ、怜トレーナーはスカウトしに行かなくて良いのか?」
「……唐突ですね」
新学期。
多くのトレーナーが新たな担当を獲得すべく奔走する中、私は沖野先輩に見られながらタキオンのタイムを記録していた。
この先輩は遂に堂々と偵察する事にしたらしい。
2年目入ったばかりの新人に大人気ない。
40話 奇跡に愛されし者
「うちは芝の中距離の子が欲しいので、選抜レースまでは様子見ですね」
本来なら私もスカウトに行くべきなのだろうが、今回ばかりは急いでも仕方がない。
強い子をスカウトするためには急いだ方が良いのは確かだが、担当が増える事でどのような影響が出るか分からない以上、出来れば芝の中距離を得意とする子をスカウトしたいのだ。
それならタキオンのトレーニングで培った経験もある程度活かせるし、タキオンと併せる事も可能だろう。
まだ適正距離が分からない以上、スカウトする子を決めるのは選抜レースでの走りを見てからだ。
必然的にうちの本格始動は選抜レースの始まる来週からとなる。
……また去年みたいな地獄を味わうかもしれないが、その時はその時。
タキオンのトレーニングに注力するだけの話である。
「同時に見る難しさが分からないので、出来る限りタキオンと比べられた方が分かりやすいかと思いまして」
「年始はちゃんと出来てたし、平気だと思うけどな」
「テイオーとクリスちゃんを基準に考えちゃダメだと思いますけど……。沖野先輩はスカウトしなくて良いんですか?」
タキオンが2000メートルを走り抜け、ストップウォッチを止める。
「あぁ、今年はもう2人入ったからな。……タイムは?」
「1分58秒7です」
「はぁ!?59秒切んのかよ……。正真正銘の怪物だな……」
まぁタキオンが怪物なのは間違いない、が……。
「いくらなんでも速すぎます」
「どういう事だ?」
「昨日はギリギリ2分切るタイムだったんですけど……。1日でここまで速くなる事なんてありますかね」
「この時期に2分切る時点でもう大概なんだがな?で、1日で急に速くなる事だが……、この時期にはよくあるぞ」
えぇ……?
「まぁ強くなるのはウマ娘によって違うけどな。タキオンみたいにやたら速くなるのもいれば、長く息が続くようになるのもいるし、全然実感出来ないなって思ったら勉強の成績が良くなってたり様々だ」
「訳分からないんですけど」
「俺もおハナさんも分からんし、そういうもんだってぐらいに考えるのが正解だろうな」
……ウマ娘の神秘と言うかなんと言うか。
まっこと不思議な娘達である。
「あの……っ!」
「うん?」
呼び掛ける声に振り返ると、いつの間にか1人のウマ娘が目をキラッキラさせながら立っていた。
尻尾もわっさわっさ動いてる。
はっきり言ってめちゃくちゃかわいい。
「どうしたの?」
「わ、わたしをスピカに入れてくれませんか!?」
……沖野先輩に逆スカウトだったか。
「だ、そうですけど」
「うーん……。3人同時、行けるか……?」
「お願いします!!私もタキオン先輩みたいに強くて格好いいウマ娘になりたいんです!!」
うん?
「……タキオンはスピカ所属じゃないぞ?」
「ふぇ?」
「俺は覗きに来ただけで、タキオンのトレーナーはこっち。霧島怜トレーナーの方」
……まぁそうだよね。
私に貫禄なんてある筈も無し、タキオンのトレーナーに見えなくても仕方無い。
「……ごめんなさい」
「いや全然」
おそらくだが、沖野先輩のサブトレーナーにでも見えたのだろう。
知らなければ誰だってそう思うのではなかろうか。
「で、どうするんだ?」
「どうする?って言われても……。スカウトしてくれって来るのは予想外なんですが……」
「彼女も芝中距離組だぞ。見た感じ長距離も行けそうだが」
「なんと。……なんで知ってるんです?」
「トレーナーなら申請すれば実技の成績見れるだろ」
「初耳です」
それなら選抜レースを待つ必要は無かったのでは……。
あとでどんな制度があるのか確認しておこう。
もしかしたら結構損してる事があるかもしれないし。
「ま、あまり知られてないけどな。それで結局どうするんだ?」
「……貴女、名前は?」
「ヒシミラクルです!」
「タキオンみたいに強く出来るかって言われると保証はできないけど、それでも良い?」
「もちろんです!!」
……何て言うか。
わんこみたい。
「タキオンお疲れ様。1分58秒7だったよ」
クールダウンに1周流し終えたタキオンが戻ってくる。
「約1秒か。これはパワースポットと言われるのも頷けるな」
パワースポット?
昨日の今日でどこか行ってきたのかな。
マチカネフクキタルの占いだったりして。
「それで、そこの彼女はどうしたんだい?」
「ヒシミラクルちゃん。今逆スカウトされたんだけど、タキオンと合うかなって」
「……君は何を言っているんだい?さっさと契約してしまえば良かったのに」
「スカウトしてウマが合わなかったらどうするのよ」
「私がそんな事を気にするような性格だと思うかい?」
……合わなかったからってトレーナー拒否しまくったウマ娘が言って良い台詞ではないような。
まぁ平気なら良かった。
あとは契約するのみである。
「それじゃ、明日の放課後にトレーナールームに来てもらって良い?契約関連の書類用意しておくから」
「……っ!はいっ!!」
うわ凄い良い笑顔。
可愛い。
これは私のせいで失われて良いものではないだろう。
毎度の事ながら、ウマ娘を預かるというのは責任重大である。