そこは、悪夢を形にしたような場所だった。
空はなく、光もなく、果てしない闇が何処までも重く広がり、どす黒い血の海が無限に続いている。
あちこちに転がっているのは、建物や乗り物の残骸と、白骨死体。
そんな場所であるから、当然生物など生息しているはずがない。
きっと、この場所が『作られた』その時から、こうであったのだろう。
そう思えるほどに、ここは絶望的すぎた。
生まれながらに死んでいる世界。
ここは、そんな呼称がよく似合う場所だった。
その闇の中で、本来あるはずのない、三つの人間の声が淀んだ空気を揺らした。
「感情じゃなく理屈で人間の定義に線を引けよ、錬金術師。こいつらが人間とよべるものへと還る術は、もう無いんだから」
そう諭すのは、大勢の人間を粘土のように纏めて歪めて無理矢理形にしたような、醜悪な姿の人でないもの。
「おまえを待ってる人や大事な人達がいる国だロ。どんな手使ってでもここから出て、自分で伝えろヨ」
そう叱咤するのは、黒く長い髪を一つに括った糸目の少年。
そして――
「すみません。使わせてもらいます」
そう決断したのは、金髪金目の気の強そうな少年。
少年はぎしぎしと軋む腕を、痛みを堪えて持ち上げ――
パン、と音を鳴らして、両手を打ち合わせた。
そして次の瞬間――闇の中に、光が溢れる。
太陽のように、世界を僅かな間照らした光は、すぐに消えた。
それと同時に、三つの姿も消え去っていた。
怪物も、黒髪の少年も、金髪の少年も。誰もいない。
残されたのは、いずれ消える松明の炎と、再び闇に閉ざされた空間だけだった。
――ありがとう
声が、光の奔流の中に小さく響く。
小さく、小さく、囁いては消えていく。
――ありがとう
その言葉は、金髪の少年――エドワードの耳に届いていた。
エドワードは、目だけを動かして、後ろで囁く、『彼ら』を見た。
――ありがとう
消えていく、数多の人の顔があった。
自分達があの闇から抜け出すため、生き抜くために犠牲にした、かつて人だったモノたちの顔だ。
消えていく彼らの表情に、苦しみや怒りはない。
そこにあるのは、長い間囚われ続けていた苦しみから解放される、喜びと安らぎだけだった。
「…………!!」
エドワードは、歯を食いしばって前に向き直った。
忘れない。
犠牲にした人たちを。
誰に何と言われようと、言い張ってやる。
他の誰が否定しても、認めてやる。
自分だけは、声を大にして訴えてやる。
彼らは、人間なのだと。
目を閉じる。
奔流に全てを委ねる。
そうすれば、元の世界へと戻れるはずだ。
大切な弟と、幼なじみと、仲間達のいる世界へ。
ぎいい、と。
何かが開く音がした。