あの日起こった、蘭竜戦争の事を。
まるで武勇伝でも語るように。
出だしは俺から仕掛けた。
こう、両手を前に出してタックルしたんだ。狙うは
「行くぜこらああああ!!」
兄貴は警棒構えたまま、まだ余裕綽々で突っ立ってやがる。その時は心の中でほくそ笑んだもんさ。
(こりゃ初動は頂きだ)
突進してくる人間を止める方法ってのは、そうそう無ぇんだよ。
一番良い対処法は、背を向けて逃げる事。
けど、ある程度距離を詰められたらそれも出来なくなる。背中から組み付かれるからな。
ならどう対処する?
左右に動くか? ……基本は無理だ、方向を変えられないのは牛とか馬の話。人間の突進は、途中で方向転換できんだよ。絡め取られて終いだ。
なら避けるか? ……俺は勧めねぇ。正面から堂々と避ければ、確かに隙は少ねぇ。だがそれは諸刃の剣、回避をミスればその瞬間、ぐらついた軸足を狩られる。
じゃあ防ぐか? ……基本はこれが正解だな。突進を受け止め、倒されねぇよう踏ん張る。ただまぁ、これを
そうなりゃ、俺のステージだ。
突進する俺の視界の中で、兄貴がどんどん大きくなって行ってよ。
あと少しで指先が掠るって所で、耳元に変な音がしたんだよなぁ。
ビュッ!
そう何かが唸ったんだよ。
気がついたら、目の前が暗くなってた。
こう、暗いフィルターがかかるみたいにな。
一瞬遅れて、
「かひゅっ…………」
聞いた事もない声が聞こえてきてよ。
情けねぇ、赤ん坊が
それが俺の口から出た声だってんだから驚きだ。
ぐらつく視界の中で、兄貴が右に避ける。
そこで警棒がチラッと映ったんだよ。そこで思ったね、やっぱり兄貴は天才なんだって。
兄貴はどれも選ばなかったんだよ。
俺を警棒で迎撃しやがったんだ。
しかも、俺の
一瞬遅れて、身体の制御が効かなくなる。
呼吸困難と痛みの中で、必死に足を動かした。
(こりゃ、想像以上。想像以上を……)
兄貴の姿が横にどんどんズレてく。俺の視界からスーッって外れてくんだ。
俺はそれを辛うじて視界にとらえてた。角度を微調整、腰はさらに低く。
側から見たら、倒れそうなくらい深く。そう、グラって頭から落ちるくらい。
ただ、視線だけはハッキリとその引き締まった細脚を捉えて。
(想像しといてよかったぜ、なぁ!)
どんな
仮にも鍛えた身体、
全力で駆けた末の、全力のタックルだ。
ドカンって、すげぇ衝撃が全身に響いてきてよ。それで分かったわ、手応えアリって。
兄貴がどんな顔してたのかは見てねぇ。少しでも驚いてくれりゃあ幸いだ。
兄貴の軸足はブレブレだったからよ、すぐに体は後ろに傾いた。
「崩すぜオイ!!」
勢いのままに、体重をかける。
その時、俺は笑ったよ。
こりゃ兄貴に勝てるかもしれねぇって。
タックルってのはさ、基本は体幹崩して寝技に持ち込むための
悪いが俺のタックルは一度組み付いたら切れねぇ。んでもって、転がしたら寝業使える奴が有利だ。兄貴は寝業を知らねぇ。つまり、寝かしちまえば勝てるんだよ。
これまで一度もそこまで行った事ぁ無かった。だから嬉しかった。
兄貴の細い身体が、弧を描くようにアスファルトの上に倒れてくんだ。少なくとも俺にはそういうイメージがあった。
けど、現実は違ったんだなぁ。
「惜しいなぁ、竜胆ォ」
「!?」
間伸びした声が聞こえてよ、兄貴の身体が倒れるのが、途中で止まったんだよ。
目ェ開けて見てみてよ、愕然としたね。
兄貴さ、堪えてんのよ。
右膝を立てて、左の脚をぐいーっと引いて。両足の筋肉をいっぱいに使ってよ、堪えてんのな。上体の重心が右脚一点に集中すっから、普通に立ってるより倒れにくい。
不意打ちのタックルから咄嗟にこの体勢に移行できるって所が、天才なんだよなぁ。
「良いタックルだけどよ。俺を倒すには、ちょっと足りねぇんだな」
頭の上から兄貴の声が聞こえたよ。
あぁ、きっと笑ってんだろうなぁ。
そう考えた時、心にズシッと何かがのしかかってよ。身体に力が入んなくなったんだ。
一瞬遅れて、肺に限界が来た。そこで気がついたよ。あぁ、俺、息止める程集中してたんだって。
兄貴の息遣いは聞こえねぇ。
俺のタックル受けて、それを受け止めて堪えて、息一つ切らさねぇんだこの人は。
やっぱし、この人には才能じゃ勝てねぇ。
そう一瞬思っちまった瞬間、張り詰めてた気が弛んじまった。
「はあっ……はあっ……」
方や全力を受け止めて平然としてる兄貴。
仕掛けた俺は、兄貴の右脚に抱きついて息を切らしてる。無様にも、哀れにもよ。
兄貴はどんな顔してんだろうな、そんな事考えてたら、頭の上から笑い混じりの声が聞こえてきたんだ。
「おいおい、もう限界か? そんなんで俺に挑んできたのかよ?」
その瞬間、頭の奥で何かが切れたね。
辛いとか、苦しいとかそんな気持ちが全部消え去ってさ。コイツだけはぶっ殺してやるって気合いが全身に満ちたんだわ。
実際、脳内物質か何か出てたんだろうな。
「まさか……! 限界なわけ無ぇだろ!」
俺は両脚を思いきり踏ん張って、兄貴の腹に両肩をぶつけた。ショート、いやゼロ
普通のタックルより衝撃は弱ぇ。けど、継続的に押す力ってのは強ぇんだ。
兄貴の腹に抱きつく形になって、俺達は組み合った。
兄貴は「ぐむっ!」って小さく唸って、それでも耐えてたね。長い脚と柔軟を極めた関節の相乗効果はヤベェ。
だけど、この距離、ただの押し合いなら流石に体重がモノ言うんだよ。
俺の身体が少しずつ、少しずつ兄貴の身体をビルの壁に追い詰めてった。
「おおおおおおっ!!」
「やる気ありすぎでしょ。少しは加減しろって」
ガチの押し合いだよ。
男同士が
けどよ、これしか無かったんだわ。
俺が兄貴と張り合うには、
「チッ!」
舌打ちが聞こえたと思うと、頭の後ろにガツンッて衝撃があった。警棒で一発食らわされたんだってすぐに分かったよ。
それ食らったら、普通なら痛くて立ってられねぇんだけどよ。あん時は不思議と頭がカアッて熱くなってよ。
身体中に力が満ちてきたんだよ。その力で、俺は兄貴をさらに押した。
壁の方へ、奥へ奥へ。
「熱くなりすぎんなよ竜胆。さっき言った事なら撤回すっからよ」
「うるせぇ……! 俺にはこれしかねぇ! ここで退いちまったら、二度と兄貴の隣には立てへぇんだ!」
兄貴が警棒で背中を叩くんだよ。
何発も何発もな。
けど、この手は離さねぇ。
あの日東卍のアングリーとやらに負けてから、毎日欠かさず続けてきたタックルの練習。塀の中で読んだ柔道の本に書いてあった。
『掴んだら締める。とにかく締める。投げのチャンスが来るまで待つ』
両手を兄貴の背の後ろで結んで、とにかく締めた。流石に兄貴も苦しかったんだろうな、俺の背中に打ち下ろされる一撃一撃の力はどんどん強くなってきやがる。
けど、耐えられるんだ。
どっかの漫画に書いてあったぜ、背中の強度は正面の七倍だってな。流石の兄貴の打撃も、俺の覚悟の7倍は強くねぇ。
「オイ。そろそろ加減しねぇぞ」
兄貴の言葉には明らかに苛立ちが混じってた。
そりゃそうだろうな、いきなりふっかけられた
兄貴が警棒を振り上げる。
高さから見て、狙いは俺の頭。
もう何度か頭に食らってる。次食らったら本当に意識が飛ぶかもしれねぇ。
「死んでも恨むなよ」
振り下ろす直前、兄貴の身体が一瞬弛緩したのが分かった。そりゃそうだ。技の打撃は関節を緩めねぇと打てねぇ。
だが、その緩みの瞬間は、身体に力を入れられねぇ。体幹は無防備になる。
兄弟だからこそ知ってる隙を俺は突いた。
前傾にかけていた身体を後ろに引き、反転する。攻撃に意識を集中してた兄貴の体幹が崩れた。
間髪入れず、兄貴の
「竜胆……!」
「喋んなよ。舌噛むぞ」
両腕に力を込め、俺は兄貴を投げた。
「ヨイショォォォォォォォッ!!!!」
兄貴の身体は驚くほど簡単に飛んだよ。
背負い投げだ。
柔道の授業でやった事あんだろ。
塀の中で
『タックルと
兄貴の細長い身体が、アスファルトの大地に思い切り叩きつけられた。
当然、頭から落としたよ。じゃねぇと勝てねぇ。
観客から悲鳴が聞こえてきたような気もしたけど、正直俺には関係無かった。
「ひゅっ……」
空気が抜けるみてぇな音がしてよ。兄貴の肺から空気が抜ける音だったんだな。気がついたら兄貴の身体は地面に大の字になってた。
目の焦点はブレブレで、頭から血ぃ流してた。
でも、それでも俺は止めなかった。せっかく作り上げた好機、逃す訳にゃいかねぇ。
兄貴の上に馬乗りになって、腕を取った。両脚で腕を挟み込み、関節を固める。腕ひしぎ十字固めって奴だ。
あの兄貴の関節が目の前に転がってるのが信じられなかった。ついにここまできたんだと、そん時ゃ思ったよ。
兄貴の関節が目の前にある。
折るか、折っていいのか?
折らなきゃ勝てねぇだろ!
ここでやらなきゃ一生勝てねぇ!
やるしかねぇ!
いつ?
今!
なんかいろんな思いが胸ん中に込み上げてきてよ。一瞬俺ん中で時間が止まっちまった。
でも、本当にそれは一瞬でよ。
「折るぜ兄貴!!」
俺は兄貴の肘関節に体重をかけた。
関節は柔らかかったよ。今まで折ってきた奴のそれとは違う、すっげぇ深くまで曲がんだ。
俺は全力で体重をかけた。
兄貴の身体がブルブルと痙攣し出す。俺も震えてた。色んな理由で震えてた。
もうちょっと、もうちょっとだ。
自分に言い聞かせながら、ひたすら体重をかけ続けた。
そんな時だったよ、俺の胸の前にあった兄貴の腕が、ポンポンと俺の胸を叩いたんだ。
二回、軽く、苦し紛れに。
それの意味する所は俺も知ってた。
ギブアップだ。
「悪ぃ、竜胆。俺の負けだ」
その言葉を聞いた瞬間、何か胸の中でよ、熱い
これまで押し殺してきた
んで立ち上がってた。
(俺、兄貴に勝ったんだ)
子供の頃からずっと願ってた夢。兄貴に勝ちてぇ、一度でいいから兄貴より上に行きてえ。見下ろしてみてぇ。
「俺、勝ったのか?」
「あぁ。お前の勝ちだ、竜胆」
今は足元に兄貴が寝転がってる。
俺は兄貴を見下ろしてる。
初めて、負けた兄貴を見下ろしてる。
兄貴は笑ってたよ。負けたくせに、清々しいくらいに笑顔でよ。
腹立つから俺も笑い返してやったんだ。
「もう二度と、『守ってやる』なんて言わせねぇぞ」
「そうだな…………お前は強ぇよ」
観客が焚いてるフラッシュの滝に包まれながら、俺達はただ笑いあってたよ。
長い間埋まらなかった溝が、一瞬で埋まったみたいでよ。可笑しくもねぇのに、ずーっと笑いあってたよ。
で、兄貴を起こしてやろうと俺が手を出した瞬間、兄貴の顔が変わったんだ。
目をカッて見開いて、何かを睨んだんだよ。
「どうしたんだよ兄貴。まだやんの……」
そこで気がついたんだ。兄貴は俺の方を見てねぇ。視線は俺の後ろに向いてたんだって。
「おい! 待てバカヤロウ!!」
兄貴の叫び声をかき消すように、耳元でブンッて音がしたんだよ。
そこで俺の記憶は途切れた。
本当はもっと長くしようと思ったのですが、頭の中の蘭が負けを認めたがってたので戦争はここで終わりました。
不明な点等あればご質問頂けますと幸いです。
宜しければご感想、ご評価の程よろしくお願いします。