■クレセント・ミハエルの日記
それ故に、私はこれから記しておこうと思う。
いいや、記しておかなければならない。
ここに書かれるのは私の過去の行いに対する懺悔、後悔、そして怒り。
救いたくても救えなかった、守りたくても守れなかった、進みたくても進めなかった、何度だって思い知ること全てを。
私は何度も記し、私は何度も読み返し、私はその度に思い出すのだ。
命ある限り、戦い続けると。
■
2037年冬、サムスンの森林部にて。
黒海に面するサムスンの空気は凍てついている。
更にそこが戦場であれば、温度など関係なく氷像のように動かない者が多数続出するなど、当然のこと。
各地で絶え間なく、かつ不定期に、ボンっという破裂音が彼の耳に聴こえてくる。
身体が震えている、寒さのせいか──いいや、違う。
「クレセント中佐…ここは、もう…」
「わかっている。時期にこの塹壕も補足され、我々は皆、木っ端微塵だ」
「クソっ!こんなはずじゃなかったのに!なんで寄りにもよってあんなのに遭遇しちまうんだ!」
泥まみれの茶色の軍服を着たクレセント・ミハエル中佐、土にうずくまり部下の慟哭をやり過ごす。
しかし、うずくまっているのは何も現実から目を背けるためためではない。
そうしなければならない事情が、各地をあちこちと飛び回っているのだ。
クレセントは地面と同化し、固く目をつむる。
(迂闊だった。アレを避けて侵攻するはずだったのに、これでは)
これでは我々は自ら作り上げた蜘蛛の巣に掛かった愚か者だ、とクレセントは後悔する。
後に「来たぞ!」と叫ぶような部下の声が聴こえ、彼を含め、その場にいる誰もが自身を土と自称した。
たった数秒後、巨大な蜂が何百もの群れを組み飛ぶかのような野太いモスキート音が彼らの頭上を通り過ぎる。
群れは獲物を見つけたのか、何の迷いもなく東の方角へと猛スピードで向かっていった。
後に聞こえてきたのは爆発音、そして大勢の悲鳴。
また仲間が、死んだ。
「ああ…きっと隙を見て逃げ出そうとした同胞だ、無事なはずがない」
「もう嫌だっ…!お袋に会わせてくれっ…」
「天使よ…我らにどうか加護を…!」
それでも地面と同化することを諦めず、声を震わせる。
時間がない、誰の目からも明白だった。
あの群れの正体を、エルズルム軍の誰もなら知っている。
あれは
無人戦略兵器、ドローン。
彼らが幾つもの群れを成して飛ぶ音はまさに蜂の羽音と同じ。
数ヶ月前、エルズルムが開発したドローンはあくまでまだ施策の段階。
ドローンの存在なら数十年も前から存在しているが、当時ではまだ世界的に見ても個人でこなせるタスクが限られており、コストが掛かった。
しかし近代では激しい量産化が進み、誰の手にもそれが渡れるほどである。
中には戦争で爆弾を積んだ自爆特攻用として用いる国も存在した。
T国はというと、元々財政的に厳しい面があり、最近までは使えたくても使えないような代物だった。
2037年の今になって、ようやく東軍だけが戦争に優位に使えるようになったのである。
だが、それを西のイズミルに逆利用されてしまったのだ。
侵攻開始時、西に向わせた特攻ドローンのほぼ全てが東に牙を剥くようになってしまった。
どこで情報が漏れたのか、ドローンの敵味方識別信号が西に知れ渡り、書き換えられてしまいこの有り様。
おまけに本来使えるはずの無線まで、ドローンとイズミルが発する妨害により使えず他方の仲間との連絡が取れない。
おかげでクレセント率いる大隊の九割が壊滅的被害を被っている。
戦争の結果に関わらず、大佐への昇進が約束されているクレセントにとってこの被害は致命的だった。
長年、部隊を率いてきたクレセントには中佐に上り詰めてきたが故の腕と能力が備わっている。
彼にとって、ここまでの打撃は初めてのことだった。
ここに勝利はない。
もはや残されているのは撤退か、死か。
「幸い北へ走れば黒海だ。浅瀬を使いながら逃げれば、生き残れるだろう」
「しかし、お言葉ですが中佐──」
「わかっている。逃げたところで軍からの制裁は避けられない。私がこれから言うことを聞くんだ」
蜂の群れをやり過ごし、遥か北を見据えるクレセント。
ここにいる誰もがわかっている、勝てないと。
しかし撤退したとしても、クレセントの責任は必ずや追求されるだろう。
自らの軍が手下とする兵器によって大隊が壊滅したとなれば、いかなる理由であろうとも許されない、クレセントは誰よりもそれをわかっていた。
下手すれば、大佐への昇進どころか降格すらも有り得る。
逆を言えば、自分だけが責任を被れさえすれば、生き残った部下達は責任を免れる。
クレセントは既に、自分がどうするべきかわかっていた。
「隙を見て生き残った者達を塹壕へ掻き集める。その後、北に迂回しながら基地へ戻りなさい。私が先頭に立つ」
「中佐……」
「私の代わりなど、他にいくらでもいる。私にとっては勝利と同じほどに…いや勝利以上に君たちのこれからの方が重要だ」
そう言うクレセントの目に、光が宿っていた。
クレセント・ミハエルは勝利に固執していない、それは軍の間で囁かれているクレセントに対する評価である。
あるいは人同士の武力衝突にこだわった戦いを避けていると。
ドローンを推奨したのも、クレセントなのではないかという噂まで広がっていた。
そして噂は事実であり、最初に軍にドローンの使用を提起したのは彼本人。
勝利以外の何かを、彼はこの国の未来に見据えていたからだ。
「西へ侵攻し、補給基地を立てる作戦は失敗だ。我々はこれより黒海を経由して大回りに基地へ帰還する。準備せよ」
残った数名に告げ、彼は緊急時のみ使用が許されている信煙弾を真上に放つ。
赤の信煙弾、これを見た隊員はなるべく即時に同じ色を天に放ち、各自の生存を知らせる──無線が使えない現状で唯一使用出来る連絡手段と言える。
次にクレセントは青の信煙弾を同じく放つ。
これは隊長のみが使える印、見た者はその青い煙を放つ場所へ集えという証ということだ。
クレセント達は五分待った。
しかしその間、遠くで信煙弾の発砲音が一つとして鳴らなかったのである。
つまり、生き残りは今ここにいる彼らだけ。
「…我々だけで帰ろう。もっとも、私の帰る居場所など存在するのかという話だが」
クレセントはジョークのつもりで言ったが、反応する者はいなかった。
居場所とはなにも、所属のことだけを指しているのではない。
五年前のことだった。
クレセントは妻子を西の侵略してきた軍に家諸共、焼き払われた。
血も涙もない、そしてもう帰る場所すらもない。
彼はその過去の出来事を必死で忘れるように、あるいは逃げるように軍により身を投じるようになった。
そうして得た大佐の地位ですらも、今となっては危ぶまれている。
子どもの頃から徹底的に鍛え上げられ、まるで最初から路線図が決まっていたかのように、とうの昔に亡くなった父の手によって軍へ入った。
それが何のためなのか、入ったばかりの青い彼にはわからなかった。
元々の両軍が掲げている戦争の目的とは、
西か東のどちらかがくたばった時点で、くたばらせた側が主導権を得て国を統治することが出来る。
クレセントはそんなことに興味はなく、何年もの間、自分が軍に入り戦い続ける理由を探し続けていた。
しかし妻子の死を経て、クレセントには一つ嫌いなものが芽生えていた。
戦争なんてクソ喰らえと。
ドローンの導入も、彼のささやかな反抗だ。
「だが私は戦争を捨てきれなかった、何たる皮肉だろうか」
「皆、少なくとも我々は心の中で思っているはずです。…こんな戦争に意味なんてあるのか」
「本来ならその言葉を他の上官に言ってしまえば、君はどこかに飛ばされるでしょう。君は運が良かったのかもしれない」
「だとすれば結果はどうあれ、中佐の大隊に加われて良かったと思います。出来ることならもう、戦いたくはない」
「そうだ、それでいい。無事帰れたのなら、もうこんな場所に戻って来るんじゃない」
部下の言葉を、彼はわずかに笑いながら受け止める。
生き残った数名は、本来なら口にしてはいけないはずの言葉を連続させていた。
そんな言葉たちを、本来なら許してはいけないはずのクレセントが許していた。
それ故に、クレセントは比較的部下からの信頼が厚く、大隊も任せられるほど。
信頼という結果が指し示すのは、隊員のほとんどが秘かに戦争に異議を唱えていることでもある。
しかしほとんどは上に逆らうことが出来ず、不満を溜め込んだまま偽りの士気を上げ、生き残りたいという意志の下で天使の加護を受ける。
クレセントは大隊を任された時から、個人的に設けた裏の役目を遂行している。
彼らの不満の受け皿と、僅かなガス抜きを行うための『居場所』なのだと。
ドローンの大群の羽音が聞こえては音を潜め、音が止んでは北へ足を進めるの連続。
どれほどの時間が経ったのか、そして今が何時なのかすらわからないほどの旅路。
あるいは敗走と言うべきだろうか。
やがてクレセント率いる隊は、黒海が望める崖の上までやってきた。
「よし、ここから東に沿って進み続ける。もしドローンが来たら海に落ちれば良い。同胞よ、道のりは長いが…」
クレセントは胸に手を当て、祈りを捧げるような動作を取る。
彼らもそれに続く。
「必ずや、天使の加護があらんことを」
「「「天使の加護があらんことを」」」
一同が生き残った同胞たちに、そして自分自身にまじなう。
必ず天上の天使たちが我々を救ってくれるようにと。
しかし、所詮まじないはまじないでしかなかった。
「東の鬼畜共だ!撃て!」
突然、西の方角のそう遠くない距離から聞き慣れない声が聴こえてくる。
しかし反応するには遅すぎた。
鉛玉がクレセントの側にいた部下達を数名、落としたのだ。
彼らは遅れて銃を取り、陰へ逃げるように走る。
天上の天使は、彼らを待ってはくれなかった。
そして別の方角から、あの喧しい羽音が次第に耳に届く。
「クソ…もはや万策尽きたか」
こうなってしまっては逃げ場はない。
もし銃撃を掻い潜り、海に逃げ込んだとしても上がったところを先に越されては蛇足だ。
逆にこのまま基地へ直行しようにも、いずれドローンの群れに遭遇する。
生き残っていたはずの隊員も、もう片手で数えるほどしか彼の側にいない。
板挟みの状態、もはや詰みだ。
「こうなったらもう、最後の手段だ。いいか」
クレセントは自身の運命を悟っている。
ここが、自分の墓場だと。
彼の目は既に、覚悟の色。
「私がドローンを引き付け、
「中佐…そんな馬鹿なっ!」
「これは私の最期の命令だ。そしてもし生き残って基地に戻ったらこう言うんだ。『全てはクレセント中佐の指示だった』と」
クレセントの令を受け、絶句の部下たち。
もしここで生き残る術が存在するのだとしたら、それは誰かを生贄に捧げることでしか成り立たない。
生存している全ての者がそう察しているからこそ、更に一人一人が率先して自分の命を棚に上げて槍先になるのが目に見えていたからこそ、クレセントは告げる。
今ここで犠牲になるのは自分以外に他ならないと。
「死人に口なし。私の死を、最大限利用しなさい。あとは頼みました!」
クレセントは部下からの答えを待たず、一人で陰から飛び出す。
自分の人生で最後のミッション。
これで良かったのだと、クレセントには何の迷いもなかった。
ドローンの群れを聞き分け、銃弾を掻い潜り、敵の下へ突っ込む。
長時間の戦闘に隠密行動、明らかに疲れ果てている身体は不思議と天使の羽が付いたかのように軽かった。
これまでの人生を、場違いなはずなのに彼は振り返る。
こんなクソッタレな国の、クソッタレなくらい争っている人々の、そんな中で生きてきた意味はあったのか。
出来ることならば、どうせならば他の争いがない国で生まれて幸せに生きたかった。
しかし戦場に出れば現実を憂う暇もなく銃弾が飛び交い、いつの間にか隣にいたはずの同胞は息を引き取っていた。
鉛玉一発で、人は死ぬ──クソッタレな現実を何度も彼は見ている。
それでも彼は戦場に居続けるしかなかった。
戦うという選択肢以外を、彼は知らなかったからだ。
せっかく妻子という愛の形を手に入れても、結局は粉々に打ち砕かれた。
やはり、それでも彼は戦場に居続けるしかなかった。
戦争がいつか終わるようにと。
その前に、自分の命が終わることを今の彼は知っている。
だがこれはこれで、自分にとっては幸せなのかもしれないと。
これでようやく妻と娘に会える。
待っていてくれ、あと少しでその言葉を口にするはずだった。
「君たち……!何故だ!」
彼の後ろから同じような土を蹴る音がする。
クレセントがこれまでずっと率いてきた、生き残った部下全員。
「中佐一人に背負わせるわけにはいきません。我々は同胞なんです」
「そうだ、中佐の隊に入れた感謝の意を!生き残ってどう伝えれば良いんです!?」
玉砕覚悟で付いてきた彼らに、クレセントは言葉を失う。
もうここまで来てしまえば、再び帰すのも無粋か。
クレセントは無言で前へ進み、突撃を続ける。
その時、クレセントは思い知った──「自分はこんなにも慕われていたのか」と。
「皆さんを誇りに思います。なら我々で盛大な祝砲をあげるとしましょう。祖国のためじゃない、我々同胞のために!」
退路はない、しかし誇りと戦う意志ならば未だ残っている。
ならそれだけで十分だ。
誰もが最後に一致団結し、自らを追うドローンを引き連れて敵へ特攻する。
特攻する者たちが追うのは、更に特攻を行おうとする者たち。
一人が敵の銃弾に倒れた。
しかし誰も意に介さず「同胞のために!」。
また一人はドローンに追い付かれ、クレセントの後ろで原型も留めないほどに弾けとんだ「天使の加護があらんことを!」。
そしてもう一人「クレセント中佐に乾杯!」。
残るは、クレセント含めたった三人。
しかし彼らはもう目の前と真後ろだ。
「きっと君たちも、こんなことをしたくなかったのだろう。私もだ。だがこんなくだらないことは、お互いここで終わりだ」
同じ言語、同じ国、同じような肌、同じなはずなのに敵である彼らにクレセントは告げる。
もうここで自分のミッションは全て終わった。
目を閉じたその瞬間、右手に知らない激痛が走った。
敵に一発もらったのか、そんなことを考える暇すらもない。
どれだけ傷を負おうが、もはや死ぬ自分には関係のないこと。
そして、その時は来た。
「同胞よ!天使の加護があらんことを!」
クレセント・ミハエルは叫ぶ。
瞬間、狙い通りに爆発が轟音と共に鳴り響く。
目を閉じていたはずの彼の視界はクリアになった。
まるでチューニングでもしているのか、キーンという甲高い悲鳴のような音が鼓膜を突き破る。
(ああ、クレス。我が娘よ…そして妻アイセル。随分と待たせてしまったな)
轟音と共に、彼の世界は終わりを告げた。
いよいよ彼女たちに会いに行く時だ。
その後、そこには何一つとして残らなかったという。
■
冬の虚しい日照りが、海から干上がった彼を照らす。
これが人間ではなく魚なら、とっくに死んでいたのだろう。
しかし今まで起こった事を重ねると、たとえ人間であってもきっと死んでいたのだろう。
「うっ…俺は、生きている、のか?」
起き上がろうとして左足に激痛を覚える。
大事ではないが確実に出血をしていたのだ。
彼は海水を吸い終え乾ききったシワシワの軍服を脱ぎ、止血代わりとして出血箇所に巻く。
これで一安心か、と彼は浜辺から遥か地平線を眺める。
観光地としてかつて名を馳せた場所だからだろうか、黒海を望めるその浜辺からの景色は絶景だった。
「馬鹿らしい、何が戦争だ」
彼はそう吐き捨てる。
戦争中の今、ここは辺境の地と化し浜辺に訪れる者はいない。
つまりこの景色は今だけ彼の独占物となっている。
まるで子どものように、裸足で砂浜を歩きながら過去をなぞる。
西からの命を受け、中佐率いる大隊の副隊長として、大尉として東からの侵攻を阻止する作戦に加わっていた。
東からの
内通者からは更に無人兵器を乗っ取る手段までもが提供され、結果的に無人兵器を逆手に取る形で東を阻止する作戦が決行されたのだ。
西軍にとって無人兵器とはどういうものなのか、大した想像は出来なかった。
今こうして戦争を忘れ、のんびり浜辺を駆ける彼にすらもだ。
そして今回の作戦で蓋が開かれ、彼は絶句したのだ。
「冗談じゃない。何が自爆特攻用の無人兵器だ。それではただの虐殺だ、馬鹿げている!」
彼は誰もいない無人の砂浜で、怒りを砂にぶちまける。
彼にとって、まさか東の無人兵器が何の考えもなしに爆弾を抱えて特攻するような代物だとは思っていなかったのだ。
それが例え西を襲わず、ただ東を食い尽くす物に改造されたとしても。
大隊に付き従い、ただ今日も生き延びる。
そんな彼の甘い考えは、ドローンのあげる爆音ともたらす悲鳴によって掻き消された。
比較的好戦的でない彼にとって、目の前の戦争は「仕方がない」と割り切って行うものでしかなかった。
でなければ、次に犠牲になるのは自分なのだと。
生き残りたかった。
目の前の戦争を、なるべくやり過ごしたかった。
しかしいつしかの爆撃で、今度は自分が犠牲になる番だと察していた。
そう、そのはずなのに。
「はは…生き残っちまった。これから先、どこ行けばいいんだろうな」
もう今の自分に、T国に住まえる居場所など存在しない。
あるいはもう歩いてでも、この黒海を泳いででも、隣国に亡命するべきか。
そんな現実的でない理想が彼の脳裏をよぎる。
しかし今までこんなにも戦ってきたのだ、そんなことを思うことぐらいなら許されるのではないか。
彼は半ば自暴自棄になりながら、砂の果てを歩き続ける。
「なんて…出来るわけがない。こんなことでは妻に怒られてしまうな。ああ、
腑抜けた思考を掻き消し、ついこの前生まれたばかりの娘の現在を気にかける。
娘の名前はルナ・フーリア。
娘たちのためにも、自分はここで生きて帰らないといけないのだ。
しかし手段はあっても、責任は免れることは出来ないのだろう。
恐らく今頃、西の大隊は作戦の成否に関わらず撤退している。
大隊と分かたれ、単独となった自分が生き残って西に帰ったとしても、軍に対して手土産を用意出来る自信は彼にはなかった。
言い訳を考えているうちに、自分の身に何が起こったのかを次第に思い出していく。
そうだ、イカれた東の者が無人兵器を引き連れてこちらに特攻してきたのだと。
それしか方法がなかったとは言え、まさかのまさかを実行してくる者がいるとは、彼にとって想定外だったのだ。
更に想定外と言えば、その特攻で何故か自分だけ生き残ってしまったことだ。
彼は既に理解している、自分以外に生存者はいないのだろうと。
ついでにもう一つ理解しているのだ、生きたいと何度も願った奴が最後には生き残れるのだと。
つまり彼は、とてつもなく運が良かった。
「天使はこちらを向いて笑ってくれた。何としてでも、西に帰らねば」
もしかしたら、本当にもしかしたらまだ周りに生き残りがいるかもしれない。
その生き残りとは、西軍かもしれないし東軍かもしれない。
どちらにせよ、こんなところに集団で来るわけがない、そんな読みから彼は歩みを止めない。
しばらくして、彼はその者を見つけた。
今までの自分と同じく砂浜に干上がった者を。
「茶色の服…東軍か。脈はある。だが丸腰だ、どうするべきか」
すなわち敵を彼は見つけてしまったのだ。
ナイフ以外、武器など所持していない。
お互い殺そうにも、切り合うしかない。
だが彼は既に、血を見飽きている。
「うぅ、くっ…クレス…」
クレスとはこの男の名前だろうか、彼は茶色の軍服に取り付けられているワッペンを見る。
────中佐だ。
干上がった男との格の違いを知り、次にその顔を思い出す。
なんと、ここに来る前に玉砕覚悟で特攻しにきたあのイカれた男の顔だった。
右手には、ドス黒く変色した痕が残っている。
「………仕方ない」
彼は意を決し、干上がった男を抱き上げて進む。
東軍の中佐ともなれば、今ここで殺せば確実に彼の手柄となるだろう。
あるいは、軍に戻った際の言い訳としても使えるだろう。
しかしそんなことをして何になるのか。
娘達のところへ帰るために、誰であろうが代わりに一人犠牲になっても良いのか、彼はそう考えていた。
砂浜を離れ、戦場の近くだった森林に戻り、木を集める。
その過程で手頃な小さい洞窟を見つける。
幸いライターとナイフは手放さずに持っていたおかげで、簡易的に寒さを凌ぐことが出来た。
彼の軍服をナイフで一部裂き、ドス黒く染まった右手を無理やり止血させた。
しばらくして、イカれた特攻男は目覚めた。
「こ、ここは…?」
「天国でも地獄でもない。あんたが特攻なんて真似をしでかした世界のままさ」
「そうか…どうして私が生き残ってしまったんだ」
「恐らくだが、後続の無人兵器に追い付かれ、直撃を受けないまま爆風で海に飛ばされたんだろう。お互い、運が良かったんだ」
「私を、助けてくれたんですね。しかし君は──」
「わかっている。だがもう察してくれないか。疲れたんだよ、血を見るのはさ」
そうですか、と男は俯く。
幸い男にも敵対する意志がなく、彼と同じように記憶が戻るのを待っていた。
いつだって、殺そうと思えば殺せるはずなのに。
「私の大隊は全滅したか…。全て私の準備不足で、力不足だった。私だけが逃げ帰ったところで、何の意味があるのだろう」
「軍はもしかしたら、今でもあんたの帰りを待っているんじゃないか?」
「っふ、待っているのは私ではなく中佐という立場の人間です。代わりならいくらでもいる」
「ならあんたはこれからどうするんだ。何のために生きるんだ」
再び彼は俯く。
敗北と喪失感、何度だって味わったそれを彼は噛みしめているようにも思えた。
しばらく無言の時間が続き、やがて彼は思い出したかのように呟く。
それは彼の理想とも言えるもの。
「私は…出来ることなら戦争のない世界にいたい。中佐という立場を捨ててでも」
「同感だ。俺には故郷に妻と娘がいる。何としてでも、帰らねばならん」
「そんな思いを持った人間二人が、何故こんな戦場に駆り出されることになったんだろうか」
「ずっと理不尽なんだよ、この国はさ。だからあんたは、特攻なんて真似をしようとしたんじゃないか?」
それもそうですね、と男は言う。
何も出来なかった無力感と喪失感に、少しでも抗いたかったのだろうか、と彼は心の中で思う。
ならば唯一解とは、戦争が嫌いな自分が最期に取るべき行動とは、結果的に犠牲者を増やすような真似だったのだろうかと。
そのような自殺行為が戦争が終わるための鍵になるのか、自問せずとも答えはあった。
ぼーっと焚き火を見つめ、その後目の前の男に視線を返す。
「クレセント・ミハエル、それが私の名だ。君からしてみれば、特攻という最後の手段を用いようとした愚か者に見えるかもしれない」
「キジャ・フーリアだ。大尉の俺には到底真似出来ないだろう。あんたがあんな真似しなければ、俺はとっくに西に戻っていただろう」
「私が憎いですか?」
「…いいや、これは戦争だ。理不尽なことしかないんだから仕方ない。一旦はアンカラに戻るべきだろうな。だが問題はあんただ」
「正直なとこ、もはや生きる理由が見当たらない。亡命も逃亡も選んだところで、何を目的に生きれば良いのか」
クレセントは再び焚き火ではない虚空を見つめる。
あの日、あの場所で自分は死ぬつもりだった。
何かの因果に囚われてしまい、それすらも許されなかった。
何もかもを奪っていった現実から逃れることが出来なかったのだ。
そして今、生き残ってしまったとして、戦争のない世界にいたとして何の意味があるのか。
「私がドローンなんて無人兵器を推奨しなければ、もっと違う結果になっていたのかもしれない」
「……あれはあんたが持ち出したってことなのか?」
「実質そうと言える。私は戦争が嫌いになっている。とは言え中佐という地位を投げ出すことが許されない。だから代打を立てたかった」
「なるほどな、なら中佐のあんたにはまだやるべきことが残っているじゃないか」
キジャはクレセントの肩に手を置く。
怪訝そうな表情で、キジャの顔を見る。
彼の目は疲れと、僅かな希望の光が灯っていた。
「あんたが
「ドローンで、ですか。私にはそんなT国など想像つかない。戦うことを諦めきれないのだから」
「俺は近々、少佐になる。今回の作戦で無人兵器は有用性があるとわかった。ならお互い、無人兵器同士で統治戦争をするってのはまだ救いがあるだろう」
「それが争いのない国に、どう繋がると言うんだ?争うのが人か、機械かに変わるだけだ」
「俺らはお互いわかっているはずだ、どちらかがどちらかに吸収されるまで終わらないって。だが、俺らで直接やり合う必要はない」
クレセントを説得するキジャ。
つまりお互いに無人兵器だけを使い、将来的には無人兵器のみで決着をつけようという主張だ。
西でも東でも、そんな意見が湧き出すくらいには彼らは既に疲弊していた。
しかしそれでも尚、この戦争は続いている。
どちらかが滅ぶよう、本気で願っている軍や政治の上層の連中が存在しているからだ。
彼らの発言力や権力に比べれば、例えクレセントやキジャのような人間ですらも、取るに足りない。
この現実を変えるためには、誰かが大きな味の変化を加えなければならない。
そしてそれを密かに、確実に遂行出来るのは今この場にいる二人と言えた。
「もしかしたら無人兵器だけの戦争で東か西のどっちかが統治されるかもしれない。けれど流れる血は抑えられる、そうだろう?」
「理には適っているが、その後はどうする?統合された彼らの憎しみは消えてくれるか?」
「その時は俺らが主導していかなきゃいかん。いずれもっと上の階級や役職に就いて、民を主導していくんだよ」
「私と君なら、それが出来ると本気で?」
「確実とまではいかないだろう。だがこれはお互い生き残り、同じような意志を持って出会った…天命だ。絶好のチャンスでもあるんだよ」
キジャの熱意にクレセントはつい押される。
戦争は嫌いで、統治には興味がなかった。
しかしそれを行うことによって、もしかしたら戦争のない国が生まれるかもしれない。
障害があるとすれば、人同士の争いは確実に避けられないということ。
だがクレセントが彼と密かに手を組み、無人兵器を推し進め、いずれ無人兵器同士でも戦いにステージが変わるとすれば、彼の言う通り、流れる血は減るだろう。
人と人が争う必要性など、いずれなくなるのだろう。
もしかすればいずれ、更に上の役職に就き、旧態依然を貫いてきた上層の連中を追い出すことが出来さえすれば。
クレセントの望む、争いのないT国を目指すことが可能かもしれない。
この計画に問題があるとすれば、それはあまりにも綱渡りすぎるということの一点。
だが生きる理由すらも見失いかけていた彼である。
そんな彼の目に、灯火が宿った。
「…乗ろう。課題は山積みだろうが、光明が見えてきたのは感じた」
「ありがとう、クレセント。ひとまず俺らはアンカラに戻ろう。奴らにバレないようにな」
「軍に戻った際の互いの言い訳を考えねばな。ワッペンでも持ち帰るといい。中佐の首を打ち取り、無人兵器の情報を得たと伝えなさい」
「それは良い手だ。俺からは無人兵器を乗っ取った手段や暗号を差し出す。その上で中隊の大尉を仕留めたと言うんだ」
後にT国の未来に立ち向かう二人が、初めて手を交わす。
アンカラへの旅はより過酷なものとなった。
しかし本来、敵であるはずの二人は旅路で互いをよく知るようになったのだ。
いつしか二人は、互いを戦友と認めていた。
アンカラはかつてより絶対的な中立を保っており、侵攻されることはない。
ここは二人にとって唯一の安全圏となり、今後の密会場所となったのだった。
アンカラで身なりや帰路へ向かう準備を整え、去り際にクレセントはこう言った。
「これから無人兵器を本格的に推し進めようと思う。…五年だ。五年で人の争いを無くそう」
「こっちの動向は逐一知らせるよ。俺らの理想のために。そして、」
互いは拳を作り、そして交わす。
T国の未来のために。
「「天使の加護があらんことを──」」
■
「君がクレセント・ミハエル
「初めまして、こちらは西軍中佐のキジャ・フーリアです。あまり時間がない、手短にいきましょう」
長年の戦いでごつごつとされた手をグランは笑顔で握る。
しかし笑顔を続けていられるほど、現状はあまり芳しいものではなかった。
アンカラのとある地下の密室で、まるで三角形を描くかのようにそれぞれキジャ、クレセント、グランが座っていた。
このような場面が他方に知れ渡れば、間違いなく彼らの処分を免れない。
とはいえ通信であっても、いつ誰かに傍受されるかわからない。
それ故に彼らは慎重に、かつタイミングを見定めて今日この日の密会を設定した。
2042年、時代は移り変わった。
そして戦場も、たった五年でクレセントとキジャの思惑とコントロールにより、変貌した。
直近の争いでは完全とは言わずとも、全体の戦力の半数が無人兵器によるものだったのだ。
それでもやはり、堅物達に阻まれ続け、完全な無人戦争とまではこぎつけていない。
いかに少将と中佐の実権を行使しても、越えられない壁。
破るために必要なのは、軍以外の要素だと二人は結論付けていた。
「グランさん、あなたはT国内部において反戦を提起している。この国では異端児な存在だ。だからこそ、我々は手を取り合えると確信している」
「そうだろうとも。近年では私を支持する声も多い。いずれ大統領にもなるだろうと囁かれているそうだな」
「だから今しかないのです。人同士の争いを根絶するために…最終的にはこの国から争いを完全に無くすために、お力添えを願いたい」
頭を下げた二人にグランは問う、何をすれば良いのかと。
クレセントは問いに答えるべく、懐からファイルを手渡す。
そこにはグランが目を疑うような内容が記されていた。
なんだこれは、彼は問う。
「Little Battler eXperience──
「なるほど…やはり無人機か」
「これを一部、極東から輸入しT国での開発を両軍に通達したいと考えております」
「何故、全て極東からの輸入にこだわらないのだ?」
グランに渡されたファイルに記されていたのは、ロボットの絵だった。
2042年、山野淳一郎氏によって初めて世に生み出されたLBX。
だがこの段階では未だ強化ダンボールが発明されておらず無制限の重火器と化し、危険視された挙げ句、強化ダンボールが生み出されるまでの約四年、出禁状態となる。
クレセントはこの情報を捉え、活かそうと考えていた。
戦争で扱うのならば、危険視される方がむしろ都合が良いのだと。
ならば既に出禁状態となったLBXを全て輸入し、こちらで取り扱うのがお互いウィン・ウィンとなる。
グランの読みはそのようなものであったが、クレセントは一部訂正する。
「まず一つ、T国の財政的に全てを輸入しきる金がない。サンプルがあってそれを真似て作る方がまだコストを抑えられる。そしてもう一つ……」
長い長い戦争で疲弊しきったT国、しかし彼らはまだ愚かにも戦争を諦めていない。
片方が片方を喰らう戦争は、未だに膠着状態だった。
クレセントが親指の次に人差し指を立てる。
「東西の彼らに競争を促すんです。LBX開発競争を。それは我々にとって時間稼ぎにもなるし、戦争に一旦のピリオドを打つきっかけにもなるでしょう」
「つまり私の役割は
「仰るとおりです。私達のような軍人には動ける範囲に限りがある。私達は私達で軍にLBXの使用と開発を煽ります」
「内容は理解した。あわよくば一時停戦としたいが、それはもはや運に任せる他あるまい」
「ええ。正直なところ、LBX開発事業が成功するか失敗するかなんてどうでもいい。大事なのは、開発競争がどれだけ長引いてくれるか、どれだけ東西がお互いを意識して優劣を付けようと躍起になってくれるか」
「だが失敗した暁にはトップが腹を括る運命だ。我々三人、そのような覚悟はあるか」
グランは二人を交互に見つめ、再び問いかける。
キジャとクレセントは何の迷いもなく頷いた。
LBX事業が成功の可否については、二人にとって大した問題ではなかった。
どちらにせよLBXの有用性を認めさせ、今度こそ完全な無人戦争に引っ張れる可能性をもたらすだろうと想定していたからだ。
LBX達による無人戦争による完結後、二人の主導を経てあわよくば軍の解体まで至る、計画はそのようなものだった。
そして二人の目論見をスピーカーとして表に宣伝する、そんな大事な役割が後の大統領となるグランだ。
リスクがあるとすれば、仮にLBX事業が失敗に終わった場合、矛先は開発を促したクレセント達に降りかかる。
だがリスクを恐れ、行動を起こさないままでは現状は悪化する一方だった。
グラン・カーディアスとは反戦を密かに訴えながらも、その所属は国防省という矛盾を秘めた存在である。
二人はそこに目をつけ、二人が考えるT国の展望と将来を含め、グランへ密会の招待状を送った。
半ば賭けのようなものであったが、彼はこれに応じてくれたのだ。
更にA国との協力を画策を目論んでいる事情から、引き込めれば絶対的な優位を掴み取ることが出来る。
クレセントは心の中で既にガッツポーズをとっていた。
しかし次の瞬間、グランからクレセントに対し、本人が想定もしていないような言葉が届けられた。
「クレセント・ミハエルよ、
「────っは?」
軍を辞めろ、唐突すぎる予想外な言葉にクレセントは思わず硬直する。
何を言っているんだ一体、クレセントは怯みを解除し問う。
「ここだけの話だが、実は私には外務省の異動がありそうでな。空いたポストに、君を引き入れる可能性を思い浮かんだんだ」
「私に国防省に入れと?それでは計画は破綻してしまう。キジャ中佐の負担も計り知れないものとなってしまいます」
「戦場は嫌いなのだろう?政治の世界はいいぞ、くだらん議論を垂れ流すだけで時は過ぎるのだ」
「お戯れはそこまでに、私には世間を動かす才はない」
「だがこれまでに、君は数々の大隊や部下を率いてきたではないか。戦場が代わる、それだけのことだ」
冗談じゃないと突き詰めたものの、グランの表情に変わりはない。
彼に論理を詰められれば詰められるほど、クレセントは反撃の機会を失っていった。
何故かグランの言葉に、絶対的な反論が思いつかなかったからだ。
クレセントは近々、中将への格上げが確約されている。
それが指し示すのはつまり、彼の発言力がより絶大なものになるということを意味しているのだ。
そんな絶対権力を手放すことは、むしろ計画の成功を遠ざけるような行動に思えた。
「知っているかもしれないが、私はA国との協定を結ぶつもりだ。この状況で我が祖国の手を引いてくれるのはA国に他ならない」
「あなたはA国での長い在住歴もありますからね…外務省になって彼らと協力するつもりってことですか?」
「そうだ。国防省では後継者を探していたが、ちょうど良い人材と巡り会えたよ。何も無策な抜擢ではない、どうか考えてくれないだろうか?」
クレセントはグランの言葉と考えを深く噛み砕く。
確かにA国と協力関係が築ければ、T国の財政や紛争問題も多少和らぐだろうという感触はあった。
資金援助が下れば、LBX開発にますます拍車がかかり追い風となるだろう。
見返りとして技術や人手の提供といったことも可能なため、選択肢としては良好。
しかし問題はクレセントの方だった。
政治の世界に対する知識の無さ、そもそもの興味や関心、戦争しか知らなかった自分に果たして務まるのか。
二者一択、彼は選択を迫られている。
クレセントは少将になってからというもの、以前のように戦場に出る機会は減った。
代わりに後方のエルズルム軍事基地への勤務が増えるようになり、役割は後進育成や作戦立案、雑務ばかりだ。
更に付け加えると、少将になり軍の中枢を担うような存在になってから、発言力はかなり増している。
また、中将への昇進も確定され安定度合いで言えば、軍を辞める有効性などないように思えたのだ。
クレセントはいつしか、そこに居心地の良さを覚えていたのだ。
戦争が嫌いで、必ずや根絶せねばならないと考えているにも関わらず。
(グラン殿はきっとそれを見透かしているのだろう。どうやら内地勤務で私の牙は丸くなってしまったようだ)
甘えや安定を捨て、再び修羅の道を歩め。
クレセントはグランからそんな風に言われた気がしたのだ。
確かに戦争の地獄をこの目で見る機会は圧倒的に減り、どこかしらで安堵していた。
出来ることならば、もうこのままで居たい──だが、そう思いつつも彼は少将になってから思い知ったのだ。
ボロボロで、そして血塗れで帰って来る虚無な戦士たちの姿を。
中には生きていることが奇跡で、四肢の一部が平気で欠損したような者、腕だけ帰ってきた者、爆撃によってもはや何の部位だったかわからない人だった何かすらも。
思い知ってしまうのだ、自分が安堵している間にも彼らは戦い、傷つき、死んでいくということを。
牙が丸くなってしまったとは、まさにそういう意味なのだ。
安堵と焦り、それが交互してクレセントの悪夢となっていた。
安らぎと「やはり自分が戦わなければならない」という焦燥に駆られ、クレセントは少将としての日々を過ごしていた。
思惑は螺旋のように交互して顔を出し、ある意味気が気ではなかったのだ。
そして、彼の後継者の問題。
次には「まさか」とクレセントは思い出す。
「そうか…
「察しが良くて助かる。あいつは常に君に憧れている。あいつならば、君の理想を継いだまま役割を全うしてくれるだろう」
「なるほど。順当に進むなら、彼はいずれ私と同じ位置に辿り着くでしょうね」
クレセントは自身の部下にして最も腕が良いと認めているガイア・カーディアスを思い浮かべる。
彼にはキジャのように反戦の意を密かに唱え、運良く賛同していた。
グランの弟である彼はクレセントと同じように、あるいは同じ運命をなぞるかのように修羅場を重ね、大佐への道が期待されている。
本人がここにいないことが若干の心残りではあるが、彼が順当にクレセントの意志を継いでくれた場合、これで本格的にクレセントの懸念要素は消えていく。
ならば最後は、とキジャの方を見る。
「先にいけよ、クレセント。後ろは任せとけ」
「いいんだろうか、この私に…」
「どこへ居ようが、所属が変わろうが、俺達の意志とゴールは変わらない。グランさんの言う通り、戦う場所が異なるってだけなんだ」
「そうか、ありがとう」
キジャは笑ってクレセントの背中を押す。
戦場が代わるだけ、その言葉が心の中に馴染むようになった。
あるいは、まるで自分自身に言い聞かせるかのように。
彼の意は、決した。
「いいでしょう。変えてみせますよ、グラン・カーディアス殿。望む未来はここにいる全員同じだ」
「勇気ある決断に、多大なる感謝を。ここにいる我々は盟友だ」
「軍は俺とガイア中佐に任せておくんだ。必ずや、使命を全うしてみせる」
水が入っていた空のグラスを持ち、それを交わす。
今ここに、カーディアスという二人の強力な仲間を持った。
全ては戦争集結、争いのないT国を作るために。
「「「天使の加護があらんことを──」」」
■
「そんな…ことが…」
「それが私が軍を辞め、政治の世界に入った理由なのです」
クレセント・ミハエルという男の過去を知った子どもたちは、凍りついたままだった。
中でもアランは、その情報量の多さに溺れそうだったのだ。
クレセントはグランの要請により、少し間をおいて軍を辞めた。
すぐに辞めなかったのは、中将の昇進があったからだ。
中将になったという履歴があれば、例え活動期間が短かったとしてもネームバリューが高い。
「結果的にLBX事業は失敗に終わった。後に私は副大統領にのし上がり、世間からの反感を買った」
「だが私達としてはそれで構わなかった。事業失敗の責任を追求されようとも、戦争を遅らせ、無人兵器を戦いに浸透させる。…もちろん、人に害をなさない範囲でな。キジャ殿の助けもあり、あと少しで軍を解体する算段までついていたのだ」
大統領と副大統領は淡々と告げる。
それは仲間の信頼を取り戻すためでもあったが、過去の出来事を並べて現状を整理したかったからという意味合いも込められている。
しかし、それだけでは未だに解消されない疑問も山程あった。
「パラダイスの欠片、あれをA国の代わりに受け入れた真意を、俺はまだ聞いてないです」
「スタンフィール・インゴットの回収、これは間違いないくT国経済再生の一因となる。そして私は、純粋にA国からのこれまでの借りを返したかったのだ」
「副大統領はそれらは二の次だって指摘していた。A国が隠蔽したパラダイスの軍用機密だって、保有する理由やリスクがあったはずですよ」
「知っているとも。だが私は本気で、それをどうする気はなかった。もちろん、A国に対する脅しの材料にする気など毛頭だ」
グランは面と向かってアランに真実を告げる。
パラダイスの欠片を受け入れることは、当然グランだけの独断ではなかった。
承諾する過程の中で、キジャ、クレセント、ガイアという計画の中枢を担う人物などにそれを伝えている。
やはりスタンフィール・インゴットの希少性が持ち上がり、経済再生の柱としたのだ。
そしてグラン個人としての恩返しも込められていた。
パラダイスの軍事機密といえば、その話し合いでは満場一致で利用せず機密に保持し続けるという姿勢で終わった。
思いがけない裏切りさえなければ、今頃は。
「我々の計画における最大の誤算は言わずもがな、ガイアだ。奴が何故急に裏切ったのかがわからない」
「直接本人に問いただす他ないでしょう。ただ、過去を振り返ってみて少し思い当たったことがあります」
クレセントは顎に手を乗せ、アランの言葉を重ねて思い出す。
ガイアのやり方は度が過ぎており、過激であるものの、正義という部分ではクレセント達が望んだ未来と少し似ていた。
彼は「まさか」と。
「ガイアは恐らく、私達のやり方にいつしか疑問を持ち、『自分ならもっと上手いやり方がある』と主張したかったのかもしれない。だから戦争にLBXらを用いて、統一とは違うリセットという道を選んだのだろう」
「俺の推理を…否定はしないんですね?」
「ええ。私達のやり方があったからこそ、ガイアは半模倣という形でこのような計画を立てた。認めます。彼の気持ちに気付けなかったのだ」
「わかりました…本当のことを話してくれて、ありがとうございます」
アランは彼の言葉に納得し、席に座った。
しかしどこか以前とは違う空気感が二人の間で流れ、元の形に戻せるのか、アランにはわかりかねていた。
衝撃の事実と彼の過去、それらはいつしか二人の間に壁を隔てていたのだ。
アランにとって未だ全てを納得しきれたわけではない。
ただ、今は全てを飲み込み納得『するしかない』。
「無人兵器を用いて人がいない戦争をする、それは紛れもない私の理想。だが私とて、過去の愚か者達と同じで終われない。アラン君の言う通り、戦争そのものを無くすこと。これは目指すべきゴールで諦めてなどいない。等しく、私の理想だ」
「ガイアのやり方も結果的に戦争を無くすことに繋がるかもしれん。しかし…監禁されていた最中、奴の恐ろしい計画を知ってしまったのだ」
グランは眉をひそめる。
これまでは彼らの過去のお話。
現状、ガイア・カーディアスが存命であり、ミツルという大事な存在を欠いている以上、彼を野放しには出来ない。
これらは当然、ここにいる全員の共通認識であった。
子どもと大人のわだかまりを多少解き、認識を改めたところで、グランはソルに目を向ける。
「さて、次は僕の番だ。まずは生きていたことを黙っていて本当にごめんなさい。自由が利いていたら、僕は一刻でも早く皆のところに戻りたかった」
「「「………」」」
「あ、はは…聞きたいことはわかります。僕が何故あの日生きれたのか。ただそれは後にして欲しい。あの日から色々あって、僕はガイアに従わざるを得なかったんです。だからこそ、色々知り得た情報がある」
ソルが頑張って笑って誤魔化そうとするも、ルナを除いたKK部隊の五人は曇った表情を浮かべていた。
死んだと思っていた人間が、今まさにここに立っている。
クレセントの正体以上、そんな非現実的な事実が彼らを困惑させて沈黙を形成させていた。
ソルは空気を打ち破ろうと、モニターに一つの資料を映し出す。
「ミツル・カザミ氏から概ね聞いているでしょう。ベレロフォンの内部にはガイア一派の計画の詳細データが詰まっている。しかし、それは長らく解凍出来ずに封印されていた」
「そういえば、お前のザドキエルと初めて一戦交えた時にデータが一部解凍されたみたいなこと言ってたな」
「その通りです。あれは僕がガイアにバレないよう、密かに一部の解凍コードを渡していたからなんです」
「今のお前なら、全部解凍出来るってことか?」
「いいや、既に全ての
ソルの目が鋭く光る。
ベレロフォンの内部データが初めて一部の姿を晒したのは、首都奪還作戦時、ザドキエルと会敵した時。
あのタイミングではザドキエルのデータだけしか知ることが出来なかった。
モニターに映し出された二機の機体と、とある記述を彼らは見る。
見覚えがある二機、それはベレロフォンとザドキエルだ。
「T国天落計画…?」
「それがガイアが生み出した計画。T国を更地にして、更にその先を描いた計画です」
「俺らの機体が関係しているってことか。まさかたった二機を手中に収めて、世界征服でもする気か?」
レンは冗談混じりに飛ばす。
しかしソルの表情は、「そのまさか」を表していた。
「概ね合ってます。彼らは僕ら二機のこれまでの戦闘データを踏み台にし、
「……なんだって?」
「その武力を得た上で、次に彼らはA国へ脅しをかける。例のパラダイス事変の残存データを武器に、ね」
「じゃあ次はA国を従えて、いよいよ世界そのものを敵に回すってことか?」
ソルはレンの指摘に頷く。
資料に書き記されていたのは、ベレロフォンとザドキエルの量産型機体、そして量産計画そのもの。
T国天落計画とは、すなわちT国から世界への宣戦布告。
これまでのレンとソルが経験してきた戦闘の記録を、全ての量産機に読み込ませ、もはや誰も敵わない機体を量産する。
KK部隊以外にLBXにすら対抗戦力がいないこの国においては、これで簡単に武力制圧が完了する。
そして彼らの次のターゲットは、A国。
グラン・カーディアスがパラダイスの破片や軍事機密などを受け入れる見返りにより、インゴットを始めとした希少資源を手に入れる、ガイアはその手柄を丸ごと横取りし、逆にA国の喉元にナイフを突き刺す。
A国への支配が完了すれば、次は…とスノーボール式によって、ガイア一派は巨大な戦力を有していくことになる。
「…なるほど、だから私やベレロフォンは手放しにしていたわけか。いずれ私がベレロフォンのプレイヤーを見つけ、反抗勢力を作り上げるとわかっていたから…!」
「そうです。僕ともう一人、最高の機体を扱えるプレイヤーが必要で、二機を戦わせる必要があった。それがレン、君なんです」
クレセントは過去の不審な点を思い出し、同時に納得する。
始めに獄中の脱走、何故かノーマークだったベレロフォンの素体やデータ、敵に踊らされているかのような感覚。
全ては反抗勢力が出来あがることを最初から想定していたが故。
そして結果的に、クレセントはKK部隊を作り上げ、レン・アークインジェというベレロフォンに相応しい最高のプレイヤーを有した。
その計画の裏には、ガイアの計画を優位に進めるための一人の人物がいた。
クレセントを牢から出し、ベレロフォンのデータなどを持ち去り、作り上げた人物。
「ミツル君……やはり最初から彼はガイアの一員だったか」
そう呟き、あの日の苦渋に満ちた顔を思い出す。
あれは間違いなく、自分から進んでガイアの計画に乗ったかのような表情ではなかった。
何か弱みを握られている、そう考えるのが自然と言えよう。
だからこそ、彼は助けなければならない。
しかしその前に、ガイアの計画にはA国を脅す前に最大の問題がある。
「ミツル君と私達があれだけ作るのに苦労したベレロフォンです。それを量産するのは技術的に…いや、技術以前にそんな資源をどこから?スタンフィール・インゴットの分で足りるわけがない」
クレセントは指摘する、この量産化計画には圧倒的に資源が足りないと。
彼の読みでは、世界征服を目指すのなら現状世界水準のLBXの性能に勝れば十分で、量産型の性能はコピー元以下になると踏んでいた。
多少性能が落ちたベレロフォンやザドキエルが何百、何千にも渡ってしまえば、誰にも太刀打ち出来ない脅威となるのは明確だ。
問題は量産する際の資源、T国は元来より経済状態が悪化し、仮にスタンフィールド・インゴットの全ての資源をはたいたとしても足りない読みだった。
ならば枯渇状態を補う貴重な資源はどこから───
もし仮にガイアの計画が完全に成功するのならば、世界を敵に回しても優位な状態を保てるのならば。
A国にとって、事前に彼の計画に乗るということは、すなわち勝ち馬に乗るということを意味している。
「ああ、そうか…A国に既に協力者がいる、ということですか。その協力者とは、恐らくA国クラウディア・レネトン大統領の対抗勢力だ」
「言おうと思ってたのに、流石です。A国の一部の勢力からすれば、クラウディア氏を失墜させる武器にもなる。ってことで見返りの資源を極秘に提供しているんです」
「敵ながら良く出来た計画に思える。彼の根回しは、既により深いところに根付いてしまっているわけですか」
クレセントは答えを導き出し、頷く。
既にA国副大統領の汚職により、信頼が落ちている状態で、パラダイスの内部データに未だ汚職に関連したデータが残っている状態では、大統領を失墜させるナイフとなる。
ガイアは既にクラウディア大統領の対抗馬──あるいは元副大統領一派の残党勢力に計画の賛同を促し、いくつもの協力者を得ていた。
賛同を得るほどに、ガイアの計画は綱渡りにも近いようで、現実味をもたらしていたことの証にもなっている。
現在、彼の計画は順調と言えよう。
「ちょ、ちょっと待ってよ。今更だけど、そのクラウディア大統領ってあのパレードに来てたんじゃないの?」
二人のやり取りに口を出したのは、カイネだった。
そういえば、とKK部隊の子ども達は思い出す。
あの隕石落としの日、演説台に立つ予定だったのはT国のトップ二人、そして招かれていたのはA国大統領クラウディア・レネトン。
それがちゃんとした事実ならば、クラウディア大統領はそもそも隕石に巻き込まれ生き残れる可能性は限りなく低い。
だが今日の今日まで、クラウディア大統領が本来パレードに招かれていたことを、彼らは気にも留めなかった。
何しろ、あの大混乱の最中やその後の日々の戦いで余裕や時間がなかったのだ。
事実を整理したからこそ、浮かび上がる疑問点、カイネはそれを指摘した。
「彼女は招かれていただけで、実際に演説台には立たなかった。背後に蠢く暗流に気付いてくれたのでしょう」
「我々はその段階では既に牢の中だった。クラウディア氏に密告出来る人物がいるとしたら…クレセントよ、想像は容易いのではないか?」
「………そうですね」
T国大統領と副大統領は、互いに顔を合わせ全て察したかのように頷く。
あの日、実際のクラウディア氏はT国に旅立つ直前に、何者かの密告によって突如パレードの出席をキャンセルしていた。
しかしその通達が遅れ、パレードの告知やパンフレットには彼女の名前が載ったままとなっていた。
勇気ある密告者のおかげで、世界の中核を担う国のシンボルの命が救われたと言える。
その人物が誰なのか、クレセントは既に察している。
「副大統領、このまま何もしないと──
「既に量産の前準備は完了している、そう見て良いでしょう。今、何をすべきか。ここにいる誰もが理解しているはずだ」
ソルとクレセントは頷く。
ガイア・カーディアスにとって、ベレロフォンやザドキエル、ソルやミツルという存在は駒でしかなかった。
最悪なことに、彼の計画は順調に進んでしまっている。
彼が最高峰の機体の量産型という巨大な武器を手に入れ、A国を手中に収めれば、文字通り世界が終わる。
機械による侵略と支配が容易くなり、誰一人としてあの空へ羽ばたけなくなる。
全世界、ひいては全人類の制空権が失われるのだ。
それは人類の退化を示すと同時に、争いのない世界を生むことにも繋がるのかもしれない。
しかしそのような事態を、ここにいる誰もが看過出来るはずがなかった。
「今一度、再び皆さんに…副大統領クレセント・ミハエルとしてお願いがあります」
あの時、アンカラの地下施設を案内し、事の経緯を伝えKK部隊を発足した時同じように。
今度はクレセント・ミハエルとして、彼ら子どもに頭を下げる。
もう一度、戦争を手伝ってくれと。
「あなた達の持てる武器で、共にガイア・カーディアスを止めて欲しい。──世界を救うために」
クレセントはそう告げ、グランも同時に頭を下げる。
これはとっくのとうに遊びではなく戦争であり、同時に世界を救う最後の戦いとなる。
そこに誇張表現など一切なく、食い止めなければ本当に世界が終わるという認識が全員にあった。
四面楚歌のであり、世界主要国家であるA国すら敵に回そうとしている状況下では、もはやKK部隊以外に打破する人は存在しない。
世間では未だ、この計画が知れ渡っておらず、当然T国の国民も知らない。
T国が更なる四面楚歌の状態となるのを止めるには、今ガイアを叩く他なかった。
そして敵も、十分にそれを理解している。
「大変だ!全員、モニターを見てくれ!」
イズミルから派遣された元軍人の一人が、急いでこの部屋に息切れした状態で訪れた。
クレセントとグランは互いに目を配らせ、駆けつけた男がモニターの画面を切り替える。
内容は仮復旧状態のT国国営放送、どうやら緊急速報のようだ。
時間帯が僅かに限られてはいるが、テレビでニュースを読むことは可能だった。
そして、映し出された人物に、彼らは驚愕することとなる。
『私はT国大統領、グラン・カーディアス。この放送はT国の目にしか触れず、他国に知れ渡ることは無いだろう。今回の事の元凶、クレセント・ミハエルは自らの罪に溺れるように死した。愚者の行いにより、祖国は未だ息の根を保っている』
「……ガイアめ、私の
とある演説台に立っていたのは、グラン・カーディアス。
それはこの場にいる誰もが承知の通り、真っ赤なアンドロイドを用いた偽物。
何をする気か、国の重鎮を担う二人が目を細める。
『私はこの世から戦争を根絶するためにA国、そして世界を我らの手に収める。そのためこの国の全ての民に協力を願いたいのだ。この国から、出ていってはならない。そして出来るだけ多くの民によって、ボロボロな我が祖国の復興を手伝って欲しいのだ』
演説台の偽大統領は言った、世界を支配し争いをなくすために「T国から出るな」と。
重鎮達はその意図を察している。
それはつまり、T国民に対する口止め。
他国に知れ渡れば未知なる戦力が敵対し、ガイア一派の障害になるだろうから。
更に付け加えれば、まずはこのT国の全てを改めて支配するためだ。
クレセント・ミハエルという元凶の一人が死んだと強調したのは、大統領一派が懲らしめ統治する準備が出来たと民に印象付けるためである。
『一週間後、我々は演説台にてA国へ向け
「馬鹿な、宣戦布告だと!?」
再びパレードの時の言葉を繰り返し、国営放送はぷつんと唐突に切れた。
偽大統領の言葉に真っ先に驚愕を示したのはクレセントだった。
何故なら、宣戦布告という手段はまだ早すぎるからだ。
仮に自分が行うとしたら、まずはA国の弱みを見せつけ、協力者を更に増やし、A国大統領が再び暗流に気付いた時点で全く味方がいない状況となってから戦争を仕掛ける、クレセントの考えはこのようなものだった。
ガイアが既にそのような状態にしているのか、あるいは。
「試している、あるいは私達を急かしているか。この国営放送は、私達に対する勝利宣言だ」
「ガイアの準備が整っているのは嘘か真か…我々にはわかるまい。一方的に情報を握っているのはあいつだ。がしかし、大きく出たな」
「ええ、大した自信ですよ。宣戦布告したところでA国には強力な他国との繋がりがある。だから今、そう安々と打って出るのは自殺行為だ」
つまりガイアの計画は、KK部隊が想定している以上に遥かなスピードで進行しているかもしれない。
重鎮達はそう結論付けた。
ならどうするべきか、どうすればガイア達の計画を止めれるか。
クレセントは、即決断していた。
そして考えた内容を、彼らへ向き直って伝える。
「偽の大統領は演説をトリガーとして宣戦布告するようです。ならその演説を物理的に止めるか、あるいは───」
あるいは、とクレセントは一瞬口を躊躇わせた。
何故ならそれは、非人道的行為に他ならないからだ。
レンは察したのか、躊躇わせた原因の続きを挟む。
「あるいは偽の大統領を
クレセントは頷き、他の子ども達が驚愕する。
偽のアンドロイドとは言え、国の象徴を自らの手で殺めるというのだ。
しかも放送はA国はもちろん、全世界に放映されるというリスクを込みで。
何故そこまでする必要があるのか、アランも理解して口を開く。
「あれが偽物だってことを全世界に知らしめ、その上で本物に出てもらい真意を届ける方が後々になって傷口は浅くなるからな。強引ではあるが、賛成も出来る」
「その通り。あとはグラン殿がどうしたいか、です」
そうして視線の全ては大統領グラン・カーディアスに向けられた。
偽の大統領を演説台で仕留めれば、宣戦布告を止めると同時にT国の象徴が紛い物であったと証明出来る。
更に本物が登壇してT国の現状、真意、未来を語ることに成功すれば、ガイアの計画を一部妨害出来る。
しかし演説を妨害するということは問題の根本的解決にはならず、計画を遅延させる程度にしかならない。
それでも大統領は、選ばなければならない。
「愚問だ、クレセントよ。私はあの偽物に代わって演説台に立ち、世界に訴える。我々が経験した全ての過去、現在。そして…」
グランは弟の愚行を悔やみ、目を固くつむる。
起こったことは起こったこと。
ただそれの清算をしなければならないし、清算したとしてもまだ終わりじゃない。
「そして未来だ。我々が望んでいる、真のT国の未来を」
大統領の言葉に一同が頷く。
彼の演説に似た言葉には、確かな大統領としての威厳や重みがあり、誰もが圧倒されていた。
そこにはパレードや先ほどのような偽が作り出した角張りや、利己を優先したかのような傲慢さなどがなかったのだ。
本当にT国の未来を重んじ、切り開こうとしているのは誰か。
ここにいる全ては、とっくのとうに理解している。
「作戦決行は一週間後。目標は──大統領の暗殺。そして、量産機のルーツであるコピー元を叩くんだ。だからこそ同時に、彼を助ける必要がある。わかりますね?」
クレセントの言葉の意味を問う者はいない。
ベレロフォンとザドキエルから派生した量産機は未だ世に出回っていない。
つまりそれは、こちら側にコピー元を滅ぼす猶予がまだ与えられていることを意味している。
しかし肝心のコピー元が何なのか、そしてどこにあるのか、真実を知る者は恐らくこの世に一人。
(真っ先に彼を補足し、問いたださなければ。しかし、もし本当にガイアに付き従っているのならば…)
ミツル・カザミ、彼の助けが必要となるのは確実。
クレセントが察する限り、彼は望んでガイアに付き従っているようには見えなかった。
だがあくまで様子を察しただけ。
人が察する・察せないだけで生き、共に語らえない生き物であることを彼は知っている。
「ミツル氏も最初からわかっていたんですよ、副大統領。いつか袂を分かつことを強いられる日が来るって。その証拠に、ほら」
クレセントの心中を察したのか、ソルはモニターに再びとある内容を映し出す。
ベレロフォンの内部データに格納されていたのは彼の計画の全て、だけではなかった。
思い返せばベレロフォンを好きにいじれるのはミツルだけだったのだ。
だからこそ、ガイアに気付かれないような仕込みを行える。
『──2048033145118596HELP』
「なんだこの数字?2048年の出来事か?」
内部データの最後のページに記されていた謎の数列。
レンとアランがそれを凝視するも、年代とその年の三月三十一日に何かがあり、助けるを求めているという程度しか読み取れなかった。
しかし彼は知っている、この数字がもたらす意味を。
彼にとって、この日は人生において特に大事な日だったのだから。
「これは…かつて現副大統領を決めた選挙の日だ。"45118596"とは、その時の私の
「じゃあつまり…」
「間違いない、ミツル君は私に助けを求めている!いつかこれが開示される日が来ると信じて!」
クレセントは震えた声で数字を読み解いた。
これらの数字は間違いなく、クレセント・ミハエルにしかわからないもの。
それをわざわざ彼が覚えておき、知れ渡っても良いと踏んで油断されていたデータの中身に紛れ込ませていたのだ。
自分自身が常に危機に晒されていると、知ってもらうため。
そして、救ってもらうため。
これでクレセントの懸念や一つの迷いは吹き飛んだ。
「終わらせるしかないよな?」
レンは誰にも目をくれず、モニターに向かって一人呟くように。
しかし誰もがレンを向いて、彼の言葉を待っていた。
彼はずっと、このKK部隊のリーダー。
この部隊は必ず、彼を中心として回り続ける必要があった。
例えT国の大統領や副大統領がいたとしても、例えT国最強のプレイヤーが戻ってきたとしても。
全員が信じている、レン・アークインジェこそがリーダーだと。
「色々いざこざはあったが、大統領達の言葉を信じて戦うよ。次こそが正真正銘、最後の戦いだろうからな」
誰もが薄っすらと察している、これが最終決戦だと。
エデンフォール、アルテミス、西部制圧作戦、首都奪還作戦、エルズルム制圧作戦。
彼らは幾多の困難と戦いを乗り越えてきた。
その度に得ては失い、まるで潮の満ち引きかのようにそれを繰り返してきた。
ソルや大統領という強力な味方を得た代わりに、ミツルという存在を失くした。
しかし彼らはいつまでも、潮のような存在でいるわけにはいかない。
まるで天使が如く、この国を救い、世界に羽ばたかなければならない。
「だがソル、お前はまだ説明出来てないことがあるよな」
「ええ。わかっていますよ」
「どうやらガイアと一緒に聞かなきゃいけないみたいだな。一緒に戦いはするが、全てがわかるまで、俺はお前を信用した気にはなれない」
承知の上です、とソルは付け足す。
そんな彼の表情は仕方がないと思いつつも、どこか寂しげだった。
レンには未だ疑問が複数残っている。
あのエデンフォールで何故、自分とソルが生き残れたのか、何故ソルはもう一人のレン・アークインジェを自称したのか。
そして、エルズルム制圧作戦時においてガイアがソルに言った言葉。
彼らのやり取りがあったからこそ、レンは未だに警戒を解けられないままでいた。
更にはアランやカイネ、ラルとメルまでもが、未だソルに近付けないままだった。
昨日の事態からこっち、彼が生きていたことが夢なのか現実なのか、計り知れないまま奇妙な時間を過ごしていたのだ。
あまりにも唐突で、あまりにも信じ難いが故、見知らぬ壁が隔てられていたことは確実である。
だとすれば、幼馴染がソルと真に和解する時とは、今ではなく戦いの最中にあるのかもしれない。
「気持ちの良い終わりを迎えれるって信じてるよ。他に異論は?」
レンは彼ら一同を見渡し、何も挙がらないと確認する。
ならばこれ以上の議論や言い合いは不要か。
既に全員の意は決している、最終決戦に向けて。
俺がこの言葉を言うのは初めてだ、とレンはぼそっと呟く。
T国の軍人が必ず用いる
「次の戦いで奴らの…天使の羽をへし折る。天落計画なんて真似は絶対にさせない。そして、俺らが世界を救うんだ」
それはこれまで続いた自分達の戦いの全てにケリをつけるため。
無意味にかつ無防備に死んでいった彼らの弔いを果たすため。
全ての真実を解き明かし、世界へ帰るため。
この国から、憎悪や争いの全てを消しさるため。
まだ顔も声すらも知らぬ者達へ、戦いという味を覚えさせないため。
だからこそ、彼は宣言する。
「俺ら全員に、天使の加護があらんことを───」
-終- 第九章 水面に映る三日月