ダンボール戦機 -2053KK-   作:最果

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第一章 機龍狩り

 ■誰かの日記

 

 銃の使い道を知らぬ者などいない。

 そして銃を使いこなせた者も、この人類史の中で誰一人としていない。

 

 

 

 

 □

 

 レッドアラート。

 それが鳴り響けば、彼らはすぐに戦場へと向かう。

 西の砂漠に、四つの機影が飛ぶ。

 

 「本日も盛大に、んで何も考えず進軍ですか。気楽でいいよな、機械って」

 

 「あれを動かしてるのが人間っていうのがまた面白いところだよね」

 

 「無駄口叩いている場合か。今日はいつもより嵐が激しい。気が抜けんぞ」

 

 「またまた~、アラン君はお硬いんだから~」

 

 四つの機影からそれぞれ別々の声が聞こえる。

 まるで中身に人間でも入っているかのように、小さな機械達は『ライディングソーサ』・・・LBXを乗せ空中を移動するジェットもどきに乗り西を目指す。

 実際のところ、当然中に人など存在しない。

 ただ遠くから遠隔で彼らを動かしているだけだ。

 LBX事業において名高いかの『TO社(タイニーオービット)』の中でも、次世代型高帯域通信…つまり広範囲での通信を可能とした『スパークブロード通信』は彼らとの相性が抜群だった。

 故に、この四人からは棺桶呼ばわりされている『コントロールポッド』に搭載されれば、中東T国全土に渡りあたかも自身がLBXにでもなったかのような感覚で彼らを操縦出来る。

 TO社が開発し、世界にばら撒いたこの技術を使えば、誰もがプレイヤーからパイロットとなる。

 

 「ただでさえ人手不足だっていうのに、ここで一人欠けるのは辛いものだねー」

 

 「仕方ないでしょう…レンは今頃呑気にとっくに終えて飛行機で戻ってる最中なんだろうし」

 

 「てか、アルテミスの結果ってどうなったの?やっぱり?」

 

 「まだ見れてないけど、多分余裕だろうね」

 

 「お相手さんも可哀想ったらありゃしない」

 

 「ほんとね。あんなL()B()X()()()()なんて使われたら」

 

 この大砂漠に似合わない気さくな笑い声が砂に紛れる。

 本来ならば五人行動が絶対のはずも、うち一人は遥か西。

 彼は運良くも、()()()()()()()()()()()()で一仕事を終え、現在は帰路の真っ最中である。

 アラートは人にとっての都合など関係ない。

 例え一人不在であろうがお構いなしに、彼らは戦場へと飛び立つことを余儀なくされる。

 もっとも、このまま順当に向かえば当の本人も合流は出来るはずだと四人は踏んでいた。

 

 彼がいなければ、この部隊は始まってはくれないのだから。

 だからこそ、今このメンバーで行うべき最善はただの時間稼ぎに限られる。

 

 【間もなく、敵部隊と鉢合わせるかと。皆さん、準備は出来ていますか?】

 

 【もちろんです、クレスおじさん。敵数は?】

 

 【五十あたりです。やや多いですし、強気に攻めているように見受けられます。恐らく前進して中間の補給基地でも作るつもりなのでしょう】

 

 【それはよくない】

 

 この部隊の副長、頻繁にお硬いと言われるアラン・エルドは唐突な男、クレス・ミヘナからの通信に眉をひそめる。

 クレスは部隊において部隊長とは別で、指揮官のような役割を担っている。

 アランの予想からすれば、彼は元々軍人だったのではないか、と憶測を浮かべている。

 やはり事前の見立て通り、敵の数はいつもより多かった。

 戦争において、補給という概念は必須な存在。

 まずは大元の拠点から東へ進軍し、徐々に距離を詰めながら中間で補給を受ける拠点を作る──侵攻を行う上でなら当然の立ち回りだ。

 だからこそ強気の攻め、簡易的でもここで補給を受けれる基地を作れれば後の戦況に大きな影響を与える。

 これは、遊びではないのだから。

 …もっとも、直面する敵は人ではないのだが。

 

 【そういや、レンのことは何か聞いてます?】

 

 【ああ、彼ならついさっき帰ってきましたよ。もちろん、この戦闘のことも認識済みです】

 

 【では、彼もすぐここに?】

 

 【いえ、寝てるそうです】

 

 【な ん で よ】

 

 【まあ、最短であの機体の改修をやってはいますが、終わるまで動くつもりはない、と。でも、すぐ終わりますけどね】

 

 【あの野郎…】

 

 アランはつい数時間前にアルテミスで優勝を飾った彼の所在を気にする。

 思ったより早い帰還であると胸を撫で下ろすものの、この状況をまるで鑑みてないかのような彼の行動に困惑した。

 いるんなら手伝ってくれれば良いもの…とぼやくも、同時に「あれをお披露目するんだったらそりゃそうか」と仕方なく納得。

 既に『あの機体』の完成はほとんど間近に迫っており、あとは例の『メタナスGZ』を投入すれば終わりという段階まで来ているとアランはクレスから聞いていた。

 彼のアルテミス優勝とは、この部隊の今後にとって必要不可欠なものである。

 なので正確には、彼が来るまでの時間稼ぎというより、『彼の機体が完成するまでの時間稼ぎ』ということとなる。

 これが遊戯ならそこまで考える必要など、どこにも存在しない。

 

 敵が、()()()LBXなのであれば、どれほど良かったことか。

 それでも負けるわけにはいかない、とアランの黒い長髪と眼鏡を再び整えた。

 

 「捉えた」

 

 ライディングソーサの先頭を行くアランの声に、他の三人も足を止める。

 大砂漠の中に、狭い範囲ではあるものの小さな建物が混じった廃墟──そして、奥から廃墟を目指す()()()()()が見えた。

 三つほどのグループに分かれているのか、前・中・後それぞれに数十体ずつ統率を取って彼らは侵攻している。

 斥候、迎撃、支援とそれぞれ位置ごとに役割を分担しているのだろう。

 それらはかつて二年前の事件のように小細工を仕掛けられ、テロの操り人形と化したLBX──ではない。

 彼らとはあまりにも、まず図体が違いすぎるからだ。

 その集団こそ、彼らにとって討つべき敵。

 目を細めれば、ホビーなどと決して謳われぬ……機械仕掛けのドラゴン。

 

 

 「()()()()()()()……()()()()()、か」

 

 

 いつも通りだ、とアランはため息をつく。

 あれら五十もの数を誇るは、かつて『LBXキラー』と恐れられたホビーが生んだ負の遺産そのもの。

 アランだけでなく、上空から全員が敵をにらみつける。

 

 キラードロイド。

 かつて二年前の事件、突如として出現したLBXを殺す為だけの機械仕掛けのモンスター。

 始祖となる原型、黒き『キラードロイド・ワイバーン』の攻撃性や強度は通常のLBXの性能を凌ぎ、そこにいれば驚異となる。

 何せ彼らは『LBXキラー』───たかだか普通のホビーでは太刀打ちは出来ない。

 彼らは、ホビーを壊す兵器なのだから。

 眼前に群がる『キラードロイド・スケルトン』は始祖の技術の発展型。

 ワイバーンをただ灰色に染め、強度を下げた代わりに量産を容易くしたおかげで、このT国の戦争の標準兵器と化している。

 元々は「伝説のLBXプレイヤーが作った代物なのでは?」と噂されてはいたものの、二年前の事件から設計図や素体、基礎となったと思われる部品素材が全世界に知れ渡った。

 それは事件に全面的に関わっていたA国が『戒めと教訓』として公表したに過ぎない。

 しかし、軍事転用にはうってつけなそれを、周辺諸国は進んで好んで取り込んだ。

 このT国も、そんな愚かな一例である。

 

 (群がって統率を取れているようには見えるが、所詮まだ前進しか脳がないようだ)

 

 アランは思考を重ねる。

 

 (やれないことは、ない。だが、最終的に勝てるってだけで損傷と出費が嵩むだけだ。やっぱり時間稼ぎが妥当かな)

 

 要するに、最初に立てた方針に変更はないということの再確認である。

 一人欠けた状態での現在の総戦力、敵の戦力、場所、タイミング──何を天秤にかけたとしても、自分らが今、この軍勢を相手にまともに立ち向かうことはしない。

 『出来ない』のではなく、『なるべくやりたくない』という一心で。

 言い訳でも負け惜しみでもなく、誇張抜きでアランは現在のメンバーでもこの軍勢を跳ね除けることは可能ではあると確信している。

 

 何せ、この部隊は────

 

 「アラン、指示を」

 

 「変にカッコつけても、か。よし。各自、武装を展開」

 

 「「「了解」」」

 

 この人数でどうとでも出来れば、それはそれで大層なものなのだろうと一瞬だけ考えたが即放棄。

 元の方針に従い、副長として各位へ戦闘準備の号令をかける。

 アランも同じく、自身の機体に長身のスナイパーライフルを構えさせ、状況を伺う。

 

 「目標は骨野郎(スケルトン)斥候部隊の足止め。無理に倒さなくていい。あいつが来るまでの時間を稼いで、かつ生き残れれば上出来」

 

 「目安は?」

 

 「十分……いや、十五分。勘違いするな、あくまで殲滅ではなく生存だ」

 

 「そうは言うけどさぁ…」

 

 「なにか?」

 

 アランの作戦の再確認に、もう一人の男──ラル・アルマルが横槍を入れる。

 短い金髪を気怠げにいじり、これから戦いが始まるというのに呑気に自身の機体と共にあぐらをかいていた。

 しかし、この場の誰よりも、戦いを純粋に楽しみにしている人間でもあった。

 そんな彼がこう言う。

 

 「別に、倒しちゃダメとは言ってないよな?」

 

 「死なないのであれば、どうぞお好きに」

 

 生き残れるのであれば、作戦は若干無視しても構わないだろう、という支離滅裂な言葉を。

 彼の言葉に、アランは「またか」という調子でため息で流した。

 お好きに、という言葉を聞いたラルは、先程の気怠げさとは一気に異なりテンションを耳を劈くほど上げてしまう。

 

 アランは自身の機体を廃墟の高所、まずキラードロイドに見つからない位置に降ろし、再びライフルを構える。

 前進をやめたキラードロイド、やはりここを拠点にするつもりらしい、とアランは当たりをつける。

 後続グループより更に後方より現状、増援なし。

 次は残りの三体を誘導し、各々が戦いやすい場所に配置。

 最初が肝心、故に奇襲はしくじれない。

 そして今こそ、奇襲を成功させる絶好のタイミング。

 アランの機体は遂に引き金に指をかけた。

 何も待つ必要もない、だからこそ彼は幕を切る。

 

 

 「派手にいこう、()()()()()()()()()

 

 

 彼の宣言と同時…自身の持つ機体は銃口を遥か斜め下へ向けた。

 そして撃鉄を鳴らす。

 

 「──ホーミングショット」

 

 瞬間、彼の機体である黒き『()()()()()()()()』の持つライフルから五発の弾丸が灰色の機械へ真っ先に放たれた。

 まず前方の斥候部隊に二発、迎撃部隊に二発、最後に支援部隊に一発。

 真っ先に集団に着弾。

 その直後、特に機体に風穴が空くこともなく弾丸から黒い霧のようなものが溢れ出す。

 かのキラードロイドが唐突な奇襲に対し、避ける術はない。

 しかし、元はと言えばこの弾丸は避ける必要などなかった。

 彼のフェンリルホークが放った弾丸は、通常の銃弾ではなかったのだから。

 

 「()()()()()()。ラル、メル、まず前から行こう」

 

 「「あいよー」」

 

 次にすかさず仲間に指示。

 ラル・アルマルと双子の妹、メル・アルマルの二人の機体は廃墟から飛び降り、黒い霧に潜る。

 少なくとも斥候部隊だけで十もの数はいるであろう灰色の集団への突撃に、二人は何の迷いも躊躇もなかった。

 傍から見ればこれはただの自殺行為。

 LBXキラーと呼称される殺戮機械に飛び込むなど、正気の沙汰ではない。

 しかし、キラードロイド・スケルトンは奇襲に対応出来ていないのか、そしてまるでラルとメルの機体を認識出来ていないのか、その場で立ち尽くしいた。

 

 「鷹の目を持つ(フェンリル)はその爪で敵の目を抉り取るってな」

 

 次こそフェンリルホークは武装を通常の弾丸へ切り替え、発射。

 ヘッドショット。

 文字通り狼がスケルトンの頭部を次々に撃ち抜いていった。

 その状態でも尚、彼らは対応出来てない。

 最たる理由はフェンリルホークが最初に発動した『ホーミングショット』。

 スナイパーライフル系統の必殺ファンクションに弾丸をすり替え、攻撃用ではなく()()()()()()()()へと組み込み、アランは運用している。

 キラードロイドと言えど、所詮好き勝手に動くしか出来ない機械である。

 かつて二年前の事件にてLBXの内部に細工を仕掛けられ、テロの道具として運用されたように、アランはキラードロイドにも同様に専用の部品があると睨んでいた。

 そして鹵獲したキラードロイド・スケルトンの内部を調べ上げ、彼らの天敵となり得るジャミングの電波を辺りへと発する弾丸を作らせた。

 つまり彼の使う『ホーミングショット』とは、完全なキラードロイドに特化した必殺ファンクションなのである。

 今回を含め、彼の弾丸が戦闘開始の合図。

 

 「メル!一気に行く!やっちゃいな!」

 

 「はいはい、言われなくてもですよー」

 

 対キラードロイド専用のジャミング電波の霧の中、当然ラル達は足を止めない。

 圧倒的な図体を誇るキラードロイドの群れの中に、黒き皇帝と白き妖精が舞い踊る。

 ラルの持つ皇帝とその槍、メルの持つ妖精の拳が光った。

 

 「蒼拳乱撃」

 

 宣言後、彼女の機体から無数の光が複数のキラードロイドの骨格へ一直線。

 まずメルが操るAX-03、『()()()()()』が穿つ光の弾丸が次々に灰色の巨体を薄氷のように砕いていく。

 そもそも視界が奪われた霧の中から放たれた蒼拳乱撃、彼らに為す術はない。

 メルの操るフェアリーとは打撃に特化し、群がるキラードロイド・スケルトンの装甲を砕き弱点部分を露出させる為の役割を担っている。

 スケルトンに比べて圧倒的に小さい、そして視えない機体にどこからともなく弾丸を放たれ丸裸にされる、これほどまでに厄介なことはないだろう。

 そして遅れを取らず、彼の機体も動き出す。

 

 「ライトニングランス、───サステイン!」

 

 ラルの持つ機体、メルのフェアリーと対をなすAX-02…『()()()』が宣言と同時に天上へ槍をかざす。

 右手と、そして()()に持つ二本の槍を。

 普通なら槍系統の定番であるその光を纏った槍をラルはすぐさま放たず、維持(サステイン)

 これこそが彼の常識を捻じ曲げたやり方。

 

 「核が見えた、一気に潰す!」

 

 そして光を纏った槍を、メルの必殺ファンクションによってむき出しになった胸部のコアへ突き刺し、また次々にキラードロイドを倒していく。

 ラルの持つカイザ、そして彼がオリジナルで編み出した独自の必殺ファンクションである『ライトニングランス・サステイン』は、メルの真逆である一点特化型。

 放てば終わりであるライトニングランスを、放たれる直前の状態のまま維持し、高出力状態の双槍でリーチと攻撃力を上げ、針に糸を通すかのように一箇所のみの核を砕くのは彼の十八番だった。

 しかし負荷が掛かりすぎ、燃費が圧倒的に悪くなるそれを、彼の持つカイザはしかも二つの槍を持った状態でやってみせる。

 高エネルギー出力状態での機体への目に見えない負荷、そして双槍という物理的な負荷。

 普通に考えれば馬鹿げている戦闘スタイルをこの場でやってのけるのは彼なりの理由があった。

 

 「十体は潰したってとこか…。どこまでいける?」

 

 「また死に急いだような動き方はやめるんだ、ラル!お前の機体の修理はもうごめんだぞ」

 

 「って言ってもしょうがないじゃん?こういう機体なんだから」

 

 「だからって壊していい理由にはならんぞ。確かに、修理は全員の中だと()()()だが…」

 

 彼ら部隊が通常は表に出回らないカイザとフェアリーをとある手段で回収し、ラルが運用している理由は唯一つ。

 単純に『修理しやすい、動きやすい、改造しやすい』からだった。

 これら三つの条件が合致し、かつこれほど無茶な運用が出来る理由も唯一つ。

 

 「だろ?()()()()()()()()()も悪くはないよな?」

 

 彼の言葉と同時、一体のキラードロイドが振りかざした巨大な刃を寸前で回避する。

 そもそも彼の持つカイザとは、外見そのものも歪であった。

 バックパックに羽、膝、太腿、肩に頭部…至るところを守っているはずのアーマーが欠けたように存在しなかった。

 というより、意図的にラルが外したのだった。

 元から装甲が少なく抜け落ちている箇所なら『修理がしやすい』。

 装甲を装備していないのだからその分『動きやすい』あるいは『走りやすい』。

 そして、抜け落ちた箇所があるなら状況に応じて『改造しやすい』。

 槍を持つ手に腕、膝から下の足、CPUなど最も大事な部分を守る胸部だけを残し、その他全てはLBX全ての素となるコアスケルトンという紙程度の装甲。

 極限まで重さを削ぎ落としたラルのカイザは、だからこそこれほどまでに危険な戦い方が出来る。

 何より、ラルにはそれを可能とする技量があった。

 攻撃が当たれば二度も耐えないであろう紙一重の状況で長生きする、彼の技量が。

 

 …また、完全に回避ではなく、紙一重で回避するという彼の技量が。

 

 「あ、」

 

 二重、三重とひきりなしに刃が降り注ぐ中、遂に完全にかわしきったと思った矢先、またもラルの頭上に刃が降りる。

 十体以上のキラードロイドを倒し続け、サステインの効果も消失し、ほぼ完全燃焼状態に陥ったカイザに即回避する時間はない。

 おやおやまた修理かー、とラルは冷や汗をかく。

 

 「───ホークアイドライブ!」

 

 しかし諦めはまだ早く、すぐさまアランの持つフェンリルが放った必殺ファンクションにより、頭部を貫かれたスケルトンが転倒。

 無論、アランはサポートだけでなく攻撃に切り替えることも容易い。

 難を逃れたラルは軽く口笛を鳴らす。

 

 「言わんこっちゃない」

 

 「いやー危なかったわー悪いねー」

 

 「うるせえこのバァカ!おら、終わったらさっさとここから()()()!」

 

 「離れろ…?ああ、そうか。そろそろか」

 

 アランの怒声に、ラルは戦況の大体を瞬時に把握する。

 彼のフェンリルによる初撃の妨害、これを合図に戦闘開始。

 次に妨害ではなく、完全に必殺ファンクションを攻撃寄りに転換、次に場所移動の指示。

 アランの攻撃スタイルの変化はつまり、一定のフェイズへの移行を隊員各位へ示す事に他ならない。

 今が、まさに次の段階へ進む合図だった。

 

 「カイネ!()の準備は?」

 

 「もっちろーん、いくよー」

 

 ラルとメルの機体がライディングソーサに乗り、一時空中へ撤退したのを見終えたアランはもう一人の人物へ合図を送る。

 ようやくアランの放った煙弾が完全に晴れ、敵手の視界がクリアとなった。

 しかしそこに、既に彼らにとって討つべきLBXなど存在しない。

 最早跡形もなく殲滅されたキラードロイド斥候部隊を抜きに、彼らは最大限の警戒を強めた。

 

 その判断は正しい。

 間もなく、これまで以上の嵐が戦場を覆い尽くすのだから。

 そしてそれは、天よりやってくる。

 

 

 「必殺ファンクション、──グングニルAR」

 

 

 彼女の場違いな陽気な声と同時、空から小さな無数の槍が降り注ぐ。

 それは何も知らない人間から見れば、『黒い雨』のようなもの。

 煙が消えた荒野の戦場に唐突、爆音と爆発が巻き起こりまたも砂漠が次は黒く染め上がる。

 最初の煙で何も視えない状況とこれは一味違っていた。

 最早、何が起きているのかが分からない。

 アランにラルとメルですらも、あの中がどうなっているのかは分からない。

 もちろん、中に入って確かめることもない。

 あの中に入れば、恐らく誰であろうとブレイクオーバーじゃ済まなくなるのだから。

 

 「これはひどい」

 

 「平和の象徴たる鳩がこんな横暴かましていいのかね」

 

 「鳩じゃない!この子は、()()()()だから!」

 

 「「…はいはい」」

 

 見慣れてはいるものの、やはり直視するとドン引きせざるを得ないアランとラルの言葉に、カイネ・フラウはすかさず訂正を入れる。

 自身の愛機、『鳩ぽっぽ』こと『()()()()()()()()()()()』の名前に対しての訂正を。

 名前の通り平和の象徴である鳩のように真っ白に改修された彼女のオーディーンのやることは単純。

 アラン曰く、現段階の部隊の中で「最もコストが掛かる機体」と唸らせるほどに。

 

 つまり、遥か天上からの空襲…Air Raid(エアーレイド)である。

 

 「これでまた十、いや二十くらい減らしたな?」

 

 「恐らくな。でないとコストに見合わんよ、こういう戦果じゃないと」

 

 「それでも俺の倍は倒してると思うんだけどな…」

 

 二人の男達が会話を交わしている内に、ピースフルオーディーンの雨は降りしきる。

 そんな光景を見て、アランからは呆れと関心の両方が漏れ出ていた。

 どっちかと言えば、呆れの方が強い。

 強力な機体ほど、そして兵器らしく特化した機体ほど、子供の遊びでは済まないほどの馬鹿にならない資材やコストが掛かってしまう。

 彼女のオーディーンの改修を担当した者として、この部分はアランにとって一番無視出来ない要素だった。

 逆に言えば彼女の使うピースフルオーディーンの致命的な弱点を敢えて挙げるとするなら、ほとんどその部分しかないのである。

 この機体は、爆撃『だけ』に特化した機体なのだから。

 

 必殺ファンクション、『グングニルAR(エアーレイド)』。

 ラルと同じ槍系統の必殺ファンクションを同じく独自にアレンジさせ、爆撃に特化させた代物。

 しかしこの惨状の通りラルの使う物と毛色は全く異なり、しかし一発放てば終わりという物でもなかった。

 彼女の考えはラルのような狭く深くではなく、広く浅くという考えである。

 つまり、グングニルが一回しか打てないのであれば、一回の威力を分散して連続で放てば良いという話だった。

 そしてこの可能性を助長させるには、()()()()()()()()()()()()()()

 その結果、オーディーンの両翼の内側に仕込まれた『グングニルを放つ直前のエネルギーを蓄えた無数の槍』が本番で盛大に使えることとなった。

 ある意味では、『必殺ファンクションを放つ直前のエネルギー』という点でラルと共通する部分は存在する。

 ただし、肝心の小型の槍の調達及び保存に関してはアランの呆れからして言わずもがな。

 破壊は創造より容易いとは、まさに彼女の為にある言葉だ。

 

 「……やはり、一歩届かずか」

 

 「ああ、あっちも()()()()

 

 やがて半数の槍を使い果たした頃、アランの合図によりカイネは一旦引き下がった。

 時間稼ぎの場で、流石にコストの高い爆撃は効率が悪いと判断したが故。

 遂にこの部隊の四人の、現時点で切れる手札はおおよそ切った。

 アランがライフル越しに確認した結果、敵数は迎撃・支援部隊を含め七程度。

 ここまで来れば、こちら側の勝利に近い。

 

 しかしそれは、敵がただの兵器で終わればの話だった。

 

 「ラル、ここからどんくらい()()()()()と思う?」

 

 「今のあの型式だと三倍が定番なんだろ?いいじゃねえか、敵がまた増えて楽しめるな?」

 

 「お前はまたそうやって……。しかしそうだな、むしろ三倍に収まってくれればありがたい方だ」

 

 アランはここに来て、初めて冷や汗を流す。

 何せ今に至るまでの戦闘は全て、ここまでやっておきながら前座でしかないのだから。

 直後、残った数少ないキラードロイド…主に支援部隊の機体が迎撃部隊より前に前進し始め、背中の補助腕を複数動かし地面を漁るような動作をしていた。

 彼らはそれを拾い上げ、機械らしく一箇所に高速で積み上げていく。

 件のそれ・・・ラル、メル、カイネが手札を切って全力で破壊し崩れ去ったキラードロイド・スケルトンの残骸である。

 最終的に積み上がった物は、今まで倒してきたキラードロイド・スケルトンに似て・・・否、同一の機体であった。

 彼らのこのやり方こそが、この四人で完全に殲滅しきることが出来ない最大の要因。

 そして、必殺ファンクションを使えるのが何もLBXだけだと思うな、というキラードロイドの抗いでもある。

 

 

 「『骸再生(リボーン)』、ね。俺らにもああいう技があったらいいのに」

 

 

 ラルの半笑いという名の皮肉を聞き流し、アランはまたもスケルトンを睨みつける。

 やがて一分も経たずして、たった七程度しか存在しなかったキラードロイド・スケルトンがあっという間にその三倍…ラルの予想した通り二十以上にまで再生していた。

 T国標準兵器、キラードロイド・スケルトン──最大の驚異とは図体や武装、数ではない。

 

 いわゆる、再生力である。

 

 一体でもスケルトンの支援部隊を残せば、それを起点に彼らは三倍以上で高速で再生を遂げてくる。

 このスキル…T国がキラードロイド・スケルトンを開発するにあたり付与した技術こそ『骸再生(リボーン)』。

 後続の支援部隊の最大の役割がこれである。

 何度破壊されようと、一定数の部品が残っていれば彼らはそれを拾い上げ組み立て、蘇らせる。

 ダンボールの中の戦いで終わらないからこそ運用出来る、ある意味最悪な技術である。

 

 【アラン、どうしますか?時間稼ぎには少々足りない部分はありますが、一時撤退を視野に入れるのも手かと】

 

 【…そうですね、確かに】

 

 クレスからの通信にアランはまた思考を重ねる。

 何度だって、こういう力不足な状況に陥ることはあっただろう、と。

 これ以上、この四人に突破する術は持ち合わせていない。

 というより、これ以上やっても負けはしないが、()()()()()()というジリ貧勝負になるのが目に見えている。

 だからこそ、僅かな間だけ撤退という選択肢。

 確かに、クレスの判断は正しいといえば正しい、とアランは考える。

 

 ───戦争で必要な物ってなんだと思うよ、アラン?

 

 アランはこの光景を見ると、いつも『彼』の言葉を思い出す。

 兵力、武装、戦略、様々あるだろう。

 しかし、彼はこう言った。

 

 ───それはね、どれだけ相手をくたびらせられるか、なんだよ。

 

 彼の言う言葉を常に思い出すのはそう、今まさに眼下の相手がこちらを疲弊させてくる力を持っているからだ。

 この戦争で求められるのは持久力である、と。

 戦争が始まり、アランは確かにその通りだと今までの戦いから何度も思い知っていることだ。

 だとしたら、この部隊は真逆の要素しか持っていない。

 アランはともかく、ラル達三人の機体はコンセプトこそ違えど全て共通して持久力があるとは言えない。

 故に最初から時間稼ぎという方針しか立てれず、今のような再生という余裕を敵に与えてしまった。

 しかし、アランはこの事態を全く想定していなかった訳ではない。

 

 (じゃあどうすればいいか、こんなことも言ってたっけ)

 

 アランは次に続けて口にした彼の言葉を思い出す。

 この部隊で、最も性に合っている言葉を。

 それは────

 

 【なんて…冗談ですよ、アラン】

 

 【……はい?】

 

 じっくり考え込んでいたアランに助け舟を出すかのようにクレスは一転して明るい口調を放つ。

 意外な言葉に、アランだけでなくラル達も首を傾げる。

 直後、何かに気付いたカイネ。

 

 

 「……後方、三時の方角から所属不明の機体が一機!」

 

 「はぁ……?まさか、東の軍と三つ巴にでも──」

 

 【いえ、違います。皆さん、とりあえず目標は達成です】

 

 

 カイネの言葉に即座に全員が身構える。

 …と同時、クレスが即座に正体不明の機体を敵ではないと断定した。

 そして目標達成…つまり、十分な時間が稼げたという一つの区切りのサイン。

 レーダーに映るその機体は、飛行に特化したオーディーンと比べ物にならないほどの速度でアラン達部隊とこの戦場に迫る。

 一直線、まるでレールガンでも放たれたかのよう。

 キラードロイドでも、LBXでも出せる速度ではない謎の物体。

 アランはまさか、と声に出さず確信する。

 

 「そうだよな、お前は…こう言ってたもの」

 

 このレールガンのような機体こそ、彼の言葉の続きの象徴。

 ずっと待ち侘びていた、いつまで待たせる気なのか、と。

 速すぎる、という単純な三人の感想とは別に、アランはその言葉を口にする──

 

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 よりも前に、ラルでもアランでもない別の男が告げる。

 ハッとして、聞き覚えのありすぎる頭上の声の在り処を見上げる。

 しかし、そこにいたのは全く知らない機体そのもの。

 他三人の戸惑いを差し置き、アランは彼の名を呼ぶ。

 

 

 「遅かったじゃねえか、────()()()()()()()()()

 

 

 

 ■三十分前

 

 「もう間もなく帰ってくる頃合いかと思われますが…」

 

 「えぇ。それまで、なんとか持ち堪えて欲しいところです」

 

 古ぼけた灰色の研究室のような場所に、二人の男がいた。

 一人は白ひげと長い白髪を生やし、長身で腕を組み、何か頭を悩ませていた。

 黒い年季のあり、ボロボロとなった黒い服はいつどこでそうなったのか、誰も知らない。

 もう一人はやせ細った小柄の、そして真逆でいかにも博士のような風体をした白衣を身に纏う。

 誰がどう見ても、典型的なくたびれた若い研究者といったところか。

 彼…ミツル・カザミも、同じく椅子に座り頭を悩ませる。

 

 「それでミツル君、以前から仰っていた通り、あのメタナスGZがあれば()()を?」

 

 「間違いありません。あとは彼が無事に持ってくれさえすれば、もうはめ込むだけですので」

 

 「なかなか準備が良いですね。仮に今、彼が戻ってきたとして最短でどれほど掛ければアラン達と合流できますか?」

 

 「十五分…掛かるでしょう。敵味方の識別設定や必殺ファンクションの導入、細かいチューンアップを抜きにして、です」

 

 「いいや、十分です。彼らには、それほどの時間を稼げる技量がある」

 

 クレスはそう断言し、現在西の砂漠から進行してくるキラードロイド・スケルトン迎撃作戦へと向かっているアラン達四人に指示を送る。

 向かっているとは言いつつも、実際はこの階の下のフロアに置かれている六つある内のコントロールポッドを使用し、遠隔で機体を飛ばしているだけである。

 今、彼らは既に死なない戦争に身を投じている。

 あの幼き身の、少年少女達が。

 色々な意味でイカれた時代だ、とクレスは常にそう感じている。

 

 「にしても、凄かったですね」

 

 「…?何がでしょう」

 

 「ほら、今日やったアルテミスですよ。まさかあんなことまでやってしまうとは」

 

 「若気の至り、いいや…彼の悪いところですね」

 

 「でも、よく優勝してくれましたよ。あんなプロトタイプの状態じゃ、全体の性能の半分も引き出せないっていうのに」

 

 「()()()L()B()X()()()、そうなんでしょうね」

 

 「えぇ、本当に」

 

 苦笑いしながらミツルは手元のコンピューターを操作し、彼が使う予定である機体の細かな調整を行っていく。

 約半年に渡るこの機体の改修、その大詰めとなる作業に彼はいつもより気合を入れていた。

 かつてLBXを生んだ母なる大地、極東の国にて培った技術はラルやメルといった隊員の機体を設計及び改修しており、高度な性能を発揮している。

 アランのフェンリルホークに関しては本人に技術だけを叩き込み、アラン本人が作成したものの間接的に携わってもいた。

 ミツルの技術はこの部隊に無くてはならない必要な不可欠の存在だ。

 そんな彼でも、流石に今日のアルテミスは頬を引きつらせる他なかったというもの。

 優勝直後の彼の行動も当然のこと、何より…メタナスGZを導入していないあの状態でも優勝に持っていけたことに、だ。

 初めてとなる実戦投入にて発揮した性能に、ミツルはただただ驚かざるを得ない。

 

 【本日も盛大に、んで何も考えず進軍ですか。気楽でいいよな、機械って】

 

 【あれを動かしてるのが人間っていうのがまた面白いところだよね】

 

 近くのモニターから気さくな音声が二人の耳に届く。

 ここだけを聞くと、こんな戦争がなければ彼らはただ純粋な少年少女だったのだろう、とクレスはため息をつく。

 アランがだべっているラル達を注意する。

 西の広い水もない砂漠へ飛ぶ小さな四つの機影は、もうすぐ敵部隊に近寄りつつあった。

 クレスはキラードロイド・スケルトンの大まかな数を把握。

 よろしくない状況だと、これまでの戦闘と比較して結論づける。

 それも、一人欠けた状態だというのに。

 

 【ただでさえ人手不足だっていうのに、ここで一人欠けるのは辛いものだねー」

 

 【仕方ないでしょう…レンは今頃呑気にとっくに終えて飛行機で戻ってる最中なんだろうし】

 

 カイネとメルがそう愚痴っている声に、二人は同感せざるを得ない。

 結果がどうあれ最短で帰ってくるように、と事前に本人に告げてはいたものの、タイミングが悪すぎるというもの。

 クレスもミツルも、それは声に出さず心の中にしまっておく。

 大人というのはおおよそ、そうやって包み隠すというもの。

 何故なら──

 

 

 「こちらに対する悪口が聞こえたな?」

 

 

 本人に聞こえていたら最悪だからだ。

 唐突に研究室に入ってきたもう一人の…クレスと同じくらいの背をした茶色のボサボサ頭をした青年は、ミツルに小さなアタッシュケースを放り投げる。

 そして長旅で疲れたのか、気怠げにソファに仰向けで体を沈み込ませた。

 あくびを一つ、次にキラードロイドと交戦間近のアラン達の状況が映し出されているモニターをちらりと確認。

 

 「レン…やっと戻ってきましたか」

 

 「飛行機で色々あってね。若干、遅延した。んで、頼まれたブツはそれでいいんだな?」

 

 「え、えぇ、間違いありません。それより、アラン達が今──」

 

 「西軍が状況を鑑みた結果、やはり今アルテミスという玩具もどき世界大会に全世界が夢中になっており、『あれ、俺らもしのもしかしたら東軍が手薄になっているかもしれないんでいっそのこと強気でやったら補給基地を建てれんじゃね?』というしょうもない心算で進軍でもしてきたのかな?」

 

 「彼らがそんな軽い発想で来るとは思えませんが、概ね合っています」

 

 レン・アークインジェの棒読みに、クレスは言葉をやや詰まらせながらも彼の言葉を肯定する。

 当の本人は、現在の戦況にはそれほど興味や関心が見受けられなかった。

 心底、ああそうですか、と思っているような調子しか残っていない。

 アルテミスの優勝も、この戦いも。

 本日のアルテミスへの参加も、ほとんど「言われたからやった」というだけに過ぎない。

 

 「ミツル君がすぐさま、機体の改修に取り掛かっています。完成次第、すぐ彼らと合流してください」

 

 「時間は?」

 

 「十五分、でしたね?」

 

 「…十分でやってみせますよ、あなたが操るなら」

 

 「へーたのもし」

 

 やはり世界にたった一つしかない超高性能CPUを目の当たりにしたからか、今まで以上にミツルのテンションが上がっていた。

 既にミツルの視線は研究者らしく、手元のレンの機体にしか向かっていない。

 ここまで来ればもう言葉すら届かないであろう、とクレスは再びソファに体を沈ませたレンへ視線を向ける。

 

 「少し聞いても良いですか?」

 

 「?」

 

 「何故、決勝直後にあんなことを?」

 

 「あれで楽しく遊んでるやつが癪に障った。以上」

 

 「…………」

 

 「言葉足らずかな?ならあんた、今この瞬間、世界のどこかで全く関係のない見ず知らずの人間が一人死んだと知ったら、どう思うよ?」

 

 「な、どういうことですか?」

 

 クレスは話題を、アルテミス決勝直後の彼の非道に移す。

 普段の彼ならばあんな大それた真似はしないはずだと認識していた。

 そしてレンのカウンターのような唐突な問いかけに、クレスはまたも困惑する。

 彼自身がこういった大層スケールの大きな話をすることも、どう答えればいいかも含めての困惑だ。

 しかし、レンは全く冗談でもないのか、鋭い視線をクレスへ投げかける。

 

 「傷つくか、傷つかないか?どっち」

 

 「残酷な話ではありますが、おそらく傷つきはしないでしょう」

 

 「そう、同じこと。全く関係のない人間が別の場所で死のうが、あいつらには無関係。俺も同じく何とも思わん。ただ、()()()()で死んだとなれば、果たして自分には無関係だと言えるかな?」

 

 「だから、あなたはあんなことを?」

 

 「人を容易く殺すおもちゃで、あいつらこぞって『誰が人殺しおもちゃを世界一扱えるか』選手権をやってるんだぜ?俺には正気とは思えんな。だからこそ、さ」

 

 それは単なる恨みだ、とクレスは率直に感じた。

 と同時に、いいや、レンらしい発想でもあるとも感じる。

 少なくとも、このような発想に至る状況下で生きるしかなかったのだから。

 それはレンだけでない、他の四人もある意味では同じだった。

 

 LBXを、遊戯(ホビー)と思ってなど微塵もない。

 

 だからこそ、彼らは一度だって自身のLBXをLBXと呼んだことはない。

 全て、おもちゃ…あるいは機体、()()だ、と。

 

 【そういや、レンのことは何か聞いてます?】

 

 【ああ、彼ならついさっき帰ってきましたよ。もちろん、この戦闘のことも認識済みです】

 

 【では、彼もすぐここに?】

 

 「眠いんで寝てまーす」

 

 【いえ、寝てるそうです】

 

 【な ん で よ】

 

 決してアランの耳に届かないのをいいことに、レンはスポーツ中継でも見るかのようにモニターを眺めていた。

 彼らがどう言おうが、ミツルの作業が終わるまで自分に特にすることはないからだ。

 現地での指揮はレンの代理でアランが、遠隔での指揮はクレスが、それぞれ役割を分担して行っている。

 モニターには、アランのカメラ画面が常に共有されている。

 そしてようやく、フェンリルホークの視界にキラードロイド・スケルトンの軍勢が映った。

 レンの目からしても、いつもより若干多いな、という結論に至る。

 フェンリルホークの銃身が光った。

 戦闘開始、クレスもモニターに向き直り戦況を見守る。

 

 「火力が足らんな」

 

 「やはり、そう思いますか?」

 

 「アランは慎重すぎる。どうせカイの爆薬はケチるだろ?俺が来るからどうにでもなるとか言ってんじゃないだろうな?」

 

 「残念ながら、あなたが言ったとおりですよ」

 

 「俺がいなくてもやってみせろっての。それじゃ隊長の座を押し付けられないでしょうが」

 

 「今の位置にご不満があるようで?」

 

 「当然だ。俺にはこの役は向いていない。おもちゃ扱う部隊の代表者なんぞ」

 

 心底気怠げに、レンはモニターの戦況を見ながら愚痴っていた。

 レンにとって、この部隊の隊長の役目も同じく、「言われたからやっている」というだけ。

 他の誰もが推薦した隊長という責任重大の役に、しかしレン本人は反対はしなかった。

 代わりに、「これで部隊が滅んだら俺を隊長に据えたお前らの責任だからな」という呪いを付け加えただけ。

 メルのフェアリーがスケルトンの装甲を次々に砕く。

 ワンテンポ置き、次にラルのカイザがその槍でコアを的確に突き刺し、敵手がダウン。

 隙を見せたカイザに襲いかかるスケルトンの刃、すかさずアランのフェンリルホークの弾丸がスケルトンに刺さる。

 カイザとフェアリーが空中へ撤退、交代するかのようにカイネのオーディーンによる空襲が始まった。

 見立て通り、やはり殲滅しきるにはあと少し火力が足らない。

 

 「そろそろ、か」

 

 レンはようやく、ソファから立ち上がり下のフロアへ移動を開始する。

 目的地はもちろん、コントロールポッドルーム。

 結局自分が出る羽目になった、「あーあ」と愚痴りながら重く、そして覚束ない足取りで向かう。

 コントロールポッドルームは他の部屋に比べて、一層電気もつけられず暗かった。

 ある時、長時間の戦闘終了後、アランがそのままコントロールポッドの中で眠っていて、起こすのも可愛そうというのが発端だったな、とレンは思い出す。

 しかし傍から見れば、ただ死人が棺桶の中に仕舞われているだけの絵面。

 よっこらせ、とレンは空いたコントロールポッドの中に飛び乗る。

 

 「ミツルさんよ、もうできたんじゃない?」

 

 「予定より少し早く完成しました。これは間違いなく、今までの人生で作ってきた中で最も優れた機体と断言できますよ」

 

 「それはそれは。もう飛べるんだっけ?」

 

 「もちろん。二分もすれば、彼らに合流できますよ」

 

 そして、遂にミツルの手によって完成した機体との通信を図る。

 視界はまだ暗い。

 当然だ、出撃はいつもこの地下から煙突のようなダクトを真上に通って行うのだから。

 しかし、レンは感じている──既にこの機体は今まで操作してきた物より感覚が違うと。

 そもそもの素材や形が歪すぎるというのもあるだろう。

 だからこそ、扱いには最高品質のCPUを必要とした。

 

 「ああ、そうそう。そういえば、一つアラン君に伝言…というより、渡してほしい物が」

 

 「?」

 

 ミツルがそう言うと、手元のキーボードをピアニストさながらに叩き出す。

 数秒して、コントロールポッド内に反映されたホログラムの画面に、通知のようなメッセージが表示された。

 ──『パンデミックプログラム』と表示された何かのデータ、レンはそれが何なのか、全く検討がついていない。

 得体のしれない不可思議なデータは、一瞬にして彼の機体にインストールされていた。

 

 「これは?」

 

 「開けてからのお楽しみです。これを必ずアラン君に。もっとも、開けるのはこちらではなく(あちら)ですが」

 

 「確かに受け取った」

 

 通知を閉じ、両側のハンドルを握り、無意識のうちに彼は口角を上げる。

 ダクトの上を、道標たる光のサインが照らし出す。

 やがて外へ通じるダクトの蓋が開き差し込んだ太陽の光が、機体の白とオレンジを強調させる。

 

 「ご武運を、レン・アークインジェ。あなたの新しいその武器で、派手にやってきなさい」

 

 「言われずとも」

 

 彼の機体の背面に取り付いた六枚の羽が展開され、まるで天使やイカロス…()()()()そのもの。

 機械仕掛けの白き羽を伸ばし、彼は太陽を仰ぎ見た。

 準備は出来た。

 

 

 「ならたまにはそれらしく言ってみようか。

  レン・アークインジェ、────『()()()()()()』、行きます。仕方なく」

 

 そして、神話ではペガサスに乗り、振り落とされた英雄の名を冠する機体を、西へ飛ばした。

 

 

 

 □

 

 「ベレロフォン…完成したのか!」

 

 「すごい強そうじゃない」

 

 「レン君いいなー」

 

 ラル達の気抜けた感想を、レンは軽くあしらう。

 ようやく部隊の全員が揃い、いよいよ彼による統率が始まった。

 しかし、初めて彼の新しい機体…ベレロフォンを目にしたアランは疑問を持たざるを得ない。

 

 「お前、()どうした」

 

 「いらんだろ。羽があるんだ、それに()()()()()()オーディーンよりも速いしな」

 

 「鳩ぽっぽは元はお前の機体だったな…にしても、元の設計から随分変わったものだ」

 

 「俺もこんなに禍々しくなるとは思わんかったがな」

 

 疑問…つまり、ベレロフォンが通常のLBXと比べ、どう見ても人の体を模してはいないからだ。

 まず、ベレロフォンには地に足をつけれるほどの足が存在しない。

 というよりも、足がまるで()に置換されたかのように鋭利に長く尖っていた。

 次にバックパック、羽にあたる部分。

 接近してきた時の様子を見るに、これはオーディーンと同じ飛行形態への変形機構を備えた要素を持っている、とアランは推測した。

 だが、羽も羽とはとても言い難い。

 これも、やはり巨大な蒼い剣にしか見えないのだから。

 しかし羽に関しては元の素材の色が圧倒的に残っていたのだから仕方ない部分ではあった。

 そして最後、頭部。

 この姿に、アランはある心当たりがあった。

 

 「これは、あの『()()()()』か…?」

 

 「そう。どうせなら名前的にも寄せてくれって俺が頼んだ」

 

 かつて二年前の事件を収束させたある二機の…イカロスの名を冠するLBX。

 アランは、いいやこの部隊の全員はあるルートから、あの事件で何があったのか、何が起こったのかを知っていた。

 もちろん、誰がどうしたのか、とも。

 彼らが見つけたデータの中にはそれがあったのだ。

 

 イカロス・ゼロ、イカロス・フォースという名のLBXと姿が。

 

 「あの事件が俺らの歯車を狂わせた。これほどまでに打ってつけな顔面があるかな?」

 

 「確かにな。で、どうするよ?隊長」

 

 「倒す。全て」

 

 彼の宣言と同時、一瞬にしてキラードロイド・スケルトンのコアが貫かれていた。

 両手に装備した双剣で、ではない。

 足に置換された剣で、だ。

 次に一機、また一機と、ラルとメルが必殺ファンクションという手札を切ってやっと倒した数の倍を、たった一瞬の内に蹴散らしていく。

 まるで踵落としの要領で、回転しながら胸部のコアを砕き、目にも留まらぬ速さで再生されたスケルトンが地に伏せた。

 小細工など一切ない、ただの速度と力で、三十以上にまで再生されたスケルトンが一気にその数を半数にまで減らす。

 キラードロイド・スケルトンにとってかのベレロフォンは、文字通り『未知の力』として認識されていた。

 しかし、認識そのものが遅い。

 

 「想像以上だなこりゃ…恐ろしいよ」

 

 「ああ。スケルトンの骸再生が、レンの殲滅速度に追いついていない」

 

 「わたしらどうしよっか、これ…」

 

 「出る幕ないじゃんよー」

 

 もはや、他の四人は置いてけぼりの状態だった。

 この新型機体が出るより以前の彼も、確かに十分な戦果を誰よりもあげ、帰還していた。

 しかし、今となっては鬼に金棒。

 隊長に推薦され、この部隊の誰もが敵わない操縦の才覚を持つレン自身の技量に、メタナスGZを加え、ある機体を素材に作られたベレロフォン。

 それらが今、敵にとって最悪の形で融合してやってきてしまったのだ。

 今のスケルトン達に、彼を止める術は持ち合わせていなかった。

 

 「ぼさっとするなや。あんたらには一つ、頼み事があるんでね」

 

 「どうする気だ?」

 

 不意にレンが行動を中断し、アランに指示を送る。

 敵数はもう既に復活した斥候部隊と支援部隊のたった三機ほどしかいない。

 言わずもがな、勝利寸前。

 文字通り、全く知らない力を押し付けた彼ら…彼の圧勝である。

 しかし、この期に及んで彼はようやく部隊に作戦らしい作戦を伝えるのであった。

 

 「そもそも、俺らがベレロフォンを本格的に作ろうってなった理由はなんだ?」

 

 「殴っても再生する骨野郎に対して、純粋な突破力が欲しかったから、だろ?」

 

 「そう。今のでそれは十分証明出来た。これは間違いなく、切り札だ。そこで思ったんだが」

 

 「何を」

 

 「これ、このまんま西()()()()できるんじゃねえか?」

 

 レンの唐突な見立てに、アランとクレスは考える。

 率直に、出来ない話ではないと即座に結論付けた。

 

 【ですが、我々は一度だって彼らの拠点を掴んだことはありません。こちらはあくまで、西から来たキラードロイドを倒すということに注力することしか敵いませんでしたし】

 

 「だから、それを探る。そろそろ減りすぎた骨共は撤退でもする頃合いじゃないかな?」

 

 「…まさか、尾ける気か?」

 

 「そういうこと」

 

 唐突に告げられた曖昧な作戦に、アランは「どうやって」という言葉を返す前に考える。

 これまでの経験上、進行してくるキラードロイド・スケルトンを撃退する方法は限られていた。

 まずは彼らの蘇生能力を削ること。

 最も厄介とされる『骸再生』はそもそも、原料となる素材がなければ成立しない。

 ならば、それら全てを跡形もなく砕いて消せば良い話である。

 素材を部品レベルではなく、破片レベルにまで分解してしまえば、キラードロイド・スケルトンはそれを『ゴミ』とみなして放置する。

 一定の戦力の損失と一定の蘇生能力の低下、これらが重なれば彼らは撤退を開始するのだ。

 今まではレンと、そしてカイネだけがこの手段を行使できたが、今回に限ってはカイネしかおらず完全な素材の消去には至らなかった。

 そして仮にレンがいたとしても、彼らが撤退を開始する頃には部隊のスタミナ切れ。

 この五人は負けたことはないが、圧勝を飾ったことも滅多になかった。

 しかし、今は圧倒的なベレロフォンという戦力が加わり、余裕が存在する。

 だからこその尾行という、今まで成し得なかった作戦である。

 もう一つは──いいや、これは仮説の域だ、とアランは即座に否定した。

 

 「その前に、ミツルさんからあんたにお荷物だとよ」

 

 「俺に……?なんだ」

 

 考え込んでいたアランに、レンは先程ミツルから手渡された得体のしれないプログラムを転送する。

 彼自身ですら首を傾げるほどの物のおかげで静寂は続いた。

 余程、プログラムの理解に手間取っているのか、あるいは既に理解しておきながら何かしらの算段を積んでいるのか、それは誰にも分からない。

 やがて傾げた首が徐々にまっすぐに戻る。

 そういうことか──アランは何かの答えを導き出したようだった。

 

 「…作戦がある。それもお前の言う、尾行という手段を完遂させられるかもしれない作戦が」

 

 「ほう」

 

 「だが、出来るかどうか」

 

 「やってみせられる程の力が、俺らにはないと?」

 

 「いいや、──違うな」

 

 即座に否定しベレロフォンを見つめるアランの目に今まで以上の光が宿り、いつしか彼も口角を上げていた。

 その目は情熱と例えるべきか、いつしかレンが一瞬だけ見たミツルの研究者としての表情とよく似ていた。

 アランが件の作戦を告げる前に、既に内容の一部を察していたレンが、ベレロフォンがまたも再生したスケルトンに飛ぶ。

 

 「言うまでもなし、か。いいか三人共、やることはたった一つ」

 

 アランは残ったラル、メル、カイネにまず目標を告げる。

 彼らも言うまでもなく既に必殺ファンクションの準備を終えていた。

 

 

 「───スケルトンを、鹵獲せよ。一体だけでいい」

 

 「「「了解」」」

 

 

 告げられたのは、シンプルにスケルトンの回収、ただ一つだった。

 レンがスケルトンを破壊する嵐の中に、三人も紛れて突っ込んでいく。

 かつて一度だけ成し得たスケルトン本体の鹵獲作戦。

 それによってアランがフェンリルホークにて運用するジャミングに特化した弾丸の作成や、骸再生という彼らの特性を知り得ることが出来た。 

 そもそも鹵獲作戦を完遂させる条件は三つ。

 

 鹵獲対象が攻撃手段をあまり持たない支援機体、あるいは斥候機体であること。

 鹵獲対象の実質的な運用停止状態──核以外、手足を破壊した状態であること。

 鹵獲対象以外の戦力が完全に存在しない──敵が鹵獲対象一機だけであること。

 

 こういった高難易度故に、今の今までたった一度だけしか鹵獲出来ていなかったのだ。

 しかも初めて鹵獲を成し得た時にはレン以外、壊滅に近い状態という凄惨な状況であった。

 しかし、今は違う。

 ここまで来れば言わずもがな、ベレロフォンという戦力がどれだけこの部隊に価値があるか。

 

 「アガるな」

 

 最初にコントロールポッドにてベレロフォンと同期した時から感じていた、レンにとっての『これまでにない感覚』。

 ベレロフォンの両手を完全フリーの状態、しかし彼の足という名の剣がまたも再生されたスケルトンの核を貫く。

 今まで彼が扱ってきた…カイネに譲渡したピースフルオーディーンにしては、実力と機体の性能が見事にマッチしていた。

 だが、今ではそのバランスが崩壊している。

 ミツルが最短で改修した影響もあってか、まだベレロフォンは百パーセントの力を発揮しているとは言えない。

 という状態であっても、レンの実力や反応がベレロフォンに追いついていない。

 事細かく言えば、ベレロフォンに彼が若干振り回されている。

 

 「必殺ファンクション、そして()()()()()を使う状況でもそんな状態でもない。しかしこれは」

 

 これはレンにとっては想定外の事態でもあった。

 人にとっての必殺技が、彼にとってただのパンチで成立する。

 未だ未実装である必殺ファンクションを除いて、今日未改修のままの状態で使ったかのモードを再び使えば、結果は言わずとも知れていた。

 オレンジ色の二刀流に構えた剣が、まるで彼の腕ではなくベレロフォンの羽に操られているかのように振るわれ、装甲を切断していく。

 彼にとって今の戦いは戦闘ではなく、最早ウォーミングアップの段階でしかない。

 あるいは、改修されたばかりのベレロフォンに慣れるための、訓練。

 

 「敵数残り一だ!四肢を削いだが、ここからどうするんってんだアラン!?」

 

 「それぞれ二人ずつに分かれて万が一の再生を完全に阻止したまま待機。ここから先は俺がやる」

 

 遂に削りきったスケルトンの軍勢。

 ここまで戦力を残したまま殲滅に近い状態に持っていけたのは快挙であった。

 そしてラルとメル、カイネとレンにそれぞれ分かれたのを確認し、アランのフェンリルホークが廃墟の高台から砂漠に降り立つ。

 今のフェンリルホークは、常に装備しているはずのライフルがなく、素手の状態だった。

 他の四人が、何をする気だと彼を注視する。

 

 「これは俺のただの疑問とそれに連なる仮説で、ミツルさんにしか話したことがなかったんだが」

 

 そして四肢を破壊され、頭部とコアしか存在しないバラバラのスケルトンに近づく。

 折、アランが独り言をつぶやき、他四人は黙ってその状況を見守っていた。

 

 「何故、完全に破壊されたスケルトンが『骸再生』を適用されても尚、()()()()()()()()ってね」

 

 「再生されたから、そりゃ動くでしょ」

 

 「まあそうなんだが、前に鹵獲したスケルトンのデータを調べたらね、何度かデータが消し飛んでいたような痕跡があったんだよ」

 

 それは当然、スケルトンがコアごと破壊されデータを保存するパーツすら吹き飛んだから──だがおかしなことだ、とアランは続ける。

 何故なら、全てのデータやプログラムが消えてしまったのなら、完全自立稼働式…つまりAIの彼らは動けるはずがないからだ。

 AIとはそもそも、事前に行動や思考が読み込まれているからこそ、動く代物。

 思考や行動パターン丸ごとを読み込んだデータを完全に吹き飛ばされたのならば、いくら再生しても彼らはまず「何をすればいいか分からない」という状況に陥るはずだ……そう、アランとミツルは考えていた。

 人間で例えるとすれば、体が再生されていても記憶や人間としての本能や思考が欠如されたかのような植物状態に近い。

 もちろん、AIの仕様に『学習』も含まれているが、いくらなんでもそんな悠長なことをしている時間など戦場にはないはずだ、とも。

 だが、再生されたスケルトンは何事もなく、まるで()()()()()()()()()()()()()()()戦いに復帰する。

 

 「それに消し飛んだ痕跡だけじゃない。再生を適用されたと同時、AIとしてのデータが復活したかのような痕跡も」

 

 「なるほど。だから即座に動きもする、と?」

 

 「ああ。つまり、スケルトンの『骸再生』の特性とは──」

 

 「装甲の再構築、そして再生をする側のデータをさせる側に()()させる、ってことか」

 

 「…そういうことだ。俺はそれを、漠然だが『感染』って言うようにしている」

 

 アランの答えに自力で気付いたレンが、その言葉を続ける。

 これこそが、未だ仮説の領域を出なかったアランの考え。

 骸再生とはつまり、機体の修復だけでなくデータの…再生する側の全プログラムの同期も兼ね備えている、二重の復活術。

 だからこそ再生をした直後でも尚、一切のラグを生じることなく彼らは完全な復帰が出来る。

 しかしその仮説は『今までは』の話。

 アランは、これが今さっき『真実』だと確信した。

 

 「だからこそ、ミツルさんはこの特性を────逆手に取った」

 

 そしてフェンリルホークの両手がスケルトンのコアに触れる。

 直後、電流でも流されたかのようにスケルトンがじたばたと呻くように動き出した。

 やはり不味いのでは、とラルが身構えるも、アランがすぐさま静止。

 レンはまさかと思い、先程のミツルの言葉を思い出す。

 

 ──開けてからのお楽しみです。これを必ずアラン君に。もっとも、開けるのはこちらではなく(あちら)ですが

 

 「…そういうことかよ」

 

 「察しが良いようで」

 

 アランがにっと笑い、そのまま硬直状態が続く。

 やがて数秒後、手を離されたスケルトンが起き上がった。

 しかしそれでも尚、アランの指示により全員が退避することはない。

 彼の「ここまで来ればもう終わったも同然だな」という言葉によって。

 

 「じゃあまずは片手直してあげるから、次に自分の体でも直してみな」

 

 まるでペットのようにアランは指示し、フェンリルホークが精巧に敵手の右手だけを修復する。

 見事な手際、やはりエンジニア寄りの腕によってたった数秒でスケルトンの右手がおよそ元通りになった。

 そんな犬でもないんだから、とラルが小馬鹿にした矢先──

 

 「うそだろお前」

 

 アランが言った通り、そばにあった別のスケルトンの残骸で自身の体を修復し始めた。

 そして、通常通り戻った状態で別のスケルトンの修復に取り掛かる。

 いよいよ最初と同じ状態に戻るのではないか、と他三人が警戒を強める。

 しかし、修復されたスケルトンがこちらに襲いかかる様子は微塵として見られなかった。

 

 「一体どうなってんだこれ」

 

 「分からんか?骸再生にはデータの修復も伴っている。じゃあ、これ以上襲ってこないようにするには?」

 

 「元々襲ってこないようなデータを用意するしか………あっ、」

 

 遂にラルを含めた三人が気付き、同時にこの戦いは既にこちらの勝利で終わったことを確信する。

 やがて十程度に数を修復させたスケルトンは、それ以上再生させることなく、後ろを向いて撤退を開始した。

 まるで、目的を見失ったかのように。

 まるで、何をしにここに来たのかを忘れてしまったかのように。

 ラルがこの行動の正体と原因を口にする。

 

 

 「こっちからスケルトンに都合の良いデータを流し…()()()()()ってわけか…!」

 

 「そういうこと。どうやら仮説がやっと真実に変わったようだね」

 

 

 アランは笑い、やっと上空への退避を指示する。

 折、全員がまるでアランに手懐けられ西へと撤退していくスケルトンをぼんやり見つめていた。

 その成果を出したのは、ミツルが開発した『パンデミックプログラム』という一種のウイルスであった。

 以前鹵獲したスケルトンの内部からプログラムコードを調べ上げ、改ざん。

 つまり、自分らにとって都合の良い…例えば、『攻撃』という行動のデータを『停止』へ、『前進』を『撤退』へなどのあらゆるAIとしての行動データを書き換えたのがこのパンデミックプログラムである。

 そしてウイルスに感染したスケルトンが骸再生を行えば、再生を適用されたスケルトンにウイルスに感染したデータが同期される。

 そうなれば、襲いかかってくる群れをいとも容易く掌握出来てしまうことに他ならないのだ。

 この仕組みは、アランの仮説なしには完成しなかった代物。

 

 「なるほどね。あれを俺に追えってことね。お手柄じゃん」

 

 「それはミツルさんに言ってくれ。お前のベレロフォンといいパンデミックプログラムといい、あの人は本当に何でも作ってのける」

 

 「そうだな。俺以外、全員はこの戦線から基地に撤退。以降、といっても今回はずっとだけど、アランとクレスのおっさんの指示に従うように」

 

 「「「「了解!」」」」

 

 そうしてレンは撤退を開始したキラードロイド・スケルトンの追跡を。

 他四人はクレス達の指示の下、かつてない程の戦果と無駄のない損耗率を抱え、T国中央に位置する基地への帰還をそれぞれ行う。

 レン・アークインジェの扱うベレロフォン、そしてミツルとアランが共同で企てたパンデミックプログラム。

 この二つの武器が、遂に敵の()()()()()を暴くに至るのである。

 ただ侵攻してくるキラードロイド・スケルトンの軍勢を跳ね除けるしか出来なかったこの部隊にとって、今回の戦闘の報酬はかつてないくらい価値があるものだった。

 そんな部隊に、一つの希望が芽生える。

 

 もしかしたら、この半年以上続いた戦争をどうにか切り抜けられるかもしれない、と。

 

 

 

 □

 

 「傾注」

 

 やがてレンが帰還し、敵の根城を掴んだ数時間後のこと。

 部隊の全員が基地に集結し、レンとクレスの前に並んでいた。

 

 「敵の基地を掴んだ。この基地に奇襲を仕掛け、西を掌握したいところ」

 

 二人の背後に貼られたT国全体の地図を、全員が睨む。

 このほぼ中央に位置する部隊の基地から、遥か西に数十キロ…その位置をレンが指差す。

 スパークブロード通信のギリギリ対象圏内である、と全員の認識は同じだった。

 つまり…わざわざ直接足を使って出向く必要など、どこにも存在しない。

 

 「敵の数、そして戦力は未知数。再度、ベレロフォンでの偵察と実際に侵入出来るか、そのテストは追々ってことで」

 

 「知らない場所だな。こんなところに軍事基地なんてあったか?」

 

 「どうかな、だがこれが基地と呼べるかね?」

 

 そう言いつつ、レンは自身のベレロフォンで撮影した画像をモニタに映し出す。

 そこにあったのは彼の言う通り、軍事基地と呼ぶにはだいぶイメージが遠いような場所があった。

 何故なら、まず周りが岩山などで囲まれているからだ。

 それに、普通ならあるはずの滑走路に飛行機どころか車すら見当たらない。

 だが()()()()()を考えれば、当然のことかもしれないとクレス達は納得する。

 

 「キラードロイドとLBX、その両方がいるのは間違いないですね」

 

 「今の時代、まともに人間が武装構えているなんてないだろうさ。まあ、誰が相手だって構わないさ」

 

 レンの言葉に全員が頷く。

 既に、そういう時代は()()()()()()という認識が、誰からしても同じである。

 そしてメンテナンス中である隣に置かれた彼らの武器を目にしてレンは告げた。

 

 

 

 「作戦は二日後。目標は、──T()()西()()()()()()()()()。ここを掌握し、戦争の一旦の区切りをつけようじゃないか」

 

 かくして今から二日後、この部隊史上最大の戦いとなる『西部制圧作戦』が……未来を左右する戦争(Great Future War)が始まることとなった。

 

 

 

 ■

 

 「大佐」

 

 「ようやく動きだしたらしいな」

 

 部下のような女性から聞いた情報を耳に、大佐と呼ばれる男は遥か西の空を眺める。

 いかにも一世紀以上前にしか着用しないような緑の制帽と軍服を引き締めたその姿は、彼の役職に似合っていた。

 もっとも、彼の所属する軍は決して人と戦ってなどいなかったのだが。

 

 「これで西軍は潰れたも同然。恐らく、次はこちらだろう」

 

 男は遥か先の戦況を読む。

 彼ら部隊以外、知っているはずのない西軍が壊滅するかもしれない情報を混じえて。

 そういった情報を含めて読んで、男はふっと笑う。

 片手に手にしたワインを飲み干して、机にそっと置いた。

 その机には、T国全体の地図が広げられ、男は遥か西の…『T国西部バークプラント』と呼ばれる場所に赤いバッテン印を付ける。

 次に、同じく()()()()()()()()()中央の街を指でなぞり、一つ笑った。

 

 

 

 「さあ、かかって来るがいいさ────KK(タブルケー)部隊。憎しみを武器に、ここまで」

 

 

 

 -終- 第一章 機龍狩り


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