ダンボール戦機 -2053KK-   作:最果

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第二章 楽園崩壊

 ■誰かの日記

 

 直接手を下したのが人ではなく玩具であったのならば、裁かれるべきは果たして人か、玩具か。

 あるいは彼らの言ったとおり、両方か。

 

 

 

 □

 

 人は、その愚かに血塗られた歴史から学びつつあった。

 いい加減、人を殺める時代を終わりにしようではないか、と。

 誰もがこの言葉に、頷いた。

 誰もがこの言葉に、耳を傾けた。

 しかし、ある者はこう言った。

 

 なら、人じゃない奴が戦争をすればいい、と。

 

 

 

 □

 

 北を黒海、南を地中海で挟んだヨーロッパとアジアの境界線に位置する中東T国。

 中央に堂々と置かれた首都『アンカラ』はまるで一つの壁だ、と例える人が存在するほど、東と西は犬猿の仲だった。

 それは何十年も前のベルリン云々そのものである。

 今となってはもう血を流すほどではないが、それでも過去に流した多くの血が、今も尚この国にこびれついていた。

 だが、後に血塗られた歴史から彼らT国の人間が学んだのは、あくまで戦争をなくすことではなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()である。

 まるで言い訳のように、人から暴力や闘争を奪うことは出来ない、なら機械による代理の戦争なら許される──中東で乾いた大地で生きてきた彼らは、思考すら乾いていた。

 元来より、自国の羽振りは決して良いと言えるものではない。

 特に経済面──唯一強みとなっている機械産業での輸出とA国からの財政支援で得た資金でしか、この国は国として保っていられなかったのだ。

 T国と最も友好を結んでいるA国との国力を比べれば、この差は歴然としている。

 だからこそ、かつてより奪い合い…東と西の内戦は絶えなかった。

 しかし、人による奪い合いにも当然力も体力、何より金もいる。

 次第に疲弊していった彼らは愚かにも、そうすることによって自分自身の首を絞めていることに気付きはしなかった。

 

 生き残ることが、生き残った方こそが正義だと認識していたが故に。

 

 長年のT国の疲弊、ここに更なる追い打ちが加わる。

 それは彼らの技術の()()だ。

 

 数十年前、ホビー用小型ロボット『LBX』の台頭は機械産業に長けたT国にとって朗報であった。

 これなら我々は他国より一歩や二歩も先を行くことが出来る、これなら我々は他国に技術を売り自国を潤すことが出来る、と。

 首を絞め続けた彼らはようやく気付いたのか、ここで東西同士で流した血を払拭しようと、そして国を救おうと一致団結に乗り出す。

 実際、東西戦争の歴史はこうして()()ピリオドが打たれたのだ。

 後に世界的一大ムーブメントとなるLBXをいち早く売り込み、LBX産業で世界の五指の中に入ろうという彼らの試みは、この時点では正しかった。

 しかし、争い奪い合い、狭い国の中で憎み合うことしかしてこなかった彼らは、世界の広さを知らなかった。

 結果は、大失敗。

 未だ強化ダンボールが世に出てない当時では、かのLBXは人や環境を害するただの兵器でしかなかったのだから。

 そんな代物が子供に振り向かれるなど、当然世界が振り向いてくれるなどあり得ない。

 加え、限られていた資金を投入したところで、所詮生み出された物の質はたかが知れている。

 何よりLBXを生み出し、誰よりも最先端を行っていた極東の日の丸を掲げたかの国に勝てる道理など、ただの一つもなかった。

 結果として、過剰に技術と資金を投入して売り出そうとしたLBX産業はT国にまた過剰な大打撃を与えたのであった。

 彼らの失敗の原因はやはり、技術を絞り出し流行りを取り入れれば儲かると勘違いした浅はかさにある。

 数年後、強化ダンボールという革命的技術が出回った後も、時既に遅し。

 T国経済の停滞は2051年末───最早、破綻寸前というラインにまで減退していた。

 

 『私、T国大統領…グラン・カーディアスは、A国大統領クラウディア・レネトン氏と手を結び、世界的な軍縮への一歩を踏み出すことを表明します』

 

 2052年初頭────宇宙軍事基地『パラダイス』にて繰り広げられた少年少女達の戦いが終わり、約一年。

 元来より軍縮を掲げてきたA国大統領クラウディア・レネトンの一策により、パラダイスの()()が決定。

 それはかの軍事基地がより危険視されていたからなのか、それともどうしても隠したい軍事機密情報があったからなのか、ともあれA国のアクションは早かった。

 すぐさま大量の人員が投入され、地上と宇宙を繋ぐ一つの居場所がバラバラにされることとなる。

 ただし問題は、解体したとして()()()()()()()という点に絞られた。

 A国の発達しきった国力と土地に、既に楽園のゴミ屑を捨てる余裕など、どこにもない。

 よしんば捨てきれたとしても、かつてのA国副大統領のように悪用されては元も子もないのだ。

 だが、当時世界でも最大のニュースとなったパラダイスの解体という事態を、周辺諸国は黙って見ているわけにはいかなかった。

 もちろん、T国大統領は特に。

 

 『T国大統領グラン・カーディアス、世界最大のゴミを受け入れる』

 

 といった見出しの号外が出されたのは2052年秋。

 A国の国力には足元すら及ばないT国が楽園のゴミを、()()()誰よりもチャンスと捉え、真っ先に取り込もうとしたのである。

 中東の可もなく不可もない国の一つが。

 しかし、知力は武器なり。

 というより、危険物の価値を知っている者は情勢において一つアドバンテージを確立すると言ったところだろうか。

 この宇宙軍事基地パラダイス、解体にあたって莫大な金と人が動くことはまず間違いなかった。

 傍から見ればただの危ない燃やすべきゴミを、軍縮という都合の良く共感を得やすい単語を口実とし、友達にゴミを押し付けたのだと捉える者は多い。

 実際、どの国の世論も同じであった。

 

 物の価値を、知らぬ者からすれば。

 その価値を、この国の九割の人間は知りもしなかった。

 

 「どう思う?」

 

 「え、なにが」

 

 ある日、アランは家で呑気にレンとラジオを聴きながら国内情勢について考えていた。

 

 首都アンカラに住む彼ら…住民の毎日は複雑である。

 あのLBX事業の失敗以来、東西の仲は責任を押し付け合うかのようにかつてないほどギスギスと煮えたぎっており、それは壁の中心であるアンカラにまで及んでいるのだ。

 レンからすればほとんど情勢など知ったことではないのだが、対してアランは由々しき事態ではない、と捉えている。

 このままでは次の十数年ぶりの闘争の火種が爆発するに違いなかった。

 アランがそれほどまでに懸念を抱いているのは、自身の過去が直結しているからだ。

 

 「ああ、お前はそうかもね。()()()()()()()()()戦争が、また起こるかもってな」

 

 「……次は、何人死ぬと思う」

 

 「そんな具体的な死者数が知れたら、お前はここから逃げるか?」

 

 レンの言葉に、アランは俯く。

 いくら戦争や争いが絶えないこんな国であろうとも、彼にとっては変わらない一つの故郷。

 だがアランは迷わず答える。

 

 「逃げるさ。例えT国という故郷を捨ててでも」

 

 …そうかい、とレンはどこか悲しげに吐き捨てる。

 アランの幼少期、つまりまだLBX事業にて東西が団結に乗り出す少し前の争いで、彼の両親は無差別に東にあった家と共に焼かれた。

 偶然、買い物に出向いていたアランからしてこの出来事は理解し難いものであった。

 以後、アンカラに住む祖父母の家に拾われてから、アランは少しずつ何が起こったのかを知ることは出来たものの、どうしてそうなったのかは何一つ分かってはいない。

 そして、もしかしたら戦争が巻き起こってしまうのか、また起きたら次は何人に死んでいくのかすらも。

 

 「どうして、こんなことが起こっちまうんだろうな」

 

 アランのため息まじりの呟きに対し、レンが応えることはなかった。

 いいや、誰だってそうなるはずだ。

 そもそも何故戦争が始まったのか、この理由を知る人間なんてまずどこにもいない。

 発端やきっかけを知る者がいないから、何故、何のために起こるのかを知り得ない。

 だからこそ、血で血を拭うことしかこのT国は出来ないのだ、とアランは達観する。

 場合によっては、中立的な立ち位置にいるこのアンカラも戦火に巻き込まれる可能性はある。

 そうすれば、今度はどこに逃げればいい──アランが危惧しているのはこの一点、ただ一つ。

 

 「お前は明日、()()だったな?それも決勝だって?いいのか、キャプテンがこんなところにいて」

 

 「前日の練習なんて嫌なこったね。こんな日くらい、ゆったり休まなきゃ気が持たないもので」

 

 「そんなもんかね、キャプテンって」

 

 「そんなもんよ」

 

 レンはこう言って、手元にあるバスケットボールをくるくると指で回す。

 一六になったばかりのレンはハイスクールのバスケットボールクラブにて、比類なき活躍を遂げている。

 彼にはバスケットにおいてプロ顔負けの才能と、世界と渡り合える計り知れない技量があった。

 先輩を差し置いてクラブの中で最年少の彼がキャプテンに抜擢されるほどに。

 途轍もない脚力でゴールへ一直線へ突っ走り、人並みじゃないジャンプ力はまるで羽でも付いているのかと疑うほど。

 そんな彼に名付けられたのは、『イカロス』の称号。

 バスケット界隈において、この国で彼の名を知らない者はまずいない。

 そして明日、彼の所属するチームはT国バスケットボール、ハイスクールクラスの最強を決める試合に出場する。

 …はずの彼にしては、この行動は余裕の現れとも見て取れた。

 

 「イカロスに敵なし、か。マネージャーのカイネは当然として、明日は俺とあの()()も応援に行く」

 

 「多分クソつまらん試合になると思うけど、ありがたいね」

 

 「ここを制したら次は世界か。まさか幼馴染がここまで羽ばたいてくれるとは」

 

 「そっちはそっちで工業科で主席取ったんだろ?出世頭は何も俺だけじゃないってわけ」

 

 「…まあな。あとあの三人も増々勢い付いている」

 

 「『目指すはアルテミス』だって?そっちはよく知らんが、なんでそんなに夢中になるものかね」

 

 首を傾げ、ラジオの横に飾られたように置かれている小さい人型の機械を見る。

 流石にバスケット一筋のレンにしても、これが何なのかは知っている。

 ホビー用小型ロボット、LBX…隣に紙で『ハンター』と書かれているのだから、恐らくそれの名前なのだろう。

 ラルやメルの双子────そして、二人の兄である()()()()()()らは件のLBXに夢中だった。

 レンはアランから『オーディーン』という名前のLBXを受け取りはしたものの、大して興味があるわけではない。

 というより、バスケットに時間を割くあまりにまず試しにいじってみる時間がなかった。

 そんなアランの将来の機械分野に進む途中で出来たLBXという名の副産物を手に、今日も三人は他所でかの世界大会…アルテミスに向けて猛特訓中である。

 最大三人までチームを組むことが出来る世界大会において、これほど彼らに合う種目はないのだろう、とレンは率直に感じた。

 だが、レンが幼馴染の勧めを敬遠している理由はもっと別。

 

 「どうして、こんな()()()()()()()を……」

 

 レンがLBXの存在を知っているのは、この国の歴史が直結していたからだ。

 国の歴史を知っている者からして、三人は圧倒的なマイノリティ。

 そして、この国の世論にある意味、反旗を翻している存在と言える。

 

 だからこそ──

 

 「やーやー、二人とも元気かねえー」

 

 「ソル?なんだ急に」

 

 「レンもカイネもアランも今日は休みって言うじゃないですかー。だから僕がこうしてみんなで昼飯行こうぜーってお誘いをしようって思った次第でして」

 

 二人が三人の話題を出したちょうど、銀髪で常に笑顔を浮かべたソル・アルマルが家に入ってきた。

 彼の肩には、銀色の『アキレス』と名付けられたLBXがバランス良く乗る。

 アランが作った三体のアキレスはソルの銀色、そしてラルの黄色にメルの赤色とそれぞれ色が分かれていた。

 機体は同じと言えど、武器は三人とも全く異なっている。

 最早ここまで来れば、アキレス三銃士と言って差し支えはない。

 

 「もうこんな時間帯だったか。にしても、他の二人は?」

 

 「今日はほら、何故か人がごった返してて三人で行くとはぐれそうになっちゃうんであの子達には先にお店探してもらってるんですよ。カイネもすぐ来るとのことですって」

 

 「……?何かイベントなんかあったっけ」

 

 レンがアランに視線を向けると、彼は深く考え込む。

 どうやら思い当たる節があるようだった。

 アランがそれを口にしようとした時、同時に近くのラジオがアラームのような音を発する。

 

 『本日、首都アンカラで行われる軍事パレードではもう間もなく、A国からの贈り物…宇宙軍事基地パラダイスの一欠が投下されようとしています!』

 

 「やっぱりな。そういえば、T国とA国の大統領も来るって話だった。そりゃ人もごった返すわけね」

 

 「宇宙軍事基地パラダイスって何」

 

 「名前の通りまんまさ。昨年、A国が宇宙に保有してた軍事基地を解体するべく、T国が真っ先にその解体後のゴミ捨て場に立候補したのだとさ。なんでうちの国がこんな真似をするかは知らんが」

 

 ラジオから流れた速報に耳を傾ける三人。

 情勢に関しては常にアンテナを張っているアランからして「なるほど」と納得する。

 宇宙軍事基地パラダイスの解体は今年の初っ端から始まり、既に宇宙での解体を終え捨てる直前の段階だった。

 そして今日から来年の頭にかけ、遂に宇宙からバラバラに解体した楽園のゴミが、T国全土の空き地に行き渡る。

 首都アンカラも例外ではない。

 ゴミの輸送に先駆け、そのゴミの一つがアンカラの中心に置かれ、かつての事件の戒めや教訓としてまるで石碑のように展示されるのだ。

 両国の大統領が出席する予定の本日のパレードはまさにこのために執り行われる。

 

 「T国副大統領のクレセント・ミハエルに、A国副大統領はぁ…不在でしたか。にしても壮大なイベントになりそうですね」

 

 「あの事件のほとぼりが冷めてないって証さ。どうせならパレードの近くで飯食うってのはどう?」

 

 「いいですねぇ!では早速行きましょうか、レンも!」

 

 「ま、一日ぐでーんとしているわけにもって感じだし、行くかあ」

 

 のんびりくつろいでいたレンは体を起き上がらせ、アランと支度を始める。

 彼からすれば練習漬けだった毎日に出来た一時の休息であった。

 更に家が近い幼馴染と言えど、六人で集まる機会などこの半年間全くなかったのである。

 それぞれが夢に向かって羽ばたこうとしていた中、これは仕方のないことであった。

 レンにしては珍しく、久々に笑顔が浮かんでいた。

 

 「そうだ、レン。お前これ持ってけ」

 

 自室から出てきたアランは、唐突にレンにLBXとCCMが入った長方形のケースを渡す。

 そのLBXとは、彼が以前作って手渡し、更に改修を加えた灰色のオーディーンだった。

 レンが「なんすかこれ」と投げかける。

 

 「久々の全員集合だ。お前もそろそろいじっておかないと、俺らの流行に乗り遅れるってやつだぞ」

 

 「えー…俺には向かないって、こういう機械とかは」

 

 「いいから。とりあえず持っておくんだ。せっかく俺がいじったんだから」

 

 「やり方知らないっての」

 

 嫌々オーディーンを押し付けられた彼は一緒に渡されたカバンに詰め込み、バスケットボールを手放して玄関へ向かう。

 だが正直、彼からしてあまり乗り気ではなかった。

 

 (無いよりはマシ、か)

 

 ようやく手にした(あるいは押し付けられた)LBXを手に、三人はパレードが行われる中心街へ向かった。

 操作したことも、間近で見たことすらもない得体の知れない機械は、現在のレンにとって単なる『軽い流行りの趣味』として認識される。

 現在のレンにとっては────

 

 今日この日、一人の少年がLBXという一つの夢の形を手にし、軽い足取りで走り出した。

 

 そして今日この日こそ、悲劇の始まりであった。

 

 

 

 □

 

 【総員、配置完了。指示を】

 

 「ふふ、ようやく」

 

 数十名の隊員からの指示を受け、男は一つ笑う。

 手元のラジオに耳を傾け、作戦が順調に向かっていることを知る。

 次に黒板のような広さを有したモニターに目を向ける。

 

 「本当に、やるんですね」

 

 「そうさ。今日この日こそが、T国最大の歴史の転換点(ターニングポイント)

 

 隣の若い男性が彼に、今回の作戦の再確認を問う。

 当然だ、と言わんばかりの口調に、若い男は目を閉じ眉をひそめた。

 拳を硬く握りしめていることに、彼は気付かない。

 

 「人には必ず、通るべき道がある。それを、通過儀礼と呼ぶ」

 

 「……?」

 

 「だが何も、これは人に限った話ではないのだよ。例えば、国」

 

 モニターに映った千の数に及ぶ機械達…それはかつてLBXキラーと呼ばれた負の遺産───『キラードロイド』と、彼らにまたがるLBXそのもの。

 彼らの今いる()()と、視界にはパラダイスと呼ばれた宇宙軍事基地の欠片が複数。

 今日、これらが順次に真下のT国へ降り立つこととなる。

 これらを眺めた男は、両手を広げてまるで宣言するかのように言い放つ。

 

 「恐らくT国は()()ことになるだろう。そこから人が見せる可能性とやらを、ここから見せてもらおうじゃないか」

 

 一つの国が滅ぶことを、当然のように誰もが通る『通過儀礼』と称した彼を糾弾する者はここにいない。

 傍から見れば非道の限りを尽くしている彼の行いを正す者も。

 これが、彼にとっての正義だからだ。

 

 「遂にこの時が来た。同胞諸君、この国に天使の加護があらんことを────作戦開始」

 

 【【【了解】】】

 

 彼の指示により、ライディングソーサに搭乗した千のキラードロイドとLBXは彼の宇宙の船より飛び立ち、目標へ一直線。

 そして目標──()()()()()()()()()()()()()()へ一斉射撃。

 当然、パラダイスの輸送には護衛機も伴っている。

 それら全てが、小さな機械の軍勢により墜落。

 まるで流れ星…いいや、星屑のように数分もして輸送機と護衛機、欠片は地上へ墜ちていった。

 

 午後十二時。

 ちょうどその頃、T国軍事パレードのオープニングが始まろうとしていた。

 

 

 

 □

 

 午前十一時。

 既に彼ら幼馴染の六人はパレードが行われる中心街の飲食店で合流していた。

 

 「そもそもうちらとA国って仲良かったんだっけ?」

 

 「ああ。昔、内戦で疲弊しきったT国に手を差し伸べたのがきっかけらしい。もちろん、見返りも要求したがな」

 

 「見返りというと、やっぱアランに関係あるやつね」

 

 「そう。機械産業が得意なもんだから、この国独自の技術を提供したり、直接A国へエンジニアを派遣したりで互いに助け合ったんだとさ」

 

 彼らの話題は軍事パレードになぞってT国の歴史について(主にアランを中心に)持ち切りだった。

 とは言え、熱心に聞いているのはソル達兄弟三人だけで、レンとカイネはただただ黙々とハンバーガーを食べている。

 レンに関しては大して興味がなく、カイネに関しては「何言ってるかわかんなーい」状態である。

 ラルが、誰もが呈する疑問を口にする。

 

 「じゃあ今回のパラダイス?ってやつもうちらがお友達として真っ先に処分してやるって名乗り出たわけか。何のメリットがあってだ…?」

 

 「俺らT国がA国に対し貸しを作る。『今回は俺らが処分しとくから、今度何かあったら手伝ってくれよな?』ってね」

 

 「なるほど、一理あるな。だけど、そんなことしている場合なのかな」

 

 ラルが首を傾げる。

 ただでさえ巨大な宇宙のゴミの処分を引き受ける理由に「友達だから」で国の人間が納得するのか。

 これは言えばラルだけでない、アランまでもが同じく思っていた。

 A国がこんなことを…そしてT国が今の時期にこれを受け入れる理由など存在しないはずだ、と。

 厚かましくはあるが、まず疲弊しているT国に支援を行ってからこういった要求をするべきという世論があってもおかしくないはずであった。

 

 「順序が逆だとは思うんだよね。つまり、国民の声や疲弊を無視してでも、それに見合う…あるいはそれ以上の見返りがあって、貸しを作る以外のメリットが存在していたって俺は思う」

 

 「アランでもそのメリットが何なのか分からないわけね」

 

 「残念なことに、勉強不足でね」

 

 メルの言葉にアランは軽く苦笑いする。

 実際のところ、これは最早学生が考えれる領域ではない、というのがアランの結論だった。

 少なくとも政治・経済・そして歴史が絡んでこそのこのイベントなのだ。

 そんな複雑に入り組んだ事情に、ほとんどの大人ですらも介入する余地がないのであろう。

 アランはパレードで配布されていたパンフレットを開く。

 内容はもちろんのこと、本日のパレードについて、T国とA国のここ数年の出来事について、あとは当事者達について書かれていた。

 彼は歴史はさておき、当事者について目を鋭くしていた。

 

 「大統領グラン・カーディアス……。父親がA国の出身で人生の半分をA国で過ごしていた、か。二十代を終える間際、政治の世界に参入し積極的にA国との融和を図り、国の技術と引き換えに援助を要請。そんなこんなで餓死寸前だったT国を救った。なるほど、英雄ってわけね」

 

 「そうなんですね。でしたら、これほどまでにA国に入れ込む理由もよくわかります」

 

 「だな。軍縮という保守的な姿勢もA国の大統領と利害が一致している。だが、こっちはどうかな」

 

 そう言ってアランは次のページをめくる。

 やはりこのページにもある人物の詳細が事細かく記されていた。

 ここに、アランの?マークが浮かんでいる。

 

 「次に副大統領クレセント・ミハエル。元陸軍大佐の男らしい。軍を引退後、政治の世界へ華麗なジョブチェンジ。どうやらLBXが世に生まれた時期と一緒っぽいな。現大統領とは古くからの友人で元軍人らしく防衛省のお偉いさんだった、と。その後、最近になって副大統領に抜擢されたとさ」

 

 「何となく言いたいことはわかります。『元軍人なら大統領と意見がぶつかるのでは?』ってことですよね」

 

 「ああ、そのとおり」

 

 ソルの先読みの言葉に、アランは迷わず頷く。

 かつてより内戦が絶えなかったこのT国の陸軍で大佐となれば、形はどうであれ途轍もない戦果を上げてきた人間だ。

 率直に言えば、『人殺しを容認してきた組織』の中にいた人物。

 ならば、軍縮という単語は耳が痛いのでは、と。

 しかし、アランは次のページ…軍と戦争の歴史が記されたページを見て納得をする。

 

 「だが大佐でありながらも侵略行為には割と消極的、というか嫌悪すら抱いていた…って。だから無人兵器の開発や推進に力を入れまくっていたんだと。そうして争いの収束に進もうとしていた」

 

 「戦争が嫌なんだろ?なんで兵器を推すのさ」

 

 ラルが当然ながらの疑問を呈する。

 アランは資料を読まずとも、大体の予想がついていた。

 

 「東軍に従軍していた彼は、無人の兵器をただ使うだけでなく、()()()西()()()()()()()()()()()。これが示す意図は?」

 

 「……なるほど。人を殺めたくない、だからお互い『死なない戦争をしたかった』…クリーンな戦争をしたかったわけだ」

 

 「ビンゴだろうな。軍のトップに近い立場らしさを振る舞いながら、その実は血を流さずに戦争の終結へと向かわせようとしていた『影の英雄』ねぇ。副大統領に上り詰めるのも頷ける話だ」

 

 「ですが争いが一旦終わったのはLBX事業を展開しようと団結したからなのでは?まさかそれもこの副大統領が?」

 

 「無人兵器……現代で当てはめたら、LBXがまさにうってつけだろうな。彼は後々、それに目をつけた。まさか、世界的なホビーで死なない戦争をしようなんて誰が考えるよ」

 

 最後のページを見終え、話を聞いていた全員が最終的に納得した。

 A国と友好関係を結び、T国を疲弊から救おうとした大統領グラン・カーディアス。

 そしてLBX事業を推し進め、国を団結へ導き、戦争になったとしてもLBXという無人でも運用出来る兵器で血を止めようとした副大統領クレセント・ミハエル。

 この二人の英雄が、今となっては国のトップというのが現状。

 なるべくしてなった、こんな言葉が最も似合っているのだろう。

 しかし、実際のところ良い話ばかりではない。

 

 「だが今じゃそう称える人はこの国に半分もいるか」

 

 「LBX事業の失敗さえなければ、恐らく今のような状態になどなっていないのでしょうね」

 

 「だからそう考えると、案外このパレードって大統領達の名誉挽回ってとこなのかな?」

 

 ここまで語った歴史とは、あくまでほんの数年前までの歴史でしかない。

 流れ始めた血と、国民の止まない悲鳴を止めるまでの物語。

 意図的に作られたのか、パンフレットにはその先の物語など、どこにも記載されていなかった。

 その先───つまり、LBX事業に失敗して国への追い打ちが加わってから今に至るまでの経緯だ。

 この失敗の矛先はもちろん、国のトップであるグラン・カーディアス及び、無人兵器に近しい存在であるLBXを推し進めたクレセント・ミハエルに向けられる。

 T国の世論は結局、これまで何をしてきたかではなく、『今何をしたか』という点しか注目していないことの証。

 この時代、二人を糾弾する声は多い。

 無論、これに限りはしないが多くの国民は「こんな時期に何を悠長なことをやっている」という声を抱いていた。

 それこそ、ラルの言う「何をメリットに?」という感想がピッタリだ。

 再びバラバラになりかけている東西を、一体どうやって繋ぎとめる気だ、と。

 そしてクレセント副大統領の理想は真逆へ──今や新たな戦争への火種は火力を増す一方だった。

 

 「…………LBX」

 

 「どうかしましたか、レン。じっと見つめて」

 

 「一つお前らに聞いていいか」

 

 レンは虚空へつぶやき、ソルのアキレスを見つめる。

 太陽の下に照らし出された銀色がきらりと反射する。

 神妙な面持ちの彼に、アランと三人が不思議そうにしていた。

 そんな彼がこう言う。

 

 「なんで、()()()()で遊んでるんだ」

 

 「LBXで、ですか」

 

 「ああ。ずっと気になっていたことだが」

 

 LBXを「こんな物」と称する彼の言葉に、しかしソルは真摯に受け止める。

 この国の歴史…つまり、LBX事業の展開の大失敗という一つの汚点から成り立つレンの言葉は、仮にレンでなくともT国の人間なら誰しも口にする言葉であった。

 本人の言葉に、ラルとメルは思わずつい目を逸らす。

 そもそも事業の失敗は、ただの失敗で終わるはずがなかった。

 

 

 「T国においてLBXとは──()()()()()()()である。事業の失敗以降、そう名付けられたのにも関わらず、これで世界を目指す僕らはどうかしている、と?」

 

 

 それはこの国のほとんどが抱く、LBXに対しての認識。

 この国の黒い歴史が生み出してしまった、夢から悪夢への変貌。

 

 「…ああ。何故なんだ、お前らがこれを手にするのは」

 

 「そうですね。周りの方にも、全く同じことを言われてきました」

 

 レンの疑問とは別に軽蔑という訳ではない、単なる純粋なものであった。

 人によって生み出されたLBXに、何の罪もないことぐらいわかっているからだ。

 だがこのT国の人間は、LBXの事業展開失敗の罪を東西お互いに、副大統領に、そしてLBX自体に擦り付けていた。

 悪いのはお前らだ、お前(LBX)さえ世に生まれてこなければ、こんなことにはならなかったのだ、と。

 実際の原因は世界を知らず、自分らの技術を過信し、世界と競うことすらも諦めたこの国の人間にあるというのに。

 

 そんな彼らは言う───「LBXは我が国に一つの厄災をもたらした悪魔だ」と。

 

 レンは、「何故こんな国の失敗の象徴たる道具で遊んでいるのか」と侮辱しているのではない。

 むしろ、「侮辱の対象となっているオモチャで、それでも尚、世界すら目指そうと進めるのは何故なのか」、そこには若干の尊敬があった。

 きっと良い目で見られないだろうに。

 

 「恐らく、世界中のどの国も…同じ道を辿ってきたんだと思います」

 

 「世界中…?」

 

 「えぇ。LBX自体、事業が失敗してもしなくても、結局は危険な機械であることに変わりなかった。A国や、LBXを生んだあの極東の国ですらも、最初は畏怖の対象だった」

 

 それはLBXプレイヤーなら誰でも知る、LBXの歴史だ。

 強化ダンボールという存在がなかった黎明期、LBXは新たな時代の拳銃とも言うべき危険な玩具であった。

 もしかしたらLBX発祥の地である極東の国も、この国と同じようにLBXを悪魔と例える者も存在したのだろう。

 そして、彼らを強化ダンボールの中に閉じ込めることも敵わなかった一年前───

 

 「何度だって、これからも彼らはこんな目に合わされるんだと思います。ですが皆、影が強すぎる故に光を見出だせない」

 

 もしくは濃すぎる影に光が隠されてしまっているのかも、とソルは肩のアキレスを見る。

 このアキレスが見出した光に導かれて、このLBXの世界に足を踏み入れたことをソルはふと思い出す。

 二年前、LBX世界大会アルテミスで優勝した歳が近い少年の姿が今でも尚、記憶にはっきりと残っている。

 そのアキレス使いの彼こそ、ソルの原点。

 

 「僕はずっと、そんなLBXに希望や光があるって信じ続けています。確かに今まで、爪痕を残してきたのは間違いない。だが、彼らじゃなければ片付けられない問題だってあった」

 

 いつの間にか口調が荒っぽくなったソルに、レンはつい息を呑んだ。

 LBXを触ったこともない本人に、今回のパレードと宇宙軍事基地パラダイスに、まさかLBXが深く結びついているなど今は知る由もなかった。

 何より、LBXがいなければ危うく国一つが滅んでいたかもしれない、ということも。

 そしてバスケ一筋のレンは、LBXに対して無知に近かったが故に、LBXの光も、幸い闇もそこまで知っているわけではない。

 それ故に、レンから見て三人の行いには軽蔑の眼差しが一切なかった。

 

 「だからこそ、僕はこの国に示さなきゃいけないんです。彼らは、悪魔じゃないって」

 

 「そうか、だからアルテミスを」

 

 「ええ。世界で勝って、T国の影に埋もれた彼らを照らすことが、恐らく僕のやるべきことなんです」

 

 「そこまで言われちゃ、何も言い返せないな。頑張れよ、ソル」

 

 レンの言葉に、ソルは無言でニコリと笑った。

 その笑顔の裏に確かな信念と情熱、決意をレンは垣間見る。

 いつの間にか、テーブルの食べ物は底を尽きていた。

 ちなみに全員で食べ尽くしていたからではなく、カイネが話に付いていけなさすぎて黙って五人を見守りながら食べていたからである。

 そんなカイネがふと、こうつぶやく。

 

 

 「じゃあもしかしたら、次の戦争で…LBXが敵になるかもしれないってことなんだね」

 

 「「「「「…………」」」」」

 

 

 それはソルとアランが、最も危惧している最悪の事態。

 LBXを純粋な玩具ではなく、悪魔だと捉える者が大多数のこの国ならば、今度こそLBXを兵器として運用してもおかしくはないはず。

 副大統領への風当たりが強い今の世論において、クレセント副大統領がせめてもの理想として掲げる『クリーンな戦争』に国中が従う道理などない。

 そうなってくれば、一年前の全世界LBXテロとこれではまるで訳が違ってくる。

 一つの国が玩具で人を殺すことを当然とする事例が一つ増えてしまう──そのたった一つの殺戮の歴史が存在するだけでも、別の国一つが容易く同じ色に染まってしまうのだから。

 

 だが無慈悲にも、カイネの予感は正しかった。

 そう、半分だけ。

 何せ彼らは、LBX()()知らないのだから。

 

 『お集まりの皆様、大変長らくお待たせ致しました。これより、A国共同によるパラダイス投下…()()()()()()()を開始致します!』

 

 「あれ、これそんな名前のパレードだったの」

 

 パレードによりどこを見てもせわしなく喧騒にまみれた街が、奥に設営されていたステージにいる司会者のアナウンスにより一気に静まる。

 建物の一角からステージを眺めるレンが、なんじゃそれ、と今回のパレードの正式名称を聞いて鼻で笑う。

 しかし、目の良いアランはステージに登壇してきた人物を見て驚いた。

 

 「ありゃあ、大統領に副大統領か。生で見るのは初めてだ」

 

 「あれが、か。普通のおっさんに見えるけどな。でもなんか、挙動怪しくないか?」

 

 「…………?」

 

 双眼鏡を手にステージを見たレンが、今回の主役とも言うべきT国大統領及び副大統領の姿を見て、首を傾げる。

 これはほとんど直感であったが、レンから見て握手を交わす二人からの動きにぎこちなさと、何故だか角ばりを感じたからだ。

 アランの疑問が呈される前に、マイクを持ったグラン・カーディアスが宣言する。

 

 『今日この日に至るまで、T国は多くの血を流してきました。無念にも大義の下、散っていた命。その犠牲を無駄にしない為にも今、我々は懸命に未来に向かって生きなければならない!そして思い出して頂きたい、我々T国は孤独ではないということを!しかしそのことを思い出すには、あまりに我々は無力すぎる。かつてより流した血が、団結するはずの手を何度も染めてしまった。だがそろそろ、我々は世界と再び向き合わなければならない。この国の未来を決める手段を、決して争いなんかに委ねてはならない。話し合いで解決するのは、今まさにこの時です!それは私と共にこのT国を歩んできた彼も同じ気持ちでしょう』

 

 グラン・カーディアスのテンポの良い演説から、政治も歴史も深く知っているわけではない六人でもある程度の迫力を感じていた。

 中でもアランは…かつての内戦で両親を失っていたアランは、グランの言葉を深く咀嚼し、僅かな引っ掛かりを覚える。

 両親を殺した争いのどこに、大義があったのか、と。

 いつしか曇ったアランの表情に気付く者は誰もいなかった。

 次にマイクを持ったのは、副大統領のクレセント・ミハエル。

 

 『彼の演説を聞くたび、私は少しの後ろめたさを感じます。はっきりと申し上げて、私はかつての内戦時には一人の軍人として最前線を渡り歩いてきた…人殺しだった。戦争という非人道的行為を容認した愚かな行いを、私含めT国は何度だって"是"とした。しかし戦争を生き延び、副大統領となった今だからこそ言えることがあります。こんなことを再び繰り返してはなりません。如何なる理由であろうとも、私達は今度こそ東西の枠を超え、この国の未来の為に一致団結するべきなのです』

 

 グランの演説と打って変わって、クレセントの演説はどこか丁寧で落ち着きがあった。

 それは長年、最前線で血を見てきたが故の達観から来る落ち着きなのかそれとも。

 

 「何と言うか、解釈通りの人間って感じだな」

 

 「というと?」

 

 「戦いそのものを本当に嫌っているという感じ。これでよく、今まで軍人としてやってこれたな…」

 

 アランはクレセント副大統領の演説の一つ一つを頭に再度並び起こし、感心する。

 演技か演出なのかさておき、彼の口調から戦争という行為を断絶させたいという思いが伝わってきたからだ。

 とすれば、アランにとってクレセント副大統領とはある意味理想のトップとも言えた。

 

 『しかし私は、間違いを繰り返してきた。戦争行為への加担はもちろんのこと、そうする為にLBXという…本来ならば子供たちが手に触れ、遊ぶ物を国の道具として利用した。それは何より、未来ある子供たちの夢と希望を打ち砕くことに他ならなく、これこそが最も私の罪なのだと自覚しています』

 

 この世界が注目しているであろう演説の最中、LBXという場違いにも思える単語が出てきて、会場は困惑に包まれる。

 だがあくまでも、困惑しているのはこの国の人間だけであった。

 それはもちろんLBXという存在があまりよく思われていない、この国独特の歴史があったからだ。

 アランは副大統領ともあろう立場の人間が圧倒的マイノリティ側に立って発言していることに、驚きを覚える。

 彼は今まさに、悪魔の味方をしていると言える。

 

 『しかし、我が盟友グラン・カーディアスが言ったように、私達は世界と向き合わなければなりません。そうしなければ、私達はこの狭い国の中で惨めに血を流し合っていくことになるでしょう。だがそれを回避する手段を、私達はまだ持っているはずです。私達が一つになる手段は、確かに残っているはずです。例えば────』

 

 双眼鏡を手にずっとステージを眺めていたレンは、途端にクレセントの挙動に更に違和感を覚える。

 直後、彼の手から、マイクが零れ落ちた。

 

 (あのおっさん、何を?)

 

 マイクがステージの床にごとりと落ち、か高いハウリングが静まったステージに鳴り響く。

 誰もが疑問を呈するも、もうこの時点で遅かった。

 

 

 「例えば、こういう手段」

 

 

 時計の針が真上を指したその瞬間、次に()()が鳴り響いた。

 音の在り処は、ステージの真上。

 何が起きたのか、誰にも理解されることなく、

 

 「大、統領………?」

 

 グラン・カーディアスは胸に風穴を空け、静かに床に倒れた。

 T国副大統領、クレセント・ミハエルの放った銃弾によって──

 焦げ臭い空薬莢が、ステージにかつんと転がり落ちる。

 次に鳴り響いたのは、やっととも言うべきか誰かもわからない女性の悲鳴だった。

 

 「ば、馬鹿なッ!?」

 

 思わず椅子をひっくり返してしまうほどの勢いで立ち上がったアラン。

 突如起こった大統領への発砲に、たちまち街は混乱に陥った。

 最中、アラン含め六人は何が起こったのか未だに理解が出来ず、固まりし尽くしていた。

 混乱が連鎖する会場に、またも銃声がもう一発鳴り響く。

 誰がやったのか言わずもがな、クレセントが銃を向けたのは、真上だった。

 

 『今日この日、T国は変わる』

 

 銃を捨て、代わりにマイクを拾い直したクレセント・ミハエルは静かに言葉を発する。

 混乱の最中、空中へ放った弾丸によって静まりかえった会場で、彼の言葉が届かない者はいない。

 

 『私、副大統領クレセント・ミハエルは長年に渡り考え続けてきました。この国がもう一度、一つになるにはどうすれば、何をすれば良いのかを』

 

 誰に向けたメッセージなのか、クレセントは遥か真上の空を見つめながら更に続ける。

 六人はこの場を離れた方が良いに決まっているのにも関わらず、思わず足が竦んでしまい動くことすら出来なかった。

 

 『我が盟友、グラン・カーディアスは甘かった。対話で解決するほど、この国の皆さんは…あなた達は、容易くない。そうでしょう?』

 

 地に倒れたグランに目を向けながら、独り言のような演説は続く。

 彼の言葉は裏を返せば、「この国の人間に団結など出来るわけがないだろう」という一種の嘲笑、皮肉とも取れた。

 

 「だから我々は、実力を以てしてこの国を隔てる壁を消し、一度ゼロに戻す。そしてそこから、我々はもう一度手を取り合い、生きていくのです」

 

 この言葉を最後に演説を終え、再びマイクを捨てたクレセント。

 マイク特有のか高いハウリングは、次は聞こえはしなかった。

 

 「…!?おい、何だあれは!?」

 

 何故なら、空から鳴り響く低い轟音に掻き消されていたからだ。

 会場の一人が、いつの間にか赤く血で染まったかのような空を見上げ、思わず指差す。

 彼らの目に広がったのは、あまりにもCGかと疑うほどの異質な光景。

 普通だったらあり得るはずのない存在を、ラルはかすれた声で口にする。

 

 

 「()()……?意味がわからんぞ…?」

 

 

 空から轟音と共に降り注ぎつつあったのは、大気圏を突き破り赤い炎を纏った幾つもの巨大な岩石…言い換えれば、隕石と呼んでも大差なかった。

 そのほとんどが、真っ先にこの首都アンカラに向かっている。

 あまりにも非現実な光景を前に、会場は更なるパニックに包まれ、人の波でごった返す。

 中には目の前に広がる景色に現実味がなさすぎて、実際はパレードの演出なのではないかと恐怖のあまり笑う者すらいた。

 

 「パラ、ダイス・・・」

 

 アランはその隕石の正体を何となく察していた。

 これは今日、A国からT国へ友好、平和、戒めの意味を込めて贈られるはずのパラダイスの欠片だ、と。

 しかし、誰の目にも焼き付かれているこれは、『欠片』というにはあまりにも巨大すぎた。

 宇宙軍事基地パラダイスの全体面積のおよそ半分はあるだろうという目算。

 そんなはずなはい、これは単なるテロ攻撃だ。

 それも、国一つは滅んでもおかしくはないほどの。

 アランの認識は、最早そんな直球で絶望的な表現に染まっていた。

 

 「どうしてだ」

 

 だとしたら、彼のように現実を嘆く者がいないはずはない。

 

 「どうして、そうなる。どうして、そんな馬鹿みてえな手段しか取れない」

 

 「おい!兄貴、まずいぞこれ、シャレにならんって!」

 

 アランの絶望した独り言を差し置き、真っ先に我に返ったラルが硬直していた兄のソルを引っ張る。

 いつもは笑顔をずっと浮かべていたソルもやはり、目の前の光景は信じ難かった。

 そうしている場合じゃないと、わかりきっているのにも関わらず。

 

 「兄さん!というかみんな、早くここを離れないと!」

 

 「わかっている!わかっているが、どうやって!」

 

 メルにも引っ張られたソルだが、敬語口調すら取れてしまい思わず彼女は言葉を詰まらせた。

 今すぐここに落下してくるわけではないものの、もう十分と時間が残されていないことは誰の目にも明らか。

 それでも尚、ラルとメルは例え無理であっても皆を動かすことを諦めない。

 しかし絶望するアラン、恐怖に動けなくなってしまっているカイネにソル、そしてレンは───

 

 「建物を使う。この建物をよじ登って屋上から反対側に回ろう。幸い、天井が結構高いが一階建てだ。反対側ならまだ、人の波が来てないはず」

 

 「よじ登るって、そんなこと出来るわけ!いや、あんたなら出来るかもしれないけど!」

 

 「俺が先行して登って後続を引っ張る。迷ってる暇がどこにある!やるぞ!でないと死ぬ」

 

 そんな無茶な、と言ったメルの言葉を無視し、レンは助走をつけてジャンプし、持ち前の運動神経で飲食店の屋上によじ登った。

 レンの言葉に同じく迷いがなかったラルも賛同し、メルとカイネを屋上へ登れるよう手伝う。

 彼らは、一瞬にして国が滅ぶであろう一大事にも関わらず、諦めてなどいなかった。

 

 「おい、腰抜け二人!死にてえか、こっちは死なれると困るんですけど!」

 

 「くっ………」

 

 残るは二人、特に混乱が強かったソルとアランを、レンは降りて平手打ちして目を覚まさせる。

 次に強引に言葉もなく、二人を建物の真下まで引きずりだす。

 観念したソルが、彼の手を振り払った。

 

 「ごめんなさい。まだ、終わりじゃない……生きなければなりませんね」

 

 「ああ、そうだよ!わかったらさっさと登れ!で、お前は死にたい派か!?」

 

 「…………」

 

 正気を取り戻したソルと、無言で同意したアランがレンとラルに引っ張られ、屋上へ。

 そして最後に、レンがまたも同じようにして持ち前の運動神経で自力で屋上へ登る。

 レンの見立て通り、反対側の路地にはあまり人が流れ着いてはいなかった。

 これならもしかしたらもっと遠くへ離れられる、そう決めて屋上から全員が飛び降りた。

 

 「どうして、この国は変われない!なんで、同じことばっか繰り返す!」

 

 全力で逃げる最中、一応正気を取り戻しているアランは涙を浮かべながら、やはりこう思わざるを得なかった。

 無意味だと思っている戦争で両親を失い、この五人の幼馴染との日常を過ごし、皆がそれぞれ自分の道を進もうとしていた中で、何故こうもあっさり人生を壊されるのか、と。

 それはただの疑問というよりはほとんど怒りに近い。

 彼の頭には幾つもの「何故」がずっとこびれついていた。

 

 「僕だって、いや皆同じ気持ちです。ですが生きなければ、そんな文句すら奴らに言えなくなる。こっちの方がよっぽど僕は嫌だ。だから…」

 

 「な、何を」

 

 既に自分自身を取り戻したソルは、レンが身につけていたカバンを奪い取り、中から硬い長方形のケースを取り出す。

 その中にはアランがレンに渡したLBX、灰色のオーディーンとCCMが入っていた。

 走りながら手際よくオーディーンを起動させ、ソルは手元を操作する。

 

 「役に立つかどうか…このオーディーンには飛行形態が備わっています。これで空から索敵でもすれば、少しでも逃げやすいルートを特定出来るでしょう」

 

 「LBXってそんな使い方できんのかよ。で、どうだ」

 

 「まず少しでもアンカラから離れたい。北を目指しましょう。こっちです!」

 

 現存するLBXのおおよその特性を把握しているソルはレンのオーディーンを上空から先行させ、逃げ道を探す。

 隕石の大多数はこの首都アンカラに降り注ごうとしていた。

 逆を言えば、首都さえ抜ければ生き延びれる可能性がずっと高い。

 しかしそれは帰る家を既に放棄している選択をしていることに他ならないのである。

 もっとも、生き延びれてアンカラにいたとしても、帰る家が残っている保証などありはしなかった。

 

 そして彼らはこれから思い知る。

 降り注いだのは、隕石だけではなかったということを。

 

 「────!?」

 

 「どうした、急に立ち止まって」

 

 「なんですか、これは」

 

 不意に足を止めたソルに釣られ、他の五人も同じになる。

 ソルが急に慌ててCCMを全員に見せる。

 映っているのは飛行中のオーディーンの視界、そしてそこにいたのは…

 

 「LBX、まさか…!」

 

 「カイネの言ったことが、こうも早く現実になるとはな…いやそれより、こいつはなんだ」

 

 映ったのは五十以上の数を誇り、建物のあちこちを無差別に攻撃するLBX。

 この光景を見て真っ先にラルとアラン、ソルが想起したのはかつて一年前に起こったLBXテロ事件。

 カイネが不意につぶやいた「次の戦争はLBXが敵になるかもしれない」という言葉がその通り、現実となったことを意味する光景。

 しかし、それだけに留まってはくれなかった。

 

 「LBXじゃない。まさか、そんな」

 

 「知っているのか、アラン」

 

 「()()()()()()()……。馬鹿な、何故こんなところに……!?」

 

 アランの震えた声が、未知なる敵の正体を告げる。

 テロを始めたLBXの後方から複数現れたのは、かつて一年前の事件で突如現れた、LBXを殺すためだけの殺戮機械『キラードロイド』。

 しかしアランが認識している通りの動きを、灰色のキラードロイドは全くしていなかった。

 何せ、LBXキラーたるキラードロイドがLBXを標的にしているのではなく、彼らと足並みを揃えるかのように周りの建物だけを無差別に攻撃しているからだ。

 

 「これが、新時代の戦争だって…?」

 

 「とにかく、別のルートを探します!こっちを──!?」

 

 未知なる敵に動揺を隠せなかったソルが別の道を特定するも、やはりそこも無数のLBXに阻まれた。

 旧式のデクーに集団のリーダー格となるデクーエースがライフル銃を携え、まるで退路を塞ぐべく侵攻を止めない。

 彼らの統率の取れた軍隊のような侵攻に、思わず全員が後退る。

 自分たちが愛するLBXというオモチャが、明確な敵意を持って牙を向こうなど、本当に思わなかったからだ。

 

 「今、この場でLBXを持っているのは」

 

 しかしソルは自分が今何をするべきか、その答えを自身の肩に軽く乗せている。

 迫りくるデクーの軍勢、しかし初期のルートに比べればキラードロイドが存在せず、戦力的には手薄に見受けられた。

 なら、ソルにとってやるべきことは一つ。

 

 「やるしかない、ですね」

 

 「ちょ、ちょっと兄さん!一人でやる気!?私達、今LBX持ってないよ!?」

 

 「いくら兄貴でも、流石にこの数はまずいだろうって!」

 

 既にオーディーンを手元に戻し、今度は自分自身のCCMを操作しだしたソルの行動を、双子の二人が見逃すはずがなかった。

 ざっと数えても三十はいるであろうデクーの群れに、彼は己の銀色のアキレスを戦わせる気だったのだ。

 しかし、彼は二人にいつもの笑顔を浮かべる。

 そこには先程のような恐怖に打ちひしがれていた表情など、どこにもなかった。

 まるでもう既に吹っ切れたかのような感覚。

 彼は手元のオーディーンを一人の男に渡す。

 その男とは、ラルでもアランでもなく────

 

 

 「手伝ってくれますか?()()

 

 

 レン・アークインジェ、ただ一人だった。

 

 「…………なに?」

 

 「この数、いくらT国チャンピオンの僕でも手を焼きます。ね、初めてLBXを扱う際のチュートリアルだと思って」

 

 「正気か、お前」

 

 唐突なソルの提案に、レンは思わず言葉を失いそうになった。

 その動揺は彼に留まらず、他の四人全体にまで及んでいる。

 しかし彼にとって本当に冗談でもないのか、ソルは高速でレンの持つオーディーンのセットアップをCCMで開始していた。

 元々はアランが既に手をかけて改修しており、いつでも使えるようにしていた機体である。

 幼馴染が幾度となく扱ってきた機体の扱い自体、彼にとってさほど難しいことではない。

 セットアップを終えた直後、灰色のオーディーンの目が赤く光った。

 

 戦え──彼の言葉はそういったものだ。

 

 「待て、兄貴!それなら俺にやらせろ!レンはまだ、一回だってLBXを触ったことがないんだぞ!」

 

 「いいや、だからこそなんです。アラン、三人を頼みます」

 

 「ふざけるな、流石にそれは俺も認められん。しんがりなら俺でもいいはずだろ」

 

 「あなたは恐怖に一番飲まれている、逃げるのが最優先です。そしてラル、あなたがいない状態でのメルを想像してごらんなさい」

 

 「いや、だからって!」

 

 ソルの咄嗟の判断には、どこか何かを悟ったかのような雰囲気が含まれていた。

 だが当然ながら、アランとラルが賛成するはずがない。

 これまで一度もLBXを触ったことも、CCMすら起動したこともないレンである。

 この極限状態下で、この軍勢を前に、初心者ですらない彼を前線に立たせることは誰から見ても愚策だ。

 しかしソルとレン以外、今LBXを所持している者はいない。

 メルとカイネはもちろんのこと、最もこの状況で足元が危ういアラン、ソルから見て常に双子一緒として置かなければならないラルを逃がすことを考えれば、消去法でレンが最もこの状況で共に戦うべきだとT国のチャンピオンは判断する。

 

 「やるさ。教えてくれ、チャンピオン」

 

 「そうこなくては。四人は僕達が敵を引き付けている内に、先を進んでください」

 

 「馬鹿、なんでお前こんな時に!」

 

 「やらせてくれ、ラル、アラン。必ず生き残って、何ならお前らより上手く扱ってやる」

 

 「くそ……」

 

 レンは既に決心しており、CCMを掴んでいた。

 操作をしたことはないが、何度だって彼は幼馴染が操縦している姿を目に焼き付けてきたのだ。

 大丈夫さ、やれる。

 根拠もない自信が、何故か底から沸き上がり笑みを浮かべ上がらせる。

 そしてレンは先程から薄々感じていた。

 ソルは、何か()()()()()()を視野にいれているということに。

 

 「なら、死ぬな。必ず生き残って合流しにこい!プレイヤーがブレイクオーバーなんて、シャレにならんからな!」

 

 「ぶれいくおーばーって、何」

 

 「はは。まあ細かい説明はあとで。とにかく見ていてください、戦いというものを」

 

 四人を先へ逃したソルは早速、銀色のアキレスを大地に立たせて突撃。

 既にオーディーンのある程度の索敵は終わっており、彼ら四人を逃がすだけならこの軍勢を突破さえすればどうにでもなる程。

 四人を追撃しようとするデクーの前に、アキレスが立ちはだかる。

 その風体は異彩な光を放ちながらも、装備自体は右手にブロードソードと左手にハンドガンという極めて軽武装かつシンプルであった。

 チャンピオンならもっと派手なものではないのかというレンの予想から全くズレ、アキレスは迷いなくデクーの軍勢に正面から突っ込む。

 アキレスを敵として認めた途端、数え切れないライフルの弾丸が嵐のように飛び交う。

 

 「甘いって」

 

 しかしシンプルな軽武装が故、アキレスは一切の被弾と隙を許さず、正面の雨をくぐり抜けていく。

 レンから見て、一体何が起こっているのか全く理解出来ていない。

 唯一わかるとしたら、彼が正真正銘の凄腕だということだけだった。

 そんな理解をしている内に、敵の数が一気に十減っている。

 

 「必殺ファンクション、──ストームソード、レインバレット」

 

 「これのどこが、お前から見て『手を焼く』って…?」

 

 最初からこれを想定していたのか、銀色のアキレスが広範囲での必殺ファンクションを同時に放ち、旋風を巻き起こす。

 弾丸の嵐には、剣戟と同じく弾丸の嵐を返す彼のやり方は敵にとって全くの予想外だったのか、何のカウンターも許されることなく破壊されていった。

 本人にとってはただの足止めのつもりであったが、傍から見ればこれはほとんど蹂躙である。

 直前に言った彼の「手を焼く」という言葉が、レンにとって全くの嘘であるように感じられた。

 

 「恐らく敵LBXは複数のグループに分かれて行動しているはず。つまりまだ、この集団を相手にする機会が幾度となくあります。一つの集団自体、全く驚異ではありませんが複数ともなると流石にこちらの持久力が保つかどうか。最終的に不利なのは、やはりこっちなんですよ」

 

 「なるほどね、俺はどう動けば?」

 

 「今みたいに、まず僕が切り込み隊長を努めます。必殺ファンクションでそれなりに敵をかき乱したあと、何でも良いです。とにかく身振り手振りで武器を振り回してみてください。相手は死にます」

 

 「それでいいのかチャンピオン」

 

 一通りCCMでマニュアルを読み終えたレンは数秒送れて飛行させていたオーディーンの形態を解除し、大地に立たせる。

 足が地に着く直前、やはり初めて故に動作のぎこちなさがはっきりと際立っていた。

 次に前進、これには何の難しさもなく、手際よくこなす。

 しかしいくらソルに場を荒らされているとはいえ、必殺ファンクションの範囲外だった敵も存在する。

 その内の一体が、異分子のオーディーンに対し狙いを済ませてマシンガンを連射。

 

 「よくないってそういうの」

 

 狙われていること自体を読んでいたレンは、すぐさまオーディーンの前進角度を斜め前にして回避する。

 瞬間、ソルが目を見開いた。

 もう二体のデクーがオーディーンを左右から挟むように同じくマシンガンを放つ。

 流石にこれには被弾を許してしまうのか、ソルがカバーに入ろうとした矢先──

 

 「翔べ!オーディーン!」

 

 「………!」

 

 レンは何度も見せたオーディーンを飛行形態に即座に切り替させ、間一髪で空中での回避に成功する。

 二度の咄嗟の回避は、ソルから見てただの偶然とは思えなかった。

 全て、ただの反射神経で成立させているものなのだろう、と。

 

 (思った通りでしたか。飲み込みの早さと特有の運動と反射神経。恐らく、僕達六人がよーいどんでLBXを始めたら、真っ先に彼が最強になっていたでしょうね)

 

 彼にイカロスの称号が付いたのも納得だ、とソルは感心する。

 半ば成り行きではあったものの、ラルでもアランでもなく、レンを選んだことを彼は既に最善の選択であったと確信していた。

 先程ソルが言った理由もほとんど本音ではあるものの、本命は別にあったのだから。

 

 (これが、()()()()()()()()となるかもしれないのが、唯一の心残りです。ですが、悔いはない)

 

 これから待ち受ける運命を、既にソルは悟ってしまっている。

 だからこそ、遺せるものを、可能な限り遺したい限りだった。

 もちろんそんなことを思っているなど、レンは知る由もないのだろう。

 

 「上出来です。このオーディーンにはたしか、双手剣が事前に装備されていたはずです。そして必殺ファンクションも。あなたの力を、見せてください」

 

 「言われずとも!」

 

 再び飛行形態を解除したオーディーンの動きに、今度は一切の乱れがなかった。

 二度目にして完璧な修正力、もはやソルの目に狂いはない。

 着地と同時、オーディーンが腰の左右に掛けられた二本の剣を構える。

 ソルに言われた通り、「とにかく振るってみる」。

 銀色のに振りかざした二本の剣が、赤い太陽と共に鈍く光った。

 

 「えぇ、っと…これだ!必殺ファンクション、コスモスラッシュ!」

 

 彼の宣言と同時、オーディーンが重く天へ伸ばした光を纏いし剣が真正面。

 槍のように正直に、大地を裂いてデクーの集団へ着弾。

 初めて使う必殺ファンクションと、あまりにも上手くいった成果に、レンは思わずガッツポーズをする。

 しかし、良いことだらけではない。

 必殺ファンクションを放った直後、オーディーンが一時的にオーバーヒートし一気に速度が落ちる。

 

 「え、ちょ、おい!こいつ動き悪くなったけど?」

 

 「これも教訓です。必殺技というのはタイミングを見て、周りを見て、何より自分を見てから使うんです。何せ、必殺技というのは誰だろうとも『必ず殺す』ので」

 

 「多分『必殺技』ってそんな物騒な意味込めてないと思うんだけど」

 

 「はは。まあオーディーンの初陣にしては上出来です。あとは、アランと相談して機体を自分なりにカスタマイズしてみてください」

 

 「その時は、お前のアドバイスもくれよ」

 

 レンの言葉に、ソルは返す言葉がなくつい俯いた。

 アキレスに助けられたオーディーンは再び性能を取り戻し、ソルにとって到底初めてとは思えないほどの戦力となり嵐を切り抜けていく。

 既にオーディーンの索敵によって少なくとも街を抜けつつある四人を見て、二人は一安心する。

 

 (アランの言っていたあの奇妙な灰色の機械。あれがT国のLBXの性能を超えた一つの兵器なのでしょう。あれは間違いなく四人に、そしてレンに近付けさせてはならない)

 

 ソルは未だに止まないどころか、増援を呼んで勢いを増し続けているLBXの群れが迫る中で、思考を深める。

 現状、LBXをたった二人で跳ね除け続けてはいるものの、あのキラードロイドという歪な兵器と遭遇してしまうのは時間の問題だった。

 そして何より──彼が一番に驚いていたのは灰色のキラードロイドの存在、ではない。

 

 (何より、()()()()()()()()()()()()()()。多分あれは、僕でも、僕達三人でも勝てない)

 

 その『不味い存在』を見たからこそ、T国チャンピオンである彼は内心焦りが止まない。

 オーディーンによる索敵で、彼は初めてキラードロイドという存在を目の当たりにした。

 しかし、彼ら五人には伏せているものの、続けてそれ以上にもっと恐ろしい存在を彼は目にしてしまったのだ。

 だからこそ彼は強引に、なるべく、そして可能な限り少しでも『不味い存在』から五人を引き離そうとする。

 

 最悪、五人だけでも。

 

 「レン、今度はこちらが一つ聞いても?」

 

 「あぁ?なんだ今になって」

 

 ソルは内心、常に思っていたことをレンに聞こうとする。

 敵LBXの嵐が吹き荒れる中、もう楽園の雨が降りかかろうとしている今になって。

 いいや、だからこそソルは聞くのだ、と。

 

 「何故、この状況であなたは生きる希望をそれでも見出そうとしたんです?LBXを触るのも、戦わせるのも初めて。おまけに隕石ときた。普通だったら僕折れますよ。なのに」

 

 「それは、よく言われたことあるよ。バスケとか日常生活とか関係なく」

 

 特に意外な質問だと感じていなかったレンが淡々と返す。

 だがソルにとっては不思議でならなかったのだ。

 急な混乱状態に陥った中、最初に動じることなく逃げ道を選びだしたのは彼だったし、全員を鼓舞したのも彼だった。

 バスケの試合にしても、幼馴染が応援で観に来ている時も同じ。

 負けそうな時ほど、何故か強くなる。

 

 強く、()()()()()()

 

 「俺はずっと、助けられてばかりの人生だったんだと思う。お前たち幼馴染がいなければ、俺はずっと孤独のままだった」

 

 「………………」

 

 「でもこの五人の輪の中にいる時、たまーに思うんだよ。この五人の中の誰かが、突然いなくなってしまったら、その時誰が真っ先に元通りにするのかって」

 

 「筆頭は、僕かアランでしょうか」

 

 「じゃあお前らどっちか、あるいは同時に欠けたらどうする」

 

 「それは……」

 

 それはあり得ないことなのだろう、とソルは何故か咄嗟に断言してしまった。

 この六人絶対の仲が崩れたことなど、今まで一切なかったのだから。

 確かに軽い喧嘩やいざこざは何度かあっただろう…しかし、一時は離れても関係が引き裂かれた覚えはソルには万に一つも存在しない。

 それほどまでに、他の五人は言いもしなかったが結びつきは強いほうだったのだ。

 だがレンの言葉は、その『万が一』という事態をずっと想定しているような口ぶりだった。

 

 「今まで俺ら六人が当たり前だったが、常にそんな保証なんてどこにもないんだ。俺はそれが怖いから、いざって時に俺こそはって名乗りでなきゃいけないんだよ」

 

 「……そうならないように事前に行動する、ではないんですね」

 

 「それはお前ら筆頭の二人がやってくれる。俺は別に、リーダーじゃないんだから」

 

 なるほど、とソルは半ば納得した。

 彼のこういった危機的な状況でこそ自ら率先して動く人間、ソルの不可解な疑問は結局こういった認識でまとまった。

 しかし逆を言えば、危険が及ばない限りは何もしないという裏返しでもある。

 彼があまり興味を示さなかったLBXこそ、その代表なのだろう。

 今最も危機に曝されているからこそ、彼はオーディーンを手にとった。

 それはまさに今、彼が『元通りにする』ことに必死だからだ。

 

 (でもレン、あなたはそう遠くないうち、きっとあの輪の中のリーダーになるかもしれない)

 

 これから起こる予感を前に、ソルは心の中でレンにそう告げた。

 彼はあくまで、恐らくリーダーになることを嫌っているわけではないのだろう。

 でなければ、バスケクラブのキャプテンなど務めるはずがないのだから。

 彼が率先して輪の中心に立たなかったのは、他の誰かがその役目を担ってくれているから、別に自分の出る幕じゃないからという理由に由来していた。

 なら逆を言えば、ソルかアラン、どちらかが欠けた時に彼はやっと本気になるのだろう。

 ソルは、何故かそんなことを考えていた。

 

 「………!敵が明らかにさっきより防戦一方になっている。レン、このまま切り開きましょう」

 

 「あ、ああ!もう少しの辛抱ってことだな」

 

 レン達二人の守りを知らない猪突猛進の戦闘は、立ち塞がるLBXをたちまちブレイクオーバーに落とした。

 自立可動式のLBXは流石に味方の数を悉く減らされていること、戦力で全く敵っていないことを肌で感じとったのか、じりじりと後退し始める。

 二人を倒せる存在を、ぶつけるために。

 

 「やっとお出ましか」

 

 「そのようです。あれがアランの言っていた、キラードロイドという機体でしょう」

 

 左右の建物からずしりと降り立ってきたのは、先ほど全員が目にしたLBXを凌駕する二つの灰色の巨体。

 その名を、キラードロイド・スケルトン。

 まだこの時点では灰色の巨体という認識しかない二人にとって、かの存在はまさに異質と言えた。

 しかし、戦慄と諦めの色など二人には存在しない。

 

 「知らない敵には、こっちも敵が知らない力をぶつけるしかないですね」

 

 「知らない力…?あるのか、まだそんなのが」

 

 「僕はこれでもT国のチャンピオンですよ?生半可な手札で勝てるほど、この国も一応甘くなかったもので」

 

 そう言ったソルのアキレスが何の迷いもなく未知なる敵に猛スピードで迫る。

 今までの戦闘は手を抜いていたのかとレンが思ってしまうほどに。

 キラードロイド・スケルトンが手足に備え付けられた機銃を放つ。

 しかし、彼の未知なる速度には全く対応できていない。

 二体の最後の弾を避けきったソルのアキレスが、隙を見て飛翔。

 

 「さっさと消えてもらおうか!アキレス、V()()()()!」

 

 彼の宣言と同時、アキレスの身体が全身銀色の光を纏った。

 だが着地地点のアキレスは既にいなかった。

 その代わり、次の瞬間スケルトンの胸部の骨が砕ける。

 スケルトンのダメージを負ったことによる仰け反りを許すことなく、今度は背後から銀色の刃が閃いた。

 どうしても敵手を振り払いたいスケルトンが刃を振り回す。

 無作為すぎる刃の嵐はアキレスに当たった試しがなく、代わりにたった一つの剣戟が空から舞い降りる。

 ひたすら、それの繰り返し。

 

 「新兵器がその程度じゃ、少なくともチャンピオンは倒せない。わかりますか?」

 

 ソルの言葉は届かず、一切の攻撃を与えられなかったスケルトンの一体の核が既に潰されていた。

 世に存在するLBXの中でも限られた機体にしか使えない『Vモード』を始めとする特殊モードとは、彼がアキレスを使う上で最も実装したかった要素の一つである。

 だが理想は理想でしかなく、当然この国にそんな代物を作れる道理など、どこにもなかった。

 しかし、世界は違った。

 LBX後進国から今や旧世代扱いされているアキレスと共に世界を目指す一人の白銀の男……彼の名とその実力が世界に知れ渡らない道理も、やはり存在しない。

 それはいつしか『世界を討ち取ってくれ』という弱小国に対する希望があったのか、アルテミスへの出場権を獲得する上で欠かせない国内予選通過時において、一人のエンジニアが彼に一つのパーツを渡したのである。

 そのパーツこそ、Vモードを発動させる核だった。

 未だ公式大会では使ったことのない銀色のアキレスのVモードを、彼は今出し惜しみなく使って見せる。

 

 「レン!左手の剣を一本、僕に!」

 

 「何する気だ」

 

 「()()()()です!もちろん、あなたのオーディーンによる!」

 

 咄嗟の言葉に咄嗟に片手剣を渡したオーディーンの左手が急にがら空きになる。

 だがレンにとって彼の提案は、まだ『未知なる力』が残っているという認識になった。

 次はまたソルの指示によって、オーディーンが今度はまたも飛行形態に変わる。

 それはいつかレンがLBXに興味を持ち、一緒に戦う日がくることを願ってアランと設計してオーディーンに組み込んだ一つの光。

 

 「これが()()です。必殺ファンクション───」

 

 やっと鳴り止んだ銀色の剣戟が止む。

 しかし、時は既に遅かった。

 

 

 「ダブルレイウィング」

 

 

 彼方より光の翼が閃く──銀色の剣を携えて。

 高速飛行を遂げたオーディーンに乗る銀色のアキレスの合わせ技、『ダブルレイウィング』がキラードロイド・スケルトンのもう一つの核を貫く。

 誰も彼ら以外、天使の羽が生えたオーディーン達の剣戟を追うことは出来なかった。

 初見であれば、これがT国チャンピオンと今日初めてLBXに触れる者による共同戦線とはまるで思えないであろう。

 それほどまでに、圧勝の一言。

 

 「やった、のか」

 

 「…………」

 

 レンの手応えに、ソルが無言で笑顔で応える。

 これほどまでの攻防であっても、やはりソルの命知らずの攻撃が止まらなかったのか、五分も掛かっていない。

 未知なる力を押し付けられた側の彼らが、だ。

 だがレンは、次の瞬間にはソルの笑顔が消えていたことに気付かなかった。

 

 「どうした、何で動かない」

 

 「合格ですよ、レン。やはりあなたは、もっと強くなれる」

 

 「何言ってんだお前…」

 

 敵が跡形もなく消し飛んだ頃、ソルはレンに顔を向けず後ろを見ていた。

 既にVモードを解除したアキレスを再び肩に乗せる。

 ソルのどこか無機質な呟きは戦闘終了で彼らと急いで合流しよう、というレンの思惑とは全く真逆に聞こえた。

 何か、もう何もかも満足してやり遂げたかのような。

 

 「………なんだあれは」

 

 レンがやっとソルの方向を向き、思わず硬直する。

 彼の目に、二人の目に、一つの影が迫る。

 それは人が得体の知れない未生物と直面した時の反応と似通っていた。

 ここまで十分すぎる戦果を挙げ、恐れを知らなかったレンが後退る。

 

 「親玉、と考えるのが自然でしょうか。本当に、世界は広いってことなんでしょう」

 

 ソルが笑わず、一心にひたすらそれを睨みつける。

 それは、LBXを知っている人間からすれば誰でも『異質』と思える姿だった。

 ギリギリ通な人間であるならば、旧世代で名を馳せた赤い『ルシファー』の名を持ったLBXであったであろう。

 だがLBXの面影があっても、LBXのようにはとても見えなかった。

 

 まるで、堕天使そのもの。

 

 故にソルにとっての認識は、この世で『最も不味い存在』と即座に断定したのだった。

 だからこそ────

 

 「まだ、やれますね。アキレス」

 

 即座に逃げる選択をせず、再びアキレスを構えさせた。

 レンにとってその行為は、生きることを放棄しているようにしか見えなかった。

 その直感が故、レンがソルの腕を掴む。

 

 「待て、逃げよう」

 

 「何故」

 

 「上を見ればわかるだろ。もう、時間がない」

 

 「これを止めなかったら、誰が?」

 

 「…なら、二人でも」

 

 「ならない。あなたはもう、逃げなさい」

 

 「何でそう────」

 

 そうこう話している内に、得体の知れない機体の持つ赤いランスが光った。

 血で染まったかの機体の羽が、重く広がる。

 

 「なっ」

 

 言葉を発する間もなく、オーディーンの胸部が一瞬のうちに貫かれていた。

 言うまでもなく、ブレイクオーバー。

 レンはもちろんのこと、ソルですらも何があったのか認識に時間を掛けてしまった。

 赤いルシファー…とも言えない機体は、何かを待つかのように仁王立ちする。

 

 『…………』

 

 赤いルシファーもどきは、ランスを左右へ薙ぎ払うかのように放つ。

 彼らが逃げる道には幾つもの建物が存在しているが、それらが半懐し瓦礫へと変貌し、二人の足元に降りかかる。

 かの堕天使がもたらした衝撃は、ソルの目からしてLBXやキラードロイドの破壊力を超え…現存する兵器と同等なのではないかと疑えた。

 やはり、これは危険な存在──幸いにもソルの予感は的中していた。

 

 「わかったでしょう。これは僕が食い止める。だから、あなたは生き延びて欲しい」

 

 「ふざけるな!お前はどうなる!命が、なくなるんだぞ!」

 

 「僕一人の命と!ここを通るかもしれないこの国の人たちの命!比べる必要がないってことぐらい、あなたはわかっているでしょう!」

 

 「お前…………」

 

 「レン、これはもう戦争なんだと思います。だとしたらあれも立派な一つの兵器なのです。カイネが言った通り、ね。LBXすら兵器とするなら、誰よりもLBXを使える者じゃないと戦えない」

 

 「だがそれは、お前じゃなくても!いやまさかお前、」

 

 まさか、最初からこうするつもりだったのか、とレンは今更ながら気付く。

 もう遅いと心の中では分かっているのにも関わらず。

 空が激しい轟音をより激しく鳴らす。

 時間が、無い。

 

 「ごめんなさい。必殺ファンクション、ストームソード」

 

 「お、おい!」

 

 彼のアキレスが全力で放った技が、ルシファーもどきと同じ要領で左右の建物に直撃する。

 ルシファーもどきほどではないものの、剣戟によって穿たれた建物の瓦礫が、今度はレンの目の前に立ち塞がるように降ってきた。

 自分の身長の倍以上はあるであろう瓦礫の山に、レンの足が止まってしまう。

 レンの視界から、太陽が消えた。

 破壊されて再起不能となったオーディーンを抱えて、彼は彼を呼ぶ。

 

 「認められる訳がないだろ!お前が死んだら、俺やあいつらはどうなるんだよ!」

 

 「…………」

 

 「六人一緒に逃げることが出来たら、例えここが無くなっても皆一緒になんとか生きていくことだって出来る!どうしてお前一人だけがここで死ななきゃならないんだよ!どうしてだ……」

 

 どうして───アランが最初にずっと口にしていた言葉を、今度はレンが涙ながらに叫んでいた。

 最初から何もかも、自分が死ぬかもしれない前提で戦っていることに気付かなかったレンは、己の愚かさを思い知った。

 どうせ死ぬからこそ自分にLBXの技術を叩き込ませてから逃がすつもりだったことも、最初から虚勢を張っていたことも、何もかも。

 どうしてだ。

 アランの言葉が、今は死ぬほど痛いくらいレンは分かってしまっている。

 

 「どうして、皆が生き残る選択肢を、お前が真っ先に放棄するんだよ……」

 

 「レン、僕はこの行いを恥じることも後悔することも無いでしょう。きっと、これがベストなんだ」

 

 「誰かの身代わりになって死ぬことに、最善も何もないだろ!まだ、遅くない…頼むから……!」

 

 レンが泣き崩れている間に、ソルは既に堕天使との交戦を開始していた。

 アキレスがVモードを使ってやっと出せた速度を、ルシファーは何の変哲もなく超えてみせ、アキレスの剣を回避する。

 もう、レンの言葉はソルには届いていない。

 彼の目は既に、T国チャンピオンのLBXプレイヤーとして目の前のLBXとも言えない怪物を見据えている。

 だが、レンは諦めきれない。

 

 「頼むから、皆で…LBXをやろう…」

 

 「ッ……」

 

 一瞬だけ届いたレンの言葉に、ソルは目を見開いた。

 その時には堕天使のランスがアキレスの左腕を突き、ドリルで穿つかのように片腕を全壊させた。

 強い、という単純な感想だけが常にソルの心を埋め尽くす。

 それほどまでに堕天使はアキレスの一歩一歩、上を征く。

 T国のチャンピオンが、これほどまでに。

 徐々に広がっていく実力差、だが彼は焦ってはいても───

 

 「倒さなきゃ……いいや、倒したい」

 

 危機的状況に対する義務感というよりは、何故かLBXプレイヤーとしての性が出ていた。

 絶対強者を、どうしても倒したいという人としてじゃない、プレイヤーとしての性が。

 こんな状況においても、彼は今更ながら初めて相対する『自分の上を征く存在』に笑みをこぼしていた。

 死ぬかもしれないのに、負けるかもしれないのに。

 

 「レン…あなたには分からないでしょうけど、こんな奴を前に逃げるような僕なら、」

 

 片腕を失ったアキレスの速度が、Vモードを混じえ先程より増して堕天使に喰らいつこうとする。

 もちろんこの状況下でサブウェポンだったハンドガンはもう使えない。

 なら、近接戦闘のみ。

 彼の目が、アキレスの目が、僅か先の未来を見据える。

 二重、三重の回避の更にその先を読んだソルのアキレスの剣が、ルシファーの回避行動を取ろうとしたつま先に掠れた。

 その瞬間を、彼は見逃さない。

 

 「この程度の僕なら、まだ死んだ方がマシなんだ!必殺ファンクション!」

 

 トドメだ、いいや…例え届かなかったとしても、これが最大の一撃。

 ソルの思考の限界が生んだ、一筋の剣戟。

 

 「───ビックバンスラッシュ!」

 

 重く振り上げた銀色の剣が、大地を切り裂いて堕天使に向かう。

 傍から見ればこれは巨大な光の柱が迫ってくるような光景。

 ソルが未だに公式大会で使ってこなかった…アルテミスである程度勝ち進んだ時に使うはずだった最大の技。

 その彼にとって一筋の光が、

 

 「バ、カな…」

 

 逆に()()()()()()()()()()()()()()

 銀色の光が、赤い光に生まれ変わって。

 

 「ふ、ふふ」

 

 逆に笑いすら滲み出てくる光景に、ソルは感心すら覚えた。

 どうしてこうなったのか、もう既に肌で感じとってしまっていたからだ。

 ただの、純粋な()()()

 こっちの最大の必殺ファンクションが、相手にとって最大かどうかも、必殺かどうかも分からない攻撃によってあっさり跳ね返されただけのことだった。

 だからこその感心。

 世界は広かった───ただそれだけのことだった。

 

 「そんなのアリか…いいや、LBXだからアリなのか」

 

 そもそもLBXとはカスタマイズという概念の上に成り立つ存在。

 単純に考えれば、動くプラモデル。

 やり方によっては、兵器にすらなり得る怪物。

 その究極と僕は戦ってしまったのだ、とソルはやっと思い知った。

 

 「レン。僕の負けでした。だから、これだけは最期に言っておきます」

 

 もう、何もかも時間切れ。

 既に逃げているのかも、そこにいるのかも分からない彼に向かってソルは独り言のように呟く。

 最も、いたのだとしても隕石が降ってくる轟音で何も聞こえないのだろうが。

 それでも、彼は────

 

 

 

 「皆のことを、よろしく頼みます。……()()()()

 

 

 

 直後、世界が轟音と共に真っ白に包まれた。

 

 

 -終- 第二章 楽園崩壊

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