■誰かの日記
何かを託した者が、託された者の行く末を知ることは無い。
□
『T国東部"エルズルム"軍、西部"イズミル"軍へ正式に宣戦布告し、第三次T国東西内戦が勃発。首都アンカラ、壊滅的被害か』
このニュースが世界に知れ渡ったのは2053年初頭であった。
正確には第三次どころではない回数を幾度となく戦ってきた東西であったが、そのことを追求する者はどこにもいない。
それは世界的に見ても同じ…代わりに「こいつらは一体何回戦争をするんだ」という呆れに近い感想が飛びかけた。
しかし今回に関しては飛びかけただけで、最終的にそういった声は潰えたのである。
何故なら、今までの戦争と全く毛色が異なっていたからだ。
そして何より、明らかに度が過ぎていた。
「大統領グラン・カーディアス、及び例の『隕石落とし』…いいや、巷では
ある日、背の高い男は新聞を手にこの直近で起こったT国一連の情勢を読んでいた。
T国の通信インフラが壊滅的に陥ってしまった今となっては、一昔前の新聞という物が何より重宝されてしまっている。
男はこの長い人生の中で戦争をそれなりに見てきていたが故、「またか」という感想を募らせていた。
男は戦いを知っている。
戦争があまりに無慈悲で、残酷なものであることを知っている。
己の足で、戦場を踏みしめてきたから。
「戦争の主戦力兵器は…やはりLBX。私が予想した通りとなってしまった。そして、」
そして知っているのは闘争の歴史だけではない。
この国が誇るべき、いや、誇っていたはずの機械産業の発展も知っている。
T国のほとんどが悪魔と呼んでいるLBXの事業発展も失敗も、この目で見てきたから。
何より、次の戦争でLBXが混じってくることも、あらかたの予想は付いていた。
だがしかし、今回の十数年ぶりの戦争の変貌っぷりには、言葉を失いつつあった。
「キラードロイド……。まさかコイツを取り込んでくるとは」
男は新聞の次のページをぺらりとめくる。
そのページには大きく堂々と、キラードロイドと呼ばれる『悪魔を殺す為の悪魔』の写真が載っていた。
彼はそれを静かに睨みつけている。
キラードロイド。
かつて二年前、LBXの世界的なテロに乗じて各地でこの存在が発見されていたことは多くのLBXプレイヤーが知っていた。
最終的に全滅が確認された後、A国が徹底的にキラードロイドの情報を調べ上げ、設計等の情報を公式発表したのは最近のこと。
他所の国に軍事転用される危険性を承知で情報の公表に踏み切ったのには理由があった。
まずは弱点や対策の露見。
キラードロイドの最大の弱点部位である中心の核部分や、LBXを用いた戦闘での有効的な戦い方など、仮にもしこの設計を真似て新たなキラードロイドが作られたとしても、予めこういった弱点や対策が知れ渡ってしまっているのであれば倒すのは容易だという心算である。
次にLBXと扱うプレイヤーに対する信頼的な部分。
前回の事件で、TO社を始めとした大手LBXメーカに対する信用というのは大幅に落ちてしまった。
もちろん、チップに細工をしてジャックするなど事件当初では対策しようもない事態が起きたが、それでもプレイヤーからすれば一種の警戒心が強まったのである。
しかし、この警戒が良い路線に働いた。
各々のプレイヤーが自身のLBXに対して、独自の対策を講じてきたのだ。
例えばジャックされたパーツの差し替え、キラードロイド等の強大な相手に対しての強度の確立、全く別の素材を用いたLBXの制作など様々。
これに限った話ではなくより一層、外敵に対する護身の術を各々が編み出して強化していった。
こういった事情もあり、大雑把に言えば世界的にプレイヤー単体としての能力
これがA国が認識していた、LBXとプレイヤーに対する一定の信頼。
キラードロイドはもう敵ではない────これがA国の発想だった。
だがそれは、当たり前だがLBXを熟知していることが大前提のお話。
「T国には、彼らに抗う術が
こう言って男は新聞を強く握りしめた。
いくらキラードロイドという新しい敵に対する弱点などが公開されていても、やはりどうしようもない例外が存在する。
その例外中の例外が、このT国。
LBXを悪魔と例え、見向きも扱いもしなかったこの国の人間が、キラードロイドはおろかLBXにすら対抗など出来るはずがなかった。
世界中のどこよりも圧倒的にLBX後進国なT国では、当然プレイヤー自体も少ない。
最新の統計情報では、人口の約一割も存在するかしないかというレベルである。
それはつまり、この国の人間のほとんどが今回の戦争に対して身を守る術も、戦うことも出来ないということを意味する。
更に言えば、この戦争で人間が付け入る隙など、どこにも存在しないのだ。
「こんな時に、少しでも私が戦えていれば…」
こう私が嘆いたところで、実際どうすることも出来なかった。
私は歳は取っているものの、これでもLBXを嗜む一人のプレイヤーであった。
プレイヤーというより、この国では悪魔の味方というのが正しいかもしれない。
しかし、私の手元にLBXはない。
戦争が始まってから一週間、中心の首都アンカラから始まった東西戦争は一旦、南の地中海を望める位置にある『アンタルヤ』にて熾烈を極めている。
熾烈を極めている、といってもそれは人間同士が、ではない。
そして現状、アンタルヤでの戦場にて
私がこの戦争で、特に驚いている部分といえばそこだった。
しかし、当然の結果といえば当然。
(皮肉にも、クリーンな戦争は実現出来てしまったというわけですか)
それは現T国副大統領、クレセント・ミハエルがかつて提言していた『死人の出ない戦争』のことである。
東のエルズルム軍に従軍していた彼が、大佐として東西両軍に無人運用出来る兵器を横流し、無人兵器同士で決着をつけようという発想から生まれたクリーンな戦争。
血を流したくない、これがクレセントの本音だった。
しかし、ある意味
彼の提唱は僅かではあったが、無人兵器を運用することによってLBX黎明期前の戦争での血を抑えることが出来た。
その後、再びクレセントが提唱したLBX事業の発展によって一旦の戦争が止み、争うこと自体が度外視されたのだ。
結果的に事業は失敗したが、それでも戦争はあの段階で一度終わった。
争うことしかしてこなかった、このT国が。
ある意味LBXの存在がこの国を救った──そのはずなのに。
「そのはずなのに……どうして……!」
「静かにせよ、
「存じておりますよ。にしても、私はいつまでここに囚われていれば良いのでしょう?それと、私のLBXも返して頂きたいのですが」
扉の向こうの看守が彼の問いかけに応じることはなかった。
私
事が起きたのは半年以上も前。
罪状は『LBXを使用し国家への武装蜂起を企てようとしたことによる共謀罪』とのことだ。
馬鹿言え。
もちろん私はそんな大それたことなどしたことも、しようと思ったこともない。
T国で過度にLBXを大っぴらに扱っていればこの様だ。
それほどまでに、この国でのLBXに対する
ここまでくれば、もはや一種の差別に近いであろう。
しかし、これが表面上の罪状…つまり建前であることは私どころか
私を拘束する最大の理由は、もっと別にある。
そして何より、私はこんなところにいる場合ではない。
「あなたは何も思われないのですか?」
「何がだ」
「とぼけない。今この瞬間にも、恐らく人の血は流れないのでしょうが、我々の住む居場所が失われつつある」
「つまり何が言いたいと」
「西と東が人を死なないことを前提に争っていたとして、最終的に我々の前にはどんな光景が広がっていると思いますか?ただの瓦礫と機械の山だけです。我々人間だけが残っていても、居場所と文明が失われていては生きていくことなど出来ない」
「…………」
「私は一刻も早く、戦争を終わらせなきゃならない。それでもあなたは私をここで野垂れ死なせるのですか?」
「貴様も軍人だったのだから理解しているだろう。そんな情など通用しないと」
「重々承知の上です。ですが情が幾つも築かれて、この国は形作られてきた。あなたもそんな国の一人では?」
「しつこいぞ貴様」
珍しく、クレスの何度目かも分からない説得に看守が激昂した。
無論、こんな物乞いに近い文句が通用しないことなどわかりきっている。
彼も恐らく、看守を任せられてはいるものの緑の軍服を着た軍人なのだから。
むしろこんな程度で情に流されて私を逃すようなことがあっては、こちらが困惑してしまうというもの。
私のこれはただの探り、そして暇つぶしだ。
そもそも私がどうもしなくても、もう少しすればここから出られる。
「あなたは間違いなく、上の命令には軍人らしく忠実に従うのでしょう。ですが忘れてはなりませんよ。命令に従った暁に、最終的には何人も、何十、何千、何万もの人の命がこの国から消えていくことでしょう」
「軍隊とは、戦争とはそういうものだろう」
「それより、似合っていまね。左手の薬指の指輪。永遠を誓った相手がいるのでしょうか?ですが残念です。恐らく消えていく命の中にはあなたの、」
「喋らせておけばこの男ッ!」
遂にクレスの煽りに耐えきれなくなった看守が、険しい表情をしてピストルを彼に向けた。
銃口の照準は確かにクレスに向けられてはいるものの、その手は少し震えている。
だが引き金は、引こうと思えばいつでも引けるような状態にあった。
クレスは、今までと表情一つ変えはしない。
「殺せますか?あなたに、この私が」
「くっ……」
「無理でしょうね。殺す気があるなら、私を捕らえた段階でそうしていたはずだ。あなた達の方針は私を殺すことではなく、表の世界から隔離し幽閉すること。違いますか?私に煽られ、思わずかっとなって殺してしまったとなれば明らかな命令違反だ。そして何より、あなたは怒りという情で動いてしまっている」
鉄格子越しに向けられた銃口を片手で掴み、言い放つ。
クレスをこの場で殺せるわけがないとわかっているからこそ、大胆な行動。
情を否定し、規律を重んじる軍人ならば、この場で命令に背き撃つことはないだろう、と。
「上に歯向かえばあなたはもちろんのこと、あなたの愛する身内も無事では済まない。あなたの部隊は
「貴様に、何がわかる」
「心中お察しします。ですが確実に言えるのは、この戦争が長引けば長引くほど、無事じゃ済まない人間が増える。本当はそれを理解しているのではないですか?」
「貴様に、何がッ!」
看守の持つピストルが、クレスの手を振り払った。
またもや銃口を向けた彼の表情は、険しく、どこか恐怖に怯えていた。
そして、いつ撃ってもおかしくはないほど。
震える指が、引き金を押し潰す。
「おっと、」
瞬間、緑色の小さな物体が目の前を横切る。
クレスの眼が見開いた途端、暗い牢獄に一つの銃声が鳴り響いた。
微かに焦げ臭い薬莢の匂いが香る。
彼の足元には赤い水たまりが、何一つ零れ落ちていなかった。
そして看守が持っていたはずのピストルは、何かにはたき落とされたかのように床に転がっていたのだ。
「失礼します」
何が起こったか分からない看守に隙かさず、何者かが背後から手刀を加える。
いくら軍人と言えど、流石の不意打ちには気絶せざるを得なかった。
それが、例え軍人ではない者の手刀だったとしても。
彼は、やっと助けが来たことを知った。
「ようやく来ましたか、ミツル君」
「勘弁してくださいよ…死ぬ気ですか」
「いいや、もうそろそろという頃合いだったので攻めてみようかと。おかげで、色々わかったこともあります」
「だからって……」
そこまでしなくても、という言葉を彼は飲み込んだ。
若干呆れ気味に話す彼はミツル・カザミという研究者を名乗る男だった。
銀色の頑丈なアタッシュケースから手早く鍵を取り出し、牢獄からクレスを開放する。
そして彼と一緒に、気絶した看守をダミー代わりとして閉じ込めた。
床に置いたCCMには、自立稼働状態で周囲の索敵を行う緑の
「私が逃げたと気付かれるのは時間の問題でしょう。とすると、追手も当然向かってくる」
「そうですね。僕の方は既に例の
「私のLBXは奴らに奪われたままです。あなたしか頼れる戦力はいない。なるべく交戦は避けていきたいところ。逃げの算段は?」
「もちろん付けています。敵情視察で彼らが使った飛行機があります。位置も既に」
「素晴らしい。私なんかよりここのことを把握しているじゃないですか」
クレスの世辞に、ミツルは軽く苦笑いした。
元々、極東の国の出身にしてLBX大手TO社のエンジニアだった彼は海外でキャリアを積むことを望んでいた。
だがしかし、その海外の派遣先がまさか爆発寸前のT国の軍事施設だと彼が想像出来るはずもない。
すぐさま帰国を悩んだものの、LBX発展途上に加え彼らを悪魔とさえ呼ぶT国の有様に、逆に彼は火が付いたのだった。
このT国東部軍機械課に所属して数年、ミツルがここのありとあらゆるを把握しているのは当然のこと。
「そうですけど、こんな場所からはもうおさらばです。彼らは僕を裏切ったんだ」
「戦争でLBXを使ったともなれば、私も同じく憤慨ものです。ですが、自分の命が懸かっていることも承知で?」
「当然ですよ。彼らは…LBXは僕の宝でもある。それをこんなことに使うくらいだったら、ここでのキャリアなんて全て捨ててやる」
まさか戦争にまでLBXを利用するとは思いもしなかった彼の怒りに、クレスは逃げながらも同情した。
ミツルがこの国でのエンジニア生活を始めたのは、あくまでLBXの楽しさを知って欲しいという純粋な動機があってこそ。
しかし、本格的な戦争が始まって、彼はこの国の本性を知ってしまった。
それは彼にとって、明確な自身への裏切り行為に他ならない。
だとすればここに居る価値など、万に一つもありはしない。
むしろミツル自身ここにエンジニアとして携わるのは、ある意味戦争を助長させることになるのだ。
『いたぞ!裏切り者を捕えろ!』
「どっちが裏切り者ですか」
背後から複数の人の気配をクレスは感じ取る。
やはり追手、想定していたよりも対応は早かった。
しかし思っていた以上に、彼の目からしてあまり脅威なようには思えない。
何故なら、彼らが所持しているのはあくまで実弾を込めた銃のみ。
「時代が遅れている、そう思ってくださいね」
ミツルは懐から丸い手のひらサイズの物体を取り出し、背後の彼らに投げつける。
無論、それは手榴弾などと物騒な物ではない。
床に転がった丸い物体は、彼らの足元に転がるなり光だし、やがて奇妙な領域を広げ始める。
その領域に閉じ込められた彼らに、この正体がわかるはずはない。
しかし、LBXプレイヤーの誰もなら、言われずとも知っている。
「……なるほど、
「T国にはせいぜい、Dキューブくらいしか出回っていないので丁度良かったです。まあ、付け焼き刃ですけど」
「交戦するよりはよっぽどましですね。ですが、そう簡単に通してくれそうにはないようだ」
背後の敵を撒いた先で、二人は不意に足を止める。
人で無理ならば機械で────そう告げるかのように、十体近くのLBX『インビット』が立ち塞がっていた。
後進国といえど、やはりLBXでの警戒をしていないわけではない。
彼らは二人を敵と認め、ジリジリと距離を詰める。
しかし、既にミツルのウォーリアーは彼らの弱点を右手に持っている。
スモークグレネード。
すぐさま投げつけたそれは、着弾するなりインビットの心臓とも言えるカメラを煙で封じ無力化させる。
LBX事業のエンジニアであるならば、LBXとしての個々の弱点を知っていて当然だった。
絶対に交戦はしない、これこそが今取るべき最善の手段。
再び全速力で、彼らは目的地である滑走路を目指す。
「流石です。このまま突っ切っていけば…」
「飛行機を奪取したとして、僕らはこれから何処へ?」
「大体の目的地は決まっています。もちろん、回収したソレ次第ではありますが」
「
「ええ。我々はまず、味方を少しでも増やさなければいけない」
さもなければ、ここで二人諸共死ぬだけの運命だ、とクレスは悟る。
私の設定するゴールとは、この戦争を終わらせることだ。
その為にはまず、一人でも多くの味方をこちら側につけなければいけない。
そしてここでいう味方とは、この国に存在する強力な
この国の大多数の人間に、キラードロイドやLBXに立ち向かえる手段などまず存在しないからだ。
故にこの戦争の主戦力たる彼らを倒すには、同じ手段を用いれるLBXプレイヤーしか存在しない。
悪魔を倒せるのは、悪魔だけなのだから。
しかし、この国に存在するLBXプレイヤーの内、そのほとんどが子供。
私はこれから子供達に「戦争しろ」と頭を下げなければいけない。
地下の牢獄からやがて地上へ。
滑走路へと繋がる扉を開けたそこに敵はいなかった。
彼らからして、まさか脱走する手段を持っているなどと予想できなかったのかあるいは…ともあれ、難なく目的地に辿り着くことは叶った。
不可解なくらい、あっさりと。
二人は小型の飛行機に乗り出し、クレスは何の迷いもなく操縦桿を握る。
一方のミツルはウォーリアーを停止させ、アタッシュケースを大事そうに抱えていた。
「静かすぎる」
「追手が諦めた、って思いたいですけど…。警戒は緩めない方がいいですね」
「ええ。ここからイスタンブールはかなりの道のりです。気を抜かずに」
視線を前方に向けながらも、クレスは声を強ばらせてミツルに告げる。
ここ『エルズルム軍事基地』から北西のイスタンブールまでには何時間か掛かる。
今このT国は戦争の真っ最中。
ある意味、この国に安全な居場所など何一つ存在するようには思えないが、それでもここよりはましだった。
イスタンブールにまで戦火は広がってはいないものの、人の代理として機械が戦争している状況ならば、いずれそちらにまで降りかかる可能性は大いにある。
急がなければならない。
私にそこまで悠長にしていられる時間など存在してはくれない。
「そういえばさっき、『色々わかったことがある』って言ってましたよね。あれってどういう意味だったんですか?」
「ん……?ああ、合流した時の」
ミツルがふと、看守が手刀で気絶した直後の発言を思い返す。
クレスは目を細めて静かに語り始める。
「まず一つ。現状、軍は内部の兵士を統率できてない、あるいは掌握できていない可能性があります」
「戦っているのはLBXやキラードロイドのはずなのに、人の出番はないんじゃ?」
「ええ。彼らはあくまでも
クレスの口から出た遠い未来の『戦争後』という話の規模に、ミツルは言葉を詰まらせる。
誰もがそんな未来が来るとは今、到底思ってなどいないからだ。
「掌握できていないのは、兵士の多くがこの戦争に不満や疑問を抱いているからです。つまりあの看守を含め、少なくともエルズルムは半ば強引に徴兵に踏み切ったように見受けられる」
ミツルがその言葉を聞き、どこか視線を逸らす。
「戦争後…まあ仮にエルズルムが勝つことを前提として話を進めると徴兵した最大の理由は、機械戦争で荒廃と化したT国を軍によって支配すること、あたりでしょうか」
「そんな……じゃあもし本当にそうなっちゃったら」
「後々、独裁国家が出来上がるでしょうね。再び血の歴史が繰り返される。それも、かつてないほど凄惨な。そして現に、大統領不在という事態が生まれてしまっている」
「クーデター、というわけですか。まさか、エデンフォール事件も東軍が…」
「可能性は十分にあり得るというより、副大統領が東軍と手を組んでいるという
淡々と告げるクレス。
副大統領がパレードの演説にて突発的に行ったあの銃撃と、直後に発生した隕石落としと東西内戦が事前に仕組まれていたものであるならば、副大統領とエルズルム軍が手を組んでいるように見えるのは当然のことであった。
このストーリーを前提に仮にエルズルムが勝利した場合、クレスは副大統領とエルズルムによる新たな国家が完成するだろうと予想を立てる。
そして、もし仮に西のイズミル軍が勝利した場合においても似たような結果となることが予想された。
あくまで現状は、副大統領とエルズルムは組んでいる『かもしれない』という推測の上で戦争が進んでいる。
正式な情報がまともに手に入らない戦況下であるならば、つまり副大統領は状況によってはイズミルに
故に彼は、どう足掻こうと勝ち馬に乗り自在に国を操ることが出来る立ち位置にある。
この国の人間、私やあの看守やその身内すらも。
事実、あの看守は所帯を持っていたのだろう。
だが、クレセント・ミハエルと東軍の画策したことになっている戦争の始まりにより、彼も含め多くの人間の生活が奪われてしまった。
私は知っている、戦争が何をどういった形で奪ってくるのか。
あの看守に告げた、『居場所が失われる』とはそういう意味だ。
恐らくだがあの看守のような一般兵士にこの先、例え戦争に勝ったとしても得る物など何一つ残ってはいないだろう。
「二つ。私が逃げることは想定済みのようですね」
「え、えぇ?またどうして?」
クレスの指摘に、ミツルは思わず驚愕の声を上げる。
看守はさておき、追手からすればこちらを殺しかねないほどだったのだから。
「警備が甘すぎる。殺すことではなく幽閉が目的ならば、更に手厚い場所に手厚い人数、何でしたら私を手厚く手錠なりで拘束すればよかった」
「それは…確かにそうですけど」
「しかし軍の地下牢獄には看守が入れ替わりでたった一人。『お外の事情を詳しく知っておけ』と言わんばかりに親切に新聞を寄越す」
言われてみれば確かにそうだ、とミツルは納得する。
滑走路に辿り着けば不自然なくらいに追手が来ず、それは警備に配置したLBXにしても同様だ。
私を再び捕らえるのに、あまりにも手抜きすぎる。
「何にせよ、あそこにいては何も出来ないのは確かですので、こちらからすればありがたい話でしかない」
どうぞいつでも逃げてください、というのが黒幕の狙いだったのだろう。
だがこれに関しては乗ってやるまでだ。
奴らの狙いがなんであれ、こちらにとって絶好のチャンスであることに一切の変わりはないのだから。
そして、絶好のチャンスともいえば────
「こちら側には
「ええ。しかし、問題も山積みですよ」
「その問題を解決する為にも、まずはイスタンブールです」
ミツルはアタッシュケースから一部のデータをCCMに読み込み、じっとその内容を見つめる。
彼がクレスと合流する前に軍事施設のデータベースから抜き出したデータ、そこには一体のLBXの設計図が映し出されていた。
しかし、LBXという扱いではあるものの、姿かたちはLBXではない異形とも言える。
これこそが二人の切り札。
「コードネーム……ベレロフォン」
ミツルは静かにその名を呟く。
体の構造は通常のLBXと同等ではあるものの、背面に背負う幾つもの羽の形をした剣がその異形さを表している。
エルズルム軍事基地が保有する重要機密が一つ、つまりこのLBX『ベレロフォン』は戦争の鍵を握っているということだ。
そしてミツルの手中にはこの設計図だけではない、ベレロフォンの素体となるコアスケルトンに、ベレロフォンを異形たらしめるとある素材が収まっている。
ベレロフォンをLBXとして運用させれば、間違いなくキラードロイドすらも凌駕する戦力を得ることになるだろう。
だが、たかが戦力を有する為に、二人はベレロフォンのデータを奪取したわけではなかった。
これを『鍵』と呼ぶには、更なる理由が存在する。
「そのベレロフォンに今回のエデンフォール事件に連なる
「はい、間違いありません。だけど、データを引き出させる手段は実際に彼を動かしてみないとわかりません」
「つまり、鍵はベレロフォンだけでなく、ベレロフォンを
ミツルが静かに頷く。
ベレロフォンが二人の頼みの綱にして最大の切り札であることに間違いはなかった。
それは二人がこの戦争に関わっていく上で、敵の弱点を握ることになるからだ。
その弱点…エデンフォール事件を皮切りに始まった第三次T国東西内戦にまつわる黒幕の計画や思惑、全てが詰まったデータがこのベレロフォンのチップに保存されている。
しかし保存されているだけであって、データを完全に解凍して読み解くことはミツルにも出来なかった。
T国のエンジニアが作ったとは思えない理解不能レベルの強固なプログラムによって、かのデータはより深い海に沈んでいた。
だが逆を言えばベレロフォンを運用していけば、あるいはこのT国内戦の溝に深く切り込んでいければ解読できる可能性は十分にあった。
ベレロフォンは鍵であると同時に、開かずの宝箱とも言えよう。
だからこそ不思議でしょうがないのだ。
こんなにも黒幕の急所になり得るはずの存在を奪っても尚、私達を安易に逃がしていることに。
「あれは………」
次第に地上から聴こえてくる爆撃音に、ミツルは窓から見下ろす。
灰色の軍勢が群がり、無機質すぎる戦いを繰り広げている。
東と西、両方の軍勢を足せば百は軽く超えるであろうキラードロイド・スケルトン、その機械仕掛けのドラゴンが死なない戦争の代理人だ。
支援特化型のスケルトンが破壊されたスケルトンの屍を築き、修復されたと同時に再び特攻するかのように敵陣へ突っ込んでいく。
延々とその繰り返しだった。
泥沼としか言いようがない戦いの有様に、ミツルは思わず寒気がした。
「勝ち負けが戦争の本質ではない」
「え……?」
地上のスケルトンの軍勢に目もくれず、クレスは無機質に告げる。
「そこに憎しみが生み出されるか、そこに居場所が残っているか。ただそれだけだ」
「だけど機械に、感情など」
「そう。彼らは東西戦争の代理者だが所詮は機械。憎しみも居場所を求める情もあるわけがない。かつて二度に渡り起こった内戦も同じ、彼らも軍人であり機械だった」
「もしかしてあなたも……」
「はい。違いといえば、情を捨てることを強いられているか否か。先程のあの看守がその典型例でしょう。戦争のためにそれを捨てざるを得なかった人間が行き着く先は、言うまでもない」
果たして私はどっちだったのだろうか、とクレスは内心迷っていた。
いいや、捨てることなど到底出来なかったから、今ここにいるのだろう。
捨てることが出来なかったから、
そして今、クレセント・ミハエル副大統領の手により三度目の戦争が始まってしまった。
とすれば、最後に私が真に戦うべき相手は、分かりきっている。
「首を洗って待っていなさい、クレセント・ミハエル。その化けの皮を剥いでやる」
あたかも、元々別の皮を被っているかのような彼への言葉を、疑問に持つ者はいない。
やがて二人の乗る飛行機は東から遥か北西、イスタンブールへと辿り着こうとしていた。
それはエデンフォール事件と同時に勃発した東西内戦から一週間経ってのことであった。
丁度その頃、後にベレロフォンの所持者となる彼は────
■
これだけは最期に────
誰の声だろうか。
真っ白な夢の中で声だけが反響してひたすらにリピートされる。
確かに聞き覚えはあったが、正確に思い出せない。
皆のことを、────
お前もその『皆』の中の一人じゃなかったのか。
色々と言いたいことはあったはずだが、真っ先にそんな矛盾を追求する。
そして、その皆をお前は俺にどうしろと言うんだ。
どうして、お前だけが先に向こう側に行ってしまったんだ。
どうして、お前が俺に一方的に願いを告げているんだ。
だって言ったじゃないか。
「皆とLBXやろうって、言ったはずじゃないか」
負けたくなかったんです。わかりますか?
「お前が強いのは見てわかったさ。昔から負けず嫌いなのもわかっている。だが、」
だが命を捨ててまですることじゃない、そう言いたいんでしょう?
「馬鹿野郎。わかっていて、どうしてなんだ」
…………
「なんとか言えよ!なんでなんだ!」
申し訳ないことをしたと思っています。でも僕、カッコよかったでしょう?
どこか満足そうに笑みを浮かべる彼に、レンは言葉を失った。
本当に悔いがないように見える、あるいは全てを悟って諦めたかのような。
どうしたら僕は、皆の元に帰れますか?
「それはお前が、一番にわかっていたんじゃないのか」
……それもそうですね。では、こうしましょう────
彼の次の言葉を聞く前に、真っ白な世界が暗闇に包まれた。
次の瞬間、両脚が味わったこともない強烈な痛みに襲われた。
だがそれも一瞬。
それ以降、彼がレンに語り告いでくることはもうなかった。
□
「ソ、ル…!」
がばりと起きて、目の前に広がったのはまたも真っ白な世界。
感触も空気も音もはっきりと感じ取れるせいで、レンは自分が長い夢を見ていたのだろうと察する。
だが、直前の出来事を全く思い出せないでいた。
思い出そうにも、周りにいる人達が妙に慌ただしいせいで思考を邪魔される。
その周りの人達、看護師のような真っ白な服を身に纏っているおかげか、自分がいるのは病院かとわかった。
だが、
「俺がどこを怪我したっていうんだ」
今のところ何の痛みも感じてないがため、ますますレンは今どうしてこの場に、どうしてこうなったのかがわからず困惑していた。
ともあれ、痛みも記憶もないのならば少なくとも立ち上がってはいいのだろう。
思い出すよりも先に行動だ。
そう思い立ち、レンはベッドから立ち上がろうとし───
「う、うわっ!?」
ああそうか、まだ病み上がりなのかもしれない。
ずっと長いこと眠っていたのだから、体が訛っていたのかもしれない。
そんなことを思いながら、再び体を起き上がらせようとする。
しかし、何故か立てない。
体が言うことを聞いてくれない、などというそんな領域の話ではなかった。
脚で立とうという、基本の感触がなかったからだ。
「だ、ダメですよ。まだそんな状態で起きようとしたら!」
「はぁ…?あんた、何を」
若い看護師がレンの転倒を目の当たりにし、すかさず駆け寄る。
看護師が何か細長い機械のようなものを一本拾い上げる。
単なる見間違いだろうか。
自分にはそれが何故か直感的に
看護師はその義足のようなものを、転んで仰向けになったレンの左脚に───いいや、何をしている?
それは脚を失ったやつが取り付けるものだろう?
「………レン!」
慌ただしい中でも一際目立っていたのか、その光景をみていたアラン達四人がレンを見つけそばに寄る。
しかし、レンに寄る彼らの表情は再開を喜ぶかのような色など一切なかった。
険しい表情を浮かべ、泣きそうになっているというよりは、思わず目を伏せたくなるものを見てしまったかのような。
そしてどこか、悔しそうだった。
「な、なぁ、この看護師さん義足みてえなやつ持ってるけど、何これ」
「………………」
「おいアラン、何があったんだ一体」
妙に歯切れの悪すぎる、いいやアランだけじゃないそれは他の三人も同じ。
伝えるべきことがあるはずなのに、何故か躊躇っているかのよう。
「なぁって!」
「……お前、自分の脚を見たか」
「何を言って、」
「いいから」
アランは声を震わせながらレンと目を合わせず言う。
そういえば何故か下半身の感覚が全くなかったことに今更気付く。
でもまさか、そんなわけがないじゃないか。
そしてレンは恐る恐る、仰向けから半身だけ立ち上がらせ、見てしまった。
両脚をほとんど失い、半分だけ義足を取り付けられた自分の下半身を。
「……………はぁ?」
掠れた魂の抜けたような声は、四人に届きはしない。
現実を認識してしまったレンを見て、彼らは思わず目を固く閉じる。
やがて数分も経っただろうか。
しかしそれでも、言葉を失い硬直してしまったレンに声をかける者はいなかった。
かけられる言葉が、あるわけがない。
「は、はは…面白いドッキリもあるってもんだよな。なあ、アラン」
「っ………………」
「別に自称するほどでもないけど、俺ってさ、イカロスって呼ばれてるんだぜ?この国で、バスケで俺に敵う奴はいねえって。そうだよな!おまえ特にずっと見てきたもんな、カイネ!」
「レン、もう、」
「T国最強のプレイヤーだって皆から言われて、それで今度は世界に挑もうってさ。なあ!お前らと同じだよ!ラル、メル!アルテミスってやつに今度出るんだったろ?俺もお前らと同じ、世界に行くって」
「クソッ……」
「こんな争いばっかの国でさ、恵まれねえ環境だったのに努力と才能で俺ら幼馴染は上まで昇ってきたんだよ!すげえじゃねえか!誰に言われなくてもわかる、俺ら六人は最強なんだよ!なあ、そうだろう!?」
他の四人が見たこともないような笑みを浮かべ、聞いたこともないような饒舌になるレン。
そんな彼の勢いに圧倒されてしまったことも含め、やはり彼らは何も言うことが出来なかった。
しかし代わりに、静かに雫を零していた。
アランも、カイネも、ラルもメルも。
いいや、思い出せ。
こんな時こそ、俺が先頭に立たなきゃ。
かつて彼に告げた言葉を、レンは実行に移す。
「なに揃って泣いてんだ!笑おうぜこんな時こそ!俺だったら大笑いするよ、こんなしょうもないドッキリ仕掛けられたら!ましてバスケの選手にこんな真似するかっての!全くデリカシーのねえ奴だな、こんなことするなんて」
そうだ、笑うんだ。
こいつらが泣いてしまって弱気になっているその時こそ、俺が誰よりも名乗り出て引っ張らなきゃいけない。
だよな、俺はあいつにそう言ったんだ。
俺は皆に助けられてきたから、大事があった時に皆の先頭に立とうって決めていたはずなんだ。
ならこんなくたばってないで、さっさと立ち上がって────
「なん、でだ」
レンの意志は虚しく、立ち上がろうとするも片脚が無い状態では到底叶わなかった。
当然のことだった。
立って生活をする。
立ってその脚で歩く。
立って、戦う。
今までそうしてきたはず。
当たり前のことをすればいいはず、それなのに。
「なんで、立てない。笑わせるなよ」
立とうとして体勢を崩し、倒れる。
ひたすら、それの繰り返し。
「はは……調子悪い日もあるってことなのかな。だって普通、あり得ないじゃんか。明日、決勝だぞ決勝」
「やめてくれ」
「お前らも観に来てくれるんだったよな。圧勝してやるから、多分つまらない試合になるけどそれでも観には来てくれるんだったよな」
「やめてくれ、もう……」
「だからさ、いい加減ネタばらししても良い頃合いなんじゃねえか?だよな──」
何度も立ち上がって転ぶ度、彼から笑みが少しずつ消えていく。
しかしそれでも、しょうもない戯れかドッキリだと信じたいレンは立ち上がることを諦めない。
アランの「やめてくれ」という言葉が、レンの耳に届いてくれない。
何も言う言葉が無いから、かける言葉が無いから、どうすればいいかわからないから、四人は何も出来ない。
彼らに唯一出来ることがあるとしたら、それは残酷にもレンが現実を受け止めるのを待つことぐらいだ。
「そんなわけない。だって俺は、」
俺は、レン・アークインジェだ。
このT国のバスケクラブで、プロにも引けを取らないとすら言われた最強のプレイヤーだって。
他人に俺がどう見えているのか知ったことじゃないけど、イカロスって呼ばれてるんだって。
翔べるんだ俺は、どこまででも。
この国を翔び越え、世界に行くんだ。
俺からバスケットボールとこの脚を奪ったら、何が。
「俺には何が残っている。返してくれよ」
やがて立ち上がることに疲弊を覚えたレンの身体が、徐々に痙攣を覚える。
だがそれでもレンは諦めきれない。
ゆっくりと手を地面に押し付け、身体を起こそうと必死に足掻く。
叶わない。
いつしか立ち上がろうとするレンの姿は、誰がどう見ても這いずっているようだった。
「返せよ。それは、俺の羽だ」
それは彼が半分の才能と、もう半分の努力の末に身に付けたイカロスとすら呼ばれる脚力。
彼をT国最強のバスケットボールプレイヤーたらしめる、最大の特徴だった。
だが彼に、もうイカロスの羽は付いていない。
それを証明するかのように、身体が遂に言うことを聞かなくなった。
うつ伏せの状態で、前を見ることすら出来ない。
「認められるわけがないだろ、そんなの」
いつだったか、彼に同じことを言ったような気がする。
認められるわけがない現実がそこにあったから。
どうか、夢であってほしかったから。
しかし思い知ってしまっている、これは紛れもない現実だった。
「クソ…クソ、クッソ!」
四肢の中で半分残っている拳を地面に何度も叩きつけ、叩きつけた痛みと引き換えに、次第に現実を認識していく。
脚を失ったと知ってしまったからこそ、ある意味残っている拳に頼るしか怒りをぶつけれない。
「誰なんだ、こんなことをしたのは」
直前の記憶が次第に蘇り、あの隕石の雨を思い出す。
次に彼が思い出したのは────
「それは、なんだ」
「お前が持っていたオーディーン。ひどいダメージを受けていたが、治したんだ」
「LB、X……!」
レンが首を辛うじて持ち上げ見えたのは、床に仁王立ちするかのように立っていた、アランがレンに渡したオーディーンだった。
そうだ、LBXだ。
あの降りかかろうとする隕石を側に、俺らと相対した機械共。
そして、あのキラードロイドとかいうやつ。
そいつらと戦って勝って、その後は……。
「
「は………?」
「全て、
お前らが、俺の羽を奪い去ったんだ。
思えばキラードロイドってやつも、元々LBXを倒すためだけの存在だったらしいな。
だとしたら、お前さえいなければ、あのキラードロイドってやつも生まれなかったはずだ。
そうだ、お前らが…
「お前らが、やったんだな!何もかも、お前らが!」
「な、お前!?」
もう動かせなかったはずのレンの身体が彼の怒りと共に奮い立ち、アランの手元にあったオーディーンのCCMを奪い取る。
そして、狙いも定まらずにオーディーンを操作しだし、
「────コスモスラッシュ」
完全な武装状態に突入させ必殺ファンクションを発動した。
辛うじて人が少なかった病室内の人間に命中はしなかったものの、壁に衝突し僅かな穴を穿つ。
それは遠くにいる人間からすれば、何か爆発でもあったのかと錯覚するほど。
訳もわからない唐突なレンの行動に、四人は驚愕して後退る。
「お前らが……絶対に、許さねえ!」
「何をしている!レン!今すぐ止めろ!」
「うるせえ!」
「レン、やめてよ……」
「全部倒してやる。LBXもキラードロイドも、全部!」
四人の言葉は彼にはもう既に届かない。
まるで見えない敵と戦うかの如く、彼のオーディーンは室内を縦横無尽に飛び回り、破壊の限りを尽くす。
そう、彼に見えているのは…いいや、怒りのあまりに映し出されているのはあの時のLBXとキラードロイドの軍勢。
今の彼は、ほとんど暴走状態のようなものだった。
下手すれば、大怪我を負う者も発生するほど。
だとすれば、彼らにやることは限られていた。
最もそれがわかっていたとしても、実行出来るか否かはまた別問題。
「………止めるぞ。ラル、メル。カイネは下がってろ」
「ふざけやがって、こんな時に!」
やるしかない、しかし最もやりたくもない手段をアラン、ラルとメルは実行に移す。
LBXを倒すには純粋にLBXをぶつける。
アランのハンター、そしてラルとメルのアキレスの計三体のLBXが、暴走したオーディーンの前に立ち塞がる。
しかし元々彼らが使っていたLBXは家と共に隕石に焼かれ、既にこの世には存在しない。
この三体はアランが予備のパーツと機体を買い漁り、臨時で組み上げた代物。
つまり、圧倒的にレンのオーディーンよりは遥かに性能が劣っている。
「だが相手は初心者以前の実力だ。レンがLBXを触ったのは、あの時だけだ」
「出来れば壊したくはないね…人数で押して取り押さえるしかない!」
「だな…ならさっさと────!?」
三人の方針が確立されるよりも前に、ラルのアキレスの片腕に剣戟が迫りくる。
咄嗟の反射神経で直撃を免れるも、彼は攻撃を止めない。
二刀流のオーディーンと槍と盾を持ったアキレス、防戦一方を強いられたのはアキレスだった。
いいや、そんな馬鹿な……ラルだけでなくメルとアランも同じく考える。
初心者以前──今のレンの実力はそのはずだったのにも関わらず。
「馬鹿な!?どうなってる!?」
「なんで初心者ですらないレンが、ここまで」
兄妹の驚愕が彼の攻撃を受け止める毎に強まっていく。
LBXを扱うのがこれで二度目のはずにしては、あまりにも手慣れすぎているオーディーンの動きに、三人は何故か防戦一方の状態だった。
オーディーンの剣戟が一振り、ラルの盾によって防がれる。
その間にメルのアキレスの持つ二対の拳が襲いかかるも、もう一本の剣で受け止め、片脚で胴体を蹴り上げる。
すかさずアランのハンターの狙撃が放たれるも、今度は盾で攻撃を受け止めるのに精一杯なラルのアキレスの片脚を蹴り、体勢を崩した隙に腕を掴みハンターへと投げる。
オーディーンを狙っていたはずの弾丸が投げられたアキレスに直撃し、思わぬダメージを受けてしまう。
なら純粋な一対一ならどうか。
そう考えたメルが真正面からオーディーンに殴り掛かる。
「必殺ファンクション、旋風!」
「おせえよ!」
二刀流と二対の拳なら流石に攻撃力的に互角。
その思惑通りなら後は単純な実力勝負、そのはずだった。
しかし距離を詰めた連撃を、レンのオーディーンは呆気なく躱し、そして必殺ファンクションすらも。
次にターゲットをアランのハンターへと切り替える。
狙いは彼の機体、ではない。
「お前、まさか…!」
彼のオーディーンが高速で迫り、取った行動は攻撃ではなかった。
ハンターの腰に装備した、もしスナイパーライフルが使えなくなってしまった時に緊急で用いる予備のハンドガンの
すぐさま奪い取ったハンドガンを引き換えに、左手に持った片手剣をハンターに投げつける。
つまり今のオーディーンは右手に片手剣、そして左手にハンドガン。
何をする気だったのか、三人は嫌でも察してしまった。
「
そう、ラルとメルの兄、ソル・アルマルが常に取っていたファイトスタイルそのもの。
紛れもない、そしてレンがやるはずもない構えに、三人は思わず息を呑む。
一糸乱れぬオーディーンの構えが意味するのは、ただ一つだけ。
「
それはレン自身、全くもって自覚していない彼の才覚。
エデンフォール事件真っ最中の極限状態の中でT国チャンピオンと共闘し、LBXの軍勢を跳ね除け、ましてキラードロイドまでも撃破してしまった規格外の力が、三人にとってある意味最悪の形で覚醒して身に付いてしまっていた。
彼はただソルの言葉に従い、動きを真似、やってみせ、戦って勝っただけ。
そしてそこに、彼の長年のバスケ生活で培ってきた運動と反射神経、彼特有の飲み込みの早さがプラスαとして乗算されすぎてしまった。
単純に、それだけの話であった。
更にもう一つ、起こって欲しくなかったことをアランは次第に察していく。
(お前はこいつに、そんなものを遺してしまったんだな)
それはレンしか知らない、彼の所在と安否そのもの。
他の三人がどうであれ、アランは既に覚悟していた。
彼がもう、この世に存在しないことを。
だがどうしてもまだ、希望を持ちたい。
もしかしたらレンしか知らない彼の事情を持っているかもしれない。
だからこそ知るためには───
「何がなんでも、レンを止めるしかない」
これがただの一週間前の話であるならば、容易どころではない。
しかし今、三人の前に立ちはだかるのは、ラルとメルといったチャンピオンですら一歩遅れを取ってしまう程の同じチャンピオンに匹敵する異色のルーキー。
まさにソル・アルマル自体を相手にしているような感覚だった。
そしてラルとメルにとってソル・アルマルとは、この世の誰よりも戦いたくない相手だ。
身内だから敬遠しているという話ではない、実力の問題。
現に二人と組んだ模擬戦において、何度も挑んでもなお彼らはソルに
彼らアキレス三銃士が国内予選で見せた戦い方とは、常にソルが切り込んで場を荒らし、次に二人が一人ずつを順次撃破していくRPGのようなもの。
つまりソルのアキレスはタンクの役割を担っている、普通に見ればそのはずだった。
しかしそれは、来たるべきアルテミス本戦のために敢えてソルが手札を抑え込んでいるだけ。
やろうと思えば、ソルは例え二人なしでも一対三の状況で勝てることが可能だった。
そしてソルですら勝てなかった敵に、あの時レンは遭遇してしまった。
「許せないんだ、絶対に」
そうしなければ、彼が報われてくれない。
今ここであいつを倒したかもしれないLBX達を許してしまえば、あいつの最期の努力が意味をなしてくれない。
仇を討たなきゃいけないんだ、俺が。
俺の脚を奪い、俺の仲間を奪った奴ら全てを。
LBXと、そしてLBXを殺すためだけのキラードロイドも殺さなきゃいけない。
お前らさえ、いなければ良かったんだ。
だけどソルは、そんなことを望んでいたっけか。
────何度だって、これからも彼らはこんな目に合わされるんだと思います。
いつだったか、どこかで聞いた彼の言葉を思い出す。
その言葉を語る彼の表情に、悔しさや無念の色など一切なかったことも。
────僕はずっと、そんなLBXに希望や光があるって信じ続けています。確かに今まで、爪痕を残してきたのは間違いない。だが、彼らじゃなければ片付けられない問題だってあった。
そうかもしれない。
だが、奴らじゃなきゃ片付けられない問題とはなんだ。
たかがオモチャに、何が出来ると。
────だからこそ、僕はこの国に示さなきゃいけないんです。彼らは、悪魔じゃないって。
だが実際、その悪魔は俺らやお前にすら牙を向けてきた。
何を今更、奴らを庇う必要があるっていうんだ。
それで何でお前らは、そんなもので邪魔してくる。
「邪魔をするなよ!また俺らから、全部を奪おうってのか!」
だがあいつはそれで戦って、
「ダメだ…まるでこっちのことが視界に入ってない」
「あいつが今視ているのは俺らじゃない、俺らのLBXだけだ。俺らのLBXがここにいる限り、まともな話し合いで解決出来ると思わない方がいいな…」
相手がチャンピオンと同等の実力を持っていると分かっている以上、甘えた真似が出来ないというのが現状だった。
そして何より、三人側がこの人がいる屋内で捨て身の行動が取れないのが致命的。
引き換え、レンは自暴自棄から来る戦い方を押し付けれるが故に、このままでは各個撃破されるのがオチだ。
とはいえこのまま三人がLBX毎ここから去れば、一人のままのレンが何をしだすかが分からない。
半ば詰んでいる、これがアランの正直な感想だった。
「使うしかない、か……」
ならばもう強硬手段に出るしかないのか。
次第に追い詰められてきたアランが、震える指をCCMのボタンを押そうとする。
こんなことをすれば、周りへの被害がただでは済まなくなるものの、致し方がない。
他の二人がオーディーンの気を引いている間に、ハンターは遠くへ距離を取る。
次には、アランはもう迷わなかった。
「必殺ファンクション、スティンガーミサ───」
そして決死の覚悟で放とうとしたハンターの必殺ファンクションを、
【────両者、そこまで!】
突如現れた緑色のLBXによって阻まれた。
「なんだ!?アキレスが、動かねえ!」
そしてそれは彼ら三人のLBXとレンのオーディーンの動きを、完全に停止させていた。
かの緑色のLBX、ウォーリアーが現れた瞬間に。
まるで人が金縛りを受けたかのように、この場の全てのウォーリアーを除いたLBXが静かになっていたのだった。
それは彼らのCCMも同様、電源を突如引っこ抜かれたかのような現象に陥る。
ウォーリアーの足元には、いつの間にか片手で持つブロードソードのようなものが刺さっていた。
正体不明のウォーリアーは場が完全に静まったことを確認すると、ゆっくりと剣を引き抜く。
それを合図に、四人のCCMが再起動する。
【電磁フィールドというやつです。この剣が刺された一定範囲に居るLBXに対し、足元から内部チップに向けて動作停止信号を送り出す。ああ心配せず、こちらのウォーリアーはチップを若干いじってますから害はありません】
ウォーリアーから気が抜けるような低くも明るい男性の声が聴こえだす。
誰も知らない声だった。
軽い雰囲気を出しながらも、ウォーリアーは抜いた剣をいつでも再び地面に突き刺すような構えを取る。
もう交戦はさせない、という合図だ。
だがアランが注視するのはウォーリアーの構えではない、ウォーリアーそのもの。
何故なら、そのウォーリアーは遠目で見ても
「……助かりました。俺らはもう戦うつもりはありません。にしても、何者ですか?」
【ああ、失礼。実はちゃんと近くにいます】
数秒してから室内のドアがゆっくり開かれ、アタッシュケースを持った若い小柄の男性と長身で白髪な中年の男性が入ってきた。
長身の男の手元にはアラン達と同じようにCCMを持っており、アランは瞬時に彼が声の主だと察する。
初対面のはずにしては、アランから見てこの男はどこかしらの既視感があった。
アランが記憶の引き出しを開けようとする前に、白髪の男は口を開く。
「気になりますか?本来それは隣にいるエンジニア、ミツル・カザミ君が作られたLBXです。もちろん今しがたお見せした電磁フィールドも、彼のオリジナルです」
「こんな作り込まれたLBXを俺は見たことがない……。T国にここまで凄いエンジニアがいたんですか」
「だそうですよ、ミツル君。やはり元TO社の質はどこにでも通用するということですね」
ウォーリアーをじっと見つめていたアランの視線に気付いた男が、にこやかに応じる。
TO社というアランにとって憧れの存在でもあった名があがり、思わず息を呑む。
市販されているスタンダードのウォーリアーではあるものの、各所のディテール、重厚な塗装、細かいところまでもが作り込まれていた。
それはアランにとって、紛れもなく理想のLBXの作られ方。
理想と憧れが今まさに、目の前にいるのだ。
「こういう奴なんだよ、アランは。質が良いLBXにはいつも目が離せない」
「なるほど、でしたらミツル君ときっと良いお話が出来るでしょう。紹介が遅れました。私はクレス・ミヘナ、実は東の軍事施設から脱獄してきた身です」
「俺はラルだ。こっちは双子の妹でメル。あんたの後ろの子がカイネ。にしても脱獄だぁ?あんた何したんだ?」
「まあ細かい話は追々。それより今、ラルとメルって仰いました?」
「そうだが、それがなんだ?」
「……驚いた。まさかこうも早くお会い出来るとは」
二人の名を聞いたクレスが目を見開く。
もちろん初対面のラル達にとっては、何のことなのか心当たりなどない。
「数カ月後に行われるLBX世界大会アルテミス、あの大舞台へのチケットを手にしたT国初のプレイヤー…それがもたらす意味合いは途轍もなく大きい」
「今のこの状況で、とてもアルテミスに出たいとは思わねえけどな……」
「そうかもしれません。ですが、出場権を得たというだけでも非常に素晴らしいものです。そんなあなた達を、我々は探していました」
初対面であるクレスの賛辞に双子はつい言葉を失う。
何せ、真正面からこういった言葉を掛けてくれる存在など、幼馴染以外に存在しなかったからだ。
いくら世界的な一大ムーブメントの世界大会出場といえど、この国からしたら所詮悪魔の戯れ。
むしろこの国で世界大会へ通じる国内予選が設けられたこと自体が、ほとんど奇跡のようなものだった。
そして世界の大多数から見れば、T国というLBX後進国は
国内予選が設けられたのは、世界に出て『せいぜい負けて恥をかいてこい』といったイタズラのようなものがあったのでは、という噂も多少広がっていた。
「そして、何より期待されている」
双子を通り過ぎ、クレスはある男の前へ歩み寄る。
世界が例え最弱と呼んでいても、この国のLBXプレイヤーからしたら出場者は希望の星であることに変わりはない。
ラルやメル、そして───
「ソル・アルマルという、最強のプレイヤーであるあなたが、ね」
「「「「………………」」」」
そしてクレスが声をかけた相手は、彼がソル・アルマルと呼んだ
当の本人はクレスにLBXを強制停止されて以来、壁に背を預けたまましゃがみ込んでいたまま。
瞬きもせずじっと、自分のあったはずの脚を見つめて彼の声は届いていないようだった。
まさか知っているのは名前だけだったのか、とラルが固く目を閉じる。
「しかし、これはひどい怪我だ。一体、何が?」
「……クレスさんと言いましたっけ。悪いけどそいつは、」
「ラル君ら二人と顔も似ているわけでもない。だがそれより、この子をどこか別の場所で見た覚えが、」
レンを注視していたクレスだったが、何かを察したミツルがクレスの肩を掴む。
何が、とクレスが聞き返す前に、ミツルは俯いたまま首を横に振っていた。
もう既に遅かった、彼の手はそういうものだった。
そして当のレン本人は、どこでもない虚空へ死んだ視線を向ける。
「実を言うとな、俺らもソルを探していたんだ。俺らはアンカラで急に襲ってきたLBXやデカブツから逃げてて、レンとソルはそいつらから俺らを逃してくれた」
「…つまり、彼を最後に見たのは」
「ああ、そういうことなんだ。だけどもう、違うんだろうな」
アランはそう言ってレンに目をやる。
本当はアランだけではない、他の三人も薄々察してはいたことだった。
だからこそ、探すこと自体がもう既に違うのだ、と。
そして現実を知るためには、今しかなかった。
「レン、一つ聞いていいか」
険しい表情のまま、アランはレンに問う。
彼が問うのは、ソルの安否
「あいつは、
「………!」
彼が既にこの世から居なくなっていると確信してしまったからこその問い。
そのアランの問いに、レンのそれまで虚ろにしていた瞳が見開き始める。
まるで、大事なものを思い出したかのよう。
むしろ、何故今まで思い出せなかったのか。
何故そんな大事なことを気にも留めずに。
(そうだ、お前は、ああ言ってたもんな)
恐らくはレンが『幼馴染の誰か一人欠けたら先頭に立つ』という一種の方針を聞いたからこその遺言だったのだろう。
逃げることよりも戦い、脅威を食い止めようとした彼を止めれず、意気消沈してしまったレンに彼はこう言った。
「『皆のことを、よろしく頼む』」
掠れた声で、レンは彼の遺言をなぞる。
その言葉を告げたレンは再び壁にもたれかかり、また涙を流した。
「そうだ……。あいつは、俺にお前らのことを託したんだ。なのに俺は、そんなことも忘れてお前らに…憎しみと怒りをぶつけた!いいや、そもそも俺はあの時ソルを無理やりにでも引っ張ってお前らと合流するべきだった!」
まるで後悔を吐き捨てるかのようなレンの慟哭。
それは彼らへの説明や謝罪というよりかは、自分への言い聞かせのようにも聞こえた。
「最初っからあいつは自分が助かる道を捨てていたのに、それに気付いておきながら俺はっ!あいつを…
何故あの時、自分自身すらも最終的にソルと逃げる選択しなかったのか。
彼自身が問うまでもない──ソルと共に自分も死ぬ道を自然と選んでいたからだ。
ソルが生きる選択を捨て、それを察してもなお彼を生者に引き戻せなかった現実に、いつの間にか折れてしまったからだ。
そして終いには、自分自身の代名詞だった羽すらも折れた。
「すまない、ソル。すまない……アラン、ラル、メル、カイネ……!本当に、すまなかった……」
「そんな、」
「兄貴……」
レンだけでない。
ラルもメルも、アランも、カイネも、誰もがその残酷な現実に涙を流した。
彼ら六人が幼馴染として揃ったのは十年も近くの前のこと。
バスケ少年のレンとそれを隣で応援するカイネ、常に礼儀正しく真面目なソルに憧れ後ろから付いていく双子のラルとメル、そして紛争で両親を失くしたアラン──最初はバラバラだったそれぞれが奇跡的に一緒になり出来た幼馴染。
今まで不思議なくらい致命的に関係が崩れたことも、崩されたこともなかったはず。
それほどまでに固く結束力のあった幼馴染の絆。
だがしかし、この国の理不尽な現実が全てを奪っていった。
「お前の言う通りだよ、アラン。何で、こんなことになっちまったんだろうな…」
「クソ、クソっ……!」
「何でこんなことが。なんで俺だけが、こんな無様に生き残って帰てきちまったんだろうな」
「違う、それは違うぞ!レン!」
「え……?」
悔しさで拳を地面に叩きつけたアランがレンの言葉を聞き、即座に否定する。
次にはレンの肩を掴み、言い放った。
「よく
「俺もだよ。兄貴がどうなったのかで頭がいっぱいで、先を急ごうとしすぎちまった。そもそも、LBXでこの場をどうにかしようだなんて違うもんな」
「……仕方ないじゃ、済まされないよね。誰よりもショックだったのはレンのはずなのに、私もごめんなさい」
「あたしも、レンにずっと付き添っていれば良かった……」
幼馴染の全員が全員、どうしようもなかった現実に対しそれでも『何かするべきだった』と後悔する。
本来、この五人の誰のせいでもなかったはずなのに、誰もが自分に非があったのだと涙する。
今となってはそうすることでしか、彼を弔えなかったのだから。
「タイミングが悪かったようですね」
「どこへ?」
「外へ。あなたも来なさい。誰にだって、人を弔わなければならない時間が必要だ。そしてそこへは如何なる部外者も、入って良いはずがない」
彼ら五人の様子を奥から見守っていたクレスが固く目を閉じ、ミツルを連れ部屋を出る。
クレスにとってこの光景は嫌となるほど何回も見た中の一つに過ぎなかったものの、やはり胸が痛むことに変わりはなかった。
親を失くした子供、その逆、愛人を失った者、友を失った者──現在と過去、何度も起こった紛争で人を失う悲しみを負った者はこの国の人口以上に多いのではないか、クレスは去り際にそんなことをひたすらに思う。
そして今から自分がやろうとしていることが正しいことなのかすらも。
「どう思いますか?彼のこと」
「レン・アークインジェですね。どこかでお見かけしたと思えば、バスケットボールの有名な選手でしたね。最初はあまりにも関連性がなかったものですから、わかりませんでしたよ」
「ええ。それ以上に、彼の動きは僕が国内大会で見たソル君の動きと全く同じでした」
「仲間の口ぶりからして、恐らく彼はまだLBXを触り始めたばかりだと思われます。だとしたら、もしかしたらソル・アルマルと同等かそれ以上の逸材とも言える」
数分後、外へ出た二人は先程のレンの戦いぶりを見て考察していた。
元々の二人の方針は、多くの避難民が駆け込んでいるであろうこのイスタンブールの地で優秀なLBXプレイヤーを探すことにあった。
そしてその第一候補はT国最強とも言われたアキレス三銃士、アルマル兄弟。
中でもソル・アルマルはもしかしたら世界に風穴を開けれるかもしれない唯一の存在であり、双子のラルとメルに関しても二人が組めば他を寄せ付けないほどの実力を有していた。
しかし、決して予想出来ないわけではなかったが、起こってほしくもなかったソルの死という事態。
二人にとってこれはイレギュラーの枠組みではあったものの、更なるイレギュラーが発生してしまった。
それが、レン・アークインジェ。
「正直…彼がこちらの仲間になってくれる可能性は低いと思います。彼は実力こそ優秀ですけど、始めたてにしてLBXに対し強い憎しみを抱いてしまっている」
「彼だけじゃない。アランという青年はあなたと積極的に動くかもしれませんが、あの双子もそれなりにショックを受けている」
「ですね……。けど、もうここまで来てしまった」
元より無理のあるプランだったのかもしれない、とミツルは深く頭を抱え込む。
大前提としてこの国は戦争という極限状態に追い込まれ、既に何万との死人を出している。
辛うじて生き残った者の多くは、身の回りの人を失ったことによる深い傷を負っている。
傷の深さに大人も子供も存在しないだろうが、当然子供の方が受けるショックは大きい。
クレス達はそんな子供に対し、『戦争を終わらせるための戦争に協力しろ』と依頼しなければならない。
ミツルからすれば、博打もいいとこだ。
「私は退くつもりはありませんよ。彼らでダメだった場合はまた他を探すまで。まあもちろん、それすらもダメだった場合は最終手段も視野にいれます」
「ちなみに最終手段っていうのは…?」
「私がベレロフォンを使って戦います」
「無茶な…」
「でしょう?いくらLBXに精通していても、この老体にあの怪物は扱えない。そうなる前に、一刻も早く見つけなければ」
クレスが冗談混じりで言うも、内心では確かに無茶なやり方ではあると自覚していた。
しかしその無茶すらも受け入れて戦える人間でなければ、恐らくベレロフォンという名の怪物に飲み込まれてしまうのがオチ。
更には戦争の終結に協力させると同時に、その者は
ただ戦うことが全てではないのだ。
「何の理由もなしに、人間が戦うことなんて出来ませんよ。少なくとも、私が見てきた限りでは」
「
「戦争のために振りかざす理由なんて、正義と同じです。人を殺めることを迫られてでも決して譲れない己の正義があるからこそ、こんなことが起こっている」
「…………」
「だからこそ、あの子達に協力させるにはあの子達なりの正義というものを芽生えさせないといけませんね」
それこそが真に
ふと彼は、先程レンとアランがよく口にしていたことを思い出す。
────何で、こんなことになっちまったんだろうな。
(少なくともあの二人は、この惨状に至った理由を知りたがっている。だとしたら…)
だとしたら、そこから彼らを仲間に引き込める機会を見いだせる。
何故ならベレロフォンがその鍵を持っているからだ。
そして恐らくレン・アークインジェならば、あの堕天使を上手く扱える力を持っているかもしれない。
ここまで退けるわけがない、クレスがそう考えていた折。
「……おや?」
病院の出口から青年が一人、松葉杖を持ち覚束ない足取りで裏口へと歩いていった。
先程見た、レン・アークインジェだった。
その後、少し遅れて黒色の髪をしたレンと同い年くらいの女性が同じく出口から病院の裏口へ走る。
彼女の様子は恐る恐るといった塩梅で、ある意味足取りは覚束ない。
クレスの記憶が正しければ、その女はカイネと呼ばれていたか。
「ちょ、ちょっと?」
クレスは何故か導かれるように、忍び足で二人の跡を追っていたのだった。
■
「待ってよ、レン」
その両脚を失い、片方は義足でもう片方を松葉杖でなんとか歩くレンをカイネは後ろから追いかける。
散々泣いた後、涙が乾く前に唐突に外へと逃げるように彼が出ていったのだ。
あまりにも不安定なこの状況で、今の五人の幼馴染が出来上がる更に前から一緒だったカイネが彼を放っておけるわけがなかった。
今の彼はカイネから見て、今すぐに自分から死にに行ってもおかしくなかったのだから。
「付いてくる必要なんか、なかったでしょうが」
「でも、」
「わかるだろ。独りになりたいんだ」
カイネのしおらしい態度に、ついレンの語気が強くなる。
しかしそれに気付いたレンは即座に「しまった」と改まった。
つい数十分前の過ちを、再び繰り返してしまいそうだったからだ。
「出来ないよ、そんなこと。だって今のレン、何してもおかしくない」
「心配されなくても、今のこの脚じゃどこにも行かないよ。……どこにも行けないんだ」
「レン……」
今にもまた泣きそうな表情で、カイネはレンのあったはずの脚を見る。
何年も見てきたからカイネは知っている、レンにとって自分の脚とは命そのものだと。
彼にとっては、二つある心臓の一つを潰されたも同然だった。
生きていたとしても生ききれない、それがレンの純粋な思いなのだろうとカイネは感じていた。
そしてレンの生きていた場所とは、カイネにとって一つの居場所でもあった。
「はっきり言うよ。俺はもう、バスケは出来ない。出来るわけがない」
「わかってる…わかってるよ…」
「お前にはずっと支えてもらってきたからな。だからそれが一番、申し訳ない」
「謝ることなんて何もないのに……」
「いつか、何かしらの形で恩を返すつもりだった。まさかこんなことで台無しになるとはな」
そんなことない、とカイネがまたも涙を流しながら首を横に振る。
実現することはなくとも、彼がそんなことを考えていたことに対する嬉しさと悔しさ。
その悔しさとは、カイネにとっての居場所が一つ消えたことに対するものだった。
バスケはもう出来ない、それはつまり自分がマネージャーとして彼を支える機会が二度とないことを意味するのだから。
ある意味、これが彼女にとっての生き甲斐に近いものだった。
「十二年くらい前だったか。カイがこっち引っ越してきて、そっから近所付き合いが始まったのは」
「うん。お父さんがこっちで過ごさなきゃいけなくなって、あたしはそのまま付いてくることになったの」
ベンチに座り込み、レンはふとカイネとの出会いを思い出す。
十二年前──カイネが四つの頃、
T国人の血を持つ父親、日本人の血を持つ母親の間に産まれた彼女は、どちらかといえば母親譲りの外見と性格を持っていた。
しかし名前だけは、当然ながら父親の型をほとんど持つこととなる。
「昔のことはあんまり良い記憶がなかったなあ。日本にいた頃は周りから『変な名前だな』って言われて、それでこっちに来たと思ったら『変な喋り方だな』って。散々だったかも」
「そう、だったな……」
「結局どこにいてもいじめられてた。お父さんはお仕事で忙しかったし、お母さんは日本に残ったまま。誰にも相談出来ないと思ってた」
過去の出来事を思い出し、カイネはくすりと笑う。
実際は笑えないような出来事ばかりのはずだったが、今となってはそんな風に笑い飛ばせるそれほどまでの出来事があった。
「でもある日、そんなあたしをレンが助けてくれたんだよね。『喋り方がちょっと違うくらいで。馬鹿な奴らだな』って」
「よく俺の言ったことまんま憶えてるな、お前」
「そりゃ嬉しかったからね。そこからだったなあ、レンとよく遊ぶようになったのは」
カイネの微笑みに、レンは何も言わなかった。
いいや、言えなかったのだ。
彼女とよく接するようになったのは、それなりの
だからこそ異国の地から引っ越して来た彼女を守り、今に至るまでの物語が紡がれてきた。
「レンと遊ぶようになって少ししたあと……お父さんは仕事で忙しくなるどころか、ある日を境に家に帰ってこなくなった」
「それは、」
それは彼女の父親が
元々日本に住んでいた彼女の家族は、再び巻き起こった内戦によって父親が徴兵され、バラバラになってしまったのだ。
本来であればカイネ自身も母親と共に日本に残るのが自然な流れだったはずだが、やむを得なかったがそれでも家庭より戦場を選んだ夫に絶望したこと、何より、幼きカイネが父親に味方してしまったことによって母親だけが日本に残ってしまった。
だがいずれ戦場へ向かい、娘を独りにしてしまうことを父親が理解していないはずはない。
「ううん、言われなくても全部わかってる。だからお父さんは、レンにあたしを任せたんだよね」
「お前…いつわかったんだ」
「お父さんが居なくなって、レンのお母さんのとこにお世話になったあたりから、かな。だって皆、信じられないくらい優しかったもん」
「…黙ってて悪かったな」
「いいの。まるで本当の家族みたいにお世話になったんだから、謝るのはあたしの方だよ」
それを聞いたレンは固く目を閉じる。
父親を失い、本当の意味で孤独となってしまったカイネは自然とレンの家族へと引き取られた。
しかし何故、レンとその家族に自分の愛娘の全てを託したのか。
答えは単純、彼の父親も…彼女の父親と同じ時期に消えた。
彼女の父親はレンと最後に会う時、彼にこう言い遺した。
────娘を、頼まれてほしい。
「お前が来る前、俺の親父がよく話してた。『日本から俺の親友が来るんだ』ってな。でもまさか、一緒に戦場へ死にに行くとは思わなかったよ。親父も親父で、勝手なもんだ」
「……悲しくなかったの?」
「あの時だけは、な。だが今全てを思い返してみれば、どいつもこいつも…!」
レンが声を震わせ、右手を強く握りしめていた。
一緒に過ごしてきたカイネにはわかる、彼は怒っていた。
身の回りの人間が勝手にそれぞれの事情で消えていったことに対して、ではない。
レンの父親が戦場へ向かう朝、父親は彼にこう言っていたからだ。
「『母さんをよろしくな』だってさ」
「……え?」
「そうだよ。お前の親父さんも、俺の親父も、そしてソルも!勝手に言って、勝手に託して!勝手に俺を残してどっかへ消えた!あと何回、こんなことが起きるんだろうな…」
勝手に託され続けてきた人生だった、レンは居なくなった人へ怒りをぶつける。
託され、遺された者が背負う重荷を、死者が知るはずもない。
そして遺された者が彼らに対して行った責務を、彼らが当然見ているはずもない。
ならば、意味はないのか。
「俺も、
「やめて、レン」
「冗談だよ。いや、冗談…だったかな」
レンの誰へ向けたかもわからない問いに、カイネは思わず言葉を詰まらせた。
彼女にとって、こんな姿のレンを一度だって見たことはなかったからだ。
そうなるほどに、彼は身の回りの人間を失いすぎてしまった。
そして今、彼に残されているのは脚を除いたこの身一つと──
「冗談じゃねえぞ」
「アラン……!」
彼の周りに存在する、
いつからか二人の話を聞いていたのか、アランとラル達双子はレンの元に集う。
三人の手元には、それぞれのLBXがあった。
「俺はなんにも納得がいってないんだ、どうしてこうなったのか。お前だって同じだろ?なんでこんな戦争が起こったのか、なんでお前が勝手に託されたのか。知りたいことなんて山ほどあるはずだ」
「かもな」
「かもな、じゃねえ!そうなんだよ!確かに辛いことが死ぬほどあった!だけど謎だらけを残したまま、お前までも誰かに何かを託してどっかに行くってのか!?それこそ意味わかんねえよ!」
「………」
「仲間だからはっきり言うが、さっきのお前は信じられんくらい誰よりも強かった!あのラルとメルよりもだぞ!お前はもうバスケは出来んかもしれんが、まだやれることがあるんじゃないのか!?」
アランの言葉に、双子は強く頷く。
それはT国のチャンピオンに輝いたアキレス三銃士の内の二人が、初心者だったはずのレンの実力を完全に認めたことを意味する。
二人の兄が遺し託した意志が、結果的にレンの中に眠っていた異質な才覚を覚醒させてしまったのだ。
彼はまだある意味生きている、二人はそう感じられずにはいられなかった。
「俺もアランの言う通りだと思う。戦争もそうだが、何で兄貴一人だけが死ななきゃいけなかったのか、納得しようにもしきれねえ」
「このまま何も知らないで諦めてたら、多分兄さんは報われないよ。だから私も同じ」
ラルとメルもレンの目を見て言い切る。
双子にとってソル・アルマルとは単なる兄だけでない。
憧れ、尊敬、追いつくべき背中、誇り、頼れる最後の砦のような存在。
だが彼は消え、アキレス三銃士も消えた。
そして同時に、追いつくべき存在がもう一人現れてしまった。
「お前は間違いなく強い。今度はLBXで、また
アランが強く言い放ち、レンに再びあの機体を渡す。
いいや、押し付けるというべきか。
彼が押し付けられたのは、やはり灰色のオーディーンとCCM。
戦え──彼の言葉はそういったものだ。
「その通りです。レン・アークインジェ」
「あんたは、たしかクレスと言ったっけ」
「ええ。私からもアラン君と同じように、いや…皆さんにお願いしたいことがあります」
「そういえばあんたら、俺らや兄貴に会いたかったんだってな。あんたらの目的はなんなんだ」
そして別の方向から、クレスとミツルも彼の元に集う。
先程クレスが一時的に操っていたウォーリアーは、今はミツルの肩に乗っていた。
ラルは未だに警戒しているのか、二人を睨みつけ問う。
クレスは、意を決して迷わず答えた。
「私の計画に協力してほしい。そのためには、ラル君やメル君のような強いLBXプレイヤーが必要不可欠です」
「計画ってなんだ?…いいや、そもそも敵はなんだ?」
「順を追って説明します。しかしその前に、場所を変えなければいけませんね。この場で堂々とする話ではない」
「あんたらが俺らの敵じゃないとして、その証明は?」
「ご覧ください、丸腰です。何でしたら我々が唯一所持しているLBXのウォーリアーを…そうですね、アラン君に一時的にお預けしても構いません。あなたはそれに興味がありますよね?」
クレスが両手を上げそう言うと、ミツルはアランに自身のCCMとウォーリアーを手渡した。
唐突な手渡しに少し困惑したアランであったが、渡されたウォーリアーを見て、目に光が宿る。
やはりどこからどう見ても、自分で作ってきたLBXの何十倍も精巧な作りをしていた。
「…信じるよ。少なくともこんなLBXを作るには間違いなく知識と、何より愛情がなきゃ無理さ」
「そういうのをチョロいっていうんだぞ、アラン…」
「もちろん、お預けするのはLBXだけではありません。このアタッシュケースの中には我々の切り札があります。我々が開発を進めている強力なLBXの設計図、今回の戦争に大きく関わってると見れるパラダイスの情報。それらを場所を変えるまでの間、お持ち頂いても構いませんし、気に入らなかったら捨てるも良し」
「……もし俺らがそれを捨てるような真似をしたら?」
「いいや、捨てない。特にレン君やアラン君にとっては」
まるで最初から何もかもを見抜いているかのように、クレスはラルに言い放つ。
否定すらもさせず、ミツルはラルに件のアタッシュケースを迷いなく手渡す。
これでは無理やり話を飲まされているのでは、と誰が思うのも無理はなかった。
別に預かる気も捨てる気も最初からなかったんだが、と言う前にクレスは追撃する。
「ダメ押しさせてもらうと、そのアタッシュケースにはこの国の
「……そこまで言うなら、わかったよ。それで、俺らはどこに行けばいいんだ?」
最も二人に対して警戒心を持っていたラルが遂に観念する。
特段、もう不満を抱いているわけではないが、むしろあまりのスケールの巨大さにひたすら困惑していた。
更に言えば、これを捨てたら恐らく彼らに殺されでもするのではないかという恐怖すらも。
向かう先を聞かれたクレスは、彼ら五人にとって思いがけもしない場所を答えた。
「
-終- 第三章 折れた羽