ダンボール戦機 -2053KK-   作:最果

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第六章 首都奪還作戦

 ■誰かの日記

 

 自らを偽り過去を捨てた者に待ち受ける未来。

 果たして破滅か、絶望か。

 

 

 

 ■

 

 「…………はぁ?」

 

 この場に存在する人間なら当然の反応だった。

 特にレンは、流石に動揺を隠せない。

 ましてや何もかもが有り得なさすぎるからだ。

 

 だが彼は言った、レン・アークインジェこそがエルズルムを滅ぼしたと。

 

 【すま…ない、俺には奴を食い止めることが……】

 

 「ならこの場にいるこの小僧は、何だ…?」

 

 【奴の手によって、基地が…そしてキラードロイドが…今…そっちへ…】

 

 「なん、だと…?」

 

 ガイアはただそう言い残し、息絶えるように通信も途絶えた。

 アインにとって、そしてクレス達にとってそれは聞き捨てならない言葉だった。

 仮にエルズルム軍事基地が滅ぼされてしまったのなら、至極当然のこと。

 だがここでイズミル軍と異なっているのは、あくまで彼らが停止されている訳ではないということ。

 つまりそれは────

 

 【なんだ、この反応は……!?】

 

 ミツルから唐突に通信が届く、それも深刻そうな声音の。

 やっとの思いで戦いが終わった、そのはずなのに。

 

 「まさか…いや、まさかなのかもしれない」

 

 アランの中では既に嫌な予感が漂っていた。

 彼らはここまで、とてつもなく()()()()()()

 何せいくらキラードロイド達の侵攻が少なく手薄とはいえ、これは必ずではない。

 統計上そうなっているだけで、彼らは例え夜中であっても不意に侵攻を行うパターンが存在する。

 しかしそれなら、KK部隊は日を改めてイズミルを突破すればいい。

 仮に今回のように、バークプラントまでの道のりが容易かったのならば、急いで突破してしまえばいい。

 

 だが急ぎすぎて何もかも上手くいった時ほど、背中を刺されやすくなるというもの。

 

 「……ッ!これは……!?」

 

 彼らが目にしたレーダーに映っていたのは遥か東──エルズルム軍事基地から侵攻してくるLBX、キラードロイドの軍勢。

 いつもと違い尋常ではないのは、その数。

 KK部隊が今日、蹴散らして倒した数の十倍…千近くはあるであろう軍勢が決して遅くはない速度で、着実に侵攻して来ていた。

 それだけではない、この数の軍勢は今までに類を見ない…初めての現象。

 

 そしてミツルが指し示す予測到達地点は、T()()()()()()()()

 

 彼の言葉によれば、アンカラに辿り着くまでに一時間もない計算だった。

 

 「無理だ!流石に俺達でもこれは簡単じゃない、しかもこんな戦いの後なんだ!」

 

 「ですが目指しているのはアンカラ。彼らが辿り着いた頃には、あなた達の真上に彼らがいるということ」

 

 「…最低でも補給をしなければ相手に出来ません!今から基地に戻って補給や修理を行っていたら、俺らが再出撃する前に蜂の巣だ!」

 

 KK部隊副長の目は即座に、今から迎撃するのは困難だと断定していた。

 実際、レンや他の隊員からしても同意見ではあった。

 今から一時間、基地に全速力で戻ったとして再出撃の準備が出来たとしても、彼らは出撃してきたところを数の力で狙い撃ちにしてくるだろう。

 故にここからはもう戻れない。

 だがこのまま何もしなければバークプラントに機体を残したまま、ミツルや五人の隊員がアンカラにずっと閉じ込められたままである。

 

 「戯言も大概にしとけよ…!」

 

 レン・アークインジェは憤慨していた。

 エルズルムの制御下にあったキラードロイドの軍勢が唐突に基地の崩壊をきっかけとして侵攻してきたこと、もちろんこれに限らない。

 正体不明の、自分の名を偽る存在が現れたこともだ。

 もちろん彼に限らず、部隊の全員がもう一人のレンの存在を信じてなどいない。

 だが現実にエルズルムの基地が滅んだとなれば、少なくともK()K()()()()()()()()()()()()()が存在するということが推測される。

 エルズルムが一筋縄ではいかない相手であることを、クレスは誰よりも知っている。

 それをたった一人、あるいは一機で行ったとすれば、途轍も無い存在だ。

 

 (こんなしょうもないこと、気にしていられるか。時間がないのは確かだ)

 

 故にレンは一旦はもう一人の自分の存在を切り離す。

 何をどう考えても、いま圧倒的に危機に曝されているのは間違いない。

 敵は真正面から、KK部隊の核とするアンカラへ迫っている。

 時間がない、ならばどうするか────

 

 「…いいや、逆だ」

 

 「何がだ、レン…いや隊長」

 

 「さっき言ったろ、俺らはどちらにせよバークプラントに行くことになる。その時期が早まったってことさ」

 

 レンが先程の発言を思い返し、アラン達に告げる。

 何もしないままバークプラントに機体を残したままアンカラの地下で幽閉されるか、「もしくは」の手。

 その「もしくは」とは、クレスがやったことそのまんまである。

 

 「ミツルさん、まだ表に車ぐらい隠してあんだろ」

 

 【え、えぇ!?ありますけど…いや、確かにそれしかないかもしれない】

 

 「ああ!これよりアンカラの俺らの基地を()()()()!全員コントロールポッドから出てミツルさんと合流、荷物があったら急いで持ってここを出るぞ!」

 

 「りょ、了解!」

 

 レンは宣言する、機体をこちら側に戻すなら、こちら側から機体に合流すると。

 唐突な緊急事態に、彼らはすぐさま行動に出ていた。

 単純に考えれば、もうこれしかないのである。

 アンカラの基地を放棄するということは、彼らが半年以上付き合ってきたある意味の家を捨てることに他ならない。

 だが背に腹は代えられぬ。

 

 「なに、奴らが地下基地にまで念入りに入り込んでくることはない。首都を奪還さえすれば、また戻れるさ」

 

 「……だな、そんでこうも考えられる」

 

 このような事態に対し、部隊の彼らが悲観的になることはなかった。

 簡単に言えば他所で準備を整えこれを迎撃し、アンカラを取り戻す。

 これまでと異なる点で言えば、これが信じられない数を誇っていることのみ。

 そしてイズミル軍を制圧し、図らずともエルズルムが同時期に滅んだ、それはつまり。

 

 「アンカラに追いやられた奴らを叩けば、()()()()()()。じゃないか?」

 

 「ああ、そうかもな」

 

 彼らがコントロールポッドを出て準備に取り掛かっている中、アランが理想とも言える未来を呟く。

 気休めと言えるほど彼らは楽観視をしてはいなかったが、現実味がない話でもなかった。

 イズミル軍の軍勢は実質制圧、そして元凶たるエルズルム軍は話が本当であれば滅び、制御を失ったキラードロイドの軍勢がアンカラに向かっている。

 ならばこれさえ叩けば、いよいよT国全土の戦争が…茶番が一旦は終わるということだ。

 敵がまだ存在するにせよ、これは大きな意味をもたらす。

 

 人の居場所が、帰ってくるのだ。

 

 

 「取り戻すぞ、俺らの居場所を」

 

 

 そうすればまた彼らは、機械によって隅に追いやられたT国の人々は、再び首都で日の目を見ることが出来る。

 あの半年前のエデンフォール事件から一瞬にして荒野と化した首都アンカラ。

 東西犬猿の仲が続いていたかつての首都は正に『壁』と呼ばれ、楽園落としによりその壁はある意味壊されたと見る者もいた。

 だが現実は無情すぎた。

 壊された壁のもたらした現実は、T国にとって絶望の始まり。

 多くの人間は死に、また多くの人間は国外へ逃れ、多くの人間は北西の戦火の広がらないイスタンブールへ逃れるなどした。

 しかし今、そんな現実が変わろうとしている──KK部隊によって。

 半年以上に続いた多くの人間にとって『無意味』と称された戦争が、唐突に最終局面へ突入しようとしている。

 

 彼らがこれから行うのはまたしても、未来を左右する戦争。

 

 これまで以上に、平和に直結する戦いが始まったのだった。

 

 

 

 ■

 

 「クレ…スさん、とお呼びすれば良いですかね」

 

 「ええ、キジャ大佐。何かございましたか?」

 

 「私には真実を話してはくれないんですか」

 

 彼の言葉に、クレスはやや言葉を詰まらせた。

 

 「やはりあなたには欺きが通用しませんか、参ったな」

 

 ミツル達がKK部隊の新拠点であるバークプラントへ向かっている最中のこと。

 通信を一時的に遮断していたクレスとキジャが面と向かって話し合う。

 いいや、キジャが一方的にクレスのことを追求しようとしていたのだ。

 キジャは間違いなく、彼を知っている。

 しかし当の本人はずっとそれを隠しているようだったのだ。

 遂に耐えかねたクレスが観念した。

 

 「……それは?」

 

 「大佐なら、恐らくこれで通じるでしょう」

 

 クレスは常に外さず身に付けていた手袋を外し、それをキジャに見せる。

 彼の右手の甲は、血で赤くドス黒く染まっていた。

 キジャはクレスの手を見て、勘違いではなかったのだと納得する。

 

 「やっぱり、貴方だったんですね。心配せずとも、あの子供達には告げませんよ」

 

 「まあ既に彼らが私のことを知ったのなら、私の命はもうないでしょう」

 

 「にしてもどういうことですか、クレス・ミヘナなんて()()……」

 

 「仕方のないことなんです、どうしても。こうでもしなければ、自らを偽らなければまともに生きていくことすら出来ないのです」

 

 クレスは言う、他人を演じなければここまで来れなかったと。

 彼のこの手は、ミツル以外のKK部隊の全員が見たことがなかった。

 クレスにとってこの手は、戒めの証。

 

 「貴方がここに居ること自体が、全ての答えなんだと認識しております。だとすれば、これ以上の詮索は無粋でしょうか」

 

 「感謝しますよ、大佐」

 

 キジャは、クレスの本当の正体を知っている。

 しかし、だとすれば()()()()()()()()()()()

 現実に彼がここに存在してしまっているとなれば、戦争の行方が大きく左右されかねない。

 キジャはそれを承知しているからこそ、察して黙ったままでいた。

 

 「あとお聞きしたいことがもう一つ。私をあのどさくさに紛れ救おうとしたのは、やはり貴方の案で?」

 

 「ええ。それがなにか?」

 

 キジャは限りある時間の中で、幾つか彼に聞かなければならないことがあった。

 一つはクレスの正体、そしてもう一つがこの西部制圧作戦の最中でのキジャの解放について。

 ここで彼が聞きたかったのは『何故自分をあのタイミングで助けたのか』、『助けることを発案したのがクレスだったのか』ではなかった。

 彼が問いたかったのは────

 

 「何故、私がここに囚われていると…。まるで最初から理解していたかのように」

 

 「ああ、なんだ。そんなことですか」

 

 「仮に私がここにいるとしても、最悪の場合、私が貴方の敵として相対するかもしれない。何にせよ貴方達には情報が少なすぎたはずだ」

 

 「はは、大佐が敵だとは考えたくもないですね」

 

 クレスはキジャの真剣な問いに対し、少し笑い返した。

 キジャの言う通り、KK部隊はそもそも大前提として敵地に対する情報をあまり有してはいなかった。

 限りある中で特に有している情報と言えば、クレスが一度だけバークプラントを訪れていたこと、そして前日のレンの敵情視察程度のみ。

 だがこれでは中身を知ることが出来たとしても、内政までを知ることは出来ない。

 KK部隊がここに攻め入り、ルナ達と相対するまでは。

 

 「それだけじゃない。貴方は最初から、この東西戦争が仕組まれたものではないか、そう読んでいられたんじゃ」

 

 そしてキジャの追撃が加わる。

 かつて度々繰り返されてきた東西内戦、そこに仕組まれた要素など何一つとしてなかった。

 故に東西は長い間、犬猿の仲を保ってきたのだ。

 そういった過去もあり、今回の戦争で東を主導とした見せかけの戦争に気付ける者が果たして存在するのか、キジャはこう思わずにはいられなかった。

 だが現に、クレス・ミヘナという男はまるで全てを読んでいるかのようにこの基地に攻め入り、キジャを解放して味方に取り入れることが出来た。

 この盤面を常に俯瞰視点で視ることが出来る、キジャの彼に対する印象はこのようなものである。

 

 「まずは私を真っ先に牢にぶち込んだこと。私を一時的に隔離すれば、ガイアは…奴はこの盤面において有利を確立出来るから」

 

 「…………」

 

 ため息を一つ、その後発したクレスの言葉にキジャは口を開かない。

 傍から聞けば、クレス・ミヘナという男を明らかに過大評価しているこの言葉。

 しかし、キジャは納得している──何故なら、ガイア・カーディアスにとって彼は()()()()()()()()だからだ。

 

 「次に大統領グラン・カーディアスの行方不明。国のトップ不在という状況下であれば、軍が国の全てを支配出来るでしょうから」

 

 そして大統領不在という言葉に、キジャは少し違和感を覚える。

 エデンフォール事件が起きたあの日の惨状を少しでも知っているのであれば、『行方不明』という単語など絶対に出てくるはずがないのだ。

 間違いなく大統領は撃たれて死んだ、あるいは隕石に巻き込まれ死んだ、そのはずなのに。

 しかし今、言及するべきはそこではないとキジャは言葉を飲み込んだ。

 

 「機械による代理戦争。クレセント・ミハエルの理想である『死者の出ない戦争』を実現するのにこれ以上の最適解はない」

 

 クレスやミツルがかつてイスタンブールへ向かう途中で見た、キラードロイド同士による泥沼の戦い。

 彼の地に勝利者などいない、そう言い表せるかのような無機質にして無血の戦争により、今日に至るまで戦死者は存在しない。

 彼らがそんな回りくどい手段を使うことには、やはり彼らなりの意味があった。

 

 「彼はそうすることによってT国全土を一度更地にしたい…この国の歴史を全てリセットするために」

 

 「そう。しかしそれを実現するにあたり、必ず別の障害に突き当たる。私を隔離するとは別にね」

 

 彼の言う、クレスとは別の障害というものにキジャは心当たりがある。

 それこそが、ある意味『何故キジャが囚われていると知っていたのか』、そして『東西戦争が何故仕組まれていると読めるのか』に対する答えでもある。

 これは、東西の戦争のはずなのだから。

 

 「邪魔な西に消えてもらう、あるいは()()()()()()…ということですか」

 

 クレスは彼の言葉に頷く。

 東がこの争いを巻き起こそうとしたとして、西がこれを黙って見過ごすはずがなかった。

 手段はどうあれ、ガイア一派は西の全てを取り仕切るキジャ・フーリアをまずは封じた──事を起こす全ての前に。

 その後、西の内部がアイン等によって取り込まれ、ドミノ式に崩壊する様をキジャは目の当たりにしている。

 ──「西と東は今までと同じく、変わらず戦争していますよ」と世界に見せる準備を行う為にだ。

 クレスやキジャ、彼らを封じ込めたことによりガイア一派の前準備はほとんど完了されていた。

 

 「ここに来てアイン殿が大佐の代わりを仕切り、ルナ君を兵器として運用していることで確信に変わりました。大佐は生きてここで幽閉されているのだろうと」

 

 「…私が殺されている、あるいは敵になっていると想定は?」

 

 「そんなことがあったら、私も同じく殺されていましたし最悪な形で大佐と再開していたでしょうね」

 

 つまりキジャとクレスの扱いが異なっているような事態だとは考えにくい、というのがクレスの考えだった。

 一つ二人で異なる点があるとすれば、ガイア一派がクレスの脱獄を容認していたと思われること。

 クレスだけは泳がせて良い、そんな薄気味悪い思惑があったと思わずにはいられなかった。

 キジャはこれ以上の言及はしなかった。

 同時に納得もする、「ここまで盤面を想定出来るような人間なら、敵は行動を封じた方が都合が良いだろう」と。

 

 「そういえば、ルナ君は無事で?」

 

 「ええ。幸い目立った暴力等は本当に無かったみたいで。懸念点があるとすれば、あの娘のメンタルぐらいです」

 

 「本当は私は仲間を集める際、大佐にも頼ろうとはしました。以前からルナ君が優秀なLBXプレイヤーとは聞いていましたからね」

 

 「……ならば、何故?」

 

 唐突にクレスはルナ・フーリアに対しての話題を切り出す。

 アングラビシダスの会場を裏名義で管理しているクレスにとって、彼女は既に見知った存在であった。

 しかし、まさかキマイラなどという規格外な存在まで出してくるとは想定外だったが。

 ともあれ彼にとって彼女は部隊に加え入れることが望ましい存在なのは間違いなかった。

 彼女は今、いくら緊急事態とは言え念のため医務室で身体を休めている。

 普段から内向的だった、なおかつずっと兵器として運用されていた彼女だ。

 この数時間の内に奮闘し、生身で体力を消耗していた故に今は大事を取っている。

 

 クレスは万が一ソル・アルマル等のアキレス三銃士を仲間に加えられなかった事態に際し、一応その他候補は決めていた。

 その第二候補とも言える存在が、キジャの娘であるルナだ。

 しかしクレスにとって、勧誘するのには例え幽閉されていなかったとしても憚れるものがあった。

 

 「ルナ君と同じくらい、私には大佐に対して懸念があった。…私を、恨んではいないかってね」

 

 「そんな……」

 

 「それぐらい私はかつて敵を多く作ってきた。突然として軍を裏切り、別の道を歩んだのですから」

 

 「ですが貴方のは、誰だってそうなってもおかしくはなかったはずです」

 

 「そう言っていただけるのはありがたいですね。救われた気がします」

 

 クレスは過去の行いを一つずつ思い出す。

 本来ならば、キジャにすらも彼は恨みを買っていてもおかしくはないと思っていた。

 それ故に、最初はキジャからの問いに対してとぼける他なかった。

 だが彼にその様子はない、それを見てクレスは勝手にほっと胸を撫で下ろす。

 

 「やれると思いますか?」

 

 「ええ、やりますよ。我々KK部隊なら」

 

 キジャは問う、かつての先輩に。

 我々はこの戦争を終わらせられるか否か。

 今、東から着実に侵攻を進めているLBX・キラードロイドの軍勢を跳ね除けられるか否か。

 クレスは堂々と面と向かい、やってのけると言う。

 ならばもう、キジャとしては覚悟が決まっていた。

 

 

 「でしたら、全てを託しますよ。クレス──()()

 

 「その呼び方はもう古いですよ、大佐」

 

 

 かつてクレスの努めた役職を、キジャは再び呼んだ。

 キジャにとって、彼がここに居ることで何かの終わりを確信した。

 

 「クレスおじさん、到着しました!全員、無事です」

 

 そして直後、KK部隊の五人とミツル達がそれぞれ荷物を持ちバークプラントへ到着していた。

 ミツル以外、大して持ってくる物がなかったのか途轍もなく身軽に見えた。

 

 「よし、すぐさま機体の整備に取り掛かろう。ミツル君、軍勢は今どこに?」

 

 「アンカラに駐在したまま。奴らはあそこを本格的に新拠点にしようって腹です」

 

 「やはりか。レン君の基地を放棄するって判断は正解でしたね。なら話は早い」

 

 バークプラントという新たな拠点に辿り着いて速攻、それぞれが準備に取り掛かる。

 ここには元々アングラビシダスの会場と同様に、地下にコントロールポッドが大量に置かれていた。

 アインが極稀にLBXでの偵察を部下にさせようと用意していたものである。

 合計七基、彼ら部隊にとっては十分すぎる設備だ。

 ミツルとクレス、キジャは通信制御室にて軍勢の位置をモニタリングする。

 クレスの想定通り、エルズルムの制御を失った彼らはアンカラを第一の拠点として定め侵攻していた。

 

 「では予定通り、T国首都奪還作戦を行います。彼らが侵攻したてとすれば、恐らく彼らなりの拠点を張り巡らせていくはずだ。それが完成する前に、叩く」

 

 「だが正直なとこ、正面から堂々と叩いていくのは得策じゃない。もうアレの実験が済んだんなら、使ってみないか?」

 

 「…パンデミックプログラムですね。ミツル君、よろしいですか?」

 

 クレスの要望に、ミツルは頷いた。

 この緊急事態に際し、彼らに休息は許されていない。

 速戦即決、首都奪還作戦がクレスによって提示された。

 しかしレンはパンデミックプログラムの使用を、再びクレスとミツルに提案する。

 元々はバークプラントを掌握する頃合いとなった場合、アランによって再度の試験運用が行われようとしていた。

 そして掌握した今となっては、周りにキラードロイドの残骸は山ほどある。

 即時試験と即時運用、その両方が可能だ。

 

 「パンデミックプログラムが仮に成功したとして、奴らは芋づる式に崩壊していくだろう。はっきり言って、奪還は()()なように思える」

 

 「制御を失ったとあれば、余裕でしょう。ですが問題は別にあります」

 

 「ああ。プログラムを感染させるまでの流れと…果たして相手はそれだけで済むのかって話だ」

 

 「例え手慣れた相手だとしても、決して油断は禁物ですね」

 

 レンとクレスの言葉に誰もが同意する。

 バークプラント掌握時には敵わなかったものの、本格的にパンデミックプログラムが効果的だとすれば、ものの数十分程度で奪還作戦は終了する。

 難易度で言えば、西部制圧作戦より圧倒的に容易い。

 だがプログラムを投与するまでの流れが円滑に進み、キラードロイドの軍勢以外に他に迎える敵がいなければ容易いという話。

 西部制圧作戦の時のルナ・フーリアというイレギュラーな相手が存在する可能性もゼロではない。

 

 「……あなたが、レン・アークインジェ」

 

 「何か?」

 

 流石に一際忙しさが極まっていたのか、身体を休めていたルナが彼らの下へ歩み寄り、その顔を初めて見る。

 キジャ自身は触れはしなかったが、ルナはまじまじとレンの姿を見つめていた。

 まるで、不気味な生物と接触したかのような様子で。

 彼女が何を言いたかったのかは、レンは察している。

 こういったことには慣れているからだ。

 

 「気になるか、両脚無い人間が」

 

 「…ごめん、そんなつもりじゃ」

 

 「別に謝ることでも。脚なんてもうどうでもいいことさ。俺には武器があるから」

 

 「武器って、そのL───」

 

 「武器は武器だよ。か弱いお嬢さんは休んでよく見ておいてくれ」

 

 「…………」

 

 ルナが不満そうにむすっとした顔で、しかしそれ以上何も言い返すことはなくなった。

 レンは既にもう手慣れた手付きで二本の松葉杖を突き、コントロールポッドへ入る。

 ここまで来てしまえば、もはや脚がどうとかなど関係はない。

 彼らにとって、ここがもう戦場だ。

 

 ミツルが五機全てのLBXをセッティングし、彼ら五人によって破壊されたバークプラント入り口の方角を向く。

 ガイア・カーディアスの遺言と思わしき発言から既に二時間、バークプラントへの移動と出撃までの時間はそう長くはなかった。

 やはり今回も、急いでしまった方が良いのだ。

 時間を費やせば費やすほど、KK部隊は反撃の成功率を徐々に減らしていく。

 今回幸いだったのが、味方が増えたこと、バークプラントという大規模な施設と設備を得たこと。

 

 「我々も手伝います!これ以上、戦争なんて続かせてたまるか!」

 

 「ああ俺らもだ!全力で、人にしか出来ないことをやってみようじゃないか!」

 

 ミツルやクレスの周りに、今までバークプラントでルナのメンテナンスを担当していた研究員、キジャに付いていた軍人達が集う。

 彼らはアイン・ケネスという異物がトップの座を去った今、それぞれがKK部隊の味方となった。

 戦争を終わらせるために一丸となって、設備の復旧や周りの監視、夜明けと言えど未だ暗い出撃口をライトで照らすなど、誰もがKK部隊の出撃を手助けする。

 それは彼ら部隊にとって、紛れもなく今までにない経験だった。

 クレスやミツルも、元イズミル軍の奮闘ぶりを見て驚く。

 

 「『思い出して頂きたい、我々T国は孤独ではないということを』」

 

 「…え?」

 

 ふと、クレスがそう無機質につぶやく。

 

 「かつて大統領グラン・カーディアスはそう言ったようですね。昔流した血が、団結する手を血で染めたとも」

 

 「ああ、そんな昔の…いや、まだ半年くらい前だったか」

 

 「腹を括った彼らイズミルの者達にも少なからず矜持があったはず。それを無駄にはしたくないものです」

 

 半年前、エデンフォール事件直前の大統領の演説をクレスはなぞる。

 彼らは今グランの言葉通り、自らが孤独ではないことを思い知った。

 かつては世界と向き合う以前に、T国はまず自国の者と向き合うことが出来なかった。

 だが、その時代は終わりを告げつつある…ガイア・カーディアスとは全く異なる方法で。

 今、敵のはずだった元イズミル軍がKK部隊の全てを後押しする。

 不意にもクレスは、長く続いた戦争のクライマックスを感じつつあった。

 

 『聞こえてますか。いや、聞いて下さい』

 

 クレスは唐突に、近くにあったバークプラント全体に届くマイクを手にする。

 忙しなかった基地内が彼の言葉により一気に静まる。

 

 『ご紹介が遅れました。我々はKK部隊、私は全体の指揮を執るクレス・ミヘナと申します。そして今コントロールポッドの中にいるのは、私自慢の優秀な…武器を扱う五人のプレイヤーです。我々はここまで東と西から侵攻してくるキラードロイド達の軍勢を相手にし、バークプラントを攻め、最終的には貴公等の居場所をお借りさせて頂いている状況かと存じます』

 

 「なんだクレスのおっさん、急に演説なんて始めて。クレセント・ミハエルの真似事か?」

 

 不意にレンは黒幕の一人であるクレセントと似た雰囲気を感じ取る。

 だがそれは他の四人も同じく、彼の言葉を準備中のBGM代わりとして聞いていた。

 中でもアランは更に、彼の言葉がバークプラントの元()()に捧げられた言葉なのかもしれないと読んでいた。

 

 『まずは多大なる貴公等のご支援に感謝を。我々はこれより、首都アンカラに留まったキラードロイドとLBXの掃討作戦を実施致します。彼らは皆さんもよくご存知、ガイア・カーディアス座したエルズルム軍事基地より侵攻したと見受けられます。これらを掃討することにより、恐らくは戦争の終結に一気に大手をかけることになるでしょう』

 

 クレスの言葉に周りの元軍人達がざわつく。

 彼らにとっても、『戦争の終わり』というワードがあまりにも今まで現実味が無さすぎたのだ。

 そしてミツルと、バークプラントの元研究員が包囲網を強化し、一気にT国全土にそれが広がる。

 

 それが指し示したところ、T国のキラードロイドとLBXのほとんどの軍勢が今、首都アンカラに()()していた。

 かつては南のアンタルヤで泥沼の戦争をしていた軍勢が、北で破壊の限りを尽くしていた軍勢が。

 まるで、「互いに決着を付けよう」と言わんばかりに。

 あるいは、「かかってこい」と告げているかのように。

 

 『ですからあと少し、貴公等の力をお借りしたい!我々の故郷でもある首都アンカラを奪還し、全てを終わらせるために!』

 

 だが全土の戦力がアンカラに集結したということはアランが先程言った通り、これさえ叩いてしまえば本格的に戦争が終わるということに他ならない。

 かつてない程に絶望的な戦力差、かつてない程に熾烈を極めた戦い。

 しかし彼らはそれでも進まなければならない。

 さもなければ────

 

 『でなければ、私達は再びこの狭い国の中で惨めに血を流し合っていくことになる。私達が一つになる手段は、()()確かに残っているはず』

 

 「…………え?」

 

 クレスの言葉に、アランは妙な違和感を覚える。

 どこかで、確実に聞いたことがある言葉だったからだ。

 だが彼はわざと、戒めのようにこの言葉を告げるのだった。

 

 『どうか我々KK部隊に力を、勇気を、声を頼みたい!あの小さな子供達が背負う未来を、一緒に背負ってやってほしい!』

 

 その言葉に、バークプラント中の彼らは湧き上がった。

 彼ら元イズミル軍にとっても、クレスの言葉に親近感を覚えていたからだ。

 アランと同じく、どこかで聞いたと。

 だがこの際、誰が言ったかなどは関係がない。

 何を言われたか、これに限られる。

 

 「想像できたか、こんな光景」

 

 「いいや、どうだか。けど色々と考えさせられるよ」

 

 アランとラルはクレスやミツル、そして大勢味方となったイズミル軍の研究員や軍人達が応援しているのを見ていた。

 彼らはあくまでも操縦者であって、実際に戦うのはLBX。

 そう、悪魔と呼ばれてきた存在だ。

 それが今となっては逆、少なくとも彼らにとっては歓迎される存在となっていた。

 忌み嫌われてきたLBXが、これほどまでに託される状況となったのを五人は見たことがない。

 

 様々な意味で今、T国の歴史が変わりつつあった。

 

 「…………」

 

 だが一人彼だけは、レンだけは彼らの応援とこれからの戦況を考えて複雑な表情を浮かべていた。

 少なくとも、嬉しいという感情がない。

 レンにとっては未だ、LBXという存在を許せはしないからだ。

 そしてもう一つ、懸念要素がある。

 例え戦争が終わったとしても絶対に無視できない、もう一人の自分の存在。

 レンにとっては当然、これが何者なのか検討がつかなかった。

 あるいはもしかすれば、この戦いで謎のそれと戦う場合がある。

 そんな戦いを前に、彼はある意味気が気じゃなかった。

 

 「直接殴って聞き出さないとな。舐めた真似しやがったもう一人の俺に」

 

 しかし彼にとってやることに変わりはない。

 ただ戦うだけ、今までと同じだ。

 

 

 『再び全機の幸運を。そして、皆さんに天使の加護があらんことを!』

 

 

 クレスは告げる、いつも出撃する際の言葉を。

 ()使()()()()()()()()()()()──それはT国の東軍と西軍、両方が古くから用いる共通の合言葉…あるいはおまじないのようなもの。

 いつだって戦局は、戦う人々は、常に天上の天使が見守り力を与えるという、戦場へ向かう者達の恐怖や不安から生み出された一種の信心だ。

 はっきり言ってしまえば、自分自身を安心させ奮い立たせるものでしかない。

 それ以外に何の効力もなく天使が見守っている訳がないだろうと言われればそれまでだが、しかし戦う者達はこれを戦場へ向かう前に言い忘れたことは一度としてない。

 更にこの言葉を、戦場以外で使う機会も一切ない。

 

 そしてKK部隊には、大天使(アークインジェ)がいる。

 

 「いこっか」

 

 レンの言葉を合図に、全機出撃。

 恐らくはこれが最後の戦いになるかもしれない、そんな望みを胸に今度は西からKK部隊が飛び立った。

 西の荒れ地から、中心の荒れ地へ。

 かつて凄惨な悲劇が巻き起こった因縁の地が、再び戦場となる。

 それはある意味、最終決戦と呼ぶに相応しいと言えた。

 

 「見て、あれ」

 

 「あぁ?南には何もないぞ」

 

 「あるって、ほら」

 

 全機が高い高度を取りながらアンカラへ向かう最中、カイネが南の方角を指差す。

 アンタルヤ、地中海に面した何度も戦場となった場所だ。

 しかしカイネが指を指したのは、地中海そのもの。

 

 「もし全部が終わったら、あそこに行きたいなあ」

 

 「……そうか」

 

 「レンは行きたくないの?地中海」

 

 彼女の問いにレンは何も答えなかった…答えることが出来なかった。

 元々地中海に面したアンタルヤは世界的なリゾート地として有名だった。

 だが戦争により、かつての色は消え去り最早人間が触れることすら出来ない有様。

 今は夜明けから少し、空から見える地中海の景色は彼らから見て、何よりも美しく見えた。

 彼女は言う、そんな地中海に戦争が終わったら皆で行こうと。

 

 「なら第一目標が出来たな。『皆で海に行く』、これだ」

 

 「そうね、私も行ったことなかったし」

 

 「実際出来ねえ話じゃねえ。…兄貴にも見せてやりたかったがな」

 

 また昔のように、とは決して言い難いが彼らの目標が一つ決まった。

 五人で、海に行く。

 戦うことしかしてこなかった彼らが初めて抱いた、ある意味『夢』だ。

 もし地中海に行くことが叶ったのなら、その時まだ幼い彼らは何を思うのか。

 

 「聞いたなクレスのおっさん、海に行きたいんだとさ」

 

 【ええ。なら尚更、勝つしかないでしょう。頼みますよ、隊長】

 

 「…結局俺任せかい、わかったよ。手配くらいはしといてくれ」

 

 レンの言葉にクレスは「了解です」と返す。

 もしかすれば、本当にもしかすればあと数日後、あるいは数時間後の話。

 この戦いに勝つことが出来たのならば、彼らは目標とも言える夢を叶えることが出来るのかもしれない。

 叶える環境すら、叶えたい夢すらもなかった彼らが。

 

 

 「見えたぞ」

 

 

 彼ら五人は遂に、LBX及びキラードロイドの軍勢に飲み込まれたかつての故郷を目にする。

 やはり、今まで彼らが相手にしてきたものとは比べ物にならないほどの軍勢。

 それも数時間前に封じ込めたイズミルの守護者達の総数をも上回る。

 まさに最終決戦に相応しい舞台とも言えた。

 皮肉にも最終決戦の舞台は、全ての悲劇が始まった場所。

 いいや、悲劇が()()()()()()場所。

 

 「ここから、あの惨状が始まったんだ」

 

 半年前のアンカラ、楽園落としの原点。

 何度も東からあるいは西から迫りくる敵を追い払っては帰還し、その度に飽きるほど目の当たりにしてきた故郷の惨状。

 しかし今、そこには感情なき機械が巣食う。

 たったそれだけのはずなのに、今だけは彼らにとってアンカラが敵の魔王城に見えた。

 ある意味では正しい────エデンフォール事件が起きたこの場に、引き金を引いた黒幕がいた。

 

 「終わらせよう、もうこんなことは」

 

 レンの言葉に、四人は無言で同意していた。

 これで事の全てが終わるとは到底思いなどしてはいなかったが、それでも一旦の区切りを付けたいと誰もが感じていた。 

 彼らはまだ子供だ、このような戦争の最前線にいくら死なないとは言え参加していて良い存在ではない。

 決着を付けよう、それがKK部隊の総意だ。

 

 【お待たせしました、皆さん!】

 

 唐突に敵の真正面からレンを先頭に突入を開始しようとした瞬間、ミツルの無線が届く。

 アランにとっては、待ちわびたもの。

 

 「出来たんですね…あれが!」

 

 【ええ、パンデミックプログラム改良型です!アラン君、君に託します!】

 

 「まさか、こんな早急に出来てしまうとは」

 

 そしてミツルのコンピュータからアランのフェンリルホークへ、パンデミックプログラム改良型が即インストールされる。

 今まではキラードロイド・スケルトンの一体分の鹵獲でしか収穫し得なかった従来のプログラム。

 今となってはキジャ大佐の許可の下、イズミルを守護していたスケルトン数百体以上のデータが存在する。

 しかしミツルにとって、ネックになると考えていたのは『時間』と『人手』。

 それでも、現実は違った。

 

 【スケルトンのデータ収集を、イズミルの研究者の方が総出で手伝ってくれたんです!】

 

 「そうか…!だからこんなに早く!」

 

 【そうです、僕らはやはり孤独じゃない!】

 

 ミツルの背後に、イズミルで幽閉されていた研究員達が集い、同じく彼ら五人のモニターを見ていた。

 全員が今出来ることを考え、ミツルに全てを託し、そしてミツルがアランにプログラムを託した。

 まさに、総力戦。

 

 「効率良くいこう。ラルとメル、そして俺とカイネでスケルトンを鹵獲しアランの元に届け、それに対しプログラムを適用し順次敵に返す」

 

 「如何に俺らが手早くスケルトンを鹵獲出来るかで作戦の成功率が上がるってことか」

 

 「そういうことだ。どっちが多く鹵獲出来るか、競ってみるか?」

 

 「…上等だ!」

 

 レンの告げた作戦に、ラルはニヤつきながら燃える。

 パンデミックプログラムが優秀と言えど、まずは被検体が存在しなければ始まらない。

 プログラムの転送は出来ても、被検体丸ごと持ち込むのは出撃する際の負担になった。

 だからこそ、現地調達。

 アラン以外が二人一組になりスケルトンを鹵獲出来れば出来る程、より早く首都奪還作戦は成功しやすくなる。

 しかし、ただ鹵獲出来れば終了という訳にはいかない。

 

 (これが成功する大前提は、アランが落ちないこと。鹵獲と同時に、アランのサポートも視野にいれなくては)

 

 そう、今この場でパンデミックプログラムを唯一扱えるのはアランのみ。

 その本人がブレイクオーバーしてしまえば成功するどころの話ではなくなってしまう。

 こういったことを視野にいれながらKK部隊は────

 

 「負担が軽い戦いなんて無かったさ。どっちにせよ、全部きつい戦いだ」

 

 レンの思考をアランが感じ取り一つ笑う。

 彼は返す、「それもそうだったな」と。

 個々の負担や敵の数が二倍か三倍かそれ以上か、たったこれだけの違い。

 その倍の違いは絶望の証明のはず。

 

 しかしそれでも、彼は撃鉄を鳴らす。

 

 「始めるぞ──()()()()()()()()!」

 

 そしてレンのベレロフォンは赤い光を放つ。

 アルテミス決勝戦、次にルナ戦でしか使わなかった自殺のモード。

 彼はそれを、開始早々使う。

 瞬間、背面の六枚の剣の如き羽がスケルトンが集う各所にバラバラに一本ずつ落ちていく。

 開始速攻ではなったデストロイモードを、レンはルナ戦の時と同じく()()()()

 

 現状デストロイモードを使うにあたっての弊害は二つ。

 一つはミツルが最も危惧している、ベレロフォンが制御不可能状態になる可能性。

 アルテミスはむしろその制御不可をレンが利用した(制御する必要がなかった)形となったが、ルナ戦は違う。

 万全に調整されたベレロフォンの制御を不可にするということは、紛れもなく武器を一つ手放すということ。

 それを防ぐには、完全なデストロイモードを発現する前…具体的には背面の六枚の羽が分断(パージ)してから数秒経つ前にモードを解除すれば良い。

 そしたらどうなるか、ベレロフォンは六枚の巨大な剣を無差別に広範囲に振り下ろし、敵を削ることが出来る。

 これがダンボールの中の範囲が限られた戦場であったら、開幕速攻で放つだけで圧勝を飾れる。

 不完全状態のデストロイモードというデメリットは、こういったメリットに転換させる性質を持っていた。

 

 しかし、それは同時に弊害をもう一つ生み出すことになる。

 

 「まずは俺が()()!カイは空から頼んだ!」

 

 「了解!」

 

 レンが叫び、カイネが呼応する。

 背面の剣を全て失った瞬間、ベレロフォンは不有力を失い墜落していった。

 KK部隊の機体の中で、ライディングソーサを用いず単体での飛行が可能なのがベレロフォン。

 その単体での飛行能力を可能としているのが、六枚の羽。

 羽の一枚一枚には専用のブースターが取り付けられている。

 ベレロフォン単独飛行を可能とするには、()()()()()()の羽が必要。

 

 つまりそれを全て失ったということは、空中での行動能力を失くすということ。

 

 【圧倒的に戦力不利の状況でこれを使うとは…大胆すぎる】

 

 「だが、良い奇襲にはなっている。スケルトンのヘイトが全て俺に向いているからな」

 

 それをやっていいのは自分に向いたヘイトを全て捌きることが出来る人だ、という言葉をミツルは飲み込んだ。

 まさにレンは、現在進行形でそれをやってのけているからだ。

 落下の最中に突きつけてきたスケルトンの刃を二本の剣で受け止め、落下の衝撃を抑える。

 今のベレロフォンに、羽はない。

 更に言えば、ベレロフォンの脚は通常の機体とは異なり剣の形状をしており、地上での行動は想定されていない。

 しかし────

 

 「お前らには、足場になってもらう!」

 

 ベレロフォンは怪物にして、イレギュラー。

 そしてそれは、彼を扱うプレイヤーも同じ。

 刃を受け止め、スケルトンが振り落とそうとした瞬間をバネに推進力にし、一気に核に喰らいつく。

 スケルトンがあまりのダメージに彼を引き剥がそうとするも、時すでに遅し。

 むしろ、その足掻きがまた脚の無い彼の推進力となってしまった。

 ただひたすら、これの繰り返し。

 

 ベレロフォンにとって、キラードロイドはもはや敵ではない。

 

 「よし!俺らも続くぞ、メル!」

 

 「もちろん!いくよ、フェアリー!」

 

 周辺のスケルトンのターゲットがほぼベレロフォンに定まっている最中、ラルとメルも突入を開始する。

 二対数百以上の戦力差の中であろうとも、彼らにとっては関係ない。

 既に守るという選択肢を、戦争が始まった時から捨て去っている。

 絶対攻撃、KK部隊が自然に身に着けていった戦い方。

 未知なる力を、押し付けた者勝ちだと。

 

 「必殺ファンクション、インパクトカイザー!」

 

 そしてラルは宣言する、()()()()()()の必殺ファンクションを。

 今この戦いでラルがカイザに持たせている武器は、───小型の(サイズ)

 かつてアルテミスに出場したLBX『ジョーカー』使いの武器を、ラルはカイザ用にアレンジしていた。

 破壊力がありながら、そして確実に敵を刈り取れ、尚且つハンマー系統の必殺ファンクションを用いることが出来る。

 この器用さが、ラルには必要だった。

 現に今、インパクトカイザーによって次々にスケルトンの鎧が薄氷のように砕ける。

 その瞬間を、メルは逃さない。

 

 「これが今の私の、フェアリーに対する戦い方の答え!」

 

 ラルが踏み荒らした戦場、後ろからメルが駆ける。

 フェアリーの外見は両手に拳、それだけならば今までと同じだった。

 ただし、その拳は義手のように取って付けたような見た目──つまり、ナズーやインビットが用いるような()()()

 

 「必殺ファンクション!ガトリングバレット!」

 

 メルがそう宣言した瞬間には、ラルが砕いて顕になった核を潰していた。

 ここまで来てしまえば、レンと同じような状況となった。

 メルが鎧を砕き、ラルが潰すのが今までの戦術。

 双子は、一旦のお試しとしてこのロールを完全にチェンジすることにした。

 お互い凝り固まった戦術を改め、見直し、更なる強化に繋げるため。

 だからこそ、西部制圧時の二人一組の陽動作戦においてラルとメルが別々の組になったのは好都合だった。

 

 「これだけじゃない!ハイパーエネルギー弾!」

 

 そしてもう一つ宣言する、武器腕から放つ片手銃系統の必殺ファンクションを。

 ラルが鎧を砕き、しかし距離が足りない場合に骸再生が適用されてしまいそうな間合いを埋める。

 遠く離れた相手を狙い撃つ為、そして西部制圧作戦で見せた『ビー玉戦法』を僅かに再現するため。

 片手銃必殺ファンクションすらも可能にした武器腕ならば、過去の戦い方と今の戦い方の両方をメルは行使出来る。

 ラルとは別の次元で、彼女は器用さを手にしていた。

 最終的には、個々の力でスケルトンを単騎撃破する、これが二人の目標だ。

 双子は常に、兄の背中を追い続けている。

 

 「いける…!周りがだいぶ片付いてきた」

 

 「どうやらお互い、器用になってきたみたいだね」

 

 「頃合いだと思わない?」

 

 「ああ、やるぞ!」

 

 周りのスケルトンが着実に数を減らしてきたその頃、二人はようやく当初の作戦の決行を試みる。

 この状況下であれば、スケルトン一体の機能を停止した状態で鹵獲に持っていけるからだ。

 骸再生が始まる前の完全に近い殲滅、たった二人だけで成し遂げたのは確実な成長の証である。

 だからこそ、このチャンスを逃さない。

 二人はすかさず、通信でアランを呼んだ。

 

 「二人ともナイスだ!さて、プログラムをこいつに……」

 

 念のためラルが護衛でアランにつき、四肢を破壊したスケルトンの前に誘導する。

 KK部隊で三体目のスケルトンの鹵獲成功、そして二度目となるプログラム適用にアランは流石に手慣れていた。

 フェンリルホークがスケルトンの核を触れ、やがてインストールが終わり手を離す。

 ここまでは完全に今までと同じ。

 問題はここから、どこまでスケルトンが感染を広げられるか。

 

 「ちなみにだけど、なんて指示にしたの?」

 

 「ミツルさん曰く、敵勢力への攻撃を停止して破壊された味方勢力への骸再生による感染適用。それが弾かれれば完全停止するまで攻撃しまくるそうだ」

 

 「これを言うのはアレだけど、人の心とかないんか…」

 

 「それは愚問ってものだよ、ラル」

 

 今回持ち込まれたプログラムの悪辣さに、思わずラルは引いた。

 骸再生を始めた感染済みのスケルトンは真っ先にラル達を味方と認め、二人が倒したスケルトンの内一体の修復を始める。

 三人は建物の陰から、プログラムの効力を見守る。

 

 (さあ、どうでる…?)

 

 アランは固唾を飲む。

 元凶のスケルトンから修復を受けたスケルトン、それは次に別の破壊されたスケルトンを修復し始める。

 そこからはネズミ式。

 想定通りの動きであるならば、あの周辺一帯のスケルトンは全て感染済みということになる。

 アランがタイミングを見極め、ラルに一旦突入のサインをあげてみる。

 果たして彼らはラルを敵と見るか、あるいは────

 

 「…………素通りだ」

 

 仁王立ちしたカイザの横をスケルトンの軍隊が何も気にすることなく通りかかる。

 それはつまり、

 

 「やった!成功だ!やりましたよ、ミツルさん!」

 

 【こちらでも確認しました!よぉし、これなら!】

 

 ミツルとアランがガッツポーズ。

 KK部隊によってスケルトン数十体以上の感染成功が確認された。

 最終的には自動停止機能が施されたスケルトンは、次に周りに残存しているスケルトンの集団へ突っ走る。

 こうなれば、二人がすべきことも決まっている。

 

 「続くぞ、メル!もっと数を増やして制圧だ!」

 

 「ええ!さっさと終わらせちゃいましょ!」

 

 二人はライディングソーサで感染済みのスケルトンを追い越し、彼らが目指すであろう未感染のスケルトンの群れへ突入する。

 プログラムの効力が認められた以上、二人はスケルトンを倒せば倒すほど味方を増やすことが出来る。

 そしてネズミ式にスケルトンが味方となれば、いずれ形勢逆転を狙えるはず。

 

 「勝てる……いけるぞ、この戦い」

 

 アランはレン達の下へ向かいながら、僅かな勝機を予感していた。

 相手が機械でなければ、到底この予感を掴むことは出来なかっただろう。

 しかしこの部隊には司令塔がいて、切り札がいて、優秀な仲間とエンジニアがいて、多くの味方がいる。

 今のKK部隊なら、この戦争を切り抜けられるかもしれない。

 

 そう、そのはずなのに──

 

 (なのになんだ…この、胸騒ぎは)

 

 果たしてこれで終わってくれるのか、勝機とは別の予感がアランの中から拭えなかった。

 

 

 

 ■

 

 「…あのー、レンさんー、あたしの仕事なくなってるんですけどー」

 

 「…………」

 

 「無視しないでー」

 

 レン・アークインジェの元に、既にカイネの声は届いていなかった。

 届かないほど、レンは眼前の軍勢を切り裂いていくことに夢中である。

 最初からこの程度は一人で十分だと言い切れるかのように、この戦場をレンが支配していた。

 メインの羽が全て取り払われているというのに。

 むしろカイネがピースフルオーディーンで爆撃を行うのは、返ってレンの邪魔になると察していた。

 彼女が今出来ることと言えば、精々周りへの警戒を高めることのみ。

 

 「参っちゃうなぁーこうなったらラル君達の所に行ったほうが良かったかなぁ」

 

 カイネはそう呟きながらも、実際は周りを警戒しながらレンの真上を常に飛行して彼を見守る。

 レンはこの部隊の最大戦力にして切り札ではあるが、無敵ではない。

 彼女はそれを思っているからこそ、目を離したくはなかった。

 

 (あの場所は……)

 

 せめて足手まといにならない範囲で、カイネはアンカラにレンが落としたベレロフォンの羽をかき集めるべく周りを見下ろす。

 その最中、とある場所でベレロフォンの羽の一枚を捉えた。

 

 ────やらせてくれ、ラル、アラン。必ず生き残って、何ならお前らより上手く扱ってやる。

 

 唐突に、半年前のレンの言葉が蘇る。

 エデンフォール事件の最中、ソルとレンに背中を任せた…任せてしまった時に聴いた言葉。

 カイネはエデンフォール事件によってアンカラを脱出する最中に走った道で、ベレロフォンの羽を拾い上げる。

 彼はあの時初めて、LBXを手に未知なる敵と戦った。

 そして最終的に──

 

 (あの時、あたしが意地でも二人を止めるべきだった。そしたらレンも、ソル君も)

 

 カイネは羽をライディングソーサに乗せ、ぼーっと地を見下ろしながら後悔する。

 何故あの時、ああしなかったのか。

 レンが脚を失った日から、そう思わずにはいられない。

 偶然か必然か、あの時レンが手に取ったのは後にカイネが所有するピースフルオーディーン。

 レンがLBXを憎むその気持ちに、カイネは多少は共感している。

 LBXさえいなければ、こうはならなかったのではないのか、と。

 更に付け足せば……

 

 (この国に争いなんてなければ…きっとお父さんも生きていた)

 

 ずっと昔の、幾度となく起きてきた内紛により、カイネは父親を亡くしている。

 そして同時期にレンも同じく、自身の父親を亡くし、彼女は擬似的にレンの家族のような存在となった。

 しかし逆を言えば、そのような出来事があったからこそ、カイネはレンと共にいる。

 ならば争いがあっても良かったのかと言えば、そうでもなかった。

 

 「戻りたいな、あの頃に」

 

 戻れる訳がないのに、カイネはぼそっと一人つぶやく。

 六人それぞれが、それぞれの道を順調に歩んでいたはずだというのに。

 たった一日の出来事で、全ては消し飛んだ。

 返してほしかった、レンの夢、ソル・アルマルも。

 

 「ソル君も皆と居たらなあ…」

 

 言うだけで何も変わるはずもなく、カイネはその場を飛び立とうとする。

 

 そして、その時だった。

 

 【……なんだ?スケルトンの様子が、おかしい】

 

 ずっと戦況をモニタリングしていたミツルが、唐突に強張った声を上げる。

 レンにラルとメル、それぞれが葬り、そしてアランが従えさせていたスケルトン。

 その数は既に敵と真正面から戦いを仕掛け、五分五分に渡り合える程度になっていた。

 このままいけば当初の作戦通り、あっさりと簡単に首都を奪還することが出来る。

 そう、そのはずだった。

 

 【感染したはずのスケルトンが……()()()()()()()()()()()()()……】

 

 「…!?どういうことですか」

 

 【わからない!皆さん、全体への警戒を!】

 

 ミツルの言葉に、一気に全員の緊張が更に高まる。

 感染が適用されたスケルトンは、彼が見ているモニターに全てわかりやすいように色分けされて表示されていた。

 適用済みは青、未適用…つまり残存敵勢力は赤。

 既に五分五分で渡り合えるほどに戦力を増やしていたスケルトンは、新たな仲間を求めて赤の残存敵勢力へ走っていた。

 それこそがミツルが本来想定している自然な挙動、プログラムが正常に動作している証拠だ。

 

 しかしそれが今、不審な挙動を現している。

 

 【それだけじゃない、残っている未感染のスケルトンまで……何が起こっているんだ】

 

 「ミツルさん、そいつらは今どこへ?」

 

 【お待ちください…】

 

 アンカラ全体のキラードロイド・スケルトンが一斉に、不自然な行動を繰り広げる最中。

 ミツルは彼らの最終到達地点を探る。

 

 「これじゃベレロフォンの羽を無闇に拾えない…一枚だけでもレンに届けなきゃ…!」

 

 それが出来れば残り二枚で、ベレロフォンが空中での行動を取れる。

 そう考えたカイネはレンと合流しようとし────

 

 【ッ!集合地点は…今まさにカイネさんがいる場所だ!】

 

 「えっ────」

 

 カイネのピースフルオーディーンは、()()を目の当たりにした。

 

 しかし、目の当たりにした瞬間には、もう遅かった。

 

 【…何だと?】

 

 この戦いで、クレスは初めて動揺を見せた。

 ミツルとは別で五人の各視点をモニタリングして、ずっと目を離さなかった彼。

 しかしそれでも、何が起こったか理解出来なかったが故の動揺。

 

 「う、っそでしょ」

 

 ピースフルオーディーンの右腕、右脚は鋭い()()()のような物で貫かれ、破壊されていた。

 カイネが思わず、掠れた声を出す。

 幸いにもブレイクオーバーには至っていないオーディーンの目は、ソレの存在を辛うじて捉える。

 

 「赤い……天使だ……」

 

 ソレはLBXなのか、そうではない何かなのか。

 あるいは天使か、悪魔か。

 ソレとは、血のような赤き長身の槍を右手に持った…LBX『ルシファー』をベースにしたような者。

 まるで、堕天使。

 

 【まさかこいつが、キラードロイド全てを統率している!?】

 

 「まずい、逃げろ!カイネ!」

 

 右の手足を失ったピースフルオーディーン、そしてソレの下に、キラードロイド・スケルトンが群がり始める。

 感染と未感染のスケルトン全てが、だ。

 王の帰還を、歓迎するかのように。

 まるで自分の下僕かのように、ソレは彼らを従える。

 カイネはあまりにも一瞬で、凄惨すぎた出来事に、パニックで何も動けないままでいた。

 

 「やられる…動いて、ねえ動いてよ!」

 

 気持ちは動いても、満身創痍となったオーディーンは反応を示さない。

 今まで一度たりともブレイクオーバーを許しはしなかったKK部隊が、初めて大打撃を被った瞬間だった。

 それほどまでに、KK部隊は個々の力が強大だった。

 しかし、ソレの出現により形成は一気に傾こうとしている。

 カイネやクレス、ソレをモニタリングしていた彼ら全員にとって、その存在が何者なのかは全く知らない。

 

 ───たった一人を除いて。

 

 「半年ぶりじゃねえか、堕天使もどきがァ!」

 

 ソレの重き槍がカイネのオーディーンを再び貫こうとしたところに、彼はやってくる。

 

 もう一人の、天使が。

 

 ベレロフォンの二対の刃が、堕天使の槍を受け止める。

 彼らが聴いたことも無いような重く不気味な金属音が鳴り響く。

 

 「間に合った!あいつなんだな…ソルを倒した化け物っていうのは」

 

 「間違いない、いつか…会うだろうて思ってたさ!」

 

 ベレロフォンが鍔迫り合いをする最中、上空からアランの声が届く。

 現在空中での行動を制限されているベレロフォンがいち早く彼女の元に辿り着くには、ライディングソーサを持った誰かの協力を得る他なかった。

 高速でスケルトンを処理していくレンの後ろに着いていたアランが、事態を察して彼をここに送り届けたのだ。

 そして彼も、初めてソレの姿を目の当たりにする。

 ソル・アルマルという怪物を倒した、怪物を。

 

 【解析結果が出ました!スケルトンをこの場に集わせた張本人は間違いなくそいつです!】

 

 「ってことは、パンデミックプログラムの効果を…ヤツが上書きしているってことか」

 

 【そのようです…。つまりは──】

 

 「──つまり堕天使もどきを倒さない限り、この作戦は成功しない。そうだろ?」

 

 アランの推察とレンの言葉に、ミツルは頷く。

 ソレを倒す、あるいは撃退をしない限りこの戦いは終わらない。

 そう既に部隊の全員が理解した。

 最大限に優先すべきは堕天使の打倒。

 逆を言えば、ソレを倒しさえすれば形勢は全てこちら側に傾くことになる。

 

 (だが、待て。こいつがスケルトンの()だって言うなら)

 

 しかしレンは一つ──()()()()()()を直感してしまった。

 

 「スケルトンの群れは、東のエルズルムから雪崩れ込むようにやってきた。行き場を失ったはずなのに、何かしら目的があるのか、あるいは何かに首輪を付けられたみたいにアンカラに集ってきた…奴らを統率する存在がいたからだ」

 

 その行き場を失ったスケルトンの存在を統率するのが、あのルシファーもどきならば全てに説明が付く。

 現に今、感染と未感染に関係なく全てのスケルトンが彼の下に集ってしまっているのだ。

 しかしエルズルムの長、ガイア・カーディアスは最期にこう言い遺した。

 

 ────奴の手によって、基地が…そしてキラードロイドが…今…そっちへ…。

 

 「あいつはあの時、なんて言った。誰が、そうしたって」

 

 ────レン・アークインジェ、それが…奴の名だ。

 

 もしスケルトンを手中に収め、エルズルムを壊滅させたとすれば。

 その存在が、あの堕天使だと言うのならば。

 そしてその存在を、彼がレン・アークインジェと言ったのならば。

 

 

 「………………お前なのか、俺を騙っていたのは?」

 

 

 震える声で、レンは堕天使に呼びかける。

 これこそが、彼に浮かんでいた『最悪の可能性』。

 決して無視することが出来ない、もう一人の自分という要素。

 

 それはレンにとって到底、許容出来る理屈ではない。

 

 「ふっざけるな!」

 

 鍔迫り合いという名の睨み合い、痺れを先に切らしたのはレンだった。

 それは当然のことだった。

 だがベレロフォンに今、脚が存在しない。

 剣を弾かれ、バランスを保てないまま体勢を崩す。

 レンは怒りのあまりに、それを気にしている場合ではなかった。

 

 「寄りにもよってお前が!ソルを倒したお前が!なんでだ!」

 

 レンはあの時、ソルと共に、しかもこの場であのルシファーもどきと対峙した。

 そしてソルは破れた。

 だからこそ、敵がレン・アークインジェであるはずがない。

 その事実があるならば、レンがソルを倒したということになってしまうからだ。

 それがレンにとって許しがたいことだった。

 

 「あんな怒ったレン、あの時以来だ…」

 

 「言ってる場合じゃない!あいつのサポートに回るぞ!アレを倒せるのは、恐らくレンだけだ」

 

 ラルとアランが状況を見極める。

 ベレロフォンのデストロイモードを使った際の決定的な弱点、それは空中での行動が制限されること。

 ラル達はそれをカバーする為に、カイネと同じようにベレロフォンの羽をかき集める行動に出ようとする。

 カイネが一枚を集め、残り最低二枚。

 大ダメージを被ったカイネを除き、ラル達三人が速攻で集められれば。

 

 しかし、相手はかのルシファーもどきだけではない。

 

 【まずい。今のレン君が奴を相手にしていれば、カイネさんが…】

 

 よしんばレン以外の三人が結集したとしても、ルシファーもどき以外に大勢のスケルトンがいる。

 あのルシファーもどきの出現により、プログラムを無力化され圧倒的な形勢逆転となってしまった。

 ならばカイネの救出を最優先にして一度体勢を立て直すべきか────

 

 「「なっ!?」」

 

 だが現実は、彼らの思考よりも先に動いてしまう。

 彼らにとって、更に非情の形へ。

 

 「あいつ、カイネを先に!?」

 

 ルシファーもどきは、レンの攻撃よりも先にある行動を選んだ。

 それはカイネの始末、ではない。

 カイネを、()()に取ること。

 大破に近い形となったピースフルオーディーンを、ルシファーもどきはすくい上げ飛び立つ。

 

 「っち、どこ行きやがる!?」

 

 【何故だ、何を企んでいる!?】

 

 そして堕天使は向こう側へ、カイネを連れ去りレンを背に飛んでいった。

 カイネを撃破するでもなく、スケルトンを率いるでもなく。

 部隊の全員が、敵の行動を理解出来なかった。

 羽のない今のレンに、単独で敵を追撃する手段は持ち合わせていない。

 

 「カイネ、クソっ!」

 

 【ダメだレン!今のスケルトン達は全て我々の敵です!】

 

 クレスが怒声を張る。

 カイネという大戦力を削がれた状況に加え、レンの行動制限。

 そして、プログラムの効力がなくなったスケルトンの群れ。

 KK部隊史上、最大最悪の状況だ。

 そんな四人の下に、百を軽くは超えるであろうスケルトンが集う。

 

 「この数は……流石に捌ききれねぇ……!」

 

 無敵でなくとも、それでも多くの機械を狩ってきた機龍狩り部隊。

 クレスの司令塔、ミツルのエンジニアとしての能力、レンのベレロフォン、部隊としての連携。

 その全てがあったからこそ、KK部隊は圧倒的な軍勢を相手に互角以上の戦いを行えた。

 

 KK部隊は、最強であった。

 KK部隊は、無敵ではない。

 

 「ここが、俺の限界なんだろうな。何が…隊長だ」

 

 言われたからこそ、文句もなく受け入れたKK部隊の隊長としての座。

 だがそんな彼にも、どうしようもない現実がある。

 いいや、元々どうしようもない現実しか存在しなかった。

 それでも、抗いたかった──憎き存在に。

 

 「すまない、ソル。俺にはまだ、ヤツに届かないのかもしれない」

 

 結局レンは、あの敵にかすり傷与えることすら敵わなかった。

 ソル・アルマルの敵討ちのはずが、逆に大ダメージを被ったまま何もせずに終わりつつある。

 トラウマを、乗り越えられなかった。

 ならばこのまま敗北か。

 

 「必殺ファンクション──」

 

 あるいは、一筋の希望が差し込むか。

 

 ラルでも、メルでも、アランでもない声が唐突に入り込む。

 

 「───月王砲(ルナキャノン)!」

 

 それは、もう一人の怪物(キマイラ)

 遠くから放たれた蒼い一筋の光が、スケルトン達を貫く。

 その正体は、来るはずもなかった存在だ。

 

 「ルナ…フーリア……!?」

 

 「諦めるな、レン・アークインジェ。まだ、終わってない」

 

 「何故だ、あんなに休んでろって」

 

 「私だって取り戻したい、自分の故郷を。なのに休んだままなんて出来ない!」

 

 少し遅れて、彼女のLBXであるキマイラがやってくる。

 レンとの戦いではずっと固定砲台として、その場から動くことが出来なかったキマイラ。

 しかし今となっては、その枷は取り外されている。

 小型化したライディングソーサが二つ、キマイラの脚部に装備されていた。

 

 【キジャ大佐…よろしいんですか?】

 

 【私も反対はしました。だが娘がやると言って収まらなくてですね…急ピッチでキマイラを修理させました】

 

 【感謝します、大佐。彼女の言う通りだ】

 

 クレスの下にキジャが駆け寄る。

 当然ながらルナの体力と精神は万全の状態ではなかった。

 しかし彼女にとって、それはこの戦いに参戦しなくても良いという理由にはならない。

 そしてルナが運んできたのは、一時の危機を脱する力だけではなかった。

 キマイラが背に持っていたのをレンに手渡す。

 

 「ベレロフォンの羽…しかも残った全部。いつの間に」

 

 「ここの敵は私達が止める。だから行って、奴を止めて」

 

 かつて敵だったキマイラが、ベレロフォンの羽を取り付ける。

 諦めるな、と。

 カイネによって空いた穴が、ルナ・フーリアという存在が加わり埋まった。

 まだ、戦いは終わっていない。

 

 「………奴はどこに行った」

 

 【レ、レン…!?】

 

 「奴はどこに行ったと聞いている!場所はどこだ!」

 

 ルナの言葉に、風前の灯火に油が注がれ業火となった。

 レン・アークインジェも、諦める気はなかった。

 

 【場所は…中央!僕等がずっと拠点として使ってきた()()()()()()()()()()()()だ!】

 

 そしてミツルが割り出した堕天使の到達地点は、KK部隊の核。

 KK部隊が特訓として、アルテミスへの出場権をかけて繰り広げられた舞台として使われた戦場に、敵は舞い降りた。

 まるで、かかってこいと挑戦状を叩きつけているかのよう。

 箱の中から始まった物語は、箱の中で最終的な決着を付けようと。

 

 「呼んでいるんだ、奴は。だからこそ、カイネを攫っていった」

 

 どちらが本物のレン・アークインジェか。

 それを証明したがっている、レンはそう直感していた。

 ならば、これ以上の余計な思考は無駄か。

 だがその前、レンは足を止めて彼らにこう告げる。

 

 「KK部隊、隊長として命ずる」

 

 「「「「「────!」」」」」

 

 一度は折れても、羽は蘇る。

 まるで、不死鳥が如く。

 彼の声に、彼を除いたプレイヤー()()が応じる。

 

 「俺は奴と、一騎打ちに出る。その間、今この場を切り抜け、全ての敵勢力をレン・アークインジェに近付けさせるな」

 

 決着に、邪魔立ては不要。

 かつて太刀打ちすら敵わなかった相手に立ち向かうために。

 今この場を切り抜けろ、それはつまり常日頃から言われてる通り『全員生存』を意味する。

 

 「相変わらず注文が多い…」

 

 「俺はこの部隊の隊長だ。なんか文句あるか」

 

 「っへ、上等だ!」

 

 先程とはまるで別人のレンの言葉に、ラルは笑う。

 ようやく本来のレン・アークインジェが戻ってきた、と。

 

 「クレスのおっさん、そしてラル。一つ頼みがある。時間がない」

 

 そして混戦の最中に飛び立とうとするレンが、二人にそれぞれ依頼する。

 当然、この戦いに勝つためだ。

 クレスには改めて全機のステータス状況の報告、ラルにはとある物をレンに貸してもらうよう指示。

 

 【……!なるほど、確かにいけるかもしれない】

 

 「これは一種の賭けだ。だがここで試さない手はない」

 

 レンがクレスにある作戦を告げ、少し考え同意する。

 あのソルを倒したという相手なのであれば、当然ながら一筋縄ではいくはずがない。

 既にそう考えていたレンは、緊急時において『使えるかもしれない』一手を事前に講じる。

 手札は一枚でも多いに越したことはない、と。

 

 「ならレン、これも持っていくんだ。もしそっちにもスケルトン達がなだれ込んで来た時のためってことで」

 

 作戦を聞いたアランが、レンに更にもう一つのアイテムを渡す。

 これは対キラードロイド・スケルトンの戦いにおいてアランが作った、スタンを施す携帯グレネード。

 キラードロイドに対し打撃力は無いものの、爆散した一定範囲にスケルトンの動きを少しの間封じる効果を持つ。

 一騎打ちとはなるものの、どこにスケルトンが潜んでいてもおかしくはないというアランなりの配慮だった。

 レンはそれを無言で受け取った。

 そして、キマイラによって建て直されたベレロフォンが、敵地のいる彼方へ飛び立つ。

 目指すは、T国アングラビシダス地下会場。

 LBXを悪魔とすら呼ぶこの国に存在する、彼らにとっての数少ない楽園。

 

 かの楽園(パラダイス)に、天使(イカロス)は再び舞い降りる。

 

 【……っ!何だこれは…いや、まさか!】

 

 ミツルがベレロフォンの()()に気付いたのは、彼が飛び立ったのとほぼ同時だった。

 

 

 

 ■

 

 「ってことは、俺の予感は当たっていたってわけか」

 

 【そうなります。恐らくあのルシファーをベースに作られたLBXこそ、抜き取られたもう一体の設計図の完成形…】

 

 クレスはミツルから告げられた確認結果を、レンに事細かく伝える。

 事は一刻を争う、しかし絶対に必要な情報だと。

 彼は言葉を続ける。

 

 【そう、──ベレロフォンと対を成す、コードネームは『()()()()()』】

 

 そしてクレスは言った、あのルシファーもどきの本来の機体名を。

 ザドキエル、ユダヤ教の伝承に登場する大天使。

 とある言語では、『神の正義』という意味を持つ。

 以前、西部制圧作戦の直前にクレスとレンが話した『消されたもう一体の設計図』の正体、しかし何故、今になって消されたはずのデータをミツルは突き止めたのか。

 

 【前にお話したかどうか。ベレロフォンにはエデンフォール事件やこの東西戦争に関連した重要データが格納されています】

 

 これはクレスとミツルがエルズルム軍事基地からベレロフォンなどを奪取した時点で明らかだったことだ。

 この内容について、ベレロフォンがレンに託された時に既にKK部隊に周知されていた。

 データはミツルの腕を持ってしても解読には至らず、せいぜい判明したのはザドキエルの設計図が消されたという痕跡のみ。

 

 【私とミツル君は、解読の鍵はベレロフォン…もしくは扱うレン君にあるのではないかと踏んでいました】

 

 しかし西部制圧作戦という大きな出来事があったとしても尚、データが解凍に至ることもなかった。

 つまりベレロフォンとレンは鍵になり得ないことを意味する。

 では誰がその鍵を有していたのか、答えは明白だ。

 

 「なるほど。じゃあ、あのルシファーもどき…いや、ザドキエル本体が鍵だったのか」

 

 【あなたはあの場で何度かザドキエルと接触した。そのタイミングで消された設計図が復元された、という説が固いでしょう】

 

 まるで答え合わせをしよう、と告げているかのように…とクレスは続ける。

 ミツルがアランのフェンリルホークにパンデミックプログラムを転送したように、ザドキエルはベレロフォンとの接触を経て知らぬ間に設計図の復元コードを転送した、というのがミツルの推測である。

 事実、設計図が復元された時間とザドキエルとベレロフォンの会敵タイミングは一致していた。

 クレスはザドキエルの設計図において、大事な部分のみをレンに伝える。

 

 【我々が予想していた通り、ザドキエルもイカロスと同じように高次元多関節機構を有している。だが問題は、機体に使用した素材(ベース)です】

 

 見た目通り、ザドキエルの大部分のベースはルシファー。

 やはり因縁というべきか、ザドキエルの武器はあのイカロス・ゼロが用いていたとされる槍を改良したものだった。

 だがそこまでは予想の範疇。

 驚くべきは、もう一つ使われた素材。

 

 【ベレロフォンにペガサスというキラードロイドを用いたのと同じく、彼らもザドキエルにキラードロイドを用いているようです】

 

 「奴らのキラードロイド…まさか、スケルトンか?」

 

 【そう。つまりそれが意味するのは、皆さんもご存知でしょう】

 

 ザドキエルはLBXルシファー、イカロス・ゼロ、そしてキラードロイド・スケルトンを混合して作られたLBX。

 KK部隊はキラードロイド・スケルトンを嫌というほど相手にしてきた。

 だからこそ、言われずともザドキエルが持つ特性がわかる。

 

 「骸再生(リボーン)か……。そりゃ厄介だ」

 

 レンはげっそりとため息をつく。

 しかしスケルトンの全てを束ねる存在であるとすれば、不思議な話ではなかった。

 それでもこれらの情報がわかっただけでも十分なアドバンテージ。

 少なくとも、戦いながら情報を炙り出さなければならないという手間が省ける。

 

 そして何より、西部制圧作戦において骸再生に対する一種の解答作を、KK部隊は見出している。

 あの作戦時においてラルとカイネが実行した──つまりは骸再生に使用される素材そのものを生み出さなければ良いという話。

 だが本当にザドキエルに骸再生の特性が備わっているのであれば、

 

 「おかしな話だよな。だとしたら、俺と一騎打ちで戦う()()()()()

 

 レンはザドキエルと一対一となるこの状況を不自然だと考えた。

 いつしかベレロフォンは、ザドキエルの待つかの地に降り立つ。

 アングラビシダスの戦場は、アルテミスでもよく用いられる『王宮城内』になっていた。

 そして──「やっぱそういうことか」と納得した。

 

 「()()()は、設計図にあったっけ?クレスのおっさん」

 

 レンの眼前にいるのはザドキエル、だけではなかった。

 敵手の両隣には、まるで忠実な下僕かのような二体のLBXがいる。

 一見すれば、それらは灰色の『イカロス・ゼロ』と『イカロス・フォース』。

 パラダイスの映像で見た時のように、それぞれ二つの片手剣に、一つの槍と盾を構えていた。

 そしてザドキエルの奥には、連れ去られブレイクオーバー寸前のカイネのオーディーンの姿があった。

 

 (誘い込まれたってか。…いいや、ここにスケルトンまで入っては来ないだろうと思い込んでいた俺の失態だ)

 

 そもそも敵はレンと一騎打ちをしようなどと古い武士のような考えを持ってはいなかった。

 これは決闘ではない、戦争だと主張しているかのよう。

 骸再生はベースとなる素材が必要不可欠であり、単機でそれを行えない。

 だからこそ、ザドキエルが一騎打ちで応じてくれるはずがない、そんなレンの予感は嫌な形で当たってしまった。

 とはいえ彼にとってまさか取り巻きのLBXが二体も付属しているとは思いもしない。

 それほどまでに、敵はベレロフォンの首を狙いたがっているということだ。

 

 「さっきは無様を晒したが、もうあんなおこぼれは見せない。それに、ここなら邪魔も入らない」

 

 敵が一人や二人増えたとしても、最終的な目標は今、目の前にいる。

 

 『はじめまして、もう一人の僕』

 

 「俺は自分のことを『僕』だなんて呼ばねえぞ。真似るならもっと質を上げてこいよ」

 

 唐突に無機質な男性の機械音声がザドキエルから発せられる。

 その声は、レンにそっくりなものだった。

 ザドキエルは間違いなく、もう一人のレン・アークインジェを騙る者だと、今ここではっきりした。

 

 「言動も俺に似せていたなら思わず拍手を送ってるところだったが正直、失望したよ。下手な仮装大会を見ている方がよっぽど面白い」

 

 『ひどいことを言うんだね。だけど僕も、君と同じく一度だけ失望したことがあったよ』

 

 まるで挑発するかのように、レンは言い放つ。

 戦いはいち早く終わらせるべき、しかしレンはもう一人の自分という存在がどうであるかを知りたかった。

 そして、がっかりする。

 

 だがそれは、ザドキエルも同じなようだった。

 

 『T国のチャンピオンが、あんなに()()だなんて』

 

 「……!」

 

 それはザドキエル自身がかつて倒した、ソル・アルマルに対する言葉だ。

 親友を侮辱され彼に怒りがこみ上げる、だがそれ以上に関心も湧き上がる。

 こいつも、俺みたいに同じ言葉を使うんだな、と。

 

 「だったら格付けが必要らしいな!お前が俺以下だってことを思い知らせてやるよ、レン・アークインジェ!」

 

 そしてベレロフォンから攻撃を仕掛ける。

 先の首都奪還作戦においてベレロフォンは消耗しているものの、それでも戦うには十分。

 唐突に加速したベレロフォンの剣戟、しかし敵はザドキエルだけではない。

 即座に反応した二体の灰色のイカロスが、それを阻む。

 

 (ザドキエルの情報はある。だがイカロス(こいつら)のスペックがまだわからない。圧をかけるとしたら、まずはこっちからだ)

 

 まずはこれでいい、そう考えたレンは二体のイカロスに目標を変える。

 王宮城内は決闘に適した障害物や遮蔽物の少ない平地。

 とはいえ円形に形成されるこの戦場には、四方に身を隠せる柱や一周出来るような通路が存在する。

 決闘をお望みなら中央で、より安全かつ隠密に行動する場合は外周を使えというものだ。

 

 (恐らくこいつらはAI、動きが未熟すぎる。こんな実力が離れすぎた二機を、奴が考えもなしに側に置くわけがない)

 

 正直に言ってこの二機だけが相手なら取るに足りない、レンは戦いながらこう感じていた。

 AIが未熟すぎるのか、まずベレロフォンの反応に追いつけていない。

 ベレロフォンの剣戟に耐えられはしているものの、即座に背後に回っては攻撃を許されている。

 

 「こんなものか、おせえ!」

 

 ベレロフォンの二つの剣が、二機のイカロスを弾き飛ばす。

 このやり取りでレンが一切の傷を負うことはなかった。

 当のザドキエルはまるで傍観者かのように、イカロスが傷を負ってもなお動くことはなかった。

 しかし数が一つでも減れば願ったり叶ったり。

 再び立ち上がった二機のイカロスが、ベレロフォンの前に立ちふさがる。

 

 「まずは一機、確実に!」

 

 たとえ立ちふさがろうとも、レンの相手ではない。

 刃を受け止めた反動の隙に、ベレロフォンはイカロス・ゼロの背後へ再び。

 彼の宣言通り、まずは一機だけでも確実に。

 

 しかし刃がイカロスを貫こうとした時、ベレロフォンの後ろで傍観していた彼が遂に動く。

 

 『素晴らしい実力。やはりそうこなくては』

 

 「小手調べは終わりか?もう少し待ってくれても良かったが?」

 

 二人のレンが言葉を交わすと同時、金属の不気味な重低音が鳴り響く。

 灰色のイカロス・ゼロは、確かに後ろから胸部を貫かれていた。

 だが問題は、それをやったのがベレロフォン()()()()ということ。

 

 (何を、考えている…!?)

 

 『何を、考えている。そう言いたいんでしょう?』

 

 レンの思考を読み取るかのように、ザドキエルは微笑する。

 そう、イカロスの胸部を貫いたのはザドキエルの持つ槍。

 これではただの同士討ち、しかし彼自身が骸再生の特性を持っているのであれば、同じくイカロス二機が持っていたとしてもおかしくはない。

 ザドキエルがレンの相手をしている内に、片方のイカロスが修復を行えば事なきを得る。

 だとすれば、同士討ちに何ら意味はないように見えた。

 

 しかしレンは思い返す。

 イカロスにトドメを刺す前、ザドキエルはベレロフォンの()()にいたはずだ、と。

 それはつまり、一瞬にして離れた距離からイカロスの背後に周っていたということを意味する。

 己の力を誇示してきたのか、あるいは余裕の現れか──何にせよ、一時的にではあるもののこれで二対一の状況。

 骸再生を施される前に数的不利をなくすためにも、レンは残ったイカロス・フォースに狙いを定めるが、

 

 「……!いない」

 

 イカロス・フォースがいるはずの背後には、誰もいない。

 王宮城内で見つからず姿を隠すのは簡単ではない。

 骸再生があるのだから、人数有利を保っている状態で逃げる選択肢はほとんどない。

 そして、この戦場自体から離脱するなど、あり得ない。

 

 『必殺ファンクション────』

 

 その隙を好機と見て、ザドキエルはぼそっと告げる。

 まさか、と辛うじて反応するレン。

 だがそもそも、ザドキエルに加え二機のイカロスが取り巻きとして存在している時点で『この事』に気付くべきだった、と同時にレンは後悔した。

 

 ────体をぐりんぐりん動かして、何か得でもあるのか?

 

 ────高次元多関節機構を持ち得るLBXが()()()()()()()話はまるで違ってきますよ。

 

 かつてのクレスとの会話を思い出す。

 イカロスを素材として作られたザドキエル、そしてイカロスが二機。

 彼ら全てに共通して備わっているのは、何度だって聞いた『高次元多関節機構』。

 その機能を、ザドキエルの武器として用いることが出来るのであれば。

 

 『00(ダブルゼロ)ソード』

 

 ゼロ距離で、ザドキエルはイカロス・フォースの高次元多関節機構を利用して得た武器を交差させる。

 イカロスの名を持つ機体だったからこそ、成し得る合せ技。

 油断しきってしまったレンに、この全てを躱し切る術はない。

 

 「くっそ…!」

 

 辛うじてベレロフォンは至近距離の攻撃に対し、右を向きながら左脚を蹴り上げる。

 両手を切りつけられ、武器を持つ手段を失うよりはマシと判断したが故の咄嗟の行動。

 しかしそもそも至近距離、代償は大きい。

 

 『すごい判断だね。あの場でダメージを最小限に抑える一番の行動だよ』

 

 最小限と言われつつも、羽が二枚に左下半身の大ダメージ。

 三つの部位が、焼け落ちる。

 辛うじて飛行状態を維持出来るものの、左脚を剣代わりにする手は封じられたのだった。

 あともう一回同じような事が起きれば、ベレロフォンは確実にほぼ全ての行動に制限が生じる。

 

 『僕を超える力、ぜひ見せてくれ』

 

 ザドキエルはレンの失態を待ってはくれない。

 イカロス・フォースを武器として持った状態で、ダメージを負ったベレロフォンに追撃する。

 回避出来てはいるものの、とても大剣を持った状態とは思えないスピード。

 二つの剣で受け流しつつも、ベレロフォンは防戦一方を強いられる。

 

 (空だ、イカロス二機には飛行機能がない。そこでなら、擬似的に一体一の状況を作れる)

 

 ザドキエルの大振りを躱した隙に、ベレロフォンは飛翔する。

 空中戦であればどちらに分があるか。

 重量の伴う武器は空中戦において不利と感じたザドキエルは、元々の槍に持ち替える。

 

 『つまり、空中での一体一なら僕に対して有利に立ち回れる。もしかしてそう言いたい?』

 

 レンはザドキエルの問いに対し何も答えない。

 実際の答えは、互角。

 ザドキエルの槍が振りかざされる度に、ベレロフォンの一枚の刃が応じる。

 フェンシングのような攻防が天空で繰り広げられ、両者が一歩も譲らない。

 だが元々はソルですら太刀打ち出来なかった相手、ベレロフォンという切り札を手にしたKK部隊のエースは、空中戦において『一歩も譲らない』という状況を作り出している。

 この状況から、『一歩先を行く』ためには───

 

 (いいや、諸刃の剣(デストロイモード)をこの状況で使えるわけがない。これを使うとしたら、もっと足場が必要だ)

 

 レンは真っ先にザドキエルの一歩先を行く術の代表格を思い浮かべるが、即座に否定する。

 理由は言わずもがな、デストロイモードを使うということは空中での戦闘手段を放棄するということに他ならないからだ。

 キラードロイド・スケルトンが大量にいるか、あるいは適切な足場がない限りはこれは自殺行為。

 未完成すぎるデストロイモードは、反撃の狼煙にはならない。

 

 (何か、良い手は)

 

 目の前の戦闘に集中しながらも、思考を深める。

 人数不利、ベレロフォンの負った深くはないが浅くもないダメージ、味方を武器にした必殺ファンクションの攻撃。

 当然ながら押されているのはレンの方だ。

 ここで彼が負けてしまえば、外にいるアラン達はザドキエルと合流したキラードロイド軍団に押され敗北を余儀なくされる。

 今この場で、レンが倒すしかないのだ。

 

 (やっぱり賭けは必要か)

 

 そう考えたレンは、アングラビシダス地下会場に向かう前に練っていた一つの作戦の前準備に入る。

 とはいえ、やるべき事は単純だった。

 

 あるアイテムを攻防の最中に一つ、イカロス達がいる地上に落とすだけ。

 

 『どうやら後先の事を考えてないみたいだね。空中での決闘を選んだからには、僕と張り合えるぐらいの実力がなきゃ意味がない』

 

 ザドキエルが、もう一人のレンが彼に挑発するかの如く笑う。

 しかしその間にも連撃は止まらない。

 

 『君は一つ失念している。空中でなら、僕()()に集中していれば良いとでも?』

 

 何故なら、ザドキエルとイカロス達は高次元多関節を有している。

 それが指し示す答えは────

 

 『必殺ファンクション、メテオブレイカー』

 

 目の前のザドキエルではない、()()から機械的な音声が流れてくる。

 片方の大剣を持ったイカロスから発せられたもの。

 

 「……っ!」

 

 レンが辛うじて、その巨大な斬撃波に気付く。

 地上の時より反応速度はまだ高い、ベレロフォンの最大出力をもってして横へ回避しようとする。

 だが彼らにとって、イカロスの必殺ファンクションはあくまでも陽動に過ぎない。

 

 『そこだよ』

 

 ザドキエルは、回避しきって消耗したこの瞬間を待っていた。

 赤黒い槍は、天使の右腕を捕らえる。

 そのまま押し込むように、重力に従い落下した。

 

 それは勝利の天秤を彼に傾ける、最大の一手。

 

 落下の最中、レンのベレロフォンは元々持っていた()()()()()()()()()、それぞれの場所に落とした。

 

 【レン君!】

 

 クレスが惨状に気付き、声を荒げる。

 無理もない、ベレロフォンがここまでのダメージを負ったことはそもそも無かったのだ。

 KK部隊が最強だと自負する、レン・アークインジェが操るベレロフォン。

 彼は今、地に落ちた。

 

 『中々ではあったけど、まだ僕には届かないかな。これで、僕が本物ってことでいいかな?』

 

 「………………」

 

 大ダメージを負って墜落した満身創痍のベレロフォンに、ザドキエルは槍を向ける。

 キマイラ戦で偽装したダメージとは違う、これは本物だ。

 レンは答えない。

 

 『無言か。じゃあ遠慮なしだ。グッドゲームをありが──』

 

 ザドキエルが槍をかざした瞬間、彼は固まった。

 まるで時を止めたかのように静止した彼は、ベレロフォンにトドメを刺すことを一時的に中断したのだ。

 

 『なんだ、このスモークは』

 

 それは自分の周囲に異変が生じたため。

 とはいえ、ただ戦場が深い霧に似た煙幕によって覆われ始めただけ。

 ザドキエルは自身の機体を確認するも、特に何の異常も生じていないことを確認した。

 だとすればこのスモークは一体何のためか。

 

 「俺とお前には決定的な違いがある。何かわかるか」

 

 疑念が増していくザドキエルに、レンはつぶやく。

 ザドキエルはレン・アークインジェで、ベレロフォンを扱う彼もレン・アークインジェ。

 どちらが本物か、この勝負で決めようと。

 レンの問いに対してザドキエルは何も答えない。

 そんなザドキエルに彼は先に答える。

 

 「俺はな!KK部隊の!レン・アークインジェなんだ!」

 

 その言葉の意味をザドキエルが理解する前に、レンが最後の反撃に出る。

 右腕が既に機能していないが故に、ベレロフォンは二刀流という手数が多い手段を使えない。

 明らかな火力不足だ。

 

 だというのに、レンは辛うじて握れる片手剣をザドキエルに()()()

 

 『最後の悪あがきってことかな?自ら武器を手放すなんて』

 

 ザドキエルはベレロフォンの行動を不自然すぎると考えた。

 彼が自身の脚を武器に出来ることは既に外での戦闘で見知ったもの。

 片脚は既にザドキエルの必殺ファンクションで損傷させ、今この瞬間にベレロフォンがメインで持つを武器を投げ、使える武器はもう少ない。

 仮に残った近接武器があるにせよ、今更ザドキエルから見てベレロフォンにとっての決定打になるとはとても考えられずにいた。

 

 槍のように投擲された剣を、ザドキエルが弾きながら後ろへ下がる。

 

 その瞬間、ザドキエルの足元で()()が起きた。

 

 『──ッ何!?』

 

 まるで最初から地雷でも埋め込まれていたのか。

 予想が出来ず思わぬ不意打ちを受けたザドキエルは、何もわからないまま一度空へ退避する。

 致命傷にはならないものの、この戦闘で初めてザドキエルがダメージを受けた瞬間だった。

 

 『小賢しいな。だけどそれが君の切り札だって言うのなら、弱すぎるよ』

 

 不意打ちを受けはしたものの、まず空中でなら同じ手は通じはしない。

 その一手を封じたが彼には未だ疑問が消えない。

 消えないどころか、ますます肥大化していくだけだった。

 彼がいつどのようにしてあの地雷を仕掛けたのか、このスモークを展開する意味とは。

 

 『……スモーク?いや、まさか…!』

 

 ザドキエルはこのタイミングになって、このスモークが張られた意味を理解した。

 その理解が正しいものなのか証明するべく、彼の持つランスの一振りが戦場全体の霧を振り払おうとする。

 ここまでのやり取りで、独立で稼働しているはずのイカロス二体が全く介入して来ないのだ。

 ベレロフォンがイカロス二体に大ダメージを与えた様を、ザドキエルは視認していない。

 しかし視認させないために、この状況が作り出されているのであれば──イカロスは今、どうなっているのか。

 

 だがレンからすれば、その行動は既に遅すぎるといったもの。

 

 「──必殺ファンクション、メテオブレイカー」

 

 その声は、霧の中から飛び出してきた()()()()()()()()発せられたもの。

 そして今、ベレロフォンが手にしているのは大剣に変形した灰色のイカロスだ。

 ザドキエルが先程用いた手段を丸ごと、レンは行使している。

 何故、どのようにしてこうなってしまったのかを、ザドキエルは剣戟を受け止めながら理解してしまった。

 

 『…全部、布石を張り巡らせていたってことか』

 

 「そういうことだよ。随分と遅かったね」

 

 敵だったはずの灰色のイカロスを手に、ベレロフォンは連撃を続ける。

 これがレンに残された、今この場にある最後で最大の武器と言える。

 

 そしてこの反撃のきっかけが作られたのは、彼が空中でザドキエルと戦っていた時のこと。

 

 レンはあの空中で、とあるアイテムを合計三つほどザドキエルに気付かれずに地上に落としていた。

 その一つ目は今までこの場で展開されている通り、戦場全体を覆い尽くせるほどの投擲型のスモークだ。

 ザドキエル自身が確認しているように、これ自体にはジャミング要素もなくただの煙を張り巡らせる程度の効果しかない。

 だが、レンにとってそれさえ出来れば前準備としては十分だった。

 二つ目、ザドキエルの必殺ファンクションを受けた際に投擲したスタングレネード。

 これは事前にアランから手渡された対キラードロイド・スケルトン専用の物だが、あのイカロスには効かないのではないかと多少の迷いはあった、

 だがらこそ、彼にとってこれは賭け──しかしスケルトンと同じように骸再生を施せるイカロスに、このアイテムは通じた。

 

 そしてイカロスの動きを封じ、ザドキエルが地雷を踏んで空中へ逃げた隙に、煙幕の中で早急にイカロスを始末する。

 必殺ファンクションで変形した状態のままスタンを受けた片方のイカロスは、レンよってトドメを刺されそのまま武器となった。

 もう片方のイカロスについてはもう一個グレネードを追加し、更にベレロフォンによって脚だけを貫かれ、地面に釘を打つかのように動きを封じる。

 これで一体一、正真正銘の一騎打ち。

 

 「俺はどうしてでもお前を倒す。そのためなら、どんなアイテムでも利用してやるよ、おら!」

 

 『さっきの地雷に使ったアイテムか、それを小賢しいって言うんだ!』

 

 鍔迫り合いから一旦距離を取り、レンはもう一つのアイテムをザドキエルに向かって投げる。

 それは先程、ザドキエルの足元で爆発を起こさせた物と()()グレネード。

 だが当たる方がむしろあり得ず、ザドキエルは当然ながら投擲を回避する。

 レンが今まで用いてこなかった、アイテムを多数使用する戦い方。

 これはアランの専門ではあったものの、格上と思えるザドキエルにレンはこの手段を用いらざるを得なかった。

 

 一見すればアイテムを投げて無駄に消費しただけのレンの行動。

 しかしこのやり取りで、レンは彼が既に自分の術中に嵌ったと確信した。

 

 「この一騎打ちで決めきる!あいつの…ソルの仇を討つためにな!」

 

 『いつまでも戯言を!どれだけ策を講じても、僕には勝てない!』

 

 両者のレンが叫び、先程と同じように剣と槍の攻防が続く。

 だがザドキエルが言うように小賢しい手段を用いても尚、この真正面の攻防でレンが優位に立てることは無かった。

 元々ベレロフォンはザドキエルに比べて損傷と消耗が激しい。

 このまま時間が経った場合、両者はザドキエルに軍配が上がると予測していた。

 

 (彼は僕が予期しない攻撃を幾つも並べてきた。真正面の戦いで勝ちはする。だけど、それで終わってくれる訳がない)

 

 ザドキエルはいつ背中を刺されるか、先程の地雷の件からこれを危惧していた。

 力で勝るものの、ザドキエルは作戦においては一歩遅れを取っていると思わざるを得ない、それほどまでに彼は奇抜な作戦を用意していると感じていた。

 では今、この間にもレンが自身に対して強力な策を講じているならば。

 そしてこの攻防自体、彼にとって時間稼ぎでしかないのならば。

 

 彼が───この状況を最初から計算していたのであれば。

 

 『僕も今、ここで決めきる!』

 

 ザドキエルにとって、この戦いを長引かせることは危険だと直感する。

 仮にベレロフォンを倒したとしても、彼にはまだ仲間が多く存在するのだ。

 もし今この間に外の仲間がスケルトンの軍勢を掌握していた場合、ベレロフォンに加勢されるのも時間の問題。

 それ故に、レンの策にこれ以上無理に付き合う意味が無かった。

 

 「上等だ!」

 

 ザドキエルが地上に向かい、レンもその後を追いかける。

 レンが一時的に動きを封じたままにしていたもう片方のイカロス、彼の狙いはそれだった。

 無理やり脚に刺さった剣を引き抜き、高次元多関節機構をもってして変形し武器にする。

 

 両者がそれぞれ手に持つのは、あの楽園の終焉をもたらしたイカロス。

 時を越え、天使が歪な形で対峙する。

 

 「『必殺ファンクション──』」

 

 両者にとって、この最後の攻防で勝敗は決する。

 どちらが本当に強いのか、ではない。

 どちらが本当のレン・アークインジェなのか、示すために。

 

 「──メテオブレイカー!」

 

 『00(ダブルゼロ)ソード──』

 

 最後の力を振り絞り、互いを必ず殺す技が激突する。

 灰色の光が暗い戦場を照らす。

 当時最強と称されたイカロスを武器にした技の攻防、この戦場自体が普段の姿を維持出来なくなるのは時間の問題だ。

 そして──

 

 『やっぱり正面の力なら僕には勝てないみたいだね!』

 

 このままではベレロフォンが負けるのも、同じく時間の問題だ。

 既にボロボロだった状態で最後の力を振り絞ろうとも、ザドキエルにはこの鍔迫り合いで不利を強いられる。

 敵に対しここまで喰らいついても尚、やはりベレロフォンは力においてザドキエルには一歩届かない。

 ならば、このまま勝敗は決するか。

 

 レンはここまでのやり取りで確信していた──この鍔迫り合いには負ける、と。

 

 しかし()()()()()()、と。

 

 「必殺ファンクション!」

 

 不意にザドキエルでもレンでもない声がどこからともなく聞こえてくる。

 ザドキエルにとって明らかな第三者、明るい声の主は女性のものだった。

 この声こそ、レンがずっと長らく待ちわびていたもの。

 

 

 「今だ、───()()()!」

 

 

 瀕死のはずだったピースフルオーディーンを持つカイネも、同じく力を振り絞る。

 ラルが緊急用にと所持し、レンに頼まれて渡され、最終的に空中の攻防の中でレンが彼女の下に落とした三つ目のアイテム。

 それは、カイネのために用意した槍だ。

 

 「グングニル!」

 

 勝敗を決するのは、何もイカロスの力だけではなかった。

 カイネの放った槍が、度重なる必殺ファンクションを使って消耗し、更に鍔迫り合いの真っ最中であるザドキエルの背中を捉える。

 流石にこの不意打ちに対し、ザドキエルに抗う術はなかった。

 

 『バ、カな………』

 

 「言ったはずだよ。俺は、KK()()()レン・アークインジェなんだよ」

 

 つまり彼は、最初からこの戦場で一人孤独に戦うつもりはなかったということである。

 レン・アークインジェという一人の人間としてではない、KK部隊のリーダーとして、勝つために全てを注いだ結果。

 そしてザドキエル最大の失敗は、中途半端にダメージを負ったカイネを連れ去った点にあった。

 

 「さあ答えてもらおうか。お前は、一体誰なんだ?」

 

 二人の連携によって追い詰められたザドキエルに、彼は問う。

 

 お前は誰だ、と。

 

 

 

 ■

 

 「カイ、黙ったまま…というか、絶対に喋らないまま聞いててくれ。奴との戦闘の最中、二つ頼まれてくれ」

 

 レンがザドキエルのいる地下会場へ向かう直前、ダメージを負い連れ去られたカイネに作戦を告げる。

 カイネのピースフルオーディーンはあくまでもブレイクオーバーには至っていない。

 しかし飛行出来るとはいえ、中途半端にザドキエルの下から逃げ出そうとすればトドメを刺される可能性があった。

 それ故に、レンはカイネに瀕死を()()()よう頼んでいた。

 そして敵手との戦いにおいて勝利を掴むために、更に二つ。

 

 「一つ、俺が奴とやりあう最中に指定したポイントに一個だけで良い、いつも使う爆弾を置いてくれ。もちろん気付かれないように」

 

 後にカイネはレンの空中での攻防の真っ只中において、グングニルARで用いる爆弾をまるで地雷のようにこっそりと地面に埋めたのだった。

 レンは空中で優位に立っても不利になっても、どう転んでも地雷の側にザドキエルを誘導出来るように立ち回る。

 そして最終的にはレンに武器を投げられ、後退した途端に地雷が作動し不意を突く一手となった。

 

 「二つ。ラルから槍を借り、どっかのタイミングでお前の下に落とす。俺が合図した瞬間、これで奴の背中を刺すんだ」

 

 それが後にレンが空中でザドキエルに腕を貫かれ墜落した最中に落とした、最後のアイテム。

 空からの爆撃を得意とするカイネだが、逆を言えばそれが唯一の攻撃手段だ。

 あの場で更に大打撃を与えるような一手を増やすには、ラルの持っていたサブウェポンが妥当だとレンは判断していた。

 

 【ですが敵は、カイネ君を人質に取るつもりで攫っていったのでしょう。つまりカイネ君がブレイクオーバーしていないと敵も知っているはずです】

 

 「ああ。だからこれは俺が奴の注意をどれだけ引き付けられるかが鍵だ。カイを警戒する必要がない、加えて俺を真っ先に始末するべきだと思わせなければ意味がない」

 

 クレスの指摘に、レンは答える。

 この作戦が通用する大前提とは、敵がレンを脅威として認めた際にカイネが盾として使われないこと、更には敵のカイネに対する警戒が極限まで薄まることだ。

 もしレンが手際良く敵を追い詰め、カイネを真っ先に始末することを選んだ場合、不意打ちという作戦は決壊する。

 そうならないために、レンはベレロフォンを使って敵に最優先に始末されるような立ち回りをしなければならない。

 結果的にレンはイカロスの必殺ファンクションを用いられ、最大級に追い詰められた挙げ句、ザドキエルに「こいつは真っ先に倒せる」と思わせられたのだ。

 

 そしてレンは戦いの最中、ザドキエルの発言に深く耳を傾け、敵がカイネに対する警戒を完全に解いたタイミングを知った。

 

 ────さっきの地雷に使ったアイテムか、それを小賢しいって言うんだ!

 

 レンがザドキエルに対し距離を取り、唐突にグレネードを投げ出した時、ザドキエルは一つ重大な勘違いをした。

 それはレンが投げたグレネードを、カイネが仕込んだ地雷と同一視してしまったこと。

 これによりザドキエルは、『ベレロフォンが地雷を仕込んだ』と勘違いしたのだ。

 レンはこの発言から、ザドキエルからカイネという存在に対する警戒が消えた──自身の術中に嵌ったのだと確信していたのだった。

 

 「あとはそうだな…どこでカイに合図を送るか」

 

 カイに合図を送るタイミング、つまりそれは全ての前準備が整い、敵の背中がガラ空きとなった時だ。

 だとすれば相手が必殺ファンクションを使った瞬間か、あるいは疲弊しきった直後か、何にせよチャンスは一度きり。

 だからこそレンは相手が必ず殺す行為に手を伸ばすタイミングを、粘りに粘った。

 そして片方のイカロスを手に取り、もう片方のイカロスは()()()()()()

 あのスモークの最中、レンはザドキエルの実力に釣り合ってなさすぎるイカロス二体を完全に始末することは可能だった。

 しかし片方は武器を得るために言わずもがな、もう一体はザドキエル自身が最終的に技を使ってくれるように一時的に動きを封じるのみ。

 

 最終的にザドキエルはレンの誘導した通り、あるいはレンの望み通り、レンに対して必殺ファンクションを使う選択をした。

 

 『やってくれたね……』

 

 「そういうのいいから。お前は誰だって聞いてんだよ」

 

 『…………』

 

 ようやく追い詰めたザドキエルはレンの問いに答えなかった。

 お前は誰だ、レンが最も問い質したかったのは間違いなくこれだった。

 ソルを倒し、レンの名を騙ってエルズルム軍事基地を滅ぼし、レンの前に現れた。

 ザドキエルの行動がレンにとってあまりにも不可解すぎたのだ。

 だからこそ、知らなければならない。

 

 『僕はね、君を()()()()()()。だから今の僕は、レン・アークインジェなんだよ』

 

 「……何を言っている?」

 

 『イタズラ心や悪気があってやったと思ってる?違うんだよ、実際は』

 

 やっとして開いたザドキエルの口からは、想像もしないような言葉が飛び出したのだった。

 レン・アークインジェを救うため、ザドキエルはレン・アークインジェを騙る、本人からしてみれば意味不明も同じだ。

 今の自分自身に、救われる要素がどこにあるのだと。

 だがザドキエルの口調は、レンからしてとても嘘を言っているようには聞こえなかった。

 

 『いずれきっとわかるよ。だけどその前に、僕は何としても君を倒さなければならない』

 

 (嘘だろこいつ、まだ続けるってか!?)

 

 彼の言葉に応じるかのように、ザドキエルは再び動き出そうとする。

 グングニルよって胸部を貫かれても尚、動こうとするザドキエルにレンは驚きを隠せない。

 一体これ以上何をどうすれば倒れるか、と。

 事前に幾つもの策を練ってきたレンでも、流石にこれ以上良い作戦が思い浮かばなかった。

 

 (斯くなる上は──)

 

 『斯くなる上は、僕も()()を使うしかないか』

 

 レンが不利を覚悟でデストロイモードを使おうと考えた矢先、ザドキエルがつぶやく。

 まさか、となる前に事は動き出そうとする。

 

 『本当は奥の手だけど仕方がない!ザドキエル、セラフィ────』

 

 「させねぇ!」

 

 もはや万策尽きたか、レンがそう判断した矢先、レンでもザドキエルでもない声が天井から来たる。

 瞬間、漆黒の弾丸がザドキエルの頭部にヒットした。

 声の主は、ここにいるはずもない者のもの。

 はっとして、レンは空を見上げる。

 

 「アラン…?外の奴らはどうした!?」

 

 「俺らが何の仕事もしてないわけないだろ?()()()()さ」

 

 【そういうことです。レン君、カイネ君、二人ともよくここまでやってくれた】

 

 弾丸を放った正体はアランのフェンリルホーク、加えてこれまで彼らの戦闘の指揮に集中していたクレスの通信が重なる。

 この状況が指し示すのはつまり、全ての軍勢に対しパンデミックプログラムが適用されたということ。

 しかしプログラムは全てザドキエルによって上書きされていたのではないか、レンは疑問を呈する。

 

 「いいや、お前とカイネが追い詰めてくれたおかげでその力が弱まったんだ。安心したよ、別にこの野郎が無敵じゃないってわかって」

 

 『……ほう』

 

 「ソルの仇を討ちたいのは俺だって同じだ。お前を倒し、気持ち良く戦争終了ってことにしたいんだが」

 

 アランはライフルを構え、いつでもトドメを刺せるようにザドキエルをスコープ越しに睨み付ける。

 フェンリルホークの弾丸によって奥の手すらも封じられたザドキエルにとっても、これ以上に対抗する術はなかった。

 これで一気に、状況はKK部隊に大きく傾く。

 既にパンデミックプログラムは上書きの効力が消え、ほぼ全てのスケルトンに適用された。

 残る残存勢力は、ザドキエルのみ。

 

 『引き時か。まあ、いいさ』

 

 ザドキエルが周囲を見渡し、ぼそっとつぶやく。

 しかし彼にとって、()()()()()自体は果たされていた。

 ならばこれ以上の長居は無用、彼はそう判断する。

 しかし───

 

 『だがタダでは終わらせない!』

 

 「何っ──!?」

 

 降参の意を表するかと思いきや、とても瀕死とは思えない速度でザドキエルが駆ける。

 アランの動揺を一瞬にして掻い潜り、彼はイカロスの武器を手にした。

 敵手がターゲットとして選んだのは、瀕死のカイネ。

 せめて道連れを、と判断しての最後の行動だ。

 ザドキエルが駆けた直後、持っていた武器をカイネ目がけて投擲する。

 直撃を許せば、カイネのブレイクオーバーは目に見えていた。

 

 「おらぁ!」

 

 レンが残った力を振り絞り、同じくイカロスの大剣を投擲された剣に投擲する。

 ガキンという鈍い音が鳴り響き、それぞれの武器がカイネに当たることなく地面に落ちた。

 咄嗟の判断が、最後の最後でカイネを救ったのだった。

 だがレンはザドキエルの武器を弾き返して理解した──してやられた、と。

 

 「…逃げられた。道連れ行為はあくまで囮だったわけか」

 

 「ふざけるな!俺はまだ、奴に聞かなきゃいけねえことが山ほどある!」

 

 本来の目的は逃げることだったのか、とアランは舌打ちする。

 しかし全く理解しきれていないザドキエルの先程の発言に、レンがそのままでいられるはずがなかった。

 まだ殴って話を聞き出せるかもしれない、レンはそう考えて追撃を試みようとする。

 

 【やめなさい、レン君!ひとまず作戦は成功した。確かに彼のことは気になるが、それ以上にやらなきゃいけないことがあるはずだ】

 

 「くっ……」

 

 【お気持ちは十分理解しています。しかし今のままでは返り討ちの線が濃厚です。もう、戦いは終わった】

 

 そんなレンに、クレスが静止する。

 彼は紛うことなきソルの仇。

 だがお互いに力を使い果たし、どちらも手札を失った状態だ。

 今この場で追撃を加えるのはせっかく得た優勢を別の方向へ傾けかねない、指揮官の判断だった。

 アランの言葉の通り、スケルトンのほとんどは掌握された。

 

 作戦は成功し、首都は奪還され、確かに戦争は終わったのだ。

 

 ──レン・アークインジェに、更に多くの謎を残したまま。

 

 2053年夏──半年以上にも渡り続いたエデンフォール事件を皮切りに始まった機械戦争。

 その長く続いた戦争が今、終わりを迎えた。

 T国全土に散らばったキラードロイドの軍勢がザドキエルによってアンカラに集結し、KK部隊によってそのほとんどが掌握され、最終的に機能停止に陥った。

 クレセント・ミハエル、そしてガイア一派が始めたクリーンな戦争は、彼らKK部隊によって潰える。

 これにより、インフラ部分は壊滅的打撃を受けており立て直しが必要ではあるものの、人の居場所がようやく取り戻されたのだ。

 首都アンカラ奪還というニュースは、イズミル軍から急遽報じられ、連鎖するかのようにやがて全世界に報じられた。

 

 世界は、T国にまだ息が残っていることを知ったのだ。

 しかし────

 

 「残念ですが、まだ終わりじゃない」

 

 戦争終結後の夜明け、クレスは全てを終え新たな始まりを迎えたT国の明日を見据え、一人つぶやく。

 戦争自体は終わった、しかしまだ終わりではないと。

 いいや、彼にとってここからがやっと()()()()なのだと。

 ベレロフォンを手にし、優秀なプレイヤーを集め、戦争に勝利した。

 そしてイズミル軍を味方に付け、エルズルム軍は何故か知らぬ間に崩壊の道を歩んだ。

 強大な敵はあまり残ってはいない、そのはずなのに。

 

 「この先、まだ何が潜んでいるんですか?」

 

 「おや、キジャ大佐」

 

 不意に彼の背後からイズミル軍大佐、キジャの声がかかる。

 そんな彼の表情は、戦争を終結したというのにどこか未来に希望を抱いていない、むしろ不安を募らせているかのように曇っていた。

 キジャにはわかっていた、クレスがまだ何か得体の知れない物を見つめているのだと。

 

 「修羅の道ってやつですよ。ようやく、その道の入り口付近に辿り着いた」

 

 「我々はまだ、地獄を見足りないってことなんですか…?」

 

 クレスはキジャの言葉に頷く。

 その反応に、キジャは固く目を瞑った。

 彼の言う言葉に間違いが無いと確信しているからこそ、絶望したのではない。

 その道を共に歩もうではないかという覚悟を決めた、その意思表示だ。

 

 「ここからが本当の戦いです、大佐。…いいや、もう軍の肩書というのは不要なのかもしれませんね」

 

 「私もそのつもりですよ。もうお互い、血は見飽きているでしょう。だから、貴方は一足早く軍を抜けた」

 

 キジャの言葉にクレスは否定しない。

 お互いが平和という道に同じく進もうとしているのであれば、クレスは彼を『キジャ大佐』と呼ぶのを辞めることにした。

 これからイズミル軍は解体され、KK部隊と共に歩んでいくのだから。

 

 そう、だからこそ──キジャ自身も彼を元の軍の肩書で呼びつけるのを辞めることにした。

 

 そしてこの瞬間だけは、クレスという偽名で呼ぶことすらも。

 

 「T国の未来のために。今一度再びよろしくお願いします、───()()()()()()()()()

 

 「ええ。喜んで」

 

 キジャはその名を口にする、全ての黒幕の一人であるはずの男の名を。

 

 修羅の道──後に『T国天落事変』と呼ばれる真の幕開けは、ここからだった。

 

 

 

 

 -終- 第六章 首都奪還作戦

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