ダンボール戦機 -2053KK-   作:最果

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第七章 ただいま

■誰かの日記

 

ふと後ろを振り返る時がある。

今の私に、「おかえり」と言ってくれる人はいるだろうか。

 

 

 

 

T国首都奪還作戦が終わり、戦争が終わった。

あれから約三ヶ月──この歳月の中でKK部隊が今までのように出撃を強いられることはほとんど無くなった。

首都奪還作戦においてザドキエルが引き連れてきた軍勢の総数は、T国全土に現存するスケルトンの八割近くに及ぶ。

その八割をKK部隊が掌握したが、残り二割はというと、まるで目的を見失ったかのように各所へ散り散りになったのだ。

今までのキラードロイド・スケルトンと決定的な違いは、散り散りになった彼らが集団で動かなくなった点にある。

元から単体で侵攻を行うなどという自殺行為は流石にプログラムとして組み込まれなくなったのか、もはやこの時点でスケルトンは脅威として認定されなくなったのである。

これにより、KK部隊は役目を終えたかのように戦う機会が激減したのだ。

今現在の彼らの活動内容を強いて挙げるとすれば、定期的に二人一組で行っている各所へのパトロールくらいだろうか。

 

奪還作戦を終えた最初の二週間、イズミル軍とKK部隊の協力の下、まずは西側に点在するLBX及びスケルトンの掃討に踏み切っていた。

最大の目的はやはり人の居場所を取り戻すこと。

インフラ復旧や細かい部分に手を回す必要があるものの、まずは人が安心して住めるように確実な脅威を取り払う必要があった。

いくら軍や部隊が敵でなくとも、T国の大多数の人間にとって彼らは紛うことなき悪魔。

キジャ大佐の主導により、かつて町や人の暮らしていた場所に対し念入りに討伐作戦が行われた。

KK部隊が掃討し、イズミル軍が現地に赴いて安全を確認した後、初めてその土地が取り戻されたと証明される。

彼らに休む暇はなかった──いや、この状況下で誰もが「休んでいる場合じゃない」と奮闘した。

それほどまでに、一刻も早く西部の奪還が重要視されていたのだ。

 

二ヶ月目、首都アンカラから西部に至るまでの全土の安全が確保されたとイズミル軍から正式に報告された。

この期間で次に重要視されたのは二つ。

まずは確実に安全が確保された町に対するインフラの整備に、可能な限りイスタンブールから西への帰宅者を増やすこと。

長い間の避難生活の方舟として使われてきたイスタンブールの状況は以前から芳しくなかった。

イスタンブールには東も西も関係なく大勢の人が避難を余儀なくされ、毎日当然のように東西民の軽い争いが絶えなかったのだ。

流石に極限状態もあってか、かつての戦争ほど炎上するような事態に発展したことはなかったが、半ば火薬庫状態のイスタンブールを、キジャ大佐は見てはいられなかった。

多少の労働力を引き換えに、イズミル軍は復興者及び移住者を募り少しでもイスタンブールのガス抜きを行ったのだ。

帰宅者のほとんどが元から西に住んでいた人々であり、イスタンブールに留まったほとんどがその逆である。

 

そう、ほとんどであり、全てではない。

これがかつてと明らかに異なる点。

なんと東に住んでいた者から、今回の件を機に西へ移住しようと名乗りを挙げた者がいた。

ほんの僅かではあったが、その移住者の一人はこう言ったという。

──もうこんなくだらない争いはやめよう、いい加減に曇ったメガネを外すべきだ、と。

それは間違いなく、東西の和解の兆しでもあった。

また、イズミル軍の半分の人員が西の引き続きの復興作業に割り振られ、もう半分が首都に目を向けることとなった。

 

次に重要視されたのは首都アンカラ。

エデンフォール事件において欠片の最大の直撃地であったアンカラは、西と同じような単純作業では済まなかった。

単純で済まない、どうしようもない光景を、KK部隊は幾度となく目にしている。

明らかに人の形をしたもの、ギリギリわずかに人と判別出来るもの、もうそうですらないドス黒い何かの塊。

出撃と撤退を繰り返す度に、彼らの目には見るべきではないものが映ってしまう。

あの隕石落としの最中、救われなかった人々だ。

KK部隊が念のためとして車一台が通れるほどの道を空けてはいるものの、周りは廃墟同然の景色が広がっている。

ここまでになってしまえば、完全な復旧には年単位の時間が掛かってしまう。

しかしKK部隊の核である基地は、これから東への復興作業を進めていく上で最も重要な拠点となる。

それ故に彼らは、そこに()()人々を救出して弔うと同時に、バークプラントとアンカラの地下基地を繋ぐライフラインを確立させるべく動いたのだった。

アンカラは現在、西軍とKK部隊が駐在する東へ向けた槍先である。

 

三ヶ月目、遂に西の至るところに人々が住まうテントや仮住宅がポツポツと増え始めていた。

軍や部隊が想像していた倍以上に、イスタンブールで窮屈な避難生活を強いられていた彼らの目には光が宿り、復興作業が進んでいたのだ。

イスタンブールからは毎日のように人々が安全が確認された各所へと流れて行き、徐々に人手が増していく。

ここまで来れば軍が西の復興作業に回す人手は最小限に留まり、アンカラか東に目を向けられていった。

 

そしてようやく、T国は再び()()()()()()()が出来るのだ。

世界各国がT国の情勢を見た時、特に異常だと感じたのは何も戦争が機械主導で行われていたことだけでない。

そもそもの元凶の一人は副大統領のクレセント・ミハエル──国の重鎮と言えるべき人間。

そして大統領であるガイア・カーディアスはあの事件により行方及び安否が不明となっている。

いいや、ここまで来ればもう既に死亡したのだと各国は判断していた。

つまり今のT国には、統治者(リーダー)がいない。

更に付け加えるとすれば、エデンフォール事件によって多くの政治の重鎮を担ってきた大臣や関係者が巻き添えとなり、やはり長らく不在状態となっている。

人の居場所が取り戻されたとしても、世界から見たT国は羽を毟り取られ雛に衰退した鳥だ。

統治されぬ国は、国とは呼べぬ。

現在はイズミル軍が主導となり治安維持に復興作業を重ねているが、いずれ限界がやってくる。

とはいえ、統治者に相応しい人物が今見つかるのかといえば、これもまた難しかった。

結局、元いた官僚や新たな人材探しを並行して進めてはいるものの、世界へ帰る準備は今の時点では保留となってしまったのだ。

 

順調に復興作業が進む中、脅威は未だ去ったわけではない。

そう、もう一人のレン・アークインジェ───ザドキエルだ。

ミツル達の追跡により、彼がKK部隊との戦いを最後に東へと逃げ去ったということまでは判明した。

しかし不気味にもあの戦い以降において彼は一度も見つかっていない。

彼らとの決着は、付いたわけではないのだ。

だがある程度のザドキエルの居場所の目星は付いており、それが滅ぼされたと言われるエルズルム軍事基地なのではないかと推測されていた。

今のKK部隊がやるべきは、ザドキエルを更に追い詰め撃破することではない。

体勢を立て直し、散り散りになったスケルトン達を掃除して少しでも多くの人の居場所を取り戻すことである。

再戦の時は、いずれ必ず来る。

今は目の前の問題を片付けていくことが先決だ、とクレス・ミヘナが提案したのだった。

最後に、T国の人々には疑問が残っていた。

それは──誰がどのようにしてこの長く続いた戦いを終わらせたのか、と。

 

奪還作戦が成功して間もなく、キジャ大佐はクレスとの相談の末、イスタンブールに出向き全ての避難民に事の経緯を説明した。

あの日アンカラで何が起きたのか、誰がこの惨状を招いたのか、T国が今までどのような有様をしていたのか、そしてこれからの行く末。

ガイア一派とクレセント・ミハエルによって引き起こされた、キラードロイドとLBXによって繰り広げられる無秩序な戦争。

その混沌の最中で元凶の彼らは愚かにも機械に滅ぼされ、それを皮切りに最終的に首都は奪還された、と。

しかしキジャの口からは、KK部隊の名前は一切出てこなかった──レンを始めとした、KK部隊の総意により伏せて欲しいと依頼されたのだ。

レンにとって、少年少女達が悪魔を使って戦争を終わらせたのだと彼らが知れば、多くの混乱と何より反感を招くかもしれないと考えていた。

彼らにそのような情報が、果たして信じるに値するのかと。

アラン達はというと、レンの私怨が若干混じっているのではと思いもしたが、別に自分らが英雄視されたいわけでもないと最終的には考えに賛成したのだ。

クレスもそれに乗っかり、「では大佐、イズミル軍が終結に全面的に関わっていたと報じれば良いんです」という言葉がトドメとなった。

エルズルム軍が滅んだ今、残ったイズミル軍が英雄視され、人々からの支持を得るのが得策だというクレスの判断である。

 

彼のその言葉はキジャにとって、「早くこっち側の世界に来たらどうだ」という意味合いにも聞こえていた。

 

説明を受けた避難民の心境は多種多様だった。

クレセント達に憤りを示す者、未来に絶望する者、更に無気力になる者、戦争が終わりひとまず胸を撫で下ろす者、やっとの思いで亡くなった者に対し弔いの意を表し涙を流す者。

かつての戦争と今回の戦争で最も大きな違いといえば、機械が主導を握り、機械だけが争っていたこと。

その戦争の前準備として多くの人間が死に、不幸に見舞われたものの、幸いにも戦争中に死傷者が出たという情報はない。

つまり、人と人とで争いが行われていない──西と東の間で、血が一切流れていないのだ。

避難生活の中で多少なりとも争いがあったものの、その被害は最小限で済んでいる。

 

彼らは学びつつある。

果たしてこの時代、お互いが憎み合い、争い合う必要や意味が存在するのか。

多くの人間が、仲間が、家族が死んだ。

死んだ多くの人間は見ている、辛うじて生き残った者達がこれから辿るであろう道を見ている。

天上の天使ですらも、見ているかもしれない。

そんな見られているかもしれない自分達が、今更こんなことをしている場合なのかと。

その学びを生んだのは、間違いなく戦争により余儀なくされた避難生活だ。

現に東から西への移住者も発生しており、和解の芽は確実に芽吹こうとしている。

それこそが、真の復興なのかもしれない。

 

「なんだこれ!!すげぇ冷てぇぞ!」

 

「しかもしょっぱい…海ってこんな感じなんだね」

 

「レン、見て!いい景色でしょ!」

 

「そ、そうだな…」

 

ラルが真っ先に海に飛び込み、知らない世界を味わった。

メルも彼に連れら入り込み、カイネが遠い水平線を指差す。

レンとミツル、クレスが後ろからそんな微笑ましい光景を眺めていた。

彼らがやってきたのはT国南、アンタルヤ──地中海。

T国の復興作業も軌道に乗り出していた最中、彼らKK部隊には珍しく休暇が許されていた。

彼らは言わずもがな、T国首都奪還作戦に最も貢献し、戦争を終結させた功労者。

カイネが奪還作戦へ出撃中につぶやいた夢、『戦争が終わったらみんなで海に行く』という夢をクレスとキジャが快く了承したのだ。

やっとの思いで、夢は叶った。

 

「アランも勿体ねえなあ、せっかくだから来ればよかったのに」

 

「父さんと話があるって、アランは言ってた。きっと、大事な話だったんだと思う」

 

「大事な話…ねぇ」

 

クレス達の隣にいたルナがラルに告げた。

キジャは元々イズミルやアンカラからは離れられないために仕方がないことだったが、ついでにアランも来れないとは何事か。

せっかくの休暇だというのに勿体ないと、KK部隊はこう思わざるを得なかった。

そんな彼の大事な話という内容について、当然ながら事情を知る者はここにはいない。

仕方ない、俺らだけで楽しもう、とラルは水平線に向かって更に走って行った。

 

「あいつらのノリには…この部隊には慣れたか?」

 

「うん。全部が全部元通りになったわけじゃないけれど、前よりはずっと楽しいよ」

 

ビーチパラソルでぼーっとしているレンの隣にルナがやってくる。

元より不自由な行動を強いられているレンはもちろんのこと、ルナ自体もあまり輪の中に入るタイプではなかった。

自分はあくまでもお目付け役、カイネが勧めても尚レンはそう言って聞かなかったのだ。

 

「父さんを助けてくれてありがとう。まだ、ちゃんとお礼を言ってなかったから」

 

「ついでだよ。それに、あんたの父親がいると見抜いて実際に助けたのはアランとクレスのおっさんだ」

 

「…自分の功績はあまり認めたくないタイプ?」

 

「ちげぇよ、俺らは『部隊』なんだ。俺はただ切り込み隊長として、目の前にいる奴を倒しただけ」

 

「頑固だね」

 

頑なに自らの成果を認めないレンに、ルナが少し笑いかける。

カイネ達四人が奇襲を仕掛け、キマイラの特性をミツルが調べ上げ、クレスは未来の戦況を、そしてレンが目の前の戦況を見極め戦う。

ベレロフォンを扱うレンによるワンマンチームに見えるものの、結局は総力戦。

誰一人として欠けてはならず、欠けなかったからこそ勝利を掴むことが出来た。

レンは一つ、ある事を思い出す。

 

「最初は…俺()()()強ければそれでいいと思っていた」

 

「え……?」

 

「アルテミスを駆け上がった時もそう。一人で奴らに挑んで倒せればこれで良し、負けたらそこまでの存在。他に余計なことはいらないってね」

 

レンは彼女の顔を見ず、遥か先の水平線を見つめる。

KK部隊結成当初の彼は、半ば自暴自棄の状態だった。

LBXが、戦争を始めた人間達が、憎くて仕方がなかったのだ。

だからこそ自分ひとりだけでも彼らに戦いを挑み、亡くなった彼の弔いを果たしたかった。

そしてこのような事態が起こらなければ、今頃バスケで世界を目指していたのだろうと。

しかしレンは個人の復讐に、幼馴染の彼らを巻き込もうなどと最初から思っていない。

それでも実際、彼らはレンと共に歩んだ。

 

「あんたと戦って、もう一人の俺を名乗る奴と戦って思い知った。どうやら、それじゃダメみたいなんだって」

 

「無敵な人なんていないんだよ。私も似たようなことを思っていたからわかる」

 

「だからあの時、助けてくれたのか?」

 

彼の問いに、ルナは頷く。

もちろん故郷を取り戻すという思いもあったが、一人でザドキエルを相手にしようとしていた彼に対し、ルナは別で思うところがあった。

彼女自身も、戦争が始まる前は一人でLBXと共に歩んでいた者だったからだ。

 

「アングラビシダスの予選で、私は腕試しのつもりで一人で挑んだんだけど…結局は準決勝で負けちゃった。あの時まではずっと、自分に絶対の自信があったから余計にヘコんじゃったなぁ」

 

「予選を…一人で…?」

 

それはどういう手の込んだ自殺行為だ、という言葉をレンは引っ込めた。

クレスが彼女の存在を認識するようになり、ソル達アキレス三銃士も参加し優勝を果たしたT国アングラビシダス。

かの大会のレギュレーションにより一チームに最大三人まで、しかしルナはたった一人で、LBXパンドラを手に戦いを挑んだ。

彼女は準決勝で惜しくも三人組のチームに敗れ、決勝でアキレス三銃士と戦う機会を逃した。

しかし逆を言えば、そこに辿り着くまでの二回戦は一人で勝ち上がってきたということを意味する。

その勇敢さと実力、キジャと知り合いだったこともあり、クレスは後に彼女を仲間の第二候補として挙げていた。

 

「父さんが軍人の偉い人で、LBX自体誰も触ろうとしなかったし、周りから避けられて一人になるのはしょうがなかった。でもだから、私は一人でも強くなってみたかった」

 

「あんたは十分に強いよ。前にも言った通りな」

 

「けどきっと、レンが戦ったあのLBXには勝てなかったと思う」

 

「それはまあ…同感だな」

 

恐らく自分が戦ったらザドキエルには勝てなかっただろう、とルナは言う。

しかしレン自身も、彼には正真正銘勝ったとは言い切れないと思っていた。

ソル・アルマルを倒したという実力に、嘘も何も存在しないと。

 

「あの場で思い付く限りの策を練った。出せる限りの全力を出した。それでも、カイの助けを借りても完全に奴を倒しきれなかった。あの時以上に焦りを感じたことはないな」

 

「それ、レンに対して私も同じこと思ってるよ」

 

「ソ、ソウデスカ」

 

「アングラビシダスの時以上に悔しいって思ったよ。…そんなこと思ってる場合じゃないって感じだけど」

 

例えアルテミスを優勝した猛者でも、アングラビシダスに一人で立ち向かい準決勝まで勝ち上がった者でも、勝ちきれない相手がこの世に存在する。

無敵なプレイヤーなどいない、二人はひしひしとそれを痛感したのだった。

これに加え、レンはクレスが自身に言い放った言葉を思い出す。

 

────世界が広いってことを、知りたくはありませんか?

 

────この世にベレロフォンより強い奴がいるってことか。

 

そしてベレロフォンに並ぶ、あるいは上に至る存在にレンは出会った。

アルテミスを制しても尚、世界は広い。

だからこそ今までの戦いを通して、「自分だけが強くてもダメだ」と思い知った。

しかし彼らはまだ、助けることに慣れていても、()()()()()()()には慣れていない。

助けを求めるまでもなく強いから、あるいは助けてくれる者がいなかったから。

 

「次こそは絶対に、完膚なきまでに叩かなきゃな。でなきゃ、ソルが報われねえよ」

 

「…そのソルって人、そんなに強かったの?私は戦ったことがないんだけど」

 

「今の俺でも、あの時のあいつに勝てるかどうか。本当にそれぐらいだったよ」

 

「そうだったんだ。レンにそこまで言わせる人だったんだね、ソル・アルマルって」

 

レンはかつてのソルの戦い方を記憶の中でなぞる。

いいや、やっぱり今の俺でもあいつには勝てない、と脳内で彼に敗北するビジョンが見えた。

あるいはベレロフォンを持った彼ならば、万全の状態ならザドキエルに勝てたのかもしれないとも。

無い物ねだりはよそう、とレンはため息をつく。

 

「あの時、生きて帰ってきたんだ。だからせめて、生きてる間は目標ぐらい片付けなきゃな。俺の脚なんて、それぐらい──」

 

レンの言葉が言い切る前に途中で途切れる。

何か、大事なことを見落としているのではないか、そう思い出したのだ。

流れ星のように降り注ぐ石の恐怖、ザドキエル、ソル・アルマルの最期──それだけではない。

 

「どうして俺はあの時、無事に()()()()()()()()()……?」

 

「どういうこと?」

 

「あんな状況下でソルだけが死んで、どうして俺が脚を失っただけで…目覚めた時にはイスタンブールにいたんだ」

 

何をどう考えても、あの時自分を助けることが出来る人物がいるはずがない、とレンは思い出す。

そもそも大勢の死傷者が生まれ、未だに取り残されたままの遺体も数多く存在するのが今のアンカラだ。

欠片の大多数の落下地点はアンカラ、当時アラン達が奇跡的に逃れたとしても、レン自身が生きて帰ってこれるのは不自然であると。

彼は今になって「何故ソルが死んだのか」ではなく、「何故自分が生還出来たのか」という点に視点を置いた。

 

「私も同じことを気にしていました、レン君」

 

「クレスのおっさん、聞いていたのか」

 

「気にはしていましたがそれをお尋ねするタイミングが無くてですね。あなたのトラウマを呼び起こす可能性もあった」

 

いつから背後にいたのか、クレスが二人に声をかける。

クレスとレン達が出会ったのは、隕石落としから少し経過した後。

全てが終わるその最期の時まで、レンの近くにいたのはソルのみ。

つまり彼が生きてイスタンブールの病院にやって来るまでの経緯を知っている者が、この世に存在しない。

 

しかし、検証なら可能だ。

 

「空いた時間を使い、あなたが運ばれてきた病院で入院履歴、カルテ、当時の担当医を調べてお話を聞きました。あなたが思っているように、あまりにも不自然すぎますからね」

 

「そりゃまた、趣味の悪い」

 

「お気に触るのは重々承知しています。ですがザドキエルのことにも関連していると思いましてね。手がかりを探さずにはいられなかった」

 

「そこまでして何か成果はあったのか?」

 

レンが尋ねると、クレスは手元の鞄からとある白いファイルを取り出した。

当時、レンの治療を担当していた医者から得た彼のカルテだ。

彼ら幼馴染はあの時、イスタンブールから唐突に神隠しにあったかのようにクレスに導かれ去ったのだ。

担当医から見れば、レンを心配するのも当然のこと。

奪還作戦が完了した数週間後、クレスは病院を訪れ担当医にレンの保護をする者だと粘り強く説明した後、辛うじてカルテを入手出来たのだった。

本来ならばカルテというものは患者のプライバシーの関係上、外部に持ち出してはいけない代物。

しかし当時のような大災害時、カルテは行方不明者を探す手がかりにもなり得た。

そういった背景もあり、現状のT国の医療機関では患者がT国人及びT国に籍を置いている場合、親族や関係者に限りカルテの提供を一時的に許可していた。

 

「まず間違いなく、当時病院へ運ばれてきたあなたは瀕死の状態だった。それも、一秒の遅れが死を招くほどに」

 

「なんとなく、そうだったんだろうなとは思ったよ」

 

「大事なのはここからです。救急隊によって瀕死で運ばれてきたあなたに対し、即緊急手術が行われた。無事に一命は取り留めたものの、代償は小さくはなかった」

 

クレスの説明に対し、レンは心の震えを多少感じながらも耳を傾ける。

確かに当時の記憶はトラウマに近いものの、確実に必要な情報だと堪える必要があるのだ。

彼は、緊急手術において生まれてしまったその代償が一体何だったのかを告げた。

 

()()()()()()()()という病名があります。瓦礫や重い物体によって長時間に渡り身体が挟まれ、それらに解放された途端、筋肉が障害を起こし…最悪、壊死に至るというものです」

 

クラッシュ症候群、災害時などにおいて人が瓦礫の下敷きになった際に特に起こりうる症状。

最悪の場合、その部位を切断しなければ命が助からない事態にまで陥る。

しかし逆を言えば、部位を切断()()()()()()九死に一生を得るとも言える。

 

「おい…まさか、俺の脚はその時に……?」

 

「残念ながら、お察しの通りです。あの時は緊急事態で人手が足りなく、医療設備も十分ではなかったそうです。あなたが九死に一生を得たのは、ほぼ奇跡と言っていい」

 

なるべくならば聞きたくはない真実を、レンは噛みしめる。

それほどまでに自分は危なく、脚を切り落とさなければ生き延びられないほどに事態は急を要していたのか、と。

しかしレンは早る鼓動を抑えながら、今の説明で疑問を呈する。

 

クレスや担当医の説明が確かであれば、目の前で起きた事実と食い違っているからだ。

 

「じゃあ何だ…?手術をやる前には俺の脚は()()()()()()()。そういうことだよな?」

 

「そう、まず一つ目にそこがおかしい。あの規模の災害なら脚やクラッシュ症候群がどうの以前に、あなたは隕石に巻き込まれ生きているはずがない。仮に巨大な瓦礫の山に取り残され、隕石に対する盾代わりとして働いていた場合、あなたが別の人間に発見されない限り、そのまま下敷きになっていたはずなんです」

 

レンの指摘にクレスは同意する。

まず病院による処置は適切かつ的確だった。

瓦礫の下敷きになり瀕死となっていたレンに対し、やむを得ず異常部位だった両脚を切断することによって一命を取り留めた。

設備が不十分かつ現場が輻輳していた極限状態において、手術を辛うじて成功させたのは極めて奇跡である。

しかし、重大な問題は処置以前の出来事にあった。

 

続いて隣にいたルナも、もう一つの不可解な事象に気付く。

 

「そもそも瓦礫に下敷きになってたとしても、あの場には大量にキラードロイドやLBXがいたんでしょう?特別なことがない限り、絶対に誰も助け出せないと思う」

 

「ルナ君のご指摘の通り、あの場では誰も手出しが出来ず救助が行えない。隕石落としが起きた数日後もスケルトンは骸再生を施しながら、首都全体に蔓延っていたそうです。だからこそ、今でも尚アンカラでは行方不明者の捜索が続けられています」

 

「でも、レンは今もここにいる。……本当に、特別なことがあったから」

 

三人が疑問を投げかけ、それを紐解こうとすればするほど、謎が深まるばかりだった。

レン達がクレスやミツルの助けを借りてアングラビシダスの地下会場に初めて向かった際も、数が少なくなる時間を見極め、更に隠密行動を重ねなければならないほどに敵は多かった。

例えLBXの扱いに慣れた歴戦の猛者であっても、真正面から切り抜けるのは非常に困難だ。

本当に救助を行おうとした場合、もはや外国からの支援がなければ不可能に近いほど。

 

だがこれら不可解な事象を繋ぎ合わせた結果、あのエデンフォール事件の隕石落としにおいてレン・アークインジェが助かる条件が浮かび上がる。

──何者かがレンを瓦礫の下から救助し、かつキラードロイドや隕石の嵐から逃げ切りイスタンブールまで運んだ、という線だ。

 

「…現実味が無さすぎる。下手な作り話の方がよっぽど信じれるくらいだ」

 

「あなたを運んできた当時の救急隊にもお尋ねしました。いつどうやって彼を発見したのか、と。返ってきた答えは()()()()()()()()、イスタンブールの病院の近くに()()()()()ところを急いで拾い上げて病院に連れて行ったそうです」

 

「もう訳がわからないって。じゃあ速攻で俺を助けて、速攻で俺をイスタンブールの病院近くまで連れて行って、速攻で拾われるよう仕向けたっていうのか」

 

「あなたの言う『速攻』という言葉は事実でしょう。助ける意志があったのなら、瀕死状態のあなたをノソノソとゆっくり運ぶ意味がわかりかねますからね」

 

つまりはこれ以上の推測と検証がこの場では立てられないことを意味していた。

瓦礫の下敷きになっていたのは間違いない──しかし、問題はその後どのようにして救助されイスタンブールへ運ばれてきたのか。

そもそも一体どこの誰が彼を助けたのか、そして、

 

「……なんで、ソルじゃなくて俺だったんだ」

 

「レン……」

 

「いや、どうせなら両方を救えなかったのかなって思うよ。ただ俺を優先して助ける理由が、またわからない」

 

「でも私は、レンが生きていて良かったって思ってる。それはきっと、みんなだって思ってるはずだよ」

 

ルナの慰めの言葉に、レンは無言で頷く。

かつてアランに言われた「よく生きて帰ってきた」という言葉が頭の中で木霊した。

命の比較など愚問だと思いつつも、それでもレンは何故自分だけが助かってしまったのかと思わずにいられなかったのだ。

戦争は終わったが、まだまだ謎は多く存在してしまっている。

 

「ザドキエルの謎には辿り着けませんでした。ですが一番に判明したのは、あなたを助けようという意志を、我々とは別の誰かが持っていたということです」

 

「別の誰か、か」

 

当然ながら、誰にとってもこれが何者なのかは皆目検討がつかないでいた。

だがレンにとって、連想なら出来る。

()()()()()()という言葉を、かつて聞いたからだ。

 

────僕はね、君を救いたいんだ。だから今の僕は、レン・アークインジェなんだよ。

 

「んな馬鹿な」

 

「レン、大丈夫?」

 

「ああ。もうこの話はここまでにしよう。…潮風の一つでも浴びてこようかな」

 

そう言ってレンは松葉杖を使って立ち上がり、ルナに支えられて向こう側へと歩いていった。

折にレンは唐突にクレスに振り返り、こう言ったのだ。

 

「あんたはいつも、真実だけを寄越してくる。それが良いものか悪いものか関係なく」

 

「…………」

 

「俺はあんたと話した時に最初、冷たい人間なんだと思っていた。だがあんたの口から出た情報はほとんど確かで、悪く言えば容赦がなかった」

 

「よく言われます。真実を告げるのなら、相手にそれを受け止める準備や覚悟が整ってからにしろ、と。ですが…」

 

「ですが現実は待ってくれない、だろ。今になって、俺はあんたのやり方は正しかったんだと思うようになった」

 

レンの口から珍しく褒め言葉が飛び出し、クレスは思わず言葉に詰まる。

時は止まってくれない、そして人が残酷な真実に対して身構える時間も、受け止める覚悟も、多く存在してくれない。

クレス・ミヘナという男は、これを承知しておきながらも、伝えた本人らにどう影響するかを鑑みず真実を告げる。

何故ならずっと、非情な世界に身を置いていたからだ。

 

「…調べてくれてありがとうな。これで俺はより、もっと深い部分に首を突っ込まざるを得なくなった」

 

「それは果たしてお褒めの言葉で…?」

 

「このままじゃいけない、ってより思うようになったってことだよ。恐らくそれは、アランの奴だって同じだろうな」

 

そう言い残し彼はルナと共に去った。

不器用すぎる、とクレスは思い返したが、要するに「気付きを与えてくれてありがとう」という言葉なのだろうと解釈する。

同時にこの場にはいないアランの動向を思い出す。

彼が『どうしてもしなければならない』事情を、クレスは事前に聞き出している。

レンの言ったように、深い部分に首を突っ込むという行動にアランは自分なりに踏み出そうとしていたのだ。

 

「今頃あちらは()()()、といったところでしょうね」

 

クレスはそう言って、手元にある日記帳を取り出し文章を書き込む。

次第に日々の疲れで視界が揺れ、いつしか潮風に打たれ続けるオブジェクトと化していた。

夕暮れ、海から帰ってきた彼らがクレスを見た時、「なんか起こすのも可哀想だな」と静かに笑い合う姿があったのだ。

KK部隊にとって数少ない貴重な休暇、彼ら各々は後悔なく、その一日を噛み締めて過ごしたのだった。

 

彼らが海で過ごしている同時期、別の場所ではクレスの言う修羅が発生していた。

 

 

 

 

KK部隊が地中海で休暇を味わう数日前のことだった。

ちょうどLBXの機体調整でイズミルへ出向いていたアランが、タイミングを見てキジャ大佐に向き合っていた。

それも、一体一で。

 

「私に話というのは?」

 

「ええ、キジャ大佐。どうしても、あなたの力をお借りしたいんです」

 

「大佐というのはやめなさい、アラン君。もういずれその肩書は無くなるんでね」

 

「す、すみません…。僕のような青二才が飛んだマネを…」

 

「そうじゃない、君はまだ子供なんだ。こんな時くらいはもっと砕けて良いものだよ」

 

わ、わかりましたとアランが自身の言動を反省する。

戦争が終わった今となっては、彼らは既に軍や部隊としての規律など存在しないようなもの。

今は既に大人と子供。

キジャにとって一周り以上も年が離れた子供に『大佐』と呼ばれるのは些か気難しく思えた。

 

「イズミル軍はその後どうなんですか?最近はずっとアンカラにいたんで、状況がわからなかったんです」

 

「ああ。私の仕事が日々減っていくのを感じているよ。西の治安維持に帰宅計画、それらは部下がおおよそを片付けてくれるんでね。肩の荷が下りてきたといったところか」

 

「良かったです。ルナもKK部隊には馴染んでいます。特にメルとカイネが、『女子が増えたぞー』なんて言って喜んでましたし」

 

「はは、なら君達に任せて大正解だったようだ」

 

アランの言葉に、キジャは笑いつつも実際は安心で一杯だった。

西軍に幽閉されていた最中、彼が最も心配していたのは自身の娘であるルナのことだ。

今となっては彼女の身体は完全に回復し、精神状態もKK部隊の彼らによって和らいでいた。

そんな彼女を見て、キジャは自分のことのように喜んでいたのだった。

ならば世間話もここまでか、とキジャは切り出す。

 

「私とサシで依頼がある、余程の事情と見た。アラン君、君は情勢に対する嗅覚が鋭いようだからね」

 

「でも僕の依頼は…その嗅覚が果たして()()()()()()()()()()()、確かめるためにあります」

 

「……ほう?」

 

アランの言葉に、キジャの目が光る。

西部制圧作戦においてアランが彼を救出した時、アランは真っ先にこの戦争の真の敵を聞き出そうとしていた。

その後、首都奪還作戦が完了し戦争が終結した後も彼は不定期ではあるがキジャから情勢について学んでいたのだ。

とはいえ軽い世間話程度で堅苦しいようなイメージにはならず。

彼にとって現状を知ることは、自身のLBXに対しての腕を磨くのと同じくらい重要だったからだ。

そんなアランに、キジャはいつしか『鋭い』という印象を抱くようになった。

 

 

「単刀直入に。僕は、──アイン・ケネスと話がしたい。僕が見識を深める上で、そして嗅覚が正しいのか確かめる上で、どうしても」

 

「………!」

 

 

アランの意外な依頼に、キジャは目を見開く。

彼にとってこの言葉がとてつもなく予想外すぎたのだ。

考え込んでいたキジャに、アランの追撃が加わる。

それはキジャにとって、アランの嗅覚がやはり鋭いと思わざるを得ない言葉。

 

「アインは東からの刺客。でもそれ以前に、本来はあなたの()()だった。違いますか?」

 

「…自分が言っている言葉の意味を、ちゃんと説明出来る材料を持っている。そうなんだね?」

 

「ええ。西部制圧作戦の時にあなたがアインに言った言葉を、僕は聞き逃していない」

 

ならばこれは隠し通せるものでもない、とキジャは観念する。

エルズルムから西を乗っ取るために派遣されたアイン・ケネス、当然ながらイズミルのキジャの敵のはず。

だがアランは言う、敵のはずのアインは本来はキジャの部下なのではないか、と。

傍から聞けばこれは大きな矛盾を孕んでいる、しかし──

 

────アイン、君がここに派遣されてきた時点で見定めておくべきだったよ。まさか、ガイアのような人間に()()()()()()とはな。

 

「あの言葉だけじゃない。よく考えてみれば不思議だったんです。何故あなたのような人があっさりと幽閉され、西を掌握されてしまったんだって」

 

「なるほど…」

 

「あなたはアインがここに来て、恐らく油断したんじゃありませんか?元々部下だった人が助っ人として派遣されてきたと」

 

かつてキジャがアインに対し告げた言葉をアランは深くなぞる。

アインがガイア一派に寝返る、逆を言えばその前は西側だったということを意味し、キジャにとってそれは想定外だったのだ。

戦争が終わり数ヶ月、アランはキジャの人となりをある程度理解していた。

KK部隊の本来の役目はLBXの掃討ではあったが、アランだけは本人とクレスの要望により、キジャ大佐と同行していたのだ。

だからこそ、思い知っている。

大佐に登り詰めるほどの統率力…首都奪還作戦においてキジャの鼓舞によって残った人をまとめあげた素の人望。

そして発言力と対応力…KK部隊の陰の後押しもあったが、本来ならば警戒されて然るべきはずの軍でもあっても尚、避難民の前に立って復興に専念し、やがて彼らからの信頼を得るようになった。

 

それ故に、不思議で仕方がなかったのだ。

何故これほどまでの人物があっさりと掌握されてしまったのかが。

キジャは胸ポケットから白い箱を取り出し、アランをちらりと見る。

構いませんよ、とアランは無言で頷く。

白煙が過去の蜃気楼を浮かべる。

数分後、ため息を一つ、キジャが重々しく口を開いた。

 

「十年以上も前のことだ。LBXという存在が世に出始めたばかりの頃、奴は確かに西の…私の直属の部下だった」

 

「『だった』…?」

 

「ああ。イズミル軍の大元の基地があり、私達はそこに駐在していた。しかしある日、アインには別基地への転属という辞令が下り、奴とはそれっきりだ」

 

「それだけ聞くと、何ら問題があったようには思えないですね…」

 

「正直に言って仕事の出来る奴で腕も良かった。私が小隊を任せては順調に格を上げていき、いずれ私に追いつくのではないかと思ったくらいだ。転属が決まり別れる最後の日、私達は快く奴を送り出したつもりだ」

 

キジャがどこか寂しげに言葉を続ける。

アランはその彼の表情を見て、やはり親しき人物だったのだと確信する。

しかしこの一連のやり取りをどう聞いても、アランは彼との関係が今のように拗れる要素がなかったと把握する。

ならば、問題はその後か。

 

「エデンフォール事件が起こる数日前、バークプラントに構える軍に通達があった。奴が、ここに戻って来るとの知らせだ」

 

「それはまた突然ですね」

 

「ああ。もう何年も連絡がなかったからな。だが上位階級を与えられた者の転属はイズミルではよくあることだった。私はそれになんの疑問もなく受け入れ、アインを迎える準備をしていた」

 

壁にもたれかかり、目を閉じるキジャ。

そこにはやりきれない何かがあるようだった。

 

「そして程なくしてエデンフォール事件が起こった。もちろん、現場は大混乱だ。私は至急、軍を束ね首都アンカラへ向かうとした」

 

いつしかキジャは目を開き告げる。

そのタイミングだった、と。

 

「束ねた部下達が突然、私に銃を向けたのだ。何年もの間、私の下で訓練を重ね、腕を上げていった彼らが」

 

「何故、そんな……」

 

「私も同感だったよ。彼らの指揮を執っていたのは、アインだった。そしてアンカラへ向かうことなく、私は娘の身柄を口実に幽閉されたのだ」

 

これこそが当時、エデンフォール事件の最中でイズミル軍で起こっていた事件。

東西の両軍は各所にいくつかの駐屯地を構えているが、イズミル軍の大元はバークプラント。

そこさえ掌握されてしまえば、その他各所は指揮系統を失い、機能しなくなってしまう。

キジャは長年信頼を寄せ、まさか裏切ると思わなかった人物に裏切られ、いつの間にか部下と軍そのものを掌握された。

 

「アラン君の指摘の通りだ。私は完全に油断していた。奴が何年も前に異動してから戻って来るまでの間、エルズルムに取り入れられたのは確かだ。だが…」

 

「だが何故そうなったのかは、あなたにもわからないと」

 

「そうだ。君の依頼について、許可しよう。それについて私もいよいよ聞かなければならないのでね」

 

キジャは過去を振り返り、改めてアランの依頼を振り返り、頷く。

これは互いにとって必要なことなのだ、と。

そして「ただし…」と。

 

「ただし、牢屋越しでの会話とする。相手は軍人だ。元軍人として、大人として君に危害が加えられることを容認出来ない」

 

「わかりました。引き受けてくれて、ありがとうございます」

 

「そして大事なことがもう一つある。何かわかるかい?」

 

キジャは煙草を消し、ポケット型の入れ物に突っ込む。

アランは怪訝な顔で彼の顔を覗き込む。

 

「己の意志を堅く持ち、己の正義を曲げないこと。君がプラスなら、奴はマイナス。つまり対極だ」

 

「僕が彼に、飲み込まれてしまうと…?」

 

「これは()()ではない、あくまで事情聴取。対話とはそれぞれの意見と正義をぶつけ合い、そこから妥協点を探し求めて着地点へ向かう行為だ。アラン君と奴では分が悪すぎる。恐らくこのままでは君は潰れてしまうだろう」

 

そう言われてアランは言葉を詰まらせた。

自分にとっての正義とはなにか、疑問に答えることはできても、本物の敵にその意志を堅く保ち続けられるかといえば否だった。

続けてしまった場合、待ち受けるのは自問自答と疑心暗鬼の連続。

これ故にキジャはアランに忠告をしたのだ。

キジャの付き添いの本命とは、彼をマイナスから守ることにある。

 

「来週だ。それまでに聞きたいこと、話すべきことをまとめておきなさい。手続きは私の方で行っておこう」

 

「ありがとうございます!まさかこんな快諾してもらえるなんて」

 

「構わないさ。君のような人はこれからのT国の未来に必須と言えるだろうからな」

 

キジャはそう言って背を向け、手を振った。

戦争が終結した今、本当に必要とされるのは戦う人ではない──現状を見極め、疑問を持ち、己の正義と意見を持つ慧眼者。

彼にとって、それをKK部隊の中で最も持ち合わせているのはアランだった。

だからこそ彼は『試す』意味合いも込めてアランの依頼を引き受けた。

第一関門、キジャが心の中で設けたそれを、アランは既に突破している。

 

 

しかし、一つゲームがあるとして、その中に一つステージがありゴールがあるとして。

もう一つ隠しゴールがあったとして、それに気付けなくてもゲームはクリアできる。

 

(彼らはまだ気付いていない。隠しゴール(クレセント・ミハエル)について)

 

隠しゴール──それすなわちクレセント・ミハエル。

否、謎多き人物、クレス・ミヘナ。

キジャは二人が実は同一人物であることを知っている。

 

しかし、()()()()それを知っている。

では何故、西部制圧作戦時から今に至るまでこのことが露見されなかったのか。

 

(奴が心変わりする前に、やはり牽制は必要か)

 

アランには告げていない、キジャが事情聴取に同席する隠された本命の理由。

それは、口封じ。

幸いにも、アインはクレス・ミヘナのことについて一切の言及をしなかったのだ。

しかし少しでも気が変われば話すのは時間の問題だと、キジャは考えていた。

だからこその牽制、口封じは必須なのだ。

 

(すまないね、アラン君。今はまだ、その時ではないんだ)

 

恐らく彼らがこの事実を知れば、ただでは済まなくなるだろうとキジャは目を硬く閉ざす。

本件について、特に懸念すべきはアラン・エルド。

この事実は彼にとっての正義や信念、考えを根本から覆してしまうかもしれない。

その要素がある意味、キジャにとって気が気でなくなってしまうものであった。

これ故に、隠しゴールのことは伏せられていた。

 

そして当日、アインへの獄中尋問が始まった。

 

 

 

 

「っけ、酒さえ呑めれば俺は地獄だろうがなんだろうが、どこでも居つけるってのになぁ。今更なんの用だぁ?」

 

「僕のことを覚えていますか?三ヶ月前、あなたの配下のスケルトンをポンコツにしました」

 

「知るかよ。小僧の顔などいちいち見はせん。俺はなぁ、子ども(ガキ)は嫌いなんだよ」

 

「はぁ。僕の仲間に完膚なきまでに打ちのめされたから、ですか?」

 

「笑わせるな。ああいう背伸びした奴はこの世の中、いくらでもいる。それにそんなこと、もうどうでもいいだろう」

 

キジャとの交渉から翌週、予定通りアランとキジャによるアインへの事情聴取は始まった。

当の本人はというと、既に顔を赤くして出来上がっている。

まるで西部制圧作戦時の覇気など元からなかったかのよう。

獄中へ押し込んだと言えど、アインはエデンフォール事件における重要参考人の一人。

念のためとして彼の厳重な諸々の管理は丁重に行われている。

アランが手土産として持ってきて渡したワインも、その一つだ。

以前から酒癖が悪いことを知っていたキジャは、こうすれば話しやすくなるだろうと踏んでいた。

 

それはキジャとアインが秘密裏に行った取引のようなもの。

お前を活かし、丁重に扱う代わりに『クレス・ミヘナについての言及を禁ずる』と。

そしてアインは「酒さえあてがってくれればどうでもいい」と答え、キジャの懸念はひとまず払拭された。

もちろん、万が一の裏切りにも彼は備えている。

 

「お互い、自己紹介はいらないみたいですね。なら僕のことはそこら辺のただの若造だと思ってください」

 

呆れを込めたため息を一つ。

次にアランは心の中で助走をつける。

ゴールが不明瞭なレースが、今スタートした。

 

「まずは単刀直入に。何故、こんなことを?あるいはなんのために?」

 

「我が祖国を更地にし、0からやり直すためだ。まだこんな単純なことを聞きたいか?」

 

「…他に、方法は──」

 

「なかったからこそ起きた。そうするしかなかったってな。次にお前が聞きたいことはわかるぞ。『そんなの許されると思ってるんですか』ってな?そういう問題ではないのだよ」

 

「以前の僕ならそう聞いていた。確かに、もう愚問なんでしょう。何故ならあなた達がやったことは、絶対に許されないからだ」

 

「これが許されないというのなら、今まで何度も起こってきた紛争はなんだ?それらはお前にとって、許せるものだったか?まさか過去は過去だから不問にしようとは言うまいな?」

 

「いいえ…僕は昔の紛争で両親を亡くしている。許せないし憎いですよ、今までの争いだって!」

 

「そうだ、この国に住まう人間なら誰もが思っただろう。だからそれを断ち切ろうと言っているのだ。この行いを誰に言われようが、憎まれようが構わん。俺は結果的にそれが良い未来を生むだろうと信じているさ」

 

「何万もの犠牲を作ってまで得た世界が、本当に良いものだって言えるんですか」

 

「それによって本来また生まれるであろう何千、何万もの犠牲を食い止めることができる。更地にしてやり直すとは、そういうことだ」

 

「じゃあ、あなたは今でもやっぱり、この事件で生まれた犠牲は『仕方がなかった』と?」

 

「もう一度はっきり言おう。仕方がなかった。ガイアがあそこまでやるとは予想外ではあったが、それでも俺はあいつがやったことは正しかったと今でも思っている」

 

仕方がなかった、そう強調されアランは気圧される。

キジャが表現した通り、二人はまるでプラスとマイナスの両極端。

未だ二人のやり取りを背後で傍観しているキジャは、「二人の意見が交わることは絶対にないだろう」と踏んでいた。

アインが視ているのは過去、そして未来。

対するアランは、現在のみ。

それぞれ視ている時代やそこで何が起こったのか、何を経験してきたのかが違えば、意見が異なるのも当然のことだった。

 

「聞こえてたぞ。東から来た避難民が今度は一丁前に西へ移住しようって腹をくくったそうじゃないか」

 

「……何が言いたいんです?」

 

「俺が目指している未来とはそういうものだ。目の前の凄惨な現実を目の当たりにしたからこそ、敵味方など関係なく手を取り合える。これこそが、俺がガイアに乗っかった理由なのさ」

 

「けれどあなたは、ガイア・カーディアス達があんなことまでするとはって」

 

「俺にとっての誤算はそんくらいだ。『手荒だが、我が祖国のためにしなければならないことがある』とな。だが現状の結果は結果だ。これでもお前はまだ、俺らがやったことが許せないか?」

 

アランの論理を突き崩す最大の一撃。

そう、現に東から西への移住者は発生している。

移住者は自ら先頭に立ち、声を上げ、意地やプライドを捨てた。

もう、こんなことをしている場合じゃないと。

そして今後、そのような人間は増えていくだろうとキジャやクレスは踏んでいた。

アインの視点で言えば、撒いた種が芽吹こうとしているということだ。

 

アインの言葉に、アランは揺らぐ。

対極の正義の怪物に、飲み込まれようとしている。

しかし、「それでも」と。

 

「それでも許せない…。今回だって、僕達は大切な仲間を失ったんだ。なにかを得るために、成すために多くの犠牲が必要だって言うのなら、僕は別のやり方を──正義を探し続けたい」

 

「それが今の小僧の限界というものだ。誰もが『俺だって』『私こそ』と言う。その時、己は()()()()()()()()と錯覚する。だからこそ敢えて言うが、俺もかつて大事な人を亡くした。クソッタレな戦いでな。いくら自分が喚こうが、この国は何度も同じことを繰り返すし、ちっとも良くはなってくれなかったさ。だからこそ俺はガイアの計画に参加し、自ら行動した」

 

そして今、やり方がどうであれ撒いた種は東から西へ。

アインは左手の薬指を撫でながら、どこか悔しそうに吐き捨てる。

結果こそが全て、アインの主張はこのようなものだった。

 

「死んだ奴らに顔向けできるかと聞かれれば、そんなわけないだろう。だが誠意や謝意を示せばどうにかなるのか?時間は待ってくれないし、俺はお前の言う別のやり方を探す奴に期待し、何度もこの国が良くなることを願った。出来ることなら、俺は酒と軍をやめて死んじまった奴らとのうのうと暮らしたかったさ。現実は違うと気付かされたのは、そんな大事な奴らを失った後だった。っは、馬鹿げているぜ」

 

「あなたも、そうだったんですね」

 

「俺もお前も、誰もがこのT国をイカれていると心の中で思っている。それでもなお、この国に居続ける理由はなんだ?嫌になっちまったんならさっさと出ていけばいい」

 

彼の言葉はほとんどが正論だった、とアランは頷かざるを得ない。

アインの放った論理の銃弾が、次々と彼の心臓を射抜いていく。

実際、アランはレンに言ったことがある──もし次、多くの犠牲が生まれる争いが発生すると知っていれば、この故郷を捨てると。

そうだ、もうこんなことが許せなくて嫌になってしまったのならば、今すぐにでも捨てればいい。

理屈ではそうするべきだろうと囁かれているにも関わらず、アランがKK部隊に、T国に居続ける理由とは。

 

「どうして、こんなことが起こってしまうんでしょうか」

 

「あぁ…?」

 

辛うじてアランは震えて言葉を絞り出す。

その言葉こそが、今のアランがT国に残り、戦い続けてきた理由そのもの。

アインは思わず首を傾げる。

次の瞬間、がしゃりと檻を掴んで涙を浮かべた。

 

「どうしても納得がいかないんだ。両親が、ソルが死ななくてはならなかった理由が。あいつらの犠牲がっ!『更地にしてやり直す』ために必要な()()だったことが俺にはどうしてもっ!」

 

「小僧が、青いな。まるで昔の俺のようだ。だが同時に、僥倖とも言えるな」

 

アランは言ったきり、地に膝を付けうなだれていた。

それはアランがアインの論理や正義、信念の前にあと一歩のところで敗れてしまったことを意味していた。

彼にとって、いかなる正義や理想、強引な手段を用いることによって得た微弱な希望の種があったとしても、それが大事な人が死んでいい理由にはならなかった。

では仮に両親やソル・アルマル、アランにとって身近な人物が生きていたならば。

幼馴染の全員が揃って生きており、彼が失うことを知らなかったのならば。

彼の今の慟哭は、存在しなかったのだろう。

 

「どうしてこんなことが、か。俺なりの答えを知りたければ教えてやる」

 

ワインを片手に持ったアインが、檻越しに彼に囁く。

それは事情聴取がいつしか対話になってしまい、跪いた彼に対する勝利宣言を行うためではなかった。

アインは普段誰にも見せないような諦めや哀れみといった目で彼を見つめていた。

 

 

「こんなことを始めたのは人じゃない。奴らは()だ。奴らは水の代わりに血を欲した。でないと自分が枯れちまうからだ。そして色の違う花を攻撃し、自らを守った。それが、奴らの防衛本能だからだ」

 

 

それはアランに対するトドメの一撃ではなく、彼の純粋な原初的な考えだった。

T国は、昔から戦いをやめはしなかった。

どれだけ東西の間で血が流れようが、どれだけ大切な人が亡くなっていようが、それでも。

アイン・ケネスは彼と同じように何度も自問していたのだ、「何故だ」と。

長い旅路、そして戦いの果て、アインはその答えにたどり着いてしまった。

──彼らは、守るために殺すのだと。

 

それは大事な人、物、身分や立場、自分そのものなど様々。

だからこそ、()()()()()で済まされていた。

アインはそのことを否定できなかったし、結局自分も同じ花だったのだと白旗を上げていた。

 

「受け入れ難い現実が存在するのは俺も小僧も同じだ。それでも誰かが花を枯らすために、いつかまた咲いた花が等しく共存出来るように、自らの手を血で染めなければならない」

 

「けれど…それでも、度が過ぎるってものがあるでしょう!」

 

「…そうだな。ガイアはいないんだから俺も建前抜きで話すのなら、俺にとっても、確かにアレは度が過ぎている。支持するか否かはさておきな」

 

アインは目を閉じ、過去を噛みしめる。

いかに彼が軍人であろうと、心はまだある。

結果的に何を生んだのかはさておき、あの隕石落としに思うところは彼にもあった。

 

「小僧がどれだけ俺に文句や憎悪をぶつけようが構わん。今の俺に出来ることはもうない。俺が望んだ未来は、少しずつ実り始めているんだ」

 

「………」

 

「はぁ、これだから俺はガキの相手が嫌なんだ。もうそろそろ助け舟を出してやったらどうだ、キジャ」

 

壁にもたれかかり、このやり取りにおいて最初から傍観していたキジャに話しかける。

キジャはアランの肩をぽんと叩く。

 

「そこまでだ。良い勉強になっただろう、アラン君。やはりアインでは分が悪かったようだ」

 

「俺は反面教師ってかぁ?ったく、授業料として追加のワインを頼みたいんだが」

 

「忘れるな、アイン。お前は我々によって生かされているのだ。まだ聞かなければならないことが山程ある」

 

キジャはアランを介抱しつつ、アインを睨む。

選手を交代するかの如く、アランは一旦は別室で休ませることとなった。

そしてここにいるのはアインとキジャのみ。

ここからが、本当の事情聴取だ。

とはいえ、半分は互いにとってただの認識合わせに過ぎない。

 

「お前が何故あっち側に着いたのかはこの際もういい。エルズルムは崩壊し、ガイア・カーディアスとクレセント・ミハエルは既に亡くなったとされている」

 

「だが奇妙だよなぁ?ガイアはともかく、俺はなんでもうこの世にいるわけない奴を見ているんだ?」

 

「秘密は厳守。報酬は酒。前の約束を忘れたわけではあるまい?」

 

「クレセント・ミハエルが生きていることを、俺は今更誰に告げればいいんだ?しなくてもいいことを引き換えに酒が手に入るんなら、願ったり叶ったりだ」

 

ふっとキジャが笑い、側に用意していた高級ワインをまた一つ、アインに手渡す。

彼から見て、アインはこの期に及んで冗談を言っているとは思っていなかった。

これで今一度、不安要素は払拭されたと。

 

「話してもらおうか。隕石落としの当日、クレセント・ミハエルは演説途中に突如グラン・カーディアスに向け発砲した。その後、彼は隕石落としの真っ只中に巻き込まれ実質的に死亡したと報告されている」

 

アインの表情に変わりはない。

ここまでの流れに相違がないとのことだ。

 

「だがあの方は今でも生きておられる。そして確実に本人だという確証を得た。疑うべきはあの演説に立った偽物だ。あれは一体なんだ?」

 

「っけ、この国がどこよりも遅れているってのはやはり本当なんだな」

 

「酒に毒を盛られたいか?さっさと話すんだ」

 

舌打ちをするアイン。

それは執拗な質疑からくるものではない──「何故そんな簡単な仕掛けがわからないのだ」と。

だからこそ、アインは遅れていると表現したのだ。

 

「あれは()()()()()()だ。要は中身は機械だが、外見はそっくりそのまま本人に似せれる。思考も行動も全てな」

 

「…アンドロイド?そんな代物が何故このT国に?」

 

「素体自体はA国からの提供だ。数は片手で数えれる程度。隕石落としのずっと前から、俺達は偽物を表舞台に立たせることも含め準備してきたのだ」

 

手を顎に当て、深く考え込むキジャ。

やはり相当な事前の計画を練って、そして大規模に彼らは事を進めていたのだと。

あの日、パレードの演説に立っていたクレセント・ミハエルはアンドロイド。

T国のような後進国はともかく、A国などのような先進国では既に数年前から当たり前のようにそれは用いられていた。

もはや本物の人間と区別がつけられないレベルに、彼らは日常の中に溶け込んでいる。

しかしT国でそれがあるとなれば、事情がまるで異なってくるのだ。

 

────私が殺されている、あるいは敵になっていると想定は?

 

────そんなことがあったら、私も同じく殺されていましたし最悪な形で大佐と再開していたでしょうね。

 

数ヶ月前のクレスとの会話を思い出す。

これは敵の計画の中で、政治や軍の重鎮となる人間は殺さず生かす方針とされていたことを意味している。

現にキジャもクレスも、今となっては自由の身だ。

それはつまり──

 

()()()()()()()()()、そうなんだな?」

 

問いかけに対し、アインは少し笑みを浮かべるだけだった。

長年の付き合いだったからして理解している、YESだと。

つまりはあの日、演説台に立っていたグラン・カーディアスも副大統領と同じくアンドロイドであり、銃撃もただの演技だったということだ。

 

何のため──世界へ国の象徴が凶弾に倒れたと主張するため。

 

「先に言っておくが、俺は今の大統領がどこにいるのか、それに生き延びれているのかすらもわからん」

 

「だがアンカラからイズミルまでの全土はほとんど当たった。領土を取り戻すまでに他国へ亡命するのはあまりにもリスキーすぎる」

 

「お前なら薄々気付いているんじゃねぇか?場所も、別の要素すらも」

 

「……っ!」

 

アインの指摘にキジャは凍りつく。

全てを理解してしまったのだ、大統領が生きているかもしれないこと、その場合に身を潜めているであろう場所。

本物の人間と区別がつけられないほどのアンドロイド、東へ逃げたとされているザドキエル。

パレードの演説における凶行は全て演技であり、本人が死んだという前提は覆る。

 

そして、全く別の『最悪の可能性』。

 

「クソっ…してやられたよ」

 

「だろうな、それは俺も同感だ。あいつらにとって、俺はただの()()()に過ぎなかった」

 

全てに気付いたキジャは、急いで無線を用いる。

相手はクレス・ミヘナ…否、クレセント・ミハエル。

 

「大至急、KK部隊の全隊員との連絡を。一刻を争うわけではありませんが、確実に早い方が良いでしょう」

 

無線の向こう、アンタルヤでの休暇の帰り途中、彼は「ほう」と呟いた。

彼はキジャの声音から重大なことが告げられるのだろうと既に察していた。

元々より二人はあの隕石落としの日について、不審な点が多いと疑問を呈している。

ならばそのような案件なのだろうと。

 

「大統領…そして、()()()()()()()()()()()()()()()。早急に、エルズルムへの部隊派遣を要請します」

 

最悪の可能性──もう一人、自分の死を偽装した人間がいるという可能性だ。

 

 

 

 

その翌日、KK部隊はアンカラからイズミルにいるアランとキジャとの無線の場にいた。

現状におけるKK部隊の役割は定期パトロールにあり、以前のような緊急での出撃は少ない。

だからと言うべきだろうか、キジャによる緊急の招集は最近では特に異例と言えた。

 

「つまり、エルズルムは実際には滅んじゃないし、あっちで何か企んでいる可能性が高いと?」

 

「我々は実際にエルズルムが瓦解した様子を目の当たりにした訳ではない。アインの事情聴取から得た情報にこれまでの状況を照らし合わせると、十分あり得ると私は思っている」

 

報告を聞いたレンは目を細める。

彼からして、「そうだろうな」とは考えていた。

キジャの言う通り、KK部隊はガイアの無線を一方的に聞いて信じていた訳だが、ザドキエルが東に逃げていった情報がある。

逃げたからには何かしらの回復や補給を行う必然性があるし、だとすればエルズルムはまだ生きているという可能性も次第に浮かび上がってくるのだ。

 

とは言え、疑問は残る。

彼らは何故、自らが滅んだ演技を行い、ザドキエルをアンカラへ出撃させたのか。

機械戦争を行いT国を更地にし、リセットするのが目標なら親玉をわざわざ出撃させる必要があったのだろうか、と。

アインの事情聴取からして、彼らは相当な準備をしてきていたことは明白。

ならばスケルトンを自由自在に操れる王を、迎撃されるリスクを飲み込んで(やじり)として立たせるのか。

レン達にとってそれは、あまりにも非合理的なように思えた。

 

「大佐の命とあらばいつでも。俺はザドキエルと決着をつけたい、それだけだ。お前らはどうだ?」

 

キジャの要請に、レンは既に臨戦態勢の意を示していた。

もう一人に自分を名乗るザドキエルは、今のレンにとっての最重要課題。

ザドキエルを追い詰めて再び真実を問いたださない限り、自分にとっての戦争は終わりはしないのだと。

 

「賛成。俺らは隊長に付いていくのが義務ってものだ」

 

「そうよ。戦い続けること、それが兄さんに対する弔いでもあるんだもの」

 

既に事情を聞いていたアランはもちろんのこと、他の四人の隊員もレン達に同意した。

中でも特にラルとメルは好戦的だった。

戦争が終わったと言えど、ソルに対する弔いの意はまだ果たされていない。

何故なら、この国の戦争が終わっても彼らにとっての戦いは終わっていない。

 

それを別の意味で例えるなら、まさに()()()()()

 

「今までの戦いとは少し訳が違うだろう。今回は制圧ではなく総出での偵察。情報を出来るだけ集めれるだけ集める。ただ、それだけで終わってくれるとは思えない」

 

「第一目標はエルズルム軍事基地、私がかつて幽閉されていた場所です」

 

「あんたが捕らえられていた間、大統領に関する情報を聞いたことは?」

 

「ありません。恐らく大統領は、私やミツル君と入れ違うような形で軍事基地へ極秘に輸送されたと思われます」

 

「それも奴らの計画の一つなんだろうな。だが大統領と同じように幽閉されるあんたは、一体なんなんだろうな?」

 

レンの疑問に、クレスは答えなかった。

今のKK部隊は、クレスの正体を知らない。

しかし戦争が落ち着いて過去を振り返れる時間を得た今、疑問を呈するべきポイントは山ほど存在している。

レンがエデンフォール事件の当日に生存できた理由も同様だ。

 

「俺が以前戦ったザドキエルについてだが、恐らく鉢合うだろう。遭遇した場合、絶対に正面で戦おうとするな。ホウレンソウをしっかり怠らずに、増援が来るまで持ちこたえることを意識しろ」

 

「三ヶ月前の首都奪還作戦の結果からわかる通り、我々にとってキラードロイドはもはや敵ではありません。各自、ザドキエルに対しての念入りな準備を怠らずに」

 

二人の司令塔からの方針を告げられ、隊員は頷く。

今回の最大の目標はあくまでも偵察。

そしてサブターゲットと言えば、やはりザドキエル。

彼を倒していないという事実が存在する以上、これは無視しようのない目標だ。

誰もが確信している、彼と相対するだろうと。

 

とは言え、一人で戦うことを禁止としているが、レンだけは特別だった。

それは彼の実力云々の問題ではない。

レンの持つベレロフォンと、ほぼ兄弟関係にあるであろうザドキエルとの接触についての問題だ。

首都奪還作戦において、ザドキエルと剣を交えた直後、ベレロフォンの中に眠るメモリーが目を覚ました。

そこでようやく、ザドキエルという敵の正体を掴むことができたのだ。

彼は倒すべき敵であり、鍵でもある。

ならばレンが積極的にザドキエルと交戦をするのは必要なことであり、得策ということである。

 

「次に私からの個人的な願いだ。…いや、イズミルの元大佐の依頼としても聞いてくれていい」

 

KK部隊が話し終えた折を見て、キジャは告げる。

彼は硬く目をつむったままだった。

 

「エルズルム軍事基地が健在なら、今でも軍人や非戦闘員がいるでしょう。出来ることならば、彼らを助けてやってほしい」

 

「善処する。別に俺らは人殺し集団じゃないからな」

 

イズミルの大佐が、エルズルムのために頭を下げた。

もはや今の時代、人同士の殺し合いは必要ないだろうと。

KK部隊は既に同意している、西部制圧作戦時においてそれは無意識に実行されていたからだ。

 

「どうやら俺達にはまだまだ戦う余地があるらしい。この三ヶ月間、目立った大規模戦闘はなかったが、自分は腑抜けた平和ボケ野郎だと心得た訳じゃねえよな?」

 

レンの挑発とも言える鼓舞にKK部隊の若き精鋭達は口角を寄せる。

確かに、首都奪還作戦が終了して以来、彼らは大規模な戦闘行為は行っていない。

彼らは無意識に心得ている──「獲物がやってきた」と。

 

「作戦決行は三日後。この()()()()()()()()()は今までの作戦とは一味違う。各自、準備を怠るな」

 

目指すは、生きていると思われる大統領の身柄確保。

レンの言葉に一同が頷く。

アインに助言に近い言葉とキジャの予言。

たったこれだけで、KK部隊は大統領が生きているかもしれないという一縷の望みにかけて再び戦いを始める。

彼らの戦いは、まだ終わってはいない。

 

腑抜けた平和ボケに待ったをかけるが如く、KK部隊は『エルズルム制圧作戦』に乗り出した。

 

(そろそろ仕事をしなければならない。選択を、しなければならない)

 

レンの言葉を聞いていた『彼』は唯一、眉にシワを寄せる。

己には、成すべきことがある。

彼のその様子に気付く者は誰一人としていなかった。

選択を強いられていることに。

 

その選択が、──KK部隊を()()()ことになるだろうと。

 

 

 

-終- 第七章 ただいま

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