ダンボール戦機 -2053KK-   作:最果

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第八章 天上の太陽、螺旋の思惑

■クレセント・ミハエルの日記

 

私は今でも後悔している。

たった一人、側にいた男すら守れなかったことを。

 

 

 

 

「ベレロフォンの、必殺ファンクションだと…?」

 

「遅くなってごめんなさい。でもようやく、完成にこぎつけました!」

 

エルズルム制圧作戦直前、ベレロフォンの機体整備を行っていたミツルからレンに声がかかった。

完成した当時から課題とされ、今の今まで未実装だった必殺ファンクションだ。

それがようやくになって実装された。

そして、それだけではない。

 

「デストロイモードもほぼ完全に制御出来るようになっています。これに伴っていくつかの仕様が変更になっているので、必ず確認してみてください」

 

ミツルは更に追加で告げる。

彼にとっての最大の切り札であり、諸刃の剣。

今まではデストロイモードの完全発動時においては、ほぼ制御が効かない代物だった。

しかし今回ではその諸刃の部分が完全に廃され、デメリットが打ち消された。

更に大きな変更点が一つ。

デストロイモード発動時における、羽の分断(パージ)の撤廃。

これにより、発動時でも空中での移動が不可なく行えるようになった。

ミツル達によるこの三ヶ月間の、改良に明け暮れた日々の賜物である。

 

通常のLBXには胸部内にコアボックスと呼ばれる箱が存在し、そこに極小のパーツを嵌め込むことによって性能を引き上げる。

CPU、コアメモリ、モーター、バッテリー、補助パーツ──これらをどう上手く組み合わせ、機体とマッチさせるかがLBXカスタマイズにおける鍵を握っていた。

ベレロフォンにもコアボックスが存在するが、LBXと決定的に違う要素があった。

 

それは、コアボックスの()()()

 

ただでさえ、通常のLBXとは違いすぎる図体を持ち、キラードロイドを素材に用いているベレロフォンである。

LBXと同様のコアボックスを使ったカスタマイズでは、モーターやバッテリーの燃費が非常に悪くなる。

通常のLBXで一時間稼働するそれらを、ベレロフォンでは十分も保たずに消費し尽くすのだ。

これ故にメタナスGZという希少素材を使わざるを得ず、ミツルの頭を悩ませることになった。

しかしそれでも、メタナスGZを用いても尚、ベレロフォンが長時間稼働させるにはまだ足りなかった。

 

ミツルは考えた──「なら別の部位にコアボックスを増設させよう」と。

 

ベレロフォンはキラードロイド亜種でもある。

少々パワープレイではあるが、パーツの受け皿そのものを増やせれば、燃費の問題は解決されるだろうと彼は考えた。

そして受け皿となる部分は、ベレロフォンの()()()()

単純な理論であれば、これで性能は六倍。

ベレロフォンの全身と羽の六枚を連結させれば、LBXでは不可能だった高性能化を実現出来る。

そして逆を言えば、羽が取り外された時点でベレロフォンの性能は落ちる。

デストロイモードにおけるかつての弊害は、こういった要素から成り立ってしまっていた。

 

以前のデストロイモードとは、完全なる『性能の一点集中』。

 

六枚の羽それぞれが出力した力を、ベレロフォンのコアに完全に集中させる。

これによって羽は全ての力を使い果たし、力尽きて地に落ちる。

六枚の羽の分断とは、そういった過程によって生じるただの結果でしかない。

そして、デストロイモードによって性能が引き上げられるという理論値があったとしても、今までは一点集中したエネルギーを完全に掌握出来なかった。

掌握出来なかったからこそ、制御が不可能となり、実質意味のないモードと化していたのだ。

この課題をクリアするには、一点集中のエネルギーをベレロフォンが受け止めきることが必要不可欠となった。

だがアルテミス決勝のように、相手がLBX数体だけならばこれで終わる。

六枚の羽と言えど、それが理不尽に降ってくれば普通のLBXならブレイクオーバーだ。

イズミルを掌握する前のKK部隊は慢性的な物資不足。

これらのような背景があり、ミツルはデストロイモードを仮の状態で置いておく他なかった。

 

イズミル軍の協力もあり物資が潤った現状、ベレロフォンはエネルギーの『一点集中』を『分散処理』する方向へ舵を切った。

開発当時は物資や人員的に不可能だったデストロイモード時のエネルギー分散を、現在は羽の六枚に行わせることに成功し、完全な制御を可能とする。

これによってデストロイモード時の羽の分断がなくなったのだ。

そして必殺ファンクションのメモリすらもコアに格納出来るスペースを確保し、遂に実装された。

問題はクリアされ、ベレロフォンは全ての力を受け止めきれるように強化されたのだった。

 

「そうか…ついに。ありがとう、ミツルさん」

 

「頼みましたよ、ザドキエルとの決着を」

 

「任されたさ」

 

ベレロフォンがアンカラのピットに立つ。

性能自体は以前より格段に良くなったものの、外見上に変化はない。

天上のダクトが開き、太陽が煌々として羽を照らし出す。

空が彼の華々しい帰還を待ち侘びているかのようだった。

 

「アランは今回は来れないんだっけ?あいつにしては珍しい」

 

「すまないな、隊長。俺は殿をしてアンカラに居残ることにするよ」

 

「なに、戦力的には問題ない。そっちをがら空きにしておく訳にはいかないしな」

 

レンの言葉にアランは安堵する。

今回の作戦において、六人全員が出撃することは出来ない。

西部制圧作戦時のように大群の後ろを突かれてしまい、素早い対処が出来なければ終わり。

現在は既に全土の八割程度のキラードロイドを掌握しているものの、念のためを思って一人だけアンカラに残らせることにした。

では誰を残らせるかという話になった際、真っ先に副隊長であるアランが名乗りを上げた。

 

(きっと、アインのことで自分の中で消化しきれていない部分が多いのでしょう。彼にとって、ここらが正念場なのかもしれない)

 

三日前の出来事を、クレスはキジャ経由で聞いている。

アイン・ケネスとの問答で、彼には考える時間が必要だった。

一体何が正しかったのか、どうするべきだったのかを含めて。

彼にとってアインとの問答は、己の信念や正義が大きく揺らぐこととなった重要なイベントだったのだ。

それを知っているからこそ、クレスは残ることに賛成した。

アンカラのKK部隊の基地、コントロールポッドの外にはアラン、クレス、キジャ、ミツルがいる。

そしてエルズルム軍事基地が掌握出来たとなれば、更にクレスとミツルが現地に赴くことになっている。

リスクはあるが、どうしてもしなければならないことが一つ。

 

「幽閉される際、エルズルム軍に私のLBXを押収されてしまいました。必須ではありませんが、出来ることならこれは回収しておきたいのです」

 

「あんたでも、自分の機体は持っていたんだな」

 

「アングラビシダスの管理を行っている人が一度も触ったことないなど笑止千万。これでも結構やる方なのですよ」

 

クレスは鼻で笑う。

ミツルと脱出した際は限られた物しか奪取出来なかったが、制圧出来たとなれば実質、宝の山。

いざとなれば、イズミルからのバックアップもある。

そしてアンカラの基地の周りには、更に念のためとしてこちらの支配下にあるキラードロイド・スケルトンを数十体配置している。

全機のコンディションも悪くない。

キラードロイドという今までの脅威がなくなった今、これは絶好の機会だった。

 

「よし、久々の大規模出撃だ。目標はエルズルム軍事基地。俺らの戦いはまだ終わっちゃいない。全てを終わらせる気で戦え」

 

会話が進む中、いつの間にか全員の出撃準備が整った。

レンの言葉に一同が頷く。

目標は滅んだかもわからないエルズルム軍事基地の制圧であり、生きているかも存在しているのかすらも不明な大統領グラン・カーディアスと黒幕の一人であるガイア・カーディアスの身柄確保。

そもそも情報が足りていなかったのだ。

三ヶ月間、東に出撃が出来なかったのはあくまでもこちらの体制を整えるために準備していたからである。

そして本来ならもう一ヶ月遅らせて実行するはずの本作戦はキジャとアインにより早めることを推奨された。

エルズルム軍事基地が今現在どうなっているのかを確認出来れば、この時点でもはや御の字。

全員生存は絶対厳守、そして各々で『出来る限りのことを行う』のが今回のモットーだ。

 

「全機、幸運を。皆さんに、天使の加護があらんことを」

 

クレスの言葉を受け、全機が東へ飛び立った。

何もかもが不明で、確かなものの方が今回は少ない。

しかしそれでも、「確かだった」ことを確認するために、KK部隊は再び戦いを始めた。

 

そしてこの瞬間から、───彼らの()()()()()()()()()()も始まっていた。

 

 

 

 

「やっぱ少ないな、こんな真っ昼間から出撃してんのにまるでエンカウントしない」

 

「本当にほぼ全部掌握しちまったんだな、俺達」

 

「パンデミックプログラムたった一つでここまでになっちまうんだ。もう奴らは根絶されたも同然だな」

 

出撃最中、先行しているレンのベレロフォンが地上を見下ろす。

そんな折にラルはふと本当に戦争が終わったのだと実感したのだった。

こういった気の抜けた会話が出来るくらい、全くもって敵と遭遇しない。

驚愕こそするが、とてつもない僥倖だった。

 

「そういえば聞いてなかった。もしザドキエルと出くわしちまった場合、どんなプランを想定しているんだ?」

 

()()()、お前らは」

 

「…説明になってるのか?それは」

 

「本当に真正面からの戦いになったら、何かの犠牲を払わない限り勝つことは難しい。だからいっそのこそ、お前らは逃げるしかない」

 

レンの説明にラルは言葉を失う。

しかし反論は出来なかった、カイネの機体を一瞬で貫いたあのザドキエルなのだ。

理論上であれば、ザドキエルの攻撃に耐えることが出来るのはベレロフォンと、ルナのキマイラだけ。

ラル自身であっても、事前の説明通りに持ちこたえ、増援を待つことには賛成だった。

しかし、問題はその後だ。

 

「俺かルナを当てない限り、まず土俵には立てない。だから他の三人は正面からの攻撃には参加せず、他の取り巻きを当たってほしい」

 

「あの時いたって言う、イカロス二体のことか?」

 

「それだけじゃないかもな。だがもし取り巻きがいなくなった場合、遠距離武器を用いてそれぞれ別の方位から隙を見て攻撃を仕掛けてくれ」

 

「俺らがお前の速さに付いていけるかどうか、だな…。まあ問題ない。後衛は任せておけ」

 

ラルがにっと笑う。

ザドキエルとの機体差を理解しているからこそ、前に出しゃばらず役割を心得る。

アランからの支給によって、ラルとメルにはスナイパーライフルが持たされていた。

カイネは上空からの爆撃を行うため、むしろそれは重荷となり不要。

慎重策を講じなければならないほど、ザドキエルはKK部隊にとって最大の脅威なのだ。

 

「っち、雨か。それもかなりひどい。落雷如きに振り落とされるな?」

 

現在は天気予報もまともに観測出来ないT国において、天候不良は厄介な敵だ。

不幸中の幸いとして敵に全く遭遇しなかったが、彼らの視界と空中での足取りが悪い。

念のためとして彼らは速度を落とす他なかった。

どれほどの時間が経っただろうか。

アンカラ基地からのモニター上では、KK部隊とエルズルム軍事基地の距離はかなり縮まっていた。

予定より少し時間が掛かったが、問題なく彼らは軍事基地に辿り着くようだった。

 

この時を、()は待っていたのだ。

 

「───ッ!避けろッ!」

 

雷雨の中、視界にようやく軍事基地が映ったと思った瞬間。

赤い光線が軍事基地から一直線に伸びる。

かつてレンが目の当たりにしたルナ・フーリアのキマイラに匹敵する、あるいはそれ以上の威力。

レンの反応に、全員が咄嗟に反応して回避。

こちらを狙った一撃、明らかな敵対行為だった。

それを指し示すのは間違いなく、

 

「ザドキエルだ…やっぱり、ここに居座っていたか!」

 

レンが確信する間にも、レーザーは絶え間なく続く。

これは威嚇射撃ではなく、条件付きの『招待状』。

この攻撃を凌ぎきった者だけが基地へ侵入出来る権利を持つことが出来る。

戦いは、既に始まっている。

 

「舐めているな。光線は一本、俺らは避けようと思えば簡単に避けれる」

 

「アピールだろうね。俺はここにいる、ってな」

 

「あるいは誘い込まれているんだ。だが上等だ、これでキジャ大佐の言っていたことは事実となった」

 

基地との距離がほぼ数メートル程度に縮まると、雷雨と共にレーザーも収まってきた。

改めてKK部隊は初めてやってくるエルズルム軍事基地を眺める。

ガイア・カーディアスは偽の遺言を送る際、ザドキエルに全てを滅ぼされたと言っていた。

しかし基地の表面上は全く何かの攻撃を受けた痕跡がなく、廃墟とは全く言えない。

ザドキエルからの攻撃も確認出来た今、ガイア・カーディアスらもいる可能性が高まった。

 

「分散行動だ!俺とルナ、ラルとメルに別れて別々の入口から侵入し、カイネは上空からの偵察!もう一度言う、絶対に正面からの戦いは厳禁だ!」

 

【聞こえていました。そうとなれば私とミツル君も出ます。各自、ご武運を!】

 

ザドキエルからの第一波の攻撃が止んだ今、レンが突入を指示する。

そしていよいよか、とクレスとミツルが生身での移動を開始した。

ザドキエルの打倒や鹵獲は実現性が低い──だが単純にここから追い出すことならば可能だと部隊は考えていた。

現にレンとカイネの二人でそれは成功している。

五人の戦力を結集させた場合、単純な撃退行為ならば成功するのは時間の問題と思われた。

撃退後は余裕を持って軍事基地の散策と偵察が可能となる。

ならばクレス達の移動もこのタイミングがベストとなるのだ。

 

(どこだ…どこにいやがるッ!)

 

レンは焦りを抑えながらもルナと共にザドキエルの追跡を開始している。

彼が真っ先に敵とエンカウントしなければならないのだ。

内部の構造上はバークプラントとそこまで大差がなく、行動もしやすかった。

 

しかし敵の土俵であっても、人はおろかキラードロイド達すら見かけなかった。

 

(俺らの侵入を想定していたなら、ザドキエルたった一機で応戦するとは考えにくい。なのにこの気配の無さは一体なんなんだ?)

 

あまりにも不気味すぎると思わざるを得なかった。

まるで何から何まで全て誘い込まれているかのよう。

 

「生き急いでる、レン」

 

「そう見えるか」

 

「私達は『部隊』なんでしょ?もう少し、落ち着いたっていい」

 

唐突なルナの指摘にレンは思わず加速を落とす。

レンにとっては図星だった、明らかに先を急ごうとしている。

これではあの時の二の舞いだと、一瞬だけ目を閉じた。

このKK部隊で正面からまともにザドキエルと同じ土俵に立てるのはベレロフォンかキマイラ。

しかしキマイラの戦闘スタイル上、攻撃に耐えることは容易だが、速度に付いていくのは限界がある。

必然的にベレロフォンしか撃退出来る術を持っていないのだ。

かつて自分が遅れをとってしまったからこそ、首都奪還作戦においてカイネを先にダウンさせてしまう隙を与えてしまった。

 

もう、誰一人目の前で落とさせはしない。

隊長として、仲間の一人として。

その考えが、彼を焦らせている最大の要因。

背負いすぎてしまっているが故の、プレッシャー。

 

「…すまない。引き続き、追跡を続けよう」

 

レンは一瞬だけ操縦から手を離し、自らの頬を叩く。

リーダーの焦りはいずれ必ず伝染する、そのような基本を彼は思い出す。

クレスから、かつて隊長となった際に真っ先に教わった言葉だ。

 

(『焦るのは人間なので仕方がない。誤魔化して伝染を避けなさい』、『誰もがあなたに信頼を寄せている。あなたが真っ先に逃げることは許されない』。あとは、何を言われたんだったかな)

 

目の前のことに集中しながらも、クレスから教わった言葉をいくつか並べる。

リーダーに大事な要素は実力や技術そのものではない、心構えなのだと。

誰もがリーダーの背中を見て進むのだから、その背中が汚れていてはいけない、ということも。

そのような言葉や教訓がつらつらと出てくる彼は、一体何者なのだろうと疑問に思う暇などないくらいに、様々な要素を彼から叩き込まれた。

 

(そしてこうも言われた。目の前の()()()()()()()()()()()()()()

 

真実は、今まさに目の前にある。

ザドキエルと再び相対すれば、何か真実がやってくるのだろうと。

それと向き合う準備は、ある程度彼に出来ていた。

 

出来ているのだろうと、この時までは思っていた。

 

「こちらラル!エンゲージだ!至急こっちに来い!」

 

「────ッ!」

 

ザドキエルと真っ先に遭遇したのはラル・メルの方だった。

了解と言う前に、レンは彼らのいる方へ大至急向かう。

距離はさほど遠くはないし離れてもいない。

後はレンとルナが駆けつける前に、二人が言われた通りに戦闘を避け、持ちこたえてくれるかどうか。

 

『まさか君達と先に会うなんて。やっぱり、()()()()んですね』

 

ラルとメルの二人の前に、ザドキエルが仁王立ちする。

やはりレンと同じ声を使って、何が争えないのかを言いはしなかった。

そして二人は一瞬だけ不思議に思う、「相手は今までこんな口調で喋っていたか」と。

前回と異なり、取り巻きであるイカロス二機は存在しない。

レン達と合流すれば、実質一体四の状況だ。

二人は弁えている、まずは耐えることを優先すると。

 

しかし前回と異なる点は、それだけではなかった。

ザドキエルの背後に、白いレインコートを被る一人の者がいたのだ。

施設内がひどく暗かったことから、その者の顔は見えなかった。

手に持っているのは、CCM。

それを意味しているのはつまり、

 

「お前がザドキエルの所持プレイヤーか!」

 

『もう一人のレン・アークインジェ、そう呼んでほしかったね』

 

いつの間にかザドキエルの口調が元に戻り、レインコートの者は左手に手にしているものを見せびらかす。

──Dエッグ、T国では全く流通していない代物。

ラル達も西部制圧作戦の時に初めて目にしたそれを、レインコートの者はその場に落とした。

つまり「もう逃げれらない」ということだ。

 

「なんでだ…?俺ら二人を閉じ込めて、なんの意味がある?」

 

ラルは敵の行動に不気味さを覚えていた。

こんな開けた場所であるならば、相手をわざわざ閉じ込める必要がない。

唯一メリットがあるとすれば、戦いが終わらない限り、レン達は加勢出来ない。

しかしレン達に使えば、逆に他の三人の加勢を避けられる。

性能差で言えば、ザドキエルの方が圧倒的に優勢だ。

やろうと思えば一瞬で片を付けることが可能なはずなのに、二人をわざわざ閉じ込める理由が見当たらなかった。

むしろ戦っている間にレン達はDエッグ外に到着し、ラル達を倒した後に連戦を強いられてしまいデメリット尽くし。

 

つまり彼は、逃げるつもりがないという意志を示している。

それは必ず敵を撃退出来るという絶対的な自信の現れか、あるいは。

 

「わかってるな、メル。俺達は()()()()だ」

 

「…うん、だけどその前にやるべきことがある。でしょ?」

 

二人は察している、Dエッグに閉じ込められた以上、もう逃げることは不可能だと。

そしてレンの言葉に反するものの、戦うしかないのだろうと。

恐らく俺達は、負けるのだろうと。

しかしそれでも尚、二人が来るまでの時間を稼ぐために、そしてこの戦いを見ているであろうアンカラの基地の者達に少しでも敵の情報を残すために。

勝負に負ける確率は高くとも、決して我々は負けないだろう、そう考え前を見る。

 

『君らじゃ勝てない。それでもここで君らを相手にすることを選んだ。なんでだと思う?』

 

「さぁな、レンが怖いから俺達を先に倒して自信でも付けたかったのか?」

 

『…ふふ。違う違う』

 

ザドキエルが不敵に笑う。

そして次の瞬間、自身が持っていたランスを地に落とした。

 

『僕はリスペクトを忘れない。どんな相手であっても。君達であっても』

 

なんのつもりだ、と聞く前にザドキエルが代わりの武器を手に持つ。

それは二人にとって、とてもとても信じ難い光景だった。

何故ならあまりにも、見覚えがあったからだ。

何故ならあまりにも、懐かしを覚えたからだ。

 

「嘘、だよな……?」

 

右手に()()()()()()()、左手に()()()()()

不釣り合いすぎるその構えを、この世で行うのはたった一人。

 

「二人がどれだけ成長したか見せてください、──親愛なる弟達よ」

 

「兄、さん……?」

 

ソル・アルマル、T国最強のLBXプレイヤー。

 

白いレインコートのフードを外し、その面を露わにしてにっこりと笑った。

 

 

 

 

どれほどの時間が経ったのか。

あるいは、一瞬だったのか。

レン達が駆けつけていた頃にはDエッグの結界が晴れていた。

それを意味するのは、試合終了。

 

「二人が一緒の時は常に打撃の一つ一つを的確に合わせる、僕が言ったこと、もう忘れたんですか?」

 

カイザとフェアリーが彼の足元に跪く。

結果は、ソル・アルマルの圧勝だった。

だが彼なりの双子への情けだったのか、ブレイクオーバーとまではいかずに実質的な戦闘不能の状態に留めておいている。

二人にソルの言葉は届いていない。

 

「……なんでだよ」

 

「なんで勝てない、ですか?それは──」

 

「違う!なんで兄貴が敵に付いてるんだって話だ!」

 

「話すと長くなるでしょうね」

 

「俺達はずっと戦い続けてきた!それは兄貴の弔いでもあったんだ、それがなんでっ!」

 

ラルは自分の兄に対し、疑問と怒りを混ぜてぶつける。

メルはショックで、何も言うことが出来なかった。

死んだと思っていた身内が今、敵として目の前にいる。

それもレン・アークインジェを名乗り、今の今まで自分が生きていたことを秘密にしておきながらも。

 

「役者が全員揃う前に、雑談でもしましょう。ね?レン。あの時言った言葉を守ってくれましたか?」

 

「どの言葉か覚えてねえよ。だってお前は、勝手にカッコつけて俺らを置いていったんだからな」

 

「それもそうか、今でもあの当時のことを鮮明に覚えています。ですが、後悔はしていない」

 

「もしもお前とまた会うことが出来たのなら、きっとそう言うんだろうと思っていた」

 

「あれが僕にとってのベストだった。今、こうしてここに立っているのもそう」

 

レンは声を震わせながらも、ソルと相対する。

リーダーは焦りを誤魔化さなければならない、そのはずなのに手がまともに動いてくれない。

生きていたソルとの再開を喜ぶべきだったのだろう。

あるいはザドキエルとすぐにでも戦うべきなのだろう。

しかし、それ以上に自分の中の何かがそうさせてくれない。

 

「KK部隊のことは知っているよ。レン、やっぱり隊長はあなただったんだね。絶対に誰よりも向いてるって思ってた」

 

ラル、メル、レン、カイネ、この通信を聞いているアラン。

誰もがソルの言葉に、何も挟めない。

幼馴染のはずなのに、誰もが。

 

「あ、そうそう!イズミルに偵察しに行ってた時にスケルトンのウイルスが蔓延してなくて驚いてたよね、あれ実は僕が事前に感染したスケルトンを始末してたんだ。楽に攻略されちゃ困るんだもん」

 

半年前の西部制圧作戦の時のことをあたかも全て知っているかのように話すソル。

まるでステージで一人独唱する歌手のように、彼は口を止めない。

 

「予定外のことは結構起こったけど、結果的には大満足。みんなは僕の思った通り、ここに来てくれた!これで()()()()はもう少しで実を結ぶ。本当に、ありがとう」

 

彼のアリアにもう耐えられなくなった。

その一人がレン・アークインジェ。

レンは言う「うるせえよ」と。

 

「生きててくれて良かった、本当ならそう言うつもりだった!だけど俺は──」

 

かつて自分が言われた言葉をなぞる。

本来ならば祝福するべきだった。

本来ならば今すぐにでも俺達と一緒に戦おうと誘うつもりだった。

本来ならば、またみんなでLBXをやろうと言うべきだった。

しかし叶ってくれない。

 

「俺は今のお前がどうしても嫌いだ!なんか腹立つんだよ!勝手にカッコつけて、勝手に独りで生き残って正体を晒して、勝手に一人でペチャクチャ喋ってさぁ!」

 

レンは言う、今のソルがただただ「気に入らない」と。

ルナの付け入る隙すらもなく、レンが剣を振るう。

彼の持つザドキエルはソル・アルマルのスタイルそのまま、ブロードソードだけで二刀流を受け止める。

レンの怒りが、剣の甲高い音を更に引き上げる。

 

「いいでしょう。思う存分、殺し合いましょう。まだどっちが上か、はっきりしていませんから」

 

たった一本で二刀流を跳ね返し、間合いを取り合う。

今のザドキエルは、かつて首都奪還作戦で戦った時のスタイルとはまるで違う。

今までのランスのスタイルは、ソル・アルマルにとってただの枷やハンデに過ぎない。

つまりアキレス三銃士の頃のスタイルを再現している今の彼こそが、本気そのもの。

 

「必殺ファンクション、ストームソード」

 

ザドキエルが剣の嵐を巻き起こす。

エデンフォール事件で共闘した時のそれとは、まるで桁違いの威力。

竜巻と言うよりは黒い巨大な物体、それが地ならしをあげながらベレロフォンに迫る。

しかし速度は単純。

明らかに彼ならば避けれるようなものだ。

 

「必殺ファンクション、ブラックストーム」

 

次は真っ黒な嵐。

左手の片手銃から放たれた嵐がもう一つ、彼を追従する。

 

「テンペストブレイド」

 

「こいつ、どんだけ技持ってんだよ……」

 

レンが反撃する暇もなく、ソルは次々に必殺ファンクションをオーダーする。

嵐が去ってまた嵐。

レンのベレロフォンは防戦一方を強いられている。

これがたった一つなら、彼はとっくに反撃のチャンスを掴んでいた。

しかし、土俵にすら彼は立たせてくれない。

 

T国──いや、世界の名だたるプレイヤー達の実力に比肩する者、ソル・アルマル。

彼の最大の特徴にして最大の強みは、()()()()()

ブロードソードとハンドガンを状況に応じて巧みに使い分け、敵に接近させない、そして敵を逃がさない。

ザドキエルをベレロフォン同様にコアボックスを拡張させ、通常なら扱えきれない数の必殺ファンクションを連打する。

必ず殺す力を、かつても今も、理不尽に取り揃えて戦う。

だがそのような戦いを公式大会で人目に晒すことはあまりなかった。

何故なら、そうするまでもなく双子達が片付けてしまうからだ。

滅多にないが、彼がこうするのは緊急事態か双子がブレイクオーバーしてしまった時のみ。

 

対するレンのベレロフォンは、デストロイモードと必殺ファンクション一つのみ。

切り抜けるには、やはりこれらを使うしかないか。

 

「レン、私も加勢を──」

 

「だめだ!お前は先に二人を介抱して離れろ!カイもだ!」

 

「でもこのままじゃ!」

 

「隊長としての命令であり、これは理屈じゃない!頼むから、今は従ってくれ!」

 

ルナの助言を彼は一蹴する。

もはやこれはKK部隊とエルズルム軍側の戦いではない。

一人の幼馴染と幼馴染の、個人的な対決に過ぎない。

だからこそもうこの時点でルナを巻き込むことは出来なかった。

結局再び、レンは一人で戦うしかなかった。

更に倒されたラルとメルの機体も安全な場所まで退避させたい。

彼のやり方に思うところはありつつも、ルナは仕方なく彼の指示に従った。

 

「レン。僕とあなたは性格こそ違えど、戦う際の根本的な考え方は似通っている」

 

「うるせえよ、何が言いたいんだ」

 

()()()()()()()。今も、あの時も。だからあなたは部隊の隊長でありながらも、結局は一人で戦うことを選ぶんだ」

 

「他の奴らにはそれなりの役割がある。俺はその役割が必要だと感じたから、結果一人で戦っているだけだ」

 

「半分そうでしょうし、半分嘘ですね。あなたは僕がいなくなって隊長となった。そしてきっと、誰よりも背負うことを自然と望んだ」

 

ザドキエルの発する嵐を掻い潜りながら、彼に届こうとする。

いつ登り終えるかもわからない無限に続く階段を、ひたすら登っているかのよう。

 

「仲間によく言われませんでしたか?急いでる、焦ってるって。理由はさておき、あなたはそれを自覚していながらも一人で前へ突っ込む。あなたは『部隊』の隊長なのに」

 

「似通っているって言ってたな。お前もそうだって言いたいのか?」

 

「だからこそ僕はストッパーを付けてもらったんです、あの二人に。そうすることによって戦いを俯瞰し、必要な一手が何なのかを考え続けていた」

 

ソルはかつての公式大会の戦いをなぞる。

アキレス三銃士が確立されるまで、ソルは一人でT国内で幾度となく戦い続け、勝ち続けた。

いつかLBXが悪魔ではなくなる日が来ると信じて。

ある時偶然、海外のアルテミス常連プレイヤーと練習試合を行えることになった。

結果は全敗、ソルは初めてここで敗北と屈辱を味わったのだ。

いつしか彼の背中に憧れた双子がソルと共に戦いたいと言い始めた時、彼は決断した。

もう一人で戦おうとするのはやめよう、と。

そして二人を先に戦わせ、ソルはその間に戦いに勝つために必要なものが何かを考える時間を増やした。

そうして時を経て、アキレス三銃士は出来上がったのだった。

 

「あなたは仲間を信用しているし信頼もしている。しかし大事な場面ではそれを建前にし、己の信念を突き通そうとしていた。そんな大事な局面で仲間が土壇場で助けてくれるのは、やはりあなたが隊長だからなんでしょう」

 

「お前は俺に説教するために戦ってんのかよ」

 

「…いいや、なんとなく羨ましかった。あなたがこれまで歩んできた軌跡を知っているから、余計にね」

 

まるで自分は土壇場で助けてもらえなかった、そう言いたかったのか。

レンがその言葉を言う前に、嵐の第一波が過ぎた。

流石のザドキエルでも、ソル・アルマルでも、必殺ファンクションの連打は消耗が激しかったのか。

あるいは、全く別の要因か。

 

「そして嬉しく思う。僕が歩んだかもしれない未来を、あなたが代わりに歩んでくれていることに」

 

残った嵐を切り裂き、遂にベレロフォンとザドキエルの距離が縮まった。

このタイミングで初めて、肉薄する機会をレンは得たのだ。

ここからが本当の正面勝負。

 

しかしその時に、ソルも追加の手札を切る。

 

「これは感謝の気持ちです。ザドキエル、──セラフィックモード!」

 

「っ!やっぱり持っていたかっ!」

 

ソルのオーダーにより、ザドキエルは銀色のメタリックに発光する。

それは紛うことなきザドキエルの切り札の一つ。

胸部のコアエネルギーを全て、ドス黒い赤き羽に分配し連携。

その過程は対を成すベレロフォンのデストロイモードと、まるで同じ。

 

「レン、あなたがこれを突破することを期待しています、もっとも…出来る人がいるとは思えませんが」

 

セラフィックモードを行使したザドキエルが作り出したのは、またも巨大な嵐。

いくつもの必殺ファンクションを乱発させ、嵐を増産し、一つの場所に集約させる。

今の彼は、嵐そのもの。

周りの様々なオブジェクトを破壊し自分の味方に付ける毎に、嵐の塊はスケールを増していく。

彼のスタイルである『寄せ付けない・逃さない』を、セラフィックモードたった一つで体現してみせる。

すなわちザドキエルのセラフィックモードの効果とは、効果中における無制限の必殺ファンクションの発動。

通常時では少なからず消耗するそれを、今度はデメリット無しで行う。

 

「望むところだ。真正面から、ぶった切ってやる!」

 

レンは絶望の顔を何一つとして見せず、むしろ笑みを浮かべる。

ここまで来てしまえば、いよいよ対抗策は一つ。

 

「ベレロフォン、デストロイモードだ」

 

そしてレンも宣言する。

ベレロフォンの機体が血のように赤く滲み、天へ翔ぶ準備を行う。

ミツルの説明通り、確かに羽の分断は発生しない。

これこそが何ヶ月もの改良を経て実現した、真のベレロフォンの姿。

改良されまともに扱うことが出来るようになったデストロイモードの効果は、効果中における移動速度の大幅上昇。

 

そして、唯一の必殺ファンクションの発動許可。

 

「…待っていましたよ、絶対に使ってくれるって」

 

ソルは知っている、デストロイモードの詳細を。

知っていたからこそ、こちらの力を見せつければ確実に発動するだろうと。

その詳細だけではない。

ソルはKK部隊の全てを、この戦争の真実を知っている。

自分の思惑を完遂させるために、ベレロフォンのデストロイモードの発動は必須であると。

 

「しかし…速い!」

 

目の前にいると思っていたベレロフォンがいつの間にか視界から姿を消していた。

それほどまでに以前とは比べ物にならないほど、彼の速度は目にも止まらない。

だが、ただ速度を上げただけではこの嵐を打ち破ることは出来ない。

その事実はお互い、承知の上だった。

レンは、タイミングを図る。

嵐を打ち破るには、それと同等の威力を持つ何かをぶつけなければならない。

 

「勝負だ、ソル!必殺ファンクション────」

 

ザドキエルが纏う嵐の頂に、ベレロフォンは立つ。

彼を打ち破るために、あるいは決定的な格付けをするために。

使うのはこれが初めて、改良された機体を手渡されたのは出撃の直前であったがため、リハーサルなど行っていない。

それでも尚、成功させるしかない。

この一手が勝ちを運ぶと信じて。

 

「…………は?」

 

宣言の瞬間、ベレロフォンは急に動作を停止した。

 

天高く舞い上がった天使が、嵐を打ち破ることなく堕天する。

 

ソルはその瞬間を、まるで最初から知っていたかのように見下ろしていた。

 

「レン君!一体何が!?」

 

建物の奥から叫ぶかのようなクレスの声が響く。

どうやら二人は予定よりも早く、この軍事基地に辿り着いていたようだった。

 

「ふざけるなよ……なんで動かない……?」

 

「クレス・ミヘナ、そして…。役者はもう揃ったようですね」

 

ソルは二人の気配に気付き、ふっと笑う。

レンの動揺を置き去り、ザドキエルはセラフィックモードを解除し、地に足を付ける。

勝負こそ再び中断となってしまったものの、レンが機体の不備によって実質的に敗北したのは明らかだった。

ベレロフォンを庇うかのように、クレスがソルに相対する。

 

「君があのアキレス三銃士の…。まさか生きていたとは」

 

「初めまして、お会い出来て光栄です。あなたのことは知っていますよ。なんでも、レン達を導いてくれたんだとか」

 

ソルがレインコートを剥ぎ、クレスに礼を重ねる。

更に言葉も重ねる「そういえば…」と。

 

 

「本来はこう呼ばれてるんでしたよね?───クレセント・ミハエルって」

 

 

その瞬間、世界が凍った。

ソルの指摘に、クレスは…クレセントは何も言わない。

そこには否定の意がなく、沈黙が彼の指摘を正しいものにしようとしていた。

 

【今…なんて?クレセント・ミハエル…?何を言ってんだ?】

 

「おや、その声はアランですね?元気そうで何よりです」

 

【クレスのおじさんが副大統領なのかって聞いてるんだよ!だって、あり得ないじゃないか】

 

一番に沈黙を破ったのは無線越しのアランだった。

ついに知ってしまったのか、キジャは彼の隣で目を瞑り無言でいる。

KK部隊の戦う子ども達なら誰もが今この瞬間に思っている、「あり得ない」と。

クレセント・ミハエルとは、彼らが打倒すべき相手。

そして真実を持つ追求すべき相手。

そのような戦う理由そのものが、ずっと長らく味方で導いてくれたなどとは信じ難い。

 

【違うんですよね、おじさん!ソルは昔から冗談を言う奴じゃないけど、俺はおじさんの言うことが正しいってこともわかってる!だから──】

 

「黙っていて申し訳ない、アラン君」

 

アランの叫びのような訴えに、観念したかのようにクレセントは口を開く。

彼は取り繕うことも、逃げおおせることも選ばなかった。

クレセントは以前から感じていた、「いずれこの時が来るのだろう」と。

だが彼が感じていた以上、その時が来るのが早すぎた。

時は、待ってくれなかった。

 

「アラン、言いたいことはわかります。ですが今だけちょっと抑えてもらいたい。これから、もっと大変なことが起こるでしょうから」

 

【なんなんだ……なんなんだよ、一体!お前らは!】

 

アランが声を荒げ、拳を握りしめる。

ソル・アルマルの生存、クレス・ミヘナの正体、ベレロフォンの機体不備。

たった数分で様々な事が起きすぎていて、彼はどこに溜め込んだ情報を吐き出せばいいのかわかりかねていた。

自分の正義や信念が、防波堤を超えて一気に決壊しそうだったのだ。

しかもそれらの防波堤を形作っていたのは、皮肉にもクレス・ミヘナという存在。

当然それだけではない、KK部隊の発足、未知なる戦力の提供、部隊の指揮。

彼はずっとKK部隊から離れることなく、そして忠実に戦争の終結や真実の追求に注力していたのだ。

アランにはもう、目の前に映る光景の全てに、疑心暗鬼になっている。

 

「ここまでよくやった、ソル。やはりお前は、我が忠実な下僕よ」

 

ソルの背後から、もう一つの新たな声が響く。

一昔前以上のような緑の制帽と軍服を引き締めた白ひげを携えるその姿。

彼の声を、この場にいる誰もが知っている。

彼こそ、クレセント・ミハエルと同様に追うべき相手だからだ。

 

「久しいな、ガイア・カーディアス」

 

「そうだろうよ。あの時、牢獄に押し入れた以来だ。っふ、お互い歳は取りたくないものだ」

 

「約一年で人はそんな変わりはしない。ノスタルジーに囚われるのは、未来を視ない証でもある」

 

「相変わらずその減らず口よ。少しは喜べ。長年の()()がこうして生き永らえ、貴様の前に現れたというのだ」

 

「笑止。副大統領()大統領(グラン殿)を裏切った男が、今更盟友とは呼べるまい」

 

クレセントは、KK部隊では絶対に見せなかったような形相でガイアを睨む。

ガイア・カーディアス、この一連の事件における首謀者の一人。

アインの言葉から来たキジャの推測通り、やはり彼は生きていたのだ。

しかしクレセントは納得している、ソルや自分が生きていたのだから当然だろうと。

 

「ここまでの全て、あなたが思い描いた通りですか?それにしては落書きが目立つようだ」

 

「全てを模写していては興が乗らん。だが貴様の問いに答えるとすれば、イエスでもあり、ノーでもある」

 

「ここであなたが我々に倒されるかもしれない、としても?」

 

クレセントの問いに、ガイアは拍子抜ける。

次には高らかと大笑いを始めた。

目に浮かべた少しの水を指で払い、続ける。

 

「貴様の癖は理解しているぞ。貴様はよく先を見据える。政治も戦いも、その全てにおいてな」

 

「この国は、いやどの国だってそうしていることでしょう。そして今を視る者だって他に存在する」

 

「そこが貴様の弱点だ。貴様は──過去を見て見ぬふりをする」

 

ガイアの指摘に目を細めるクレセント。

反論も肯定も、彼は行わない。

 

「レン・アークインジェとソル・アルマルの戦いは遠くで見させてもらった。あれは実に良いものだった。だが勝敗など、どうでも良い。所詮、過去は過去。だが貴様は気付かなかったのか?」

 

ガイアはそう言って地に落ち停止したベレロフォンに目を向ける。

あれ以降、レンのベレロフォンは彼が密かに再起動を試みても反応を示さない。

ソルを倒せるかもしれない絶好の機会だったはずなのに、機体の不備によって希望は絶たれた。

もうこの現状で、ソルに立ち向かえる存在はいない。

 

「裏切り者は、既に貴様の側で()()()()()()

 

しかし何故ベレロフォンがそうなったのか。

答えをよく知る者は、クレセントの背後にいた。

クレセントの頭部に、背後から銃口を突きつける者…それは────

 

 

「……ミツル君、どういうつもりですか?」

 

 

ミツル・カザミは苦心の表情を浮かべ、震えながらもクレセントに引き金を掛けていた。

もしかしたら誤って今にも引き金を引いてしまうかもしれないほどの手を、ミツルは頑張って抑え込もうと必死だった。

クレセントは冷静を装いながらも、心中では驚愕を浮かべていた。

そのまさかが、起こってしまったからだ。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい!どうか、抵抗しないでください」

 

「そうか、ベレロフォンの必殺ファンクションの発動時に強制停止プログラムを仕込んだということですか」

 

「その通りだ。こいつもよく働いてくれていたよ。おかげで貴様らの動向はこちらにも筒抜けだ」

 

「……なんて卑怯な手を!」

 

「まさか貴様からそのような詭弁が出てくるとはな。これは戦争だ。使える手を使い、切り捨てるべきを切り捨てる」

 

クレセントは納得すると同時に怒りが込み上げてくる。

今の今まで、KK部隊で誰にも見せてこなかった感情だ。

 

「貴様こそ、子どもをこの戦争に利用したではないか。自然と理解しているのだ、必要な犠牲だと」

 

「ミツル君が何をしたと言うんです?私がここを脱獄する最初から、あなたは何がしたかった?」

 

「立場を弁えろ、クレセント。貴様は既に敗北しているのだ」

 

ミツルが仕方なしに銃口を突きつけ続け、クレセントは大人しく両手を挙げる。

これ以上の問答は、かえってミツルの立場を悪くするのだろうと。

彼は声音や銃口から伝わってくる震えで察している、望んでこのようなことをしているわけではないのだろうと。

実質的な詰みか、これではもはやどうしようもなかった。

 

「教えておこう。貴様らをここに誘ったのは勝利宣言を行うためではない。敗北を叩きつけ、これから始まるであろう絶望を知らせるためだ」

 

「……何だと?」

 

「だが知ることになるだろう。これが後にこの国を救う希望になるということを」

 

ガイアは吐き捨て、ポケットから小型の無線機をクレセントの足元に投げつける。

しばらくのノイズの後、何者かの声が次第に鮮明に聞こえるようになってきた。

どこか疲れ果て、今にも絶えそうなその声の主。

それはこの場にいる誰もが、この国に属する者ならば知っている声だった。

 

「あぁ…我が盟友、クレセントよ」

 

「この声は──()()()殿()!無事でしたか!」

 

「随分と迷惑をかけたようだ…だがこうしてまた声を聞けるとは思いもしなかったよ」

 

「いいんです、そんなことはもう。それより今どこに?」

 

「ここの地下だ…全く、ガイアの奴に良い様にされてしまったのう…」

 

声の主はT国大統領、グラン・カーディアス。

これもやはりアインの通り、本体が別にいたのだ。

この国の未来のために、確実に助けなければならない相手。

やっとの思いでこの目前まで辿り着いたにも関わらず、叶わない。

 

「今グランの側にはソルがいる。もちろんザドキエルもな。それが何を意味するのか、わかるな?」

 

「まさか…やめろ!それをしたら、お前は全てを敵に回すことになる!T国だけでなく、A国もだ!」

 

「今更何を言う。我々は既に多くの人間を殺した。全てはT国が救われることを信じて。そして、これも必要な犠牲だ」

 

クレセントが声を荒げる。

そのまさかを、ガイアは平然と実行しようとしている。

いつの間にか目の前から姿を消したソルは、地下のグランが捕らえられている牢に移動し、ハンドガンを突きつけている。

例え実弾銃ではなくとも、これでも人の頭を容易に貫ける。

かつてLBXとは、別の国の国家首相を殺める計画にも使用されていたほどなのだ。

 

「クレセントよ…私のことはいい。それよりも、未来だ」

 

「何を言っている……」

 

「もし君がこの先の困難を切り抜けられたのならば、私の願いを聞き入れてくれないか」

 

グランの声は既に死期を悟っている。

ザドキエルの引き金は、いつでも引こうと思えば引ける位置。

もう間に合わない、誰もがそうだと知っている。

だが、どうしようもなかった。

非情な現実は、彼らの過ごす時間を引き裂き貫く。

 

「君が、T国大統領になるんだ。私の願いを叶え────」

 

その言葉がグラン・カーディアスの最期となり、無線は途切れた。

 

同時に銃声が一つ、無情にも鳴り響いた。

 

それはKK部隊の敗北を知らせる音でもあった。

 

【大統領……そんな……】

 

「くっ……ガイア、貴様…!」

 

通信越しのアランもクレセントも、唇を震わせる。

グラン大統領は再び、凶弾に倒れた。

クレセントはまたも、救えなかった。

彼が長年の盟友の死に打ちひしがれる余裕は、もう既にない。

 

「勘が良い貴様ならわかっているだろう。貴様は、既に用済みだと」

 

ガイアは懐から同じく銃を取り出し、クレセントに向ける。

クレセントの読みでは、これまで大統領やキジャなどという重鎮のポジションは生かしておくというものであった。

何故そのようなスタイルを行うのかはさておき、だ。

しかしこの局面に至って、ガイアは容赦なく大統領に引き金を引いた。

そして今、クレセントに対しても同様に銃口を向ける。

 

「ミツル君に直接引き金を引かせないのは、あなたなりの温情ですか?」

 

「たわけよ。貴様だけはこの手で始末せねば気が済まない」

 

ガイアの言葉を聞き、ミツルが安堵したような震えながら手を降ろす。

これで良い、クレセントは内心、ミツルと同様に胸を撫で下ろしていた。

しかし、絶対的な崖っぷちであることに変わりはない。

 

それでも尚、クレセントは何一つ諦めた表情を浮かべていない。

挑発するように、ガイアに投げかける。

 

「あなたは運命というものを信じますか?」

 

「いいや、そんなものは存在しない。それは己の手で事を掴めなかった者の言い訳だ」

 

「そう仰ると思っていました。スタイルこそ違えど、私とあなたはチェスの盤面のように事を進める」

 

何が言いたい、ガイアはその言葉を飲み込んで変わらず銃を向ける。

作戦を進めるにあたりお互いのやり方は似通っている、先ほどのレンとソルと同じように。

クレセントは何も諦めていない。

しかし何かがこの状況を、KK部隊を、自分自身を救ってくれるのではないかと信じている。

何故なら、自分はガイアを始めとして多くの敵を作っておきながら、ここまで生き長らえてきたのだから。

いつしかクレセントはそれを、運命と呼ぶようにした。

 

「運命は存在する。あなたが生んだたった一つのミスが、そうさせたんだ」

 

運命が存在するとしたら、それはずっと前から芽吹いている。

既に、準備は完了していた。

 

 

「来い。我がLBX、()()()!」

 

 

かつて獄中にいた時と同じく、この時においても彼は救われる。

自身が所持していたLBXによって。

月光が三日月(クレセント)と共に携わる。

一瞬にして、月光丸の持つ妖刀『ムラマサ』がガイアの持つ銃を斬った。

 

AIによる自律稼働モード、全ては主を救うため。

レン達と合流する直前に、クレセントは自力でLBXを奪い返していた。

 

「性急だな。こちらにはザドキエルとミツル、そして私のLBXが存在する。四面楚歌だ、さあどうする?」

 

ガイアは挑発する。

結局のところは人の武器を一つ弾き飛ばしただけで、根本的な解決にはなっていない。

クレセントが行ったのは、あくまでその場凌ぎ。

月光丸とベレロフォン以外のKK部隊の戦力を集結させたとしても、彼はこの状況を切り抜けられるとは到底思っていない。

もはや勝つことは不可能、故に撤退を選ばなければならない。

 

しかし月光丸に助かったことを、クレセントは運命だとは微塵も感じていない。

 

それはまさに、これから起こるのだと確信しているからだ。

 

「必殺ファンクション、──セラフィックウィング」

 

天上より天使の雷が舞い降りる。

クレセント・ミハエルにではなく、ガイア・カーディアスに対して。

 

「なんだって……!?いや、まさか!」

 

驚愕を真っ先に覚えたのはミツルだった。

彼はこの技を知っている。

ベレロフォンと同様に、ザドキエルにも研究に携わっていたのだから。

エルズルム軍機械課、KK部隊やクレセントに付き従うフリをし、これまでガイアに忠誠を誓ってきた。

誓わざるを、得なかった。

そしてこの技をガイアに目掛け使った人物も、この場にいる全員が察した。

 

「いい度胸だ。まさかこの局面で()()()()()()、ソル・アルマル」

 

クレセントを庇うかのようにガイアの眼前に立ち塞がったのは、ソルのザドキエル。

しかし本人はこの場にいない。

やがて無線のような形で、ザドキエルから彼の声が届く。

 

『ずっとこの時を待っていた。エデンフォールで僕を助けてくれたことの礼は言います。しかし、それとこれとは違う』

 

「っふ、理解しているのか?私を裏切ればレン・アークインジェは───」

 

『やってみろ、もう僕の()()に手出しはさせない。それに、あなたから見て僕は既に用済みなんでしょう?」

 

「いずれ切られるならば自ら切り捨てる、か。確かに、貴様は既に用済みだったな」

 

突然のソルの裏切りに、ガイアは全く動揺一つ見せることなく応じてみせる。

ガイアの野望のほとんどを、ソルは知っている。

彼の野望を推し進めていく未来で、いずれ自分とザドキエルすらも切り捨てるということも。

ガイアの計画にとって、T国最強プレイヤーのソルはただの土台に過ぎなかったのだ。

 

敵だったはずのソルは言った──KK部隊は、自分の仲間だと。

 

「ソル…お前っ」

 

『どんな事が起こっても、僕はあなた達の味方だ。まさか、本気で僕が大統領を殺すと思ってましたか?』

 

「な、なら大統領は、」

 

『話は後ほど。レン、あなたは隊長だ。さあ、()()()

 

意気消沈したレンに、ソルはまるで鼓舞するかのように言葉を贈る。

我に返った彼の瞳に、光が戻る。

既にソル・アルマルは、KK部隊の所属。

 

「全機撤退だ!クレス、いやクレセントのおっさんも早くその場から離れろ!」

 

「くっ…。承知しました…」

 

「あんたには言いたいことが山程あるし、今あんたが言いたいこともわかる。だが今は無理だ!」

 

怒るようにレンはクレセントに吐き捨て、行動を促す。

今までどんな苦しい場面でも、絶望的な状況でも顔色をあまり変えてこなかったクレセントが初めて見せる苦心の表情。

ミツル・カザミをどうにか引き戻したい、クレセントの願いだった。

彼が裏切ったことに動揺しているのでない、彼が裏切りを選択するに至った理由や経緯に気付けなかった。

KK部隊を結成するよりも前、自分を牢から助けて救ってくれた大事な存在。

そんな彼は、逃げるかのようにガイア・カーディアスの背後に付いていた。

 

────助けてください。

 

撤退する最中、ミツルがクレセントに縋るような顔で訴えていたような声がした。

 

「必ず救ってみせます、ミツル君。だから、もう少し待っていてほしい」

 

クレセントは撤退中、歯を噛み締めてその決意を口にした。

かつて助けられ、今度は自分の番だと。

しかし助けるには、今はまだ準備と時間が必要であると。

 

車に乗り込んだ際、そこには既にズタボロの状態のグラン・カーディアス大統領も搭乗していた。

ソルの言う通り、本当に生かされていたのだ。

そしてガイア・カーディアスは、彼らKK部隊を追撃する気はなかった。

大統領と副大統領はアンカラの基地に生還するまで、不思議と一言も言葉を交わすことはなかった。

こうしてエルズルム制圧作戦は終了した。

得た物と知った物、そして失った物を天秤にかければ、それは誰の目から見てもとても成功したとは言い難かった。

 

ソル・アルマルが生きていることを知った。

ガイア・カーディアス、大統領グラン・カーディアスがやはり生きていることを知った。

クレス・ミヘナの正体を知った。

ソル・アルマルはKK部隊の仲間に加わった。

 

そして、──大事な一人の仲間を失った。

 

 

 

 

作戦終了から翌日。

逆を言えば、昨日の作戦終了から誰もが何も口にしないまま自然と解散になった。

各々が全員理解していた、少し頭を冷やす必要があるのだと。

全てを明らかにし、問いただす必要があるとすれば、それは全員が休んでからだと判断していた。

 

そしてやはり自然と、この作戦に関わった全員が作戦会議室に集まっていた。

KK部隊の全員にソル・アルマル、大統領もだ。

圧倒的な情報量と完全に救えなかったものが、喉の小骨のように引っかかり、場は重苦しい雰囲気と化す。

誰かが沈黙を破らなければ事は始まらない。

しかしそれを破らなければいけないのは誰なのか、場の空気が全てを決定付けている。

本人もわかっている、自分が最初に幕を開けなければならないことを。

 

この事件の全ての引き金を引いた一人。

存在するはずのない男、クレセント・ミハエルだ、

 

「まずは皆さん、昨日はご苦労様でした。皆さんが無事で、安心しています」

 

クレセントが沈黙を破り、労うもその言葉に誰も何も反応しない。

聞きたかったのはそんな言葉じゃない、子ども達はそれを沈黙で表している。

 

「クレス・ミヘナは架空の存在。ソル君の言う通り、本当の正体はT国副大統領、クレセント・ミハエルです。今まで黙っており、本当に申し訳ない」

 

「私からもだ。KK部隊がイズミル軍に攻め入り仲間となった時から…いや、彼を一目見た時点で正体に気付いていた。獄中にいるアインもだ。本当に、悪かった」

 

クレセントが目の前の彼らに深々と、珍しく頭を下げる。

たかだが謝罪で納得するわけない、とキジャが援護するかのように続く。

キジャは最初から気付いており、アインも同様だったが、全てKK部隊の子ども達に知れ渡らないように口封じを行っていた。

しかし、今回の作戦でこれらは決壊したのだ。

 

「エデンフォールの演説、あれは私を模したアンドロイドだ。私は事件が起こるずっと前から、ガイア一派によってエルズルム軍事基地に幽閉されていた。それほど私に邪魔されたくなかったということです。そして、ミツル君に助けられ、私は即座に反撃の準備を企てようとしました」

 

「俺達を()()して、だろ」

 

「……ええ、その通りです」

 

レンのトゲのような言葉を、クレセントは反することなく受け止める。

利用していたのはクレセントにとっても間違いないからだ。

ガイアの指摘の通り、必要なものと割り切っていた。

 

「全てが全て、ずっと綱渡りのような計画でした。それでも私はガイアを止めたかった。そのためなら私の命程度、惜しくなどなかった!」

 

「そう………」

 

レンは彼を睨みつつも、どこか自分と不思議な親近感を感じてしまった。

どこかでそのような言葉を聞いたことがあったのだ。

 

「俺らに正体を明かさなかったのはなんでだ?何があんたの口を躊躇わせたんだ?」

 

「早すぎると思った。皆さんに動揺を与えないために、タイミングを見て全てをお話するつもりでした」

 

「あんたは俺らに戦争する気があるか覚悟を試した。例え死なない戦争であっても俺らは生死を共にしたはずだ、今回だってそう」

 

クレセントの言葉がやや詰まる、その隙をレンは見逃さない。

KK部隊が発足する時、クレセントは子ども達に頭を下げ、選択を提示した。

この死なない戦争に投じる気はあるか、と。

子ども達がこれに乗っかり、今日までの間、彼らは互いに全信頼を寄せていたのだ。

いつか戦争が終わることを信じて。

いつか真実が知れ渡るのを信じて。

 

「確かにこの事実は衝撃だったが、俺らはずっとそんな得体の知れない事実に直面してきた。あんたの言う『タイミング』とやらは自分を取り繕う盾だ。そうじゃないか?」

 

レンの言葉がクレセントの盾を貫こうとする。

彼は大事な要素を一つ抜かしている、どのタイミングで真実を明かそうとしたのか。

何か、もう一つの何かが彼が真実を告げるのを躊躇わせたのだ。

 

「腹を括れよ。あんたはこんな日がいつか来るとわかっていたはずだ。まさか何の犠牲も無しに、ソルの告げ口も無しに今回の作戦が上手くいったら、次は大統領にまで口封じさせる気だったのか?」

 

「…私は、大統領が戻られたタイミングで告げるべきだと──」

 

「そうだよな、そう言うしかないよな!いよいよ隠しきれる訳ないんだから!都合良すぎるんだよ、真実を先延ばしにしまくっていざ予期せぬタイミングで知られたら、あんたは俺らのためと言うしかない!本当の理由は別にあるってわかりきっているのに!」

 

副大統領がたった一人の子どもを前に、口を噛みしめる他ない。

傍から見ればこれはとんだ越権行為。

しかし彼らにはその権利がある、この戦いの真実を知るために進んできたのだから。

 

「『私の命程度、惜しくない』だって?自分の身が可愛いから、あんたは黙ることを選んだんだろ!俺はあんたのそこに一番腹が立っているんだよ!」

 

「………っ」

 

クレセントはやはり押し黙る他なかった。

彼の言う言葉が全て、図星だったのだ。

出来ることならば、戦争が終わる瞬間まで、あるいは墓場に持ち寄られるまで知られることがないよう願った。

しかし今回の作戦で、ソル・アルマルの言葉によって決壊した。

彼はソルを恨んではいない。

知れ渡ることがないよう願いつつも、腹を括っているつもりではあったのだ。

 

あまりの都合の良さ、レンは彼のそんな狡い部分に憤慨していた。

 

「心配しなくても俺はあんたがした話は信じるし、今更ぶん殴ろうって気はないよ。何せ、副大統領様だからな。互いの利害が今まで反したことはなかったし、事実、ここまで一緒に戦った」

 

「ありがとう、ございます…」

 

「ただその偽善の面を引っ下げて、今後また一緒にあんたと戦いたいと俺らを納得させられるかだ。これからと今後、ちゃんと全てを説明してくれるんだよな?」

 

クレセントはレンの言葉に弱々しくあったものの、彼の言葉に強く頷く。

求められているのは謝罪ではなく、より確かな説明。

既に偽善は剥がされ、クレセント・ミハエルは無防備を晒した。

レンは全てを言い終えると車椅子に戻り、役目を終えたかのように静まる。

KK部隊の隊長として、言うべきを言ったまでだったのだ。

そしてやっと、クレセントからの言葉を待つだけだと思われた。

 

ただ一人、レンの言葉に異議を唱える者はいたが。

 

「待てよ、まだ終われない。というか、終わっちゃいけない」

 

アラン・エルド、レンと選手交代するかのようにクレセントに向き合う。

彼こそが、KK部隊で誰よりも真実を追求していた者だ。

かつての紛争で両親を亡くし、エデンフォールで友を亡くし、不安定にも関わらず戦争に身を投じた。

クレス・ミヘナ、キジャ大佐という確固たる信念や正義を持つ、いわば自分の教師とも言うべき人物の背中を追った。

ミツルという技術面における自身の師匠とも言うべき存在を失った。

アインとの問答で自身の信念と正義が揺らぐのを確かに感じた。

何が正しくて間違いなのか、あれから何度も自分自身の中で問答を繰り返した。

 

そしてこの作戦で、全てが決壊した。

 

「クレスおじさん…いや、クレセント・ミハエル。あなたはこの国の副大統領で、いなきゃいけない存在だ。なのに勝手に幽閉され、いつの間にか自分は世紀の大事件の首謀者扱いになっていた。俺のような青二才が言うべきじゃないけど、きっと…辛かったし、しんどかったんだと思います」

 

「アラン君…」

 

「その上でお聞きします。ガイア一派のコンセプトは『死人が出ないクリーンな戦争』。キラードロイドとLBXを用いて奴らはそれを実行し、結果的には実現した。俺らの故郷やこの国に住まう人の命を代償にね」

 

レンとはまるで異なる、あたかも寄り添ったようなアランの言葉に、クレセントは眉をひそめる。

彼は察している、何故真実を隠したのかとは違う観点からの質疑だと。

 

「副大統領として答えて欲しい。あなたはガイアのやり方を支持しますか?」

 

「どんな形であれ、私は戦争が嫌いです。だから私はガイアのやり方を支持出来ない」

 

()()()()()()()、ガイアがこんなやり方をしたかもしれない。としてもですか?」

 

場にどよめきが走る。

今ここにいるクレセントと、演説に立っていた偽のクレセント及びガイアの思考は対極。

しかしそれでも、アランは今回のクリーンな戦争は、本来はクレセントによって形作られたものかもしれないと指摘する。

過去のパレードの時に、人より熱心に過去の歴史を知っていた彼だったからこそ、生まれてきた指摘だ。

 

「自分の過去を、見て見ぬふりは出来ない。東の大佐だったあなたはかつて、戦争に嫌気が差しながらも無人兵器の開発に注力していた。そして、兵器を西にも流していた。違いますか?」

 

「…その通りです。T国は機械文明に対して他国に引けを取らない。だから私はどうにか、お互いの血が流れないようにしたかった」

 

()()()()()()()()、普通の人ならこう考えるはずですよ。あなたの見解は、戦争そのものは容認しているように思えます。死人が出るか出ないか、たったそれだけ」

 

次はアランが、クレセントの偽善を剥がそうとする。

クレセント・ミハエルとはそもそも東に従軍していた大佐であり、ある時を境に政界へジョブチェンジし、やがて副大統領へ上り詰めた男。

そして無人兵器の積極的な開発指示によって、戦争で流れる血を止めようと試みた。

だが実際に戦争が終わることはなく、やがてクレセントは新たな無人兵器に目を向けることとなった。

 

後にダンボール戦機と呼ばれることになる───LBXだ。

 

他国より遅れてクレセント主導によるLBXの開発競争がT国でスタート。

そのタイミングで、まるで心を入れ替えたかのように、それまで起こっていた紛争が多発することはなくなった。

東西のどちらが先に新たな無人兵器を手にし、優位を取れるかどうか、この差が歴然とされるまでは一旦は停戦という形で幕が閉められたからだ。

それは同時に、「またお前らと戦争をしよう」という予告のようにも見えた。

 

「あなたは自ら中心となってLBXの開発を進めようとし、それすらも戦争の道具にしようとした。これって矛盾してませんか?あなたは確かに今、戦争が嫌いだと言っていたはずなのに」

 

アランは核心を突く。

無人兵器の横流しやLBXの開発を推進したところで、結局それは戦争を無くす行為にはならない。

戦争が嫌いとはっきり告げたクレセントにしては、これは大きな矛盾を孕む行為なのだ。

例え新たな戦争で、死人が出なかったとしても。

 

「このままだと、あなたとガイアはまるで同じ思考なんです。むしろあなたが推し進めたやり方があったからこそ、ガイアのような奴に支持され、利用されてしまったんじゃないんですか?」

 

アランの推理に、クレセントは俯いたまま何も言わなかった。

LBXの開発によってそれまで起こっていた東西の紛争は一旦はなくなった。

皮肉にも後の新兵器となるであろうLBXが戦争を止めたとも言えるし、LBXが存在したからこそ、このような事件が起こったとも言える。

それ故の、悪魔のオモチャ。

 

あたりがしんと静まりかえる。

誰もがクレセントの言葉を待っていた。

しかしたった一人、クレセントの肩をぽんと叩く者がいたのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()。我が盟友、クレセント」

 

「グラン殿……」

 

「もう話しなさい。かつて経験した戦争、こっちの世界に来た理由、君の身に何が起こったのか、その全てを」

 

助け舟を出したのは大統領グラン・カーディアス。

クレセントはしばらく目を瞑り、やがて意を決したかのようにアランの目の前に再び立つ。

そして次にはいついかなる時も、常に肌身離さず着用していた右手袋を外す。

かつてキジャに見せた時と同じように、その右手の甲はドス黒い血で染まりきっていた。

 

「私の思惑。そしてこれからの未来、全てをお話するにはまず長い昔話から始める他なさそうです」

 

「この手…あの演説に立ってた副大統領にはこんな傷なかった…!」

 

アランはその手を見て、唖然とする。

このようなひどい怪我を負うほどの、何かが起こったのだろうと。

それと同時に、これは今この場にいるクレセントが正真正銘本物であることを意味している。

クレセントは手から目を離さず、過去の記憶を追従する。

 

かつて東に従軍していた頃の、()()()()()

 

全てを失い、自らの無力を嘆いたあの日。

 

相反する当時の二つの思惑が螺旋し、選択を迫られたあの日。

 

物語は──十数年も前に遡る。

 

 

 

-終- 第八章 天上の太陽、螺旋の思惑

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