駿川たづなにストリートファイトで勝ったら1000万 作:アリスミラー
「がっ……はっ……」
壁にたたきつけられると、肺から空気が漏れ出る。
腕は悲鳴を上げ、脚は言うことを聞かない。
今追撃に来られれば、間違いなく勝敗は決するだろう。
だが、彼女はそれをしない。
値踏みするように見下ろす。
「そろそろ限界ですか? かまいませんよ。……いつギブアップしても」
立ち上がれば、再び致命の一歩手前のダメージを食らうことになる。その痛み、苦しみを思うと身がすくむ。体が震える。
それでも少女は立ち上がる。
胸に刻んだ『不退転』の決意だけが、折れそうな心を支えていた。
──10分前
『最初に斬りかかったのはグラスさんだあ!!』
グラスワンダーは上段から薙刀を振り下ろす。駿川たづなが紙一重で躱す。
彼女はそのまま一気に距離を詰め、強力なミドルキックを放つ。
(……受け止めたところでダメージは甚大……ならば……)
グラスワンダーはそれを薙刀の柄で受けつつ、体ごと使って受け流す。
そして返しの回し蹴りを放つが、
バシッ!!
駿川たづなは平然と受け止める。
だがそれはグラスワンダーも想定していた。瞬時に距離をとる。
再び薙刀を構える。
「行きますよっ!!」
今度はグラスワンダーから間合いに入っていく。
再び上段からの一撃。だがそれは先ほどとは異なり、細長の弧を描き駿川たづなの足元をめがけて振り下ろされる。
――脛打ち。剣道にはない薙刀ならではの太刀筋。上段から頭や肩口を狙うと見せかけて脛を狙う。初見では躱すのが困難な技だが……
パァン!!
その一撃は空を切り、地面をたたく。
そして初撃を外せば待っているのは近距離戦である。
駿川たづながすさまじい速度で接近する。……だが、グラスワンダーはこれを読んでいた。
「ふっ……!」
薙刀の柄で駿川たづなを殴りつける。さすがの駿川たづなもこれを回避することはできない。両腕でその一撃を受け止める。
グラスワンダーは攻撃の手を緩めない。体重を乗せた
(入った……!)
この勝負始まって以来のクリーンヒット。だが、
「……軽い」
駿川たづなはそれを受けて、何事もなかったように鋭いローキックを放つ。体重を乗せていた左足を払われ、グラスワンダーはたまらず転倒する。そこへ、
「終わりですね」
容赦のない踏みつけ。まともに当たれば骨が砕けるほどの一撃。
だがこれをグラスワンダーは超人的な反射神経で躱す。
何とか再び距離をとり、薙刀の間合いに戻した。
「今のを躱すとは……。すばらしい。稽古をつけてあげましょう」
踏みつけは当たると思っていたようで、駿川たづなが感心した表情を見せる。
「せっかくですが、お断りさせていただきます♪」
だが、グラスワンダーはいつもと変わらぬ笑顔でそう答えるのだった。
『これはすごい!! 両者一歩も譲りません! のっけからバチバチだあ!!』
すごいものを見たと大興奮のアグネスデジタル。それに対してアグネスタキオンは怪しげに微笑っている。
『いや、いきなりレベルの高い攻防だね。グラス君はよく頑張っているよ』
『見たところ両者の実力は互角! どちらが勝つかわかりませんね!』
『くくく。……それはどうかな?』
意味深なアグネスタキオンの言葉に首をかしげるアグネスデジタル。
それについて尋ねようとしたところで、グラスワンダーが再び斬りつける。
とりあえず疑問は胸にしまって実況に戻るのだった。
──そして時刻は現在に戻る。
「がっ……はっ……」
「そろそろ限界ですか? かまいませんよ。……いつギブアップしても」
序盤こそ互角の戦いを演じていた両者。しかし徐々に均衡が崩れていく。
10分も過ぎた頃、そこには全身痣だらけで満身創痍のグラスワンダーと、ほぼ無傷に近い駿川たづながいた。
ここで終わるわけにはいかない。グラスワンダーは足に気合をこめ、なんとか立ち上がる。
「まだ、やりますか?」
駿川たづなは散歩でもするように軽やかにグラスワンダーの間合いに入り込む。瞬間、
「あああ!!」
グラスワンダーの横薙ぎの一閃。体はボロボロでもその疾さは衰えない。
だが、駿川たづなはそれをいとも簡単に躱し、強烈な蹴りを放つ。
なんとか直撃は避けるもののガードした両腕がきしむ。
距離をとろうとバックステップしたところに強烈なアクセルキック。すでに満身創痍のグラスワンダーがこれを受け止められるはずもなく、蹴鞠のように転がされる。
「あなたが望む限り、いくらでも付き合いましょう。さあ、立ちなさい」
「…………」
グラスワンダーは、息一つ切らしていない駿川たづなを見上げることしかできなかった。
『くく。私の言った通りだっただろう。この勝負、グラス君の勝ち目はほぼないよ』
アグネスタキオンは遅かれ早かれこの展開になることを予期していた。むしろここまでよく戦っている方だと考えている。
『いいかい。たづなさんの戦い方は一貫している。初撃を躱す。距離を詰める。攻撃する。これだけだ。懐に入ってしまえばあとは素手の戦闘と変わらない。純粋に筋力に優れるたづなさんが有利なのは当然じゃないか?』
アグネスタキオンの言っていることは至極当たり前のことである。だが、それは当たり前ではない前提の上で成り立っている。
『それはそうかもしれませんが……そもそも前提がおかしいんですよ。どうしてたづなさんはグラスさんの初撃を確実に躱せるんですか? 素人目に見てもグラスさんの攻撃はとてつもなく鋭いものに見えるのですが……』
『ふふふ。それはたづなさん自身の能力、いわば
圧倒的な力を持つ駿川たづなの攻撃をしのぎ続けるだけの戦いの中で、グラスワンダーもまたそれに気づいていた。
(間違いない……。たづなさんには一瞬だけ『集中力』を、いや『
これこそが駿川たづながグラスワンダーの初撃をすべて回避してきた秘密だった。
純粋な身体能力で駿川たづなに大きく劣るグラスワンダーが有利に戦えるのは、薙刀を一方的に振れる遠い距離設定の時だけである。
だが『コンセントレーション』によって初撃を躱され、不利な近距離戦をせざるをえなかったのだ。
(……撃ち合っても勝てない。一撃で仕留める……。……そのためには……)
何度でも切りかかる。そのたびに致命の一歩手前のダメージを与えられる。そして一呼吸置くと再び戦闘が始まる。
この絶望的な状況でグラスワンダーは活路を探し続けていた。
(わかっていても躱すことのできない攻撃、これしかない)
薙刀を握り直し、壁にもたれかかりながらなんとか立ち上がる。
(……策はある。タイミングも計ってきた……。勝つんだ……!)
グラスワンダーが構えを変える。
正対していた体を半身にし、体の側面を相手に向ける。
体勢を低くし、竹刀の切っ先を相手の顔面に合わせる。
『おっと……グラスさんの構えが少し変わったように見えます。これは一体どういうことでしょうか?』
『なるほど、面白いかもしれないね。あの構えは──』
「槍術、ですね」
それは槍術の構えだった。
振り下ろしや薙ぎ払いが基本となる薙刀術と比べて、より突きに特化した武術である。
(長物において突きは最速の攻撃。『コンセントレーション』の反応速度を超えるのが狙いでしょうか)
駿川たづなは瞬時にその構えの狙いを洞察する。そして、
(……少々がっかりですね)
ため息をついた。
(構えを見ればわかります。多少は覚えがあるのでしょうが、あなたの槍術は薙刀に比べれば児戯に等しい。それで私をとらえるのは不可能です)
突きは躱すのが難しい一方、当てるのも難しい技である。中途半端な技量でやるべき技ではない。だが、駿川たづながグラスワンダーに落胆したのはそれ以上に次の理由が大きかった。
(何よりあなたにとって薙刀は魂も同じのはず。それを土壇場で捨てるようでは……武闘家として未来はありません)
窮地でこそ人間の本質が現れる。
ここまで何度倒れても戦い続けるグラスワンダーを好ましく思い、胸を貸してきた駿川たづな。
だがグラスワンダーが薙刀術を捨て槍術での玉砕を選択した時、彼女に対する興味を完全に失ったのだった。
(もうあなたは折れたのですよ。……次で決めてあげます)
そのまま無防備にグラスワンダーのほうへ歩を進める。そしてあっさりとその間合いに入った瞬間、
「やあ!」
グラスワンダーの突きが駿川たづなの腰に向けて放たれる。体をひねって躱すことのできない一撃。だが、
「……甘い」
駿川たづなはそれを避けるまでもないとばかりに蹴り飛ばす。グラスワンダーの竹刀の持つ両手は上に弾かれ、がら空きの脇腹がさらされる。そして、
「痛いですよ」
「……ッ……!」
そのまま体重を乗せた前蹴りがグラスワンダーの脇腹に突き刺さる――
「……なっ……」
──はずだった。
前蹴りがグラスワンダーの脇腹をとらえたと思われた瞬間、
(……しまった……槍術の構えの意味は……!!)
蹴りが外れたことによって、駿川たづなの体勢が崩れる。そこから立て直すのにかかった時間は0.1秒にも満たない。
……
「はあっっ!!」
グラスワンダーの竹刀が駿川たづなの脳天を完璧にとらえる。
駿川たづなは地に伏す。
グラスワンダーは静かにそれを見下ろすのだった。
気づいたら1話と全く雰囲気変わってて草。
あ、コンセントレーションはアプリでたづなさんがくれる金スキルです。
教えてくれるということはきっと使えるに違いない。