駿川たづなにストリートファイトで勝ったら1000万   作:アリスミラー

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グラスワンダー②

『ここでグラスさんの薙刀がついに炸裂!! たづなさん失神かー!?』

『完全に意識が飛んだね。グラス君の勝利かな?』

 

 一撃必倒。まさかの逆転劇に興奮を隠せないアグネスデジタル。

 アグネスタキオンもまたグラスワンダーの考えた策、そしてそれを土壇場で成功させた勝負度胸に感心しているようだった。

 

『それにしてもたづなさんの前蹴りはまるでグラスさんの体をすり抜けたように見えました! あれは一体何だったのでしょうか?』

『ああ、あれはね──』

 

 

 グラスワンダーが倒れている駿川たづなを見つめる。

 彼女もまた満身創痍であり、薙刀に寄りかかって立っているのが精一杯であった。

 また勝利した安堵感から脳内麻薬は切れ、全身を激しい痛みが支配していた。

 

(危なかった……)

 

 全身全霊で放った一打。これは槍術の構えをした時から、いや袴で戦うことを決めたところから始まっていた。

 

 

『グラス君は()()()前蹴りの軌道を変えたんだ』

『尻尾、ですか?』

『くくく。順を追って説明していこうか』

 

 アグネスタキオンが説明を始める。

 

『彼女は槍術の構え、すなわち腰を落として体を半身にした。これは突き技のためじゃなかったんだ』

『あの構えに他の意味があったんですか?』

 

『まずグラス君は腰を落としながら、尻尾を脇腹のあたりに巻き付けたんだ。でもたづなさんはそれに気づくことはできかった』

 

 これはグラスワンダーが袴をはいており、かつ腰を落としたからだ。外から見ても袴に隠され尻尾が動いたことはわからなかった。

 

『そして半身にしたのは、正対していた時に比べてずらさなければいけない軌道を大きく減らすためだ』

 

 小柄で細身のグラスワンダーが半身の姿勢をとった。これならば蹴りの軌道を少し曲げることができれば、直撃を避けることができる。

 

『そこまで準備したうえで、まず突きをあえて弾かせて脇腹をさらし攻撃を誘導する。そして飛んできた前蹴りの軌道を尻尾で弾いてずらし、直撃を避けたんだ』

 

 その結果蹴りは空振りとなり、駿川たづなの体勢を崩すことに成功した。

 

 と、ここでアグネスデジタルによるつっこみが入る。

 

『いやいやおかしいでしょう。尻尾であの蹴りをずらす……? そんなことできるんですか? グラスさんが体ごと吹き飛ばされる威力ですよ……?』

『やってできないことはないんじゃないかな? 打撃を受けるのとずらすので必要な要素は全く違う。ずらすのに力はいらない。側面を正確に、かつ的確なタイミングでたたいてやればいいんだ』

 

 だが、これでも彼女は納得していない。

 

『ええ……。私、一応同じウマ娘ですが、そんなのできる気が……』

『くくく。君には無理だろうね。無論私にも。だが彼女ならできる。君は知ってるんじゃないかい?』

『グラスさんなら?』

 

 アグネスデジタルが少し考える。彼女の頭にはあらゆるウマ娘のデータが入っている。……答えは出たようだ。

 

『ああ、そうか! グラスさんの『プロフィール』の『尻尾のこと』の項ですね!』

『さすがだね。『ウママニア』の面目躍如、と言ったところかな?』

 

 

(それにしても……なにが役に立つかわかりませんね……)

 

 グラスワンダーが尻尾を撫でる。必殺の一撃を受け流したそれは力なく垂れさがっている。

 ウマ娘に限らず尻尾というのは筋肉の塊である。神経も通っており自在に操ることができる。

 中でも彼女は『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。尻尾の動作には他のウマ娘に比べて一日の長があるのだ。

 来るのが分かっていたとはいえ、駿川たづなの攻撃を尻尾でずらすことができるのはのは彼女だけだろう。これは駿川たづなの発想の外にあるものであり、結果として裏をかくことができたのだった。

 

 

『なるほど! これが今の攻防の全容ですね!』

『ふふ。それは違うよ。勝負を分けたのはグラス君自身の力、さ』

 

 上記すべてをこなしてもできた隙はコンマ1秒に満たない。それは一歩間違えれば敗北に飲まれる種々の選択を乗り越えて得た刹那のチャンス。

 だが、彼女にとっては十分だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを正確に、かつ峻烈に振り下ろしたのさ』

 

 駿川たづなはグラスワンダーが薙刀術を捨てたと考えた。それは全くの間違いである。むしろ彼女は自分の力を、そして薙刀を信じたからこそ、この作戦を決行することができたのだった。

 

 

 ――勝負は決した。この場の誰もがそう思っていた。

 

(それにしても誰も来ませんね。保険の係の人は何をやっているんでしょう? ……呼びに行きますか)

 

 グラスワンダーがそう考えながら後ろを向く。……その時背後から感じる大いなる気配。

 

 

 

「どこに行くのですか? ……まだ終わっていませんよ?」

 

 

 

 それは駿()()()()()のものだった。彼女は何事もなかったように立ち上がる。

 

「いつとどめを刺しに来るか、試していました。存外甘いのですね」

「……っ!」

 

 渾身の一撃が入ったはずだった。確かに意識を断ち切ったはずだった。

 グラスワンダーは驚きを隠せない。

 

「……倒れたのは演技だったのですか?」

「いえ、確かに私の意識は飛んでいました。まあ数秒後には目は覚めていましたけどね。ですがその時に本気の追撃をしていればあなたは勝っていた」

 

「……」

 

「しかもあろうことか仕合終了のアナウンスがされる前にも関わらず倒れている私を放置するとは。おかげですっかり回復してしまいました」

 

「…………」

 

「さあ構えなさい」

 

 

 

 グラスワンダーが薙刀を構えなおす。

 

(毎日、鍛錬は欠かさなかった)

 

 薙刀を振り下ろす。それはいとも簡単に躱される。

 

(勝つための準備をした。策も練った)

 

 飛んでくる横薙ぎのミドルキック。尻尾はもう言うことを聞かない。胴にクリーンヒットする。

 

(それでも、全くかなわなかった)

 

 何とか受け身をとる。

 

(私はまだまだ……)

 

 こめかみを狙ってくる回し蹴り。

 執念で躱す。頭の上を突風が吹く。

 

 

 

(私はまだまだ……強くなれる!!)

 

 

 

 顔を上げて駿川たづなの顔を見る。

 最後の一撃を叩き込むために。

 ──そこでグラスワンダーの意識は途切れた。

 

「私に拳を使わせましたね……この右手の分だけ、あなたの勝ちです」

 

 グラスワンダーの顎は駿川たづなのバックハンドブローによって撃ち抜かれた。

 

 これがこの戦いで駿川たづなが使う初めての脚以外での攻撃だった。




 おかしいな、なんだこの理屈っぽいバトルは……?
 
 グラスちゃんの尻尾の設定はおもしろくて本当に好きなんですけど、まさかこんなSSで使うことになるとは思いませんでした。
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