駿川たづなにストリートファイトで勝ったら1000万 作:アリスミラー
駿川たづなは次なる相手を求めて、1階空き教室へ向かう。
相手はどちらでもよかった。空き教室に向かったのは、単に近くにあったからだ。
「ようやく来たか……随分とてこずっていたようだな」
待っていたのは、『シャドーロールの怪物』ナリタブライアンであった。
「ええ。彼女は強かった。実に楽しい時間でした。……あなたはどうでしょうか?」
「……愉しませてやるさ。3試合目の分まで、な。……次はないんだから」
「ふふふ。威勢が良いのはいいことですよ♪」
「行くぞ!!」
ナリタブライアンが地面を蹴る。床がへこむほどのすさまじい踏み込み。
その勢いを乗せた右のフルスイング。
肉と骨がぶつかる鈍い音が響き渡る。
……倒れたのはナリタブライアンだった。
「うかつすぎますね……暇つぶしにもなりません」
クロスカウンター。凄まじい力のすべてがパンチを放ったナリタブライアンに返ってくる。
(やれやれ……。次へ行きますか)
駿川たづなが振り向いた瞬間。
……脚にとてつもない衝撃。視界が反転する。
(脚を払われた……!? いや、そんなことより……まずい!!)
全身を使ってその場から飛びのく。
バコン!!
さっきまで頭があった位置を拳が通過する。
すぐに立ち上がり距離をとる。
「仕合終了のアナウンスがあるまで油断大敵、だろう?」
「……ええ。そうでした。グラスさんのことを言えませんね」
『たづなさん間一髪で躱した!! いきなり危ない!』
『くくく。ブライアン君はパンチなんて受けてないみたいな顔してるねえ。とんでもない打たれ強さだよ』
駿川たづなは改めてナリタブライアンを見据える。その表情から感情の変化は読み取れない。
だがその実、彼女は冷静を装いながら、湧き上がってくる高揚感を抑えきれずにいた。
……ナリタブライアンの見せた能力の高さに胸躍らされたのだ。
完璧に入ったクロスカウンターを耐えたその
そして何より……
「……よっと」
ナリタブライアンが
殴りつけた部分は拳と同じ大きさの穴が開いていた。
(ふふふ。本当にすばらしいですね♪)
ナリタブライアンの地を砕くほどの
楽しい殴り合いができそうだ。そう思うとわくわくするのだった。
『さて、ここからブライアン君がどう戦うのか。見ものだねえ』
『……と言いますと?』
『さっきと同じような戦い方をしていると勝ち目はないが……おっとどうやらそうでもないらしい』
アグネスタキオンの言う通り、ナリタブライアンの戦い方は大きく変化した。
ガードを高く上げてじりじりと近づいていく。
先ほどとは打って変わって慎重な戦い方。
(……どうやら気づいたようですね)
駿川たづなの洞察は正しい。
ナリタブライアンはモニター越しに見ていたグラスワンダーとの戦闘。そして先ほど食らったカウンターを通して、『コンセントレーション』の存在におぼろげながら気づいていた。
(大振りの打撃、特に初撃は危ない。乱打戦に持ち込んでやる)
狭い教室。少しずつ壁際に駿川たづなを追い詰める。
が、ここで駿川たづなが仕掛ける。
「ふっ!」
駿川たづながパンチを放つ。鋭いジャブがガードの隙間を縫って鼻先に入る。
またも駿川たづながパンチを放つ。鋭いジャブがガードの隙間を縫って頬に入る。
またもパンチを放つ。さらに次も、その次も、次の次も……
『おおっとたづなさん! 目にもとまらぬ連打!! ブライアンさんのガードをすり抜け着実にダメージが重なる!!』
閃光のような打撃の連打。ナリタブライアンは全く手が出せない……
わけではなかった。
(この程度の打撃、何発もらったところで問題はない)
彼女は耐えてチャンスを待つ。
類まれな打たれ強さに任せた強引な戦法。
だが彼女にはそれができる。
それができるだけの才能がある。
そしてその時が訪れた。
ナリタブライアンがガードを緩める。それを見て、駿川たづなが大きく踏み込む。
渾身の右フック。
ガードごと吹き飛ばすような一撃。
……ナリタブライアンはそれに対して
「はああああ!」
撃ち返す。二人の拳が交差する。狙いすましたカウンターなどではない。不器用な相打ち。両者身体がふらつく。
(……なるほど。それが狙いですか。いいでしょう……!)
駿川たづな再び大きく振りかぶると、全力で拳を振るう。
それに合わせるようにナリタブライアンもまた撃ち返す。
ドンッッ!!
交通事故のような凄まじい衝撃。
教室が揺れる。
だが二人は倒れない。
再び拳を構え、振り抜く。
これが何度も何度も繰り返される。
『凄まじい撃ち合いだああ!! 轟音が響き渡ります!!』
『くくく。面白いね。これがブライアン君なりの『コンセントレーション』対策ということか』
ナリタブライアンは駿川たづなの攻撃を見てから、殴り返している。自分もパンチを食らう代わりに、相手も躱せないタイミングで撃ち返している。
これならば『コンセントレーション』による超集中状態でも関係なく拳が当たる。
加えて、『コンセントレーション』は乱発はできない。一度使用したあと、一呼吸置く必要がある。乱打戦が続く限り、2度目の使用はできないのだ。
凄まじい打ち合い。
だが両者一歩も譲らないと思われたそれは、突然に終わりを告げる。
「がはっ……」
駿川たづなの拳を受けて、ナリタブライアンの膝が落ちる。
殴り返そうとしていた拳が止まる。
(ここまでですね……)
駿川たづなの追撃の右ストレート。
ナリタブライアンはガードできない。顔面に直撃し、背中から倒れたのだった。
『壮絶な撃ち合いがとうとう終わりを告げる!! 勝ったのはたづなさんだあ!』
『くくく。惜しかったねえ。2人のパワーは同等に見える。決め手は打たれ強さかな。……打たれ強さにも種類があるんだ』
打たれ強いとはどういうことか。
まず1つは筋肉がクッションとして優れていることである。相手からの攻撃に対して負荷がかかる部位の筋肉に瞬時に力を入れると、筋肉が衝撃を吸収し体へのダメージを半減する。柔軟で粘り強い筋肉を持つナリタブライアンはこれに優れる。
対してもう1つは、被弾の仕方に優れることである。打撃というのはほんの少しインパクトの瞬間の当たり方一つで、ダメージが全く変わってくる。グラスワンダーが大きく筋肉量に劣る中で、致命傷を避けて戦い続けられたのはこの能力に優れていたからである。
実のところ駿川たづなの筋肉のクッション力は、ナリタブライアンの天性の吸収力に劣る。だが彼女には幾多の戦いの中で培われた達人級の被弾技術がある。その差が結果に表れたのだ。
「まだまだ……」
ナリタブライアンが立ち上がって、拳を構える。
だが、駿川たづなは構えない。もう戦う気はないようだ。
「……楽しい殴り合いでした。ですが、もういいでしょう? あなたは私に勝てません」
駿川たづなは煽りやハッタリではなく本気でそう言う。
本気で言っているのが分かるからこそ、ナリタブライアンは怒りが抑えきれない。
「ほざけっ!!」
右を構えて突っ込む。
だが、同じ轍はふまない。
左手でカウンターを警戒しつつ、思い切り右を振る。
それに合わせて、駿川たづなが左拳を突き出す。
(相打ち狙いか……!?)
相打ちは望むところだとばかりにそのまま右を振り切ろうとするが……
バキン……!
骨の砕ける音が響き渡る。
「ぐあああああ……!!」
駿川たづなの左の拳と、ナリタブライアンの右の拳が中央でぶつかり合う。
砕けたのはナリタブライアンの拳だった。
『ひゃああ!! い、今の音って……?』
『拳が砕けたね。いや、砕きに行ったというべきか』
『ええ!? 今のは偶然じゃないんですか?』
『いいや。今のは半ば必然、さ』
アグネスタキオンの言う通り、それは必然の現象であった。
相手の顔面を狙ったナリタブライアンと、最初から拳に合わせるつもりだった駿川たづな。
上向きの拳と直進する拳がぶつかり合う。
その結果、駿川たづなの打撃部とナリタブライアンのやわな指の部分が衝突した。
ナリタブライアンの拳は完全に砕けたのだった。
「諦めなさい。さもなくば、次は左をもらいますよ?」
これはハッタリではない。『コンセントレーション』によって正確に拳を合わせられる以上、駿川たづなにとって拳を砕くのは造作もない。
(……勝てない)
ナリタブライアンはそう思った。
それは弱気ではない。冷静な判断だった。
右拳が破壊されたことの意味は大きい。もうこの戦いで相手を殴ることはおろか、つかむこともできない。
その事実はナリタブライアンに敗北を確信させた。
ナリタブライアンが口を開く。
最後に聞いておきたいことがあったのだ。
「なあ……たづなさん。あんた昔の喧嘩の時もこういう忠告をしてたのか?」
駿川たづなはその質問に考えるでもなく平然と答える。
「まさか? 相手が動けなくなるまで壊しますよ。でないと今度は私が危険ですから」
やはりそうか。ナリタブライアンは自嘲するように笑う。
真剣勝負だと思っていたのは自分だけだったのだ。
所詮駿川たづなにとっては、こっちを気遣いながら戦う『企画』でしかなかった。
「でも、あなたは私の大事な生徒です。降参も認めますし忠告もします。あなたの右手も今なら安心院さんが治してくれますよ!」
駿川たづなは『いつもの』優しい笑顔でそう言った。だが、これは最後通告である。これ以上やるのなら壊すことをためらわない。そう言っている。
「そうか……。そうだよな」
降参しよう。今すぐ治療してもらえば、この右手もきっと治る。
ギブアップ、その言葉がのどまで出かかったところで──
……待て……。
ナリタブライアンの頭に閃きが走る。
ナリタブライアンが下を向く。
その表情は誰にも見えない。
ある者は悔しくて泣いている、と思っただろう。またある者は自分への怒りを抑えている、と思っただろう。
だが、そのどれでもなかった。
彼女は──笑っていた。獰猛に、凄絶に。
駿川たづなの言葉にヒントはあった。
……そこをつく。
ナリタブライアンは再び拳を構えるのだった。
勝つためになりふり構わない戦い方をしたり、策を練ったりするお話が好きです。
今度、レースを題材にそういうの書きたいなあ。
なんか奇策考えたろ(無理)。