駿川たづなにストリートファイトで勝ったら1000万 作:アリスミラー
──食堂。
モニターの前で葦毛のウマ娘が座っている。そこにはこれまでの戦いが映し出される。
そのあまりの熾烈さに彼女は思わず大好きなにんじんハンバーグを食べるのも忘れて見入ってしまった……のは一瞬でまたもぐもぐと食べ始める。
一瞬の駆け引きと土壇場での勝負度胸で相手を追い詰めたグラスワンダー。
傷つくことをためらわない覚悟をもって勝利をもぎ取ろうとしたナリタブライアン。
たくさんにんじんを食べたいという理由だけでこの死闘に首を突っ込んだ彼女に一体何ができるのだろうか?
……少なくとも彼女の中で答えは出ているようだ。
(……おいしい)
待っている間暇だろうと食堂のおばちゃんが作ってくれたにんじんハンバーグ。それをおいしく食べる。大量にあったそれが全部なくなったところで、
「お待たせしました。あなたで最後です」
食堂に響く嫋やかな声。
駿川たづな。ここまで2人の『怪物』を屠ってきた生ける伝説。
3連戦だというのに、その顔からは全く疲れは見られない。
芦毛のウマ娘──オグリキャップは両手を合わせて、小さくごちそうさまでしたと呟く。
そして駿川たづなに向き合った。
『とうとう最後の戦いが始まりますね……!』
『ああ、オグリ君ならきっとやってくれるさ』
勝負の前の独特な空気感。オグリキャップがぽつぽつと話しかける。
「ずっとモニターで見てました。あなたは強い」
「ふふふ。そうですね。私は強い。……誰よりも」
自分を卑下することは今まで戦ってきたすべての相手を否定することである。
臆面もなく自分のことを強いと言い切った駿川たづな。
それは『最強』と認められた者の責務なのかもしれない。
「あなたは力でグラスを、速さでブライアンを大きく上回っていた。二人は最後までその差を埋めきれずに敗北した」
「ええ……。あの二人は本当によく頑張りました。それでも私には届かなかった。あなたはどうするのですか?」
1人は信念で、1人は執念で、『最強』たる自分に牙を向いてきた。
目の前の少女は一体何を見せてくれるのか。
それは驚くほどに単純で、それ故か出会ったことのない答えだった。
「……私はあなたよりも疾く、強い」
オグリキャップはそう言うと、下を向いて目を閉じる。
空気が変わる。隠しきれない闘気がほとばしる。
(……これは……まさか……!?)
瞬間、
「……!」
他の誰もオグリキャップを捉えられない中、唯一駿川たづなだけが反応した。
真横からから放った拳を間一髪で躱す。
(くっ……! 『コンセントレーション』を使っても躱すのが精一杯か……)
だがその後もオグリキャップの攻撃は止まらない。
暴風雨のような連打。
駿川たづなは亀になって耐えるしかない。
だがガードは吹き飛ばされ、とうとう顔面にパンチがヒットする。
「がっ…はあっ……」
駿川たづなの平衡感覚が失われる。
強力な一撃。
このまま攻撃し続ければ致命的なダメージを与えられる、そう思われたところでオグリキャップが連打をやめ大きく距離を取る。
「はあー……はあー……」
どうやら『一息』入れているようだった。
『オグリさん強い! 強すぎる!! たづなさんを圧倒しています!!』
ここまで一度たりとも見せなかった駿川たづなの守勢。
大番狂わせの予感にアグネスデジタルは興奮を隠せない。
そしてアグネスタキオンもまた驚いていた。
『……あれは『
『
『恐ろしいよ……オグリ君はレース中でもないのに自分の意思で『領域』に入った。並の才能じゃない……やはり怪物、といったところか』
『す、すごいですね! とうとうたづなさんの最強伝説に幕が下りるのか──!?』
『いや……そう簡単な話でもないよ』
アグネスタキオンが頭を振る。そう、『領域』には制限があるのだ。
『私の研究によれば、オグリ君の『領域』は『残り200m地点で前の方にいると道を開いてすごく抜け出しやすくなる』というものだ。つまり、効果が続くのは200mの間のみ。オグリ君のラストスパートが時速70㎞として、その持続時間は……』
(……およそ10秒、と言ったところですか)
駿川たづなは攻撃を受けながら、オグリキャップの『領域』について分析していた。
持続時間は平均程度。だが発動条件を満たしていない不完全なものにも関わらず、出力はかなり高い。
撃ち合うのは危険である。
であれば『領域』が解け、再び『領域』を発動するまでのクールタイムを狙う、というのが戦略として最適解に見える。
だが、それで本当に勝ったと言えるのか……?
(……仕方がありませんね。私も本気を出しましょう)
駿川たづなが構える。
オグリキャップもまた『領域』の準備が整ったようだ。
「これが……私の……全力だっ!!」
オグリキャップがすさまじい速度で接近する。
その勢いを乗せた渾身の拳が炸裂す──
バンッ!!
否。駿川たづなは平然と受け止める。
「……なっ!!」
オグリキャップを蹴り飛ばす。先ほどまでとは段違いの威力。
(……くっ!!)
何とか受け身をとり、前を向くが駿川たづなはすでにそこにはいない。
「こちらです」
後ろから声が聞こえる。
振り向く間もなく、後頭部を蹴り飛ばされる。
そして……
(……まずい。『領域』が切れた……)
なんとか距離をとろうとするが、それ以上の速さで駿川たづなは追撃に来る。
もはやできることはガードを固めるのみ。
先ほどとは逆の展開。
そこからおよそ10秒の間殴られ続け、ようやくラッシュが終わった。
なんとか駿川たづなの猛攻を耐えたオグリキャップが口を開く。
「……今のは……?」
オグリキャップを超える急激な身体能力上昇。これはもう一つしかない。
「ええ。『領域』です。自在に使えるのがあなただけだと思いましたか?」
『……これは驚いた。たづなさんまで『領域』を操れるとは……。しかも出力も持続時間もオグリ君の上を行っている』
『そ、そんな……』
『領域』はオグリキャップの切り札だった。『領域』を発動し、その身体能力の差を活かして押し切る算段だった。だが、相手も『領域』を使ってくるというのなら話は変わってくる。
「さあ、どうしますか?」
駿川たづなが問いかける。オグリキャップの準備が整うまで待っている。
彼女は期待しているのだ。オグリキャップの底力に。
ここまで2人の『怪物』も追い詰められた状況でこそ、常軌を逸した勝ち筋を通しにきた。
……さあ、お前の『牙』を見せてくれ。
オグリキャップは駿川たづなをにらみつける。そのまま傍らにあるバッグに視線を移す。
ごそごそとバッグをあさると……
「いただきます」
にんじんを食べ始めた。
『オグリさんなんということだあ!! この緊迫した場面でも食欲を優先します!! さすが『食いしん坊』!』
『うーん『栄養補給』、か。私には理解できないが、彼女にとってはルーティーンか何かなのかな?』
(やはり面白い子ですね。ちょっと待っててあげますか)
駿川たづなが待っていた時間はわずか30秒ほどだったが、その間にオグリキャップはにんじんを5本完食する。
そして、
「ごちそうさまでした」
オグリキャップがそう言った瞬間、待っていたとばかりに駿川たづなが禍々しいオーラを放つ。
オグリキャップもまたそれに呼応するように闘気を放出する。
互いに『領域』発動。
熾烈な戦いが、再び始まる……!
いや、それはもはや戦いではなかった。
一方が一方を封殺し蹂躙するだけの行為。
駿川たづなは全てにおいて、オグリキャップを上回っていた。
彼女の『領域』の持続時間はおよそ20秒。
20秒後、オグリキャップはボロ雑巾のように横たわっていた。
「少々やりすぎてしまいましたか?」
無慈悲な、残酷な力の差がそこにはあった。
見ている者にもそれがどうしようもないものだとわかってしまうほどに。
『……オグリさん…………』
『……これは厳しいね』
だが、それを1番理解しているであろう彼女の眼は死んでいない。
「……まだだ……」
オグリキャップは立ち上がった。
全身を痛みが支配し、呼吸をするのも苦しい。
それでも戦おうとする彼女に、悲しいかな勝算があるようには見えない。
『深呼吸』をしてなんとか息を整える。
「私は……にんじんがいっぱい食べたかっただけなんだ。こんなに痛い思いをするくらいなら、やらなければよかったって思わなくもない」
それは彼女の本音だった。今彼女は後悔している。
「でも全部出しきらずに負けるのは、いやだなって」
だが内から湧き上がる力が、このまま終わることを許さない。
「……あなたにまだできることがあるのですか?」
大きく大きく『深呼吸』する。
「みんなが作ってくれたこの勝負服を着ている以上、途中で諦めちゃいけないと思う」
クリスマスの勝負服が揺れる。
オグリキャップの纏う空気が変わる。
こういう時の彼女はいつだって『
「これが最後だ。私は……負けない!!」
この後、駿川たづなは『
to be continued
え~今回は漫画およびアプリの設定がめっちゃ多いです。
『領域(ゾーン)』というのは、漫画版のシンデレラグレイに出てきた設定で、アプリ版の『固有スキル』のことです。
おそらく次回もそれなりに「スキル」とか「領域」とか出てくると思いますが、雰囲気で読んでいただけたらと思います。
能力バトルみたいになってて草とか言わないでください。
いや能力バトルみたいになってて草。