駿川たづなにストリートファイトで勝ったら1000万 作:アリスミラー
初めは小さな違和感だった。
⦅最初に『領域』を発動した時。今思えばあれは相当なチャンスだった。なぜ『領域』が切れたからと言ってわざわざ『一息』入れる必要があったんだ? ⦆
その次の違和感は、“彼女”だから、という理由で見逃された。
⦅2度目の『領域』が発動した後。あの場面で『栄養補給』をする必然性はあったのか? たづなさんが待ってくれるとは限らないんだぞ? ⦆
最後のそれはもはや違和感では片付けられない、理解不能なことだった。
⦅3度目の『領域』が終わった時。君に勝ち目がないことは君が一番わかってたはずだ。『深呼吸』なんてするなよ。降参すればいいじゃないか⦆
アグネスタキオンが感じた違和感。そのすべては、目の前で起こる『奇跡』につながっていた。
『オグリさんここで奇跡の復活!! たづなさんを圧倒する!!」
『信じられない……
先ほどまで好きなように蹴られ殴られ、もはや虫の息だったオグリキャップ。
そんな彼女が今……『伝説』を破ろうとしている。
「はあああああああ!!!!」
左左右左右左右右左右右左右左…………
連打が止まらない。
それどころか回転数は目に見えて上がっていく。
それは『領域』状態の駿川たづなでさえ処理困難な速度と威力に達していた。
そして……
『ここで10秒経過!! ですがオグリさんの勢いは衰えません!!!』
『領域』持続時間の10秒を過ぎてなお、彼女は攻撃の手を緩めない。勢いは増していく。
そしてそれはアグネスタキオンに何が起きているかを気づかせる。
『くくく……そうか、そういうことだったのか』
『? どうしたんですか? タキオンさん』
アグネスタキオンが笑う。
『いやね……私としたことが失念していたよ。……彼女のもう1つの『領域』について、ね』
『……もう一つの『領域』……?』
『オグリ君の『領域』は
『領域』。才気溢れるウマ娘の個性そのもの。
では、1人のウマ娘に与えられる『領域』は1つだけなのだろうか。
答えは否である。
『『領域』とは限界を超えることでたどり着く境地だ。逆に言えばどんな方法であっても、限界を超えることができれば、それが『領域』であると言える』
したがってウマ娘によってはレースの状況、精神状態、ライバルとの駆け引きなど、偶発的な要素が重なり合った結果、異なる領域に到達することがある。彼女らはその時の状況を「発動条件」として落とし込み、『領域』として使いこなしていくのだ。
『彼女の第2の『領域』、“聖夜のミラクルラン”は爆発的な能力上昇をもたらす。だがその代償として少々厳しい発動条件がある』
基本的に『領域』の発動条件はレース展開に左右される。例えば『前で競り合う』、『外から抜かす』といったものがこれにあたる。発動のしやすさ、しづらさに差はあるもののあくまで偶発的な要素が鍵となってくる。
だが、オグリキャップの第2の『領域』の発動条件はこれらのものとは一線を画す。
『“聖夜のミラクルラン”の発動条件は『持久力を3回以上回復する』ことだ。『領域』発動のために、異なるスキルを発動させなきゃいけない。それも三度もだ』
“聖夜のミラクルラン”が偶々発動することはない。あくまで自分の力のみでその条件を満たす必要がある。これが他の『領域』と大きく違うところであり、発動が難しい要因となっている。
『で、ですが、オグリさんは条件を踏み倒して『領域』を発動できるはずです。1つ目の『領域』の時だってそうだったじゃないですか』
アグネスデジタルの言う通り、オグリキャップはこの勝負の前半、発動条件を無視して第一の『領域』、“勝利の鼓動”を使用していた。それを使って駿川たづなになんとか食らいついてきた。
だが、“聖夜のミラクルラン”の場合話は変わってくるとアグネスタキオンは考える。
『いや……発動条件を満たさないということは必要な代償を払わないということだ。その分出力は減少する。“勝利の鼓動”は『前の方にいる』という緩い発動条件だったから、それなりの出力を保っていられた。だが、“聖夜のミラクルラン”の場合は……』
『無視する条件が重すぎて出力が確保できない、ということですか』
アグネスタキオンがうなづく。
だが、そうすると当然わいてくる疑問がある。
『じゃあ今のオグリさんは何なんですか? 明らかにさっきよりも強くなってますよね……?』
現在のオグリキャップの能力上昇は、もはやレース中に発動条件を満たした“聖夜のミラクルラン”と遜色ない。ゆえに駿川たづなの発動条件を満たしていない不完全な『領域』を圧倒している。
『くくく。簡単なことさ。発動条件を満たさなければ、今の出力を維持するのは不可能。つまり』
オグリキャップは本能的にわかっていたのかもしれない。“勝利の鼓動"では駿川たづなを倒しきれない、と。
それ故に準備をしていたのだ。『奇跡』を起こす準備を。
『
これこそが、アグネスタキオンの感じた違和感の答えだった。
オグリキャップと駿川たづなの戦闘は佳境に入っている。
すでに20秒は過ぎた。駿川たづなの『領域』は切れている。
されるがままに責められ続ける。
だが、そんな状況とは裏腹に駿川たづなは勝ち筋を見出していた。
彼女はすでにオグリキャップの『領域』についてかなり高い精度で分析を終えていたのだ。
──10秒前
(……このまま、漫然と攻撃を受けていても勝てない。考えろ、オグリさんの『領域』について)
駿川たづなはオグリキャップの猛攻にさらされながら、思考を開始する。
(今、推理すべきは、オグリさんの『領域』の持続時間についてだ。逃げ続ければ勝てるのか、玉砕を覚悟しなければならないのか)
距離を詰めてのボディーブロー。ガードはするが体がくの字に折れる。
(まず、現段階でこれほどの出力と持続。おそらくスキル使用が発動条件になる『領域』のはず。では一体いつスキルを使用したのか)
顔面を狙ってくる膝を紙一重で躱す。
(スキルというのはあくまでレース中に使用するもの。でもオグリさんはきちんと『領域』に入っている。ということは体にレース中にスキルを発動したと錯覚させることができたということだ)
左右の連打。躱すのは厳しいと判断する。両腕でガードする。
(ではそれはいつか? おそらく『領域』の直後。『領域』は本来レース中にしか発動させることができない。よって逆説的に『領域』を発動させた直後にスキルを発動させることで体にレース中だと錯覚させたのではないか?)
合間を縫って撃ち返す。だが躱される。
(今思うと、確かにオグリさんは『領域』使用直後は不可解な行動を取っていた。その行動から推察するに発動したスキルは、
その手をつかんで投げ飛ばされる。受け身はとっている。見た目ほどのダメージはない。
(……なかなか厳しい発動条件だ。これを満たしたのか)
即座に立ち上がり、次に備える。
(この厳しい発動条件、現在の出力、そしてオグリさん自身の潜在能力を考えると、持続時間は……およそ45秒)
劣勢の中、導き出した45秒という数値。これは生物の無酸素運動の限界である。一般人だろうとアスリートだろうとこの数字は変わらない。
駿川たづなは、オグリキャップの超人的な運動強度は、生物的限界まで続くと考えたということだ。
そしてその推測はおおよそ正しい。
オグリキャップの必勝パターンとして残り777mからスキル“スリーセブン”を使用することで、発動条件を満たし、“聖夜のミラクルラン"を発動させるというものがある。
この最後の777mの間『領域』が持続するとして、この間の平均速度をラストスパートよりは少し遅めの時速65kmとする。そのタイムは、43.1秒。駿川たづなの推理とほぼ一致する。
ここまでの考察をおよそ10秒で終えた駿川たづな。制限時間がわかったことで今度はオグリキャップの攻撃をいなしつつ、動きの分析をする。
そして20秒経過。駿川たづなの『領域』が切れる。
『オグリさん連打連打!! とてつもないパンチが降り注ぐ!!』
『領域』が切れた後の駿川たづなは一切手を出すことができない。ひたすらガードと回避に専念する。なんとか致命傷は避けているものの、敗北は時間の問題。
……モニター越しに見ている誰もがそう思っていた。
(……当たらない! これは……まずい……!)
だが当の本人、オグリキャップと駿川たづなにとっては逆だった。
追い詰めているのは駿川たづな。追い詰められているのはオグリキャップ。
『耐えれば勝てる』
これは駿川たづながオグリキャップの『領域』の制限時間を正確に看破したことで生まれた勝ち筋だった。
そしてオグリキャップは防御と回避に徹する駿川たづなを捉えることができない。
オグリキャップの『領域』開始から、35秒が経過。駿川たづながサンドバッグ状態になってから15秒である。
彼女は倒れない。
「はあっ!!」
右ストレート。首避けでかわす。
前蹴り。その撃力を利用し、逆に距離をとる。
突っ込んでくるのには付き合わない。運足で躱す。
当たらない。攻撃が当たらない。
見ていたアグネスタキオンもまた駿川たづなの戦い方が決定的に変化していることに気付く。
『……今たづなさんは勝つためだけに戦っている……』
駿川たづなは絶対王者としてこの戦いに参加した。相手の全力を引きだし、相手の土俵で戦ったうえで勝利してきた。
だが今は違う。オグリキャップの猛攻に徹底的に付き合わない。相手の良さを消す戦い方。
これこそが意図的に封じてきた駿川たづな本来の戦い方であった。
抜群の分析力とそれを成す身体能力。そして強引にピンチを退けチャンスを生み出す『コンセントレーション』。
かつての彼女はいつだって自分より強い相手と戦ってきた。それ故に身についた『勝つため』の戦法。数多の強敵を相手にどんな逆境をもひっくり返してきた。
そうやって積み上げた『最強伝説』。簡単に譲るほど軽いものではない。
40秒が経過した。
時間切れは近い。
オグリキャップは確実な終わりを感じている。彼女はすでに闘志を失いつつある。
(……ここまでか)
この『領域』が切れれば、もう立っていることもままならないだろう。全ての力を使い果たすことになる。
(……にんじん食べたかったな)
元はと言えば、彼女の戦いはにんじんから始まった。ほとんど掴みかけた勝利だっただけにそのショックは大きい。
(……みんな、ごめん)
クリスマスの勝負服はオグリキャップのファンが作ったプレゼントだ。彼女が人に愛されたウマ娘である象徴。
それを着て負けることを悔いていた。
オグリキャップを満たす後悔と敗北感。心を昏い影が覆う……
(…………いやだ)
いやだ。
(……負けたくない)
負けたくない。
(……勝ちたい……っ!!)
影はさらなる黒によって塗りつぶされる。
それは暴虐で、自分勝手で、無垢なる祈り。
負けそうになると心の底から飛び出してくる。
「……っっああああああ!!!!」
『怪物』が“勝利の鼓動”を呼び覚ます。
(……この気配は……!?)
相対している駿川たづなを刺して殺すような闘気。
オグリキャップの体力は風前の灯火のはず。
だが最期に眩い光を放とうとしていることが、否応にも理解できる。
瞬間、オグリキャップは目の前にいた。
今までにない速度。
『
限界を超えた先をさらに超えた先。
拳が消える。
迫る。
そして、
ゴッッ……
静寂が両者を包む。
決着は着いた。
──沈黙を破ったのは、真っ直ぐな感謝だった。
「ありがとうございました。あなたと戦えて本当によかった」
力なく倒れる少女を支える。
「──私の、負けです」
限界のはるか先を見たオグリキャップ。だが彼女の意識はそれについていけなかった。
自分が迫るほんの少し先に置かれた拳。読みが時間を超える。
駿川たづなの勝利で企画は幕を閉じたのだった。
聖夜のミラクルランは現環境において中距離最強のスキルです。スリーセブンで起動するのもオーソドックスな戦法となっております。
これを聞いた作者はクリスマスオグリ最強!と思って、なけなしの石をすべて使って天井しました。
その月のチャンミ、勝ったのはゴルシでした。