駿川たづなにストリートファイトで勝ったら1000万 作:アリスミラー
──2日後、夜、食堂
「グラスちゃんすごいよ! 私もやるぞお!!」
スぺちゃん。私もあなたには負けませんよ……。
「にゃはは♪ グラスちゃん頑張るねえ」
スカイちゃん。あなたに関しては他人ごとではないのです。
「……その辺にしておきなさいよ……」
キングちゃん。あなたは優しいですね。でも、止まるわけにはいかないんです。
「豚デース! 豚まっしぐらデース!!」
エル。あなたは腹を切って〇になさい。
体は悲鳴を上げている。
脳が辞めろと叫ぶ。
それでも戦うことをやめられない。
強くなりたいという意志が私を動かす。
「お、おかわり……お願い……します……」
私は──死ぬほど飯を食っていた。
私はあの企画の日から毎食自分でも訳が分からなくなるくらい大量のご飯を食べるようにしています。
理由はシンプル。体を大きくしたい。これだけです。
たづなさんとの闘いで痛感した筋力不足。私の小さな体では乗せられる筋肉の量に限界がある。これはどうしようもない事実と言えるでしょう。であればフレームを大きくするのが最も手っ取り早い。
「いや~グラスちゃんがたくさん食べてるのを見るとこっちまでお腹が減ってきちゃうよ!」
スぺちゃんは私を免罪符に欲望のまま食べてるだけですよね……?
「グラスちゃんそれ美味しそう! もーらい!!」
スカイちゃんは私の限界が近いのを察するとさりげなく私が取ってきた食事を減らそうとしてくれます。うーん。女神。
「必ずしも食べれば体が大きくなるわけではないわ。ナンセンスよ! 三流だわ」
おっしゃる通りですキングちゃん。ですが私は『怪物』に追いつきたい。非合理を成すことこそが彼女らに追いつくために最も合理的なのです。
「まあ、グラスはチビですからね!!」
エル、わかりました。この食事があなたの最後の晩餐です。
やれやれ。私がこのような食事を初めてみんなの反応は様々ですが、やはり最初は大いに戸惑っていました。
と言うのもこれまでの私はこのようなことをしてこなかったからです。
私は今まで無理に肉体改造をしようとしてパフォーマンスを落とすくらいなら、もっとできる努力があると思っていました。
純粋に技術を高めていってもいい。今の身体に最も適した筋肉を追求していってもいい。やれることはいくらでもあります。そしてその思いは今でも変わりません。
ではなぜ今更になって、身長体重を無理やりにでも増やそうとしているのか?
(……私もあの人達みたいになりたい……!)
要するに、私はかっこいい先輩たちに憧れたのです。
だから私は今日も飯を食らいます。
『大食は命の取り越し』とか言う選択肢はとっくに切り捨てているのです。
──1日後、夜、病室
私が目を覚ますと真っ先に白い天井が目に入る。
前後の記憶がない。
私は、一体何をしていたんだろうか?
「気が付いたか」
声のする方に目を向けると、そこには一人のウマ娘が座っていた。美しい葦毛の銀髪。知性を感じさせる眼鏡と顔立ち。この人は……
「……お姉……ちゃん……?」
ビワハヤヒデ。私の姉だ。どうしてあんたがここにいるのか。いやそもそもここはどこなのか。
※
「……そうか。私は……負けたんだな」
話を聞くと徐々に記憶がよみがえる。殴り合いで競り負けたこと。両の拳を砕かれたこと。そしてそれを囮に使っても勝てなかったこと。
自分の弱さを痛感する。
「全く。今回は何とか治ったから良かったが、もうこんなことをするのはやめろ」
姉貴がこう言うのは当然だ。企画に応募する段階で姉貴はしつこいほどやめておけと言ってきた。私はそれを無視して参加した挙句、大けがを負って帰ってきた。
悪いのは弱い私だ。わかってる。でも……
「……姉貴には関係ない」
そういう言われ方をすると、負けた悔しさ、不甲斐なさをつい姉貴にぶつけてしまう。
我ながら情けない。
私のこういうところが嫌いだ。
「関係ないとはなんだ! こっちは心配だったんだぞ!!」
うるさいな。何をしようが私の勝手じゃないか。
いい加減姉貴の小言にはうんざりだ。
小さいころからいつもこうだ。
私のやることなすこといちいち文句をつけてくる。
自分の弱さを棚に上げて、もたげてくるのはそんな気持ちばかりだった。
どんどん自分が墜ちていく。
「うるさいな! もう帰れよ!!」
私は声を荒げる。これ以上姉貴の小言を聞くのも、それを子どものように嫌がる自分にも耐えられなかった。
「帰る……。少しは頭を冷やせ」
そう言って姉貴は席を立つ。
……行かないで。
そんな言葉が喉まで出かかる。
それを下らない意地で飲み込む。
姉貴が去った病室は妙に広く感じられた。
※
「さっきは言い過ぎた。すまない」
それから少し経って、私の前には姉貴がいた。頭を下げて謝っている。
「私の方こそ頭が冷えたよ。お前はもう子供じゃない。私がうるさく口出しするのも筋違いだ」
やめてくれ。悪いのは私だ。どうしてあんたが謝るんだ。
そんなことをされたら、あんたに合わせる顔がないじゃないか。
「今後、お前のやりたいことを自由にやってくれ」
私はあんたに見放されたんだろうか?
もう面倒は見切れないって遠回しに言われてるんだろうか?
「あと、一つだけ言わせてくれ」
私は目をつむってうつむく。その先を聞きたくなかった。
姉貴が口を開くまでの数秒は、無限のようにも感じられ、一瞬のようにも感じられる不思議な時間だった。
「今度からは、絶対に無事に帰ってこい。約束だ」
私は顔を挙げて姉貴の顔を見つめる。
眼鏡に隠れてはいるがその眼の下には大きな隈が見える。あの企画が終わってからもう1日半だ。……ずっと寝てなかったのだろうか。
そうだ。どうして私は疑っていたんだ。姉貴は私の手を放しても、心が離れることはない。
ずっと……そうだったじゃないか。
「もういいよ。……私の方こそ言いたいことがある」
心配かけてごめん。さっきは……ごめん。
これだけは伝えなくちゃいけないと思う。姉貴の言う通りだ。私はもう子供じゃない。
意を決して口を開く。──瞬間、
「ああ! もしかしてさっき私にお姉ちゃんって言ったことか? 安心しろ! チケットとタイシンにしか言ってないぞ!」
「バカ姉貴。帰れ。二度と帰ってくるな」
姉貴の、こういうところが、嫌いだ。
──1日後、朝、グラウンド
「寒いな、しかし」
「ああ、寒い」
真冬の寒空の下。私は同室のタマと朝練に来ていた。毎日の日課。昨日の朝だってやったのだ。
「それにしても身体は大丈夫なんか?」
「まあ……大丈夫さ」
『まあ大丈夫』というのは本当だった。昨日の戦いで私は骨を折ったり靭帯が切れたりと言ったことはなかったが、それでも全身くまなくダメージを負った。普通なら2週間は休養すべきだろう。
だが、そこは安心沢さんとタキオンの治療。私の身体は通常ではありえないほどの回復を見せた。
それでもまだ全身痛みは残っている。その辺を加味しての『まあ大丈夫』なのだ。
「それにしてもお前があんなに戦えるとはなあ。このまま喧嘩最強目指してもいいんとちゃうか?」
私の友人たちは私の想像以上の健闘に感心していつもこのようなことを言ってくる。
そのたびに私はこう答えるのだ。
「いや。もういいよ。私はもう2度と喧嘩はしないと思う」
これは私の心からの本音だ。私はもう人を殴ったり蹴ったりしない。
「……なんや決意堅そうやなあ。理由あんのか?」
この質問の流れで、このように聞いてくる人は今までもいた。
私は、痛いのが嫌、レースに支障が出るなど当たり障りのないことを言ってきた。
……でも目の前にいる私の親友に対してなら、本当の理由を話してもいいかもしれない。
「……私は、誰かのために戦っていたい」
「……誰か?」
私は……ただ走るのが好きで、走れるのがうれしくて、レースに出始めた。走るのが楽しくて仕方なかった。
でも、今は違う。
私が走るだけで喜んでくれる人がいる。勝つだけで泣いてくれる人がいる。
たづなさんとの闘い。最後の瞬間、私の背中を押したのは勝利に飢える『怪物』だった。
でも、レース中はそうじゃない。私の勝利を信じるみんなが私の背中を押してくれる。
レースの終盤、体は痛いし肺も苦しい。でも心地の良い追い風が私を包む。みんなの想いが集まった暖かい風。
それが私の力になる。
「私は、みんなと一緒に戦う方が好きなんだ」
私がつたない言葉をまとめてそう言うと、タマは笑った。
「お前のそういうところがウチも、みんなも好きなんやで」
そんなタマの言葉に私も微笑む。
不意に私たちを風が通り抜ける。
1月の冷たい風。
でも、私たちには不思議と温かく感じられた。
ちゃんと完結させようということでエンディングを書いています。
長すぎて分割しました。
完全にグラス戦を書きたいがために始めたSSでしたが、終わってみると他の2戦の方がパッションすごくてクオリティ高かったのかもしれないと思います。
やっぱり策を練ると、引っ掛かる相手の扱いが難しいなと思いました。