ログホラ短編集(仮)   作:Lyc aulis

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原作とは若干毛色が違うと思われる短編集、になると思います。予定は未定。
ネット版、小説版、アニメ版、TRPG及びガゼットの情報をごった煮にしてそういうものなんだろうなと解釈した設定を使っています。


瞳の数

 青々とした大自然に包まれた、土気色の廃墟、その最上階、ぽつりと立つ二つの人影。瓜二つのシルエットの二人は、その大きな眼を見合わせて困惑していた。

 

「「これは一体……どういうことなの」」

 

 異口同音、声色までも。一字一句揃った細い声が二重に耳に届いた時、彼女は現状を理解した。

 

「「うっぷ、おえええぇ」」

 

 そして吐いた、膝をついて。

 

 それは乗り物酔いと酒の酩酊を混ぜて濃度を上げたような感覚、と後に語ることになる。例え変な薬を飲んだとしても、こうまではならないとも思えるような、酷くて辛いものだった、と。

 

 ひとしきり胃の中身を吐いた頃、ようやっと落ち着いてきたのだろう片方がよろよろと立ち上がる。

 

「なんだってこんなことに……」

「聞かれてもわかるわけないでしょ、どっちも 私 なんだから」

 

 もう片方も立ち上がる気配を見せる。が、どうにもうまくいかないようで愚痴を溢す。それに答え、その様を観察していた片方の視界に、見慣れた、しかし信じ難いそれが現れた。

 

「スズЯ(リバース)、種族ヒューマン、盗剣士Lv67……ぇー」

「まって、ほんとまって、そういうこと?」

「それ以外にどう考えろっての、いつまでダウンしているのさ、Я(リバース)ってそういう?」

「あ、これダメなやつ、ぶり返してき、うえぇ」

 

 とどのつまり、彼女、深山美鈴(みやまみすず)は今、先程までプレイしていたゲーム、〈エルダー・テイル〉の舞台、セルデシアの地で混乱の極みにあった。

 

 

 

 〈エルダー・テイル〉、今日に至るまで二十年もの歴史を持つMMOゲームである。

 ゲーム内に1/2サイズの地球を再現する、ハーフガイア・プロジェクト。剣と魔法のファンタジー。多種多様な職業と奥深い戦闘システム。歴史と世界の広さに見合った膨大なクエスト、イベントの数々。それに付随する骨太な設定。 

 

 美鈴もまた、その世界に魅せられた一人。

 プレイヤーとしてゲームを始めた頃は純粋にゲーム性に惹かれ、大型レイドの攻略等、他者と協力し難題を乗り越える達成感、そんな競技性を求めていた。

 

 その世界そのものに惹かれたのはいつからだったか。 

 

 有名なレイドチームのリーダーと共に見た、彼方まで見渡せる絶景か。

 あるいは腐れ縁の変人が語った、物語に秘められた熱い想い。

 あるいは実装されたレイドの情報を求め、訪れたギルドで語られた、世界観のひとかけら。

 

 世界に息づいているそれらに魅せられた彼女は〈冒険者〉の名の通り、思うままに世界を冒険して……

 

 

 窮屈さ、を感じてしまったのだ。

 

 

 〈エルダー・テイル〉の戦闘システム、その中でも、8つの種族、12のメイン職業は、キャラクター作成時に決定して以降、変更する方法はない。

 多種多様なサブ職業も変更こそ可能であるが、変更時にレベルがリセットされる仕様で、いささか取り回しが悪い。各種イベント、クエストで特定の職業の有無で派生するものもある。

 

 本来、それが気にならないほどの圧倒的物量が存在するイベント、クエストの山に埋まってしまうそれらが、惜しい、と思ったのが転機だったのだろう。

 

 同アカウント内のサブキャラクター、では満足できなかった。

 

 アカウントを複数取得して同時接続。PT内のレベルを揃える機能、師範システムを用いて強引にレベルを上げ。その過程で、外部入力マクロ等を用いた、複数PCの同時操作などという、気の狂った所業を経て。

 極まったのは6PC同時操作で、12人で挑むダンジョン(ハーフレイドダンジョン)攻略の片翼を受け持ち、完遂してしまった時だろうか。それをできてしまう環境、器量、財力があったのがいけなかったのだろう。

 最終的に国外サーバーまで手を広げ、最大同時接続数は12、サブキャラクターを含め全37キャラクターを操って活動していた、真性の気狂いが彼女である。

 

 尚、複アカは〈エルダー・テイル〉において、わりとアウト寄りグレーゾーンの行為だったりする。

 

 

 それはさておき、今、この状況を整理しよう。自身の醜態を客観的に観察した片割れは、目を伏せつつ、そう判断した。

 

 今日は〈エルダー・テイル〉において、日付変更と同時に、大型アップデート〈ノウアスフィアの開墾〉が実装される日だった筈だ。

 

 12台すべての機器にアップデートファイルを適応して、本実装されるまでのプレイ時間で、目星をつけていた穴場に各PCを移動させ。余った時間で37体目のPC、目の前で辛そうにえずく〈スズЯ〉のレベリングをしていた。そこまでは覚えている。

 

 閉じていた目を開き、思考から意識を外して外を見ようとすると、どうしたことか、複数の情景が視界に映るのだ。

 

 寒々とした空の下ガラガラと馬車を走らせている視界。

 

 無数の書架から溢れるほどの書物の山が乱立する暗がりを駆ける視界。

 

 シブヤのタウンエリア内だろう、複数の転移装置が配置された広場を眺めている視界。

 

 自前の工房の中で延々と機械のように同じ物を作り続ける視界。

 

 両手を地面に突き、今まさに溢れ出る嗚咽を必死になって押し留めている視界。

 

 それを側から観察する視界。

 

 おそらくは、見ようとすればあと6つほどの情景を観測できるのだろう。代償に、目の前で吐瀉物を垂れ流しているそれが、輪をかけて酷くなるのだろうが。

 

 前者二つはおそらく座標指定のオートラン中だったPCだ。この世界は広い。移動にも相応の時間がかかり、その手の機能はわりと初期から存在する。

 後者二つが居る場所、日本サーバーにある5つのプレイヤータウンの内、関東圏にある最初の街〈アキバ〉と、その後追加された〈シブヤ〉では、他プレイヤーのものであろう雑多な悲鳴が響いていた。

 

 さて、移動中のPCの近くにセーフゾーンはあっただろうか。冷静な部分の脳味噌を捏ね回してどうにかマップを出力する。が、どうにも縮尺がおかしなことになっている気がした。画面上と自機視点の違い、だろうか。

 片方はエッゾ(北海道)にあるプレイヤータウン、〈ススキノ〉を経由して、それほど時間が経っていないようだ。最後に立ち寄った主要都市へ転移する、帰還魔法を使用しても問題ないだろう。

 もう片方は日本地図でいう石川県に存在する大書庫遺跡、〈ロマトリスの黒円錐〉の深層へ向けて隠密機動で侵攻中である。あと6つほど階層を降りれば目的地である最深層のゲートエリアに着く筈なのだが……

 どうやら貰いゲロで敵視に引っかかってしまったらしい。こちらも帰還魔法で離脱させておこう。

 

 で、問題は此方だ。それぞれのPCの目を閉じてから意識を離し、話しかける。

 

「いつまでそうやっているの? 見ていて悲しくなるんだけど」

「ぎゃ、逆になんでそっちは平気そうなのさ」

「主観的に物事を見てるのがそっち、客観的に見ているのがこっち、つまりはそういうこと」

 

 数瞬、さらっと自身の口からこぼれた言葉を反芻した後、主観の私が奇声をあげて天を仰ぐ。

 

「脳内会議垂れ流しってことじゃないですかヤダー!」

「周囲に他プレイヤーはいない、居るのは」

 

 反射的に師範システムをオフにして片割れを担ぎ、飛び退く。

 崩れ落ちた外壁の穴から身を躍らせた後、奇怪な影が元いた場所に浮かび上がる。どこか子供のような姿をしたそれは悔しそうに地団駄を踏んでいるが、気にしている余裕はない。

 咄嗟にとはいえ考えなしに行動した結果、目算15m程のフリーフォールを敢行している最中である。普通なら死ねる高さであろう、このままであればきっとそうなる。

 できることはある、できるだろう、とは思う程度で確証はない。妙に鮮明な夢であるのならば、落下中の浮遊感と着地の衝撃で目が覚めるかもしれないが、夢ではない、と己の直感が働いている。 

 

「フリップ、ゲート!」

 

 前方に突き出した腕、その表面を、ざわりとした感覚が撫でた直後、視界に映る地面が、ぐん、と近くなって。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあべっ!?」

 

 落下しかけていた勢いのまま、もんどり打って転がった私達は、大樹のしなやかで強靭な幹に激突した。

 多少覚悟していた怪我すらも微小で、拍子抜けしていたところに、朝露だろうか、バッサァッと降り注ぐ水滴でずぶ濡れになる。

 

「生きてる? 私生きてぅ?」

「あぁ、ピンピンしてる、夢でもないみたいだな」

「後半は聞きたくなかった」

 

 文句は受け付けない。と、問答無用で片割れを背に担ぎ直し、移動補助魔法、フォースステップを連続使用しながら移動を開始する。

 

 記憶が確かであれば、此処は山梨県の辺りにある、〈パイドパイパーリア〉と呼ばれるオープンレイドフィールドだ。

 北は夢魔や悪戯妖精、南東の湖からは翼になった腕と鍵爪の脚を持つ人声妖鳥(カラヴィンカ)。東の森林には人型吸血植物(アルラウネ)やら喋る樹木(トレント)。西の山脈からは鋼尾翼竜(ワイヴァーン)の群れが飛来し、南の樹海からは不死者(アンデット)の群れがひっきりなしに襲来、それらを迎撃する古代兵器が跋扈するとんでもない魔境である。

 エネミーのポップ率が馬鹿高い箇所が多く、60Lv以降のパワーレベリングにオススメなスポットでもあったのだが、現状はそうも言ってられない。

 北部温泉湿地帯と東部の森林地帯、南西に広がる廃墟群の、丁度境目にある小洒落た建物。このエリアの数少ないセーフゾーンである酒場、〈オールド・メイズ・ブラザー〉目指して全力で駆け抜ける。

 

 やはり複数を操作することで思考と感覚が分散していなければ、先程のような悪影響を受けることはないらしい。背中を押す魔法の風、地を蹴る感覚、ざわめく木々の擦れる音、遠くで木霊する鳥類の甲高い声。大自然と言って過言ではない世界で駆けている実感が湧いてくる。

 

 後ろから、猛スピードで追いかけて来る女面妖鳥(ハルピュイア)が居なければ最高の気分、だったのだけれど。 

 

 足を止めて魔法の風に身を任せ、振り向きざまに拘束魔法、アストラルバインドを投げるように叩き付け、追撃の荊をキャストしつつ、片割れに操作を移す。

 

「よし出番だ、スラスト、からのフォーカス、レッター!」

 

 流れるような動作で浅く切り付けた後、狙いを絞るように引いた細剣を閃かせる。[追撃]の状態異常は一定量のダメージを次のヒット時まで予約しておくものだ。先にキャストした荊の魔法、ソーンバインドホステージと、牽制で放ったアーリースラストによって付与されたそれを、多段ヒット技であるブラッドレターで叩き割った結果、唯一の追っ手だったエネミーは真っ赤な爆発のエフェクトに包まれた。

 

「……え? グロッ……」

 

 グロく見えるのは攻撃エフェクトのせいである。ともあれ、経験値はちゃんと入ったらしい。師範システムを切ってあるので幾分かさっ引かれているものの、小粒を倒してのレベリングは、十分可能であるようだ。

 

「冷静に分析してないで早く安全なところ行こうよ、ほんと!」

「ごもっとも」

 

 木陰から感じる視線が増えた気がする。丁度短距離転移(フリップゲート)のリキャストが回って使用可能になった、とっとと退散するべきだろう。

 

 

 しばらくして、絶え間なく使い続けた移動魔法でMPがすっからかんになりかけたころになって漸く、目的地である酒場〈オールド・メイズ・ブラザー〉に辿り着いた。

 勢い余って入り口のウエスタンなドアを跳ね飛ばし、けたたましく木材が打ち合う音が響いて、奥に居た店主のお爺さんに「喧しくするんじゃぁない!」と二人して暫しのお叱りを受け。

 

 テーブルに腰掛けて、ようやっと落ち着けたところで、自分の顔を見合わせた。 

 深い青に染まった虹彩、生々しくもどこか愛嬌のあるその眼に対はなく、いわゆる、単眼の大きな瞳が自分を射抜いている。

 

 そういえば、と顔に被っていたそれを外そうとして、待ったがかかる。

 

「やめておけ、眼が増えてまた酔うぞ、たぶん」

「それは御免被る」

 

 冷静な方の私はよっぽど頭が回るらしい。もう全部任せていいのではなかろうか。

 

「なら、考えて動かすのはこっちで、見て聞いて感じるのはそっちで構わないか?」

「それさっきと変わらないじゃん、また私にゲロれと申すか」

 

 おそらく、慣れてしまえば問題ないとは思う、複数操作に挑んだ時もそうだったし。

 

「現状、満足に動かせるのは一人、かな?」

「だな、慣れるまでは混線して混乱するだろう」

 

 状況の把握の仕方も得意と見える。

 

「えーと、他はどうなってる?」

「一つづつ見ていこうか」

 

 意識を向けた瞬間、視界がマーブル模様のごとく歪み、音が幾重にも重なった喧騒の如く押し寄せ、三半規管を直接撹拌するような感覚に襲われる。

 ああ、やっぱりこれ慣れるまではダメなやつだ。

 

「店の中で吐くんじゃないぞ」

「多分もう何も出ないけど、早く済ませよう」

 

 

 

 〈ハーフガイア・プロジェクト〉、ゲーム内に1/2サイズの地球を再現されたこの世界は広い。広すぎる、と言っても良い。

 〈ゾーン〉という区分けで、個別の空間として管理されているそれらは基本、シームレスに繋がっている。

 それでもなお、地図を地球と比較した際に、〈ゾーン〉として空白となっている地帯が点在しているのだ。

 

 ゲーム内でいう、見えない壁。 

 

 ありふれた仕様ではあるが、それらの場所を「未実装エリア」と美鈴は呼んでいる。

 実際に、以前の大型アプデの際に目星をつけていた場所の一部に、新たなコンテンツが実装されるのを確認した彼女は、〈ノウアスフィアの開墾〉を迎えるにあたってそういった「穴場」とも呼べる場所にあらかじめPCを配置していたのである。

 

 

「張っていた6ヶ所全てで侵入可能なのを確認、その内、〈ゾーン〉の変化を確認できたのが2ヶ所。思ってた以上にハズレを引いた、かな」

 

 順繰りに見て回った結果、アタリを引けたのは2ヶ所。他4つは単に、見えない壁という枠そのものの喪失と考えていいだろう。

 そう分析する片割れとは対象的に、もう片方はグロッキーだった。

 

「ぴぇぇえ……頭が割れそう……」

「全員、最寄りのセーフゾーンに退避できたから、他を眠らせておけばマシになるだろう」

「……だと良いんだけど」

 

 見て回る過程において、〈アキバ〉、〈シブヤ〉、〈ススキノ〉と三つのプレイヤータウンの惨状を確認したこともあって、二人同時にため息を吐く。 

 

「全員、12体全員かぁ。もう一つ体が欲しい!とか言ったことあったけどさ、まさかマジで体が増えるなんて考えるわけないじゃん」

「夢であったら笑い話にできただろうな、でも、夢ではないらしい」

 

 そして、自身に起きた異常事態が凄まじいものだったからか、今まで意識しなかった事にも思い至る。

 

「それにさ、ゲームの中、だよね此処」

「あんなことが出来たんだ、間違いじゃあないだろう」

「そういうのはフィクションだけでお腹いっぱいだってのに!」

 

 ダンッ、と両手をテーブルに叩きつけた激情は、店主の冷ややかな苦言で急速に冷めていくことになる。

 

「お嬢さん方、騒ぐならせめて何か注文してからにしてくれ、な?」

「あっ、はい」

「すみません。では、果物をいくつかと水をお願いします」

「ウチは他所より高くつくぞ」

「「知ってます」」

 

 注文を聞くなり、ニヤリと笑みを浮かべてお決まりの文句を言う店主を見送って、会話を仕切り直す。

 

「なんで果物と水なの?」

「どうせまた吐くことになる、なら軽くてさっぱりした物の方が良い」

「思ったより酷い理由だった」

 

 テーブルに突いた腕がゆるゆると力を抜いて伸びていく。突っ伏した格好になった片割れを呆れたように見下ろしながら、状況をまとめた片方は結論を口にする。

 

「今現在、〈ノウアスフィアの開墾〉実装の瞬間にログインしていた全てのプレイヤーが、ゲームの舞台、〈セルデシア〉の地に、〈冒険者〉の体で放り出されている。と、思われる」

 

 骨董無稽、自身が巻き込まれていなければ、何かしらの創作物の設定かな?などと感じることだろう。実際、信じたくは無い状況である。

 

「そして、当時、12のアカウント全てでログインしていた私達は……」

 

 

「一つの意識に、12もの体をもって放り出されたわけだ」

 

 

「ほんと、わけわかんないよぉ……」

 

 むくりと前に向いた顔の先で、垂れていた片方の指が何も無い空間を何度もつついている。とうとう気を違えた……

 

 わけではなく。突っ伏した拍子に眼前に現れた、いわゆるメニュー表示ウインドウのログアウトボタンを連打しているのである。

 悲しいことに、ブブーッという音と共に赤丸に斜線が入った禁マークが現れ、利用不可を訴え続けているのに、諦めがつかないらしい。若干泣きが入りかけている。

 

 その光景は、店主が果物を盛った籠と、よく冷えた水の入ったピッチャーを持ってきたことで中断されるまで続くことになった。

 代金を払い、二人共に水で喉を潤して、話を続ける。

 

「どうすればいい、と思う?」

 

 側から見れば、相談に見えるこのやりとり。実際のところは少々歪な自問自答。物語で良くある、脳内会議のそれである。

 

「こうなった原因は、状況的に〈ノウアスフィアの開墾〉だと思う。過程が不明だから、どんな理屈でこうなったのかはわからない。元に戻る方法も。だからまずは……」

 

 頭では理解出来ていても何かしらの見落としがあるかもしれない、だからこそ、自身と対話をして確認していくのだ。

 

「今出来ることを確認して、なるべく増やす。いざ、と言う時の手は、多いに越したことはない」

「だよねぇ……」

 

 雑に積まれたみずみずしい果実を、皮もそのままにシャクっと一口。新鮮な果汁の冷たさと甘みが染み渡る。

 

「あまっ、おいひー」

「確か桃が採取できるんだったか」

 

 〈エルダー・テイル〉には数値として明確では無いものの、スタミナ、もしくは疲労度のようなステータスが設定されている。スタミナは様々な要因で減っていき、最終的には一部ステータスの割合低下として反映されるのだ。

 

 要するに「疲れた、お腹がすいて力が出ない」を模したシステムである。

 

 最もわかりやすいのは最大HPの減少だろう。それを目安に[食料]アイテムを使用するプレイヤーが殆どだ。一定時間休息を取ることでも回復する為に、大して気にならないと考えるプレイヤーもそこそこ居る。

 高難度コンテンツに挑むプレイヤー達は各々持参するなり、料理人のサブ職業で制作するなりして、都度スタミナを回復しながら攻略を進めていくのだ。

 

 今、二人が食べている物もそれだ。[素材]アイテムでありながら[食料]としてのステータスを持つ一部の果物類は、効果量こそ微少なれど、調理品と同じ効果を持つ。

 

「なんで食べてるはずなのにお腹が空いたままなんだろ」

 

 つまり、主観ではそのように感じることだろう。

 

「ステータスは個別、ならそれぞれ腹が減るのは道理だろう?」

 

 うげぇ、と顔を顰めてしまうのも無理はない。

 

「この世界でやっていける自信がなくなってきたんだけど」

「色々とおかしな事になってはいるが、そう悲観する程でもないと思うぞ」

「それまたなんでさ」

 

 弱気な内心、強がりな外面。二極化した思考はぐるぐる回る。

 

「必要なことは、〈冒険者〉の体が覚えている、特技や魔法が使えるのもそういうことだろう」

 

 付け加えるなら、先程の店主との取引もそれが働いた。

 ショップの画面で売買するものを選び、合計金額が算出され、確定することで所持金が変動する。

 システムによるやりとりではなく、実際に対面しての取引だったが、流れそのものは変わらない。

 注文して、提示された金額を支払い、品物を受け取る。

 注目すべきは、支払いの動作だ。

 

 懐から金貨の入った皮袋を取り出し、そのまま渡した。

 

 意識して行なったわけではない。ゲーム中で取引を行った際に発生する演出のそれである。金貨を数えたりはしていない、その袋に提示された金額丁度が入っているのが感覚的にわかっていた。店主もそうなのだろう。袋を一瞥して懐にしまい、品物を差し出した。取引は成立し、所持金の変動が反映されて購入したアイテムが追加される。

 

 放り込まれた者達にとって、殆ど現実と相違ない世界ではあるのだろう。

 

 それでもなお、世界のルール(ゲームシステム)は反映されているようだ。

 

 

 

 新鮮な果物はとても美味しかった。

 

 色々と現実逃避してたい気持ちはあるけれど、それで何が変わるでもないことはわかっている。

 

「どうにか、なればいいなぁ」

「助けを待つか、あまり良い選択じゃなさそうだ」

「言ってみただけですぅー」

 

 ピロロロロリン、と聞きなれた電子音が鳴ったのはその時だ。此処にいる二人ではない別のPCの耳から聞こえてきている。

 

 ゲーム内ボイスチャットの着信音だ。

 

 自分は、独りではない、それだけでどうにかできそうな気がしてくる。

 

「そうだな、取り合える手は多い程、良いものだ」

 

 意識を移す。感覚の濁流に若干気分が悪くなったものの、着信を示す表示と発信者の名前を見て、そう思ったのだ。

 

 




25/12/10 シブヤにマーケットないやんけということで転移門広場へ変更
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