「なんともまぁ、奇妙なことになってるのね」
アキバの片隅。棚に並ぶ無数の薬瓶と鮮やかな花々に彩られた部屋。銀糸のような長髪を指先でくるくると弄りながら、呆れたように溢れた呟き。一拍置いて、その主は呼び出した相手へ視線を戻す。
胴体を覆うノースリーブの黒い革鎧を着た長身の男性。控えめなフリルで飾られたクラシカルなメイド服の女性。深い青色の双眸が対面から見返している。
しばらくの間を空けて、ほぅ、とため息をこぼした部屋の主
「で、どっちで呼べばいいかしら?
並ぶ、瓜二つの顔をした一つ眼の友人達を前に、奇妙な問いを投げるのだ。
ーー
ゲームだった筈の〈エルダー・テイル〉。その舞台である〈セルデシア〉の地に放り込まれ、訳がわからない状況を打開するためにできたことといえば、旧友の一人と連絡を取ること、くらいだった。
プレイヤータウンである〈アキバ〉の裏路地、表の通りから目立たない位置にある〈ゾーン〉を購入して設えたこの店。〈
この店のメイン商品である壁一面に並んだ薬瓶の数々、部屋を二分する受付用と作業用それぞれの長机。壁際には来客用のテーブルセットと辛うじて入り口を塞がない程度に並ぶプランターの数々。
そして、さらに奥の部屋へ続く扉。中にあるものの都合で、どこか禍々しい気配を滲ませるそれは…… 気の所為だ、ということにしておこう。
ゲーム内で揃えた内装と寸分違わず、しかし視点が変わったせいで雰囲気は変わって見える。
なんというか、圧が高い。呪薬補の名の通り呪い薬、いわゆる毒薬の類が壁一面に並ぶ棚。〈エルダー・テイル〉の世界観において呪いと毒は[邪毒]の属性で一緒くたにされている。並ぶ瓶は密封されてこそいるものの、そういう気配が微かに滲み出ている気がするのだ。
「別の場所で待ち合わせた方が良かったかしら……今更か」
カランコロンと入り口の戸が開き、見知った顔が入ってくる。
その後ろ手に、瓜二つのもう一人を引きながら。
ーー
「スズリでいいよ。夜行ではログインしてなかったし」
「まぁ、そうよね。最後にあっちを見たのはいつだったかしら」
かつて、夜行と書いてヤコーと呼ばれていた。当時はガチガチの
「……改めて聞くけど、双子、って訳でもないのよね」
「「そういうことにしてもいいけど、十ニつ子とかいう余計に酷い説明になるよ?」」
「あー、うん。 12垢全部で繋いでたのね」
異口同音に返ってきた返答に天を仰ぐ。一応は彼女のリアル、
「それって…… 大丈夫なの?」
「大丈夫に見える?」
スズリ、メイド服の女性〈涼凛〉の方が隣でぐったりと寄りかかる革鎧の男性〈朱々里〉の方に視線を向ける。二人共に〈キュクプロスの
「相当にキツそう、ね」
「これでもマシな方なんだけどね、油断すると全体で一気に来るから……うっぷ」
「ちょっと、こんなところで吐かないで!?」
会話の最中〈涼凛〉の顔色にも青が差し、隣の〈朱々里〉共々口元を押さえ始める。慌ててプランターの奥に埋もれていたバケツを引っ張り出したが、幸いというかなんというか、ここに来るまでの道中であらかた吐いて来たらしく出番はなかったようだ。
「ところで、さっきから気になって、というかあてられたって言えば良いのかな、あの扉って……」
未だ青い顔をした〈涼凛〉がよろよろと奥へ続く扉を指し示す。心なしか圧を強めた扉の隙間からは黒く深く禍々しい瘴気が滲み出ている錯覚すら覚える程だ。気にしないようにしてたのに……。
「……私の蒐集品倉庫よ」
「え、それって確か割とヤバめな……」
「誰が呼んだか
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〈カースブレイド〉というサブ職業がある。所謂邪剣妖刀と呼ばれるような類の呪われた物品を扱うこの職業、専用のクエストとして各地の伝承やら怪談等を調査して原因となった物品を封印、回収するクエストを受けられるのだ。このクエストで回収したアイテムは厄介なデメリット効果が設定された物が大半で、〈カースブレイド〉はレベルを上げることでそのデメリットを緩和する事ができるのである。この店の主〈Freesia〉はそのサブクエスト群を偏執的にやり込んでおり、思い出の
--
「いや、封印してあるとしても気配がやばいってアレ」
「言わないでよ、見なかった事にしているのだから」
「それって実質肯定じゃないか」
うへぇ、と僅かに顔を歪め、扉から距離を取るように体を逸らす二人。 大袈裟にも思える反応に苦笑しつつ扉へ視線を戻す。赤と青と黒が混ざったような鈍い光が扉の隙間を覆っているが下手に開けない限り大丈夫そうだとも思える。
「そんなに気になる?」
「あてられたって言ったじゃん、直感っていうかヤバいって感覚が両方からきて混ざってすごくこう、クる」
「二重にって事?」
コクコクと二人同時に頷いたのを見て、やっぱり此処で待ち合わせたのはよくなかったかと視線を逸らし、琥珀色のそれが目に留まる。
「試す価値はある……か」
「え、なにするつもりなのさ」
若干焦ったように止めようとする声を聞き流し、薬棚から淡く光る薬瓶を引っ張り出す。外の光を受け輝いて見えるその薬を手に扉へ向かう。
「ちょっと待ってどうするのさ、まって、まって私今コンディション最悪だから勘弁して!」
「何があっても最悪ここから逃げれば良いだけよ」
きゅぽんと小気味良い音を立てて封を開けたそれ、なめらかな琥珀色の液体を木製の扉にぶっかけた。
〈カースブレイド〉は呪いを扱うが為に毒物に理解があり、またそれを封じる術も持ち合わせている。その薬の名を〈封呪毒〉、読んで字の如く呪いを封じる効果があり、職業クエスト中にも頻繁に要求される呪薬である。武器に呪薬の効果を付与するコンタミネイトが扉に作用するかどうかはわからないが、やり方は合っている筈だ。
「それって確か相手の特殊攻撃を封じる薬だよね、その使い方で効果あるの?」
「貴女〈カースブレイド〉もやってたわよね、職業クエストでもよく使ったでしょう、呪いの抑制なら合ってる筈よ」
「だと良いけど」
目論み通りに付与が成功したのだろう。僅かな隙間から溢れていた瘴気もピッタリと止まり、しばらく様子見を続けても何事もないのを確認し念の為施錠もしておく。
「とりあえず、これで溢れ出て来たりはどうにかなった、みたいね」
「ファンタジックな解決法だなぁ」
呆れたように吐き出された言葉と緊張を解く姿に苦笑する。
「今の状況こそファンタジーしてるわよ、それにひとつふたつ小枝が添えられても変わらないわ」
「それはまぁそうなんだけども」
画面上だった筈のゲームの舞台に居るこの異様な状況の方が、理屈がわからない以上、不可思議さでいえば上だろう。そもそも此処に呼んだのもそれについて話すためだ。
「それを考えれば、貴女のその状態も、手掛かりになり得るとは思うのだけれど、どう?」
でもそれは結局のところ、ゲーム側の設定、でしかない。現実から引き摺り込まれた現状の説明になり得るとはとても思えない。
現状で
「感覚的なやつだから説明となると難しい……」
単眼仮面の彼女だが両眉は隠れていない、思いっきり顰めたそれと伏せられた仮面である筈の瞳、両側からこめかみを揉みながら捻り出したらしい答えは……
「こう、感覚が混ざってモザイクみたいになってるけど、それを一つのコントローラで動かしてるみたいな、注視すればそれぞれを絞り出せる感じ、って言えばわかりやすいかな」
「主観的すぎてあまり参考にはならなさそうね」
「だよねぇ」
ーー
その後もああだこうだと話したが、これといった解決の糸口も見えない為に、現状把握も兼ねて外出することになった。同時に動かすのはまだ難しい、と〈涼凛〉を店に残し、〈朱々里〉と二人で市場エリアを散策することに。
がやがやとした喧騒で冒険に赴く、もしくは帰還した〈冒険者〉を迎えていた商店街は、かつてとはまた違った喧騒に包まれていた。
露店のNPCに掴み掛かり現状について問い質そうとする者、呆然と座り込んだり項垂れている者、パニックを起こして駆け回る者、等々、前代未聞の事態による混乱が蔓延している。
「……気持ちは分からないでもないけれど」
「あんな様子見てると逆に冷めちまうよな」
私がああなっていないのは、友人と連絡がついて合流出来たから。 だからある意味では幸運だった。友人達の誰一人居ない、所謂ソロプレイヤー、それも他者との交流をしないタイプだったなら……。そういう、もしも、を想像するとゾッとする。あるいは私もあんな風にヒステリックに喚き散らしていたのかもしれない。
それにしても…
「相変わらずとはいえ、それ、続けてるのね」
「あー、口調のことか、寄せてると集中しやすい感じがするから、俺といる間はこうだよ」
「器用なんだか不器用なんだか」
扱うPC毎にキャラに合わせた口調を用いて喋るやり方は以前から変わらないようだ。かつて同席したレイドPTに4人で現れた時は、多重人格を疑うレベルの演じ分けで驚かされたものだけれど(後にPT面子に聞いてみたら案の定、「同一人物ぅ!? え、マジなの?」 と返された)
「ああやっててもなんにもならないと思うんだけどなぁ、少なくとも……露天商みたいな一般人にわかるわけないだろうに」
「それもそうね、少なくとも明確にシステム側の……〈
ーー
〈供贄一族〉とは〈冒険者〉の利用する銀行やマーケット、プレイヤータウンの都市システム等を管理しているNPCである。プレイヤータウンには前述のマーケットの他、蘇生ポイントとして機能している〈大神殿〉、プレイヤーコミュニティのギルド立ち上げや管理を行える〈ギルド会館〉、金品の保管庫である〈銀行〉、都市と都市を行き来できる〈タウンゲート〉等々。彼らによって運営されている施設は多いものの、ゲーム的なシナリオに関わる事は一切無く、〈エルダー・テイル〉の運営用NPCという認識が一般的である。
ーー
「見た感じ定型文喋ってる感じじゃなさそうだし、NPCにも色々聞けそうではあるけれども、彼らって事務的というか、システム的というかお堅いイメージがあるんだよなぁ……」
「無駄足でも動かないよりはマシよ」
「まぁ、それもそうだな」
とりあえずギルド会館にでも行ってみようか、と話がまとまりかけたところで……
「わっひゃーぁぁぁぁ!」
ドガァン!と脇道の石畳が吹き飛び、そこからオレンジ色の長髪をたなびかせた〈冒険者〉が全速力で駆け抜けて行く場面に遭遇した。転がるように現れた狐耳の女性は、鉈のような武器を片手に構え、大通りをひとっ飛びとばかりに横切って行く。
「見た目的に、〈狐尾族〉の武士かな、片武器であの動きって事は……」
「それ以前に此処は戦闘禁止区域よ」
「だから〈警備兵〉が追ってるんだろ、来たぞ」
駆け抜けていった〈冒険者〉の正面を塞ぐように現れた魔法陣から、燻んだ銀色に紫の装飾を施され、各所を薄青色に光らせた全身鎧の大男が出現し襲いかかった。幅の広い両刃の大剣を片手で軽々と振るう彼は、プレイヤータウンに設定されている戦闘禁止区域での戦闘行為を粛正する〈警備兵〉だ。都市内限定だが驚異的なステータスを誇る彼らは、違反者を捕縛、もしくは抵抗された結果始末するか、都市の外へ叩き出すまで、転移まで使って猛追する化け物じみたNPCである。
「そういえば〈警備兵〉も〈供贄〉の一派だったわね」
「いや流石にやめとこうぜ、絶賛お仕事中なんだし」
再度、ドガァン!と剣が石畳を割る音が響き、その隙に上手いこと脇を抜け逃走に成功する〈冒険者〉を見送りつつ、それもそうね、と歩を進める。
ギルド会館までの道中、周囲を観察して気がついた事が一つ。
「やっぱり増えてるよな、NPC、倍以上は居るんじゃないか?」
「受け答えもしっかりしてるから、ノンプレイヤーって気もしないわよね」
「なら〈大地人〉って呼ぶ方が適切かな」
〈大地人〉この世界の一般的な人間種の総称である。ゲーム時代はNPCとして決まった挙動しか行っていなかったが、道中で確認した限りでは、それぞれの生活を営むリアルな人間としての個性を持つように見て取れた。
〈大地人〉、そういえば不在時の営業兼倉庫番として私も雇っ……
「ぁ……」
「どしたのフレシア」
「〈大地人〉! いけない、急いで確認しないと!」
呪いの障気に蓋をする為に、施錠した、してしまっていた。
「店番の子、まだ倉庫の中に居たはずなのに……なのにっ!」
ーー
全速力で来た道を引き返し、魅東の扉を突き破る勢いで開け放つ。 勢いのあまり大きな音が鳴るが気にしている場合ではない。
「わっとっと、おかえり、とりあえず頼まれた物は纏めておいたよ」
「ありがとう、助かるわ」
扉の音に驚いた〈涼凛〉が持っていた瓶を取り落としそうになっていたが、帰りの道中で頼んだ仕事、棚に並べていた呪薬の整理はほぼほぼ済んでいるようだ。 〈封呪毒〉の瓶の束をひったくるように手に取り腰のホルダーにセットする。他にも〈拘束毒〉、〈猛毒薬〉等も一通りホルダーに納め、残りのいくつかを〈涼凛〉に押し付ける。
「確かそっちも投擲取ってたわよね、持っておいて」
「え“、いやまぁ確かに使えるけども」
そうこうしているうちに〈朱々里〉(オートランが使えるらしい)が追いつき、盾役、回復役、攻撃役が一応揃った事になる。
「準備はいいわね、突入するわよ?」
「「上手く動けるかどうかわかんないけどね」」
「最悪でもあの子だけは引っ張り出すわよ」
「「了解」」
この後派手に荒らされた展示室で大地人のショウタ君(呪い装備)と対峙して、武器破壊or奪取の死闘をする感じになります。 低ランク帯のフレシアさんナイフ一本だし、ワンチャンピックポケット撃てるだろうし行ける行ける(尚特技枠
大元はリビングウエポンで、それに操られてる感じっすね。 リビングアーマーの方は公式データベースのエネミーがミミック種で触手触手してるので、絵面的にアウトってことで武器の方です、はい。