交わした約束は忘れない、押し寄せる闇も恐れず未来へ進む。
残酷な運命に抗い、希望を求めて為すべき事を為すという強い意思を歌詞とした歌だった。
歌は声ではなく、笛による音で紡がれていた。
『美しい歌なのは確かで音色も見事だが、奏者が気に喰わないところが個人的には残念だ』
重戦車は淡々と語る。操縦席の緑髪少女は音色に聞き惚れている。
意識体のコルボーも聞き入っていたが、画面に映る光景の方が気になって仕方なかった。
そこには光で出来た人型がいた。
大きさは溶鉱炉と破砕機よりは小さいが、十二分に大柄な体躯をしていた。
刺々しい鉄仮面の貌。それは所属する陣営を模した造形であった。
美しい音色は、その禍々しい顔から発せられていた。
仮面の口に当てられているのは、横に二本が連ねられた笛に見えた。
そして事実として、音はそこから発せられているのだった。
二連の笛が仮面から離れた。音も止まる。
巨体は身を屈めた。画面もそこをズームする。
人間の感覚では小屋、この連中なら掌サイズと言った大きさの立方体が置かれていた。
「大分上達したのでございます!」
「うん!これなら演奏会にも間に合いそう!」
「ねー」
「ねー」
立方体からは光で作られた二人の少女が浮かび上がっていた。
可能性の光ではなく、遠距離通信用の立体映像である。
立方体は人間でいう携帯電話のようなものだろう。
双子と思しき二人の少女も笛を持っていた。となると、行われていたのは少女二人をコーチとした笛の練習であったのか。
鉄仮面の個体は感謝を示すように頭を下げた。二人もまた「ごきげんようでございます」「ばいばーい」と言って手を振り、映像が消えた。
消えた後も、その鉄仮面はその体勢をしばし維持していた。別れを惜しんでいるようだった。
動いたとき、鉄仮面の視線はモニターに向けられていた。立ち上がって歩き出す。
数歩踏み出すと、地面の上で何かが潰れた。瘴気が上がり、次いで悲鳴が上がる。
潰れたのは魔獣の腹であり、逆流した臓物が口から溢れた。
次にはその口が潰れ、悲鳴が強制遮断させられた。そこも踏み潰されたのである。
一つの悲鳴は消えたが、それが絶えることは無かった。
鉄仮面が歩く先々で魔獣は転がっており、被害者に不足しなかったからだ。
それを見るコルボーは疑問を覚えた。魔獣達は四肢があり、目立った外傷も見当たらない。
だが魔獣達は揃って亡者の顔に苦悶浮かべ、口からは舌を出して苦しみ細い腕で身を抱き指で身体を掻き毟っている。
『毒か?』
コルボーは疑問を口にする。謎は解けないままに鉄仮面はモニターの前に迫っていた。
仮面に穿たれた二つの孔から覗く眼が、少女が乗る重戦車を見降ろしている。
『女神様は仰られた。「こんなの絶対おかしいよ」』
鉄仮面はそんな意思を発した。「は?」とコルボーは思った。
『ついに狂ったか、ターン』
『黙れオーバーロード。今のは貴様のような存在に対しての挨拶だ』
『ほう。その心は』
『貴様がこの世にいる事、それ自体が冗談だ』
『敬意を表してだとは思うが、有機生命体の幼年個体の発言を引用するのはどうかと思うのだが』
『残虐趣味に加えて差別主義者か。一言ごとに貴様を殺す理由が出てくるな』
会話になっていない会話を繰り広げる二体であった。
その間に盾持ちの少女は操縦席から抜け出していた。
モニターには『長くなりそうだから出ていた方がいい』と文字が綴られていた。
少女は頷き、側面に開いた扉から機外へと出た。何故か、今まで座っていた椅子を外して持ち出していた。
『トランスフォーム』
少女が機外に出て、十分に距離が取れた時に重戦車はそう言った。
上空に待機していた爆撃機が降下と共に変形し、重戦車も形を変える。
爆撃機が上半身、重戦車が脚部へと変形し鎧を纏ったような人型へと合体する。
複雑な工程が経られているのに、合体に要した時間は人間が瞬きをするのに生じる時間の更に数十分の一程度だった。
『何故態々言う?』
『その問い掛けはお前が孤独ということの証明だ。少しは他人の視線を意識しろ』
『分かりにくい』
『ファンサービスだ』
爆撃機と重戦車の合体個体、オーバーロードには返答せずに笛を吹いていた個体、ターンは脇を通って身を屈めた。
『ようこそDJDへ!ゆっくり見学されていくといい』
盾持つ少女へと可能な限り目線を近付けてそう言った。
翳された手の先では、他の個体たちが魔獣に拷問を加え続けていた。
溶鉱炉には更に魔獣が投入され、魔獣達は溶かされながら泣き叫ぶ。
破砕機が纏めて数体の魔獣を飲み込み、首だけを残して砕かれる。
細身の個体が魔獣を殴り倒し、四肢を蹴り砕いてから顔を外し、外された顔の裏面に生え揃った棘を魔獣の顔に被せぐちゃぐちゃに破壊する。
空想の地獄ではなく、実体としての地獄が顕現していた。
緑の少女は盾の隙間からその様子を興味深く見つめている。カキカキという音がするのは、メモを取っているからだ。
その様子にターンは満足げに頷いた。
『それでこれは提案なのだが、我らDJDは常に有能な人材を求めている。貴女さえよければ我々は歓迎するのだが』
『欠員が出ているからな』
ターンの提案に割り込む様に、オーバーロードが呟く。光で出来たモザイク然とした顔であったが、ニヤついていることがコルボーには分かった。
『なので連れてきたぞ』
相手が二の言葉を紡ぐ前に、オーバーロードは横に退けた。
その背後には、サイバートロン人が座れるサイズの椅子があった。
背もたれ等から禍々しい造形の、刺胞動物の触手のようなものが生えた椅子だった。
それは盾の少女が先程まで座っていたものだが、何時の間にか巨大化していた。
『………』
それを前にターンは硬直していた。何かを言おうとしているようだが、言葉が出ないらしい。
『ふむ。「座れ」と言っているようだな』
はっきりと分かるほどに笑いながらオーバーロードは言う。邪悪としかいいようのない、満面の笑みであった。
硬直し続けるターンを、拷問を続けながらも部下たちが見ていた。選択肢は一つしかなかった。
『……ケイオン……そろそろ許してくれるのか………?』
椅子に問い掛けるターン。
『妙な光景過ぎるだろ』
コルボーがそう言ったのも無理はない。次の瞬間、雷が炸裂した。
『ARRRRRRGH!!!』
椅子全体が電気を帯び、ターンに強烈な電撃を浴びせていた。
光で出来た身体から白煙を上げながら、ターンは椅子から落下した。
一瞬で元に戻ったが、椅子の一部が脚となって蹴落としたようにも見えた。
『その様子だと無事に和解は済んだようだな。これは目出度い、すぐ祝杯を上げよう。そうと決まったら会場の設営やイベントの計画も始めねば』
オーバーロードは全くとして真面目に、そして祝福するように言っている。
そして実際に端末を取り出し、計画を入力し始めた。
幾つかの相手への連絡も行っている。こういったイベント運営に手腕を発揮する魔法少女への連絡だろう。
『悪魔』
コルボーは言った。
それは何を示した言葉だろうか。
連絡を終えたオーバーロードは魔獣の腹を裂いて内臓を取り出し、伸びた臓物を首に巻いて首吊りをさせて遊んでいる。
『この連中も窒息する。やり過ぎると破壊してしまうから丁寧に、相手を思い遣って行う事が大事だ』
首吊り状態にさせた魔獣を指に括り付け、てるてる坊主のように揺らしながら盾の少女に拷問法を丁寧に教えるオーバーロードか。
『女神様は仰られた。「ウェヒヒ」と』
謎の引用をした途端、周囲で転がる魔獣の身体が跳ねた。
すると腹部が破裂し、液状の瘴気となった内臓が爆裂した。
その様子にオーバーロードは不満顔となった。
前以て内臓を破壊された事で、それを使って遊べなくなったからだ。
『そしてこうも仰られた。『もう何も怖くない』と』
『間違ってるぞ』
指摘されるもターンは無視する。続いて魔獣達の手足が爆ぜた。
コルボーには、この破壊が何によって行われているかの察しがついた。
「相変わらず騒々しい連中だな」
それが何かを独り言として呟こうとした時、大人びた女の声が鳴った。
魔獣は沈黙し、光の巨人たちも動きを止めた。
その声を放った者への、恐怖と畏怖に依る為に。
ターン…