そんな立香を救うために、レオニダス一世・ベオウルフは立ち上がる。
とある日のカルデア――マスターである藤丸立香は度重なるレイシフトや戦いを経たせいか、戦う気力や意味を見出すことが出来なくなっていた。
大切な人を失う恐怖、レイシフト先での別れの連続に立香は心を壊してしまった。
それでもマシュや多くの英霊達は立香を心配し見舞いに訪れるなど、決して見捨てるような事はしなかった……しかし――
「先輩……!今日は気分転換にシミュレーションルームで景色でも見ませんか……?」
「…………」
取り繕う表情をするマシュに対して、立香はマイルームのベッドの上に座ったまま虚ろな目のままで無言を貫いていた。
もちろん意図的に無視をしたという訳では無く、単に返事をする気力が残っていないのだ。
「……ッ!すいません先輩!また機会があったら誘いますね……!」
何かをこらえながら立香に精一杯作り笑いを浮かべると、そのまま足早に立香の部屋を去っていた。
立香の耳にはその後部屋の外で嗚咽交じりの泣き声が聞こえたが、それすら今の壊れてしまった立香にはどうでもよいことに思えた。
そんな変わり果てた姿を見るのも辛くなったのか、健気に立香の元へ通っていたマシュはある時を境にぱたりと来なくなってしまった。
他の英霊達も徐々に来なくなり、遂には立香は一日一人で居ることが多くなった。
壊れた心で考えるのは楽しい事でも何でもなく、ただ特異点で払った犠牲に自責の念を思うだけだ。
「(もう少し、俺が上手くやれば……あの時……俺が守れなかったから……いや、俺は何を守ろうとしていたんだ……?)」
廃人同然までに落ちぶれた俺はどうなるのだろうか……?そんな不安も同時に抱え、ますます抜け出せない溝へと嵌ってしまった。
そんな毎日が続いたある日のことだった――
「マスター、そこに居られますかな……?」
マイルームの外から聞こえる声の主は……レオニダスだと思う。
何をしに来たんだろうか?とだけぼんやりと考えるのみで、立香はレオニダスの普段通り返事を返さず黙り込んだ。
「寝ておられるのか、ぬぅ……これは困った……」
少し罪悪感を覚えつつも、今の自分の情けない姿を見せたくない一心でレオニダスがそのまま立ち去ってくれる事を念じた。
しばらくの間、レオニダスが扉の前で立香の事を呼び続けていたが、ある時を境にピタッと声が止んだ。
ああ……行ってくれたかとホッと息をついた次の瞬間――
「……ッ!!こんな扉など私にとっては紙のように柔らかいわぁあああああ……ッ!!」
レオニダスのそんな雄叫びが聞こえたかと思うと、鉄製で出来ているはずの扉に次々と凄まじい音を立てながら拳の跡が作られていく。
「へ……?えええ……ッ!?」
目の前で起きている事に思わず失っていた感情が戻ってくる。
元からレオニダスは生身の身体でも、戦える程に強靭な体を持っているという事は知っていたが、それでもまさか鉄製の扉を拳の力で開けようとするのは予想の斜め上だった。
結局、複数回強力な拳を受けた扉は遂に耐え切れなくなり前に倒れる形で破壊された。
「さぁ……!マスター、行きますぞ……ッ!」
「え……待って、何処へ行く――のぉおおお……ッ!?」
部屋に無理矢理押し入ったレオニダスはベッドに座っていた立香を一瞬で自身の背中に担ぎ、マイルームから連れ出す。
「(一体、何が起こってるんだ……!?一体俺はどうなるんだ……?)」
マイルームから担ぎ出されると、マシュやダヴィンチちゃんが心配そうな面持ちでレオニダスに担がれる立香を見つめていた。
そんな顔を見ると、思わず顔を逸らしてしまう。
この長い期間どれほど皆を心配させたは分からない、でもあの二人は特に自分の事を心配してくれたのは間違いない……それを思うと、謝罪の一言、二言でも言うべきなのかもしれない。
「ダヴィンチ、マシュ……私は必ずやマスターにもう一度情熱の火を灯して見せましょうぞ……!」
未だに顔を悲壮感で滲ませた二人に精一杯レオニダスはそう言い切ってみせる。
その姿はとても勇ましくて見惚れる程にかっこいいと思えた。
「では……これで失礼……ッ!!」
レオニダスは二人に一礼すると立香を担いだまま、急ぎ足でカルデアの廊下を走り抜けていく。
未だにレオニダスの目的というのはハッキリと分からないが、少なくとも自分を奮起させようとしてくれているというのは確かだった。
しかし、それが分かってなお情熱が湧いてこない……身体から力が抜けていく。
底知れぬ不安を抱えつつ、立香はレオニダスの背中に身を預けるのだった。
「お、来たか……!」
立香を担いだレオニダスがシミュレーションルームへと入ってきた瞬間、ベオウルフは待ちに待ったかのように顔をニヤリと歪ませる。
「しばらく見ない間に腑抜けた顔になっちまったもんだな、マスター……?」
「べ、ベオウルフ……どうしてここに……?」
「ああ……?そりゃあ、殺し合いするために決まってんだろ?」
当然の事だ……とばかりに言い放つベオウルフに思わず立香は戸惑いを隠しきれない。
しかし、ベオウルフの傷の入ったその顔から映し出される瞳はいつもより鋭く、まるで猛獣のように恐ろしい殺気を出していた。
「私も血がたぎります……怠慢の戦いなどいつぶりでしょうか……?」
レオニダスは付けていた兜を外すと、その素顔からはベオウルフと同じ猛獣のような殺気を持った目が露わになった。
いつもの闘争心溢れるレオニダスとはあまりにもかけ離れており、今のレオニダスは守るということよりも端的に言ってしまえば”殺す”という意志が嫌という程に伝わってくる。
二人共、殴り合いとは言っているが本気の殺し合いを始めるつもりだ……武人ではない立香にさえ、そんなことはすぐに察した。
「んじゃ……そろそろ移動しますかね!……覚悟はいいな?レオニダス……?」
最後の声だけトーンを落としベオウルフはレオニダスに問いかける。
「貴方こそ、手は抜かぬようお願いしますね……?」
「おう!元から抜く気無いから安心しとけ!」
レオニダスの返答に満足がいった様子のベオウルフはとても上機嫌そうだ。
その直後、ベオウルフは思い出したかのように立香の方を向く。
「そうだ、マスター……言うの忘れてたが……俺は、信じてるぜ……」
その時だけはギラギラとした目を収め、真っすぐな瞳でベオウルフは立香に呟いた。
ベオウルフのその言葉が何を意味するのか、その意味を痛い程に理解しながら、これから起こる事に心を身構えるのだった。
―――
「お、いいねぇ……!いかにも戦いやすそうなとこだな……!」
「むぅ……中々いい場所ですね……」
レオニダスとベオウルフが選んだシミュレーション場所、それは立香も見覚えのある場所だった。
中央に堂々と立つリング、それを照らす天井の照明、日本でテレビ越しに見ていた巨大なリングがそのまま再現されている。
ボクシングやレスリングを行うようなリング上ででこれから行われるのは正真正銘の殺し合い。
客席には誰も居ないが、それでも二人の英霊の存在感だけで十分に感じる。
レオニダスは自身の背中から立香を下ろすと、立香に力強く言葉を発した。
「マスター、ここからは私とベオウルフの戦いです……そこで、見届けていてください……!」
「待って、待ってくれ……ッ!!どうして二人が戦わなくちゃいけないんだ……ッ!?」
ベオウルフはまだしもレオニダスのような英霊が理由の無い戦いを快く受けるとは到底考えられない。
立香に強い言葉で迫られたレオニダスの顔は何処か悲痛に満ちていた。
そんなレオニダスの代わりに口を開いたのはベオウルフだ。
「マスター!俺達が何のために戦うか教えてやるよ……それはお前が失った闘争心を取り戻させるためだ!」
「そ、そのためだけに二人は戦うっていうのか……?」
信じられない様子の立香にベオウルフは大きく頷く。
「そうだ!だからそこで見届けて、感じろ……!レオニダス、準備は良いか!?」
「ええ、いつでも構いません……ッ!!」
まだリング上に残っている立香などお構いなしに二人は臨戦態勢を整え始める。
これ以上の説得は無駄と判断した立香はすぐさまリング上のロープを潜り抜けると、リングから少し離れた場所に何とか非難することが出来た。
英霊同士の戦いなどそれなりに見てきたつもりだったが、この二人の出す闘気はそれらの戦いとは全く次元が違う。
場の緊張した空気が孕んでいき、二人はそれぞれ武器を構える。
そんな張り詰めた空気を壊したのは、武具をグッと互いに握り直した音……それだけだった。
「行くぞ……ッ!!レオニダス――ッ!!」
「ベオウルフ――ッ!!」
まるで獣の咆哮かのような叫び声を上げながら、二人の英霊はリングの中央で互いの武器を交わらせる。
レオニダスの槍と盾、ベオウルフの二振りの魔剣が火花を散らすようにぶつかり合う。
「……ッ!中々根性あるじゃねぇか……!早く吹っ飛ばされろよ、レオニダス!」
「ふふ……!それは、遠慮しておこう……ッ!!」
不敵に笑ってみせるベオウルフだが、レオニダスはそれに惑わされることなく魔剣をどんどんと押し返していく。
「くっ……ッ!押し返せねぇ……ッ!!」
「ぬぁあああああ――ッ!!」
ベオウルフも負けじと力を込めるが、もはやレオニダスの力を押し返すことも叶わず、そのまま魔剣ごとリング上のロープ付近まで吹き飛ばされていく。
ベオウルフは咄嗟に剣を地面に刺すことで、何とか勢いにブレーキを掛けリングに留まった。
レオニダスが優勢かのように遠目で見ていた立香は思ってしまったが、次の瞬間にベオウルフが浮かべた笑みを見てその考えも消え失せる。
「ふぅ……中々やるじゃねぇか!流石、スパルタの語源になるだけはある……」
「いえいえ……貴方こそ、まだ本気は出していない様子だ……」
レオニダスが謙遜したようにそう指摘すると、ベオウルフは観念したかのように笑う。
「はは……!バレてたか……まぁいい、こっからは本気で――やって……やるよ……ッ!」
そう言ってベオウルフはレオニダスに向かい再び走り出す。
「いいでしょう……!正面から受けて立つ……ッ!」
ベオウルフが本気になったことを実感したレオニダスはすぐさま迎撃態勢を整える。
明らかにベオウルフの動きが一段階……いや、二段階は確実に早くなったことが見て取れた。
「(ベオウルフのような者にはこちらから仕掛けるなど言語道断、ただ攻撃を受け流し、一瞬の隙を突かなければこちらが負けてしまう……!)」
冷や汗を流しながら冷静にレオニダスはそう分析し、迫り来る魔剣を槍と盾で受け止める。
先程までとは桁違いの鈍重な重い一撃、レオニダスは改めてベオウルフという英霊の強さを再認識した。
ベオウルフを力では押していたはずだが、今では力でも押されてしまっている。
「どうした?さっきまでの勢いは……どこへ行った……?」
「くっ……ッ!」
レオニダスが全力で力を込めているというのにベオウルフは意にも介さず、涼しい顔を浮かべていた。
押し負ける……!そう悟ったレオニダスは、あえて槍と盾に込めていた力を緩める。
そして、後から来た鈍重な魔剣の衝撃を盾の正面から受けるのではなく、盾を魔剣に擦らせるような形にしてベオウルフの空振りを誘う事に成功した。
自身の魔剣が盾に受け流されるとは思いもしなかったのか、ベオウルフの身体が大きくよろける。
「(勝機ッ!!)」
レオニダスはすぐさま槍を強く握ると、槍をベオウルフの横腹に深々と突き立てた。
当然抵抗できるはずもなく、槍はベオウルフの横腹をいとも簡単に貫いてしまう。
ベオウルフの横腹からは大量の血が一気に溢れ出す。
致命傷には至らなかったものの、流石に少しの間は動けまい……そう考え槍を抜こうと力を込める、が――何故か、抜けない。
「(おかしい……槍は身体を貫通したはず、……まさか――ッ!)」
ようやく槍が抜けない理由に気付いた時には時すでに遅し。
突如、槍ごと前に引っ張り出されると、そこに待ち構えていたのは冷徹な笑みを浮かべたベオウルフだった。
「油断、したな……?」
「――ッ!?」
背中に冷たい物が走ったかと思うと、直後――レオニダスを襲う上半身を斜めに一閃した一撃……
レオニダスの身体からは血がシャワーの如く溢れ出し、持っていた盾は粉々に粉砕されてしまった。
「なんと……ッ!油断だったか……ッ!!」
完全にしてやられた……レオニダスは無念とばかりに膝をつく。
「貴様……まさか、私が攻撃を受け流す事を読んでいたのか……!」
「ああ……そうだ、てめぇ程の英霊が俺の攻撃をまともに食らうとは思えなかったもんでな……だから、俺はわざと槍を受けた」
息を荒くしながら問いかけるレオニダスにベオウルフは平然と答えてみせる。
だが、ベオウルフがやってみせた自分の身体を傷つけてでも勝利をもぎ取ろうとする姿勢はレオニダスですら怖気を感じざる得ない。
やはり理性があるとはいえバーサーカーであることに変わりは無いという事を改めて認識した。
「(ベオウルフが持っている魔剣は確か相手を傷つけると真価を発揮したはず……ッ!今ですら押されているこの状況ではとても勝ち目が無い……!)」
ベオウルフが持つフルンティングが赤く輝きを放つと、その力の一部を僅かながら感じることができた。
「ちっ……ッ!流石に横っ腹に穴が開いちまったのはヤバいな……ッ!!」
刺さっていた槍を抜き、放り捨てるとベオウルフが苦しい表情で呟く。
平気そうにしていたベオウルフもそれなりにダメージを受けていたらしく、その場に膝を突いた。
結局は互いに深手を負った状態になり、決着をつけれるのは宝具のぶつかり合いしかないだろう。
「このままじゃ本当に死んじゃう……ッ!レオニダス、ベオウルフやめて……ッ!」
何とか冷静を保っていた立香も限界に達し、リング上にいる二人に叫ぶように呼び掛ける。
届いてくれ……!という願いを込めて何回も、何十回も叫ぶ。
「やめてよ……もういい……ッ!」
泣き叫ぶような声を出し続けるが、二人の戦士はそれでも戦意を収めようとしない。
むしろこれからが本番とばかりに互いに足をふらつかせながらも、視線をぶつけ合う。
「まだまだ……終わらねぇ……ッ!フィニッシュは宝具でケリをつけてやるよ……ッ!!」
ベオウルフは立ち上がると持っていた二振りの魔剣を――投げ捨てた。
ああ――勝負を捨てたか……とベオウルフを知らない者は考えるだろう。
しかし、立香は魔剣を手放したことが何を意味するのかをよく理解している。
「なるほど……貴方がそのつもりなら私も答えねばなりません……宝具――
レオニダスもベオウルフの意を察し、自身の宝具を展開する。
スパルタの王の叫びに続々と盾が出現していく。
王を守らんと無数の盾がレオニダスを覆うように囲っていき、気付けばそれらが合体し、要塞のような盾へと形を変えていた。
だが、ベオウルフはそれを見ても全く動じることはなく、むしろ笑い飛ばしてみせる。
「ほぉ……こいつはすげぇな、だが俺の宝具の前ではハリボテに過ぎないぜ……レオニダス……!正真正銘最後のぶつかり合いだ……覚悟は出来てるな……?」
「もちろんです……いつでもかかって来るがいい……!」
ベオウルフはレオニダスの言葉に満足し、少しだけ深呼吸をして息を整えた。
再びレオニダスに視線を向けると次の瞬間には明確に殺意のある目に変わっている。
立香は死ぬか生きるかの狭間で戦いを繰り広げる二人の戦いを見て、少しずつ昔の自分を思い出していた。
「(これが、戦い……俺がいつも目の前で見ていたことだったのか……)」
今まで忘却していたはずの記憶が次々と蘇ってくる。
自分が何の為に戦っていたのか、そして自分の存在意義……あまり考えないようにしていたことが今になって浮かんできた。
しかし、それらが浮かんできて尚もまだ戦う事への恐怖は拭いきれてはいない――だからこそ、この戦いを見届けようと決意を新たにしたところで、最後のぶつかり合いは一瞬のうちに始まった。
「いくぞ……ッ!これが闘いの根源……!要は立っている奴の、勝ち……ッ!!
「
素手のままレオニダスへと突貫したベオウルフは本能のままに盾へと攻撃を行う。
蹴りや殴りの連打、一見すると単調な動きだけをしているように見えるが、その攻撃一つ一つに重みがある。
魔剣と同じ――いや、同等以上の苛烈な攻撃と言えた。
「おら……ッ!おら……ッ!!さっさと砕け散りやがれ……ッ!」
まるで大砲を打ち込み続けているような錯覚を覚えてしまう程の足と拳による恐ろしい連撃だ。
レオニダスが何とか支えていた巨大な盾にも少しずつヒビが入り、それはどんどんと大きなヒビになっていく。
しかし次の瞬間――
「舐めるなぁああああああ――ッ!!」
本来なら宝具の使用すら危うかった身体を酷使し、レオニダスはヒビの入った盾を修復していく。
「ちっ……!ここでかよ……ッ!?」
自信の攻撃でヒビを広げるよりも速く修復していく巨大な盾に動揺しつつもベオウルフは怯むことなく攻撃を続ける。
二人の苛烈な攻防もあってか、いつの間にか立派だった巨大なリングも荒れ果て、リングの床はあちらこちらで凹みが出来てしまっていた。
ベオウルフ、レオニダス……どちらも一歩引かない攻防に、立香の心は徐々に戦いへと魅かれていた。
間違いなくどちらが致命傷を負うまで続けられてしまうというのは分かっている。
それでも立香はその戦いの様子を少年のような心で、ただ――”かっこいい”と感じていた。
「(ようやく戻って来やがったか……!前の
額に汗を浮かべながらベオウルフは立香の様子に口元を緩める。
「(俺を召喚した時のお前はもっと目が闘志に溢れてた、闘いに対する欲では無かったかもしれねぇがそれでも守る為に自ら身体を張れる、俺にとっては理想の契約者……そんな風に思ってたよ)」
ベオウルフは拳と足を動かしながら、立香に関する記憶をおぼろげに思い出していた。
「(お前が駄目になっちまった時は俺もショックだったが、今のお前の表情は間違いなく俺が見込んだマスターの顔だ……ッ!)」
戦いの様子を見てうっとりとした表情を浮かべていたマスターの顔。
その姿を見るだけで、ベオウルフは喜びを爆発させていた。
「くっ……ッ!打撃が強くなった……ッ!?」
「おらおら……ッ!!楽しもうぜ――ッ!!」
拮抗状態にあった攻防戦もレオニダスが徐々に押されてきている。
巨大な盾はどんどんと後退を始めており、ベオウルフが盾を破壊してしまうのも時間の問題だ。
「(私も負ける訳には、いかぬ……ッ!)」
歯をくいしばり後退する盾を必死に維持し続ける。
もはや気合で修復することも叶わない盾、負けは確実となってもレオニダスは決して逃げようとはしない。
「(マスター……!貴方にはどんな絶望にも立ち向かう力があった……ッ!負けと分かっていても諦めない心が……!だから、私が引くわけにいかないのだ……ッ!!)」
最後の闘志とばかりにレオニダスは盾に魔力を注ぎ込む。
「負けるかぁああああああああ――ッ!!」
「壊れろぉおおおおおおおおお――ッ!!」
共に王であった者達の戦い、それはまるで戦争のように苛烈だ。
しかし、両者のプライドや意地・信念がぶつかり合ったこの戦いには華があった。
そんな天地鳴動の戦いに終止符を打ったのはガラスのように何かが砕け散る音だった……
―――
レオニダスとベオウルフの対決の後、両者はリング上に倒れ伏してしまった。
少しの間呆然と見ていた立香だったが、すぐに我に返り、慌ててカルデアへ連絡を取った。
駆け付けたナイチンゲールらによって医療室へ運ばれた二人は辛うじて消滅せずに済んだそうで、ひとまず胸を撫で下ろすことができた。
医療室のベッドに担ぎこまれた二人は死にかけていた割にはすぐに話せるまでには回復したということ、立香は早速二人の元を訪れることにした。
「お邪魔しまーす……」
普段医療室に訪れないだけに緊張した面持ちで恐る恐る足を踏み入れる。
もしかしたら寝たきりのままなのか……?という心配は入ってすぐに無駄という事が分かった。
「あの勝負は俺の勝ちだろ……!」
「いいえ、私の勝ちです……!」
ベオウルフとレオニダスが少し上半身に包帯があるだけで大丈夫というのは分かったが、一応重症であったはずの二人が平気でベッドから起きて取っ組み合いを始めている事に立香は思わず固まるしかない。
「大体な、俺は宝具でてめぇの宝具を破ったんだ……だったら俺の勝ちだろ」
「しかし貴方は我が宝具を破ったとはいえ、私より先に倒れたではありませんか?」
互いに額を擦り合わせながら火花を散らしていると、ようやく目線が他へ向いたようで、立香を見つけた途端に表情を柔らかくさせる。
「すまねぇなマスター、少しばかり不細工なとこ見せちまった……」
「いや、それよりも二人共怪我の方は大丈夫?」
「ああ、俺は止血するだけだったから大丈夫……だ」
「私も少々傷があった程度ですので……ね」
レオニダスとベオウルフは言葉の最後に含みを持たせると、再び目から火花を散らすように威嚇し合う。
しかし、突然ベオウルフは何かを思い出したかのような顔で視線を立香に向ける。
「マスター……お前から見て俺とレオニダス、あの戦いでの勝者はどっちだと思う?」
「勝者……」
「そうだ、俺もレオニダスもお前が決めた事には従う……だからお前の視点から見た勝者と敗者を決めてくれ」
ベオウルフの言葉にレオニダスも相槌を打つように頷く。
その時ばかりはベオウルフもレオニダスも神妙な顔をして立香の言葉を待っていた。
「(あの戦いでの勝者……)」
戦いの結末を知っている立香が結果から結論を出すことなど容易だ。
しかし、だからこそ一概にどちらが勝者など決めることはできない。
レオニダスもベオウルフも両者とも、戦いという物を通して立香を鼓舞しようと命掛けの勝負をしたのだ。
そんなの、初めから答えは決まっているも同然――
「俺は二人ともが勝者だと思うよ……」
「「なっ……!?」」
本心から出た言葉だった。
廃人同然になった自分に情熱を取り戻させてくれた……そんな感謝の想いしか今の立香の心には無かったのだ。
「――ふっ……!ははは!流石は俺のマスター!面白い答えだ!」
「そうですな……!流石は我がマスターです!」
呆気に取られていた二人も立香の答えに満足したのか豪快に笑ってみせる。
結局のところ二人にあったのは勝ち負けがどうこうという訳ではなく、やはり立香を取り戻させる為だけが最大の目的だったのだ。
改めて心の中で感謝の想いを浮かべていると、医務室に一人誰かが入ってきた。
「すいません!レオニダスさんとベオウルフさんの様子を見に――きゃあッ……!?」
立香はその人が入った瞬間に思わず駆け寄り抱擁をしていた。
その人は――
「マシュ……!すまない、君には迷惑を掛けてしまった……」
「せ、ん……ぱい……?あ、ああ……!良かった……ッ!」
突然の抱擁で顔をきょとんとさせていたマシュが、みるみるうちに涙腺へと涙を溜める。
「わたし……先輩が一生、あのままになるんじゃないかって……ッ!心配してて……!それで――!」
「ごめん……ッ!ごめんね……!」
立香の胸元に抱き付くと、マシュは胸の内を吐露しながら溢れ出る涙を落とし続ける。
普段冷静を保っているマシュが子供の様に泣きじゃくる姿を見ると、どれだけ自分をを心配してくれていたのかが立香は図らずとも分かってしまった。
しかし、立香は改めて自分が守りたかった物を再認識することができた。
上っ面の信念だけじゃない、マシュという大切な存在を守り抜く……自分が失っていたのは人理を守るという大きな目標ではなく、大切な人を守るという小さな目標だ。
「レオニダスさん……!それにベオウルフさん……!この度はありがとうございました……ッ!」
マシュは一旦、立香から離れると感極まった声を出しながらレオニダスとベオウルフに頭を下げた。
「おう!いいってことよ!」
「そうです、我々はやるべき事を成しただけですから」
マシュの殊勝な態度に二人も笑顔で応じる。
何でもないという風な様子の二人を見たマシュは感動のあまり目元を押さえ、動けなくなってしまう。
そんなマシュを立香は優しく抱きしめてやった。
「せん、ぱい……!ひぐっ……!すい、ません……ッ!こんなに泣いちゃって、おかしい、ですよね……?」」
「何もおかしくないさ……だから存分に俺へ吐き出して……」
そう立香がささやくと、さらにマシュは立香の胸で洪水の様に出る涙を流し続ける。
――自分の為に誰かが泣いてくれている、こんなことはいつ以来だろうか?
「(ああ……やっぱり、俺はマシュが好きってことか……)」
レオニダスとベオウルフ、そして立香はマシュが泣き止むまでの間、温かい目でそれを見守ってやるのだった。