例え全てを知っていたとて 作:るーる
「――始めまして……ですね。ロザート・アザリオ中将で間違いは?」
「……ああ、そうだ。それで用はなにかな?
私は今前線の補給線についてかなり悩んでいたところなんだが……こんな時にやって来るにはずいぶんと可愛いお客さんだな?」
ロザートは執務室の中、面倒そうに書類から目を上げ、いつの間にか目の前にいた少女に目を向ける。
十六程の背丈に、一目見たら忘れられないであろう容姿。長い銀髪、そして湖面のように反射する瞳と相まってまるで妖精のような少女。
キラキラと眩しさすら感じる微笑みはまるでそうあれと教え込まれたかのように微動だにしない。
外見上の有利は稀有な物だ。それ自体を否定はしない。誇っても問題ないとロザートは考える。
――だが、仕事の邪魔になることは許容出来ない。
「全く……大方何処かの貴族のお嬢様か?その可愛らしいお顔に、階級は知らないが貴族の特権……今なら見なかった事にしてやるからすぐに出て行きなさい。子供が首を突っ込んで良い範囲を越えている。君のお父上は――」
そこで初めてロザートは違和感を覚えた。
ほとんどの貴族の子は自身の親を侮辱されると教育上の方針も相まって自身を抑えるということをしない。ここで負の感情を見せてこないというのは、洗脳とでも言って良い教育を受けてきた貴族にしては異常だ。
こんな事に気を止めるとは自分も歳なのだろうか――そんな考えを抱き、再び視線を前へ向けると――絶句した。
「ロザート・アザリオ。アザリオ子爵と庶民との間の非公認の子として生を受け、ある襲撃事件にて本来の継承者が命を落とすと同時、外見が似ている、年齢が近いとの理由で秘密裏にアザリオ家に迎え入れられる。そして怪我を理由に学院を休学し、違和感を抱かれないよう整形しそのまま卒業。
その後『まるで人が変わったようだ』と言われながらも、少し前に開花した武道の才能を見せ初める――これは単なる才能でしょう、まったく持ってうらやましい限りです――そして華々しい活躍の後、六十を越え軍の古株となった今では重鎮として軍部に身を置く――これに間違いは?」
「…………ない」
少女は微笑みを崩さなかった。淡々と、まるで当たり前のことを言うように告げられたのは本来知られていないはずの情報。
――中央からの回し者?いや、それならば私を直接召集すれば良いはず。王家直属の情報機関――いや、王家がそれを知ったところで私をどうこうするはずがない。……なんだ?何が目的だ?
頭の中で次から次へと憶測が舞い散る。
微笑みを称えたその表情が、そこらの化け物よりも恐ろしく見えてくる。
幼い容姿。可愛らしい顔。本来プラス要素であるはずのそれは、不明というただ一点を持って得体の知れない『化け物』へと認識を変える。
少女はそのドレスを軽く揺らし、軽く頭を下げた。
「私の名前はフィニア。ただのフィニアです。以後、よろしくお願いします。王国の血染めの刃……『赤刃』さん?」
◆◇
ゆらりと体を傾かせた少女が街道をとぼとぼと歩く。
その顔は気味の悪い仮面で覆い隠されており、黒い外套も相まってその様相は単なる不審者だった。
ガヤガヤとした喧騒も今の少女には毒でしかない。痛む頭にボヤける視界はまさに病人のそれだ。
「あっ……ご、ごめんなさいっ!」
「……ああ、私ですから。大丈夫ですよ、お気になさらず」
ふらふらとした少女にぶつかった少年は咄嗟にぶつかった者を見つけ――全力で頭を下げた。
黒い外套に青の仮面を被った奇妙な人。その外見に加え、吐き出される声は性別すら不詳な怖気の走る声。それは多少世界の恐ろしさを見知った少年程度では恐怖を押し隠せない物だったのだ。
声の大きさで周りの人達が懐疑的な視線をこちらへ向けて来るが、少年はそんなものに気づかない。
思わず後退りし、反転する。
「……えと、じゃ、じゃあ!僕しなきゃならないことがあるんで!本当にすいませんでした!」
「……はあ。カルア君、待ちなさい」
謝り逃走しようとする少年の手を掴んだのは少女でも人でもなく、ただ自分の本名を呼ばれるという行為その物だった。
頭の痛みを抑えようと声が剣呑になる少女の心情など分からない辺りの人々が騒ぎ始め、ガヤガヤと今度は違う意味での喧騒が辺りを包み始めた。
カルアが怯えたように声を震わせる。
「……なんで、僕の名前を……」
「どうでも良いでしょうそんなことは。それよりも――後三秒後にその付近に
追記
声が変わっているのは仮面のせいです。