例え全てを知っていたとて 作:るーる
「へ?」
カルアが突然の発言に停止する。そしてそれを予期していたのか、少女はカルアを――全力で蹴飛ばした。同時に懐から取り出したなにかを
後ろ手に握り、そのまま握り潰した。
グシャ、と軽い音がなる。だがそれよりも目の前の暴行にあらゆる人が目を取られており、それに気が付く人物は誰一人いなかった。
「――ぇ」
それなりの力で蹴飛ばされた軽いカルアの体は、勢いよく壁へ激突し――同時。
「――ギィィイイイイイイ!!」
――大蛇が、地面から爆音を伴って現れる。
鼓膜が爆発するような轟音と、一帯に撒き散らされる破壊音に塗り潰される。そして、人々の動きは迅速だった。
「逃げろ!!」
「うわぁあぁあぁあ!!!」
「どけよ!!邪魔だろ!!」
バラバラの行動は、だが。統率の取れた軍隊のようなたった一つの意思を元に動いていた。駆け巡る群衆に踏み潰される者、混乱に乗じ盗みを行う者。
それを避けながら、少女は頭上で蠢く大蛇を見上げた。
「さて。あの娘が来るまで四十七秒……コイツら相手は荷が重いですが……せいぜい頑張って持たせますかね」
そして、己以外地面に立つ人間が消え失せたそこで、少女は横に跳躍し――次の瞬間、大蛇が動く。
爆音を響かせなじるように地面を伝い、そして――勢い良く噛みついた。バクン!と空気が弾ける音が鳴る。
恐らく、大蛇の表情が見えたのなら、その表情は驚きに包まれたものになっていただろう。あまりの手応えの無さと、そしてなにか小さな固いものを砕いた感覚。
大蛇が噛み付いたそれは――黒いローブだった。
「蛇――特に
更に、熱感知などを行う貴殿方ですが……条件反射の噛み付きはそのようなことを考える暇はないでしょう――そして」
一歩引いた位置から、銀糸が舞う。放たれた髪に、鈍く反射する青い瞳。
至近距離で淡々と大蛇を見つめ、次の瞬間――爆発した。
「――仮面の内部に、震動で混ざり合い爆発するように火薬を入れておきました。多少の熱も持っていたので、なおさら反射で噛み付いたのは仕方がないかと」
鎌首をもたげるように動き出そうとしていた大蛇の口内でそれは起こった。激しい熱と衝撃に、起き上がろうとしていた大蛇は口を開きながら倒れ――、
「――ギシャァァァォァアァァア!!!」
――なかった。
強靭な顎が轟音をたてて閉じ切れられ、ついで真っ赤な瞳が少女を貫く。
そして、
筋の入ったその瞳から爛々と煌めく光が浮かび上がる。それは目の前の獲物を貫き、いつも通りに獲物の意識を奪う。一瞬体が揺れ、次の瞬間獲物は倒れる――はずだった。
「――知ってます」
揺れた体が体勢を立て直す。
蒼い瞳が、大蛇の赤い瞳孔を爛々と捉えていた。大蛇は予想もしなかった光景に瞳孔を見開き、体を固まらせる。
そして、この戦いで明確に少女が優位に立った、その瞬間。
「……えっ?」
サクリ、と軽い音をたてて少女の胸に、刃が生えた。
――ドサリ、と。
なにか軽いものが地面に崩れる音が鳴り、やがて少女の体からドクドクと赤い液体が流れ出す。
「ヤツが貴様を敵と見た。故に私はそれを殺す。……依頼だ、好んでではない。すまんな」
そして滲むように空間から一人の女が現れた。先ほどの少女のように仮面を付け、だが放つ威圧感はまさに人外。
ありふれた生命など容易く刈り取る力を持つその女は、倒れ付した少女を見遣りため息を付く。そして見えない表情を鋭くすると――、
「シャァァァァァア――」
――キン、と音が響いた。
空間がパキリと割れ、大蛇の首が落ちる。先ほどの比ではない体液が溢れ落ちる。
その様を冷めた瞳で見据え、あまり気分の良くない表情をすると、一転。血を流し続ける少女がいた場所へと視線を――
「――あーあ、やっぱりこれしかなかったですね」
能天気な声が聞こえた。それは、あり得てはならない声。
「……貴様は……今、確かに殺したはずだ」
手がぶれる。
――ひゅ、と。甲高い音が鳴ると同時。少女の首が体と別れ――なかった。
「知ってます」
剣閃は少女の首の皮を擦り、ギリギリの間隔で隣の屋台の柱を切り裂く。木が切り裂かれる鈍い音が鳴り、予想もしなかったその光景に女は目を見開く。
「――何が、いや……」
理由は分かる。至極単純な、だが致命的なそれ。
女は、体勢を崩したのだ。
足元に
手に持つ剣を短剣に取り変える。目を吊り上げ、腕を持ち上げ――思いっきり投げる。詰まらなそうな少女の瞳がそれをとらえる。
だが動かない。警戒のためか、小さなその手にナイフが握られたが、それだけだ。
それが『動かない』のか『動けない』のか、それを考え続けながら――やはり異常は起こる。
「――知ってます」
倒れる。屋台が、そのタイミングで。まさに刃が少女に直撃せんと言うその時を境に倒れ崩れる。そして短剣は屋台に巻き込まれ、少女へその凶刃を突き立てること無く弾かれた。
そしてそれを認め、今度こそ女は驚愕ではなく、納得を瞳に宿した。
『知っている』はブラフだろう。『魔術』は理論だ。未来を知る術は存在せず、故に魔術は現実のみを侵食する。いや、私の能力を知っている、と言うことか――今はそのようなのことを考える場合ではない。
バレないように瞳で合図を送る。対象の後ろに潜む存在にそれは伝わり、少女の首筋に刃を突き立てようと――、
「――知ってます」
少女が横に倒れるようにそれを避ける。とっさの回避故か、手に持つナイフが手から離れ空へ舞う。やはり『知っている』はブラフか――そう考える間にも時間は進む。
短剣は音を出さぬために、それを追い抜く速さで振られてはいない。
故に少女は地面に倒れ、刃は空を切る。
そしてそれを認め、次の瞬間――女は弾けた。
「──ふ」
爆発する。空気が割れ、強引な加速が引き起こすのは爆弾が爆発したかのような爆風。少女が目を見開く。その相貌に滲むのは驚愕。やはり、何かタネがある。
そう思考する最中にも動作は止めない。金切り音を甲鳴らせながら、女は剣を振るおうと──、
「なんちゃって」
ニヤリと笑んだ少女の笑みに思考が鈍る。
そして察する。──上に気配。いや、これはなんらかの
そして、咄嗟に視線を上空に向け──目に入ったのは黒い金属球。
「──っ!」
視点を変更。剣は上から降る金属を横からしっかりと捉え──轟音。気味の悪い音が鳴り響き、そして女の剣が破裂する。
金属球との衝突に耐えきれなかった剣は、粉々に砕け散り。しかし、金属球は弾けた。
それは瞬間の加速で空を切った。そして、金属球は屋台に激突し途轍もない砂埃を巻き上げる。
それを払うため、刀身のない剣を何度か振るうが焼け石に水。仲間との意思疎通すらままならない。舌を打ち鳴らす。
そして砂が視界を覆う中、少女の声が響く。
「さて──タイムアップです」
──同時。途方もない衝撃が世界に撒き散らされた。