例え全てを知っていたとて   作:るーる

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咆哮

 「なん、だ……これは」

 

 女は目を見開く。それはこれまでの流れもそうだし、なによりも目の前の煙の中で爛々と煌めく相貌に対してでもあった。

 

 紅色の、血よりも鮮やかな意思に濡れたその瞳。それが信じられない程の圧力と威圧感を持ってこちらを睨んでいたのだ。

 

 「『これ』とは人聞きが悪いですね……この娘は私の大切な大切な、紛うことなき《世界最強》の──(相棒)ですよ」

 

 響いたのは目標であった少女の声。その声は相も変わらず余裕に(まみ)れた淡々としたものだったが、それも肯けた。

 それほどまでに、土埃の中強く光るその殺意は隔絶した物だったのだ。

 

 「──フィニア、わたしはなにをすれば良い?」

 

 艶やかな声が響く。ガラスのように鋭く、氷よりもなお酷く冷たい音色を持ってそれは世界を貫いた。

 

 「何も難しいことは言いません。私のエルカ。──ただ、勝ちなさい」

 

 そして、その小柄な影はその鮮やかな紅を歪に歪ませた。

 

 

 「──了解」

 

 

 ◆◇

 

 

 フィニアの言葉に、獰猛な本能がうなりをあげるのをエルカは感じていた。牙を剥き出し、頭部に備えた獣の耳を頭皮へと這わせる。

 

 意識が戦闘の合図と共に切り替わる。鋭敏な肌がピリピリとした空気の揺れを直に伝え、右斜め後ろに隠れ潜む一人の存在を認める。そして、ツンと鼻をつく臭いは、真後ろの少女、フィニアの物だ。エルカにとって、誰よりも大切で、誰よりも必要な人。

 

 ──獣人、特に『狼族』であるエルカは本来ひ弱で脆弱な人族になど手を貸さない。

 

 何故なら、力こそが全てだから。知恵が、戦略が、如何なる物だろうと、それを上回る『力』を押しつければ良い。

 

 暴力には更なる暴力で、武器には己の拳で、知恵には理不尽を。

 

 例え相手が魔術を使おうとも、全てを肉体一つで乗り越えれば良い。火も水も、嵐も雷も土流すらも。

 それが出来ない存在は、ただ蹂躙されるのみ。それが、エルカ達獣人の考えだ。勿論今でもこの考えは変わっていないが、エルカは少しだけ違う。

 

 だって、フィニアがいるから。フィニアだけは、エルカの特別だから。

 

 「──」

 

 地面を踏み締める。大地が割れる。破片が飛び散る。瞳を窄める。視界が狭まり、色を失う。世界が遅くなる。

 

 吐息が漏れた。興奮が血を沸かす。目標は捉えた、後は向かうだけ──そう頭の中で考えながら、そして踏み込む。

 瞬間、視界全体が割れた。局所的な暴風が巻き起こり、土埃が吹き飛ぶ。目の前の女が近付く。ゆっくりと、ゆっくりと──。

 

 「なっ──」

 

 驚愕が目の前の女の仮面越しに伝わる。それと同時に、少しの感心が心によぎった。

 

 ──認識出来たのか。

 

 思わず苦い思いが染み渡る。フィニアから言われた、勝利に『完全に』はついてない。だが、出来ることなら完全な勝利を捧げたかった。一瞬でも遅れたならば、それは完全とは言えないだろう。これなら最初からもう少し力を込めて地面をければ良かったかもしれない。

 そして、意識が揺らいだ次の瞬間──使い古された鉄の臭いが鼻を横切った。

 

 (……後ろ?)

 

 咄嗟に視線を向かわせる。強引な方向転換に多少の抵抗がかかるが、それを無視して視界を寄せる。

 

 (──あのニンゲン)

 

 目の前の女の方が脅威ではあった。だから、先にそちらを潰すことにした。だが、それはフィニアを護ると言う視点からは間違いだったようだ。

 短剣が男の掌に取り出される。今から先に女を潰しても間に合う。間に合うが……もしかするとフィニアが求めているのは、なにもさせない本当の意味での完全な勝利かもしれない。それならこれは、エルカにとって敗北したも同然だ。このままだと不味い。フィニアに失望される──その思考が脳裏に浮かぶ。

 

 (──それだけは絶対に駄目!!!)

 

 躊躇いはない。嫌われる、失望される──見捨てられる。それだけは、絶対に許されない。だからそれと同時。エルカはただ全力で咆えた。

 

 

 「──ぁあアアァア!!!」

 

 

 ──瞬間。世界は弾けた。

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