ド葛本社。
それは四人の『家族』
これはその始まりの二人のお話。

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向日葵はどこを向く その3

「それじゃ、行こうか」

 

社築は靴を履き終えると廊下に立つ少女に声をかけた。言葉の先の本間ひまわりは小さく頷くと彼が場所を開けた玄関で自身の靴を履き始める。

その姿を社は自然と見つめていた。

この一週間、よく見かけた学生服ではなく私服姿の彼女。年頃らしく可愛らしいオレンジ色の服を着た、初めての姿を見かけた社築はその装いに頷くと、ついうっかり口を滑らせた。

 

「なかなか可愛いな」

「え?」

 

気がつけば思っていた事が口に出ていた。

呆けたひまわりの顔と返しに、社は自らのやらかしに気が付いて慌てる。

 

「す、すまない! つい・・・」

 

・・・やっちまったぁぁぁぁぁ!!!

これは間違いなく通報されるぅぅ!!

社の脳内には逮捕され、裁判をおこされ、最終的に刑務所に収監される自分の姿がありありと映った。

実家の母ちゃん、父さん・・・すまない。俺は、私は・・・もうダメかもしれない。ごめんな、ダメな息子で・・・。

せめて孫を見せてあげたかった・・・!!

そんな後悔が頭をよぎる。

 

「いえ・・・大丈夫ですから」

 

だがそんな一人一大劇場を繰り広げる彼へ返された言葉。ひまわりは赤くした顔を伏せる。

 

「でも、その・・・ありがとうございます」

 

小さな声でそう言うと本間ひまわりは彼の横をすり抜け、マンションの通路へと歩いていった。

社築は『許された』という事実に気がつくのに暫しかかり、正気に戻った頃にはひまわりの乗るエレベーターは既に一階にあった。

 

 

彼女がやって来て一週間。共に出かけるのは初めてだ。

駅前へ向かう道は休日らしく人が多い。その中で彼女と並び歩く自分を、さて周りからはどう見えるのだろうか。

答え『いい歳した成人男性と明らかに学生であろう年頃の少女』

・・・これはいかん。やっぱり事案対象である。知り合いに出会ったら確実に関係を疑われだろう。勢いで出かける事を提案してしまった昨日の自分をぶん殴り、挙句墓の下に埋めてやりたかった。

そんな百面相な彼の様子にひまわりも思うところがあったのか口を開く。

 

「あの・・・社さん、体調が悪かったりしますか?」

「イエ、ダイジョウブデスヨ、ホンマサン」

 

情けねぇー!

俺、はるか歳下の女の子にガチ心配されている!

だがカタコトの言葉しか返せない女性経験皆無ガチ音ゲーオタクである自分がいた。

 

「・・・あ〜、今日寒いっすねぇ」

 

しかも口から出るのは会話デッキ中、最低の天気デッキときた。これはプレミは大プレミだ。かつて大学のオタサークルでやらかした苦い記憶を思い出す。

・・・成長してねぇなぁ、俺。

 

「そうですね。今日はだいぶ気温低いみたいです」

「そ、そうだなぁ(笑)」

 

そうだなぁ(笑)ってなんだよ!

自分で振っといてその返しはマイナス百万点だわ! ポンコツか? いや完全にポンじゃねぇか!

そんな心中穏やかではない社築。

 

『頼む。今日は知り合いに会わないでくれ! マジで頼むぞ、神様!』

 

こんな様子を見られたら死ぬしかない。

きっと何処かにいるであろうそれに祈りを捧げながら、社は少女と共に駅側のショッピングモールに辿り着いた。

 

「あれ? 社さんじゃん」

 

だが社の願いは全く届かず、早々に知り合いに遭遇してしまう。大荷物を引いた道化師が気さくに手を振っている。

 

『神様ぁぁぁぁぁぁ!?』

 

瞬時に崩れ落ちる社畜。

その勢いにびくりと身を震わせる少女。

二人に近づいていく道化師。

 

「え、どうしたの?」

「力一、お前どうしてここに・・・」

「おれ今日ここで営業なんですよ。ところでそちらの方は?」

 

ガラガラと彼の引くキャリーケースが音を立てた。ひまわりの目の前に立つ力一の背は高い。こちらを見上げる少女の瞳に怯えの色が見えた彼はすぐさま視線を合わせるとにっこりと微笑んだ。

 

「Hi ジョー児! 初めまして。ジョー・力一でございます」

「こ・・・こんにちは」

 

引き攣った顔で答える本間ひまわりに力一は笑顔を崩さず、大仰な仕草で芝居がかった礼をした。

しかし明らかな恐怖を感じた顔。力一の経験上、この顔には見覚えがあった。

 

道化恐怖症。

 

世間には自分の様な道化師装飾、所謂ピエロメイクに恐怖心を覚えてしまう人が一定数存在する。その多くは『メーキャップされた顔からは、感情を読み取ることが出来ない』事に由来していた。それを知っていた力一はあえて表情を豊かに少女に笑いかける。

 

「おやおや、お嬢さん。貴女にそんな顔は似合いませんよ?」

 

差し出されるはその掌。何にも持たないそれが、くるりと翻されるといつの間にやら一輪の花が現れた。

 

「せっかくならこのお花の様に笑顔を見せては下さいませんか?」

 

もし色男がやったなら気障ったらしいその仕草と台詞。だが行うは道化師のジョー・力一。愛嬌のある動きと一緒に、その手には造花が摘まれていた。

 

「ね?」

 

再びの笑顔と首を傾げる仕草。邪気の無いその顔を見た少女は安心したのかゆっくりと手を伸ばす。向けられた花を受け取ると何処か嬉しそうに小さく微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ!」

 

またも大袈裟な仕草で礼をする道化師は、くるりとターンした。人を惹きつけるには人とは違った動きがよく合う。その緩急が見る人を集中させるのだ。

それをよく知ったジョー・力一は少女に問うた。

 

「あ。宜しければ貴女のお名前を教えていただけませんか?」

 

格好付けて差し出される彼の手。本間ひまわりはそれを見ながら、ゆっくりと自らの名前を告げた。

 

「・・・本間ひまわり、です」

「ひまわり・・・」

 

それを聞いた力一の動きが止まった。

笑顔を忘れ、目を丸くした彼は正に『驚いた表情』で彼女を見つめた後、友人の顔を見た。やがてその表情を確認した後、少女に向き直る。

 

「それは中々に意外ですね、ひまちゃん!」

「・・・ひまちゃん?」

「えぇ。『ひまわりちゃん』を略して『ひまちゃん』」

 

偶然にも彼の手が差し出した花は『向日葵』の造花。

ジョー・力一が彼女の名を知ったのはたった今だ。だが何の偶然か、先の彼は数ある花の中からそれを選んでいた。

 

「それと。おれの事は『ジョー』とでも呼んでください」

「ジョー・・・さん?」

「ノンノン! 『ジョー』と呼び捨てでいいですよ」

「え、でも」

「社さんのお知り合いなら構いません」

 

ひまわりは困った顔を社に質問する。そのやりとりを見ていた彼は目を細め、頷き返した。

彼、ジョー・力一は道化師だ。

ピエロとは笑われる存在である。

だがそれは道化を演じて笑われる存在。

自然なものでなく、不自然に笑われる異常な存在。

それを如何に自然に見せようとする稀有な存在。

そして、それを自ら望む存在であった。

 

「今後とも、ご贔屓に。『ひまちゃん』?」

「はい。よろしくお願いします・・・『ジョー』」

 

差し出した向日葵の造花を手に微笑む少女の顔を見たジョー・力一が今度は満面の笑みを浮かべた。

 

 

「あ、社さん。でも犯罪はヤバいと思いますよ?」

「・・・あのなぁ」

 

去り際、小声で心配そうに囁く力一の言葉に僅かに拳を握る社築。彼の様子に再び笑顔を浮かべた道化師は一枚のフライヤーを手渡すと手を振る。

 

「わかってますって。あ、14時から僕のステージなんで是非来てくださいね」

 

それだけ言うと力一は手を一振りして店内に消えていった。

 

 

 

ジョー・力一と別れ、二人はショッピングモール内を歩いていた。休日らしく家族連れ、カップルなどで賑わう店内を他人同士の二人は進む。

出かけると言ったのは自分だが、何処へ行くかを細かく決めていなかった社は自分の無策に悶え苦しんでいた。あの時はただ勢いで言ってしまいここにいるが、今となってはどうしてこんな事を言ってしまったのだろうか。

後悔後先に立たず。

そんな諺を噛み締める社はひまわりの隣を歩きながら、ほぼほぼ白目になりかけていた。悲しいかなオタク君の胸中には、

 

『マジどうしよう』

 

未だそんな言葉が溢れる。

出会ったのがジョー・力一で良かった。彼は見た目は派手だが、その内面はとても理性的である。あんな言葉を言ってはいたが揶揄う意味は無く、ただ善意と心配の言葉だけなのを知っていた。

その社が悩んでいると、いつの間にやら二人はティーン向けのショップが集まる階層に差し掛かる。年頃の少女が好みそうな服の集められたそこで隣を歩く少女の様子が変わった。

そわそわしている、と言えばいいのだろうか。立ち並ぶ店に飾られた洋服に目移りしているのがよくわかった。横目で観察しているといつもは色褪せた瞳が色めきだっている様に感じられる。やはり女の子なのだろう。きっと流行りのファッションには敏感なのだろう。短い付き合いではあったが、漸く彼女の子供らしさに触れられた社は微笑んだ。

 

『やっぱり女の子なんだな』

 

興味深げに一店を見ているひまわりに社は声をかけた。

 

「・・・そこ、気になるのか?」

「え?」

「よし入ってみようか」

 

彼自身、女性と共に服屋に入った経験など無い。だが人と成りを観察する目に自信がないわけではなかった。

本間ひまわりは目の前の店に興味を持っている。それはよく理解った。だから半ば強引に彼女の手を引く。

 

「見るだけなら無料(ただ)だ。ほら行こう」

 

小さな彼女の手を引き、彼女を惹きつける店に足を踏み入れる。

自分の様なオタクには無縁の店舗に少女の手を取り、足を踏み入れる。

社にとっても、ひまわりにとっても、初めての経験。

 

「本間さん。ゆっくり見ていいから」

「でも・・・」

「いいから!」

 

小さなその背中を彼女より大きな掌で押し出してやる。

それは放り出すのでは無い。

その背を自分はちゃんと見守っているから。

 

「気になるんだろ? なら見てきていいから」

 

その身が強張るのは手から感じた。でも、だからこそ、押してやるのだ。

 

「ゆっくり見てきな。俺はちゃんとここにいる」

 

その言葉と共に放たれた太陽の少女は遠慮がちにその手から離れるとひまわりは目移りしている様でもあれは、これはと次々に並べられた洋服たちと会話を始めた。そのうち店員に声をかけられて嬉しそうに会話をする彼女の顔を見た。

 

『そんな笑顔、出来るんじゃねぇか』

 

嬉しそうに、照れ臭そうに笑う本間ひまわりの顔を見た社築の顔もいつの間にか口角をあげているのだった。

 

 

 

「買ってもらっちゃって、すみません」

「気にすんな」

 

社の手には服屋で買った服が入った袋がぶら下がっていた。決して安くは無い金額ではあったが、懐が痛む金額では無い。

会社はどブラックであるが、給料だけは良い。残業代も、賞与も同年代に比べれば貰っていた。しかも会社ではなかなかに優秀な部類にいるからか貰える額は多い方だ。使い道がないだけである。

具体的に言えば4人家族が暮らせる位の収入が社にはあった。

 

「そろそろ昼時だな」

 

朝飯は軽く済ませていた二人はフードコートに足を運ぶ。当初はレストラン街で店を探そうかと思っていたが、彼女の好みをよく知らない社はそれをやめた。ここならば大抵の店はある。彼女の好きなものを選べるだろう。

 

「本間さん、何食べたい?」

「え、その・・・」

「なんでも良いぞ」

 

その言葉に彼女は立ち並ぶ店を眺める。どの店も分かりやすくメニューを写真と共に展示している。その中から一つを指差した。

 

「カレーでもいいですか?」

「・・・いいね」

 

何の変哲もないチェーンのカレー店。二人は列に並ぶ。少しすると順番がやって来た。

 

「私はビーフカレーにするけど、どうする?」

「同じので・・・あ」

「どした?」

「その、トッピングで生卵乗せてもいいですか?」

「わかった」

 

料理自体はすぐに出て来た。社が二人分のカレーをトレーに持ち、空いている席を探す。だが休日のフードコートというところは人が多い。お昼時とくれば尚更にである。見回すがなかなか空いた席が見当たらなかった。

 

「混んでますね」

「・・・だなぁ」

 

やはり素直にレストラン街で店を探すべきだったのだろうか。社が困り顔を浮かべた時、騒がしいそこで一際騒ぐ声が聞こえてきた。

 

「まいまい、あ〜ん!」

「・・・だから勘弁してくれって」

「え〜? 照れてるの?」

「違うわ!」

「じゃあ恥ずかしいの?」

「あのな・・・周り見てみ? 俺みたいなおじさんとお前みたいな中学生が一緒にいたら、周りはどう思うよ」

「犯罪臭がする?」

「正解だよ、コノヤロー」

「知ってた」

「やっぱり確信犯じゃねぇか!!」

 

顔見知りが見知らぬ少女と漫才を繰り広げていた。

今日は知り合いに出会いたくない。そう思った時期が社築にもありました。だがどこか今の自分と似た境遇の知り合いを見つけた途端、彼の顔は歪んだ。

そして、幸いな事に二人が座れるだけの空席があるのを見越した彼はひまわりに確認をとった。

 

「本間さん、相席でもいいかな?」

「は、はい!」

 

何故だか怯える少女の了承を得た笑顔の社はゆっくりと席に近づくと他所行きの声で尋ねた。

 

「あの〜すいません。相席いいですかね?」

「え? はい、どうぞ!」

 

その問いに答え、振り向く男。

誰かが来れば連れの暴走も収まってくれると僅かな希望に満ちた彼を迎えたのは『おもちゃを見つけた』知り合いの笑顔だった。

 

「社さん⁉︎」

「よぉ、舞元・・・楽しそうだなぁ」

「なんでここに⁉︎」

「飯食いに来たんだよ、当たり前だろ」

 

言いながら空いた席に座る。ひまわりにも空いた席に座る様に促した。ちょこん、と社の隣に座る本間ひまわり。彼女の分のカレーを置きながら、悪魔の笑顔で問いかけた。

 

「いやぁ、奇遇だな」

「そ・・・そっすね」

「こんな所で知り合いに会うなんて思いもしなかったわ」

「あはは・・・」

 

泳ぎに泳ぎまくる目は着地点を探して暴れ回る。が、安全地点は何処にもない。その舞元の様子に社はその顔を崩さずに話しかけた。

 

「それで、そちらの方は?」

「・・・」

 

面白い様に冷や汗をかく友人に内心爆笑、外面笑顔で語りかけてやる。我ながら意地が悪いのはわかっていた。

それでもネタを見つけたのなら追求せずにはいられない。

 

「どうした舞元」

 

固まった表情で二の句を繋げずに真一文字に結んだ口の友を追い詰める。

 

「それとも、『言えない事情』でもあるのかなぁ?」

「いや、それは」

「はい!」

 

言葉を留めた舞元の代わりに答えたのは隣に座った少女。彼女は八重歯を煌めかせると、その深緑色の髪を揺らしながら立ち上がった。

 

「私はまいまいのお嫁さんです!!」

「ヒスイさぁぁぁぁぁん⁉︎」

 

男の絶叫もなんのその。

『ヒスイ』と呼ばれた少女こと、北小路ヒスイは目の前の二人と隣に座る愛しのダーリンに最強最悪の大宣言をかますのだった。

 

 

ヒスイによる大暴露の後、昼食を摂り終えた二人は意気消沈する男と対照的に笑顔で隣に座り続ける少女と相対していた。四人の中に言葉はない。ただただ重苦しい空気が支配する中、社築は大袈裟な溜息と共に語り始めた。

 

「舞元・・・俺は信じてたんだがなぁ」

「ま、待ってくれよ社さん。弁明を、弁明をさせてください・・・」

 

社より年上の舞元であったがその言葉は弱く、敬語で応えた。二人の中は浅くない。だが本来なら六つ歳上の舞元に対して、社はあえて砕けた言葉で話す。

 

「まさか友人が真性のロリコンだったとは」

「こ、これは違うんだ」

「違わないでしょ、ま〜いまい?」

「頼むから少し黙っててくれない⁉︎」

 

隣で声を上げる中学生に叫びを返す舞元啓介。そのザマを嗤いながら社は頷いた。

 

「まぁ、言うだけなら何とでも言えるさ」

「違う・・・違うんすよ」

 

蚊の鳴くような声で言い返す、その場の最年長男性。青褪めた男は何とか切り抜けようと顔を上げた。

その時、目に映るのは悪魔の隣に座る一人の見知らぬ少女。どう見ても社より遥か歳下の少女に手を向けながら、舞元は叫ぶ。

 

「や、社さんこそ! その子は何なんですかねぇ! 人のこと散々言ってくれましたけど、あんた人のこと言えるんですか⁉︎」

 

いきなり話題を振られたひまわり。落ち着かない様子で社と舞元の顔を交互に見た。彼女の動きを感じた社はこともなげに言い放つ。

 

「は? 本間さんは俺の親戚だけど?」

 

言う言葉に返す言葉。

 

「色々あって彼女の後見人してますが、何か?」

「え、どゆことぉ?」

 

逆転の一手を放った筈が、まさかの返しで状況覆らず。どうしたものかと言葉を飲む舞元の腕に、柔らかい感触が抱きついた。

もちろん北小路ヒスイである。

 

「まいまいったら。ちゃんと言ってくれていいんだよ? 『ひすぴは俺の嫁だ!』、って?」

「いやいや違うよ⁉︎」

「でもわたし覚えてる。『お嫁さんにしてね?』って言ったら『大人になったらな』って言ってくれたでしょ?」

「子供の頃の話だろぉ!」

「もう子供じゃないもん」

 

そう言うと腕の力を強くするヒスイを振り払うわけにもいかず、硬直する農家に爆笑という答えを返した社築は隣の少女に声をかけると立ち上がる。

 

「ま、通報されんなよ?」

「頼む。助けてくれ・・・」

「何言ってるかわからん」

「まーいまい♡」

「薄情者ぉぉぉぉ!!」

 

泣き叫ぶ男を置き去りにして、社築と本間ひまわりはその場を後にする。ひまわりだけが同情的な表情で、ペコリと小さく頭を下げるのだった。

 

 

「よかったんですか?」

「・・・舞元の事かな」

 

問いかけを受けた社は心配気な表情のひまわりをチラリと見た。見た目通り優しそうな彼女の顔に僅かばかりの非難を感じる男は笑う。

 

「大丈夫さ。あの子の事は前から聞いてたし」

「え、なら・・・」

「大丈夫」

 

立ち止まり、本間ひまわりに向けられるのは一人の男の姿。ひと回り近く歳上の彼は彼女の肩に手を置く。

 

「ホントにヤバいなら救ける。それが友人だから」

「充分大変そうだったんですけど・・・」

「ダイジョブデスヨ」

 

本日二度目のカタコト。しかしながらひまわりは彼の顔から受け取る。その顔は”友人”を信頼しているのがわかった。

 

「・・・あいつはこれまでに女性関係で色々あったみたいだけど、私の知る限り決して不義理する様な奴じゃないからさ」

 

立ち止まり、壁に背を預けると下を向く。

床を見つめる視線は細められ、やがて瞑られた。

 

「嘘を言うわけでもないし。だからこれでも信じてるんだ」

「社さん・・・」

「なんて、格好つけちゃったな」

 

そう応え笑う彼は『冗談冗談』と手を振るが、ひまわりにはそうは思えなかった。

いつもの疲れた顔で笑いかける彼に、感じる。

 

彼は、友人を信じている。

いや、『人』を信じているのだろう。

 

倍近い年数を生きてきた彼は、自分より様々な経験をしてきた筈だ。その中で裏切られ、背かれ、弾かれてきた筈なのだ。

 

でも。

 

それでも。

 

社築は人を信じる。

 

それは彼の人徳か。

それは彼の優しさか。

それは彼の甘さなのか。

 

ひまわりにはわからない。

 

「あいつはさ」

 

そう言う社はひまわりの目を見た。

 

「これまで色々あったから。あったからこそ、全てを受け入れている」

 

「私が言える訳はない」

 

「あいつなりに考えて受け止めているんだ」

 

「舞元はわかってる。その上であの子との仲をちゃんと考えてるんだ」

 

どこか悟った表情で語る社。だが見つめる本間ひまわりには理解が追いつかなかった。それを感じながらも男は続ける。

 

「舞元啓介もちゃんと大人、ってことさ」

 

わかりきった顔で話しかける男、社築に本間ひまわりは聞くことしかできない。

それが二人の距離。

血は近いが違いあう二人の差。

それを、ひまわりは、何故だろう、『寂しさ』を感じた。

 

疎外感を・・・少しだけ感じた。

 

 

 

言葉を交わさずに歩く男と少女がいた。

背の高い彼は買物荷物を片手持つと、隣を歩く少女に自然と歩調を合わせている。合わせられている事にまだ気が付けない少女は先程の件もあり、少しだけ床を見つけながら同じ歩調で進む。

時刻はジョー・力一が告げたその時間の僅かに前。自然と彼らの足は催事場に向かっていた。

 

力一の舞台は沢山の観客が迎える中で始まった。軽快なトークと確かな道化術で演出された彼のショータイムは見る人々を魅了する。観客参加型のそれで、力一はあえてひまわりを壇上に誘った。困り顔の彼女の手を取り、あえて自身の世界に引っ張り込む。

 

道化師は人を笑わせるのが仕事だ。

 

沈んだ顔をした人こそ笑顔にする対象であり、それを許さない事こそ道化師に課せられた使命とも言えた。常より遥かに戯けた彼は目の前の少女を笑顔にする為に戯けきる。

この短い時間で何があったのかはわからない。

でも自分の仕事はこれだ。

それを完遂すべくジョー・力一は笑い続ける。

最後には彼女に笑顔を送れた。道化師はそれを信じて、感じて、笑った。

 

 

 

陽は落ちて暗くなる道で、家路に繋がる道で隣に続いた彼女は少しだけ笑顔だ。

これはジョー・力一の心配りのおかげだろうか。いつもより表情を現した少女に社の顔も緩む。

今日、自分は彼女と共にいる事を知り合いに見られぬようにとしていた。

だが何故だろう。今はそんな事はどうでも良くなっているのを感じる。今日という短い時間だったが本間ひまわりという一人の人間に触れられたのが一因なのかもしれない。この少女が笑う顔を見る事が出来た。

それを感じた社は嬉しかったのかもしれない。

 

「・・・本間さん。近くに少し変わった奴がやってる店があってさ」

 

隣を歩く少女に提案をする。

 

「折角だし、夕飯も食べて帰ろうか」

 

そこまで話すと彼女の笑顔には負けるが、とびきりの笑顔を渡した。

 

「いいんですか?」

「あぁ、行こう」

「・・・はい!」

 

了承を得た彼は悪友の店に少女を連れて行く。

そうして辿り着いた店の店主は彼と少女を見るなり警察に電話をかけようとしたが、社が実力で阻止した。

なんとか誤解を解き夕飯を食べている二人の元に仕事を終えた道化師と自称婚約者から逃げてきた男が合流すると、店は次第に賑やかになる。

 

社と。

チャイカと。

力一と。

舞元と。

ひまわりの笑い声が喫茶花畑メイドインヘブンに響くのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

おまけ

社とひまわりがチャイカの店にやって来た時に起きた事象

 

古めかしい扉を開くとバーらしく薄暗い照明の中から店主が口を開いた。

 

「社じゃん。珍しいな、こんな時間から…」

 

店主、花畑チャイカはカウンターを拭く手を止めると社築に向き直る。そこで常連で悪友の隣に立つ少女に気がつく。

そこからチャイカの行動は素早かった。

 

「あ、もしもしポリスメン?」

「待てチャイカ」

「はい、確実に誘拐です」

「違うからマジやめろ! シャレにならねぇ!」

 

電話を続けようとする耳の尖ったオカマとそれを奪い取ろうとする社畜が攻防を繰り広げる。

 

「そんなことする奴だったとは失望したぞ、社ォ!」

「違うっつってんだろ!」

「この状況で言い訳出来ると思ってんの? みんなにも連絡しなくちゃね。『社がロリコンだった件について』って」

「言いながらスマホいじんな!」

 

掴み合いの中、高速フリックで文章を入力してグループLINEに投稿するチャイカ。同時に社のスマホが震えはじめる。慌てて確認すると…。

 

グループ『アラサーランク帯』

花畑チャイカ:社が明らかに十代の見知らぬ女の子をウチの店に連れて来た。犯罪の匂いがする。どうしよう。

加賀美ハヤト:どういう事ですか⁉︎

夢追翔:え…社さん⁉︎

加賀美ハヤト:それ、まずいですよ!

花畑チャイカ:今…通報した…。悲しいわ。友達だと思ってたのに…。

夢追翔:そんな…。

加賀美ハヤト:すぐ行きます!

夢追翔:僕も!

社築:待て待て! 違うから! 社長も夢追も来なくて大丈夫だから!

 

グループ通話を起動し、こちらにやって来ようとする二人に事情を説明する。慌てた二人に何とか説明し終えた社築は荒くなった息を落ち着けて通話を切った。ふと顔を上げるとそこにはニヤけ顔のエルフがいた。

 

「お疲れ」

「『お疲れ』じゃねぇんだよぉ!」

 

言うのと同時に社の飛び蹴りがチャイカの胸を貫く。

店の端まで吹き飛ぶオカマを本間ひまわりは呆然と目で追うのだった。


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