11話
5月。
先月から変わり出した日常もそれが段々と普段の日常に変わりつつあるなか千早はさんぽをしていた。
時間帯的にはそろそろ学校が終わり、部活動をしていない生徒たちが帰宅する頃合いである。
最近は士道がめっきり老けた。
話を聞くに原因は折紙と十香の二人にあるらしい。
それは千早にもすぐにわかった。
あの二人は何かと因縁があるので仲良くは慣れないのだ。
片や、世界を殺す災厄と呼ばれた『精霊』。
片や、陸上自衛隊・対精霊部隊の
こんな二人が仲良く笑いあっていたらそれこそ奇跡だろう。
「ん……?」
不意に、顔を上にやった。
突然、ぽつん、と顔に何かが当たったからだ。
現在の千早は実体化していても触覚、嗅覚、味覚がほぼと言っていいほど感じられないのである。
これも士道が精霊の力を封ずると解決出来るのだが一応裏技があるのだ。
それは士道にとり憑いている千早だからこその方法だとしか言えない。
「……雨か」
いつの間にやら、空がどんよりと曇っていたのだ。
「天気予報だと今日は晴れだって言ってたのに」
最近的中率の低い気象予報士に文句をつける。
と、まるでそれを見計らったからのようなタイミングでぽつ、ぽつ、と、大粒の雫がアスファルトの道に染みを作り始めた。
「あ~…傘持ってないのに」
溜め息を吐きつつ、ポルターガイストで雨粒が当たらないように弾く。
雨は時間を追うごとに、みるみる激しさを増していく。
「本格的に降ってきたか……」
強くなる雨足にげんなりしながらも千早は歩いている。
そして、T字路を右に曲がったところで。
「わぁお……」
降りしきる雨の中、千早は足を止めた。
何故なら―――前方に。
可愛らしい意匠の施された外套に身を包んだ少女がいたからだ。
顔は窺い知れない。というのも、ウサギの耳のような飾りの付いた大きなフードが、彼女の頭をすっぽりと覆い隠していたからだった。
そしてもっとも特徴的なのは、その左手だ。
いやにコミカルなウサギ形人形が、そこに装着されていたのである。
そんな少女が、ひとけのなくなった道路で、楽しげにぴょんぴょんと跳ね回っていた。
そして千早が注目したのはその少女の左手に装着されているウサギの人形だ。
「……あの形のパンを作ってみようかな? いや、クッキーも捨てがたい」
千早は、その少女の左手に装着されているウサギの人形を凝視した。
本当だったら、なんであの女の子が傘も差さず、雨の中飛び跳ねているのか、と疑問を持つべきなのにだ。
近くで左手に装着されているウサギの人形を見せてもらおうと思った千早が早速、軽やかに踊る少女に近づこうとす―――ずるべったぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!
「ありゃ……」
困ったように苦笑いを浮かべる。
……女の子が、コケた。
顔面と腹を盛大に地面に打ち当てて、あたりに水しぶきが散る。ついでに彼女の左手からパペットがスッポ抜け、前方に飛んでいった。
そして、うつぶせになったまま、動かなくなる。
まるで死体のようだ。
「っと、いかんいかん」
千早はさっき浮かんだ失礼なことを頭から追い出して、その小さな身体―――といっても千早よりも少し小さい程度の身体を抱きかかえるように仰向けにしてやった。
「ヤッホー! 盛大に転んだね。大丈夫かい?」
そこで初めて、彼女の顔を見取ることができた。
年の頃は士道の妹である琴里と同じくらいだろうか。ふわふわの髪は海のような青。桜色の唇。まるで人形のように綺麗な少女だった。
「……!」
と、そこで少女が目を開いた。長い睫毛に飾られた、
「おーい……大丈夫かい? ―――盛大に転んでたけど」
千早がそう言うと、少女は顔を真っ青に染めて目の焦点をぐらぐら揺らし、千早の手から逃れるようにぴょんと跳び上がった。
「はい、キャッチ」
「……っ!?」
だが、ぴょんと跳び上がった先に千早が先回りしており、また抱き抱えられる。
「急に跳んだりして危ないよ」
そう言いながら千早が少女を地面に下ろすと、少女は全身をカタカタと震わせ、千早を怖がるような視線を送ってくる。
「……えぇ~」
少女に怖がるような視線を向けられてショックを受ける。
そんなにボクって怖いかな、と。
まあ確かに後ろに回り込んだり、抱きかかえたりしたがそこまで怖がることだろうかと悩みつつ話しかける。
「ええと、そのね。ボクは……」
「……! こ、ない、で……ください……っ」
「え?」
千早が足を前に踏み出すと、少女が怯えた様子でそう言った。
同時にガーン! と千早はショックを受ける。
そんなにボクって怖いのか、と。
「いたく、しないで……ください……っ
続けて、少女はそんな言葉を吐いてくる。
ああ、やっぱりとショックを受けた。
千早が自分に危害を加えるように見えているのだろう。その様は、まるで震える小動物のようだった。
小動物のように震える少女の姿を見てムクムクと膨れ上がる庇護欲というかそんな気持ちで自分のことを震えたたせる千早。
「ええと……」
何かきっかけをと、対応を考えていると千早は、そこで地面に落ちていたパペットに気がついた。
先ほどの少女の手から抜けてしまったものだろう。ゆっくりと腰を折ってそれを拾い上げ、少女に示してやる。
「これ……キミのでしょ」
「……!」
すると少女は大きく目を見開き、千早の方に駆け寄ってことよう―――としたところで、足を止めた。
パペットを取り返したいが、千早に近づくのは怖い、みたいな顔をしながらじりじりと間合いを計っている。
千早はそんな少女の様子に合わせて、じりじりと近づく。
千早が一歩進めば、少女も一歩下がる。逆に千早が一歩下がれば、少女が一歩進めるといった感じとなった。
これぞまさしく一進一退! と馬鹿なことを考えつつもどうしようかと思案していると、
「目標を捕捉。識別名〈ハーミット〉、それと一般人らしき少年を確認」
そんな声が上空から聞こえてきた。
全身に纏ったワイヤリングスーツと基本装備のスラスターユニットを中心に対精霊用の装備を身に付けた八名のAST隊員たちが浮遊している。
〈ハーミット〉―――つまるところ目の前の少女は精霊だということだ。AST隊員が目標を捕捉と言った時点で判明しているが、千早に関係ない。
「君! 早くその化物から離れなさい!」
AST隊員の一人が千早に向かってそう叫ぶ。
「……!」
〈ハーミット〉はオロオロと千早とASTを交互に見ている。迷っているのだろう、パペットを取りに行くかこのまま逃げるか。
「しょうがないなあ」
千早は困ったように笑うと
「あばよ! とっつぁん!」
と、言って〈ハーミット〉を抱きかかえると即座にその場を離脱した。
「………………はっ! 追うわよ!」
予想だにしなかった出来事にAST隊員たちが呆然としていたがすぐに我を取り戻すと、〈ハーミット〉と千早を追おうとするが、
「だ、駄目です……反応を捉えられません! 計器が……故障してます」
「何ですって!? 仕方がない……帰投するわよ」
計器の故障により〈ハーミット〉を追えなくなったのでAST隊員たちは帰投した。
◇◇◇◇
「っと、ここまでくれば平気かな」
千早は〈ハーミット〉とAST隊員に言われた少女を下ろす。
現在いる場所はさっきの場所から数百メートル離れた場所にある公園である。
「はい、これ」
目の前の少女にパペットを差し出す。
「……っ!」
そして、千早の手からパペットを奪い取るなり、それを左手に装着する。
すると突然少女が、パペットの口をパクパクと動かし始めた。
『やっはー、悪いねおにーさん。たーすかったよー』
腹話術だろうか、ウサギが妙に甲高い声を発してくる。
「いやいや、好きでやったことだから気にしないで」
腹話術で話されようが全く気にしないそれが千早クオリティー。
『―――ぅんでさー、起こしたときに、よしのんのいろんなトコ触ってくれちゃったみたいだけど、どーだったん? 正直、どーだったん?』
「そうだねー、柔らかかったね。もう、抱きしめていたいくらいだよ」
と言いつつすでによしのんを抱きしめている千早の姿があった。
『おおう! だぁーいたんだねぇ。ってもうすでに抱きしめてるじゃぁないのー、このスケベぇ。まあ、一応はさっきの連中のことも含めて助けてくれたわけだし、特別にサービスしといてア・ゲ・ルんっ』
「お、ありがとねー。さっきまで怯えられてたからちょっとショックだったんだよ~」
『あ~、ごめんね。四糸乃は恥ずかしがり屋さんなだよ~。でも、可愛いでしょ? でしょ?』
「いや~、震えてる姿を見たら庇護欲が湧いてくるほどには可愛いよ」
そう言いながらパペットではなく少女に頬擦りする千早。
少女の方は若干顔を赤くしながらもされるがままである。
『それにしてもおにーさんは何で濡れてないん?』
「それは弾いてるからだよ」
頬擦りを止めずによしのんの問いに答える千早。
『弾いてる? 』
「そうそう、こんな風に」
千早は一旦、頬擦りを止めると右手の人差し指をクルクルと右からす。
すると、雨粒が指の動きに合わせて弾かれていく。
『びぃ~っくりだよ! おにーさんは何者なん?』
「それはね―――」
千早は抱きしめていた四糸乃から数歩距離をとってから言う。
「