「♪~~」
士道たちを送り出して家事を終えた千早は鼻唄を歌いながら四糸乃が来るのを待っていた。
すでに格好も普段のものより気合いの入ったものにしてある。
七分丈の鮮やかな青色のシャツに紺色のズボン、さらに日差し避けにツバ付きの帽子を用意していた。
本来であればそんなものは必要ないのだが、オシャレの一環として千早は用意したのだ。
まあ、そうすると霊体化したおりに服がその場に落ちてしまうという欠点がある。
千早の普段着は霊装と同じで霊力によって構成されているのだ。
故にどこで霊体化しようとも問題なかったのだが、オシャレをすると霊体化したおりにオシャレ用の服が落ちてしまう。
なので、緊急時以外は霊体化をしようと思っていなかった。
もっとも大きな理由としては千早が四糸乃のことを気に入っているからだ。
気に入らない相手には気に入らないレベルに合わせた対応をするのが千早なので、一部の人は完全に敵認定されている。
「……そろそろかな?」
ふと、時計を見た千早がそう呟く。
時刻はまもなく十時になろうとしていた。
千早は帽子をかぶり、手に右手にハンドバッグを持つと、ガスの元栓や電気の消し忘れがないかをチェックしてから家を出た。
◇◇◇◇
『やっはー、おまたせー』
「おまたせ、しました」
千早が玄関前で待っていると、そんなことを言いながら四糸乃が駆けてきた。
「そんなに待ってないから大丈夫だよ」
駆けてくる四糸乃に向かって千早は近づいていく。
『でさあ、どう?』
千早が四糸乃の目の前に来ると『よしのん』が尋ねてきた。
「……行動で表すのと言葉で表すのとどっちがいい?」
にんまりと笑みを浮かべながら言うと、
『んじゃねえー、行動でお願い」
「それじゃ遠慮なく」
千早は真っ正面から四糸乃に抱きついた。
四糸乃の服装は日差し避けに麦わら帽子をかぶり、薄手の涼しげなワンピース。そして、肩から斜めがけに小さなハンドバッグがかかっていた。
海のように青い髪は二房に纏められて一房ずつ肩口から前方に流してある。
「……え、と……その……」
なにやら困惑しているような声が聞こえるが千早は気にせずに四糸乃を抱きしめていた。
「うーん……可愛いよ」
「……ありがとうございます」
『やったね、四糸乃!』
「うん」
千早に抱きしめられたまま、『よしのん』の言葉に四糸乃は嬉しそうに返事をした。
「それじゃ……そろそろ行こうか」
四糸乃に抱きつくのを止めると千早は左手で四糸乃の右手を握る。
「はい」
ぎゅっと四糸乃も握りかえす。
そして、二人は夏のような日差しの降り注ぐ中、歩き出した。
◇◇◇◇
手を繋ぎながらてくてくと商店街を歩いている千早と四糸乃。
「お! 今日はデートか?」
千早がよく買い物をする八百屋の前を通ると、そこの店長が話しかけてきた。
「あ、わかる」
足を止め、そう返事をすると八百屋の店長は「おう!」と商売っ気たっぷりな笑みを浮かべてうなずく。
「そこの嬢ちゃんは初めて見るな」
「最近ここに来たばかりだからね」
「そうなのか?」
四糸乃に尋ねる八百屋の店長。
すると、四糸乃の左手にはめてあるパペットである『よしのん』が八百屋の店長の前にずいっと出る。
『そうだよー。そんでさあ、今デート中なの』
「おお! ……それは、邪魔したようで悪いことをしたな」
『よしのん』に驚きつつも、八百屋の店長はすぐにいつもの調子を取り戻すと、ばつの悪そうに苦笑いする。
『ん、いいよ。よしのんは気にしてないからねー』
「はっはっは……そうか、そうか。気にしてないか。なら、今後ともご贔屓にってことでサービスだ」
店長は近くの籠の中に入っていたビワを一箱渡してきた。
「いただきます」
千早はそう言いながら受けとる。
『ありがとねー、おじさん』
『よしのん』が手を振りながらお礼を言い、それから四糸乃が三回ほど深呼吸する。
「……ありがとうございます……っ!」
お礼を言ったのはいいが、思ったよりも声が大きかったのか四糸乃は恥ずかしそうであった。
そんな四糸乃の様子を見た八百屋の店長は機嫌よさそうに笑った。
「これからご贔屓にしてくれればいいさ! じゃあ、デートを楽しんでな」
背を向けて店の方に戻っていく八百屋の店長。
「もちろん」
『また来るよ』
店の方に戻っていく店長の背にそう声をかけてから千早と四糸乃は歩くのを再開した。
「あのおじさんいい人だったでしょ」
「……はい。優しそうな人でした」
『だよねだよねー。〈フラクシナス〉の人たちとは違っているけどね』
あんなにキャラの濃い面子がそこら辺にいたらそれはそれで経済が立ち行かないと思う。
千早は割りと真剣にそう思った。
能力はあってもアウトな性癖を持っているのがほとんどだからだ。特にそれを隠そうともしていないから余計に……。
「人も色々な人がいるからね。ASTみたいなのもいればさっきの八百屋の店長のような人もいる」
『だねー』
「そうで、すね」
四糸乃が小さくうなずく。
個人で判断するのか集団で判断するのかによっても見方は変わる。
「ま、そこは追々ってことで」
『そうなの?』
「そうなんだよ。先ずは四糸乃ちゃんが恥ずかしがらないで話せるようにならないとね」
先ずはそこからなのだ。
「が、頑張ります!」
「うん。頑張らないとね」
四糸乃の頭を撫でようとするも、すでに右手が塞がっていたことを思い出して、中途半端に上げていた右腕を下ろす。
辺りに人の目がなければさっきもらったビワをポルターガイストで運べたのにと内心で歯噛みをしていた。
そんな千早に気がつくことなく四糸乃は、知らない人と喋れたのがよかったのかふんわりとした雰囲気を出しており、それが千早の気分をほっこりとさせる。
『そんでさー、何処に向かってるの?』
「特に目的地はないよ」
今日に限って言えば特に目的地はなかった。
時間があれば天宮市から出てもよかったのだが、今日は士道の通っている高校の終了時刻までなのであまり遠出出来ないのだ。
「……だったら……よしのん」
『うん……そうだね』
四糸乃と『よしのん』がこそこそと話している。
何を話しているのか気になるが声が小さくて聞こえなかった。
千早は首を傾げて、何を話しているのか考えるが思い浮かぶのが〈フラクシナス〉のクルーたちが何か四糸乃に入れ知恵をしたんじゃないかということのみ。
千早のその考えは当たっている。
実際に今歩いている商店街のあちらこちらに〈ラタトスク〉のエージェントがいるのだから。
一般人にしか見えない彼らはAST隊員たちの監視も兼任していた。
◇◇◇◇
「……ふむ。とりあえずは問題はないようだね」
〈フラクシナス〉艦橋で大モニタを見ていた令音は隣にいる神無月にそう言った。
「そうですね。現地にいるエージェントたちもそのように報告をあげてきてます」
神無月の言う通り大モニタに映っている四糸乃と千早の様子からは問題が起きているようには全く見えない。
ゆったりとスローペースで和やかに歩きながら話しているのがわかる。
「……でも」
そこで言葉を切って令音は視線を大モニタから霊力値を観測する機器に向けた。
そこにはギリギリで
後ほんの少しでマイナスに差し掛かると言えるぐらいにギリギリの値。
それは―――千早の霊力を観測している機器であった。
―――カテゴリー・E。
最厳重レベルの緊急事態。
それにもっとも近い数値を出している。
なのに千早の様子は普段と全く変わらない。
「何で彼は……普段と変わらない?」
それが令音には不可解であった。
「さあ……私にはわかりません」
首を左右に振る神無月。
「私もわかっているのならば教えてほしいくらいだ」
そう言いながら令音は視線を大モニタに戻す。
大モニタには商店街の中にあるファミリーレストランの中に入っていく千早と四糸乃の姿が映っている。
二人の姿が店の中に消えると、大モニタの画面が一瞬黒くなり、再び点く。
すると映像が店の内部のものになる。
店の中にいた〈ラタトスク〉のエージェントによるものだ。
「……四糸乃の方はどんな感じだい?」
「精神状態、オールグリーン、安定してます。むしろ、ここにいるときよりも安定してます」
「……そうか」
だが、最終的判断を下すのは令音ではなく、司令官である琴里なので、令音はこの事を後で琴里に報告すべきと胸の内に秘める。
ここで、〈フラクシナス〉のクルーの一人から驚愕の声が上がった。
「何事です」
すぐさま神無月が問いかける。
「そ、それが……精霊―――識別名〈ナイトメア〉時崎狂三の霊力波を感知。しかも……二人の方に向かっています!」
「……時崎狂三は今、シンと一緒に学校にいるはずだろう」
「そっちの反応は消えてません。健在です。でも、これは事実です」
「どうします?」
神無月が令音に聞く。
令音は顎に手を添えると、ふむ、と一度うなずき、言った。
「……私は学校の方に戻ろう。それから可能な限りデータを録っておいてくれ。なんならかしらの能力であることは確実なのだから」
「はい!」
帰ってきた返事にうなずくことで返事を返すと令音は転送装置のある場所へと向かっていった。
それを見送ると神無月は大モニタに視線を戻す。
「接触までどれ程で?」
「……移動速度から計算すると……後、一、二分です」
接触まで秒読み段階に入る。
「……来ます!」
その言葉と同時に大モニタに黒いドレスを着た時崎狂三の姿が映った。
◇◇◇◇
「あ……」
「どうしました?」
『どうしたの?』
突然、驚いたような声を上げた千早に四糸乃と『よしのん』が首を傾げる。
「……なるほど……そういうことね……」
虚空を見ながらそう言うと千早はすぐに席に座った。
「ごめんね。ちょっとばかり驚くことがあってね」
くすりと笑う千早とは対照的に四糸乃と『よしのん』は何のことなのかわからずに頭に疑問符を浮かべていた。
そして、黒いドレスを着た少女がファミリーレストランの中に入ってくる。
彼女はまっすぐに千早と四糸乃の座る席まで歩く。
「相席してもよろしいですか? 」
席の前に着くなり、彼女はそう言った。
まるで、断られることがないということを確信しているかのように。
どうすればいいのか判断に困った四糸乃は千早の方に助けを求めるような視線を送る。
だが、『よしのん』は違った。
『んー……今さぁ、よしのんはデートの途中だから他の席に行ってくれないかな』
ずいっと、うむを言わさぬような迫力の声でそう言われても彼女は気にするそぶりもなくただ笑みを浮かべていた。
最初から彼女は四糸乃と『よしのん』のことなど眼中になかった。彼女が求めたのは千早からの返事。
「……積もるかはわからないけど話はそれなりにあるからね。どうぞ……狂三ちゃん」
「ええ、義兄さま」
微笑みながら彼女―――時崎狂三は千早の正面の椅子に座った。