「さてと…………先ずはただいま、かな……士道」
士道の前まで歩いてくると千早そう言った。
士道たちの前からいなくなる前と変わらない調子で。
「あ、ああ……おかえり、千早」
前と変わらない千早の様子に安心し、士道はそう返した。
「ところで……十香ちゃんは何で気絶してるの?」
地面に倒れてピクリとも動かない十香を見ながら千早がそう言った。
「これは……俺をかばってゴミ箱が頭に直撃してな」
その瞬間のことを思い出すも士道はそれを十香の名誉のために言わないことにした。
「そっか……」
千早はそれだけ言うとジト目を耶倶矢と夕弦に向ける。
「な、何だ!」
「疑問。何故、夕弦たちを見るのです?」
わかっていない様子の二人に対して士道は苦笑いを浮かべ、千早は小さく嘆息する。
「ま……いいか。とりあえず士道はクラスのみんなと合流しないとね」
視線を士道の方に向けた後、十香に向ける。
「だよな。十香のこともあるし」
と、士道は十香を背負う。
「それと誰か〈ラタトスク〉の人って来てないの?」
「いや、令音さんが一緒に来てる。それとその令音さんがみんなで来てくれって言ってるんだが……」
士道が耶倶矢と夕弦の方に視線を向ける。
この二人にも来てもらいようだ。
「とりあえず……耶倶矢ちゃん、夕弦ちゃんも一緒に行くよ」
「ふむ……まあ、かまわぬ」
「承知。呼ばれているのでついてきます」
「……えらく簡単に答えるな」
士道としては話が早く進んで助かるのだが、何でこの二人が素直にうなずくのか理解できなかった。
「いや……な」
気まずそうに耶倶矢が視線を逸らす。
その理由がわからずに首を傾げていると夕弦が言った。
「回答。耶倶矢と夕弦は千早に怒られたくないだけです」
「何したんだよ」
士道が千早にそう問いかける。
「いや……ちょっとね……バトルことになって少しボコった」
大方予想できていたためにそこまで驚くことはなかったが……あれは少しってレベルじゃないと、耶倶矢がポツリと言ったのを士道は聞き逃さなかった。
何をやったのかとてつもなく気になったが同じ精霊が素直に言うことを聞くようになることを少しってレベルで言っていることからろくでもないことだとわかったので言及することを止める。
実際にろくでもないことしていたのだから。
三百六十度逃げ場をなくした密閉空間状態で
後に
◇◇◇◇
令音が他の生徒と一緒に待っている場所には士道と十香だけが向かい、千早たち三人は指定された場所へと向かっていた。
「何故、我々が待たないといけないのだ」
ぶつくさと耶倶矢が不満たらたらに文句を言う。
「何故ってそれはこれから話す人が時間を作る必要があるからでしょ」
「質問。これから話す人は千早の知り合いですか?」
前を歩く千早に夕弦がそう問いかけた。
それに振り向くことなく千早は答える。
「そうだよ。あと、なにか要望があれば言ってみるといいよ。ものによっては協力してくれるから」
精霊からの要望であれば〈ラタトスク〉は可能な限りそれを叶えてくれるだろう。もちろん、何らかのお願い事をされるだろうが。
「ふむ……そうか」
と耶倶矢は顎に手を当てながら何やら思案しだす。
千早からは見えていないがその耶倶矢の表情は名案を思いついたような顔をしていた。
その様子を気ダルげな様子で見ていた夕弦は耶倶矢が何かしら思いついたのだろうと推測しながらも何も言わない。
くっくっく……と人の悪い顔で笑いながら耶倶矢が先頭を歩く千早の背を見つめる。
その視線に気がつきながらも千早は特に何も言わずに目的地へと歩を進めた。
◇◇◇◇
目的地である旅館に着くとすぐに一つの部屋に通された。
どうやらすでに話をしていたらしい。
部屋は七、八人は泊まれるような大きな和室であった。
「和室か……まあ、ホテルじゃないんだから当たり前か」
霊力で編んでいた靴を消して部屋の中へと入っていく千早。その後ろを耶倶矢と夕弦が続いていく。
「なんだ……随分と殺風景な部屋だな。だか、颶風の御子たる我を迎えるにはあまりふさわしくないな」
そんなことを耶倶矢は言っているが夕弦はそんなことを言わずにそそくさと部屋に入ると、いつの間にか
「質問。何故、千早は寝ようとしているのですか?」
丁度布団に潜り込もうとしていた千早は動きを止めると首の向きを夕弦の方へと向ける。
「ん? まだ、士道たちが来るまで時間がありそうだし、今のうちに寝とこうかなって。あんまり、調子よくないし」
そう言うと首の向きをもとに戻して布団に潜り込み目を閉じる。
「ん……寝るのか? そうなると我が暇になるではないか」
千早の枕元で屈みながら耶倶矢が千早の肩を揺する。
「いや……そう言われてもね」
困ったような声音で言いながら夕弦の方に視線を向ける。
どうにかして、と込められた視線を受けた夕弦はわかったと言うように一度うなずく。
これでよしと思ったのも束の間……千早の寝ている布団の中に夕弦が侵入した。
「ちょっ!? 何をしているの、夕弦!」
千早が言うよりも先に耶倶矢が夕弦に問うった。
「応答。添い寝です」
「いや、見てればわかるから! だからなんでそんなことをしているのかってこと」
「回答。布団に寝てみたくなっただけです」
なら、自分で布団を敷けばいいのにと思いつつ千早は嘆息しながらポルターガイストで布団を敷いた。
「はい、これでいいでしょ」
布団から手を出して新しく敷いた布団を指差す。
「感謝。自分で敷く手間が省けました」
そして、いざ夕弦が新しく敷かれた布団に入ろうと千早が寝ている布団から出ようとする。
と、
「くっくっく……それは我が使わせてもらおう」
耶倶矢が布団の上に寝転びながらそう言った。
「拒否。それは夕弦のために千早が敷いたものです」
このままいくと旅館が潰れかねない事態になりそうなことを察した千早は布団から出て自分ように新しく布団を敷くと、それに入った。
「多謝。譲ってくれてありがとうございます」
「いいよ。これでようやく寝られるし」
疲れた様子でそう言いつつ千早は目を閉じる。
そして、おやすみ、とだけ言うとそのまま静かになった。
それから……数分ほどして千早の寝息が聞こえ始めると耶倶矢が小声で夕弦に話しかける。
「どうやら……寝たようだな」
「確認。頬をつついて確かめたので耶倶矢の言う通り寝ています」
ゆっくりとした動きで耶倶矢が寝ている千早に近づく。
夕弦は初めから千早の近くにいたため動くことはない。
そして、寝ている千早の右側を耶倶矢が左側を夕弦がお互いに腰をおろす。
「さて……我が暇潰しの贄となってもらうぞ」
楽しそうな顔で耶倶矢が何処から取り出したのか色ペンを手に持って、そのキャップを外す。
「同意。夕弦も付き合います。せっかくなのでどちらが上手くかけるか勝負です」
夕弦も耶倶矢同様に色ペンを手に持つ。
「いいだろう。我の美的センスに恐れおののくとよい」
色ペンを千早の顔に近づける。
そして―――落書きが始まった。
◇◇◇◇
「すまない。待たせたね…………」
千早たちがいる部屋の扉を開けて、部屋の中に入りながら令音は目の前の光景にある意味言葉を失った。
「どうしたんです? 」
士道が部屋の中に入っている途中で動きを止めた令音に話しかけつつ、その脇から部屋の中を覗くと令音同様に言葉を失った。
「ん? どうしたのだ……二人とも」
十香が言葉を失った二人にそう言いつつ部屋の中を覗きこむ。
そして―――十香も絶句した。
何故なら……顔の半分が道化師のメイク、そしてもう半分が隈取りされ、さらに白く塗られていたからだ。
もちろん、それは耶倶矢や夕弦ではなく……布団に寝ている千早がだ。
「ふっ……我が才能が恐ろしいな」
やりきった感の溢れる清々しい表情をした耶倶矢。
「同意。確かに耶倶矢の才能(笑)は恐ろしいです」
口元に手を当てながらくすくすと夕弦が笑う。
「な、なんだとぉぉぉッ! 才能(笑)とはなんだこらぁぁぁぁッ!」
耶倶矢の先程までの清々しい表情が瞬時に忘却の彼方に消え去り、一気に不機嫌なものへと変わる。
ちなみに士道としてはどっちもどっちであった。
半分が道化師でもう半分が隈取りなのだ。バランスが悪いったらありゃしない。
「……うっさい」
明らかに不機嫌な声が聞こえた。
その声は布団で寝ている千早からだ。
むくり、と上体を起こすと周りに視線を向ける。その後、布団から出ると寝ていた布団を片付け始めた。
粗方片付け終わると千早は畳の上に座り、右手でおもむろに自分の首の左側を掴む。
何をする気なんだ? と一同が不思議に思う。
そして、千早が行った行動を見て―――驚きの声が響き渡った。
「は…………はああぁぁぁぁぁッ!?」
耶倶矢、士道、十香は驚きの口をあんぐりと開けて固まり。
「……なんと」
令音はかけていた眼鏡がずり落ち。
「…………驚愕」
夕弦は気ダル気な眼をこれでもかって言うぐらい見開いていた。
バリバリと破けるような音を立てながら半分が道化師、もう半分が隈取りされた顔が首から一気に剥がれたからだ。
「…………」
ベチャッ、と剥がれたものが畳の上に落ちる。
「……驚いた?」
ニヤリと口元を歪める千早。
その表情は生き生きとしている。
とてもさっきまで寝ていた奴とは思えない表情だ。
「ま、負けた……」
ガクッと耶倶矢が畳の上に膝をつき四つん這いとなる。
何に負けたのかは本人以外にはわからない。
「完敗。そんな仕込みをしていたとは」
夕弦も夕弦で謎の敗北感を漂わせている。
なぜこうなっているのか……千早を含めて士道たちの誰もわかりはしなかった。
「年期が違うのだよ……年期が」
そして、ノリノリでそんな台詞を千早は口にした。
だが、完全にその場のノリなので本人は本人でこれでいいのかな? と内心首を傾げている。
「……なんなんだ……これ」
全くこの状況に付いていけない士道はそんな言葉を口にするのだった。