涙、な散りそ。   作:狩奈

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Silver Flags

 

 

「お祈りは終わった?」

 

不意にかけられた声に、短く「ああ」とだけ返す。

 

 彼女がわざわざここに来るなんて珍しいと思った。別に今のように付いて来たからといって不都合があるというわけではないが、彼女がわざわざここまで来たのは初めての事で少しだけ驚いた。

 

「じゃ、行こっか」

 

 必要最低限の短いやり取り。俺にはそれだけで十分だった。ここではないどこかで安らかに眠る仲間たちにしばしの別れを告げて転移門に向けて颯爽と歩きだした同居人の後を追う。

 

 これから向かうのは第35層。大部分が森林であること以外は良くも悪くも特徴が少ないエリアだ。

 

 特徴が少ないということは、不慮の事故が少ないという事でもある。積極的にゲームクリアに関わろうとしない並大抵のプレイヤーにとっては日銭を稼ぐのにうってつけの条件が揃っていた。

 

 俺たち二人の目的も当然モンスターを倒して日銭を稼ぐこと。

 

 寝泊まりする宿も無料(タダ)ではないし、ゲームの中とはいえ食事をしなければ空腹に悩まされる。

 

 生きるために何かしらの糧が必要となるのは現実と同じ。ソードアート・オンラインは紛れもなくゲームなのに、そんなところだけ現実に似せるのはどうにも変だなと昔アレクと話したことがあったっけ。

 

「……くん。Silver(シル)くん」

 

 さ迷いそうになる思考に耽っていて自分に向けられた言葉に暫く気が付くことが出来ないでいた。俺の()()()であり同居人でもある彼女――Rain(レイン)は、いつの間にかこちらに振り向いていて愛嬌のある顔をきょとんとさせている。

 

 可憐、という言葉がよく似合うと思った。

 

「お昼ご飯何がいいかなって言ったんだけど……ちゃんと聞いてた?」

 

 正直、まったく耳に入っていなかった。ボンヤリしていたことを素直に謝るとレインは頬をぷくっと膨らませて不機嫌そうに言う。

 

「も~、今からフィールドに出るって時にそんなだと困るよ」

「ごめん」

「うそ、全然悪いなんて思ってないでしょ」

 

 図星をつかれて少しだけ喉の奥で呻いた。全くもってその通りだ。 

 

 普段よりも機嫌の悪そうな彼女を目にして反射的に謝罪の言葉を口にしてしまった。なんとなく彼女の怒った顔や悲しんだ顔を見たくはなくて、ちょっとでも機嫌を直してくれたらと思ったのだが逆効果だったらしい。

 

「君はあたしのモノなんでしょ? ならもう少しやる気出してよね」

 

 また短く「ああ」と彼女の言葉に首肯を返す。

 

()()()()()一緒に頑張って稼ぐよ。あたしだけが戦うのって疲れるし一緒にいる意味がないんだからね」

 

 俺は彼女の所有物で、奴隷なのだ。どうせ要らない命ならと存在ごと彼女に明け渡したのだから当然だ。

 

 二人並んで転移門をくぐり、眩い光とともに35層へと辿り着く。主街区と呼ばれるメインストリートを少しだけ歩いて目的地である狩場へと向かう。

 

 未だ冴えない顔の俺を見てレインは呆れたようにため息をついた。

 

「今日の君、ほんっと頼りないなあ……。ま、いっか。それじゃあ索敵はお願いね」

 

 ゲームシステムによってHPが保護される圏内から、常にゲームオーバーの危険性を孕んだ圏外へと足を踏み入れる。俺はほんの少しだけレインに先んじて慣れ切った斥候の役割を遂行する。

 

――索敵開始。

 

 心の中で微かに唱える。すると、先ほどまでとりとめのない考え事に支配されていた思考が瞬時に冷徹な斥候のものへと切り替わり、思考回路のすべてがマップ情報の把握と分析に割かれる。

 

 雑念は徐々に振り払われていく。

 

 天候、時間帯、方角、モンスターの移動経路、トレジャーボックスの位置、他プレイヤーの足跡、リポップの予測。次々と視覚化されるバラバラの情報を頭の中で一つに束ねて取るべき方針を確立させていく。

 

「今日は人が少ないからモンスターも沢山残ってる……、だから街境の近くだけの狩りでも十分に稼げる、と思う」

 

「ふんふんなるほど。それじゃあ今日も張り切って行こう! 案内よろしく!」

 

 しばらくフィールドを歩くと俺の予想通りさほど時間をかけることなくモンスターの一団に遭遇した。モンスターの名前は《ドランクエイプ》、つまるところ猿人だ。

 

 奴らが小脇に抱える壺には白い薬剤のような粉が入っていて、隙あらばその薬を口に含んでHPの回復を試みようとする。単体で見ればさほどの脅威ではないが多くの場合三体以上の徒党を組んで現れるため、疑似的なPOTローテをモンスター側にされてしまう。そのためプレイヤー側もレベルに余裕がない場合は二人以上でパーティを組んで挑むことが推奨されている。

 

 今回敵は二体だけ。楽に経験値とアイテムを得るまたとないチャンスである。

 

 俺とレインはセオリー通り左右に分かれて臨戦態勢をとる。二人とも手にする獲物は片手直剣。

 

 レインがすらりと腰の鞘から剣を抜くのを横目に俺もそれに習おうと背負った剣の柄に手をかける。本来ならば特筆して語ることもない行為だ。

 

 

 

 

――だが。

 

 

 

 

「ウッ……オ、オエエエエェェェッ!!」

 

 剣に手を触れた瞬間、体内の胃の辺りから猛烈な異物感が沸き上がり俺はその場で盛大に――この世界に嘔吐という概念は無いので――()()()()

 

 攻撃を受けているわけでもないのにガクリとその場に手と膝をつき、げえげえと不快な音を喉の奥から嗚咽のように漏らしながら異物感を吐き出そうとする。

 

 剣から手を放してもなお奥歯がカチカチと鳴る。暑くもないのに脂汗が滲む。呼吸が喉で喘ぐような耳障りな音に変わる。悪寒が全身を貫いて震えが止まらない。世界がひっくり返ってしまうような眩暈で立ち上がることすら出来ない。

 

 

 

 

――あの日から俺は剣を握ることが出来なくなった。

 

 あの時の俺はリゼを救うためにあらん限りの覚悟で同じ人間に剣を向けた。たとえ殺人を犯した者としての咎を一生に渡って背負い続けることになったとしても構わなかった。

 

 愛するものをただひたすらに守ろうとしたのに、俺の剣が敵に向けて振るわれることはなかった。ソードスキルは俺に味方しなかった。

 

 あの時の無力感と絶望感がトラウマとなり、剣を握るだけで体が拒絶反応を起こす。曲がりなりにもリーダーとしてメンバーを纏めていたのが冗談のようだ。

 

 俺の剣、《銀獅子(シルヴァリオ)》はずっと鞘の中で眠ったまま。

 

 死人(しびと)(つるぎ)は振るえない。

 

「シルくん、シル! ()()()()! 立て、立ってよ! お願いだから一緒に戦って!」

 

 ご主人様の命令だ。今すぐに立って戦わなければ。

 

 理性ではそう叫んでいるのに本能は頑なにそれを拒む。

 

「君ってヒトは――」

 

 レインは苦虫を噛み潰したような表情で歯を食いしばると、俺から視線を外して猿人に向き合った。

 

「行くよ、《黒千鳥(ブラックバード)》。あいつらを足止めして!」

 

 レインが剣を敵目掛けて投げつけると、黒塗りの刃はブーメランのように飛翔してドランクエイプを切りつけながらレインの手元へと収まる。ドランクエイプらが怯んだその隙に俺の手を取って来た道を駆け出す。

 

「もう自分で走って! 一旦街に戻るよ、後のことはそれから! いい!?」

 

 レインの手を借りながら辛うじて立ち上がり、衰弱しきった表情のままこくこくと頷く。

 

 チャンスを目の前にしてレインが逃走を選んだのは、既にあの状況がチャンスでは無くなっていたから。俺が戦力にならない木偶の坊である以上、二対一でドランクエイプと対峙するのは自殺行為だ。

 

 目印の関所を駆け抜けて何とか圏内に退避する。猿人たちは追ってきてはいなかった。

 

……昨日も顛末は大して変わらなかった。俺が足を引っ張るせいで二体以上のモンスターと同時に戦闘が出来ず、俺は後方で孤立したモンスターを探しては伝えるだけの役割に徹していた。

 

 二人して息を切らしながら、レインは石畳に体育座り。俺は仰向けにひっくり返っていた。

 

「やっぱり、まだ戦うのダメなんだ」

「……俺は」

「はあ……。もう怒ってないよ、だから何でも思ってること言ってみて」

 

 何か解決のための手がかりがあるかもしれないでしょ、とレインは言う。ぐちゃぐちゃになった頭の中を少しづつ整理して俺は何とか言葉を紡ぐ。

 

「俺は。俺は、もう、戦うのが……。頑張るのが、イヤなんだ。怖いんだ。苦しくて苦しくて辛いんだ」

 

 忘れるな、忘れるな。

 

 呪いのように、恨みのように。

 

 毎日死んでしまった仲間の夢を見る。アレクとリゼの目に光はなく、口元は(うろ)のようにぽっかりと開いている。アレクが奈落に落とされ、リゼが自害し、俺が絶叫する。そこまでの記憶を見た後に気が付けば怨霊のようになった二人が俺に纏わりついて囁くのだ。

 

 

 

 

 

 わ す れ る な

 

 

 

 

 

 その姿かたちと、地獄の底から響いて来るような声が、俺を縛りつけている。俺の手では何一つ救えはしない、俺の戦いなど始める前から無意味で無価値だ。

 

 何故ならお前は既に取り返しのつかない失敗をしているから。

 

 ()()()()

 

「だから、戦いが俺の意思じゃないなら、キミや他人からの命令なら戦えると思ったのに…………俺は」

 

 それが限界だった。悪寒からではなく、自分への情けなさと無力感から知らず知らずのうちに口からは嗚咽が漏れだし目には涙が溢れた。

 

「もう、いいよ。わかった……わかったから」

「役に立ちたいんだ。俺の命でもいいのならキミのために全部投げ出したっていいんだ。でも、でも……俺は、何も、なんにも出来ない」

 

 何もしたくないのに、何もできない。無力なこと。それが、一番つらい。

 

 あいつらへの償いに俺の死を。あいつらの分も俺が生きた証を。

 

 そうした矛盾を抱え続けていた。だからこそ俺はレインの奴隷となったのだ。他人に隷属し、使役され使いつぶされながらも誰かの力となって生きたのだ……と、そう言い張ってこれからを過ごせばいいと独りよがりになった結果がこのザマだ。本当に救いようがない。

 

「あたしは別に、今みたいに君に苦しんでほしいわけじゃないんだよ」

 

 ぽつりぽつりとレインが話し始める。

 

「あたしも独りぼっちなの、知ってるでしょ。だから毎晩君の熱が恋しくなるし、その度に手放したくないなぁ――なんて、らしくないけど思うの」

「――――っ」

「だからね、命令とか言って偉そうにするの、しんどい。ごめんねごめんねって心の中で言いながら生きるなんてイヤだよ」

 

 俺は泣いたまま何を言い返すことも出来ない。お互いの思いはすれ違う事もなく見当違いの方向へと向けられ、ただただ虚しさへと置き換わる。

 

「だから、ちゃんと生きよう?」

「ちゃんと、生きる……って」

「あたしは戦えるから戦う。君はそれ以外の方法で。お互いの出来る方法で稼いで、何とかしようよ」

 

 当たり前といえば当たり前の提案だ。だが、それはレインに一方的に苦労と死のリスクを押し付けることと同じだ。

 

「大丈夫だよ。狩りはもっと下の層に移ればいいし、君はもっと上の層で町中だけで済むようなクエストで稼げばいい」

「…………でも」

()()()()()も無いよ。君が戦えないのは仕方ないけど事実なんだから」

 

 俺が変なこだわりを捨てて、レインの提案を受け入れること。これからも俺たちがSAOで生きていくには必要なことだと思えた。

 

「今言う事でもないんだけどね」

「なに」

「あたし結構君の体にハマっちゃってるんだ」

 

――――。

 

 この少女は(一応)男である俺の目の前で恥ずかしげもなく何てことを言うのだろうか。流石に俺も絶句した。

 

「肉欲を満たしあえる関係性って、易々と手放すには惜しくない? こんな世界だと特に」

(ただ)れてる」

「いいよ、君とならどんなになっても」

 

 気恥ずかしくなった俺は仰向けにしていた体を倒してレインに背を向けた。そんな俺をレインは後ろから抱きしめる。女の子特有のいい香りがふわりと鼻腔を撫でた。

 

「だから、明日からがんばろ? ね?」

 

 俺はその言葉にただ頷いた。この時のレインの顔には混じりけのない笑顔が浮かんでいて、俺はそのことが嬉しくて、少しだけ口の端を歪めて笑った――そう、笑っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 それからの日常は以前の日々が嘘のように充実したものになった。

 

 行先は異なるが毎朝必ず挨拶を交わし、それぞれの方法で協力して生きていこうと誓い合う。たったそれだけのことだが、それだけの些細な行為が幸せだと感じた。

 

「それじゃあ行ってくるね~」

「俺も、行ってくる」

 

 共働きの夫婦のようだと言えば、まあその通りなのかもしれない。店と店の間を何度も行ったり来たりするだけの退屈なお使いクエストも、明らかに俺のパラメーターでは持てないようなドでかい丸太を持たされる運搬クエストも、レインのためだと思えば苦ではなかった。

 

 こうしてやってみて初めてレインの気持ちが分かった。俺がレインを想って働くように、レインもまた俺のためならばとモンスターと戦っていることを知った。このまま貯金していけばちんまい家くらいなら買えそうだと、ささやかな目標も出来た。夕食のときは必ず二人でテーブルを囲んで暖かいものを食べた。

 

 リゼへの申し訳なさがないと言えば嘘になるが、レインとの関係は恋人だったリゼの喪失を埋め合わせてなお余りあるほど濃い蜜月だった。

 

 それ故に俺は俺が生かされる理由を少しずつ忘れかけていた。

 

 俺はアレクとリゼの決死の行動によって生き延びた。では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 その日も俺は重い荷物を荷車で運んでいた。この生活を始めてから初めて知ったのだが、街中で完結するクエストでもお金(コル)だけではなく経験値も稼ぐことが出来て、効率もモンスターを狩るのと比べれば流石に落ちるが決して悪くはない。NPCとの親睦を深めていけば最初は存在していなかった割のいいクエストも受注することが出来るようになり、働けば働くほど稼ぎが良くなりレベルも上がっていった。

 

 そんな順調な日々の中、俺はついに見てしまったのだ。

 

 あのロザリア(クソアマ)が以前とは比べ物にならないほどいい装備を着込んでどこかしらのパーティに参加しているのを、俺は仕事中に目撃してしまった。

 

 そしてあのパーティには世俗に疎い俺でも知っているような有名人、《ビーストテイマー》のシリカがいた。

 

 間違いない、あいつらの次のターゲットはあの少女だ。

 

 叫びだしそうになるのをこらえながら荷物を目的地に運び込むと、俺は身なりを整え早速行動を起こした。

 

 あいつらが俺に感づいていないうちにシリカへ直接忠告をする。

 

 プレイヤーとして格下の俺がシリカに何かを言うこと自体おこがましいのだが、奴らの被害者として見て見ぬふりは出来ない。

 

 そんな使命感のような感情を胸に彼女の元へ赴いた……のだが。

 

「はあ~? ロザリアさんが貴方のギルドを潰したって……あの人、私よりもレベルが低いのにそんなこと出来るわけないじゃないですか」

「奴が一人でやったわけじゃない! 罠を張って俺たちを誘い込んで……とにかくあの女と一緒にいるのは危険だ! すぐにどこか安全なところに身を隠して――」

「なんですか? 貴方、いくら私が幼く見えるからって舐めすぎなんじゃないですか? その気になればオレンジプレイヤーの一人や二人、私だけでも撃退できますよ」

 

 彼女の言う事は何一つとして間違ってはいない。怪しいのは俺のほうだ。

 

 中層ではアイドルのような扱いをされているシリカのことだ、厄介なファンも多いだろうし今の俺もそれと同列に見られているのだろう。しかしその一方で俺の言葉もまたすべてが真実なのだ。

 

 MMORPGでは己の強さこそが全て、レベルとは階級そのもの。それが五つも離れているとなれば尚更だ。

 

 弱い自分を、戦えない自分を、情けない自分を恨んだ。何一つ伝えることも守ることも出来ない。始める前から俺の戦いは終わっていた。

 

「違う、違うんだ。俺は本当に弱い。弱くて惨めで情けない雑魚だ、それは認める。でも俺は」

 

 シリカの俺を見る目が心に突き刺さる。見苦しいからもうやめてしまおうと俺自身が既に諦めている。

 

 だが、なけなしのプライドを振り絞り、何とかこれだけは口にした。

 

「死んだあいつらの手前――これ以上、奴らの好きには、させられない……。それだけだ」

 

 訪れる静寂。先にいたたまれなくなった俺はコソコソと隠れるように背中を丸めて踵を返した。

 

 只ならぬ俺の様子を感じ取ったのかシリカの態度が少しだけ変化する。

 

「え――あの、お仲間って本当に」

「このことは忘れてくれ。君の前にも二度と姿を見せない。ごめんなさい、さよなら」

 

 だが俺はシリカのもとから去っていった。そして自分が完全に夜闇に紛れたのを確信してから、俺は転移門に向かって駆け出した。

 

 行く先はかつて《シルバーフラグス》のホームとして使っていた建物がある第十三層。その不気味さから誰も寄り付かないこの層は土地の値段が安く、リゼは最後まで嫌がっていたが結局この層に俺たちは居を構えた。今はもう彼らの名残が倉庫に眠るだけ。

 

 気持ちの悪い夜空の下を一人喚き散らしながらひた走る。

 

「あああああ、あ、アアッ! 畜生! チクショウ!」

 

 かつての思い出が次々と蘇る。あまりの懐かしさに涙と吐き気が同時に沸き上がり、顔が見るに堪えないほどぐちゃぐちゃに崩れる。

 

「俺は、おれは! なにも出来ない雑魚野郎だ! クソ、くそぉ……クソッタレがああああああああああっ!!!!」

 

 たどり着いたギルドホームのガレージに向かうと、シャッターを両手で勢いよく持ち上げた。

 

 そこは俺たちが集めたアイテムが所狭しと収納されている俺らの倉庫兼金庫だった。お金はともかくアイテムは相場が変わるから、必要な時に必要な分だけ売却しようと資金運用をみんなで相談していた。このガレージへ入ることができる人物は今や唯一の生きたギルドメンバーである俺だけ。当時はまだ新入りだったロザリアにこのことを知らせなかったのは正解だった。

 

 そして俺は今、仲間たちの最後の形見を全て売り払おうと脳内で計画を立てている。

 

 ここにあるアイテムや装備を全て売り払えば、総額300万col(コル)にはなる。俺はそのうち200万をあるアイテムに替え、残り100万を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――犯罪(オレンジ)ギルド《タイタンハンズ》討滅の成功報酬として提示する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いします! お願いします!」

 

 こうして頭を下げ続けて何日が経っただろうか。レインには置手紙だけを残し、俺は計画通りにギルドホームを含む《シルバーフラグス》の形見を全て換金して最前線で戦うトッププレイヤー《攻略組》たちに日夜土下座をしていた。全ては仲間の仇を討ち、奴によるこれ以上の被害を出さないため。

 

 たとえ今は亡き仲間たちに恨まれようと、俺にはこの一件をどうしても無視することができなかった。寧ろ俺はこのために生かされていたのだと自分と仲間たちに言い訳までしてこの行動に踏み切った。

 

 ここは第五十五層。俺程度のレベルでは一歩圏外に足を踏み入れれば生きては帰れない。

 

「仲間がみんな殺されたんです! もう同じことを繰り返させないために、どうか皆さんの力を貸してください! お願いします!」

 

 精神的な苦痛はシリカの時の比ではなかった。俺のことを怪しみながらも話を聞いてくれたシリカがどれほど寛大だったのかがよくわかる。

 

 誰一人として俺のことになど目もくれずに攻略のため外へと出ていく。俺を見てくれたとしてもその視線には例外なく侮蔑や嘲笑が付き纏い、俺はもう死んでしまいたいとさえ思った。

 

 朝も昼も、そして夜も。俺は恥も外聞も捨てて懇願し続けた。こんな乞食のような真似を始めてから一週間が経った頃だろうか。

 

「おい」

 

 初めて声を掛けられる。

 

 藁にも縋るような心持ちで顔を上げると、目の前にはしかめっ面をした男性プレイヤーがいて、俺を傲然と見下ろしていた。

 

 彼が纏う鎧に付与された紋章には見覚えがある。そう、あの《血盟騎士団》と対をなす最大手攻略ギルドの――

 

「聖竜……連合……」

「ああそうだ。俺は第四部隊隊長のカレスという。ギルドマスターの命により派遣されてきた」

「じゃ、じゃあ……」

()()()()()。いい加減目障りだから排除しろ、とのことだ」

「…………ぇ」

 

 俺の顔は情けなく放心した表情のまま固まった。もはや泣くことにも笑うことにも意味を見出すことは出来なかった。

 

 屈強なプレイヤーが二人がかりで両脇から俺を拘束する。

 

「は、離してくれ。分かった、もう帰るよ。二度とこんなことはしない。邪魔しないから、わかったから許して、許して……」

 

 強がることも出来ず俺はみっともなく懇願しながらぼろぼろ泣いた。俺と仲間の全てを投げうっても駄目なのか。誰一人同情すらしてくれないのか。絶望の二文字が俺に重くのしかかる。

 

 もう本当に全て諦めてしまおうと考えた、そんな時だった。

 

()()

 

 聖竜連合のメンバーとはまた違う人物の声が聞こえた。首元をマフラーで覆い隠したそのプレイヤーは威嚇するような鋭い目つきで俺――ではなく連合たちのことを睨んでいる。

 

「なんだお前は、見たところ攻略組のようだがなぜ我々を止める? お前にとってもこいつは邪魔で目障りだろう」

「目障りなのはお前たちのほうだよ《聖竜連合》。黙って見てれば弱いもの虐めなんかしやがって」

「なんだと!?」

()()()()()()()()()。文句があるなら力尽くで来い」

「たった一人でなにが――――」

 

 カレスと名乗ったプレイヤーがその先の言葉を口にすることはなかった。マフラーのプレイヤーは一切の気配も見せずただ体を前に倒しただけにしか見えない動作でソードスキルを発動させ、俺を捕まえていた連合メンバーをたった一薙ぎで吹き飛ばして見せた。

 

 もちろん圏内である街中ではどれほど攻撃しようともシステム障壁に阻まれHPが減るどころか刃も届かないが、威力相応にノックバックは発生する。重々しい鎧に身を包んだ彼らをたった一撃で薙ぎ払うなんて、フィールドで実際に放てばどれほどの威力を発揮するのだろうか。

 

 しかも彼が放ったソードスキルは《ホリゾンタル》。全てのプレイヤーがゲームを始めた時から扱える《初期技》で、回転しながら360度全方向に剣を一閃させて攻撃するだけの単調な技だ。

 

 その、たったそれだけの技が、こんな破壊力を生み出せるのか。

 

 武器種ごとに存在するスキルは自分に設定して鍛えれば鍛えるほど段階的に扱えるソードスキルも増えていく。カテゴリー最上位に位置するソードスキルはプレイヤーの身に余るのではないかとさえ思えるほどの破壊力を持つのだという。

 

 マフラーを纏う彼のスキルはそういった概念とは真反対に、ただひたすら磨き上げられ完成された芸術、舞踏のようだった。一切の淀みなく体をふわりと動かしたようにしか見えない構えと予備動作。俺もアレクも、リゼすら及びもつかないほどに洗練されつくした()()としか表現し得ない剣技。

 

 それと、不自然に自由になっていた()()は一体……?

 

「お前……そうか《赤狩り》の……。チッ、ここは引いてやる!」

「ハッ、間抜けな姿をさらしてよく言うぜ。早く失せろ」

 

 いつの間にかちょっとしたゴタゴタ騒ぎになっていたらしく野次馬が俺たちの周りを取り囲んでいたが、聖竜連合のメンバーがそれらを散らして事なきを得た。

 

「災難だったな、立てるか?」

 

 マフラーの彼は俺の服の汚れを手のひらで払い落としながら俺を立たせてくれた。

 

「あ、あの、ありがとうございました。なんとお礼を言っていいのか」

「お礼なんて要らないよ……それより――――……いい目をしてる」

「?」

「いや、別に。君が俺のソードスキルだけじゃなく左手も見てたから。ちょっと、ね」

「それは何となくで……スキルの初動が見えたのも何となくというか……勘ですよ」

「その目を信じること。見えたものを疑わないこと。そうすれば、きっと君はいつか俺なんかよりも強くなる」

「いや、そんなことは。そうだ、何かお礼を」

「勝手に邪魔立てしただけだよ。それに君の依頼は俺だと解決してあげられないし、もし引き受けても君はきっと後悔する」

 

 それは一体どういうなの事かと首を傾げていると、マフラーの彼はあっさりと理由を吐露した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………っ」

 

 あっさりとした物言いとは余りにも不釣り合いな内容に思わず息を詰まらせる。確かに、()()では俺の依頼は完遂出来ない。

 

「お~い、なに油売ってるのさ。置いてくよ~」

「すみません、今行きます師匠」

 

 姿は見えなかったが、女性らしき柔らかな声がマフラーの彼のことを呼んでいた。

 

「それじゃあお別れだ。またいつか何処かで」

 

 それきり彼はどこかに行ってしまった。

 

 呆然と立ち尽くしていると今度は後ろから声がかかる。

 

「犯罪者ギルドを牢屋送りにしてほしいって妙な依頼をしているのは君であってるか?」

 

 そこには全身を黒の装束に包んだ少年が立っていた。中性的な顔立ちは一見優しいようにも見えるが、その内側にどこか冷たい何かが見える。

 

()()()()()()()()。まずは話を聞かせてくれないか」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 俺が攻略組に依頼したかった内容は、《タイタンハンズ》メンバー全員の()()()()。200万コルを費やして購入した回廊結晶(コリドークリスタル)というアイテムを《黒鉄宮》内部にあるプレイヤーを捉えるエリアに繋ぐことで依頼のための手段を用意し、最後に残った100万コルを成功報酬とした。

 

 仮に俺とレインが協力したとしてもできない芸当だろう。だからこそ分不相応な願いだと分かっていて、自分よりも強い誰かに託すことを選んだ。

 

 俺の話を聞き終えたキリトと名乗る人物はひとまず頷く。

 

「俺のレベルは75。《タイタンハンズ》の平均レベルは40を超えないらしいからまず失敗はしないはずだ」

「お、お願いします! 殺すよりも難しいのはわかってます、でもどうか引き受けていただけないでしょうか」

「俺からは一つだけ聞きたい。なぜ奴らを皆殺しにしてほしいと言わないんだ? 仲間を、恋人を、目の前で残酷な方法で殺されているのに君はそいつらを許せるのか?」

 

 そう、矛盾だ。奴らを許せないと言いながら俺は奴らを生かそうとしている。

 

 でも違うのだ。俺は確かに復讐に取りつかれた亡者なのかもしれないが、仲間たちはきっと全員を殺せとは言わないはずだと俺は確信していた。

 

「あの時、あいつらの表情とか、声とかが、どうしてもまともには見えなかった」

「それはどういう意味だ?」

「奴らも俺らもSAOの被害者という点では同じなはずなんだ。でも、何か一つ、どこかにボタンの掛け違いがあっただけにしか思えない。もしかすると、何かが違っていたら、俺がロザリアかその仲間を嬉々として殺してたかもしれない」

 

――だから。

 

「だから、殺されたからといって殺したらいけない気が、するんです」

 

 それを聞いたキリトはどこか満ち足りたようだった。

 

「君の口からそれが聞けて良かった」

「じゃ、じゃあ!」

「俺でよければ引き受ける。ただ道具も報酬もちゃんと貰うし、方法も全部任せてもらう。それでいいか?」

 

 かくして依頼は引き受けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。犯罪(オレンジ)ギルド《タイタンハンズ》は、たった一人のプレイヤーの手により崩壊した。

 

 

 





 次回、最終話です。
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