FAIRY TAIL―SLAYER&WIZARD― 作:Crank
「すげぇな、こいつは」
山道をマシンウィザードで駆け上りながらグレイが呟く。魔力を用いない動力とは思えない力強さに感嘆しているのだ。魔力を使ったとしてもそこらの魔導士が乗った魔道二輪とは比較にならない。
迷うことなく一直線に山頂を目指す。山頂には未だに紫色の月光が一本の光線となって降っていて、その余波か山道は夜にしてはかなり明るい。それが意味するとこをグレイは把握してはいないが、その場にいるという男には心当たりがあった。
山頂の遺跡が見える。アクセルを吹かせて加速し、重心を後ろに下げてバイクの前輪を上げることによって遺跡の階段に引っ掛けた。そこから更に加速をかけると、後輪の回転速度が上がりパワーも上昇、そのまま車体を階段に沿って押し上げる。
激しい振動に上下しながらもグレイはマシンウィンガーで階段を上り、最上段に飛び出した。
「来たか――――――?」」
そこには悠然と佇む仮面の男の姿がある。男はグレイの姿を目にすると、一瞬だが全身を硬直させた。
グレイの予想が確信へと変わる。
バイクを停め降りると、グレイは油断なく男と対峙する。男の硬直は既に解けており、むしろ逆に可笑しそうなにやけた笑みを仮面の奥から見せていた。
「まさか、侵入者の仲間にお前がいるとはな……グレイ」
男は仮面を外す。二人の間に顔を隠す意味がないことを男も分かっていたのだ。
仮面の下からは十代後半、若い男の顔が現れる。
「リオン…………」
呟いたのは男の名。グレイにとっては兄弟にも等しい存在だ。
「久しぶりだな。こんな所で再会するとは思わなかったが」
くくっと肩を震わせて笑うリオンをグレイは睨みつける。
「村を壊す命令をしたらしいな! いったい何のつもりだ!」
「俺の目的の邪魔をしたからだ」
糾弾を物ともせずリオンはそう言い切った。あまりに手前勝手な言い分はグレイの怒りを煽る。だが今にも掴みかからんばかりの表情をしながらも、奥歯を噛みしめ拳を握り込みグレイはその場に踏み止まった。
「……ウルに恥ずかしくないのか、リオン」
絞り出すようなグレイの言葉には、どこか縋るような必死さが感じられる。
〝ウル〟の名を出した以上、その重さはこの二人にとって最後通牒以外の何ものでもなかった。
しかし。
「ないな。俺はウルを超える。それが弟子である俺の使命だ」
「~~~~~~っ!」
リオンの一言がグレイの怒りを爆発させた。
「なら! 弟弟子として俺がここで叩き潰す!」
冷やかな笑みを浮かべる
「アイスメイク・
巨大な氷の槌がリオンの頭上で形成され、猛烈な勢いで落下する。リオン毎床を砕く一撃を前に、リオンは片手を突き出した。
「アイスメイク・
リオンの目の前に氷の大猿が現れ、大槌を受け止める。そして返す刀で魔法を使用した。
「アイスメイク・
「アイスメイク・
正面に氷の盾を展開するグレイ。しかしリオンはそれを冷笑する。
「ふ、忘れたのか?」
六羽の氷鷲は曲線の軌道を描いて盾を回避しグレイに襲い掛かった。肩や腹に直撃を受け、グレイは吹き飛ばされる。
「お前の〝静〟の造形魔法に対し、俺は〝動〟の造形魔法を得意としていることを」
「くっ!
吹き飛ばされた勢いを利用し姿勢を整えると、そのまま両手を地面についたグレイの正面から、氷が間欠泉のように吹きあがりリオンに襲い掛かる。
「
だがそれも、リオンが片手を振るうことで起こる同様の魔法に打ち消された。二つの
「進歩のない男だ。お前は一度も俺に勝てたことはないだろう?」
余裕の態度を崩さないリオンに、グレイは鋭い視線を向ける。二人の間の緊張感が増し、呼応するかのように氷柱が砕け散った。
飛び散る氷結が光を反射し、二人の男を照らし出す。
「昔の話だろうが。あの時とは違うぜ」
「同じさ。お前は変わらない。ウルを殺したあのときから」
その言葉にグレイの表情が強張った。自分を鼓舞するように強く拳を握り叫び声で反論する。
「違う! ウルは――――」
だがそこから先をグレイは口にすることができなかった。それをリオンは消極的な同意だと捕らえたらしい。更に得意気に嗜虐的な笑みを浮かべグレイを嘲る。
「だが俺はウルを超える」
そこにあるのは強大な自信と侮蔑。そして狂気だった。兄弟子のその姿にグレイは言葉を失ってしまう。
ウルを失ったとき、こうなることは運命付けられていたとグレイは悟るのだった。
「リオン、もうウルを超えることはできないんだ……誰にも」
「だからお前は愚かなんだ。ウルを超える手段はある」
片手を構えたリオンの言葉に反射的に構えを取っていたグレイは驚愕する。その様子にリオンは満足したらしい。不出来な生徒に正解を教える教師のような顔をする。
「あのウルでさえ命を賭して封印することしかできなかったあの悪魔を倒せば…………俺はウルを超えるのだ!」
「悪……魔……だと」
グレイの脳裏を幼い頃の記憶が走る。両親を失った記憶、そして……師であるウルを失った記憶。燃える町と響く悲鳴を背景に、グレイの前にそびえ立つ巨大な影。
「まさか……デリオラを……」
「そうだ! 俺は長い時をかけてデリオラの封印を解く方法を探し、遂に見つけた! それがこの島の魔法、
高らかに笑い声をリオンの姿は正に狂信者のそれであった。全身から冷たい汗が噴き出すのグレイは止められない。
「…………デリオラを復活させる訳にはいかねぇ」
構えた両手に魔力を込める。
「アイスメイク――」
青い魔法陣が展開された。
「アイスメイク・
しかしリオンの氷の竜が先にグレイに襲い掛かる。魔法の展開速度に追い付けず、グレイは腹部に噛み付かれた。
「ぐぅ……っ」
思わず零れるグレイの苦悶をリオンは冷たい視線で見下す。
「やはりお前は何も変わってはいない。その両手で造形魔法を使おうとするところも、何もかもだ」
「ぐ……片手の造形魔法はバランスが悪い…………ウルの、教えだろ」
氷の牙を何とか外し、傷口を氷で塞いで出血を抑える。氷の造形魔導士ならではの救急処置だ。だがダメージが回復するわけではない。グレイは痛みに耐えて立ち上がる。
その気力すら、リオンは嘲笑した。
「だからお前はウルを超えられないのだ」
「…………ウルは、殺させねぇ」
答えは既に会話の体を成してはいない。だがその一言に込められた思いがグレイを突き動かしてた。
だがその言葉にリオンは激昂する。
「ウルを殺したのはお前だろう!」
再び襲い掛かる氷の竜をかわす余力はグレイにはない。正面から氷の竜に挑むしかない。
「違う……」
迫りくる竜の顎に両手を添えた。
「ウルは生きている!」
その瞬間氷の竜が凍りつく。
凍らされた顎門に罅が入り、それは即座に全身へと伝播していく。とうとう自重を支えきれなくなったのか、氷の竜はグレイの氷と共に砕け散った。
「生きているだと?」
「そうだ!」
グレイは叫んで真っ直ぐにリオンに殴り掛かる。振りかぶった拳をリオンの顔面に向けて振り下ろした。
「ふん……」
しかし痛みで僅かに速度の落ちたパンチを見切り、逆にその腕を掴み取って床に叩きつける。
「がはっ!」
衝撃で肺の空気を吐き出しグレイは悶絶した。間髪を入れることなくリオンはその首を押さえて意識を刈りにいく。無くなった酸素を求めて空気を吸いこもうとするグレイだが、リオンの手が気管を圧迫してそれもままならない。
その眼の光が急速に失われていく。
「……あれはウルじゃない、唯の氷だ」
リオンはグレイの耳にはっきりと届くように告げた。
驚愕し目を見開くグレイ。必死にリオンに手を伸ばすがそこには一切の力がなく、唯震えながら伸ばされるだけだ。
「………………リオン」
そう呟いてグレイは気を失った。
「フン……」
詰まらなそうに手を離し、リオンはグレイの体を凍らせる。意識を取り戻したとしても動くことができないように。
「おや、止めはお刺しにならないので?」
「ザルティか」
どこからともなく現れた小柄な老人は楽しげに笑いながらリオンに近付いてきた。仮面をかぶる怪しい風体だがリオンには既知の男である。
「やはり弟弟子には情がおありでしょうか?」
「情?」
ザルティの言葉にリオンはグレイを一瞥する。気を失い頭以外を氷漬けにされた男を見て、リオンの頭に浮かぶ感情は――。
「馬鹿な。俺はウルを超える男、霊帝だ。情などない」
冷たい野心だけだった。