TS娘と仮想現実   作:蒼百合

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群れバトル

.

2022年11月7日 午前5時20分

 

「しっかし、あんだけ時間かけただというのに……」

 

 言いあった末に私の口から出たのは、呆れたような、ホッとしたような安堵の声であった。

 

「普通に倒せた」

「1体1体は()()()()()()だもんねぇ」

 

 アルもやはりホッとしていた。

 それに対して私は、アルやミトから以前聞いたことを思い返していた。

 

「結局、肩に力を入れたり脅える方が命取りになるレベルの雑魚だった。ってことね」

「ほんと、なんでビビっていたんだか。って位に拍子抜けだぜ!」

 

 本当に、取り越し苦労だった。

 後から思えば、そう思ってしまったことが、油断だったのだろう。

 

 

 

.

. あっ やせいの

.モンスターの むれが あらわれた! ▼.

 

 

 

「ぁっ」

「こりゃしくったかもな」

 

 草木の上から表示されたカーソルが、幾つもこちらに近づいていた。しかしそれだけではない。

 オオカミが「アォーン!」と叫ぶと共に若干ではあるが、数が増えた。

 まさに、ウルフAは なかまを よんだ! である。沢山、ではなくて良かったものの、私たちは周囲を囲まれてそうになっていた。

 

「騒ぎすぎたわね……」

 

 後悔してももう遅い。

 闘うしか選択肢は残っていない。また呼ばれる前に倒す必要がある。

 

「でもまぁ、コレで連携して戦う訓練も出来るぞ!」

 

 それでもアルは前向きだった。

 確かにその通りだ。これなら素材も集まり、レベルアップも出来る。

 その通りだ。ラッキーだと思おう。

 

「そうね。チャチャチャっとかたずけちゃいましょうか」

「なんか多くね」

 

 喋る間にも、イノシシやハチ。そしてオオカミ型の初心者向けモンスターが無数に近寄って来る。

 それよりも先に、《ソードスキル》を発動させる。互いに背を向けて、敵を倒しに向かった。

 

 

 

 

「はあああぁぁっ!」

 

 何度目になるかも解らないソードスキルを繰り出す。命中し、HPを削り切る。

 

「次っ!」

「というかコレ、()()()なんだよ?」

「知らないわよ!」

 

 何体倒したなんて覚えていない。近くにいる敵。こちらを狙う敵。

 移動を繰り返して、なるべく止まらないようにする。けれど、後ろのアルとの距離も意識しながらだ。

 いま視界にある敵は5,6体。けれどそこから動かないのだ。

 

 まるでターン制ゲームのように、モンスターたちは攻撃と静止を繰り返している。

 否、単調なアルゴリズムだあるだけかもしれない。避けながら、反撃を入れる。

 けれどソードスキルではないのでダメージは少ない。

 

 そうして、敵が離れた場所に孤立すればソードスキルを叩き込む。

 これで敵総数が1減る。このルーティンが確立出来たのは不幸中の幸いだ。

 

 しかし、その間に増援を呼ばれたり、フィール上にリポップすることがあった。

 安定しているが、数は減らない。

 

 この繰り返しはキツイ。

 戦闘時間は5分を過ぎた程度だろう。

 短いように思えるが、300秒というのはとても長い。

 

 ボクシングであれば、ワンラウンド所か2ラウンド目が終ってしまう。

 野球なら、バッターは変わっているだろう。テニスでワンゲームが5分超えなら、大試合だ。

 水泳ならまだ泳いでいるかもしれない。長距離のマラソンでは始まったばかりだ。しかし、息継ぎや休憩するタイミングが存在する。

 つまりは集中力が尽きかけているのだ。

 

「……おりゃっ!」

「せいっ!」

 

 愚痴を言い合うことで疲弊を誤魔化しながら、攻撃を繰り返す。

 相手は直ぐにポリゴン片となり倒れるものの、数が多いのが問題だった。

 

 攻撃してくるモンスターの半分は、私たち(プレイヤー)を視認しても攻撃してくることはない非攻撃的(ノンアクティブ)モンスターである。

 けれど一度敵対すれば脅威になるし、群れを成していれば今日井戸は増加する。

 そして、一度攻撃に移り、被弾してしまえば威力は強力だ。

 

 彼らの放つ威圧や攻撃の予備動作(モーション)に臆すると、HP全損することもある。というのは、掲示板から得た数少ない情報の一つだ。

 

 イノシシであれば、突進による大ダメージ。オオカミであれば、跳躍からの噛みつき攻撃による継続ダメージ。

 そこに、システムの動きに頼るだけでなく、全身を使って《ソードスキル》を叩き込めば8割の確率でワンパンキル出来ていた。

 このフィールドにいる敵の大半は、スライム程度の雑魚であるからだ。

 解り切っていた事実だが、この数は結構きつい。

 直近で回避する数回、()()()()()()()()ように感じた。疲労はかなり深刻だった。

 

 疲れたとき程、すきが生まれる。

 首先に命中したと思った一撃は、当たりどころが悪かったらしくクリティカルにならなかった。

 

──まただ。

 

 また失敗した。()()()()()()()()()

 一度横転したオオカミは、最後の力を振り絞るように立ち上る。「ガウッ!」と鳴いて走り出す。

 攻撃の対象は私ではなくアルだった。

 

「ごめん、狼そっち行った!」

「……リコ! 後ろからイノシシ1、突進モーション!!」

「っ!」

 

 ミスしたのはほとんど同時だった。

 カバーに動こうとするが、私の反応が遅れてしまった。

 

──ブモオオォォォ!

「うっ」

 

 避けきれず尻もちをついてしまった。剣は手放していなかった。

 そして、草木を踏み潰しながら駆ける音が聞こえた。

 

「リコォ!」

 

 目の前に、狼が飛び掛かろうとしていた。

 

──落ち着け、落ち着け。

 

 何度も心の中で唱える。噛みつかれる訳にはいかないのだ。

 選択肢は限られている。避ける、防御をする、カウンターを決める。この3つくらいだろう。

 

 立ち上がれそうにないから、避けることは厳しい。同様にカウンターも厳しかった。

 このままではソードスキルは発動出来ないからだ。あるかも知れないが、私は知らない。

 だから守るしかない。

 

 飛びかかろうとする狼の目と顔を凝視する。

 恐れるな。目を閉じないで……

 

──剣を、合わせる!

 

 刹那、

 視界が真っ暗になる。思わず目を閉じてしまったからだ。

 同時に両腕が一気に重くなった。倒れそうになるのを我慢して、足に力を入れながら全身で踏ん張る。

 

 飛び掛かって来た狼が、剣に噛み付いていたからだ。狼に与えるダメージは僅かであるが、防御には成功していたのだ。

 体勢を戻すために振り解こうとするが、ビクともしなかった。

 

 剣を離そうとしないのだ。それどころか、噛み切ろうとしている。

 

──変えなきゃ!

 

 判断は早く決める。剣は放棄することにした。

 

 メニューを開き、装備メニューを表示させる。

 

──レイピア、レイピアはどこ……?

 

 ピロン、ピロンというシステム音がもどかしい。

 

「リコ!? 何してる!?」

 

 叫び声が聞こえたけど、内容の判断できないので無視する。

 手持ちの武器は片手で数えられる僅かしかない。武器のメニューさえ表示出来ればすぐ見つかった。

 

 取り出し、そのままモーションを構える。

 

「それは……!?」

 

 剣を突きだし、レイピアの基本スキル《リニアー》を発動させる。

 

 その一撃は、羽のように()()()()

 

 少しだけ減っていたHPが一気に消滅した。

 

「……危なかった」

「まだだっ! 油断はするなよ」

「解ってる!」

 

 息つく暇はない。

 落ちた剣を拾い、周囲を見渡す。剣はボロくなっていた。そして、目の前には敵のアイコンがなかった。

 

「……あれ、いない?」

「そうだな」

 

 アルが同意する。

 辺りを見渡せば、ほとんど敵の姿は消えていた。

 

──これなら、逃げられる

 

 戦い続ける必要はない。戦闘の腕試しが出来れば良かったのだから。

 

 

「さて、ある程度減らしたし」

「おぅ。逃げるぞー!」

 

 アルが叫びながら戦線を離脱する。

 

「オー! ……って、叫んだらまたヘイト買うわよ!」

 

 私も叫んでしまったので、何匹かモンスターが追いかけてきていた。

 

 結果的に、ではあるが、本当に倒せるのかどうかという不安は無用であった。それでも倒し続けていたのは、周囲のモンスターのヘイト値までもが上がったのか、断続的に攻撃してきたからだ。

 

 複数体同時に攻撃してきても、私たちは難なく回避して倒し続けることはできた。だからこそ街を少しずつ離れるように移動もしえいたのだが、それこそ戦闘が止まらない原因だったのだろう。

 歩みを止めて攻撃に徹すれば敵の数が減ったので予想は正しいと思う。強引に戦闘を辞めることにしたのだった。

 

 朝焼けを背後にして獣たちに追いかける道中はそれなりにワクワクした。

 

 

 

 

 結論から言えば、私たちは《はじまりの町》に戻ることにした。

 逃げ出して敵を撒く頃には、朝日が登り初めていたので当初計画していた予定の時間的には遅れている。しかし、命の方が大切であった。

 このままでは回復アイテムの底が尽きてしまうのは明白だ。進路を反転し、アイテムの再補充を目的として安全圏に帰還したのだった。

 距離でいえば往復1キロにも満たない。時計を見れば、フィールドに出ていた時間も30分程度でしかない。

 それでも、門が大きく見えてくると「戻ってこれた」ことに私たちは安堵する。

 

「ふぅ〜」

「無事に戻れたな」

「……そうね」

 

 走ったせいで前にかかっていた髪を拭うと、少し濡れていた。

 どうやら、涙が出ていたらしい。

 私は軽く泣いていたようだ。

 戦闘中は意識を向けれていなかったが、視界の左上にはパーティメンバーのステータスが表示されている。そこを見ればHPも丸わかりだ。

 

Ricotta

。。。。。。。。。。
a96/.190a.aLV:3a

.

. Alphonse...
。。。。。。。。。。。.

 

 

 ステータスバーの色は緑。

 しかし、何度回復薬を飲んでいたのにも関わらず、HPは半分よりは少し多い程度まで減っていた。

 猪による突進攻撃のような致命傷となる攻撃は避けることができたが、全ての攻撃を捌いききることは無理であったことが最大の要因だろう。

 ダメージを与えたのも被弾数もアルの方が多かった。

 モンスターのヘイトを上手く稼ぎながら、2ヶ月間のベータテストで鍛え抜かれた「ソードスキル」を何度も叩き込んだからだ。その前後に、僅かに発生するの硬直を私がカバーしきれなかったことも大きい。

 

「あっ!」

 

 安堵していたせいで、肝心なことを言うのをすっかり忘れてしまっていた。

 

「ん? いきなりどうしたんだよ」

 

 アルは不思議そうな顔をしているので、私は「ふふぅ〜ん」ともったいぶりながら笑みを浮かべる。

 

「アル」

「なぁリコ……本当にどうしたんだよ?」

 

 少し不安そうな表情に変わってしまった。

 もう少し引き延ばしたかったが、ネタばらしを行うことにする。

 

「ま、まさかさっきの戦闘で……

「レベルアップ、おめでとう!」 

 ……ぁっ」

 

 何度も戦闘をしたのでレベルはお互い3にまで上がっていた。それどころか、4へのレベルアップも見えてきている。

 アルの方が多く多くの敵を倒した以上、経験値分配されている筈なので、4レベにはより近いだろう。

 

「そっか、そうだよな……」

 

 アルを見ると笑っていた。

 

「リコ」

「ん? どうしたのさ」

「そっちも、レベルアップ。おめでとう!」

「ありがとう」




❏なんとか一週間、毎日更新出来た……
継続してやられている先生方、本当に凄いです。

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