地縛ってみた   作:ドードー

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後編

 

 

 

 

(騒がしいな、何を騒いでいるの?)

 

 いつもは何の反応も示さない浮遊霊達が騒ぎ始めている。

 

(誰か、来た?)

 

 こういう反応をする時は大抵、生きた人間が近くにいる時だ。少し意識を集中させると建物全体が把握できる。何故こんなことが出来るのかは分からない。気づいたら出来るように、というより無意識に使っていた。

 

(4…いや5人かな)

 

 既に病院内の空間が捻じ曲げられてる。

 

(子供達に目を付けられたのか、これは終わりかな)

 

 空間を捻じ曲げて出口を塞ぐのは、あの子達の常套手段。数が多くても所詮子供、走れば逃げられる。けど出口が無ければ?…あとは適当に追いかけるだけで疲れ、いずれ捕まる。

 

(まあ、子供達にそんなつもりはないんだろうけど)

 

 子供達の人を捕まえて千切るという行動が、何に起因するのか分からない。もしかしたら別の何かで満足し、その行動を抑制できるのかもしれないが私には分からない。

 

(黒いくねくねも動き出した、騒ぎすぎたね…彼等は)

 

 足元の水溜りに必死に逃げる侵入者達の姿が映る。

 

(さて今日の訪問者は生きて帰れるのかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石川君の身体に黒い影が組み付いている。石川君は振り払おうと必死に暴れるが効果はなくジリジリと身を寄せる。

 

 

 それは最初、廊下の天井に張り付いていた。そして石川君の頭に手を伸ばし鷲掴みにしたかと思うと、貼り付けていた身体も天井から降ろしてくる。

 

 それは黒くひょろ長い人型で身長は2メートル程、顔や髪はない。泥人形のようであり、空洞に風を通したような声を低く発していた。怪異、妖怪、化け物、もはや幽霊といった印象はない。

 

 そしてそれは石川君に組み付くと、頭を石川君の胸辺りに押し付け始めた。噛み付いているように見えたがそうではなく、細長い頭が短くなっている。

 

(違うっ…入ってる!体の中に入って行ってる!)

 

「がっ…がぐぅ…ゔぅぅ」

 

 石川君も抵抗するが、異形の下半身が石川君の体から生えてるようになるまで、入ってしまっている。

 

 私達はそれを唖然と見ているしかできなかった。

 

 無力に見ているしかない私達の前で、異形はついに石川君の体に入りきってしまった。石川君の体格は変わらないが、挙動は明らかにおかしく、頭を左右に揺らしながら異常に震えている。

 

「アァ…ガアァ…ア、ア、ア」

 

 閉じない口から意味のない音を出し始める。怖くなって距離を取る私達の前で膝をつく。

 

 最初、口から涎を垂らしたのかと思えばそれは黒く、次の瞬間大量の墨のようなものを吐き出した。目から黒い涙を流し、耳からも黒い何かが流れ出る。

 

「ゴボォッ…グォ、ゲホッゲホッ」

 

 黒い液体の勢いは増し吹き出すような流れ出す。石川君の体は既に真っ黒、片目は飛び出し取れかけている

 

「ゔぅっ…!」

 

 あまりの光景に胃の中のものを戻しそうになり、慌てて手で押さえる。

 

「あ、あ、ああ…ああああぁぁ…」

 

 舞はその場にへたり込んでしまい、私や沙耶達も石川君が死ぬのを見ているだけだった。

 

 石川君が何も反応しなくなり、その周りに黒い水溜りができた。すると、動かなくなった石川君の前辺りから、黒いものが生えてきた。

 

 最初は分からなかったが、それが影飲みの頭だと気づいた時、反射的に体が動いた。

 

「逃げるよっ!……ほらっ、舞も立って!」

 

(捕まれば死ぬ、また死ぬ。あんな死に方はやだ!)

 

 へたり込んだ舞を無理矢理立たせ、手を引いて走る。少し後ろを見ると森田君と沙耶が付いてきてるのが分かる。適当に廊下を走りドアが半開きになっていた病室に逃げ込み、最後尾の森田君が入ったと同時に閉める。

 

 ドアを背に座り込み息を整える。みんな息を潜め廊下の様子を音で探る。舞が左腕に抱き付いて震えていた、私も人の体温を感じて少し安心する。

 

 呼吸も落ち着いて、静かな空間で森田君と目が合った。彼は沙耶を落ち着かせつつ何か考えている様子だった、

 

「どう…っ!…………」

 

 どうする?と、小声で聞こうとした時に廊下から変な音がした。

 

 ひた…ひた…

 

 裸足で廊下を歩くような音と空洞音。影飲みが来ている、今廊下を歩いている。

 

 全員目を見開いて、息を潜める。心臓の鼓動音さえうるさく感じる。

 足音は鮮明になり私達の隠れる病室前に差し掛かる。

 

 ゆっくりとドアの前を歩く影飲み。ドアの上半分にある曇りガラスに

 ゆらゆらと揺れながら進む影が見える。通り過ぎる時間はとても長く感じた。ドアの前を通り過ぎると足音が遠ざかり、何も聞こえなくなった。

 

「行った…よね?」

 

「あ、ああ。多分、大丈夫だ」

 

 舞は私に、沙耶は森田君に引っ付いた状態で、何も喋れそうにない。

 まともに会話が出来るのは私と森田君ぐらいだ。

 

「どうしようか?…逃げるだけだったら出来るけど、出れなきゃいつかは捕まるし」

 

「まず一階に行けない。もしかしたら二階にすら帰れない可能性も…。影飲みって走るのか?引き子は走ってなかったけど」

 

 そう言って森田君は視線で沙耶に問いかけるが、沙耶は首をよこに振るのみ。

 

「そりゃ分からないよね…」

 

「走ったらヤバイな」

 

 森田君の言う通り、あんなのが走って追いかけてきたら発狂しそうだ。

 

「あっ!スマホ!」

 

 森田君がスマホを取り出したのを見て、電話で助けを呼べば、と気づいたが

 

「さっき試したんだけど…駄目だ。相変わらず圏外だって」

 

 そう言って画面を見せてくる。

 

「何となくそんな気はしたけど…こういう時のお決まりらしい」

 

 それを聞いて乗り出した体を元に戻す。

 

「はぁ〜、死にたくないな〜」

 

 現実逃避気味に思考を放棄して、5分程ぼーとしていると、沙耶が小さな悲鳴をあげる。

 

「ひぃっ!……う…ううぅ」

 

 森田君にしがみつきながら震え始める。

 

「あ、足…足に…うぅ…」

 

 必死に何かを伝えようとしているが、震えて上手く喋れてない。

 

「足?…なっ!」

 

 森田君が沙耶の足を見て立ち上がる。それによって私からもどうなっているのかが分かった。病院用ベッドの下から子供の手が伸び、沙耶の足を掴んでいた。そしてほかのベッドやカーテンの陰から白い子供がぞろぞろと出て来る。

 

「引き子!」

 

 7、8人はいるだろう、その全員がおそらく沙耶を目指して近寄って来る。

 

「くそっ」

 

 森田君はなんとか沙耶の足を掴んだ手を外そうとしているが、普通の子供の力ではないらしくなかなか外れない。そうしているうちに何人かは森田君にも取り付きだす。

 

 目の前の光景を見てしがみついてくる舞を、持ち上げるように立たせ、後ろのドアを開け放ち、振り返って惨状に目を戻す。

 

 座り込んでいる沙耶、片膝を立て必死に立て直そうとする森田君、そしてその2人に群がる白い子供。

 

(どうすれば助かる…助けるには…)

 

 頭が上手く動かない、焦りが加速する。沙耶が私を見て、何か言おうとしている。きっと"助けて"と言いたいんだと思う。

 

(ちょっと待って、助ける…助けるから)

 

 助けなきゃいけない、そう思えば思うほど頭の空白は広がっていく。

 

「うぅ…くぅっ……悠…後…!う…ろっ!………悠里、後ろっ!」

 

 ようやく沙耶の言葉が聞き取れ、意味を理解した時、独特の空洞音が耳元で聞こえた。

 

「え……」

 

 振り向かなくても分かる、それでも私はゆっくり振り向いた。

 

 振り向いた先には、こちらを見下ろす黒。目と鼻の先、視界いっぱいに映る影、影飲みが立っていた。

 

 影飲みはゆっくりと両手を私の肩に置き、ゆっくりと顔を近づけてくる。逃げられなかった、腰から下が石にでもなったかのように動かなくなり、なすがままに殺されるだけだ。

 

 頭の中に石川君の死ぬ様が浮かぶ。

 

(ああやって死ぬんだ、私)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水滴の落ちるような音が響いた──────

 

 

 

 

 

 

 決して大きな音ではないそれは、恐ろしく鮮明で他の音の一切を無音に帰すようだった。

 

 今まで焦りや恐怖でぐちゃぐちゃにされた私の思考を一瞬でクリアにし、いつも以上の落ち着きを与えた。

 

(…時が止まった?)

 

 そう感じてしまう静けさと、私に近づいてる状態で止まっている影飲み。ゆっくり振り向くと引き子も全員動きを止めている。

 

 だが止まってはいなかった、同じく今の状況を理解しようとする他の3人は周りを見回していた。

 

 また水滴の音が響く、すると白い子供達は2人から手を離し、ゆっくりと離れる、現れた時と同じように、ベッドやカーテンの陰に消えていく。影飲みも私から手を離し、ゆっくり後ずさる。廊下の壁まで下がると壁に沈むように消えていった。

 

「へ?……なに?…助かった…の?」

 

 私達は誰も状況が理解できてない。私はふらふらと病室内に戻るとドアを閉め直して一息つく。正直なんで生きているのか分からない。

 

(生き…てる、生きてるよ)

 

 遅れて手が震え出し、恐怖を再認識した。

 

「なんだか知らないけど助かった、今なら出れるかもしれない」

 

 希望が見えた、そんな感じて言う森田君、言われて私もそう思う。何故かは分からないが、引き子と影飲みはいなくなった。もしかしたら姿を表すのには時間帯や条件があるのかもしれない。今なら出られるんじゃないだろうか?

 

「櫻井、立てるか?」

 

 危機的状況を脱した事で大きな安心感を得た私は、森田君が話しかけるまで沙耶が震えているのに気づかなかった。

 

「櫻井?…アイツらは消えた、大丈夫だ」

 

 さっきの所為で震えていると思ったのか、沙耶を安心させようと声を掛ける森田君。

 

「逃げた、逃げたの」

 

「あ、ああ。アイツらは消えたぞ」

 

「違う…違くて!引き子と影飲みが逃げたの!」

 

 ふと…焦る沙耶の様子を見て、私の頭の中は楽観的な考えから最悪な方に傾いた。

 

「ん?ああ、だからアイツらは「ねえ」

 

 森田君の言葉を遮り、沙耶に聞く。

 

「引き子と影飲みが逃げるような奴が、いたんじゃなかったっけ?」

 

 沙耶は黙って下を向き、小さな声で呟いた。

 

「宿り様が………きちゃうよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怯えた様子の沙耶を落ち着かせ、宿り様について聞く。さっきの状態ですら絶対絶命だったのに、それ以上となると想像が難しい。

 

「ねえ、宿り様ってどんな奴なの?」

 

「ロングコート着て…か、傘…さしてる。そ、それで目を合わせちゃ…だめ」

 

 沙耶はつっかえながらも説明してくれる。

 

「合わせると?」

 

「死ぬ…らしい。目を合わせると、溺死するって…言われてる」

 

 その説明を聞き、思わず顔をしかめる。

 

「単純明解でヤバイ奴ってわけか」

 

 そう言う森田君には同意せざる得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(助けて…みようか)

 

 ただの気まぐれだろうが、そんな事を思った。普段なら自分から干渉する事も稀である私が、助けるために動くなど初めてかもしれない。

 

 動機として、友達を助けようとする姿勢は好感が持てる。ここを訪れる学生達で、何も無いうちは友達ごっこをしているが、子供達や黒いくねくねに襲われると、保身の余り足の引っ張り合いをして……と言う者が多い。

 

 だが、それだけではあまりに弱い。そんな事で助けようとはしないはずだ、いつもの私なら。

 

(なんでだろうね………分からないな)

 

 分かっていない…私自身が。何がそうさせるのか、おそらくは生前の私と関係があるんだと思う。過去の私自身と重ねてとか、生前の私を知っている人物だとか、もしかしたらこの廃病院が彼らを生かそうとしている、なんてのもあるかもしれない。

 

(分からないけど、そこまで手間じゃないし、助けておけばそのうち答えがわかるかも)

 

 ある病室のベッドから腰をあげる。

 

「まずは、返してもらおうかな」

 

 空間の支配を広げる、水面に波紋が広がるように静かに、一切の抵抗を許さず塗り替える。暴力的な静寂で呑み込む。

 

 子供達がいじっていた空間を上書きし、私の支配力で固定する。私の支配を上書きできる存在はここにはいない。

 

「夜遊びはここまで、帰ってもらおうかな」

 

 既に子供達と黒いくねくねは、私が干渉したのを理解したはず、じきに姿を消すだろう。

 

「さて、頑張って逃げてね」

 

 そう言って私は水溜りに一歩踏み出す、水音が響くと私は三階の廊下にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行くよ?」

 

 私はそう言ってドアに手を掛け、振り返ってみんなの顔を確認する。みんなが頷くのを確認すると、意を決してドアを開ける。

 

 静かに息を殺して出来るだけ自分の存在を知らせないように。

 

 ドアを開けきると、上半身だけ突き出すようにして廊下を確認する。

 

「…っ!」

 

 空気が変わった。怖い、恐ろしいと言ったおどろおどろしいものではなく、純粋に空気が澄んでいる。今まで普通に感じていた空気が酷く濁っていたと思うほど澄みきっていた。

 

「なにこれ…」

 

 そんな事を私が呟いたからか、怪訝に思った森田君や舞も顔を突き出す、そして説明できない異常性を同じく感じ取る。

 

 透明度の高い空気は音もよく通すようで、音を殺すように踏み出した足音がやたらと大きく聞こえる。

 

 廊下の左右を見て、近くには何もいない。目指すは左の階段、この病院は長い廊下の両端に階段がある。ここからなら若干左のほうが近い、そこから一階まで降りて、入ってきた中央玄関から出る。

 

「何もいないよ…行こう」

 

 私は舞の手を引いて歩き出す。本当は走り出したい、早くここから出たい。でもそれより、出来るだけ自分の存在を隠したかった、だから歩くただ静かに。

 

 私と舞の後ろに森田君と沙耶が続く。

 

(このまま何も起きずに、何にも会わずに、早く一階に)

 

 静けさとは裏腹に焦りが大きくなる。

 

 

 

 

 

 

 ──────ぱしゃん──────

 

 

 

 

 水滴の音とは違う、初めて聞く水音が響いた。

 

「…っ!」

 

 異常というほど静かな廊下に音が響き、反射的に体が硬直する。今進んでる廊下の突き当たりにぐらいから聞こえた。廊下は暗く懐中電灯をつかっても突き当たりまでは照らせない。体の動きを止め次の変化を待つ。

 

(何も無い、ただ音がしただけ)

 

 願望と言わざる得ないが、私は必死にそれにすがった。しかし

 

 

 

 ──────ぱしゃん──────

 

 

 

(気のせいじゃない、何かが音を)

 

 緊張が走る、静寂が耳に痛い

 

(何かが動いてる)

 

 廊下の奥、暗闇の中で光るなにか。

 

「──あ」

 

 それが金色の瞳だと気づいたのは、暗闇の中から宿り様が出てきてからだった。

 

(あれ…?目が合ってる?)

 

 黒い髪に黒いコート、骨組みだけの残った壊れた傘を差している。足元には水溜りが広がり、水面に小さな波紋が浮かぶ事で雨が降っているのが分かる。

 

 意味のなさない傘を差して雨に打たれるその姿、何より暗闇で薄く光る金色の瞳、表情は暗くて分からないが瞳は私を捉えている。

 

 引っ張っていくという意味で繋いでいた舞の手が、今は逆に私の精神をぎりぎり支えている。

 

(目が合ったら…死ぬんだっけ?)

 

「こっちだっ!」

 

 森田君の声で我に帰り慌てて振り返る。森田君は沙耶を引っ張って元来た廊下を引き返している。私と舞もそれに続く、後ろからは宿り様が来ているだろうが怖くて振り向けない。

 

 走る、今歩いてきた廊下を戻り宿り様から逃げる。いつのまにか三階の廊下は全て水浸しとなり、1センチほど水位がある。

 

「反対の階段から降りる!」

 

 森田君が走りながら逃げる経路を伝えてくる。そして廊下突き当たり近くの階段にたどり着き、先頭の森田君が階段を下りようとして水飛沫を上げる、森田君は一旦硬直し動きを止めたが、慌てて戻ってくる。

 

「…え?」

 

 見ていた私も一体何が起きたのか分からなかったが、よく見ると下への階段は水面になっていた。

 

(…は?え?…なにが…)

 

 下への階段は水没していた、というより三階より下は水没しているのだろう。

 

「なんだよ…これ」

 

 予想外の事に思考を停止させたが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

「上に行こう」

 

「くそっ」

 

 上に逃げるしかない、森田君も悔しそうに上への階段を登る。

 

 

 

 ──────ぱしゃん──────

 

 

 

 その時、聞き覚えのある足音が聞こえ、私達は全員振り返る。

 

(もう来たの)

 

 振り返る先に宿り様の姿は見えないが、階段と廊下の曲がり角付近まで来ているのかもしれない。

 

「…なっ!」

 

 森田君の驚く声に反応して視線を戻すと、上への階段の踊り場に宿り様が立っていた。

 

 上には逃げられない、下も水の中。反射的に私は元の廊下に逃げた。頭では分かっている多分駄目なんだと思う、逃げられないんだ。何も考えてない、宿り様のいない方に走るだけ。やけになっているのは自覚している。

 

(どうしようもない…どうにもならないよ…これ)

 

 先頭を走る私、さっきの水浸しの廊下をバシャバシャと音を立て走る。案の定、私の前から足音が聞こえる、金色の瞳が浮かぶ、憎たらしいほどに綺麗な目だと、場違いな事を一瞬考える。

 

 足を止めて横にあった病室のドアを開け放って中に転がり込む。全員入ってドア閉めると私は座り込んでしまった。

 

「無理だよこれ、逃げられない」

 

 座り込んだのは私だけでなく全員だった。みんな薄々理解しているのだ、逃げられないと。

 

「ごめん…ごめんなさい、私のせいで、みんな死んじゃう…」

 

 沙耶が泣きながら謝る、自分が言い出した事でこんな事になってしまい、責任を感じているのだろう。

 

「あれ…」

 

 ずっと黙っていた舞が喋り出したので、沙耶を慰めるのかと思ったら全く別な事を言い出した。

 

「あれって、受け付けじゃ…ないですか?」

 

 そう言って指を指す先を見ると、"受け付け"と大きな表記が貼られているカウンター窓口がある。

 

「え!」

 

 驚いて立ち上がり周りを見回すと、そこは一階の廊下だった。三階の廊下から病室に逃げ込んだはずなのに。

 

「何が…」

 

 森田君が呟いた時、廊下の奥、暗闇の中から水音が響いた。

 

 

 

 ──────ぱしゃん──────

 

 

 

 落ち着き始めたみんなの顔が絶望に染まる。

 

「立て!逃げるぞ、玄関まで走れ!」

 

 座り込んでいる沙耶を森田君が立たせて引っ張る。私と舞も走って出口を目指す。受け付けと待合室を通り抜け中央玄関に辿り着く、扉を体当たりするように開き、全員出ると同時に閉める。そのまま走り半開きのままの鉄格子の扉を抜けると森田君が閉めた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 全員荒い息を整えながら何も喋らない。2、3分そんな沈黙の後

 

「逃げられたな…なんとか…」

 

「うん」

 

「今日は帰ろう、石川の事とかは明日にしよう、そのまま言ったってどうせ信じてもらえない」

 

「うん…」

 

 森田君に言われて石川君のことを思い出した、自分はそこまで薄情な人間ではないと思っていたんだが、予想以上に余裕が無かったようだ。

 

「俺は櫻井を追ってくが…、坂井さんと佐藤さんも送って行こうか?」

 

「私は大丈夫、舞も私が送るよ」

 

 若干強がったが多分大丈夫だろう、しばらくは舞もいるし。

 

「分かった、じゃあ俺らは帰るから2人も気をつけて」

 

 そう言って沙耶を連れて森田君は帰って行った。

 

「私達も帰ろう」

 

「坂井さん大丈夫?…無理に送ってくれなくても大丈夫だよ」

 

 舞が私を気遣ってくれるが

 

「大丈夫だよ、それに私もすぐに1人は心細いし」

 

 そう言うと舞は安心したのか自転車の所に行く、私も一緒に向かおうとして、

 

 視線を感じるのに気付く。

 

 

 体に悪寒が走り、振り返って病院を見上げる。原因を探していると視界の端に光を捉える。二階の病室の窓からこちらを見下ろす金色の瞳が私を見ていた。

 

 月明かりによって今まで見えなかった顔が照らされる。色白の肌に整った顔立ち、瞳と相成って美人だと思う。その姿と表情ない顔から不気味さは消えないものの私に対する悪意はない気がした。

 

「坂井さん?…」

 

 舞の声で我に帰る。

 

「あ、いや何でもない」

 

 慌てて言い訳をしながら、舞の元に向かう時にもう一度宿り様のいた病室を見たがそこには誰もいなかった。

 

(目が合ったら死ぬんじゃなかったっけ。……綺麗な眼だったな)

 

 そうして長い夜の帰路についた。

 

 

 

 

 




本編は以上です。

地縛霊の視点が少なかったかな

気が向けば番外編もやるかも
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