日のある内にストリートコートへ行くのは久々だった。
以前、ランキング戦で先輩に敗北して、へこんでいた時もここへ来てひたすら球を打っていた。その時に玉林中のダブルスペアや橘杏、氷帝学園テニス部の正レギュラーに会ったのだ。
しばらくは大会などで忙しくて訪れていない。
彼らが利用すると聞いた時、よく考えたなと思ったことを思い返す。
「もうすぐ着くぜ。ほら、この上だ」
階段を指して桃城が笑顔で言う。
軽い動きでひょいひょいついてくる少年はどうにも落ち着きがなく、あちらへこちらへふらふら歩いていて、気になる物があればすぐに引き寄せられるかのように近付いていった。おかげで予定よりもずいぶん時間を食っている。
苦笑する桃城だが彼のことは嫌いではなかった。
話を聞いていると面白い奴だと判断する。
リョーマはどう思うか知らないが、悠介は気に入りそうだと早くも予想していた。
「なあ、今更だけどお前関西?」
「そうやで。大阪や!」
「そうだろうな。喋りが全然違うんだから。東京は初めてか?」
「うん。やっぱり初めて来るとこはあかんなー。一人やったら絶対迷ってるわ」
幾分気疲れした様子で息を吐く。
体力はあるのだが道を覚えるのが苦手なのだろう。さっきの歩き方をしていれば当然だ。桃城は同行することを申し出た自分を褒めてやりたくなる。
遥々大阪から来た面白そうなテニスプレーヤー。聞けばリョーマと同じ一年生だという。どうしても会わせてやりたいものではないか。
うきうきしながら桃城が先導し、彼は肉体的な疲れはまるで見せずに、一段どころか二段ずつ飛ばしながら軽々と跳んで階段を上っている。
大した奴ではないかと改めて感心する瞬間だった。
二人は階段を上り切ってテニスコートを目撃した。
面白いことに、ちょうど悠介とリョーマがシングルスで試合をしている。
桃城がにやりと笑うと同時、気持ちは同じだったのだろう、嬉しそうに少年が笑った。待ちきれない様子で近付いて観戦を始める。
関東大会以来だ。リョーマが不思議なオーラを纏っているのは。
軽快に走る彼は強烈にスピンをかけてボールを打ち、地面に落ちたそれは、本来とは逆の方向へ跳ねて逃げるかのような挙動を見せる。
悠介は必死に走って追いつき、サーブではないツイストの回転に苦悩していた。
返してもすぐにリョーマがボールへ接近し、強烈なショットを放つ。
今度は着地と同時に高く跳ね上がる“ツイストスピンショット”だ。ライジングを狙うしかない。
「ああくそっ! それは俺戦ってないって!」
文句を言いながら悠介は着地した直後の跳ね上がる瞬間を狙い、予想外のパワーに腕を痺れさせながらもなんとか返した。
問題は次だ。攻撃は隙間なく続いていて間髪入れずに襲ってくる。
一息つく暇も与えられず、リョーマはドロップショットを行い、強烈なスピンがかかって地面に着いた途端に転がる。
「ハァ、ハァ……やり返された」
「俺もできるんで」
当然のように“零式ドロップ”を使われて、あっという間に得点される。
もはや数えられないだろうということで杏はあっさり審判の座を辞任してしまったが、これが試合なら当然ポイントを取られている。
様々な技で走らされ、息を乱した悠介は深呼吸で整えようとした。
“無我の境地”の恐ろしさは様々な技を使えるだけではない。普段のリョーマをよく知るが故によくわかる。パワーもスピードも段違いだ。同じ人間だとは思えない。
一体どういう原理なのか。知りたくても理解できそうになかった。
オーラを吹き出すリョーマは以前より体に馴染んだのか、使用時間が伸びている気がする。
これまで出会った強敵の技を軽々と使い、その使い方もオリジナリティがあって対応が難しい。
ますます俺のやってきたことは何だったのか。覚醒したリョーマを目の当たりにして、自らが対戦してみて、以前よりもその想いが強くなる。
諦めたくなる衝動に駆られながらも必死に自分へ活を入れ、どうにか喰らいついているのが現状であった。得点を数えないなら今すぐにもやめてほしいというのが本音である。
「本気でやるって言いましたよね?」
「言ったかもしれないけど、それ使っていいなんて言ってない」
「使っちゃだめとも言われてませんよ」
「はぁ~昔の俺のバカ。だってそんなぽんぽん使えるとも思ってなかったし……」
「次行きます」
一応声をかけてからサーブをされる。
明らかに普通ではない、ツイストサーブでもないそれは、小さな体を目一杯使って繰り出される超絶高速弾“スカッドサーブ”。氷帝の二年生が得意とする技だった。
初めて体感する悠介だが、偶然か狙ってか、必死に反応しようとして差し出したラケットの端に辛うじて当たった。ボールはふらふらと宙へ飛んでネットを越える。
あれをリターンとは呼びたくない。
何せ、相手にチャンスを与えるだけなのだ。
一瞬にして届く距離まで跳び付いたリョーマは、強烈なスマッシュでコートへ叩き込んだ。
「どーん」
「いいか越前、お前が今やってるのはいじめだぞ。あんなサーブ取れるわけないだろ」
「取ったじゃないっすか」
「取ったんじゃなくて当たったの」
「返せばいいんだから当たっただけでいいんですよ。じゃ、次」
「うーん、どんどん自信が破壊されていく……」
見ているだけで興奮する光景だった。
繰り出される技の多彩さ。細身で小柄とは思えないパワー。走るスピードは速く、大胆な攻め方は観客を盛り上げる。何より体から出てくるオーラ、あれがかっこいい。
わくわくする少年は我慢できずに駆け出した。
ポールのすぐ傍へ立ってリョーマを指差し、大声を発する。
落ち込んでいた悠介が顔を上げて、ゲームに集中していたリョーマが、新たにコートへ現れた人物に気付いたのはちょうどそんなタイミングだった。
「コシマエリョーマ!」
「は? ……誰?」
「ワイは大阪から来た遠山金太郎! 今からワイと勝負せぇ!」
そう言って背中に差していたラケットを抜き取って右手に持ち、赤毛の少年、遠山金太郎は堂々と正面から宣戦布告した。
勝気な笑顔で興奮を抑えきれず、見るからにわくわくしているといった表情である。
突然水を差された状態となった二人はぽかんとしてしまい、何が起こったのか、理解するまでに少し時間を必要としていたようだった。
「知り合いか?」
「全然」
悠介の問いかけに素っ気なく答えて、フシュッとリョーマが纏っていたオーラが消えてしまう。
それを見た途端、金太郎が絶望した様子で悲鳴を発した。
「あぁっ!? なんでそれ消してまうねん! それが強そうやったのに!」
「あんた誰?」
「だからぁ! 遠山金太郎やー言うとるやろ! 関東大会で一番注目されたルーキー、コシマエリョーマ! お前を倒す男や!」
よくよく辺りを見てみれば、すっかりただの観客と化していた杏とその他の男たち四人はぽかんと口を開けて固まっているが、笑いそうになって必死に口元を押さえている桃城を見つけた。彼が連れてきたのだとその瞬間に理解する。
少なくともリョーマを目的としていることはわかった。悠介はリョーマに目を向ける。
「お前と試合したいらしいけど、どうする? コシマエ君」
「絶対わざとでしょ……あのさぁ、俺、えちぜんリョーマなんだけど」
「さっきのぶわぁってやつもっかいやれや! なんかめちゃくちゃ技使ってたし、見た目かっこええやんけ! どうせやったらあれがええわ!」
「いや、だから」
「なぁそこの兄ちゃん、ちょっとでもええわ。ワイと代わってくれへん?」
金太郎はリョーマと試合していた悠介へ目を向け、手を合わせて、リョーマに向かって挑発する際とは違って懇願するように言い出した。
ちょうどいい。彼にしてみれば拷問のような時間が続いていたところだ。
あっさり承諾した悠介は金太郎に笑顔を見せた。
「俺はいいよ。コシマエ君がいいなら」
「ほんまかっ!? ありがとう! ほんならコシマエ、後はお前次第や! ワイと勝負しよう!」
「いやぁ、やってくれるんじゃない? コシマエ君なら。ちょうど力が有り余ってるから」
「よっしゃ! ほんならちょーどええやんけ! 今からすぐやろ!」
「あいつ、後で絶対泣かしてやる……」
恨めしそうに悠介を睨みつけるリョーマだが、勝負だ、勝負だとうるさい金太郎に気を取られ、苛立ちが募っていく。
ただでさえ腹立たしい先輩が二人も含み笑いをして注意が逸れるのに、見たことない派手な奴が大声で喚き立てているのである。
普段はクールなリョーマが珍しく大声を出すのも無理もなかった。
「あ~うっさい! 大体、俺今先輩とやってたんだけど」
「でもその先輩はええって言うてるやんけ」
「そうだそうだ」
後ろから援護するように悠介が同意する。イラッとした。
「まだ決着ついてないし……」
「あーそうか。ほんならもうちょっと待った方がええ?」
「いいよ。どうせ今、ポイント数えてなかったから、永遠に続く感じだったし。勝負はついてるからむしろ終わらせてくれて有り難いくらい」
「そうなん? せやったら、ワイと戦ってもええってことやな?」
「うんうん、全然問題ない」
「勝負やコシマエ! ワイと試合しよ!」
「いいぞー。しろしろー」
リョーマの体からオーラが吹き出した。
呑気な顔で立っている悠介の足元に何かが着地し、体の傍を強い風が通り過ぎる。笑顔が硬直して危機感を覚え、さっきのはリョーマのサーブなのだと、壁に激突してから足元まで転がってきたボールを見て理解した。
まずい。珍しくキレている。
今のサーブ、ほんの少し狙いをずらすだけで悠介の体に当たっていた。
途端に背筋を伸ばした彼はリョーマに睨まれて精一杯ぎこちない笑顔を見せる。
「おおっ! それそれ!」
「あ、あの……!」
「黙ってて」
「はい……」
「なぁ~ええやろ? この兄ちゃんもええって言うてるしわざわざ大阪から来たんやから。お前と勝負するためにここまで来たんやで」
だからどうしたと言いたくなるのだが、どうやら悠介の集中は切れてしまったようだし、この苛立ちを解消するための方法は一つしかなさそうだった。
正直に言って不満だ。確かに得点は諦めたが、まだ悠介が本気でぶつかってもいない。“無我の境地”を出したのはやり過ぎにしても、もっと必死に戦うはずだったのに。
そもそも、誰かも知らない奴にいきなり勝負だと言われて、ずっと名前を間違われている。
初対面で好感を持てというのが無理な話だ。
リョーマはあからさまに金太郎を警戒しており、人懐っこい笑顔を見ても評価は変わらない。
それでもやろうと決意したのは、ぶつけようもない苛立ちを発散するためだった。
腑抜けになった悠介はもう相手にならない。このまま続けても本気にはならないだろう。
適当にやって、適当に勝って、その後で折檻をしてやればいい。リョーマが考えるのはどんな方法で悠介に後悔させてやろうかというただ一点のみだった。
手の中でグリップをくるりと回し、リョーマは金太郎の視線に応えた。
「ハァ、わかった……1ゲームマッチでいい? 後の予定が詰まってるから」
「よっしゃあ! それでええよ! さあやるでー!」
「あ、あの、越前君、その後の予定っていうのは……」
「そこ座ってて。逃げたらわかってるよね?」
「はい……」
ラケットで位置を示されて、悠介は言われた通りにベンチへ腰掛けた。
いつの間にか桃城の姿が消えている。リョーマの怒気を感じて巻き込まれないように逃げたに違いない。こういう時はあいつの要領の良さが恨めしい。
しょんぼりして座る悠介の下へ、少し気まずそうに苦笑して杏が近付いてきた。
「調子に乗って煽るから」
「うぅ、やり返すチャンスだと思って……」
「前から思ってたけど、あなたたち仲がいいのね」
「あれを見ても?」
「うん。ちゃんと大事にした方がいいよ」
えーと声を漏らす悠介はリョーマの視線に気付いて慌てて口を閉じる。
ため息を一つ。コートで金太郎と対峙し、仕方ないと切り替えてリョーマは目つきを変え、試合に集中しようとした。
こうなればさっさと終わらせよう。
急ぐからこそ油断はなく、力を隠そうというつもりはない。
その一方で言われる通りにするのも癪だった。“無我の境地”は使わない。右手にラケットを持ち替えて左手でボールを地面に弾ませる。
「あれ? あのぶわってやつやらへんの? ワイはあれが見たいのに」
「あれ結構疲れるから」
ボールをつくのをやめて手に取る。
大胆な動作でサーブを打ち、強烈なスピンをかけて相手コートへ打ち込んだ。
わずかに不満そうではあったものの、金太郎は嬉々とした様子で待ち構え、ラケットを振るおうとした姿勢でボールを見ていた。その時、素早く跳ね上がったボールは金太郎の顔面へ向かって、思わずぎょっと目を見開く。
その直後、驚いたのはリョーマを含む見ていた人々だった。
当たると思って体が強張った瞬間、他でもない金太郎本人は驚きながらも怖がらず、素早い反応でラケットを振り抜くとツイストサーブを捉えたのだ。
打球はリョーマのコートへ勢いよく返り、突っ立っている彼には取れずに2バウンドする。
しばし互いに言葉を失っていた。
リョーマは平然とツイストサーブを返されたことを、金太郎は変なサーブを打たれたことを、上手く表現できない気持ちで認識している。だがどちらも驚愕していたことは確かだ。
「すっ……すっげぇ!? なんや今のサーブ! 顔面狙ってきよったで!」
「ふーん……やるじゃん」
油断しているつもりはなかった。しかし今の一打でさらに集中力が高まる。
リョーマは再び右手で構え、ツイストサーブを打った。
目がいいのだろう。回転の方向を見るだけで先程のサーブだと気付き、金太郎は怯えるどころか嬉々として待ち構える。再び体の方へ来たボールを快く受け入れた。
素早いスイング。強烈なインパクト。
小柄で体は細いが、意外なほどのパワーが感じられた。
初めから手を抜くつもりのないリョーマはすかさずラケットを左手に持って応じる。
「おっ、左! 二刀流か!」
「いいじゃん、別に」
ガットに打球を受けた瞬間、ギリギリと奇妙な音が鳴り、押し切られそうになっている。腕にずしんと来る重さも半端ではない。
連想するのは桃城や河村、或いはそれ以上。
背丈や細身を見れば意外だが、やたら大声を出す性格を考えれば妙に納得できる。
そういうタイプなのだろうと察して、リョーマは動揺せずに打ち返した。
こちらのコートに向かってくる美しいストロークに、金太郎は躍り出すように飛び掛かった。
強靭な脚力で驚きの跳躍を見せ、空中で無駄にくるりと回る身軽さもあって、激突を恐れずに打球へ接近するとラケットを振り抜く。
飛んでくる勢いさえ利用して、さらに強烈なショットが打たれた。
動きは滅茶苦茶でも、認めざるを得ない。
テクニックはまだわかりかねるものの、パワーとスピードは相当なもの。思わず唸ってしまうくらいには優れたものだった。
何より迫力が凄まじい。
リョーマは的確に返すのだが、一発を返すだけでずしんと衝撃が腕を重くする。
間髪入れずに金太郎が一足飛びで追いつき、決して弱くはないストロークを軽々返す。リョーマを走らせるようにコートの端に深く刺さった。
彼のスピードなら追いつける。それでも危機感を覚えずにはいられない。
「ははっ! 聞いてた通りやっぱやるなぁ! コシマエ!」
「えちぜんだっつーの……!」
少しムキになって強気で打ち返す。
大きく曲がる“スネイク”は獲物を狙う蛇が如く、鋭くコートを食い破ろうとしている。
おおっと声を漏らして驚きながらも、やはり金太郎は大げさに跳び、一瞬にして追いつくと微塵も恐れずにラケットを振るった。気付けば両手でグリップを握り、回転しながら振り回すその姿は野球にも近いが、空中に躍り出たほんの一瞬で反撃を済ませる。
鋭く刺さるような打球は強力で、即座に追いついたリョーマは眉間に皺を寄せた。
「にゃろう」
「ほらほらぁ! まだまだいくでェ!」
あまりに対照的なフォームの二人によるラリーが続く。
英才教育を受けただろう、無駄を省いた美しいフォームでクールに動くリョーマに対し、金太郎の動きは感情を露わにするかのような荒々しさがあって、黙っていても見ているだけで騒がしい。本人がインパクトの際に気合いの入った声を出すので尚更だ。
見応えのある試合に観衆は言葉を失う。偶然居合わせた四人と杏はもちろん、これまで先輩方の飛び抜けておかしな試合を数々見てきた悠介ですら固まっている。
ラリーは中々終わらず、互角の状況がしばらく続いていた。
やがてテンションが上がっていき、金太郎がへへっと楽しげに笑う。
ぴょんぴょん跳び回っていた彼が突然足を止めた。
腕をぐるぐる回して、すかさず返ってきたリョーマの返球を見てから、初めて構えらしい構えを見せて動き出す。
相変わらずの突進戦法だったが今度は気合いが違った。
「行くでコシマエ! ワイの必殺! 超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐ィ!!」
「長っ……」
一息で言い切り、全身を捻る力を利用し、超強力なショットを打つ。
パワーにのみ特化した、確かに必殺の一撃。打ち出された瞬間、あまりのスピードにリョーマは目を見開き、体は考えるまでもなく動いていた。
ボールがコートを縦に割った。
観衆は思わず声を出し、予想外の結果に混乱してしまう。
リョーマは確かにラケットで捉えたはずである。それなのに打ち返せなかったのは、あまりに強烈なパワーにガットが突き破られてしまい、ラケットの中央を通り抜けたからだ。
結果を見てリョーマは愕然としており、金太郎は歓喜で跳び回る。
「よっしゃー! 見たかコシマエ! ワイかてお前に負けてへんからなー!」
「ふーん……」
穴の開いたガットを見る。ラケットを弾かれずに済んだのは、おそらくは一瞬、身の危険を感じて“無我の境地”のオーラを纏ったからだ。意識的に使用したのではない。体が勝手に反応して無意識的に纏っていた。あれがなければ腕を持っていかれて折られていたかもしれない。
静かに状況を整理したリョーマは悠介に視線を送る。
「先輩、俺のラケット取ってください」
「ま、まだやんの? 危ないからやめといた方がいいんじゃ……」
「0-30っすよ。ここでやめたら負けじゃないっすか」
「死ぬよりはいいんじゃないの?」
「やだ」
「ハァ……しょうがないな」
リョーマのバッグから別のラケットを出してやり、悠介が近付いて手渡してやる。
「怪我すんなよ。大会とかそんなの関係なくまずいから」
「どーも。でもさっきの忘れてないんで」
「ご、ごめんね?」
「許さない」
冷たく言ってリョーマはサーブの位置へ戻る。
予想とはまるで違った。燃えてくる。やられっぱなしでは終われない。
金太郎も彼の戦意を感じ取り、尚更燃え上がるようで大きく肩を回していた。
「へへっ、そうやんな。まだやれるよな。ワイも勝負には負けたない。やると決めたんなら勝たんとおもろないわ」
「ねぇ、見たかったんでしょ?」
呟いた直後にリョーマがオーラを身に纏う。
金太郎は目を輝かせ、嬉しそうに頷いた。
「本気で行くよ」
「あったり前や! こっからが本番やでェ!」
今度は左手でサーブをする。鋭く素早い打球が気付いた時には目の前に来ていて、瞬間的に反応する金太郎は驚きながら正確にリターンした。
続いてさらに驚くことになる。
一瞬にして前へ出たリョーマがスライディングし、跳び上がる勢いで強烈なショットを打つ。
何も考えずに跳びついていた金太郎は、アウトかと思われた打球が急落下してラインの内側を叩いたのを見て驚愕する。
反射速度は凄まじく、急な変化にも金太郎はラケットに当てて真っ直ぐの軌道で打ち返した。
「おわぁっ!? すっげー! なんやこれ!?」
力に物を言わせて返した打球を、リョーマは再びドライブBで打ち抜いた。
同じ軌道でたたんと2バウンド。あっという間に終了する。
唖然とする金太郎とは裏腹に、冷静なリョーマはすぐに踵を返してベースラインへ戻る。籠から次のボールを手にしてサーブの準備を整えた。
その後でようやく金太郎は動き出し、自分がポイントを取られたのだと理解する。
「マジかっ!? なんやそれ!」
「15-30だよ。先輩、数えてくださいよ」
「くぅぅ……! すごいなお前ェ! お前に会いに来てよかった!」
喜びに打ち震える金太郎はすぐにリターンの位置へつき、嬉しそうにラケットを構えた。
「面白いなぁお前は! もっとこの試合やりたい! まだまだ戦い足りへんわ!」
「俺もそう思うよ。ちょっとだけ」
「よーし、かかってこいコシマエ! もう今のにはやられへんで!」
「だからえちぜんだって」
リョーマのサーブでゲームが始まる。
金太郎は豪快に腕を振るってリターンで応えた。
またしても始まった、さらに過酷になる規格外のテニスに人々は言葉を奪われ、今ならば逃げても平気かと思案した悠介だが、後が怖くなるのでその試合を見続けることを静かに決めた。