最強チームを結成したいなあ   作:ヘビとマングース

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3 ダブルスをやってみよう

 例の如く帰り道でジュースを奢ってやって、別に何をするでもなく公園のベンチに座り、走り回る子供たちを見ながらふと思い立った。

 本人は学校に流れる噂について知っているんだろうか。

 試しに越前に聞いてみた。

 

 「なんすか、それ。王子様?」

 

 そう言っている人が居るらしい。多分女子。

 教えてやるとふーんって生返事をして、さほど興味なさそうにジュースをすすってる。

 

 確かに、前々から異性への関心を見せない美少年だった。照れているのか、と普通なら思うかもしれないが、日頃付き合ってると演技じゃないことがわかる。本当に興味がないのだろう。

 一方で交流のあるらしい女子の話も聞いたことがあって、それはそれで安心したが、こういうことを考える俺は親なのかと自分でつっこみたくなる。

 とはいえ、おそらく交際するとかそういうのはないだろう。決して嫌ってるわけじゃないようだが日頃から気にかけているという様子でもないし、本人に会えばそれなりの会話はするようだが、慌てふためくドジっ子の面倒を看ているといった感じだ。

 

 彼女ができたと言われたら、俺はひっくり返る自信がある。それくらい素振りはない。

 まだしばらく遠巻きに眺める女子たちの黄色い声援は続くのだろう。

 確かにわからなくもない。顔はきれいだし、テニスは素人目に見たって全国レベル。クールで女子に興味を示さないマイペースさも、ファンにとっては堪らないポイントなのだと予想する。

 残念ながら、俺にはないものばかりだ。女子からの人気も含めて。

 

 「先輩は結構地味っすからね。ゴールデンペアとか、そういうのあれば別ですけど」

 

 うるせーやい。そんなの、言われなくても自覚してる。

 うちのテニス部は化け物揃い。少なくとも俺はそう思ってる。

 

 これでも俺だってそれなりにテニスが上手いつもりで部に入った。小学生の頃からやってたし、成績は良い方で、全国的に名前が知られるとかそんな展開はもちろんないけど、中学の部活程度ならそこそこやれる自負があった。

 それなのに入ってみれば、ほとんどが俺なんて足元にも及ばないレベルで、補欠組では一番上手いけどレギュラーにはなれない。それが定位置。

 

 二年生でもレギュラーになってる奴は居るのに、俺はそうなれず。

 新入部員の指導役として頼りにされているけど実は一番辛い位置にも思えて。

 まあ、そのおかげで、このとっつきにくい越前と仲良くなれたんだけど。

 

 「いっそのこと、俺とダブルス組みません?」

 

 まさかの提案だった。当然一笑に付す。

 そんな俺に越前の反応は意外なものだった。

 

 「結構、本気なんすけどね」

 

 

 *

 

 

 「とりあえず、テニスの基礎とか考えるな。俺たちのルールでやろう」

 

 試合開始を前にして、悠介はリョーマにだけ語りかけていた。

 うきうきして待つ菊丸と大石だが、ダブルスを専門として腕を上げただけはあり、二人の会話が重要だと知っているのだろう。文句も言わずに終わるのを待っている。待たせているのは申し訳ないと思いながら、最初の取り決めは重要だと悠介は妥協しなかった。

 

 「いいですけど、俺たちのルールって?」

 「お前ダブルス嫌いだろ」

 「まあ、どっちかと言えば」

 「俺から見るとはっきり鮮明に嫌いそうなんだけど、今それはいいや。前に乾先輩が言ってた。お前はシングルスが得意だし、基本の守備範囲が広過ぎる。だから普通なら取れないような球も拾えてしまって、それがチームの不和になる」

 

 リョーマは以前地区大会で桃城と組んだダブルスの試合を思い出した。

 思う通りに動けず、事前の取り決めでセンターに来たボールは返せるものの、それ以外の打球でずいぶん苦労した。

 動きが良過ぎて、広範囲を守れるのに、二人で動くと新たな穴が生まれる。にもかかわらずお互いにフォローができない。

 

 苦い思い出だ。

 その後、桃城は別の人とダブルスを組んで一定の評価を得ていたのも複雑な気持ちだった。

 他でもない悠介が気にかけてくれていたのが唯一の救いだ。

 

 「気にすんな。拾いたいやつは全部拾え。拾えないのを、俺が拾う」

 

 だからか、そう言われたのを驚きもせずに、すとんと何かにハマるように納得できた。

 リョーマは普段と変わらない表情で悠介を見つめ返す。

 

 「いいんすか? そんなので」

 「それくらいの方が簡単だし実行しやすいだろ」

 「確かに……俺が取れない球、全部取れます?」

 「ううん、いや、努力はする。でも取れなくても怒らないでほしい」

 「さあ、それはどうでしょう」

 「お前はさあ、ダブルスとして上手く付き合おうって気持ちはある?」

 

 悠介の右手がリョーマの顔を掴み、両頬をむぎゅっと中心へ寄せられた。痛くはないが屈辱的な格好である。リョーマは咄嗟に離れて彼の手から逃れた。

 周りからくすくすと笑われていた。いつものやり取りだ。期待されている反面、なんとなく微笑ましく見守られている気もして居心地が悪い。

 はあ、と息を吐く。意識を切り替えた。

 

 グリップを握り直す。

 体調は万全。やる気も十分。

 不思議と燃えるものがあって、確かにシングルスとは違うようだ。

 

 「俺、先輩に気ィ使いませんよ」

 「使ったことなんかないだろ。いいよ。点を取りに行け。できる限りフォローしてやる」

 「りょーかい」

 

 作戦らしい作戦もないが、ひとまずルールは決まった。

 ようやく大石と菊丸に向き直って、準備が整う。待ちきれないと言いたげな菊丸は早くも腕の上でラケットを回しており、本気で挑む気概を見せていた。

 

 「お待たせしてすみません。もう大丈夫なんで」

 「遅いぞー! 早くやろやろー!」

 「構わないよ。話し合いは大切だ。練習とはいえ良い試合をしよう」

 「っス」

 

 ネットを挟んで対峙して、審判台には発案者の乾が座った。

 やる気を見せる四人に対して、乾が指を伸ばしながら説明を始める。

 

 「いくつかパターンを試したいから、一試合3ゲームで終了。タイブレークはなし。先にどちらかが3ゲーム取った時点で決着とする」

 「おっけー」

 「わかったよ」

 「じゃあ始めよう。サーブは大石から」

 

 乾の態度を見れば何を考えているのかよくわかる。様々なデータが取りたいから、目一杯今日を使ってあらゆる組み合わせを試すつもりだ。そのために些か急いでいるのを感じる。

 試合がどんな展開になろうと間違いなく疲れる流れだ。

 始まる前から気疲れしたが、大口を叩いた以上はそれなりに良いところを見せなければ。気合いを入れ直して悠介は定位置に移動した。

 

 同校に所属する以上、練習の中で先輩と試合をする機会はあった。

 今日は今までと何かが違う。悠介は対峙する大石と菊丸の本気をひしひしと感じ、同じように感じているだろうリョーマが平然としている姿に肝を冷やした。

 度胸が据わっている。後輩だが、頼りになると思うくらい堂に入っていた。

 

 気付けばしんと静まり返っている。

 練習していた部員たちが、試合が始まるのを察して手を止めたのだ。

 誰もが注目している。良い緊張感だ。

 

 大石がボールを上げて、サーブを打つ。

 基本に忠実な美しいフォーム。狙い違わずのコントロール。鋭い打球が地面を跳ねて、待ち構えていた悠介の正面へ飛び込んできた。

 こちらも基本通りのフォームでタイミングを待って打ち返す。

 早速仕掛けたのが菊丸だった。ネット際まで素早く駆け付けて、躊躇いもせず跳び、大胆なダイビングボレーで二人の間を抜こうと飛び込んできた。

 

 黄金(ゴールデン)ペアはここからなのだ。仕掛けるきっかけは大抵菊丸で、攻撃的で柔軟性の高いアクロバティックプレーを得意とする。敵の目を引く菊丸が起爆剤となり、派手さはないが広い視野と柔軟な判断力、緻密なコントロールを持つ大石が全体を指揮する。まさに理想的なダブルス。息の合い方も尋常ではない。

 最初の展開から二人の本気を感じ取り、悠介は思わずぞくりとした。

 

 間を狙われるだろうと悟っていたのだろう、わずかに後ろへ下がっていたリョーマが冷静に待ち構えて菊丸の打球を返す。

 驚くのはその直後だ。逆サイドに居た菊丸がもう目の前に居た。

 リョーマの打球をボレーで返し、慌てて悠介が拾う。

 

 「おチビ、俺と勝負する?」

 「いいっすよ。自信失くさないでくださいね」

 「にゃはは。面白いこと言うじゃん」

 

 リョーマも前へ出てネットについた。挑発に乗って菊丸と対峙する。

 その間にベースラインで向き合った大石と悠介がストロークを打ち合い、お手本通りのきれいなラリーが何往復も繰り返された。

 

 「はっ!」

 「大石先輩、良い打球……!」

 

 きゅっと靴音が鳴った。

 菊丸が準備をするように足を動かし、ふっと息を吐く。

 二人のストロークを見ながら眼だけがくりくりとよく動いていた。

 

 「おチビさぁ、俺の試合見てたから知ってると思うけど、俺――」

 

 リョーマの視界から菊丸の姿が掻き消える。気付いた時には大石と悠介のラリーに一息で割って入り、ベースラインまで刺さる鋭い打球をボレーで捉えた。

 虚を衝かれた悠介の肩が跳ね、打球を返しながら菊丸が笑う。

 

 「けっこー足速いんだよね」

 「知ってますよ」

 

 その直後、リョーマが眼前に現れる。

 菊丸のボレーをボレーで返して、空いたスペースへ飛び込むのを冷静に大石が拾いに行った。

 さほど驚いてもいなかったが、正面に捉えた菊丸を見て笑う。

 

 「でも俺もけっこー速いんで」

 「にゃはは、面白い!」

 

 逆サイドへの打球に危なげなく追いついた大石が、空いたスペースへ打ち返す。

 すでに走っていた悠介が当然のように追いつき、すかさず打ち返した。

 

 「本当に、お前の気持ちがわかる気がするんだ! 宮瀬!」

 「はい?」

 

 再びストローク勝負になり、大石と悠介が互いに相手の足を縫い付けるべく打ち合う。

 そんな最中、楽しそうに笑って大石が言った。

 

 「気ままな相方を持つと、苦労するよな!」

 「はは、まったく、その通りです」

 

 悠介がボールを打ち返した時、瞬間移動したかのように菊丸の姿が現れ、打ち返されると間髪入れずにリョーマが打ち返し、相手のコートへ返す。

 今度は違う。リョーマのボレーを、再び菊丸がボレーで返したのだ。

 リョーマでも反応できない速攻。あり得ない速度で反応されてしまった。

 

 アクロバティックプレーの本領発揮であった。

 大胆に飛び込み、しなやかに着地、起き上がるより先にボールへ跳びついている。

 まるで猫だ。ネット際であのスピードに対応できる選手は多くない。

 

 後衛を務める悠介が前へ出て追いつき、菊丸が居る位置とは逆サイドへ打ち返そうとする。その刹那、すでに逆サイドへ移動し終わっている大石の姿を見た。

 正面に打つことになるが仕方ない。判断は一瞬。

 悠介が眉を動かしたのはボールを打ち返した後だった。タイミングを合わせて打球を待ってから構えが変えられる。視認した瞬間、考えもせず咄嗟に叫んでいた。

 

 「越前! 後ろだ!」

 

 越前も状況を理解し、反射的に足を動かそうとする。

 大石の十八番、ムーンボレー。強烈なトップスピンをかけたボールは、相手選手の頭上を越えて大きな半月状の弧を描き、ライン上ぴったりに着地してポイントを取る。

 咄嗟の判断で悠介はそれが来ると判断した。しかし大石は、そうするだろうと思って敢えていつもの構えを見せ、リョーマの動きを見てからスイングを変える。

 

 高く舞い上がるムーンボレーではなく、直線的にボールが進むただのストローク。得意技が知られていることを利用したフェイントだった。

 悠介は呆気に取られ、してやられたと思う。

 一方でリョーマは違った。

 

 「知ってるよ」

 

 きつい角度で来る打球を、回避するため動いた菊丸が取れない位置へ、強烈なボレーで見事に沈めて返した。今度の打球は誰にも触れられずに2バウンドを超える。

 今度は大石と菊丸が唖然としていた。

 乾が手を上げて宣言する中、テニスコート全体に重い沈黙が広がる。

 

 「0-15」

 

 言い終えた途端、わっと歓声が上がった。

 見応えのある高レベルの攻防に加えて、上級生であり、青学No.1ダブルスの“黄金(ゴールデン)ペア”から先にポイントを取ったのが、あの越前なのだ。ダブルスだけは信じられないくらいド下手くそな越前リョーマがダブルスで点を取ったのだ。

 部員の盛り上がりは早くも最高潮に達し、テニスコートは異様な熱気に包まれる。

 

 まだ試合は始まったばかり。たった一回ポイントを取られただけ。

 それでも、大石の喜びと、菊丸の悔しさは周囲と大差なく、大げさなほどに大きかった。

 

 「くっそー! 悔しい! おチビに点取られたぁ~!」

 「すごいな。完璧に逆をついたと思ったのに、読まれてたのか……」

 

 周囲がやかましく、リョーマはやれやれと帽子のつばに触れる。

 この程度で何を喜んでいるんだか。

 呆れてそう思っていると、近付いてきた悠介に声をかけられた。

 

 「越前」

 

 わずかに上げた右手が差し出されていて、やれやれと思いながらもぱしんと叩く。

 

 「ナイスプレー」

 「ども」

 「よくわかったな」

 「先輩だってわかってたでしょ?」

 「両方あるのは知ってるけど、流石にあの一瞬じゃ判断できないって。お前がすごかった。あれでいいからな」

 

 どういう意味なのだろうと顔を見上げれば、彼の顔には笑みがある。

 程よく緊張を残しながら、余分な力は抜けたらしい。晴れ晴れとした表情だった。

 

 「多分、俺が指示を出すこともあるけど、聞いてもいいし聞かなくてもいい。判断は任せるよ。とにかく点を取れば勝てるんだから点だけ取りゃいい」

 「それ、元も子もないこと言ってません?」

 「でも真理だろ? とにかく、今のプレーはよかったってことだ」

 

 言って悠介は定位置につくため離れていく。

 リョーマは再度、照れ隠しのように帽子のつばに触れた。

 ダブルスなんて。そう思っていた節もあったが、今の感想は少し違う。

 心境の変化は彼だけではなかったようだ。

 

 「あのさ」

 「はい?」

 「こういう、本気でやり合うみたいな試合、久々なんだけど……」

 

 照れていたのかもしれない。振り返った悠介は子供のようににこりと笑った。

 

 「結構、楽しいな」

 

 虚を衝かれてきょとんとしてしまった。意外な言葉だ。

 すぐにフッとニヒルな笑みを見せ、リョーマは普段の振る舞いを取り戻す。

 

 「勝ちに行きますよ。途中で気ィ抜かないでください」

 「おし。って、なんか逆転してない? そういうのって俺が言う……」

 「いいから、ほら。早く戻って」

 「おチビー! ユースケ~! こっから本気だからな! ぜーったい負けないかんな~!」

 

 菊丸の気合いの入った大声も通り、再度意識を研ぎ澄ます。

 たった1ポイント。この後完封されては意味がない。

 勝負はまだこれからだ。

 更なる気合いと覚悟を込めて、周囲の熱気にも負けぬよう、二人は身構えた。

 

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