異界転生譚短編集   作:長串望

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作者の人がTwitterで募集した、
#リプされた装飾品を身に付けた推しが登場する絵か漫画か小説をかく
という企画で、「おしゃぶりするトルンペート」です。
本当に書くので、リクエストするときは正気具合をお確かめの上ご利用ください。


【ゴスリリ】「苦痛に耐えられぬ時くわえるがいい」

 普段からキッチリと整理整頓をして、最低限必要なものしか持ち歩かないという人にはわかりづらいかもしれないが、バッグの中からなんでこんなの持ってるんだろうというブツが顔を出すことがしばしばある。

 

 見れば、そう言えばあの時これこれこういう理由で入れたんだったなと思い出せるのだが、その時まではすっかり忘れているのである。増えるポケットティッシュとか、増えるリップクリームとか、増えるボールペンとか。

 

 宿のやや硬めで座り心地のいいソファに腰を下ろして、インベントリの中身をあさっていた私も、そんなブツを発見してしまった。

 

「あ」

 

 別に大声を出したわけではないのだが、ベッドでごろごろしていたリリオと、うねうねとよくわからないストレッチをしていたトルンペートに耳ざとく聞きつけられてしまった。

 なになに、と寄ってくる姿がまた、猫みたいでかわいくもあり、うっとうしくもある。

 

 どうにも雨が酷く宿から出るに出られずに暇を持て余していたのも良くなかった。

 私は暇な時間には作業に没頭できる人種だが、リリオは全く持ってそういう思考回路ではない。トルンペートは私と同じように作業に没頭できるタイプだと思うんだけど、何故かこういう時に限って見逃してくれない。

 

「いや、別になんでもないんだけど」

「なんでもなくはないでしょ」

「なにか面白いものでもあったんですか?」

 

 左右からやいのやいの言われるが、本当に面白いものではないのだ。

 思わずそれを隠そうと思って握り込んでしまったが、さっさとインベントリにしまえばよかった。あれは私にしか開けられないし。

 

 二人は目ざとくそれを見つけて、私の手をこじ開けようと左右からわちゃわちゃ手を伸ばしてくる。一人相手なら思いっきり手を伸ばせばこのチビ二人には届かなくなるのだが、二人がかりとなると分が悪い。

 

 幸運極振りとはいえ、レベル九十九だ。トルンペートには腕力で負けることはない。ないのだが、このメイド、人の関節とか靭帯とかの造りに精通していやがるのでワザで攻めてくる。あとは私の脇腹と耳が弱いことも知っている。

 リリオの方は単純に膂力が私をオーバーしてる。少なくとも瞬間的には。馬鹿なのか。数値バグってんのか。辺境貴族ってチートなのでは。

 

 なんだか私の方も意地になってしまって大人気なく争っているうちに、緩んだ指からこぼれたそれは、こつんと床に落ちて転がった。

 

「あ」

「ん?」

「なんでしょう?」

 

 トルンペートがするりと取っ組み合いから抜け出して拾ったそれは、つやつやとしたプラスチック製のアイテムだった。いや、見た目がプラスチックとゴムなだけで、実際はどうか知らないけど。

 

「うーん? なにかしら?」

「おもちゃでしょうか?」

 

 二人が手のひらで転がして観察するそれを、何と説明したものか。なぜ持っているか、釈明に困る。困るが、言わない限りこの二人は左右からねえねえと絡んでくるだろう。何せ暇なのだ。

 

 仕方ない。

 

「それは……」

「これは?」

「……おしゃぶりだよ」

「おしゃぶり」

「おしゃぶり」

 

 空気がもにょった。

 

「それはつまり……あの、赤ちゃんが咥える……?」

「うん……そのおしゃぶり……」

「えーっと……その……なぜ……?」

「なぜ……なんでだろうね……?」

 

 しいて言うならばそれが《エンズビル・オンライン》のアイテムだからだった。

 しかし今回ばかりは不思議な道具の言い訳が使えない。

 というのも、このおしゃぶり、正式名称もそのまま《おしゃぶり》には何一つとて特殊な効果がないからだ。なんならステータスもビタイチたりとも変動させない、完全に見かけだけの装備品である。

 

 なぜそんなものを持っているのか!?

 

 ほんとなんでだろうね。

 

 いや、覚えている。

 覚えてはいる。

 

 向こうでおっ死ぬちょっと前、露天商で売っているのを見かけて、「あー、赤ちゃんになりてー、何にも悩まなくていい赤ちゃんになりてー。ばぶばぶいって好きなだけオギャりてー」などと死んだ目で衝動買いして装備させてそのビジュアルに死ぬほど馬鹿笑いして三分ぐらいして死ぬほど冷めて死にたくなってそのままインベントリに放り込んでログアウトした時の奴が残っているのだ。

 ろくでもねえな私。

 

 そんな事情をどう説明しろと言うのか。

 

 黙り込む私に、二人は何かを察したのか気を遣ってくれた。

 

「あー、うん、大丈夫よ、ええ、大丈夫」

「そうですよ! あの、なんていうか、そう、そういう時もありますよね!」

「そうそう、なんかこう、辛くなって、赤ちゃんになりたくなる時が……」

「……あります?」

「……ゃ……ぅぅん……人によっては、あるかもだし……」

「そう……そうですよね……」

 

 やめろやめろやめろ!

 やけに的確に察した挙句、途中で自分の言葉に自信を持てなくなるのやめろ!

 傷ついてる大人がいるんですよ!

 

 とどめを刺された私はもう駄目だ。ソファに沈み込んで死にたみに包まれてあれ。

 などと私が沈んでいる間に、二人は想像する限り想像を絶するアホな方向に話を進めたらしかった。

 曰く、やってみなけりゃわからない、である。

 

 呼びかけられて顔を上げた先には、暴れるトルンペートを羽交い絞めにするリリオと、リリオに羽交い絞めにされて暴れながらおしゃぶりをくわえているトルンペートの姿であった。

 お使いの端末は正常です。

 バグったかなと思ったけどリアルだった。

 

 おしゃぶりトルンペートと目が合ってしまい、何とも言えぬ生暖かい沈黙が流れた。

 リリオがひょいと軽く投げつけてくるので慌てて受け止めれば、腕の中におしゃぶりトルンペート。私の腕に抱かれて見上げてくるおしゃぶりトルンペート。

 どういう絵面だそれは。

 マニアックというか、ニッチというか、何とも言えない妙な後ろめたさのようなものが背筋を這いあがった。

 

 そして私は血迷った。

 

「……よ、」

「よ?」

「よーしよしよし」

「!?」

「トルンペートはいい子でちゅねー」

「!?」

 

 あやすように揺らしてみると、トルンペートもまた血迷った。あるいは開き直った。

 

「ばぶう」

「!?」

「まんま、まんま」

「これヤバい奴では? 逮捕されないこれ?」

「えーっと……どっちがですかね?」

「そうか……どっちもヤバいなこれ……」

「おっぱい」

「そういうサービスはしてない」

 

 結局、その後あらぶったトルンペートによってリリオも私もおしゃぶりをくわえさせられて赤ちゃんにされたし、私はおっぱいも吸われた。




用語解説
・《おしゃぶり》
 ゲーム内アイテム。頭部装備品。
 完全な装飾目的のアイテムで、効果はなにもない。
 恐ろしいことに、おしゃぶり以外の赤ちゃん装備も一通りそろう。
 とあるゲーム実況者が常にこの装備でプレイし、失敗したりわからないことがある度に「仕方ねーだろ赤ちゃんなんだからよー」と繰り返し、一部で有名になった。
『これを渡しておこう。苦痛に耐えられぬ時くわえるがいい』

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