世界渡りの鬼から始まった、あり得ない可能性のお話   作:り け ん

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第一章
①:世界渡りの鬼から始まった、あり得ない可能性の出会い


二人の男女は、道端に座り込んだまま互いに抱き合い…しばらくはそのままだった。

そんな二人が我に帰ったのは、背中側に突然同時に重い物が乗っかる感触がしたから、だった。

 

 

「きゃっ…!?」

「う、うわっ…!?」

 

 

「むー!」

「むんっ!」

 

 

二人の背中に乗っかった物…いや()の正体は、鬼であった。

人を喰らう不死身の化物であるはずの鬼は、二人とも竹の口枷を咥えながらも満面の笑みで、抱き合う二人のさらに上に重なるようにしてはしゃいでいた。そして何より…抱き合う人間の男女二人と、その上からさらに重なった鬼の男女二人の容姿は、鬼特有の特徴を除けば全く一緒であった。

 

 

人間の竈門炭治郎の背に乗っかった、鬼の竈門禰豆子。

人間の竈門禰豆子の背に乗っかった、鬼の竈門炭治郎。

 

 

鬼と人に分かたれた、全く同じ存在がそれぞれ二人ずつ存在しているというあり得ない現象が…この場に起きていた。

 

 

 

それを自覚した人間の二人は、今まで抱き合ってた状態からバッと離れた。

そして…お互いに背に乗り掛かった自分の兄弟と…目の前にいるもう一人の兄弟とを比べながら、気まずそうな困惑の表情を深める。

 

 

炭治郎は、目の前の少女が外見だけではなく…間違いなく、自分の妹である禰豆子であると確信していた。彼の嗅覚は、人間の匂いも鬼の匂いも正確に嗅ぎ分ける。彼の前でただの変装はまるで意味をなさないのだ。

だからこそ、彼は困惑した。目の前からも、背中側からもほとんど同じ匂い。その匂いの違いは、人であるか鬼であるか、それだけの違いでしかない。自分の妹が二人いるという事実を、炭治郎は受け入れざるを得なかった。

 

強い困惑の中にいた炭治郎は…ふと、とある感情の匂いを嗅ぎとった。

それは、目の前に突如現れた人間の竈門禰豆子からだった。

 

 

困惑。混乱。今までのそれらの感情に加え…何か、行動を起こそうと動き出そうとしている。

 

 

禰豆子の手が腰の刀の柄を握り…黒の刃が、鞘からゆっくりと滑り出す…

 

 

「禰豆子っ!!」

 

「っ…!?」

 

 

刀を握る彼女の手を、炭治郎は素早く自らの手を重ねて、抑えた。

本来はあり得ないはずの二人。その互いの瞳が、視線が、交差する。

 

 

「…落ち着いてくれ。大丈夫だ。これは夢なんかじゃない。現実だ。俺は……現実の、竈門炭治郎なんだ」

 

「信じられないかもしれない、けど……信じて、欲しい」

 

 

刀を抜こうとした禰豆子。困惑。混乱…決意に加えて、ほんの微かな恐怖の匂い。

自分を竈門炭治郎に成り済ました敵と定める、覚悟の匂いではなかった。それならば、どんなに小さくとも敵意の匂いも含まれるはずだから。

 

おそらく、禰豆子の覚悟とは…夢から逃れるために、自分の首を斬る覚悟。だけど、現実のこの世界でそういった真似はなんとしてでも止めなくてはならなかった。自分の仲間が同じように自分を止めてくれたように。

 

いつの間にか荒い息となっていた彼女の呼吸が徐々に収まってきたと同時に、その手がスッと刀から離れる。重ねていた炭治郎の手も自然とそこを離れる。それと同時に…ようやく炭治郎も目の前の禰豆子をよく見る余裕が…そして、この状況を考える余裕ができた。

 

 

人間の禰豆子は、人間の炭治郎と同じ刀を持ち、

同じ服…『鬼殺隊』の隊服を纏い、

同じ箱…岩漆を塗った霧雲杉で出来た箱を背負い、

 

 

鬼となった炭治郎(じぶん)と共にいた。

 

 

「そう……だよね…」

 

「無限列車の鬼みたいに…お兄ちゃんの夢か、幻覚を見せるなら……鬼の禰豆子(わたし)までそこにいる必要はないもの…ね」

 

 

無限列車。

その言葉を聞いた時…炭治郎は、絶対の確信を得た。

 

 

 

竈門禰豆子が…鬼になった炭治郎(じぶん)と共に、

人間の炭治郎(じぶん)と同じ事を、同じ道を、同じ辛さを、ずっと歩んできたことを。

やはり…自分の首を切ろうとまでしていたのは、あの鬼の記憶が強く染みついていたから。

 

 

 

分かってる。

目の前で座り込んでいる少女は竈門禰豆子ではあるが……自分の妹では、ない。

 

今生きている自分の妹とは、ただ一人…今自分の背に乗っかっている、鬼の竈門禰豆子だけ。

目の前の彼女の兄とは…その背に乗っかりながらも心配そうな目で彼女を見つめている…鬼の竈門炭治郎だけ。

 

 

自分の妹であり、他人。

いかにも摩訶不思議な関係の彼女を前に…それでも炭治郎は、目頭に熱い感情がこみ上げてくる。

自分と同じ…いや、もしくはそれ以上に苦しく辛い道を選択した…彼女に対して。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん…」

 

 

禰豆子の喉奥から掠れた声が聞こえて、炭治郎はハッと気を取り戻した。

 

 

「お兄ちゃんは…蝶屋敷からここに来るまでに、会ってないの? 鬼に」

 

 

蝶屋敷。

その言葉は…まるで、炭治郎が蝶屋敷を住みどころの拠点としている事を前提としている口ぶりだ。いや…目の前の人間の禰豆子は実際分かっているのだろう、炭治郎が気づいたように。禰豆子もまた、互いが互いに同じ人生を、同じ鬼狩りとしての道を進んできたのだと。

 

 

「あ、ああ…指令が降って、山の捜索に入るとこだったけど…道中で、鬼には会ってない」

 

「…そっか。じゃあ、私の方だ。多分、あの鬼の血鬼術…!」

 

 

人間の禰豆子は、キッと顔を上げた。背に乗っかった状態の鬼の兄の手をグッと握りながら立ち上がる。鬼の炭治郎は彼女の意図をすぐに察したのか、器用にも彼女の手を握ったまま、ひらりと背から飛び降りて着地した。

 

そして…鬼の炭治郎だけではない、人間の炭治郎も…今の禰豆子の言葉から、彼女のやろうとしている事を察した。

 

 

「禰豆子!」

 

「…!」

 

「お兄ちゃんも…いや、俺も一緒に、探すよ」

 

 

同じように立ち上がる人間の炭治郎。背中側からひょっこりと顔を出した鬼の禰豆子も、「むっ!」とガッツポーズをしてみせている。「お兄ちゃん」という言葉を言い直したのは、もちろん…自分が彼女の兄ではない事をしっかりと自覚したからだ。人間の禰豆子の兄は鬼となった炭治郎であり、自分ではない。

 

でも、それでも…。

 

 

「…例え、君が俺の妹じゃないとしても…放っては、おけない」

 

「元の世界に戻るために、君を連れてきた血鬼術を使う鬼を捕まえる必要があるんだろう? 俺も協力する。その鬼の特徴、教えてくれないか?」

 

 

別世界の兄 炭治郎からの申し出に、人間の禰豆子は一瞬戸惑うかのように視線を彷徨わせたが…元の世界に帰る事を何より優先すべきかと判断したのか、思い切った様子で口を開いた。

 

 

「人間で言うと12歳くらいの、男の子の風貌をしてた。耳の位置が頭の上で、黒い猫みたいな耳もあったわ。それと…黒い尻尾も」

 

「……本当に、猫みたいな鬼なんだな。わかった、そしたら俺は、もう一度来た道を戻って探す。来た時には鬼の匂いはしなかったけど…遠回りからまた戻ってきてるかもしれない」

 

 

炭治郎が自らの行動方針を語り、それを聞いた禰豆子は頷く。

 

 

「わかったよ。そっちの方ならお兄ちゃん……ううん…た、炭治郎…”くん”、の方、効率よく探せそうだ、し」

 

「う、うん……禰豆子……”ちゃん”、は、もう一度…山の中を調べてくれるか?」

 

 

二人の間に、ちょっと戸惑いの空気が流れる。その空気を鼻で感じ取った鬼の炭治郎と、肌で空気を感じ取った鬼の禰豆子は揃って首を傾げた。

 

互いが互いを、慣れない呼び方で呼び合う。鬼と人との違いがあるとはいえ、全く同じ存在が二人ずついるとなれば、当然それぞれ呼び分けなくてはならない。なので、人間の炭治郎と禰豆子がそれぞれ互いを呼び合うために咄嗟に考え出した呼び方が「炭治郎君」と「禰豆子ちゃん」だった。別人だと頭で理解していても、容姿は敬愛する自分の兄妹と同じ。こうして他人行儀な呼び方をするのは二人とも背筋がくすぐったくなる。

 

だが、そんな戸惑いも一瞬。二人はすぐさま「鬼殺」へと気持ちを切り替える。ただし、今回の目的は正確に言うと「鬼殺」ではなく「鬼の拿捕」だ。人間の禰豆子と鬼の炭治郎が元の世界へ帰るためには、世界を渡る能力の鬼を捕まえなくてはならない。もし殺してしまうようなことがあれば、二人は永久に元の世界へ帰れないだろうから。

 

 

鬼の禰豆子はいそいそと箱に入り込み、人間の炭治郎がそれをしっかり背負い直す。

一方、鬼の炭治郎は箱に入ろうとはせず、人間の禰豆子の傍にぴたりとくっついた。

 

 

鬼の禰豆子のように、背丈のちっちゃくなった鬼炭治郎は、一見すると人間の禰豆子に甘えて寄っているように見える。しかし、人間の炭治郎には分かる。別世界の自分は…例え鬼になったとしても、妹を…家族を守るために、寄り添っているのだと。

 

 

日輪刀を携えた二人の男女が、互いに目配せをしたその瞬間…それぞれ逆の方向に駆け出した。

 

 

 

*

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結果的に言えば、炭治郎の方は外れであったことがまもなく分かった。

遠め、遠めに意識と鼻を向けていても、それらしき匂いは感じられない…と、思った瞬間。自らの背中側から一陣の風が、炭治郎の髪と服をゆらす。

 

そして、その風に乗じて彼の鼻を刺激するのは、この組織に身をおいてから何度も嗅いだ……

 

 

(…鬼の匂い! あっちは……禰豆子ちゃんが!)

 

 

素早く体の向きを反転。逆方向へと、炭治郎は駆け出した。

 

 

別世界の、竈門禰豆子。

彼女はおそらく、自分と同じ道のりを切り開いてきた。

鬼殺隊の一員として刀を握り、多くの鬼と戦ってきたのだろう。

 

 

自分の妹、竈門禰豆子が鬼と化しながら戦いに身を投じている現状ですら、炭治郎は心の奥底で歯痒い思いをしていた。対して、あの別世界の竈門禰豆子は…生身のまま、戦っている。

 

炭治郎は…正直、複雑な感情を抱えていた。

自分は、長男だからこそ…これまでの戦いを乗り越えられたと思っている。それほどまでに危険な戦いを、鬼殺隊としての竈門禰豆子が戦ってきた……それは、彼にとっては信じがたく、辛い事実。

もちろん、彼女は実質的には自分と他人だとは分かっている。でも……

 

 

 

鬼の匂いが近づいてくるにつれて、そこにあの二人の匂いも混ざり合ってくる。

人間の竈門禰豆子。鬼の竈門炭治郎。

 

そして間も無くその姿が、彼の目に映る。

 

 

その戦いぶりが遠目で映った瞬間…加勢しようと意気込んだ足が、思わず止まった。

 

 

月夜に映る、民家の屋根の上での戦い。

その上空で…”水”と”炎”が交差しているのが、遠目でもはっきり見えた。

 

あれは…呼吸を使った剣術によって見える情景。

”水”の剣術と…”炎”の剣術……

 

あれは……

 

 

 

 

 

──ヒノカミ神楽 陽華突。

 

 

 

 

 

それはまるで、天へ登る渦炎の如し。

炎の情景に塗れるようにして空中へ浮かび上がったのは…口が大きく裂けて、婉曲した牙が鈍く光る獣じみた異形の鬼。

痛みで上げる獣のような鬼の絶叫は炭治郎の耳まで届くほど。そして、その声が終わるより前に…その鬼と同じ高さまで跳躍した、”水”の流れが…鬼に狙いを定める。

 

 

 

──水の呼吸 壱ノ型 水面斬り!

 

 

 

まるで刃が絶叫を切り裂いたかのように、獣じみた鬼の声が止まる。

実際には…その刃が喉元を切り裂いたことで、物理的に声が出せなくなったのだろう。

 

鬼の体と、それと離れ離れとなった鬼の体は…一瞬屋根の上に落ちたかと思いきや、すぐに地面に転がり落ちて体が塵と化し、崩れていく。

 

 

それとは対象的に静かに屋根の上に着地するその姿と、それのもとに歩み寄る姿。

炭治郎が止まっていた足を動かしてその民家の元に近づくと…月光が、より鮮明に二人の姿を映し出す。

 

 

“七枝刀”のような形状の刀を持ち、竹筒を加えたまま笑顔で走り寄る”鬼”の少年姿と

黒刀を鞘に収めつつ、歩み寄ってきた少年を優しく撫でて労わる”鬼殺隊”の少女。

 

 

 

 

戦いが、無事に終わっていたことを安堵するよりも、

炭治郎の目に焼き付いていたのは、水と炎の剣技と”舞”が織り成した見事なまでの連携。

 

 

あの二人は……やはり。

間違いなく、鬼殺隊の一員として……二人で鬼と、戦っているのだ。

 

 

 

*

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*

 

 

 

「……あ、炭治郎…く、ん」

 

「ん、んー!」

 

 

相変わらず人間の禰豆子の方は呼び慣れていないように口籠もり、一方鬼の炭治郎はこちらに気づくと笑顔のまま駆け寄ってきた。その瞬間、手に握られていた“七枝刀”のような刀は…一瞬全てが炎と化したかのようにボウッと燃えたかと思いきや……その手から消滅していた。

 

眼前に迫る自分と同じ存在を前に、炭治郎は思考を巡らす。

 

 

(あの刀、血鬼術で出来たもの……家で神楽を舞う時に使うものと似てる。それにさっきの使っていたのも…間違いない。ヒノカミ神楽…!)

 

 

そこまで考えた時、ちょうど鬼の炭治郎と体が激突。人間の炭治郎は思わず尻餅をついた。ちょっと考えに浸ってたせいでうまく抱き止められなかった。半ば反射的に頭グリグリして懐いてくるような鬼の自分を撫でながら、さらに考えを巡らせる。

 

 

(禰豆子ちゃん…彼女が使っていたのは、水の呼吸だった。鱗滝さんに師事していたのも、同じなのか?)

 

(いや、それより”俺”は…ヒノカミ神楽を使えている。鬼になっても。あの竹筒を加えたまま…呼吸まで使って)

 

(それに禰豆子ちゃんとのあの連携…二人が、今までどれだけ共に、鬼を斬ってきたのか…分かる……)

 

 

 

 

 

──鬼になっても……炭治郎(おれ)は、妹を、護れているのか。

 

 

 

 

 

「…炭治郎…くん?」

 

「……! あ、ああ……禰豆子、ちゃん…」

 

 

言葉に表すのも難しい複雑な想いに浸っていた時に、人間の禰豆子に声をかけられてやっと顔を上げた。それと同時に、自身に抱き着いていた鬼の炭治郎はスッと離れて、禰豆子の元にトテテと戻っていき…器用にも彼女が背負っている状態の霧雲杉の箱に潜り込んでいった。

 

 

「もうすぐ、夜明けが来る………そっちに鬼は、いなかった?」

 

「……ああ。逆方向を一通り見たけど、鬼の匂いはなかった。禰豆子ちゃんが倒した鬼は…その鬼とは違うんだよな?」

 

「うん…炭治郎くんが指令でここに来たなら…多分、さっき倒した鬼がその指令の鬼だと思う。私を”ここ”に飛ばした、鬼は……」

 

「……気を落とさないでくれ。禰豆子ちゃん。大丈夫だ。必ず…元の世界に帰れるよう、俺も頑張るから」

 

 

匂いでなくともわかる、彼女の強い落胆の気持ち。

どれだけ心細いだろう。別世界を隔てて飛ばされるなんて。

 

自らの生きてきた世界で家族の仇を討つため。鬼舞辻無惨を倒すため。

そのためにここまで戦ってきたであろう彼女が…元の世界に戻れる手綱を失ったのだ。

絶望に身が染み入ってしまうのも…無理はない。

 

 

だけど、その手綱は一度は失われたが必ずしも消えてしまった訳ではない。

その鬼がまだこの世界に留まっている限りは……可能性はある。二人が元の世界に帰れる可能性が。

 

その可能性を諦めないためにすべき事…とにもかくにも、報告と嘆願だ。

二人が元の世界に帰るためには、その鬼の血鬼術が必須だ。生け捕りにする必要がある。だが、何も知らない隊士はその鬼に相対すれば、問答無用で首を切るだろう。件の鬼が死んでしまえば、禰豆子ちゃん達が元の世界へ帰れる望みは永久に絶たれる。

 

 

実際には、問題は山積みだ。

全隊士に特定の鬼を殺すな等と通達するには…必ずや鬼殺隊を率いる産屋敷の当主、産屋敷耀哉の力がなければ到底不可能である。そもそもの話、人間の禰豆子と鬼の炭治郎の処遇をどうするかという問題もある。ただでさえ、この世界では鬼の禰豆子が認められるために、三人もの命が賭けられているのだ。その上で、新たな鬼である竈門炭治郎を…果たして、鬼殺隊は認めてくれるだろうか。

 

 

だが、人間の炭治郎はそれらの問題を気にしない。いや、気にしないというより問題に対して真摯なのだ。できるできないを考える前に、まずは問題に対して解決のために突っ走る。炭治郎とは、そういう男だった。

 

鴉を飛ばそうと考えて、顔を上げて空の鴉を探そうとした時……ちょうど夜が開けた朝の日差しが、眩しく人間の二人の目を照らし、鬼の二人は箱の中でその日から身を隠していた。

 

 

いつも炭治郎を見守ってくれている鴉は今、いなかった。

ひょっとしたら、別世界から来た二人のことを既に報告しに行っているのかもしれない。

 

夜は明け、今回の任務における鬼は人間の禰豆子と鬼の炭治郎によって討伐された。

ならばとりあえず…向かうべきは、蝶屋敷だ。

 

鴉が報告しているかどうかは定かではないか、蝶屋敷の皆にも事情を説明しなくてもならない。この世界において、帰るべき場所がない人間の禰豆子達のためにも。

 

軽くその考えを話すと、人間の禰豆子はコクリと頷いて炭治郎に追従する意志を示した。

 

竈門炭治郎と竈門禰 豆子。

二人の鬼殺隊は、唯一の家族である”鬼”を背に庇い、共に歩き出す。

 

 

 

*

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長屋敷までは、そこそこ距離がある。

二人はしばらく無言のまま、並び立って歩いていたが…

 

 

「ねえ」

「なあ」

 

 

全くの同じタイミングで声をかけてしまった二人は、思わず互いに歩みを止めた。

すかさずお先にどうぞ、の手振りをした禰豆子の譲りに甘えて、炭治郎側が口を開く。

 

 

「禰豆子、ちゃんも……鱗滝さんの元で、修行を?」

 

「うん。鱗滝さんには…感謝しても、しきれないほどの恩があるわ。修行だけじゃなく、私とお兄ちゃんのために命を賭けて…。鱗滝さんだけじゃない。柱の人達だって、私達のため、に……」

 

 

話しながら歩みを再開する二人。禰豆子の顔が、悔しそうに、歪んだ。

 

 

柱の人達。

私達のために。

 

その言葉を聞いた時、炭治郎は胸が締めつけられる感触を覚えた。そして、隣の禰豆子からも…深い回顧をしているのか、彼女からは悲しみの匂いが感じ取った。

 

 

やっぱり…何もかも、同じなのだ。

 

 

水柱の冨岡義勇は、鬼の妹のことを信じて炭治郎達と共に命を賭けてくれた。

蟲柱の胡蝶しのぶは、自分達が再び鬼狩りとして刀を振るうための手助けをしてくれた。

そして…炎柱 煉獄杏寿郎は、炭治郎達や多くの人々を護り、上弦の鬼に対して一歩も退かぬまま柱としての責務を全うし、果てた。今でも、思い返せば泣きたくなるほどに苦しい気持ちに苛まれる。

 

今自分がここに立っているのは…世話になった鬼殺隊の柱のお陰とも言えるのだ。

無論、まだ関係深くない柱の人も、炭治郎自身まだ認めていない柱もいるが…。

 

 

その点は、別世界の禰豆子も同じなようだ。

 

 

「もちろん…柱の人全員に世話になってる訳じゃないけどね。特に…柱合会議でお兄ちゃんを刺した…あの『霞柱』さんなんて、柱だなんて私は認めてないんだから!」

 

「……そう、か………んん?」

 

 

グッと握り拳を作って目を鋭くする禰豆子に対して…炭治郎は、その言葉に微かな違和感を感じ取った。

 

 

「…霞柱? ちょっと待ってくれ、禰豆子…ちゃん。柱合会議で、鬼の俺を刺したのが…霞柱の人? 風柱じゃなくて?」

 

「風柱さん…? そんな、違うわよ。むしろあの人は凄くいい人よ。お昼に時々屋敷に顔出しに来てて、日の当たらない部屋でよくお兄ちゃんと遊んでくれたもの。私も、少しだけど稽古つけてもらったことだってあるもの」

 

「ええっ!? あの(知性も理性も全く無さそうな)人が……」

 

 

一部の言葉は心の中に留めておきながらも、炭治郎は驚いた。しのぶさんから名前だけは教えてもらった、風柱の不死川実弥。炭治郎にとっては三回頭突きをお見舞いしない限りは柱としても鬼殺隊としても認めたくない人である。無論、あくまで個人的な感情の話で、彼が鬼殺隊を支える柱として認められているのは動かせない事実ではある。

 

そんな彼が、鬼の炭治郎(じぶん)と遊んだり、禰豆子に稽古を…?

炭治郎にとっては想像したくともできない話だ。しかし、当の禰豆子本人が嘘をつく理由はないし、また嘘の匂いもしないのだから事実なのだろう。想像できないが。

 

それに霞柱が…鬼の炭治郎(じぶん)を刺した?

確かにあの霞柱…時透無一郎という名の少年は、自分を投石でくわんくわんにさせたことはあるが…それ以外は終始物静かな印象で、あんな乱暴を働くようには見えない…。

 

 

……ここで炭治郎は、ふと気づいたことがある。

実は…何もかも同じという訳ではないのかもしれない。

 

そもそもの話、炭治郎と禰豆子の立場は……別世界では逆になっているではないか。

炭治郎は鬼にされ、禰豆子は彼を元に戻すために鬼殺隊に入った。

 

ひょっとしたら、禰豆子達がいる世界には、凄くいい人な不死川実弥と、知性も理性も全く無さそうな時透無一郎がいるのかもしれない。…だとしても、相変わらず想像はつかないが。

 

 

禰豆子も同じことを思ったのだろうか。驚きで口を噤んでしまった炭治郎に対して、今度は禰豆子の方が口を開いた。

 

 

「ね、炭治郎の世界の…この世界の、柱の人って………」

 

 

 

 

 

 

 

「止まれ」

 

 

 

*

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*

 

 

 

その声は、炭治郎とも禰豆子の声とも違う…第三者の声。

二人の足が、驚きで一度膠着する。

 

 

「指令だ。その隊士と、背にいる鬼は…俺と来てもらう」

 

 

その声は、炭治郎にとって聞き覚えのある…静かな、声だ。

二人が、勢いよく振り向くと…そこには声の主がいた。

 

今まさに話題にしようとしていた……鬼殺隊が、柱の一人。

 

 

「と…冨岡さん! どうして…ここ!?」

 

「………任務で、だ。そして、その隊士と鬼の処遇について…お館様に委ねる。俺と共に来い」

 

 

素っ気ない態度。口数は少ねど、静かに佇み…そこに立つ水柱。炭治郎の人生においてすべきことを示してくれた…最初に出会った鬼殺隊員であり、師の鱗滝を紹介してくれた人でもある。彼は…冨岡は、この別世界の禰豆子と鬼の炭治郎のことを言っている。もうすでにこの二人のことは、鴉を通じてお館様に伝わっているのだろうか。また…柱合会議で裁判にかけられるのだろうか。柱達の前で。

 

自分はどうするべきか。別世界とはいえ、鬼の炭治郎(じぶん)は確かに鬼殺隊の一員として鬼と戦えていたことを自分ははっきり見ている。もし裁判にかけられるとするならば、そのことを自分は証言して助けなくてはならない。

 

 

炭治郎は、隣に立つ別世界の禰豆子がどう対応するのか…その視線を横に滑らせると……

 

 

 

「……………っ…!」

 

 

 

絶句、しているように見えた。

そして…心の底から驚愕している……匂い。

 

 

 

 

その体全体が…小刻みに、震えているようだ。

しばらく、そのまま………数分間。三人とも、誰も…動かない時間の後。

 

 

 

本当に…微かな声を……禰豆子が。

 

 

 

 

 

「…………ぎ、ゆう………義勇……?」

 

 

 

 

 

一歩、踏み出し……二歩踏み出したと思った瞬間、彼女は一気に駆け出した。

そして、冨岡に勢いよく抱き着いた。

 

 

 

「…!」

 

「義勇! 義勇よね!? 生きてる(・・・・)…! 義勇が…生きて…..!」

 

「私…ずっと、お礼を言いたかった! あのあと、会えなくて…死んでからも(・・・・・・)私を助けてくれて、教えてくれて、導いてくれて、ありがとうって……!」

 

 

 

勢いよく、流れるように話した後……ハッと正気に戻ったのか…思わず、素早く冨岡の体から離れて後退りした。

 

 

 

「あ、あっ……ご、ごめんなさいっ! つい……すみません! 取り乱しちゃって……」

 

 

 

微かに目元を拭いながら、ペコペコと謝る禰豆子だが…冨岡の方は、不可解な事象を前にしたかのように目を瞬き……炭治郎は、今の禰豆子が話した言葉に、とんでもない内容が含まれていることを、聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

──冨岡さんのことを、「義勇」と親しげに呼ぶ。

 

 

 

──冨岡さんのことを、生きてる(・・・・)と、言った。

 

 

 

──冨岡さんのことを、死んでからも(・・・・・・)助け、教え、導いたと、言った。

 

 

 

 

 

「ね………禰豆子、ちゃん」

 

「どういうことだ…? 冨岡さんが……死んでるって……」

 

「だって…冨岡さんは、水柱で……」

 

 

 

 

 

「……水柱?」

 

「それって……錆兎さんの……こと…だよね?」

 

 

 

 

 

 

その禰豆子の言葉を聞いて。

 

 

 

炭治郎だけではなく…表情に乏しい冨岡義勇までもが……大きな驚愕の感情を、その顔に表していた。

 

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