家族会議が始まった。
アイシャは全て練習だったと言い張り、アルスはずっと黙っていた。
今回の件。
家族として何も話し合わないわけにはいかなかった。
家族会議の参加者は私、夫たち、アイシャ、アルス、リーリャ、パウロ、ゼニスの合計九人で行われている。
また、私以外の全員には私が処罰を決めるから口を出さないよう言い含めた。
それでも手を出しそうな人がいたが、他の数人で抑えてもらうことにしている。
「練習だったっていうけど、アルスには好きな子とかいるの?」
「それはーーー」
「私はアルスに聞いてるんだよ?アイシャ」
アイシャの言葉を遮った私にアイシャは何か言いたげにうめいただけで黙り込んだ。
いつものアイシャなら、私にバレないように全部済ますことくらいできただろう。
それができなかったということは少なくともアイシャは本気だったのだろう。
本気だったから気がまわらなくなってしまったのだろう。
「アルス?何か言ったらどう?」
「……あ……いや、その……」
……後ろで一対二の攻防が繰り広げられている音がする。
口を出すなというのは手を出すなという意味でもあるのだけど。
振り返って少し睨むと暴れていた一人は気まずそうに黙り込んだ。
本来なら一番会話に入るべきなんだろうけど、彼とアルスは仲がよくない。
話が余計に拗れるようにしか考えられないのだ。
黙っているアルスを見ていることにも飽きてきた頃。
何も言わないと確信した私はため息を吐いて立ち上がった。
その動作に少し肩を震わせたアルスは恐る恐るこちらの様子をうかがってくる。
「これ、意味ないしやめよっか」
「「「「「…………えっ?」」」」」
私以外のその場にいた全員の声がそろう。
いや、経験的にわかっているのだ。
一度喋らないモードに入ると、子供というものはなかなか喋らない。
だから、とりあえずは、自称大人から片づける。
「アイシャ!一緒にお風呂に行こう!」
こんなことになるような気がしていたから裏でお湯を沸かしてある。
そして、これは私からの最後の優しさだ。
ここでの会話によっては私は二人と永遠に別れることになるかもしれない。
それでも、必要なことだと思ったから。
私は魔術で水を作ってこう言った。
「アイシャ。全部水に流してあげるから風呂場に行くよ」
だって、練習だったんでしょ?
自分の言葉を使われたアイシャは気まずそうに顔を反らした。
…………いつものアイシャなら肯定して許してもらえるならと飛びついただろう。
そういう流れに持っていこうとしていたのだし。
つまり、これは、そういうことなのだ。
「どうしたの?好きでもない男のとか嫌でしょ。よくわかるから。早く流しに行こうよ」
「…………や、だ」
「え?なに?」
「……………………い、やだ」
アイシャがそう言った途端にアルスがうつ向きながら手を強く握り直した。
……あと、もう少し。
私は、二人を信じてる。
愛する家族を信じてる。
「…………何を言っているか、わかってる?」
「………………ごめんなさい。やっぱり、流してもらってもいい?練習だもんね」
…………私の予想だが、二人が愛し合っているなら、アイシャがアルスを愛しているなら、これを拒否すると思っていた。
だから、とりあえずは一度否定しただけでいい。
第一段階が成功したことにホッとしつつ、アルスの方を向いて驚いた。
エリオットが二人の制止を振り切り、アルスに向かって拳を振り抜いたところが見えたからだ。
「お前は!アイシャにここまで言わせて!」
「だってアイシャ姉が、自分に任せろって……」
「……だってじゃないっ!」
エリオットの拳がもう一発、アルスに叩きこまれた。
アルスは床にたたきつけられ、苦悶のうめき声を上げた。
「そんな風に育てた覚えはない!」
「あんたに育てられた覚えがねぇよ!」
……論点がズレていく。
私は思わず天井を見上げる。
やっぱり、エリオットを同席させたのは失敗だっただろうか?
とはいえ、一人仲間外れにするわけにもいかないし、みんなの前でなければ意味がないのだ。
私達の前で、家族の前で、親の前で、しっかり宣言してこその意味がある。
「お前はアイシャのことをどう思ってるんだよ!」
「ああ!?大好きに決まってるだろ!」
………………あ、あれ?言った?
私は思わずアルスをまじまじと見る。
「い、今なんて?」
「俺は!アイシャ姉が!アイシャが!大好きだ!」
よく言った。
私は口元がにやけそうになるのをこらえながらアイシャの方を向く。
「ねぇ、アイシャ。あんなこと言ってるけどどう思う」
「…………」
「アイシャ」
「……私だって!アルス君が好きだよ!」
アイシャは泣くようにそう叫ぶと、その場で崩れ落ちた。
「でも、じゃあ、あたしはどうすればよかったの!?だって好きなんだもん!しょうがないじゃん!アルス君のために何でもしてあげたいって思うんだもん!あたしは、アルス君が、好きなんだもん……結婚したいんだもん……」
「……そっか。アルスも同じ気持ち?」
私がアルスを見ると、今度はまっすぐにこちらを見ていた。
「俺はアイシャを愛している。結婚したい。だから、二人の関係を許してください」
うん。二人ともしっかり言えた。
私はその宣言を聞いてパウロとリーリャの方を見る。
二人には、私が事前にどういう風に終わらせたいか話していた。
アイシャは、私の妹であると同時に二人の娘なのだから。
パウロは軽く笑い、リーリャはしっかりと頷いた。
二人とも納得してくれたようだ。
なら、私から言えることは一つ。
「うん。いいよ」
私は家族を信じている。
当人達が選んだ幸せを信じている。
///
「元から許可するつもりで始めた会議だったの!?」
アイシャと風呂に入りながらことの真相を教えると、そう叫んだ。
これに関してエリオットはともかくとして、残りの二人はなんとなく察していたとは思う。
というか、根本的にこの家の人間がまっとうな恋愛をするとはあまり思ってないし、私にとってはアイシャに好きな人ができただけでかなり嬉しいことなのだ。
「……私は、家を追い出されるかと思ってたくらいなのに」
「ああ、それは絶対にない。仮に誰かがそう提案したり、アイシャが出ていきそうだったら手足を折ってでも家に残すつもりだった」
出来る限りさらっと告げたその言葉はアイシャに本気だと伝わっただろうか。
伝わらないだろう。
きっと、彼女は自分の現状がわかっていない。
アイシャとアルスのそれを見てから、他の家族が帰ってくるまでに色んなことを考えた。
それで、ふと思い出したことがあったのだ。
それを思い出してからはどうやってアイシャの味方になるかだけを考えていた。
私はアイシャに近づいてゆっくりと抱き寄せた。
「ねえ、アイシャ。いくつか質問してもいい?」
「……うん。今なら何でも答えると思うよ」
そうだな。
何から聞こう。
「最近、体調悪くない?」
「……あー、バレてた?なんか、最近調子でないんだよね」
「食べる量が減ってたもん」
「そうなの。食欲がないんだよ」
「あと、慢性的なダルさもあるでしょ」
「そうなの。季節の変わり目だからかな?」
「暖かいけど、微熱があるんじゃない?」
「うーん、お風呂に入ってるからじゃない?」
まあ、おおよそ確信を持っていた。
やっぱり、私の予想はあってそうだ。
「アルスとしたの今日が初めてじゃないでしょ」
「…………うん」
「責めてないよ。大事なことだからキチンと答えて。それって、今から一月くらい前のことじゃない?」
「…………知ってたの?」
知らないよ。
ただ、わかるんだ。
さっき、泣き崩れたのも原因不明の不安感があったから、好意を肯定されて安心したのだろう。
この症状を、私はよく知っている。
私は抱き寄せたアイシャをさらにこっちに寄せて抱きしめ直した。
「な、なに?どうしたの?」
「……おめでとう。アイシャ」
アイシャは私の言葉の意味をしばらく考え、ふとその答えに思い至った。
やっぱり、アイシャは自分に対しては持ち前の有能さが上手く発揮されないようだ。
私の初孫は男の子なのか女の子なのか。
どちらにしても、きっと幸せに育つだろう。
泣きじゃくる妹を抱きしめながら私はそう思った。