「……どうして……私は、生きているんでしょうか」
その少女が目を覚ました時に一番始めに言った言葉がそれだった。
彼女は森の中で行きだおれていた。
たまたま俺達が通りかからなかったら、本当に死んでいたかもしれない。
見るからに幼い少女を見捨てるわけにもいかなかった俺達は彼女を保護して宿で看病をしていた。
そして、目を覚ました一言目がそれだ。
死にたかったのか?と俺が聞くと、わかりません。と、返事をした。
……何か事情があるのだろう。
こんな少女に何があったか考えたくもないが、それでも生きていることに疑問するほどのことがあったのだろう。
目が覚めたなこれでも飲め。と小さめの匙でに少量のスープをすくい、彼女の口元に持っていく。
彼女はそれをゆっくりと飲んだ。
飲むなら、それは生きたい証拠だ。
生きる意志のあるやつは強い。
なんとか生かしてやりたい。
俺は今後のことを考えながら少しづつスープを飲ませた。
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数日後。
ある程度喋れるようになった彼女はルディアと名乗った。
持っていた杖からある程度の身分があるとは思うが家名を名乗らないということはお家関係で何かあったのか。
単純に体力が回復していないだけかもしれないが。
それでも、自分で飯を食うようになっただけ安心だ。
コイツには元気になったら働いてもらおうと思っている。
世話した分の金もそうだが、こういう気力を失ったタイプは何か目標を持ってをやらせた方が安定する。
昔、仲間を失った冒険者がそうだった。
義務でも、恩でも、借りでもなんでもいいからやることがあるということに救われる人間もいるということだ。
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そのあと数日が経ち。
ある程度動けるようになったルディアから自分の身体を買えと言われてひっぱたいた。
クソガキが何を言ってやがる。
確かに胸はデカイし、なんか妙な色気があるのは事実だが、そういったつもりで助けてないし、そんなことをしたらパーティが壊滅する。
どうやら、頭が回ってきたことで迷惑をかけていることに気がつき、今すぐにでも何か返そうとしたようだ。
……まさかと思うが、それが日常的なところから逃げてきたんじゃないだろうな?
拾ったその日に身体を拭った仲間の話では暴行の後はなかったと聞いたが、奴隷であった可能性はゼロではない。
思ったより面倒なヤツを拾ったかもしれないな……。
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さらに数日後。
ポツポツと喋る彼女の言葉を統合すると、愛しあった男に捨てられて失意のままに北に来たそうだ。
食欲がなく、気がついたら森で倒れていたということらしい。
北に向かった理由はいなくなった母親を探してとのことだが、手がかりは何もないそうだ。
こんな子供がボロボロになりながら探しているという話はパーティメンバーとしても力になりたいと思わせるには十分だった。
もしも、母親の手がかりを見つけたら教えてやろう。
そんなことを話してお互いに情報共有ができた頃、体力の戻った彼女が借りを返したいというのでクエストに連れていった。
そして、彼女の魔法に俺のパーティは全員驚くことになる。
無詠唱で聖級を使え、複数の上級を同時に操るような魔術師はそういない。
何より、彼女の得意とするお湯や温風を出す魔法には女性陣が大歓喜していた。
遠征先での衛生環境が整うということはそれだけで喜ばしいことだろう。
もちろん、それだけの魔術が使えれば戦闘面でもなんの心配はなかった。
弓使いのサラなんかは彼女の無詠唱のせいで役割がかなり減ってしまい苦笑いが絶えない。
詠唱なしでできる遠距離ということが利点の弓としては無詠唱は最大のライバルということなのだろう。
ルディアによる戦力の増加で俺達は安定してクエストをクリアできるようになった。
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数ヵ月が経ち。
ルディアが体調が明らかにおかしい。
クエストに出るようになってから一月ほどから少し体調を崩すようになっていたが、それでもこの数日は明らかにおかしい。
いや、原因はわかっている。
彼女がそれを隠したがっていたが、流石にもう、外見でわかってしまう。
彼女は妊娠をしていた。
そして、それが明らかになって数日。
あの事件が起きた。
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「……おい、ルディア。お前、何やってんだ」
最近はルディアをクエストに誘わなくなっていた。
お腹の子に万が一があってはいけないからだ。
にもかかわらず、クエストから俺達が帰ってきて見たルディアは酒をがぶ飲みしているところだった。
わざわざ、ローブを厚着して、マスターからはわからないように着ぶくれさせて、それで無理やり飲んでいた。
「何やってるかって聞いてんだよ!!」
俺は思わずルディアの胸ぐらを掴んだ。
殴らなかったのはギリギリ残った良心の賜物だろう。
ルディアは気まずそうに目をそらして何も言わない。
「……お前、お腹に子供がいるんだろう?」
ルディアの身体が震えるのがわかった。
……ああ、そういうことか。
最近のルディアは一緒にバカ騒ぎするほどに元気だったから忘れていた。
初めて出会ったコイツは、今にも死にそうな、死にたがっていた少女だった。
「…………その子の父親が嫌いなのか?」
「そんなわけないでしょ!?」
それは、俺が初めて聞いた彼女の怒鳴り声だった。
酔っぱらっているからか、誰かに聞いてほしかったのか、我慢の限界だったからか、理由は山ほどあるだろうが、彼女はその全てを語った。
愛しあった男がいた。
そこまでは、俺も聞いていた話だった。
けれど、彼女の生い立ちは俺の想像を越えて酷かった。
見知らぬ土地に飛ばされ、凶悪な魔物と戦い、長い間旅をして帰ってきた故郷はなくなっており、母親はいまだに行方不明で、多くの人が亡くなっていた。
そんな失意の中、その旅を共にした男と家族になろうとした。
いや、彼女としては家族になっていたのだろう。
翌朝その男はつりあわないとメモを残して消えていたのだが。
「……私が妊娠していることに気がついたのはあなたとクエストに行くようになってすぐのことです」
彼女は月の物が来なかったことを初めはストレスや栄養不良からだと考えていた。
しかし、いつまでたってもそれは来ず、食欲がないのにどんどん大きくなるお腹はそれを確信に変えていったという。
「この子達に罪はないんです。私は彼を愛していました。だけど、この子がもし、彼に似ていたら……」
……私は愛せるかわからない。
そう、泣くように言い捨てた。
……こんな子供にそんなことを言わせるその男をぶん殴りたい衝動にかられたが、そんなことよりも彼女に何て言えばいい。
子供がいるわけでもなく、そんな悩みを今まで一度としてしたことはなかった。
だから、俺には何を言っていいかわからない。
わからないが、これだけは言っていいのだろうか。
おそらくとても無責任で、他のメンバーに聞かれたら殴られるかもしれないが、『今』彼女を支えるのはこれしか思い浮かばない。
「……とりあえず、産んでから考えてみろよ」
「…………は?」
案ずるより産むが易し。とは、意味が違うが、まだ産まれてもいない子供をこんなに愛しているのに今さら愛せるかわからないとは笑ってしまう。
産まれた後の事を考える。
幸せにできるか考える。
何より、愛してあげられるか考える。
これが愛じゃなくてなんだというのだ。
「…………私は、この子を愛しているのでしょうか?」
「さあな、産んでみりゃわかるんじゃねぇの?」
もし、どうしてもダメだったらその時考えればいい。
そんときゃ俺も付き合ってやるよ。
そんな行き当たりばったりな言葉に彼女は何を思ったのか目を丸くすると、すぐに自分に解毒魔法をかけてアルコールを抜いた。
そして、しばらく俺の方を見て言った。
「…………脈拍が戻らない?」
「あ?何の話だ?」
「いや、その、とりあえず、今日はもう、寝ます……」
顔を真っ赤にしたルディアはそう言って自分の部屋に戻っていった。
……あいつ、解毒魔法苦手だったか?
なんだか、とても酔いたい気分になったので、ルディアの残した酒を飲み干した。
顔が熱いのはきっと、酒を飲んだからだ。