ルディ子スレに投稿していたSS+α   作:ルディ子の髪留め

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ナナホシとルディア

「ルディア。お風呂に入りましょう」

 

ある日。

目を覚ましたナナホシにそう言われた私は何を言っているのかしばらく理解できなかった。

そして、身体を隠すように抱き締めてナナホシから距離をとった。

 

「変態!」

「……私があなたに何かしたことがあったかしら?」

 

いや、別に経験としては何もされたことはないのだが。

何故だか身体を守った方がいいと、魂が叫んでいたのだ。

それに、ナナホシはたまに振り切れることがあるから用心するにこしたことはない。

 

「で、何で私とお風呂に入りたいんですか?」

「いや、あなたの妹達や子供達とは入ったことがあるけど、あなた自身とはなかったなあって、ふとそう思っただけなのよね」

 

あー、それはそうかもしれない。

だいたいの場合、彼女がお風呂に入っている間に私がご飯を作る流れが多いから。

それに、私の前世は男だ。

うら若きJKとお風呂に入ることは本来許されないだろう。

 

「ナナホシ。知ってると思うけど、私の前世は男なんですけど」

「そんなことは承知のうえよ。でも、あなた自身は今女性でしょ?おそらくだけど、心もほとんど女性になってるんじゃない?三人目の旦那さんができた頃から私を見る目が変わってきてたもの」

 

…………こいつ。本当にただのJKか?

視線や所作だけで人の心のうちを読まないでもらいたい。

 

「それに、輪廻の概念から考えれば私の前世だって男かも知れないわ。大事なのは今どうあるかよ」

「……あなたの理屈は理解はできましたけど、それは私があなたとお風呂に入る理由にはなってないですよね?」

「あら?グレイラットの家にはお風呂は誰かと一緒に入るってルールがあるんじゃなかった?」

 

ここは、グレイラットの家じゃないといえば簡単だが、それで我が家に来られたら確実に一悶着起きる。

最近は疲れるからと、旦那とも一緒に入らないので、ここでナナホシと入るなんてことになったら何が起こるかは目に見えている。

……そして、おそらくそこまで想定して言っている。

 

「……はあ、別に構いませんけど、その分ご飯遅くなりますからね」

「私のワガママだもの。構わないわ」

 

こうして、私はナナホシとお風呂に入ることになった。

 

///

 

「……それにしても、やっぱり大きいのね」

 

脱衣所で服を脱ぐ私を見てナナホシはそう呟いた。

その目は純粋な驚きに溢れており、ある種の感動を含むニュアンスをしていた。

……なんだろう。この感覚は。

誉められたのが嬉しいような、気恥ずかしいような。

ただ恥ずかしいのとは何かが違う。

今までも胸に関してはさんざん言われてきたはずなのに何が違うのだろうか?

旦那と違うのは間違いない。

イヤらしさや下心がないのだから。

妹達やリニプルとも違う。

雰囲気はアイシャが一番近いが、何がこんなに恥ずかしいのかピンと来ない。

 

「……やっぱり、大きい方がモテるのかしら?」

「まあ、一般的にはそういう人が多いとは思いますけど、好きになった人の身体が一番好きになりますよ」

「…………元男からの助言?」

「多少は。でも、基本的には私から旦那への気持ちですかね」

「……はいはい。ごちそうさま」

 

そうやって鼻で笑う彼女の表情は言葉よりも穏やかで、どこか楽しそうだった。

ナナホシが私をチラチラと見てくるので、私も服を脱いでいるナナホシを見つめる。

…………肌白すぎじゃない?スタイルもいいし。

私は体質的に全身がある程度整うようになっているが、そうではないナナホシは毎日の積み重ねでこのスタイルを作っているのだろう。

いつだったか太ってきたと言ったかいがあったというものだ。

そうやってナナホシをジロジロと見つめていると白かった肌が赤みをおびた。

 

「……なんか、恥ずかしいわね」

「誘ったあなたが言いますか!?」

 

ワイワイわちゃわちゃ脱衣所で騒ぎながら衣服を脱ぎ捨て、私とナナホシは裸になった。

研究で日夜籠っている彼女の肌は本当に白く、その長い黒髪と合わさってとても美しく見えた。

けれど、やはりその裸を見ても私はキレイだなとしか思わなかった。

 

「やっぱり、私に興奮するかしら?」

「んー、めっちゃ綺麗ですからそれに対しては興奮しますけど、性的に興奮はしてないですねえ」

 

お互いにわかっていた問いかけと答えをしながら、風呂場に向かう。

二人して身体を流して清潔にしていく。

私はふと思い立ってナナホシの髪を洗ってあげることにした。

私も人並みに長めではあるが、彼女の髪はずっと長いので手を貸してあげようと思ったのだ。

 

「……私、子供じゃないんだけど」

「私から見たら十分に子供ですよ」

 

彼女の時の進みは普通の人間よりずっと遅い。

起きている時間だけで考えれば、上の方の子供より彼女は間違いなく年下で子供だった。

初めて出会ったときは私の方が子供で、次に出会ったときはほぼ同い年だった。

今はずっと年下で、私にとっては前世を除いても祖母と孫ほどにも年が離れている。

そんな彼女は私に髪を洗われながら少しうつむいて何かを見つめていた。

……急にこんなことを言い出すから何かと思ったが、やっぱり何かあるのか。

 

「ナナホシ。何か悩みごとでもあります?相談したいこととかあるんじゃないですか?」

「……どうしてそう思ったの?」

「結構長い付き合いですからね」

 

ナナホシとは出会って本当に色んな事があった。

私の子供たちが何人も一人立ちして、妹達も結婚して。

彼女と出会ったのがラノアに来てすぐの頃だからもう数十年の付き合いだ。

……本当に、色んなことがあった。

 

「…………いえ、あなたに話しても意味はないから」

「えー、なんでですか?いつもはすぐにでもワガママ言ってくるのに。」

「………………やっぱり、なんでもないわ」

 

そう自嘲気味に笑う彼女の雰囲気を見て、本当にどうしたのだろうと心配してしまう。

こんなにダウナーな彼女は久しぶりに見た。

何か夢見が悪かったのだろうか?

というより、私には言えない悩み?

 

「うーん。私がダメならアイシャにでも話しますか?会いたいならあとで言っておきますけど」

「………………そうね。お願いするわ」

 

その後の私は最近あった他愛ない話をナナホシに共有しながらゆっくりとお湯に浸かった。

聞きたいことはあったが、無理に聞くのは良くないし、アイシャなら上手くやってくれるだろう。

私はナナホシのことを妹に託すことにした。

 

///

 

「で、ナナホシさんに会いに来たわけですが。いったいどうしたんですか?」

 

ルディアとお風呂に入ったその日の夕方。

『毎日』やっていた運動をやる気にならず、私はベッドに腰を掛けてどこか虚空を眺めていた。

誰かに相談したい気持ちが強くてアイシャを呼んでもらったものの、いったいどこから説明すればいいのだろうか。

彼女が来て数分。

入れてもらったお茶はすでにぬるくなっていた。

 

「……あの、本当にどうしたんですか?」

「………………私は、あなた達に何ができるのかしら」

 

ポツリと漏れたその言葉は、私がこの数時間ずっと考えていたことだ。

私はルディアに、ルディアの家族に、迷惑しかかけていない。

恩があるのに、借りがあるのに、それを返せず『毎日』が過ぎていく。

何かしよう、何かしたい。

そういう気持ちだけが膨らんで、何もできずに今日を終える。

そうやって、どれ程の時が経ったのだろうを

気がつけばルディアの子供達はとっくに大きくなっており、アイシャの子供もとっくに学校に通っているという。

私が十二回眠るだけで世界では一年が進む。

私の中で一年が経つ頃には、世間は三十年以上の時が進む。

わかっていたはずなのに、今朝のルディアを見て急にそれを実感してしまった。

見るからに若いその身体は私と同い年に見間違えてもおかしくないほどに若々しかった。

けれど、私にはわかってしまった。

毎日会うわけではないルディアは確実に大人になっている。

言い方を変えれば、それは老いていくということだ。

それを自覚したとき、私は焦ってしまった。

そして、思いついたのが背中を流してあげることだった。

……考え方が完全に孫なのが本当に心苦しい。

結果的にはルディアが何かに気がつきそうになったので何もできずに二人でお風呂に入っただけになったのだが。

 

「私は、ルディアに恩を返したいの」

 

アイシャは私の言葉にキョトンとした。

具体的に「何言ってるんだ。こいつ」という言葉が聞こえてきそうなほど怪訝そうな顔をしている。

そのまましばらく待っていると急にため息を吐かれた。

 

「……何よ。おかしなこと言った?」

「別に、おかしなことは言ってませんよ。ただ、なるほどなあって」

「……なるほどって何がよ」

 

別になんでもないですよー。とアイシャはそっぽを向いてそう言った。

その仕草が妙に子供っぽくて彼女らしくなかったが、結婚したり子供ができたりして思うことがあったのだろう。

こうして二人で話すのも久しぶりだからそういった変化も大きく感じるものだ。

 

「まあ、せっかく相談してもらっていますし、私から言えることはちょっとしたプレゼントでもあげれば喜ぶと思いますよ?」

「……プレゼント?」

 

ああ。確かにそれはあるかもしれない。

旦那から何をもらった。

子供達から何をもらった。

町の人から何をもらった。

そういった話をよくしている気がする。

 

「あの姉、未だにお父さんからもらった髪留めとってありますからね。もう壊れそうで使えないからって部屋に飾ってあるだけですけど」

 

髪留めといえばあれか。

前世が男だと知った時に少しからかったら結構本気で怒られたやつ。

確か、誕生日にもらってからずっと使っていたと言っていたはずだ。

なるほど。贈り物か。

 

「でも、そのくらいで返せる恩じゃないのだけど」

「気持ちが大事なんですよ。少しづつ返してもいいですし、感謝してるよって気持ちをとりあえず伝えるだけでもいいです。それをきっかけにしてほしいことを聞いてもいいんじゃないですか?」

 

やはり、頭と口がよく回る子だ。

いや、もう子というには大きくなっているのだけれど。

きっかけとしてのプレゼント。

少し気恥ずかしいが、何もできない現状よりはましだ。

 

「ありがとう。考えてみるわ」

 

私はそう言ってアイシャと別れた。

 

///

 

そして、しばらく経ったその日。

私はルディアにプレゼントを用意して待っていた。

 

「ねえ、ルディア。渡したいものがあるのだけど」

「え?なんですか急に?……あれ?今日って私の誕生日でしたっけ?」

 

こういう反応を見ると未だに年下に見えることがある彼女に苦笑いしながら私は小包を渡す。

彼女はそれを嬉々として開いた。

たぶん、彼女の好みを外してはないはず……。

 

「……これは、編み紐?」

 

包みの中に入っていたのは四色の紐を編んで作った編み紐だった。

緑と青と赤と黒で編み込まれたそれは、それぞれが落ち着きのある色を選んだのでそこまで派手なものではない。

それでも、その四色であることは一目でわかるような色を選んだ。

 

「これ、手作りですね」

「まさか。買ったものよ」

 

私の言葉にルディアは嬉しそうに首を横にふった。

この四色をピンポイントで使った組み紐がその辺にあるわけがない。と。

 

「それぞれ、フィッツ、ロキシー、エリオット、のイメージで色を選んでくれたんですよね?」

「たまたま、偶然よ」

 

だとしたら黒は誰のだと言うのだ。

もし、私が作ったならルディアで茶色の紐を選ぶだろう。

そうしなかった以上は私の手作りではない。

 

「黒は、ナナホシの色ですよね?」

 

…………本当に、作るときの私は脳から変なエキスが出まくっていたのだろう。

初めはルディアと夫達で四つ編みにするつもりだった。

だけど、身に付けるものに本人のイメージを入れるのは何か違う気がしてしまったのだ。

何より髪に着けたときに茶色が被ってしまう。

それは私のセンスが許せなかった。

そして、考えて、考えて、寄り添うものとして私をそこに入れたくなったのだ。

……冷静になった今考えると、めちゃくちゃ恥ずかしいことをしているうえ、夫の中に自分を混ぜ混んでいる。

そんな最悪なことをしてしまっていることに気がついて全身から冷や汗が止まらないのだけれども。

その時はそれが最善だと、最良だと、完璧だと思っていたのだ。

 

「やっぱり返して!」

「絶対に嫌です。これはもう貰ったものですし、もう私のものですよ?」

 

そう言ってニヤニヤと笑うルディアを見て私も笑った。

笑うということは気に入ってくれたのだろう。

なんだかんだ気に入ってもらえたならそれでいい。

 

「それにしても、こんなもの作ってくれるなんてどういう風の吹きまわしですか?」

「……あなたに何かキチンとお礼をしたくて」

 

そう言った私を見たルディアの顔は先日見たアイシャとそっくりで、なんだか妙に血の繋がりを感じてしまった。

 

「私はあなたにたくさん救われたわ。魔力の件を初めとして、このお茶を探しに行ってくれたこともそう。心が折れそうなときに支えてもらったこともあったわ。あなたがいなければ、私は地球に帰る手段を手に入れられなかった。だからーーー」

「ーーーちょっと待ってください。感謝してくれるのは嬉しいんですが、過剰に気負いすぎですよ」

 

そう言うルディアはなんだか気まずそうに笑っていた。

ルディアは私があげた組み紐に目線を落としてゆっくりと口を開いた。

 

「……私だってナナホシに感謝しているんですよ?」

「私に?」

「はい。だって、私はとても幸せです。辛いこともたくさんあったし、死にかけたことも一度や二度じゃありません。それでも、私は、今、とっても幸せなんです」

「…………それが私の感謝とどう繋がるのよ」

 

関係しかありませんよ。とルディアは本当に幸せそうに笑った。

私は彼女に何かしたのか?

……本当に心当たりがない。

地球に送る装置に関してはルディアは興味がなく、私はそれ以外に何か彼女にしてあげていただろうか?

 

「ナナホシ。あなたがあの時オルステッド様に声をかけてくれなかったら。私はあの時あの場所で死んでいました」

 

それは、私と彼女が初めてあった日のことだ。

ヒトガミの名前を出したルディアをオルステッドが殺そうとし、結果的に殺さずに済んだあの日のこと。

 

「子供達と会うこともなく、旦那と結婚することもなく、妹達の晴れ姿を見ることもなく、後悔と失意の中死ぬだけだったんです。それを救ってくれたのは、ナナホシ。あなたなんですよ」

「……でも、それは」

「結果だけ見たっていいじゃないですか。私は幸せ。あなたも幸せ。それじゃ嫌ですか?」

 

嫌ではない、けど……。

それじゃあ、この気持ちはどうすればいいんだ。

 

「アイシャに言われましたよ。『ナナホシさんってルディ姉にそっくりだね』って。たぶん、言われないとわからなかったり、自分を悪く見るところなんかを見てそう思ったんでしょう。……だから、言いますよ。少し恥ずかしいから、一度しか言いませんからね!」

 

顔を真っ赤にしてずいずいっと、こちらに近寄ってきた彼女はまるで告白するかのようにこちらを指差して叫んだ。

 

「ナナホシは私の友達なんだから貸し借りとか難しく考えなくていいんです!」

 

///

 

言った。

言ってやった。

私はナナホシに向かって友達宣言をした。

正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。

いい年したおっさんが転生して、前世の年齢を越えたおばあちゃんになっている私。

そんな私が現役JKに友達宣言。

世が世なら殺されてしまうかもしれない。

先ほどは私がキョトンとしていたが今度はナナホシがキョトンとしていた。

そして、ようやく言葉を理解したのかナナホシの顔が少しずつ赤くなり、顔をそらして呟いた。

 

「……何恥ずかしいこと言ってるのよ」

「自覚はあります!」

 

でも、貸し借りで長い間付き合ってきた私達も次に進んでいいと思ったから。

何より、あとナナホシに会えるのが何回かわからなくなってきたから。

今のうちに伝えたいことは全部伝えたいと、そう思ったから。

 

「私は、ナナホシと会えてよかったと思ってますよ。地球の話もできましたし、和食の改良にも妥協せずに続けることもできました」

「……ルディア?」

「私はナナホシが大好きです。今まで、キチンと伝えことがなかったので今言っておきます」

 

たぶん、最近のナナホシの様子がおかしかったのはおそらく私の行動に何か違和感を感じたからだと思う。

私にはそれがなんなのかわからないけれど、きっとそれはここ数年で急に疲れやすくなったことと関係があるのかもしれない。

エリオットは亡くなった。

なら、私もそう長くはない。

 

「……ルディア。あなたには私が地球に帰る時まで生きてて欲しいわね」

「……魔力タンクとしてですか?」

「茶化さないでよ」

「…………ごめんなさい」

 

それは叶わないことだと二人してわかっていた。

私は今を生きたくて

彼女は未来で生きたいのだから

それから、いつものようにたわいない話をした。

それは今までと違って遠慮がなく、友達同士の会話と言って差し支えがなかったと思う。

 

///

 

私がルディアと友達になって『一ヶ月』が過ぎた。

その頃からルディアは私に会いに来ることがなくなっていた。

よく来てくれるのはアイシャとフィッツだ。

そうなってから私はこちらからルディアに会いに行くべきか悩んでいた。

彼女と話す度にわかってきたことだが、彼女は強がりだ。

そして、カッコつけたがりで、弱いところをあんまり見せないようにしている。

私とルディアはお互いに色々とさらけ出しているが、それでも見られたくない一線がある。

それは、家族にしか見せない一線だろう。

私はそれを越えるわけにはいかなかった。

越えちゃいけないと思った。

だから、私は、その日が来るまで会いに行けなかった。

 

///

 

「ナナホシさん。おはようございます」

 

目覚めた私にそう声をかけてきたアイシャは普段とは違い、黒い正装を着ていた。

それを見たとたん、私は全てを理解した。

 

「起きたてで申し訳ありませんがーーー」

「ーーーええ、わかったわ」

 

私はそう言うとテキパキと支度をした。

私が制服に袖を通していると、アイシャは何故か笑いだした。

……何かおかしかっただろうか。

 

「いえ、ルディアお姉ちゃんが『ナナホシは私の葬式に絶対制服で来るからそのまま通してあげて』って言われていたので」

 

……ああ、そうか。

普通は喪服を着るべきなのか。

ルディアとの別れだということと、私が高校生だということが合わさって普通に着てしまっていた。

ただ、それがルディアの望みでもあったならこれでいい。

これが、ある種の地球庶民式だ。

そうやって支度を済ませた私にアイシャが一つの封筒を渡してきた。

それは、ルディアがいつも渡してくる封筒とは違い、可愛らしい動物の描いてある封筒だった

 

「ルディアお姉ちゃんから手紙です」

 

私はそれを受け取ると少しだけ時間をもらった。

けれど、その封筒にはそこまで長い文章は書かれていなかった。

 

『私には幸せなことがたくさんありました。両親のこと、子供のこと、旦那のこと、妹のこと、そう言った家族のことの他にも多くの幸せがありました。その中の一つにあなたもいます。私はナナホシと友達になれて幸せでした』

 

そして、封筒の中に入っていたのはその文章と一つのネックレスだった。

装飾としてロケットがついており、開くと彼女と私が笑っている絵が描いてあった。

……彼女から見ると、私はこんなに笑っていたのだろうか。

私はその絵を見たとたん涙が止まらなくなり、部屋で静かに泣いていた。

 

///

 

「なあ、そのロケットってなんなんだ?」

 

とある冒険の途中、黒髪の少女はそう聞かれてロケットを見る。

聞かれた少女はそのロケットを外して蓋を開いた。

聞いた少年の他にも青髪の少女も中身が見たいのか近寄っている。

 

「これはね、私のこの世界での友達がくれた宝物なの」

「ママはナナホシとは特別に仲良かったから」

 

黒髪の少女と同じくらいの年に見える茶髪の少女が二人で寄り添うその絵は二人ともとてもいい顔で笑っていた。

少年はその絵を興味津々で覗きながら彼女がどんな人物だったかを聞いてきた。

それを聞いた黒髪の少女はしばらく考えてから言った。

 

「龍神の右腕。世界的な魔術の権威。無詠唱魔術のエリート。二つ名は『泥沼』か『子連れ』。世界中にコネクションがある『名無しのグレイラット』の源流。歩く性癖破壊者。初恋泥棒。母乳(マナポーション)生産工場」

「…………え、えっと?それって人間なの?」

 

隣にいる青髪の少女も力強く頷いている。

最終的に子供だけでサッカーの試合ができるような状況だったという。

サッカーチームが作れるではなくゲームができるだ。

孫までいくと厳密な人数を家族ですらわからなくなることがあるくらいだ。

 

「そんな人でもね。私の最大の理解者で、私の大切な親友だったの」

 

そう言って笑うその少女の顔はロケットの中に描いてある絵とそっくりな、誰が見ても素敵な笑顔だった。


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