「では、言い訳をどうぞ」
先ほどよりもさらにボロボロになったリニアは縛り上げて部屋のすみに転がしている。
抵抗をせずに私の怒りを受け止め、ボロボロになったエリオットは私の隣で正座をしている。
……そして、その隣で私も正座をしている。
ちなみに、怒っているのはアイシャだ。
「……言い訳も何も、私は言われた通りに扉は壊さなかったし」
「何か?言いましたか?ルディ姉ぇ?」
珍しく本気でキレているのかアイシャはわざわざこちらを下から覗き込むように屈みながらそう言った。
その顔から目をそらしながらも、私は悪くないと主張する。
悪いのはエリオットだ。
「エリオ兄が悪いのなんて、大前提。事前に忠告したのに怒りを爆発させたバカな姉に私は文句を言っているんです」
「………………ごめんなさい」
……納得はしていないが、確かに私にも非はあったかもしれない。
私はしぶしぶ謝りながらエリオットを睨み付ける。
アイシャも言っていたが、今回の件はエリオットがリニアを持ち帰ってきたのが大前提だ。
それについてこのバカはどんな言い訳をしてくれるのだろうか?
「……そろそろ喋ってもいいのか?」
「はい。と言いますか、エリオ兄から説明がないと終わりません」
アイシャに促されてエリオは思い出すように語りだした。
端的にまとめると、今朝もいつものように散歩をしていたところ、ボロボロのリニアを見つけた。
その容姿が私やシルフから聞いていた容姿に酷似していたために名前を聞いたところリニアであることが判明。
逃亡奴隷であることを知ったあたりで、追いかけてきた奴隷商を発見。
とりあえず、奴隷商をボコって逃亡。
普通に家の中に置いておくには事情が悪いし、清潔ではないという理由から地下室に隔離。
子供達が興味を示して地下室に入ってこようとするために内側から鍵をかけてルディアが帰ってくるまで待機。
その間暇だったため学生時代の話を聞いていたところエスカレートして声が大きくなり、アイシャにバレたためなんて説明しようと悩んでいたところにルディアが帰ってきたということらしい。
その説明にアイシャはしばらく考えてから呆れたように言った。
「…………浮気じゃない証拠は?」
「……………………特にない」
苦々しく呟くエリオットだったが、その可能性はないだろうと私は考えていた。
エリオットは正直バカで、変態で、獣人が好きだが、それ以上に誠実に生きようとしてくれている。
過去に自分がやった過ちを取り返すために、アルス達に認めてもらえるように、誰よりも優しく、誠実に生きようとしている。
町中を走り回っているのもその一貫であることを私は知っている。
本人に聞くと、私やシルフのように体力作りだと言い張るが、それなら裏路地を重点的に走り回る必要はないし、木刀を持ち歩く必要もないだろう。
うちの学校にもエリオットに助けてもらった生徒が何人もいる。
だから、おそらく今回もそういうことなのだろう。
アイシャもそれはわかったうえで聞いているのだろう。
本当に疑っているのであれば、リニアと離れてそれぞれに事情を聞いてから矛盾点を指摘するようなやり方をするだろう。
何より、この人やっぱりバカだなぁと言う表情で溜め息を吐いているところを見るに、今回の件は私のいないところで浮気を疑われるようなことをしたことに怒っていたのだろう。
で、あるならば事件の解決はそこまで遠くはない。
「そういえば、追いかけてきた奴隷商は殺しちゃったの?」
「いや、事情を聞いた感じだと悪いのはこっちみたいだったから殺してはない」
というか、殺さなきゃ逃げられないような戦力だったら素直に返して修行してる。と、苦笑いしながらそう言い張った。
……まあ、その辺の奴隷商に私の夫並みの戦闘力を求める方が酷というものだ。
そして、殺していないのであればある程度穏便に済ませることも用意である可能性が高い。
「…………そういえば、リニアはどうして奴隷になってたの?」
ふと呟いた私の言葉にエリオットも首をかしげる。
どうやらエリオットもその話は聞いていないらしい。
ギャンブルして借金とか、そういう自業自得のことなら助ける必要がないような気がする。
「よくぞ聞いてくれましたニャ。思い出せば長く苦しい、聞くも涙、語るも涙……」
「短くまとめてくれ」
「ニャ」
端的にまとめると商売に失敗して、赤字が続いていたところに騙されて、多額の借金を背負ったらしい。
最初の商売の仕方がアホすぎて、あんまりフォローする気にならないが、騙されたことには同情する。
助けてやりたい気もするが、悪者と敵対するには守るものが多すぎる。
正直、「知り合いだったから思わず手を出してしまったがお返しします」って言いながら多少の金品握らせて返した方が我が家的には安泰なんだよなぁ。
「ボス……。なんでもするから助けて欲しいニャ……」
…………この人に対して恩がないわけじゃないんだけど、それ以上に困らされたりムカついたりした記憶の方が強くて。
未だに学校に行くと【OGには男子のパンツを欲しがるロリ巨乳がいる】って話を聞くことになる。
なんかなぁ、助けられるとは思うし、助けようとする気持ちがなくはないんだけど、リスクリターンが合わなすぎる。
最後に騙されたのは可愛そうだが、正直そこに至る道のりは借金しながら適当に商売を始めた初動にある。
ある意味では自業自得なその惨状をフォローするために我が家に万が一でも悪意が及ぶような事態になるのはあまりにも不本意だ。
この、ある意味でどっちにしてもいい状況なら私は友達より家族を選びたい。
とはいえ、積極的に見捨てたいとも思ってないし、助けられるなら助けたいとも思っている。
それでも、子供たちを守ることを考えると、どうしても助けるという結論が出せない。
うーん。
「…………どうしたもんなかなぁ」
実際は貯金を崩して、借金の肩代わりと奴隷商への補てん、商売相手への謝罪費等々。
その辺を払えば解決するような気はするのだが、それにはかなりの大金を支払うことになる。
急な出費をどう思うかが問題だ。
奴隷として買われたと言っても、ドルディア族の娘であり、主席だったリニアという高級品に手を出すような貴族には心当たりがある。
というか、私の隣で正座している男の実家だ。
あの家のことだ。
そこまで酷い扱いにはされないという保証もある。
なんなら、一筆書いてあげてもいいだろう。
…………なんだか、その辺りがいい落としどころな気がしてきた。
「ごめんくださーい!」
私がおおよそ考えをまとめきったところで玄関から声がした。
リニアの様子を見るに、奴隷商のようだった。
私はアイシャとエリオットにここで待っているように伝えて玄関に向かった。
///
私が向かうと既にリーリャが対応をしていた。
見るからに暴力担当の大柄な二人と交渉担当の小柄な一人という三人の男たちは、しらばっくれるリーリャにイラついているようだった。
そのうち、後ろにいた暴力担当の一人がリーリャに手を伸ばした。
それを慌てて交渉担当の男が止める。
いわく、痣でもつけたら皆殺しにされるぞ。と。
…………別に、積極的に殺しはしない。
出来ないとは言わないし、実際に我が家を敵に回したら、そこらの小国くらいなら相手にできるような戦力で攻められることになるのだ。
小さな裏市場の一派閥くらい潰すことにわけはない。
私が自分の家に呆れていると小柄な男がこちらに気がついて揉み手をした。
「リーリャさん、あとは私が対応します」
「分かりました奥様」
リーリャは一礼し、数歩下がった位置で止まった。
控えていてくれるらしい。
「どうも、初めましてルディアさん」
小男は揉み手をしながら、改めて頭を下げてきた。
「あっしはリウム商会傘下・バルバリッド商店で揉め事を担当をしとります、キンチョと申します」
「初めまして、ルディア・グレイラットです」
話を聞くと、やはりというかなんと言うか、リニアを返せという内容だった。
そりゃそうだ。
正直奴隷としては容姿も、知能も、戦闘能力も、どれを取ってもトップクラス。
しかも、話を聞くに処女でもあるらしい。
今ではあまり価値があるものとも思わないが、それが変えがたい価値であるという考えも理解している。
で、あるならば、お値段が釣り上がることも理解はできる。
「…………ちなみに、おいくらだったんですか?」
「アスラ金貨で300枚です」
その値段を聞いて私は眉間に皺を寄せた。
…………払えなくはない。
……払えなくはないんだよなぁ。
我が家は私を含めて四人全員が高給取りだ。
ただ、【私の妹や子供達といった家族の安全】と【詐欺に引っかかった友人】を天秤にかけると前者が勝ってしまうのだ。
もっと高ければ払えないからごめんね。と言い訳ができたのに。
何より、この街には今後も住み続けるつもりなので揉め事を起こしたくはない。
念のため確認すると買い取り手はやっぱりボレアスのようだし、やはり一筆書くくらいが落としどころか。
子供たちは私が守らなければならないのだ。
「わかりまーーー」
「ーーールディ?これ、何の騒ぎ?」
私がリニアを引き渡そうと思ったその時。
ちょうどフィッツが帰ってきた。
奴隷商の三人も待ってくれるようだったので、フィッツに事情を説明した。
全部の説明を終え、リニアを引き渡そうとしているという私の言葉を聞いたフィッツはひどく苦々しく顔を歪めると、大きく息を吸ってから吐き出した。
なんだろう。
一体、何がそんなに不満なんだろうか。
「ルディ。キミは、友達を助けたいかい?」
「……そりゃ、助けられるなら」
何度も言うが、恩がないわけではないのだ。
それ以上に家族を大切にしたいと考えているだけで。
フィッツは二つ三つ考えてから頷くと、リーリャにエリオットを呼ぶように言った。
私が首をかしげていると、少しよろけながらエリオットが現れた。
…………さては、バカ正直にずっと正座していたな。
エリオットはフィッツを見ると申し訳なさそうに頭を下げた。
フィッツはそれを慌てて遮ると、ボクたちの友達を助けてくれてありがとう。と言った。
「さて、奴隷商さん。いくら払えばリニアを引き渡してもらえますか?」
「フィッツ!?」
私はフィッツのその言葉に思わず声が出てしまった。
慌てて振り替えるとエリオットも目を見開いている。
当たり前だが奴隷商も呆気にとられたようにポカンと口を開いている。
「そちらの言い値で構いませんよ」
三倍の900枚とかでいいですかね?と、言い出したフィッツはリーリャに金庫からあるだけ持ってくるようにお願いする。
リーリャは私にどうするか視線で聞いてきたのでとりあえず頷いておく。
フィッツの考えがわからないが、何か覚悟を決めた様子のフィッツに口を挟むことは出来なかった。
あれよあれよという間に交渉は進み、相手の提示した価格よりもより多く渡し、財力だけでなく武力もちらつかせて釘を刺した。
途中からはエリオットも腰の木刀を揺すりながらフィッツの隣で圧力をかけていた。
最後にはリーリャさんもお見事です。とか言っているし。
…………いったい、なんだって言うんだ。
………………私は何か間違っていただろうか。
……………………だって、子供達を守らなきゃ、それが私の仕事で、義務で。
「……ねぇ、ルディ。キミは優しい。きっと、昔だったら何をやってでもリニアを助け出しただろう?」
それは……、そうかもしれないけど……。
今は妹達がいる。
子供もいる。
守らなきゃいけない家庭が、ある。
……もう、失いたくない、家族がいる。
そのためにオルステッド様に知恵を借りて、みんなを守っている。
それは、間違っていない、はずだ。
「ボクはね。いや、ボク達はね。キミの枷になりたくはないんだよ」
フィッツは言い聞かせるようにゆっくりとそう言った。
「助けるってすぐに言い出さないルディはなんか変だと思ってた。それでも、まさかこっちに気をつかってるとは思わなかったんだ。フィッツが俺を呼んだから、俺達に何かあると思って考えたらすぐにわかった」
エリオットは自分が情けないとでも言うように俯き気味に言葉を吐いた。
そして、何かを責めるようこちらを睨み付けながら続けた。
「ルディ。一人で全部守ろうとしてるだろ」
吐き捨てられたその言葉に、私はハッとした。
いつから、いったい、いつからそう考えていたのだろうか。
未来の自分にあった頃か?
ヒトガミに裏切られたあたりか?
オルステッドと戦ったあの日か?
わからない。
わからないけど、いつからか、ハッキリと、そう考えていたことだけは確かだった。
「……こういう話をするなら、ロキシーもいた方がよかったけど」
たぶん、同じことを言うと思うし、二人で言わせてもらうけどさ。と、フィッツはこちらに一歩詰め寄って言った。
「旦那にくらいワガママ言ってくれないと、ボクたちも辛いんだよね」
泣きそうなフィッツから目をそらすと、全身から怒気が漏れ出ているエリオットと目があった。
言葉にされなくても、頼ってもらえなかったことにキレている事はよくわかった。
私はこの期に及んで、なおも間違えていたのだ。
レオを呼ぶときに実感したはずなのだ。
私一人では守れる範囲に限りがあることに。
みんなは支えてくれると、助けてくれると、そう言っていたのに。
頼ってしまったら、私が役立たずだと思われてしまったら、また捨てられるんじゃないかって。
そんなはずはないって、わかっていたはずなのに。
私だって覚えがある。
頼ってもらえないことの辛さを。
大切なものを守りたいのに守らせてもらえない歯痒さを。
「…………ごめん」
「別に、ルディは悪くないよ。ただ、少しだけ間違えただけなんだ」
「まあ、今日から色々手伝わせてくれればそれでいい」
私が謝ると、フィッツは笑って、エリオットは照れ臭そうに、それぞれそう言った。
この日から、我が家の生活は少し変わった。
無詠唱で火や水を操り家事に尽力してくれるフィッツ。
家族の時間を増やして子供たちと戯れるロキシー。
パトロールついでに食材を買い足すエリオット。
以前よりも旦那たちに頼るようになった私。
そして、レオやララに半分オモチャにされている奴隷のリニア。
一人増えてより賑やかになった我が家は今日も平和である。
///
余談ではあるが、ことの顛末を知ったロキシーが「どうして私は残業をしていたのでしょう……」と落ち込んだ結果、できる限り家にいるようにするという結論にいたったのは、昔同様少しズレていて可愛いと感じたことをここに記しておく。