それに気がついたのは冒険者を初めてすぐのことだった。
気がついてしまえば元男として俺が気をつかうべきだったとも思うのだが。
冒険の目線が私の身体に向いているのだ。
エリオットといた頃はエリオットが目線で黙らせていたし、エリオットからもそういった目線を向けられていたのでそこまで不快ではなかった。
けれど、一人になった以上は狼の群れに放り投げられた羊に他ならない。
ある程度の自衛はするべきだ。
そういった目線で見られないようにせめてもの努力として、胸に布をきつく巻き付けて潰し、お腹周りに防具としての厚手の布を巻き付けて全体のシルエットを寸胴にすることにした。
エリオットが褒めてくれたこの身体は、俺から見ても間違いなくエロい。
けれども今は、些細なことにも嫌悪感が沸き上がる。
無用なトラブルを避けるためにも気を付けることは大切だった。
だから、そうやって努力していたのだ。
///
「ルディア。そのローブ暑くないのか?」
とある依頼の最中、ふと気がついたようにスザンヌがそう聞いてきた。
俺は何て答えようか考えたうえで、チラリとサラを見た。
……羨ましい。彼女のような身体だったならこんなこと悩みもしないのだろう。
俺は別に。と、素っ気なくそう答えた。
案の定、サラが噛みついてくる。
いつものようにスザンヌが気をつかって言ってあげたのに云々。
別にそんなこと言ってほしくもないし、理由が理由だから話を広げてほしくもない。
何より大声で周囲のメンバーもこちらを向いており、その中には男性もいる。
こんな状況では先程よりも言いにくい。
とはいえ、この難癖モードになっているサラに冷静に話しかけるとなおさらヒートアップすることは経験上理解している。
性別こそ違えど、彼女のそういったところはエリオットによく似ていた。
エリオットにはギレーヌ。
サラにはスザンヌだ。
俺は自分でもわかるほどに顔をしかめながらスザンヌに近づき、軽く手招きをした。
それだけでおおよそのことを理解したのかサラを待つように言い含めながら耳を貸してくれた。
俺より背の高いスザンヌに少し背伸びをしながら「体型を隠したいんです」と、それだけ伝えた。
スザンヌはこちらの言葉から一瞬俺の身体を見て納得するようにうなずいた。
そして、「サラにも気をつかってくれてありがとう」と言った。
「サラ、人には色々事情があるんだ。個人的なことを聞いても答えにくいことだってある。今回はそれを聞いた私が悪い」
でもとまだ言い足りないのかサラはこちらを睨み付けてくる。
それをスザンヌが諌め、いつものように少しギスギスしながらも不思議な距離感のパーティーに戻る。
///
ああ、そんなこともあった。
そんな現実逃避を行うほどに今の俺は現実を見たくはない。
サラなら、何か思われていても女性だからなんとかなった。
ただ、今の現状は本当にひどい。
なんとなく、気恥ずかしさで誤魔化した俺が悪いのだ。
冷静に考えれば魔法で出せる水を汲みに行くという行為がおかしいのはわかる。
だが、それでも、だ。
わざわざそう言ったのだから何か一人でやろうとしていることくらい察してほしいかった。
スザンヌに言われた通り、普段している布達磨は当たり前のように暑い。
戦闘を行ったあとなどは汗がダラダラと流れることがあるほどだ。
だからこそ、水を汲みに行くと言って汗を流しに来たのだ。
その結果が、様子を見に来たゾルダートというわけだ。
「泥沼?何かあったの、か?ーーーって、あっ、わりぃ!?」
思わず全裸のまま固まる俺とこちらに背を向けて植木にしゃがみこむゾルダート。
そんな状況が発生してはや数秒。
現実逃避もこのくらいにしておこう。
これは私にも非があることなのだから、謝罪をしなければ。
慌てて服を着て耳まで真っ赤にしているゾルダートのそばまで向かう。
まだ男は苦手だが、ゾルダートとは一度吹っ切れてから割りと仲良くなれていた。
こんなことがきっかけでこの関係が壊れることは望んでいない。
急いでフォローしなければ。
「ゾルダート。服を着ましたからこっちを向いてください」
「…………おう」
茂みの中で向かい合って座る俺達は互いに互いの顔を見れていない。
二人とも気恥ずかしさが極限まで振りきっていて何を言っていいのかわからないのだ。
とはいえ、俺からできることは一つだけだ。
この件をなかったことにする。
普通に考えれば今回被害者は俺で、俺が気にしなければそれで終わりの話だ。
ならば、それを伝えるだけだ。
「…………その、なんだ、察しが悪かった。お前が女だってことにもっと気をつかえばよかった」
「あの、私は気にしませんから。このことはなかったことにしましょう?」
「………………は?」
「お互いに忘れましょう。それが一番いいはずです」
俺の言葉にゾルダートはしばらく考えるように唸ってから首を横に振った。
何故?俺が悪いのだからそんなに気にしなくていいのに。
ある意味では被害者のゾルダートはそれでも首を横に振って言った。
「いや、やっぱりそれはダメだ。今後もお前と旅することを考えたら、今回の件をなあなあにしちゃダメだ。今後、似たようなことが起こるかもしれない。それは俺以外の誰かかもしれない。そんな時に同じようなことにならないように何かしらで精算するべきだ」
ゾルダートの心意気は素晴らしいが、何かしてもらいたいことも特にない。
ゼニスの捜索は話を通してはいるので今さら頼むことでもない。
金銭面も今回のように一緒に依頼をこなす以上そこまで困ってはいない。
あえて願いを言うならば、それこそ今後も普通に接してくれればそれでいいのだ。
「それはそうかもしれないが。何かしらの詫びがしたい気持ちもわかってくれないか?」
罪悪感。
それ事態は心当たりが多くある。
何かで相殺しなければ自分自身を許せない。
相手に何かを尽くすことでようやく対等になれる。
そんな状態なのだろう。
対等になるために何かをしたいゾルダート。
すでに対等だからそんなことをしてほしくない俺。
何か、こう、そこまでの労力を使わずに俺の助けになること。
そこにいることに意味があるような……。
あっ。
「それじゃあ、今晩一緒に寝てください」
空気が凍ったのは言うまでもない。
///
「いや、俺はまだ納得してねぇからな?」
俺のテントに入ってきたゾルダートは俺を半目で睨み付けながらそう言った。
そう言いながらもやろうとするのはやっぱり謝罪の意思表示なのだろう。
俺の提案はこうだ。
ぶっちゃけ男女混合というより男所帯+俺みたいな少数パーティーの今回の旅は道中のトラブルが最も懸念されていた。
わかりやすく言えば俺へのセクハラである。
日程が緊急だったために動ける中で実力順に選んだ結果らしいが、詳しく面識があるのがゾルダートだけなのも正直不安だったのだ。
そして、それならゾルダートと隣り合わせで寝ることになれば他の男達は手を出しにくくなるという算段だ。
元々、俺とゾルダートがよく酒場で飲んでいるのは周知の事実のため、俺一人でテントを使用することへの罪悪感も一緒に解決できる画期的な案なのだ。
ゾルダートもしばらくは色々言われるだろうが、それを罰だと思ってくれたまえ。
「で、お前は何してるんだ?」
「はい?眠るのでさらしとか外してるんですけど」
縛り付けているその布は正直息苦しいし、何度も言うように暑いのだ。
眠るときくらい外させてほしい。
……おや?何やらポカンと口を開いたままこちらを見ているゾルダートくんがいる。
身体を濡らした布で軽く拭ってさっぱりさせる。
本当は昼間のように流水を浴びたいが、贅沢は言えない。
自分で作ったお湯で拭うことは別にいいのだが、そのお湯をその辺に捨てることに若干の抵抗感があるのだ。
なんか、マーキングというか、そういう感じで何かが残ってそうで恥ずかしいというか、なんというか。
「…………お前、本当に色々気をつけろよ」
「えっと、何がですか?」
めちゃくちゃ疲れたように溜め息を吐くゾルダートに俺は首をかしげる。
まさか、誰の前でも身体を拭うとおもっているのだろうか?
「誰の前でもこんなことやると思ってるんですか?」
そう思われているなら心外だ。
いつだったか、酒の席で酔っ払ったお前が言ったのだろう。
『泥沼に欲情なんかするわけないだろ!あっはっは!』
欲情されないなら気にするだけ無駄な気づかいだ。
俺だって気を抜けるならできる限りの気を抜きたいのだ。
特に今回は野営しながら進む遠征。
休めるときに休むことが長生きのコツだと思っている。
「それじゃあ、寝ましょうか。……ゾルダート?」
「あ、え、あ、ああ。そうだな。寝るか」
なんかだかゾルダートが妙にソワソワしてる。
何かするわけでもないのに、このソワソワは古の童貞時代の記憶を思い起こされる。
ゾルダートは風俗にも行くらしいので童貞ということはないと思うのだが、それでも色々考えてしまうのだろう。
男なんてそんなもんだ。
ソースは俺。
そんなこんなありながらも、当たり前に何事もなく朝を迎えた。
とはいえ、ゾルダートが完全に寝不足だったため次の日からは一人で眠ることになったは別の話。