ミリスに着いてギースと別れた俺は言われた通りに冒険者ギルドにやってきていた。
ルイジェルドとエリオットには先に宿を探してもらっている。
以前のギルドで俺に絡んできた冒険者にエリオットがキレて以降、ギルドには俺一人で行くことが多くなった。
エリオット一人で動かすには不安要素が多く、俺と共にギルドに行くには面倒なことが起こりやすく、昼間のうちに宿を探しておきたいという理由の複合で今ではそういうことになっている。
また、一人でいる女性冒険者は絡まれやすいので、フードを深くかぶって顔を隠すようにしている。
そうやって用心してからギルドに入るとすぐに怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前がぶつかってきたんだろ!」
「うっせーよ!やんのか、酔っぱらい!」
チンピラはどこの町にもいるようで、このギルドにもいるようだ。
関わるといいことはないので少し遠巻きに掲示板に近づいていく。
何かクエストでお金を稼げるといいのだけ――
「――うわっ!」
先ほど喧嘩してしていたチンピラの片方がこちらに飛んできたために慌ててそれを避ける。
飛んできたチンピラは当たりどころが悪かったのかそのまま気絶している。
こちらにふっとばしたであろうその酔っぱらいはこちらにゆっくり歩いてくる。
とりあえず警戒しながら喧嘩を仲裁しよう。
このままではこの人を殺しかねない。
予見眼を使いながら酔っぱらいに近づく。
「あ、あの、少し落ちつ――」
「なんか文句あんのかよ!」
……聞く耳を持たない冒険者には容赦しない。
冒険者がチンピラまみれだと勘違いされるとこちらとしても困るのだ。
とりあえず、酔っぱらいの顔面に魔法で水を作ってぶっかける。
「……頭は冷えましたか?」
「…………覚悟しろよ?」
酔っぱらいは持っていた剣を抜いた。
…………あれ?この声どこかで聞いたことがあるような?
俺が顔を上げて酔っぱらいをちゃんと見ようとしたその時、ブレて見えたその酔っぱらいの剣がものすごい勢いで首に迫っていた。
慌てて一歩下がりながら熱湯を用意して顔面にぶつける。
とりあえず、目隠しをして横に動かなければ壁が近すぎる。
しかし、直後に見たのは打ち出した熱湯を斬りながらこちらに迫り来る酔っぱらいの姿だった。
ここはギルドで、周りにも少し配慮していたがこのままでは死にかねない。
それほどの殺意を感じた俺は反射的に斬られた熱湯の温度を無理やり上げた。
「なっ!?」
熱湯の異変に気がついたその男は剣の間合いを捨ててこちらに飛び込んでくる。
なるほど。
自爆技なら術者の方は安全と考えたのだろう。
だが、俺としてもこの距離でこんなことをするつもりはなかった。
「吹っ飛びなさい」
水蒸気爆発。
水と炎が得意な俺にはもっとも簡単で文字通り爆発力のある技。
周囲を巻き込んだその爆発は俺とその酔っぱらいを同じ方向にぶっ飛ばした。
///
「……やっぱり使い勝手悪いですね。これ」
爆発で壁に叩きつけられた俺は上に酔っぱらいが落ちてきた衝撃で少しの間気絶していた。
気がついた時に慌てて見回すと中々に大きな被害を出してしまったようだ。
やってしまったことを悔やみながらも、まだ上に乗っかっている酔っぱらいを叩き起こす。
……ん?この酔っぱらいやっぱり見覚えがあるような?
「あの、早く起きてください。」
「……んあ、んん、もうちょっと寝かせてくれ」
そう言ってその酔っぱらいは俺の乳を揉んだ。
そう。俺の乳を揉んだ。
オレの、チチを、モンダ。
その瞬間、全身に走った嫌悪感はそう簡単には忘れられないだろう。
だから、思わず水流でぶっ飛ばしたことを怒る者はいないだろう。
「何すんだよ!ゼニス!……あれ?」
「ふざけないでください!誰ですか!……ゼニス?」
俺と酔っぱらいはそこで初めてお互いに顔を見たのだろう。
どうしてお互いに気がつかなかったのだろう。
あんなに会いたかったのに。
やっと会えていたのに。
「……ルディ?」
「……父様?」
それが、俺たち親子の再開だった。
///
「父様、お久しぶりです」
「まあ、なんだ、ルディ……よく生きていてくれたな」
パウロがそう疲れたように言い捨てたとき、俺は必死で考えを巡らせていた。
俺の記憶にあるパウロはこんな男ではなかった。
何よりどうしてパウロがここにいる。
……聞いた方が早そうだ。
「その、父様はどうしてここに?」
「どうしてって、伝言を見ただろう?」
なんの話だろうか。
そんなものを見た記憶はない。
疑問符を浮かべる俺の顔を見て、パウロは顔を歪めた。
「お前、今まで何してきた?」
「どうといわれても、大変でしたよ」
事情を聴きたいのはこっちなのだが。
まあ、同じくらい向こうもこちらがどうなっていたか気になるだろう。
俺はできる限りのよかったことを思い出しながらここまでの道のりを語った。
エリオットに襲われかけたことや、裸に剥かれて閉じ込められた話は別に話さないでおいた。
パウロは結構親バカなところがあるし、無駄に敵を作る理由はない。
そうして、俺が道のりを話せば話すほどパウロの顔が曇っていくのを感じた。
「なあ、ルディ。伝言は見たんだよな?」
「……伝言って……なんのことですか?」
空気が軋むのがわかった。
……なにか、なにかとんでもない見落としをしてきたんじゃないか?
パウロは崩れるように椅子に座ると俺の知らなかった現実を話した。
それは転移事件はフィットア領全域のもので、俺とパウロ以外の家族は全員行方不明だということだった。
「もう一度聞くぞ。なあ、ルディ。お前今まで何してたんだ?」
俺はもう、何も言えなかった。
確かに大変な旅立ったが、ギルドによることは多くあった。
その時に知り合いを探したか?
探すわけがない。知らなかったのだから。
でも、伝言くらい探せばあったのかもしれない。
何より、俺自身が伝言を残すべきだったんじゃないか?
誰かが俺を探していたとして、すれ違っていたらその人はどこまで行くんだ?
「人も探さず、手紙も寄越さず、カッコいい貴族様と二人で遠足気分の冒険。しかも強力な護衛つきだ?お前がのんきに遊んでるあいだにどれだけの人が死んだと思う!!」
ああ、そうか。
俺はまた間違えたのか。
ただ、それでも言い返したいこともある。
「私だって一生懸命やってきました。間違えたかもしれませんが、それでも頑張ってきました。少しくらい抜けてもしかたないでしょう?」
「別に悪くはねえよ」
そう言ったパウロは明らかにバカにするように鼻で笑ってこちらを見た。
「なあ、そのルイジェルドってのはどうやって仲間にしたんだ?」
「え?あ、それは――」
「お前はなんかカッコいい騎士さまみたいに言っていたが、お前の身体が目的なんじゃないのか?」
……気がついたときにはパウロが吹っ飛んでいた。
おそらく、俺が吹き飛ばしたのだろう。
人間感情がふりきれると何をしたか自分でもわからなくなるのだろう。
そのくらい頭が真っ白になっていた。
あれは、誰だ?
パウロは、パウロは確かに最低なやつだが、そんな、恩人にゲスな勘繰りをするようなやつだったか?
あの男は、いったい誰だ?
「どうしてそんなことを言うんですか!!」
あまりの怒りに頭をかきむしる。
そうやってイラつきを表現していると、髪留めが手に当たった。
その瞬間、涙が溢れだした。
何故だかわからないが涙が止まらない。
パウロ相手に視界が悪いのは流石にまずい。
袖で拭って顔をあげるとパウロが起き上がって殴りかかってくるところだった。
酔っぱらいが感情に任せて殴りかかってくる。
そんなのよく見えていなくても簡単にさばける。
魔術を使いながら無理やりパウロを投げ飛ばし、俺は馬乗りになって殴った。
「私だって!一生懸命やってきました!何も知らない場所で!知っている人がいなくて!それでもこうやってここまで来たのに!生きてきたのに!なんで責められなきゃいけないんですか!」
「……てめぇなら、もっとうまくできただろうが!」
「できないよ!」
もう、何を言われても何を言っても意味がない。
俺は感情のままに殴り続けた。
なんで、誉めてくれないんだ。
どうして――
「――そんな目で私を見ないで!!」
そう叫んだ瞬間に俺は誰かに突き飛ばされた。
慌てて体勢を立て直して、その誰かを見た。
一目でわかった。
ノルンだ。
俺の妹。
パウロにもゼニスにもよく似た俺の可愛い妹だ。
その妹がなんで、俺の方を向いて、両手を広げている?
「おとうさんをイジメないで!」
身体が芯まで凍るかと思った。
実際、俺は数秒動けなくなるほどの衝撃を受けた。
は?イジメ?俺が?
呼吸が浅くなるのを感じる。
なんだか頭が痛い気がする。
少し目をつぶってからもう一度ノルンの方を向くと、ノルンはパウロと仲良さげに話していた。
どうして、その顔を俺には向けてくれないんだ?
そう思った瞬間にパウロはこちらを睨み付けた。
「…………ルディ。お前ならもうすでに捜索に動いていると思っていた。お前とはこんな形で会いたくなかったよ」
……ああ、そうか。
それなら、もう、いいよ。
俺は酒場を飛び出すとそのまま目的もなく走った。
とりあえず、今は一人になりたかった。