気がつくと俺は一人で吐いていた。
魔術で水を作り口をすすぐ。
イジメ。
イジメかぁ。
ノルンの悲痛な叫びが頭で響き続けている。
なんだろう。
俺が悪いんだろうか。
あんなに一生懸命やってきて、やっと会えた家族からは罵倒され、他のみんなは生死不明の行方不明。
知らなかったとはいえ、のんきすぎたのではないか?
何より、どうしてブエナ村が大丈夫だと思い込んでいた?
少し、本当に少し考えれば、少なくとも自分たち以外にも転移者がいることが想像できていれば、少なくともギレーヌがどこかにいる可能性くらいは思いつけたんじゃないか?
そうすれば、伝言の一つや二つ残して来ただろう。
手紙を出そうとすれば、もしかしたら領土全体で起きた転移事件だとわかったかもしれない。
なぜやらなかったのかといえば、ただ、ただただ単純に、気づかないうちに、浮かれていたのだろう。
この、殺伐とした日常に。
三人で冒険するという状態に。
何だかんだで帰れそうな状態だったことも悪かったのかもしれない。
ここまで無事に来れる戦力がなければ、どこかで救援を求めていたかもしれない。
その場合は、俺かエリオットのどちらかが死んでいたかもしれないが。
ああ、考えれば考えるほどミスしかない。
大変だったことをしっかり伝えていればそれでパウロも仕方がないと思ってくれたかもしれない。
ただ、あんな状態のパウロに何が話せる。
あんな、やつれて、酔っぱらって、それでいてあんな、昔のあいつらみたいな目で、軽蔑するような目で、俺を――
「――おげぇ」
もう一度水ですすぐ。
汚物は水で川に落としておく。
本来はよくないかもしれないが、今は何も考えられない。
自分でも驚くことだが、久しぶりに無条件で信頼できる人に会ったことが緊張の糸を切ることになっていたようで感情が抑えられない。
ああ。考えたことがないわけじゃない。
旅の道中、エリオットに襲われかけた。
その際はルイジェルドが助けてくれて、そのあと叱ることもしてくれた。
それ以降エリオットはそういう目を向けるだけで我慢するようになった。
その視線を向けられているうちに、男というものを思い出した。
下半身でものを考えている俺という最低な男を思い出した。
その時に、ルイジェルドはどう思っているかを考えなかったわけがない。
劣情というものはふとした弾みで弾けるものだ。
たとえそう思っていない相手だとしても。
エリオットにも、ルイジェルドにも、俺は勝てない。
予見眼を使えばエリオットには勝てるかもしれないが、以前勝ったときから少し間が空いているため今度は勝てないかもしれない。
だから、だから、パウロに出会ったときに俺は自分で思うよりもずっと安心したのだろう。
パウロは強い。
何より、俺の味方だ。
そう、思っていたのは、俺だけだった。
「ひぐっ、ひっ、ぐん、ひっ」
自覚したら涙が止まらない。
頭がガンガンする。
誰か、助けてくれ。
俺はもうとっくに限界を超えていたみたいなんだ。
「……ルディア?」
聞こえた声に頭が一気に冷静になるのを感じた。
慌てて顔を拭って振り返る。
弱みを、見せちゃいけない。
寄りかかっちゃいけない。
彼は俺の生徒なんだ。
「どうかしましたか?」
「……ああ、いや、中々宿に来ないからルイジェルドと手分けして探してたんだ」
そう言ってエリオットは泊まる予定の宿を教えてくれた。
なら、早くそこに行こう。
今日はもう、何も考えずに眠りたい。
私は何故か軽くなった後頭部を触りながらエリオットに笑いかけた。
「…………ルディアは先に行っててくれ。俺はこの後ルイジェルドと打ち合いがあるから」
そうなのか。
なら、先に向かうことにしよう。
そうして俺は言われた宿に行き、泊まる部屋で眠りについた。
///
「なにしに来やがったんだよ。ギース」
「一年ぶりにあったってのにあんまりじゃねぇかよ。パウロ」
一年ぶりにあったその猿顔の男は昔と変わらず飄々とした態度でそう言った。
彼の話を聞くと、俺の伝言を見て魔大陸側を探してくれていたという話だった。
そして、ルディアと会ってここまで案内してくれたと。
「なあ、パウロ、聞かせてくれよ。お前、ルディアに何を言った」
聞きたいなら聞かせてやるよ。
あいつがどれだけのんきに過ごしていたか知ったこと。
くだらない自慢話を始めたときは思わずぶん殴りそうになったこと。
逆ギレされたあげくにボロ負けしたこと。
ギースは何か言いたそうだったが適度に同意をしながら最後まで聞いた。
そして、聞いたうえで言った。
「お前さ、娘に期待しすぎじゃねぇの?」
「…………あ?」
コイツは、何を言っている?
期待しすぎ?
なにを?
誰に?
「オレが?ルディをか?」
「あいつは確かにすげえよ。無詠唱で魔術を使うヤツなんざ見たことがねえ。何十匹という魔物を一人で退治したとも聞いた。ルディアは、それこそ、百年に一人の天才ってヤツなんだろうよ」
そうだ。ルディは天才だ。
あいつは間違いなく天才なんだ。
「けど、まだガキだ。ルディアは、まだ、11歳のガキだ」
ギースはそう言いきるとさらに続けた。
「お前、自分が12歳で家を出たからそれ未満はガキって昔からよく言ってたよな?」
「それがどうしたよ」
ルディはオレよりずっと強い。
酔っていたとはいえ、本気のオレがまともな型を使うことなく完封された。
魔法使いなのにオレを投げ飛ばすことすらしたんだ。
それでいて我が家にいた時ですらオレより頭がよかった。
頭がよくて、力があって、そんなやつに歳なんか関係あるか?
「パウロ。お前が11歳の時に魔大陸に行って生きていけつって、出来たか?」
そりゃ、前提がおかしいぜ。
実力は今のオレ以上で、現地の言葉を話せて、強い魔族に護衛してもらっている。
そんなの誰にだって生きていける。
そうやって俺が鼻で笑うと、ギースはヘラヘラと笑ったまま否定した。
「できねえよ。少なくとも、今のお前じゃ絶対にできねえ」
「ハッ!じゃあなおさらじゃねぇか!オレにできねえ事をやってのけた天才だ。そんなすげえやつに期待するのは間違っているか?能力のあるやつにそれだけの仕事を期待するのは間違ってるか?なあギース、オレは間違っているか?」
「間違ってるね。お前はいつだって間違ってる」
そう言ってギースは運ばれてきていたビールを飲んだ。
「魔大陸ってのはヤバイんだよ。街道がねえ。そこらじゅうにいる魔物はCランク以上ばかり。そんな大陸で天才とはいえ実戦経験のない子供が放り出される。そこを助けてくれる大人が現れる。右も左もわからない状態で手を差し伸べてくれる存在。けれど、その大人はあのスペルド族だ。断れば何をされるかわからない。その後、助けてくれるとはいえいつかは切り捨てられるかもしれない。そう考えれば見知らぬ魔族だって助けて恩を売るだろう」
ギースは有無を言わせずそこまで言い切った。
なるほど。
確かに大変だったのだろう。
だが、そこまで頭が回るならあと少し考えれば、俺の伝言を見てくれれば、それだけで話は大きく違ったんじゃないか?
「なんで、その状況でそれだけのことができて、家族を探すことができねえんだ」
「お前、自分で何言ってるかわかってるか?ヤバい状況で、何とか生きてきて、生きられたなら他にも色々できただろうって。おつかいのついでじゃねえんだぞ?オーバーワークだ」
ギースの言葉をもう一度鼻で笑う。
ギースお前だって間違えている。
「もしもだ、そんなギリギリだとして、そんなやつがどうしてあんなに楽しそうに話せる。どう見ても迷宮に遠足気分で入って浅いところで遊んで帰るお貴族様だぜ?」
きつかった?
そんなわけない。
あんな楽しげに話すから、余裕があったから、家族ぐらい探してくれてもよかったじゃないかと。
本当に辛かったなら、それを語るはずだ。
けど、ルディアはそんなところは語らなかった。
「そりゃ、お前に気をつかったんだろ」
「…………は?」
あまりにも予想外の回答がやってきた。
「なんでアイツが、オレの心配なんてしてんだ?ダメな親父だからか?」
「そうだ。お前がダメな親父だからだ」
「そうかよ。天才様にはくだらねぇことで酒に逃げるような弱い男はさぞ哀れに映ったんだろよ」
「別に天才じゃなくても哀れに見えるぜ?今のお前となら喧嘩別れせずにすみそうなくらいだ」
なんだそれ。
オレはそんな顔をしているのか?
自分の顔に触ると何日も剃っていないひげがジャリっと音を立てた。
「パウロ、もう一度言わせてもらうぜ。お前は娘に期待しすぎだ」
期待して、何がいけないんだ。
昔からなんでもうまくやった自分の子供に期待しないやつがいるか?
「なあ、なんで素直に再会を喜ばねえんだ?いいじゃねえか。ルディアがどんな旅をしてきても。能天気にのんびり旅してても。各地で観光を楽しんでたとしても。お互い元気で会えたんだ。まずはそれを喜べよ」
オレだって、最初は喜んださ。
「それとも、体のどっか失って、目もうつろな娘に会いたかったか?二年もありゃ下手すりゃ誰ともわからねえガキをつれてたかも知れねえ。死体になって再会ってのは、魔大陸ならありえねぇな」
死体は残らねえから。とギースは締めくくった。
そう。ここ数日はそんな最悪を想像して陰鬱としていたはずだ。
確かに、どうしてオレはルディに期待しすぎたのかもしれない。
ただ、それでも俺は納得がいかないことがある。
「なんでルディはブエナ村の情報を知らなかった。ザントポートには伝言を残していたはずだ」
「そりゃ、運悪く見つけらんなかったって事だろ」
「……ギース。お前はルディをどこで見つけたんだ?」
ルディアは北から来た。
北でギースが活動できるでかい町はザントポートくらいだ。
あそこにはキチンと伝言が残っているはずだ。
なんなら団員が駐在しているから情報が入るはずだ。
なら、どこから来たんだ?
「これ、ルディアが言わなかったなら俺から言いたくないんだが」
「ギース」
「……絶対に俺から聞いたって言うなよ?」
ギースはそう前置きをして語りだした。
「俺がルーデウスに会ったのはドルディア族の村だ。ちょっとした勘違いもあって重罪人として牢屋に入れられていた」
「…………は?」
重罪人?
そういえば、昔にギレーヌからドルディア族の罰について聞いたことがある。
檻に入れられる、鎖に繋がれる、冷水をかけられる、全裸にさ、れ、る?
「ギースてめぇ!!ルディの裸見やがったな!」
「そういうとこだけ勘がいいなぁ!?おい!!」
オレが立ち上がるとギースは慌てて座れとジェスチャーした。
確かにこれ以上騒ぎを起こしたらギルドを出禁にされかねない。
オレはしぶしぶ椅子に座り直した。
「で、まあ、ルディアを一目見てすぐにわかったよ。こいつはゼニスの娘だってな」
ギースはそういうと懐かしそうに目を伏せた。
「ここに来るまで何度も驚いたよ。基本ベースが天然な所とか。妙なところで潔癖な所とか。料理を教えてくれなんて言ってくるところとかさ」
何より笑い方がそっくりだった。
ギースはそう言ってもう一度ビールを飲んだ。
「とりあえず、明日素面でもう一度会ってみろよ」
「…………わかった」
ギースは苦笑いしながらこちらを見ると、ふと思い出したようにポケットから一つのものを取り出した。
「これ、たぶんルディアのだから渡しておいてくれ。さっき大通りで泣きながら投げ捨ててたから間違いない」
「は?ちょっとまて、詳しく教えろよ」
「知るか。お前がやらかしたんだからケツくらい自分で拭け。親子だろ」
そう言い捨ててギースはギルドから出ていった。
そしてすぐに戻ってきた。
とんでもなく慌てて。
「パウロ!今すぐギルドを出ろ!これ以上ギルドを壊すわけにはいかねえ!」
言っている意味はわからなかったがとりあえず荷物を持って外に出る。
そこにはどこか見覚えのある真っ赤な髪の少年が立っていた。
少年は俺を見ると尋常じゃない殺気を送りながら口を開いた。
「あなたがパウロですか?」
「そうだが、お前は?」
そう聞くと少年は偉そうに腕を組んで名乗った。
「エリオット・ボレアス・グレイラット。ルディアの婚約者です」
その名乗りを聞いた瞬間に、オレは右手を振り抜いていた。