「どけ」
「どかん」
ルディアと別れてそのままギルドへ向かった俺はルイジェルドに道を防がれていた。
急がねば下手人がどこかに行ってしまうかもしれない。
あんなルディアは初めて見た。
あんな、俺にもわかるような作り笑いを浮かべるルディアを俺は見たことがなかった。
だから、俺はぶっ殺すと誓ってギルドに向かっている。
「……お前と別れてすぐにギースと会った。ヤツはルディアの現状をおおよそわかっているし、こうなった原因と話して解決しようとしている。お前が行けば話が拗れるだろう」
「話し合いで解決?あんなルディアを見てもそんなのんきなことが言えるのか?今は宿に戻っているはずだから自分の目で見てこいよ」
「…………見たとも。ルディアが大通りで叫んでところでギースとあったのだから。ギースの予想では、ルディアはおそらくー」
「ー父親に会ったんだろ!?」
俺の言葉にルイジェルドは驚いたように目を見開いた。
ああ。完全に直感だったが間違ってはいないようだ。
父親に会って、そこで何かがあった。
おそらく、父親に失望するような。
もう二度と会いたくないような何かがあったのだ。
そうでなければ、あんなに大切にしていた髪留めを外しているわけがない。
そんなことでもなければ、あれほど自信満々な彼女の心が折れるようなことはそうそうない。
「わかっているならなおさらだ。親子喧嘩に口を出すな」
「ルディアは俺の家族だ!今はまだ違うかも知れないけど、いつか、必ず、認められるような男になって、守ってやりたいんだ!」
実際は俺たちが転移したように他の誰かも転移しているかもしれない。
災害の規模によっては、家族にならない方がルディアを守れるかもしれない。
でも、それでも、家族になったうえで守ってみせるとそう決めた。
欲に流され、ルイジェルドに叱られたあの日。
何があっても守ると誓った。
それが、少し離れただけでこのざまだ。
許せない。
ルディアの父親がじゃない。
自分のバカさが許せない。
だから、その失敗くらいは取り返したい。
「だから、どいてくれ」
「…………せめて、ギースが出てくるまでギルドの前で待ってろ。あの男ならそう悪い展開にはしないはずだ」
どのくらい待つことになるかわからないが、その間ルディアは俺が見ていよう。
ルイジェルドはそう言って俺が一人で向かうことを許可してくれた。
てっきりストッパーとしてついてくると思っていた俺としてはルディアの安全も保証されるし嬉しい提案だが、一体どういうことなのだろうか?
「……お前を少し過小評価していた。お前はもう戦士だったのだな」
首をかしげている俺にルイジェルドそう呟いた。
///
さて、ギースが出てきたら何て言おうか。
ギルドの前に着いた私は持っている剣をカチカチ鳴らしながら考えをまとめていた。
(ギースが出てきたらまずはルディアの父親に会わせろと言う。そして、復讐に来たことを伝える)
そんなこと言わなくてもこれだけ不機嫌です。という顔をしていればあの男なら察してくれるとは思うが。
(次にルディアの父親に何を言えばいい?これはルディアを傷つけたことへの復讐のようなものだ。だから、ルディアの名前を伝えるのは絶対。次に自分がルディアとどんな関係なのかを伝える)
俺とルディアの関係?
先生と生徒。
デッドエンドの仲間。
15歳になったらそういうことをする約束をしている仲。
うん。
ルイジェルドも親子の喧嘩に口を出すなと言っていた。
ならば、その輪に俺も入るべきだろう。
(これは実質的にお義父様との初対面のご挨拶。なら、一言目は決まった)
そう思って顔を上げるとちょうどギースが出てきたところだった。
軽く手を上げてニッコリと笑うとギースは慌ててギルドの中に戻っていった。
流石だ。
説明する手間が省けたのは助かる。
しばらくして、無精髭まみれの酔っぱらいが出てきた、
ああ、この男がそうなのか。
ルディアが口癖のように最低の父親と言っていたが、たぶんこういう意味ではないだろう。
何故ならそういっている時の彼女はとても幸せそうに笑っていたのだから。
「あなたがパウロですか?」
「そうだが、お前は?」
そう言われた俺は、間違えて剣を抜かないように腕を組んでから相手を睨んだ。
コイツは敵である前にルディアの父親だ。
挨拶はキチンとしなければならない。
「エリオット・ボレアス・グレイラット。ルディアの婚約者です」
そう名乗った瞬間に、その男の右手が俺の顔面をぶん殴っていた。
「パウロ!?急に何してやがる!」
「わ、悪い。あまりにもありえない妄言が飛んできたから思わず殴っちまった」
痛え。
しっかりと体重の乗った、戦いなれている殴り方だった。
調子乗って腕を組んでいたから防御できなかった。
俺は腰に下げていた剣を抜くと上段に構えた。
殴られて頭が揺れているが、酔っぱらいにはいいハンデだ。
「……やるのか?」
パウロが剣を抜いたのを見てギースが離れていく。
これで、邪魔者はいなくなった。
「そういやこっちからは名乗ってなかったな。改めて、パウロ・グレイラット。ルディアの父親だ」
「よろしくお願いします。お義父様」
その言葉が決戦の合図になった。
///
パウロはこの勝負はすぐに決着がつくと思っていた。
だが、それが間違いだったとすぐに気がつく。
エリオットは身長が高い。
普段、ルイジェルドと並ぶためにわかりにくいが一般的な同年代と比較すると背が高い。
背が高いということは手足が長い。
それは大人と同じような動きができるということでもあった。
さらに彼には圧倒的なセンスと才能があった。
そして何より、彼の師匠は剣王ギレーヌとスペルド族の親衛隊隊長ルイジェルド。
修行場所は死地である魔大陸だ。
そこら辺の冒険者よりはるかに強かった。
(やっぱり、ギレーヌから教わっているからか剣神流への対応が他より早い。他の流派で攻めた方がいいか?)
対応ができない速度で相手を切り捨てる流派に対して他より早く対応されるのであれば使用する利点が薄い。
何より音に聞いた暴力貴族はコイツだろう。
なら、水神流がいいか。
打ち合いのさなか、わざとほんの少しだけ隙を作りそこを狙わせる。
案の定、狙いどおりに攻撃が来た。
単純な男だ。
剣神流の似合う真っ直ぐな勢いのある一太刀。
それを受け流そうとして、手応えが軽すぎることに気がついた。
たまたま上手く行きすぎた感覚ではない。
これはー
「ーぶっ飛べ」
先ほどの意趣返しとでも言うようにその男の拳がオレの顔面に突き刺さった。
///
パウロをぶん殴った俺は弾かれた剣を拾いに歩いていた。
正直、ルイジェルドの方が数倍強かったので勝ったという実感がわかない。
露骨な隙を作られたので水神流とあたりをつけて、受け流される瞬間に剣を手放して拳を握った。
ただそれだけの勝利だった。
少なくともルディアから聞いていた強くてカッコいい父親はそこにはいなかった。
「とりあえず、満足しました」
俺は剣を納めながらそう言った。
パウロはまだ少しよろけるのかゆっくりと立ち上がるとこちらを睨んだ。
「……お前、何がしたかったんだ?」
「ルディアを泣かした人がいるのでぶっ殺そうかと思いまして」
お義父様だったので殴るだけで済ますことにしましたけど。
俺がそう言うとパウロはバカみたいに口を開けてこちらを見ていた。
……何かおかしなことを言っただろうか?
「…………お前にとってルディアはなんだ」
「先生で、仲間で、いつか家族になりたいと思う大切な人です」
しっかりとパウロの目を見て俺はそう答えた。
パウロは大きなため息を吐くと「家庭教師はまちがいだったかなあ」とこぼした。
「なあ、ルディは俺を許してくれると思うか?」
「俺なら縁を切りますね」
パウロの弱気な言葉に俺は突き放すようにそう言う。
ただ、ルディアなら、そしてこの人が父親なら。
おそらく、可能性はあるんじゃないかと思っている。
「ただ、一つ言えることはルディアは毎晩髪留めを手入れしていました。俺には向けたこともないとても幸せそうな笑みを浮かべながら手入れをしていました」
俺から言えることはそこまでだ。
それ以上は自分で考えろ。
俺より長い付き合いで、俺より愛されている男に、これ以上優しくする理由は俺にはないのだから。
///
俺は宿に戻ってからエリオットという少年の言っていた言葉の意味を考えていた。
髪留め?
いったいなんの話をしている?
それを手入れしたからなんだと言うんだ。
ああ、そういえばギースがなんか渡してきていたな。
確かそれも髪留めだったはずだ。
俺はポケットに入れていたその髪留めを取り出してまじまじと見る。
薄汚れたボロボロの髪留めはおそらく元の色は白色であったであろうことがかろうじてわかるほどに汚れていた。
けれど、それは丁寧に扱われたうえでそれでも起こった経年劣化というような感じで、まだまだ使用することが可能であった。
…………なんだ?どこかで見覚えがあるような?
『髪留めは母様から結構もらってるんですが……。父様はそんなだから父様なんですよ』
『いえ、絶対に返しません。これはもう貰ったものですから私のものです』
ルディの声が聞こえた気がした。
いや、実際に昔言われたことだ。
『似合ってますか?』
「…………ああ、似合って、る」
なんで、こんなのまだ使ってるんだよ。
たまたま転移時に身につけていたとしても、こんなになってたら現地でいくらでも買い換えればよかっただろ。
こんなにボロボロになって。
きっと、色んな苦労があったのだろう。
そんなことがよくわかる。
ルディが言わなかったことが伝わる、そんな感覚だった。
「……お父さん?泣いてるの?」
どうやらノルンを起こしてしまったようだ。
急いで顔を拭うとノルンに笑いかけた。
しかし、ノルンはオレではなくオレの手元を見ていた。
「……ねぇ、おとうさん。それ、ルディおねえちゃんのかみどめだよね?」
…………は?
どうしてノルンがこれを知っている?
ノルンはオレの疑問に答えるようにスラスラ語りだした。
「まだ、ルディおねえちゃんが、いえにいたとき。まいにち、『これはお姉ちゃんの宝物なんだ』って。キレイだったし、ルディおねえちゃんに、よくにあってたからおぼえてる。じゃあ、やっぱりきょういたのって、ルディおねえちゃん?」
「…………ああ、そうだよ。あれはルディだ。」
「ねぇ、なんでルディおねえちゃんはおとうさんをイジメてたの?あんなにおとうさんがスキだったのに」
ああ、そうなのか。
ずっと、どこか距離があると、そう思っていた。
口を開けば憎まれ口。
たまに言い争ってもまず勝てない。
フォローすることよりもフォローしてもらったことの方が多い。
そんなルディだから、ソマル坊の時は本当に焦った。
オレが間違えていたとはいえあんなに泣かれると思っていなかったのだ。
そうだ。
確か、あの時もこの髪留めを使ってくれていたんじゃないか?
思い出した。
あの時、シルフくんを守ろうとして泥が付いたとゼニスに泣きついていたんだ。
そうか。
そうだったんだ。
ああ、涙が止まらない。
そんな娘に、必死で生きてきた娘に、オレは何を言った。
少年の言葉が頭をよぎる。
確かに、そんなクソ親父だったら、オレだって縁を切るよ。