翌朝。
目を覚ました俺は髪をまとめようとして、髪留めがないことに気がついた。
そして、探しているうちに昨日のことを思い出して泣きそうになった。
きっと、どこかで投げ捨てたのだろう。
パウロとの繋がりを感じるアレを身につけていられるほど昨日の俺は冷静じゃなかった。
のそのそと起き上がった俺はまとめられずボサボサになっている頭を手で整えながら食堂に向かった。
とりあえず、飯を食う。
空腹はストレスに繋がるし、考え方がネガティブになる。
昨晩は何も食べなかったどころか全部出したから腹ペコのペコペコだ。
出てきた朝食を食べ終え、食後に飲み物を飲んで一息入れていると、入り口に一人の男が現れた。
ゲッソリと窶れた、青い顔をした男が立っていた。
俺はその顔を見た瞬間、
あからさまにビクついた。
男は俺を見つけると近寄ってきた。
すると、隣に座っていたエリオットが立ち上がり、パウロの前に立ちふさがった。
「何しに来たんですか?」
「色々と親子で話したいことがあってな」
エリオットは腕を組んだままパウロを睨み付けていたが、ため息を吐いて食堂の出口に向かっていった。
「次があったら本当に殺しますよ」
「……わかってる」
そんな会話を見たルイジェルドも席を立つ。
そして、すれ違いざまに一言だけ言った。
「お前にも言い分はあるだろうが、その言い分が通るのは、娘が生きている時だけだ」
「……わかった。忠告ありがとう」
俺しかいなくなったそのテーブルにパウロが座る。
俺は思わずパウロから目をそらす。
今はまだ、会いたくはなかった。
こちらが回復するのをもう少し待ってほしかった。
俺は無能なのだから。
「ルディ!大きくなったな!」
「セクハラですか?」
「な!?ちょっ!違えよ!」
パウロから放たれたその一言に打てば響くというように俺は反射的にそう返していた。
昔のような、どこか明るい、軽口を言い合うパウロの口調だったから、思わずそんな軽口で返してしまった。
そんな軽口に俺の口元に少しだけ笑みが浮かぶ。
そうだ。
昔はこんな風によくパウロをおちょくっていた。
懐かしい。
俺はここに来たことはパウロなりの歩み寄りだと考えることにした。
おそらく、今の一言もそう言うことなのだろう。
そうでもなければ、こんな無能な少女のところに朝一でやってくるわけがない。
だから、俺だって少しは歩み寄る。
「今の人がエリオットとルイジェルドさんです」
「ああ、エリオットの方は昨日会ったよ。思いっきり殴ってくれたよ。後でお礼を言わせてくれ」
「……父様。マゾなんですか?」
「違う!ただ、目を覚まさせてくれただけだよ。ルイジェルドってことはあれがスペルド族か」
「私の身体を狙うような人に見えましたか?」
「…………見えなかったよ。後でキチンと謝罪させてくれ」
昨日とは随分話が違う。
まあ、余計なことは言うまい。
「それで、何をしにきたんですか?」
自分でもビックリするような冷たい声が出た。
さっきまで楽しげに話していた空気も一瞬でどこかへいってしまった。
ああ。俺は自分で思っているよりもダメージを受けているのかもしれない。
本気で生きてきたつもりで、一生懸命頑張って、やっと誉めてもらえると思ったら、もっと頑張れ?
それは俺の努力をなかったことにされているように感じた。
だから、俺はもう、パウロとわかりあえないのかもしれない。
「いや……その、謝ろうと、思って」
「何を謝るつもりですか?」
「……昨日のことを」
パウロがそう言った時。
今さら何をという気持ちが生まれた。
いや、パウロは悪くない。
悪いのは俺なんだ。
だってー
「だって、みんなが大変なときにのんきに遊んでいたことは事実ですからね。情報収集をせず、情報共有もせず、のんきにちんたら帰ってきたのです。そうですね。遠足とでも言いましょうか?ちょっとした非日常に浮かれてしまっていたんです。それに関してはむしろこちらから謝罪しなければなりません。道中魔王様から魔眼をいただくことがありましたが、かのキシリカ様なら家族の居場所くらいなら聞けば探すことができたでしょう。それもこれも私が知らなかったから。なぜ知らなかったのかといえば、遠足気分で遊んでいたから。初めはともかく安定してからは確かに弛んでいました。殴られたならわかるでしょう?エリオットは強いですよ。ルイジェルドはその数倍強い。そんな前衛二人に守られながら後ろからチマチマ魔法を打つ。弛んでも仕方がない状況とはいえ、フィットア領がなくなったことを知っていればその余裕をうまく活用できたでしょう。全て私が悪いんです。他のこともそうですね。クエストでお金稼ぎしたときも、もっと効率的に討伐クエストを受けれたかもしれません。スペルド族の復権なんてお題目を立てて、関係のない人たちを助ける余裕はあったんです。探せば転移事件の被害者位見つけられたでしょう。何より、私たちの戦力があればその人たちを守りながらここにたどり着くことだってできたでしょう。そう、全ては私が無能で、出来損ないで、可愛くないことが悪いのです。父様は昨日ノルンと笑っていましたね。なるほど。ノルンはさぞかし多くの功績を残しているのでしょう。無能と罵られる私と違って愛されているノルンは一体何をしたのでしょう。いえ、違いますね。逆ですね。私はできる力があったのにやらなかった。ノルンはおそらく、できる力がないからやれなくてもよかった。なるほどなるほど。ならば、私は何もできない無能として生まれるべきでした。そうすれば、家庭教師としてあんな見知らぬ土地に飛ばされることもなく、転移の時も誰か家族と一緒だったかもしれません。そうすれば、私もその誰かに守ってもらって愛してもらえたのでしょう。そうです。私がなまじ天才で生まれたからいけないのです。天才で生まれてしまってごめんなさい。未だに誰も見つけられていない父様は悪くありません。だって探したんですから。全部全部探してもいない私が悪いんですよ」
こんな無能が中に入っていて本当に申し訳ない。
俺がいなければパウロはルディアと楽しく暮らせていただろう。
それがどんな暮らしかはわからないが、少なくとも今よりは幸せだったはずだ。
「で、他に用件はありますか?」
「…………色んな情報を共有できればと、思ってな」
「ああ!情報共有!」
それはそうだ。
俺としたことがー
「ー私としたことがたった今それができていないと話したばかりなのに。とはいえ、私の方からは何もありませんよ?昨日話したことで全てです。何故なら私は自分のことしかやっていませんから。フィットア領復興に力を入れている父様に共有することなんてもう一つとしてありません。誰を見つけたわけでもなく。誰かの情報を見つけたわけでもなく。ああ!そうです!ルディア・グレイラットとエリオット・ボレアス・グレイラットなら見つけましたよ!まあ、父様はすでに知っていると思いますから別にいいですかね?ええ、後は本当に何もないですね。期待させて申し訳ありません。無能なのに天才のフリをしてしまって。勘違いさせてしまったのですね。昨日知ったかもしれませんが私は無能ですよ。本当になんでこんな無能になってしまったんでしょうね。天才も二十歳を越えればただの人なんて言われますが、私は十歳でただの人になってしまったんですかね?まあ、どうでもいいですね。では、申し訳ありませんがそちらの情報をお願い致します」
そうやって、パウロから聞いた話は想像よりずっと悪かった。
もう、フィットア領には何もないそうだ。
人はもちろん、建物も、木々も、何もかもがなくなって更地になっているらしい。
そりゃあ、何のんきに遊んでいるとキレるだろう。
ああ、聞けば聞くほど自分が無能すぎて殺したくなる。
「ほれ」
会話が切れたタイミングでマスターが俺達の前に湯気の出ているコップを置いた。
「サービスだ」
「ありがとうございます」
気がつけば喉がカラカラに乾いていた。
全身は汗でぐちゃちゃになっており、全身冷たくなっていた。
「なあ、嬢ちゃん。詳しいことはわかんねえが……」
「……?」
「顔ぐらい見てやれよ」
言われて、初めて気づいた。
俺はパウロの方を見ただろうか?
いや、この席に着いてからは見ていない。
見る資格がないと思ったからだ。
だが、マスターは見ろと言う。
……なら、覚悟を決めろ。
「……どうして、そんな顔をしているんですか」
「……そんな顔ってなんだよ。いつも通りだろう?」
いつも通りなものか。
パウロはそんな泣きそうな顔はしない。
軽口にも元気がない。
この痩せこけた男は本当にパウロなのか?
だが、同じような顔を、どこかで見た気がする。
どこだったか。
……ああ、思い出した。
まだ男だった頃の自宅の洗面所だ。
引きこもって一年か二年。
一番、情緒不安定だった頃。
そうか。
パウロは今までずっと不安で、ようやく現れた俺があまりにも想像と違ったから、死んでいるかと知れないと思っていた俺があまりにもあっさりしていたから。
だから、イライラしてしまったのだ。
俺にも似たような経験がある。
俺は、あの時謝りに行けなかった。
変なプライドがあったのだ。
けれど、パウロは俺に謝りに来た。
俺はそれを聞かなかったけれど、パウロは謝りにきていたのだ。
それを、俺は振り払った。
お互いに、謝らなければならい。
だが、俺がそれをぶったぎった。
和解などあり得ないと、壁を作った。
この壁は、俺が壊さなければならない。
きちんと俺から歩み寄らなければならない。
そうだ。
決めたじゃないか。
俺は、本気で生きるって。
「父様。提案があります」
俺は、できる限りの明るくそう言った。
父様もこちらを向く。
そうだ。
パウロは大人になろうとしてくれていた。
なら、俺も大人にならなければならない。
「昨日のことはなかったことにしましょう。可能なら今この瞬間まで全てをなかったことにしてください」
「……ルディ?」
「今から私たちは数年ぶりに再会します。そういうことにしましょう」
「……何言ってるんだ?」
「いいから!」
俺だって今さらパウロとこんなことするのは恥ずかしい。
だが、それでもこれが一番いいと思ったのだ。
俺に言われるままに席を立ったパウロは両手を広げて待機する。
その胸に、勢いよく飛び込んだ。
「父様!会いたかった!」
言った瞬間に涙が溢れた。
ああ、初めて会った時にこうしておけばよかった。
……いや、今初めて会ったのだからあっているのか。
パウロからは昔はしなかった酒臭さがある。
だが、それでも、これは間違いなくパウロだ。
ずっと、ずっと会いたかった。
「オレも、会いたかった……会いたかったんだよ、ルディ……。ずっと、誰も、見つからなくて、死んでるんじゃないかって、だから、オレは……」
「私……頑張ったでしょう?頑張ったんですよ……父様……」
「ああ、頑張ったなあ……。生きててくれて……ありがとう……。本当にごめん……ごめんな……」
こうして、俺は約五年ぶりに父親と再会することができたのだ。